Tetsu-to-Hagane
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Evaluation of Susceptibility to Hydrogen Embrittlement for Vanadium Added Spring Steel with Tensile Strength of 2 GPa Class
Masao HayakawaHiroyuki MizunoTakeshi SuzukiAtsushi SugimotoMinoru HonjoHiroyuki OhishiKazutoshi SakakibaraHidekazu ItoSatoru KondoShinsaku Matsuyama
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2015 Volume 101 Issue 1 Pages 33-39

Details
Synopsis:

The susceptibility to hydrogen embrittlement for vanadium added spring steel (9254 V) with a tensile strength of 2 GPa class was evaluated by conventional strain rate tensile tests (CSRT) and torsion tests, using smooth specimens respectively. In the CSRT evaluation, the maximum tensile stress decreased with an increment in the diffusible hydrogen content, especially over 5.5 massppm the maximum tensile stress tended to fall off to the lower limit of 1.1 GPa and the fracture appearance changed to fully intergranular.

On the other hand, in the torsion tests, the maximum shear stress hardly exhibited any decrease until the hydrogen content reached 6 massppm, where the cracking trace changed from shear plane (transverse direction of the specimen) to a resolved tensile stress plane (45º against the shear plane); fractgraphically, from micro-void coalescence (MVC) to intergranular fracture, and the torsional strength began to decrease.

The resistance to hydrogen embrittlement as regards the CSRT properties of 9254 V was superior to that of vanadium-free SAE9254 but with the same tensile strength. Although the superior performance for 9254 V is partially attributable to the reduction of phosphorous and sulfur contents, it should be noted that the addition of vanadium causes refining the prior austenite grains followed by an effective reduction of the intergranular segregation in phosphorus and sulfur, and probably hydrogen trapping at the vanadium carbide interface. However, there was no difference between 9254 V and SAE9254 as regards the torsion properties insusceptible to hydrogen compared with CSRT.

1. 緒言

自動車用懸架ばねの耐久性評価として,腐食環境中の力学特性試験は重要である。そして,ばねの腐食試験に関する調査1)と共に腐食ピットから侵入すると想定される水素の影響が検討されている。例えば,ねじり試験の方がFIP法より水素割れ感受性が小さいとする報告2),コイリングの引張残留応力により遅れ破壊し易くなるとする報告3),ボロン(B)やニオブ(Nb)添加により水素環境中の限界強度が増加する報告4),ショットピーニングの表面圧縮残留応力により遅れ破壊寿命が長くなるとする報告5,6),ニッケル(Ni),クロム(Cr),モリブデン(Mo),シリコン(Si)を含有することによって孔食起点水素脆化が改善されるとする報告7),が挙げられる。いずれもばねの軽量化・高強度化に伴う遅れ破壊への懸念が背景となっている。ばねの設計応力の増加傾向を辿ると1995年に1.2 GPaであったものが,2005年以降に1.2-1.3 GPaと変遷している。同時にばねの高応力化に伴い,ばね鋼の高強度化が図られている。引張強度1.8 GPa超級,さらには1.9-2 GPa級のばね鋼が実用化されている8,9)

日本ばね学会では,ばねの高応力化・高強度化に伴う水素割れ感受性増加の懸念解消を目的として,「ばねの遅れ破壊に関する研究委員会」(委員長:松山晋作)が設立された。本委員会では,代表的なばね鋼として,SAE(Society of Automotive Engineers)規格材であるSAE9254(0.53C-1.2Si-0.7Mn-0.63Cr:mass%)を対象とした。引張強度を1.7,1.8,1.9,2 GPa級に調質して,CSRT(Conventional Strain Rate Technique)法10,11)とねじり試験で水素割れ感受性を評価した12)。その結果,高力ボルト向けに開発された環状切欠き丸棒試験片(応力集中係数Kt=3.3)のCSRT13)では,水素量1 massppm以内で破断強度が顕著に減少し,材料強度差による水素割れ感受性の違いを評価できなかった。ただし,平滑丸棒試験片を用いれば,2 massppm以上で破断強度が顕著に減少すると共に,材料強度の高い方が水素量増加に伴う強度低下が大きく,水素割れ感受性の違いを評価できた。一方,ねじり試験では水素量が8 massppmを超えるまで,最大トルクの顕著な低下は認められず,水素割れ感受性は低いことが判った。上記のことから,ばね鋼の水素割れ感受性には,材料強度だけでなく,応力作用形態の影響もあることが明らかになった。しかしながら,SAE9254をその実用強度レベル1.8 GPa以上に材料強度を調質しているため,本鋼が本来実用的には使用されない強度レベル1.9-2 GPa級材の水素割れ感受性増大の懸念解消には至らなかった。

