2015 Volume 101 Issue 10 Pages 552-558
The fatigue limit of a tempered martensitic steel was evaluated in specimens with stress concentration sources, which were introduced with a small drill and focused ion beam (FIB). In a previous study using ferrite-pearlite steel, the fatigue limit of a specimen with a FIB notch was almost the same as the fatigue limit of a specimen with a drill hole, and the non-propagating cracks were found around both shapes of stress concentration sources. However, the fatigue limit of the specimen with a FIB notch was about 100 MPa lower than the fatigue limit of the specimen with a drill hole in tempered martensitic steel. Additionally, the non-propagating crack was observed only in the specimen with a FIB notch. The stress concentration source shapes in both materials are the same, then the difference in fatigue limit stems from the material property. This indicates that there is applicable range where stress concentration source is regarded as a pre-crack, and the range depends on material. At first, the reason for the difference in fatigue limit was discussed in terms of the non-propagating crack. In this part, we discussed non-propagating crack phenomenon around drill hole. Secondly, the effect of hardness which caused the difference in fatigue limit was discussed by using an analytical result of Dugdale model. Finally, we inferred the notch sensitivity from the propagation by deformation at crack tip. After that, we concluded that the propagation by fracture at crack tip is also important factor in analyzing notch sensitivity.
近年,構造物は大型化および軽量化が求められている。これに伴い,鉄鋼材料の高強度化が進められている。高強度鉄鋼材料の利用にあたって心配される機械的性質の一つが疲労限度である。本報では特に,疲労限度がき裂の停留限界によって決定されている材料に着目する。疲労限度の評価および支配因子理解のためには,疲労き裂の発生,伝ぱ,ならびに停留の特性を理解する必要がある1)。き裂の発生,伝ぱ,停留特性の全てを一つの試験片で包括的に調査する場合には平滑試験片が用いられる2)。一方,内在する非金属介在物などの微小な応力集中源の影響を調査する目的では試験片表面に応力集中源を導入した試験片2)が用いられ,特に人工微小き裂から発生した疲労き裂の疲労き裂停留特性が重要視される3)。