そこで,本研究では引張強度1.9-2 GPa級材として実績のあるバナジウム(V)添加鋼であるばね鋼(以後,通称名を採用し9254 Vと記す)(0.60C-1.5Si-0.5Mn- 0.55Cr-0.17 V:mass%)を対象として,CSRTとねじり試験による水素割れ感受性の評価を実施した。

耐水素割れ感受性の向上にはチタン炭化物(TiC)やV炭化物(VC)による水素トラップ効果によって達成できることが報告されている14,15)。また,Vを添加して改良オースフォームを施しマルテンサイトブロックを微細化した低合金高強度鋼では,水素との関連が指摘されているODA(Optical Dark Area)16)の寸法が小さくなり,ギガサイクル疲労強度が高くなると考察されている17)。炭素鋼においては炭化物形成元素(Ti,V,Nb)の添加とフェライト結晶粒微細化の組合せによって水素助長疲労き裂進展の抑制が図られている18)

一方,ばね鋼ではV系炭化物のピン止め効果による結晶粒微細化効果での靭性強化が期待され,V添加の成分設計が志向されている8)。その波及効果として,耐水素割れ感受性向上に寄与することも期待されて良いはずである。しかしながら,V添加のばね実用鋼の水素割れ感受性の系統的な評価はこれまでに報告されていなかった。その理由の一つとして,ばねの簡便かつ合理的な遅れ破壊評価法が未だ確立されていないことによると日本ばね学会「ばねの遅れ破壊に関する研究委員会」では考えている。本研究はその活動の一環として,引張強度2 GPa級のV添加のばね実用鋼9254 Vに及ぼす水素の影響を,応力作用形態(CSRTとねじり試験)と水素濃度を変えて,系統的に明らかにした。

2. 実験方法

2・1 供試材

供試材は懸架コイルばねで使用されている通称9254 Vである。化学成分をTable 1(a)に示す。なお,以後の供試材情報を示す図表で参考までに随所に示した(b)は既報12)で用いたSAE9254のデータである。

Table 1.  Chemical compositions of (a) the steel used and (b) the reference steel.
(a) 9254 V (in mass%)
C Si Mn P S Cu Ni Cr V Fe
0.60 1.47 0.51 0.004 0.004 0.01 0.01 0.55 0.165 bal.
(b) SAE9254 (in mass%)
C Si Mn P S Cu Ni Cr V Fe
0.53 1.31 0.72 0.013 0.008 0.11 0.07 0.63 bal.

熱間圧延材をピーリング加工により直径13 mmの丸棒試験片に加工し,引張強度が2 GPa級となるようTable 2(a)に示す条件で熱処理を実施した。水素未チャージの9254 Vの0.2%耐力(σ0.2)は1901 MPa,引張強度(TS)2072 MPa,伸び10%,絞り48%であった。なお,破断面は主としてディンプルに覆われており,延性破壊を示した。

Table 2.  Heat treatment conditions and tensile properties of (a) the steel used and (b) the reference steel.
(a) 9254 V
Austenized treatment Tempered Treatment 0.2% proof stress σ0.2/MPa Tensile strength TS/MPa Elongation EL (%) Reduction of area RA (%) Vickers hardness HV
900 ºC × 20 min,
Oil quench (OQ)
400 ºC × 60 min, Water cooling (WC) 1901 2072 10 48 603
(b) SAE9254
Austenized treatment Tempered treatment 0.2% proof stress σ0.2/MPa Tensile strength TS/MPa Elongation EL (%) Reduction of area RA (%) Vickers hardness HV
900 ºC × 20min, OQ 430 ºC × 60 min, WC 1554 1707 9 44 523
405 ºC × 60 min, WC 1674 1850 11 48 559
390 ºC × 60 min, WC 1765 1950 7 46 580
375 ºC × 60 min, WC 1846 2025 8 44 605

2・2 組織観察

Table 1(a)に示す通り,リン(P),硫黄(S)の低減化・鋼の清浄化が図られている。そのため,通常のピクリン酸水溶液によるエッチング方法では旧オーステナイト粒界を現出することができない。そこで,加熱炉で500°C×48 h保持し脆化処理を施した。炉冷後,鏡面研磨を施し,研磨面を(水100 ml+ピクリン酸4 g+界面活性剤4 g+HCl 2滴程)で10-20 minエッチングした。

また,V系炭化物の存在を確認する目的で,9254 Vの抽出レプリカ試料を作製し,透過電子顕微鏡(TEM)によるエネルギー分散型X線分析(EDX)を行った。

2・3 水素吸蔵方法および水素分析方法

低濃度の水素吸蔵には0.1N-NaOH水溶液を,高濃度には3%NaCl+3 g/ℓ-NH4SCN水溶液を用い,陰極チャージを行った。3%NaCl+3 g/ℓ-NH4SCN水溶液中20 A/m2における9254 Vの陰極チャージ時間と吸蔵水素量の関係をFig.1に示す。96 h(4日間)までは漸増し,以後は逆に減少しているが,168 h(7日間)以後では比較的安定している。そこで,陰極チャージ時間を168 hとした。チャージ後5 min以内にCSRT,10-15 min後にねじり試験に供するか,直ちに試験できない場合には液体窒素中に保管し,取り出し後,上記の時間内に試験に供した。

Fig. 1.

 Hydrogen content as a function of charging time for 9254 V.

吸蔵水素量はガスクロマトグラフィ方式もしくは四重極質量分析器(Q-mass)による昇温脱離分析装置(TDA)で測定した。昇温速度は100°C/h,昇温到達温度は600°Cである。350°Cまでに放出される累積水素量を拡散性水素による吸蔵水素量とした。

2・4 CSRTおよびねじり試験

CSRTおよびねじり試験用として,平行部直径6 mm,平行部長さ42 mmの平滑丸棒試験片12)を用いた。既報12)では水素未チャージの環状切欠き試験片の引張破断試験においてさえ,切欠き底の静水圧最大点近傍が粒界破面様相となり,破断強度のばらつきが大きかった。さらに水素チャージ材においても,破断強度のばらつきが大きく,材料強度差による水素割れ感受性の違いが顕在化しなかった。そのため,本研究では環状切欠き試験片を評価対象にしなかった(ばねの実体形状として環状切欠きでの評価は優先度が低い)。CSRT試験はクロスヘッド速度1 mm/minで引張負荷し10),破断荷重を測定した。ねじり試験は180 deg/minないし360 deg/minのねじり速度で実施し,最大トルクを測定した。なお,既報12)において5 deg/minでも試験を行い,上記の範囲であれば,ねじり速度を変化させてもねじり強度に影響のないことを確認している。

CSRTおよびねじり試験の終了後,試験片破面から長さ10 mmの切断片の一方を,水素分析用試料とした。液体窒素中に保管している時間を除いて,水素チャージ終了から水素分析開始までの時間を30 min以内とすることを目標にした。

水素分析に供しなかった破面に対しては,走査電子顕微鏡(SEM)もしくは実体顕微鏡を用いて破壊様相を観察した。

なお,CSRTおよびねじり試験は,日本ばね学会「ばねの遅れ破壊に関する研究委員会」の活動の一環として複数機関において実施された結果であることを付記する。

3. 実験結果

3・1 旧オーステナイト粒とV系炭化物

Fig.2に(a)9254 Vと(b)SAE925412)の光学顕微鏡観察による旧オーステナイト粒様相を示す。9254 Vではほとんどの旧オーステナイト粒径は10 μm程度以下と微細で粒度番号はAGS11.0であった(SAE9254はAGS7.0)。混粒組織はなく試料全面に渡って,旧オーステナイト粒が微細であることが確認された。

Fig. 2.