予き裂または応力集中源の導入には様々な手法が用いられる。焼鈍しを行っても金属組織が変化しない材料では,予め疲労試験を行い目標のき裂長さになるまでき裂を進展させる。この疲労き裂導入材を真空焼鈍することで加工組織の影響を含まない予き裂を導入した試験片(以下予き裂材)を作製することができる4)。焼鈍しを行うことによって金属組織が大きく変化する鉄鋼組織の一例はマルテンサイトである。典型的な高強度鋼であるマルテンサイト鋼では,焼鈍しを行うと加熱時の逆変態オーステナイトの生成とその後の冷却によるマルテンサイト変態,再結晶/回復,炭化物の析出などにより初期組織が大きく変化するため応力除去焼鈍しを行うことができない5)。そのため,焼鈍しができない材料では,ドリル穴がき裂と等価であると仮定してき裂材の特性の調査が行われている6)。S45C焼鈍し材を用い応力比R=−1で行われた実験において,ドリル穴を導入した試験片と予き裂を導入した試験片では,応力集中源を最大主応力方向に投影した投影面積が等しい応力集中源を導入した場合疲労限度に差が見られないことが分かっている7,8)(応力集中源を最大主応力方向に投影した投影面積の平方根である
Sakamotoら9)は応力集中源の形状の差異に着目し,フェライト・パーライト鋼を用いて,ドリル穴を導入した材料(以下ドリル材)とFIB切欠き10,11,12)を導入した材料(以下FIB材),予き材の疲労限度について研究を行った。その結果,すべての応力集中源形状において疲労限度には有意な差異は認められなかった。本報では,代表的な高強度鋼である焼戻しマルテンサイト鋼を用いドリル材およびFIB材の疲労限度を調査する。高強度鋼の疲労限度に着目した理由は,平滑材の引張強度−疲労限度の関係がフェライト・パーライト鋼などの低強度の材料と比較して顕著に異なるからである13)。これは,材料の切欠き敏感性と呼ばれる現象である。比較的低強度の材料では,引張強度の上昇に比例して疲労限度も上昇する。しかし,高強度材料では低強度材料の場合よりも疲労限度の上昇が少ない,もしくは疲労限度が下降することが知られている。この特異な疲労限度の引張強度依存性は,応力集中に対する敏感性に起因すると言われている3)。具体的には,低強度鋼では固執すべり(Persistent Slip Band:PSB)により疲労き裂が発生する場合が多いのに対し,高強度鋼では内在する微小な非金属介在物などの応力集中源から疲労き裂が発生する場合が多い。この違いにより高強度鋼と低強度鋼それぞれの引張強度依存性が大きく異なると説明されている。しかし,高強度鋼の疲労限度における切欠き敏感性は現象論的説明であるため,使用条件が疲労試験条件と変わった場合の疲労限度変化の予測や材料改善指針の提案には有効ではない。そのため本報では,塑性誘起き裂閉口現象に着目したき裂材の疲労限度解析結果を用いることにより,切欠き敏感性を物理的に説明することを目的とする。
供試材には,Sakamotoらが用いた市販のS45C圧延丸棒材(直径19 mm)を基に,以下の加工および熱処理を施して用いた。(Table 1に化学成分を示す。)供試材を直径10 mm,長さ62 mmに切り出した後,焼入れ焼戻しを行った。Table 2に熱処理条件14,15)を示す。本論文では,この焼入れ焼戻し材をS45C(QT),Sakamotoら9)が用いた焼鈍し材をS45C(A)と呼称する。疲労限度と相関がある機械的性質として知られる3)硬さは,ビッカース硬さ試験によって測定した。ビッカース硬さの測定は機械研磨表面に対して荷重1.96 N(15秒保持,5点平均)で行った。初期組織の取得にあたり,エメリー紙で機械研磨をした後,コロイダルシリカを最終仕上げとしてバフ研磨を行い,3%ナイタール液を用いてエッチングを行った。Fig.1に示すように,今回用いた材料の初期金属組織は焼戻しマルテンサイトである。
C | Si | Mn | P | S | Al | Fe |
---|---|---|---|---|---|---|
0.46 | 0.20 | 0.73 | 0.029 | 0.017 | 0.018 | bal. |
Material | Heat treatment | HV |
---|---|---|
S45C | Annealing 845°C, 1hr water quench →Tempered 200°C, 1hr water quench | 510 |
Optical micrograph showing microstructure which was quenched and tempered.
熱処理後,旋盤を用いて試験片を作成した。Fig.2に試験片形状を示す。比較のため,試験片形状と導入する応力集中源の形状はSakamotoらの報告9)と同じ形状を採用した。試験片は機械加工後#280から#2000までエメリー紙を用いて研磨し,粒径1 μmのアルミナ粒子を使ってバフ研磨を行い,加工層の除去を行うため電解研磨で表面層を直径30 μm程度除去した。電解研磨は,リン酸2000 mlにゼラチン40 g,シュウ酸40 gを溶かした電解液を用い,電圧12 V,液温60°Cで行った。
Shape and dimension of the specimen [unit: mm].