 Microstructures of prior austenite grains for (a) 9254 V and (b) SAE9254.

Fig.3に9254 Vの抽出レプリカ膜のTEM像を示す。EDXにより,V系炭化物が存在することが確認され,それらの多くは粒径20-200 nm程度であった。

Fig. 3.

 TEM image of extraction replica of vanadium carbide particles for 9254 V.

3・2 CSRT試験による水素割れ感受性の評価

Fig.4に9254 Vのクロスヘッド変位と引張応力の関係例を示す。比較的低水素濃度の0.64 massppmにおいても最大応力に達してから瞬時に荷重がゼロとなり脆性的破壊を示した。

Fig. 4.

 Typical relationship between cross-head displacement and stress in CSRT tests for 9254 V. (Online version in color.)

Fig.5に拡散性水素量と最大引張応力の関係を示す。図中には既報のSAE9254の結果12)も示されており後章で言及する。0.64 massppmで1986 MPa,0.85と0.94 massppmで2006と1907 MPa,1.4 massppmで1941 MPaとなり,未チャージ材の2017 MPa,2072 MPaよりは低下しているものの,この範囲の水素量では強度低下量は顕著ではなかった。しかしながら,4.1 massppm(1459 MPa)以上5.5 massppm(1090 MPa)までは水素量の増加に伴い強度低下は顕著であった。一方,5.5から8.1 massppm(1085 MPa)までは強度低下はほとんど見られず1.1 GPa程度の下限界に落ち着く傾向にあった。

Fig. 5.

 Relationship between hydrogen content and maximum tensile stress in CSRT tests.

Fig.6に同一のガスクロマトグラフィのTDA装置による(a)9254 Vと(b)SAE9254(TS2 GPa)12)の水素放出プロファイルの代表例をそれぞれ示す。ピーク温度は120-130°Cで両鋼間に有意差はなかった。(a)では,水素量が4 massppm以上になると,ピークの低温側が広がる傾向にあった。

Fig. 6.

 Hydrogen release profiles for (a) 9254 V and (b) SAE9254. (Online version in color.)

Fig.7に9254 VのCSRT試験による破断面のSEM像を示す。本試験範囲内の水素濃度域においては,いずれもアルミナ系介在物を起点とする内部発生型の破面様相を呈していた。なお,材料中の非金属介在物を検出するために,試験片に水素をチャージした後に引張試験を行い,介在物起点の破壊を起こさせる方法は既に提案されている19)。本試験では,20-50 μm径の介在物周囲直近の100 μm領域は主として擬へき開様相であるが,介在物に隣接して粒界破面様相も一部に認められた。その外側が主として粒界破面様相となっているが,擬へき開様相も混在していた。水素量に関わらず起点部は介在物であるが,水素量が低いと擬へき開様相の割合が大きく,粒界破面様相の割合が水素量に依存する傾向が見られた。なお,介在物寸法や起点部の表面からの距離と水素濃度との明確な相関関係は現時点では確認できなかった。

Fig. 7.

 SEM images of typical fracture surfaces in CSRT tests for 9254 V.

3・3 ねじり試験による水素割れ感受性の評価

Fig.8に9254 Vのねじり試験における回転角とせん断応力の関係例を示す。ここでせん断応力τNは,平行部直径dとトルクTを用い,式(1)により求めた。   

τ N = ( 16 × T ) / ( π × d 3 ) (1)

Fig. 8.

 Relationship between rotation angle and shear stress from Eq.(1) during torsion tests for 9254 V.

未チャージ材ではせん断応力は,回転角60°程度で最大せん断応力に到達し,破断までの133°までほぼ一定に保たれていた。水素量5.1と6.1 massppmでは未チャージに対して,最大せん断応力の顕著な低下は見られないが,それぞれ回転角45°と43°で破断した。すなわち,破断までに費やされるエネルギーに差のあることが示されている。水素量9.5 massppm以上から12 massppmまでは最大せん断応力と破断回転角は水素量の増加に伴い顕著に低下した。

Fig.9に水素濃度と最大せん断応力の関係を示す。図中には既報のSAE9254の結果12)も示されている。最大せん断応力は,未チャージ材の1627と1666 MPaに対して,水素量3-4 massppmでは1659-1680 MPaとなり,低下は認められなかった。5.1と6.1 massppmでは1571と1548 MPaとなり,最大せん断応力の低下は認められるものの顕著でなかった。したがって,ねじり破断は引張破断より水素に対する感受性の小さいことが判る。一方,9.5と12 massppmでは1357と578 MPaとなり,水素量の増加に伴い,最大せん断応力の低下が顕著になった。

Fig. 9.

 Relationship between hydrogen content and maximum shear stress from Eq.(1) in torsion tests.

Fig.8に示した回転角−せん断応力曲線において,水素による最大せん断応力の低下はほとんどないが,破断までの回転角の減少は顕在化しているので,回転角−トルク曲線の面積(破壊エネルギー相当)は異なっている。そこで,この破壊エネルギーと水素濃度の関係をFig.10に示す。未チャージ材での破断エネルギーのばらつきが大きいものの,概ね3 massppmまでは低下せず,それ以上の水素濃度での低下が認められた。回転角−トルク曲線の面積は,最大せん断応力よりも低い水素濃度で減少することが判った。

Fig. 10.

 Relationship between hydrogen content and area bounded by the torque-twisted angle curve in torsion tests.

Fig.11は9254 Vの水素量6.1 massppmにおけるねじりによる破断面の実体顕微鏡およびSEM像である。最大せん断応力の低下がみられない試験片では,平行部中央付近で破断し,破面は試験片長手方向に対して垂直面(せん断応力面)となった。破面は擦れているため,詳細な破壊様相の確認が困難であるが,延性破壊でmicro-void coalescence (MVC)様相を呈し,粒界破面は確認されなかった。

Fig. 11.

 Fracture appearances for a torsion specimen tested at a hydrogen content of 6.1 massppm for 9254 V. (Online version in color.)

一方,Fig.12の12 massppmの高水素濃度域になると,試験片R部と平行部の境界付近で破断し,破壊起点部は試験片長手垂直面(せん断応力面)で擬へき界様相を呈し,その後,き裂は45°方向(引張応力面)に進展した。引張応力面の破面上の一部には粒界破面が観察された。

Fig. 12.

 Fracture appearances for a torsion specimen tested at a hydrogen content of 12 massppm for 9254 V. (Online version in color.)

4. 考察

4・1 CSRTとねじり試験における水素割れ感受性の違い

CSRT試験では水素濃度の上昇に伴い,破面全体に占める粒界様相の割合が増加する傾向にあり,引張破断応力も低下するために,結晶粒界の引張破壊強度σIGは,水素濃度の増加に伴い低下するものと推察される。

一方,低水素濃度域のねじり試験では,試験片軸に直角なせん断応力面に破壊が起きている。これは最大せん断応力がせん断降伏応力τyを超えて破壊が起きているためと考えられる。鉄鋼ではτyは引張降伏応力σYの0.58倍であり,この場合は,τy律則の変形と破壊が優先していると想定される。τyの水素感受性が低いため,ねじり試験では,低水素濃度域において破断トルクはほとんど低下しないと考えられる。高水素濃度域においては,起点部はせん断応力面で擬へき開様相を呈するが,その後,き裂は45°方向(引張応力面)に進展し,σIGの低下もあって,その破面上の一部に粒界破壊が生じるものと考えられる12)。ただし,ねじり試験では試験片表面で最大になる応力勾配が発生するため,現時点では水素感受性と応力状態の関係を十分に把握するには至っていない。現在,有限要素法による応力状態の解析を試みており,今後の課題としたい。