その後,試験片中央部に応力集中源としてドリル穴もしくはFIB切欠きを導入した。ドリル穴は,直径100 μmの微小ドリルを用いて深さ47 μmとなるよう導入した。ドリル穴は,試験片とドリルの接触を電気的に検知し,接触した瞬間から深さをダイヤルゲージで測定し,47 μmの深さになるように導入した。ドリル穴の深さの誤差は±2 μm以内であった。FIB切欠きは,FEI製Quanta 3D 200iを用いて電圧30 kV,電流15 nAで導入した。導入した応力集中源の形状をFig.3に示す。なお,
Shape and dimension of the stress concentration sources having the same √area size. a) Drill hole b) FIB notch [unit: μm] ρ: radius of curvature of stress concentration source
疲労試験は小野式小型回転曲げ試験機を使用し,室温,大気中,周波数60 Hz で行った。応力は微小応力集中源を無視した最小断面における公称曲げ応力を採用した。疲労き裂の発生,伝ぱ挙動の観察およびき裂長さの測定は所定の繰返し数ごとに試験機を止めて無荷重状態で採取したレプリカを用いて行った。レプリカはアセチルセルロースを酢酸メチルで溶かし,試験片表面に貼付けることによって取得した。レプリカ画像の取得はレプリカ表面を金属顕微鏡で観察して行った。
Fig.4にS45C(QT)におけるドリル材およびFIB材の応力振幅−破断繰返し数(S-N)図を示す。また,参考のため,Sakamotoら9)のS45C(A)のS-N図も合わせて示す。Fig.4に示す通り,S45C(A)ではドリル材,FIB材で大きな疲労限度の違いは見られなかったが,S45C(QT)では疲労限度に100 MPa以上の違いがあることが確認された。S45C(QT)の疲労限度におけるドリル穴,FIB切欠き近傍のレプリカ画像をFig.5に示す。S45C(QT)を用いた実験で,ドリル材では疲労限度において停留き裂が観察されず疲労限度が疲労き裂発生限界16)(σw1)によって決定されていた。これに対し,FIB材では疲労限度においてき裂の停留が観察されており疲労き裂停留限界16)(σw2)によって疲労限度が決定されていた。一方S45C(A)ではドリル材,FIB材,予き裂材の全てにおいて疲労限度の有意な差異は認められず,疲労限度がき裂の停留限界(σw2)によって決定されている9)。そこで,軟らかい材料ではσw2によって決定されていたドリル材の疲労限度がなぜ高強度鋼ではσw1によって決定されたのかについて議論する。
Relationship between stress amplitude σa and the number of cycles to failure Nf.
Replica images showing surface of the specimen near the stress concentration source after 107 cycles. a) Drill hole (σa=575 MPa) b) FIB notch (σa=460 MPa)
応力集中源近傍での最大応力σSCは,遠方応力をσ∞,応力集中係数をKtとした際(1)式によって決定される17)。なお,無限板中のだ円孔の場合,応力集中源の半長をt,先端の曲率半径をρとすると,Ktは(2)式によって決定される17)。
(1) |
(2) |
また,応力集中源に起因する応力上昇の影響範囲は,応力集中の程度が大きくなるほど狭くなることが知られている18)。
Fig.6にρと疲労限度の関係16)を模式的に示す。一般的には,疲労き裂の発生が確認できない疲労限度がσw1,疲労き裂の停留が確認できる疲労限度がσw2である。疲労限度がσw2によって決定される際,Fig.6から分かるように応力集中源先端の曲率半径の大きさは疲労限度には寄与しない。一方,疲労き裂の停留は,応力集中源寸法と,応力集中源から発生し進展したき裂寸法の合計によって決定される19)。これらは,σw2によって決定される疲労限度において応力集中源が疲労限度に与える影響は予き裂と等価であることを表している。しかし,Fig.6における疲労限度がσw1によって決定される領域(応力集中限の曲率半径依存性を示す領域)でも微視的停留き裂の存在が確認される場合もある20,21)。これは,停留き裂の有無以外にσw1とσw2 を決定する因子があることを意味する。そこで,本報ではまずσw1とσw2のより本質的な意味について検討する。
Relationship between fatigue limit and curvature of notch 1/ρ.
前節で,σw1とσw2の疲労限度において停留き裂が存在すると述べたが,Fig.7にそれぞれにおける停留き裂の模式図を示す19)。疲労限度がσw2によってされるとき,疲労き裂の停留現象は疲労き裂の開閉口挙動に支配されるので応力集中源先端のρの大きさは疲労限度に影響を与えない。しかしこの考え方には,疲労き裂長さが応力集中源に由来する応力場の影響範囲よりも大きいという仮定が含まれている。より正確には,Fig.8(a)に模式的に示すようにσw2は「疲労き裂長さが応力集中源の影響範囲を超えて,停留現象がき裂先端の応力集中によって支配されているときの疲労限度」である。この観点では,σw1は「応力集中源に由来する応力場の影響範囲の中で疲労き裂が停留する場合22),または疲労き裂の発生で支配される疲労限度23)」と定義される(Fig.8(b))。本報では疲労限度がσw1によって決定される場合とσw2によって決定される場合の疲労限度の差異を同じ現象の問題(き裂の問題)と捉えるため,つまりどちらも疲労限度がき裂の停留によって決定されていると考えるため,σw1が「応力集中源に由来する応力場の影響範囲の中で疲労き裂が停留する場合」を対象とする。
Schematic diagrams of non-propagating crack around stress concentration source a) σw1, b) σw219).