4・2 9254 Vの耐水素割れ感受性向上の要因

Fig.9のねじり試験による最大せん断応力は,SAE9254(TS1.9 GPa)よりも9254 V(TS2 GPa)の方が若干高いが,引張強度を反映しているものなので,両鋼間の水素割れ感受性の違いはほとんどない。また,Fig.10のねじりの破断エネルギーでは,2 massppmまでの低水素濃度域(未チャージ材を含む)におけるSAE9254のばらつきが大きく,また2~5 massppmのSAE9254のデータが無いために,両鋼間の違いの有無については言及し難い。

一方,Fig.5のCSRTの結果において,9254 Vとほぼ同じ引張強度レベルのSAE9254(TS1.9あるいは2 GPa級)に対して,同一引張破断応力レベルにおける水素量を比較すると,9254 Vの方が2倍程度大きいことが判る。また,6 massppm以上での下限界強度も高い。すなわち,CSRTにおける耐水素割れ感受性に優れていると言える。ここで,9254 Vの材料情報を鑑みると,(i)Table 1の化学成分においてP,Sの低減化つまり鋼の清浄化が図られており,耐粒界脆化設計が志向されている。次に,(ii)Fig.2の旧オーステナイト粒径を見ると,SAE9254のAGS7.0に対して9254 VはAGS11.0である。結晶粒が10 μm程度以下に微細化されることによって,粒界面積単位当たりに集積する水素濃度が低減化されると共に,粒界に析出するセメンタイトの割合も抑える効果が期待される。さらに,(iii)20~200 nmのV系炭化物が存在しており,水素トラップ効果として期待して良いかもしれない。しかしながら,Fig.6の両鋼の水素放出プロファイルのピーク温度には,現時点では有意差は認められない。この水素放出プロファイルだけからではV系炭化物による水素トラップ効果を確認できない。水素の存在状態の検討は今後の課題である。

上記の通り,9254 Vは引張強度2 GPa級で耐水素割れ感受性に優れる理想的な成分・組織制御が志向されていると考察される。すなわち,9254 Vの高強度化に伴う水素割れ感受性増大の懸念は,SAE9254に比べて小さいと結論される。ただし,V添加によって水素侵入量の増加が懸念されることから,腐食環境中における水素侵入特性を把握してからこそ,遅れ破壊特性に優れるかどうかを判断できるのであって,水素侵入試験の妥当性も含めて,今後の課題として位置づけたい。また,粒界析出物の様態などの詳細な組織観察も今後の課題である。

5. 結論

引張強度2 GPa級のバナジウムを添加した実用ばね鋼9254 Vの水素割れ感受性をCSRTとねじり試験で評価し,以下の結論が得られた。

(1)CSRTとねじり試験では,水素割れ感受性が大きく異なる。CSRTでは拡散性水素量5.5 massppmまでは最大引張応力は顕著に低下し,それ以上の水素濃度では1.1 GPa程度の下限界強度に落ち着く傾向にある。

(2)一方,ねじり試験による最大せん断応力の水素感受性は小さく,6 massppmを超えるまで顕著な低下は認められない。破面は試験片長手方向に対して垂直断面(せん断応力面)の延性破壊である。しかし,最大せん断応力の低下が顕著である高水素濃度域では,破壊起点部(せん断応力面)は擬へき開様相を呈し,その後,引張応力面にき裂が進展し,一部に粒界破面が認められる。

(3)結晶粒の微細化とPとSの低減化,V系炭化物の存在の相乗効果により,CSRTにおける9254 Vの耐水素割れ感受性は,SAE9254に比べて向上していると考察される。一方,ねじり試験では両鋼間の水素割れ感受性の差は明確でない。

謝辞

本研究に貴重なご助言・ご教示を頂いた日本ばね学会「ばねの遅れ破壊に関する研究委員会」の高周波熱錬(株)岡村司委員,岩永健吾委員,日本発条(株)横田大介委員,(株)スミハツ 黒子新一委員,東海バネ工業(株) 小谷健二委員,住友電気工業(株) 清水健一委員,(株)キグチテクニクス 木口貴弘委員に厚く謝意を表します。

文献
 
© 2015 The Iron and Steel Institute of Japan

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