Non-propagating crack length in the fatigue limit determined by a) σw2, b) σw1.
疲労き裂の停留現象は,き裂閉口現象24)で説明される。つまり,初期状態で初期き裂として一つの理想き裂が存在する場合,疲労限度においては,き裂開閉口により形成された塑性変形によって疲労き裂は進展し,その結果疲労き裂先端の後方にある塑性変形によって有効な応力振幅が減少する。これにより伝ぱ速度は減少し,疲労き裂が停留する。CT試験片を用いた場合,下限界応力拡大係数範囲ΔKthは荷重漸減法を用いて停留時の応力拡大係数範囲ΔKによって測定される。しかし,一定応力振幅を受け,微小き裂を有する材料のΔKthは,疲労限度での応力幅と初期き裂長さから算出されるΔKによって定義される25)。その理由として,停留き裂長さが初期き裂長さによって変化するので,停留き裂寸法を用いた設計はできないことが挙げられる。そのため,微小き裂の下限界応力拡大係数範囲ΔKthは,初期き裂との関係性で定義される25,26)。本研究において疲労き裂の停留挙動を議論する上で,初期き裂長さの定義が重要になる。前節で示した通り,σw2によって疲労限度が決定される際,応力集中源は予き裂と疲労限度に与える影響が等価である。即ち,Fig.8(a)に示すように,σw2によって疲労限度が決定される際の停留き裂長さはl2であり,初期き裂長さlw2は疲労試験を行う前に存在する応力集中源寸法である。一方,σw1で疲労限度が決定される場合,応力集中源は応力集中源近傍の応力上昇のみに寄与し,その場合の停留き裂長さはFig.8(b)に示すように応力集中源寸法を含まない(l1)。そしてσw1によって疲労限度が決定される場合,疲労き裂は応力集中源から疲労き裂が発生し,多少進展して停留する22)。このき裂挙動に基づくと,σw1における初期き裂長さlw1は応力集中源先端に生じた結晶粒径程度の疲労き裂発生寸法とみなせる。即ち,σw2で疲労限度が決定される場合の初期き裂長さlw2は試験前に存在する応力集中源寸法であり,σw1によって疲労限度が決定される場合の初期き裂長さlw1は試験中に形成される疲労き裂発生寸法である。これら初期き裂長さの相違に基づき次節の議論を行う。
4・3 材料の硬さが疲労限度に与える影響Fig.9に初期き裂長さと材料の降伏ひずみが疲労限度に与える影響をDugdaleモデル27)を用いて解析した図を示す26)。Fig.9によると,降伏ひずみが硬さに比例すると仮定すると,初期き裂長さが短い際は材料の硬さの違いにより疲労限度が異なり,初期き裂長さが長くなるにつれて硬さが疲労限度に及ぼす影響は減少する。上述の議論より,疲労限度がσw1によって決定される場合の初期き裂長さlw1は疲労き裂発生寸法であり,疲労限度がσw2によって決定される場合の初期き裂長さlw2は応力集中源寸法である。σw2によって疲労限度が決定され初期き裂長さlw2が無限に大きい場合,Fig.10(a)に示すように疲労限度において材料の硬さの影響はない。この時Fig.10(b)に示すように硬さの違いに起因してσw1とσw2の交点である1/ρoが遷移する。現実問題として応力集中源は有限の値を取るが,応力集中源寸法が等しい場合σw2における初期き裂長さlw2はσw1における初期き裂長さlw1より大きい。そのため,Fig.11(a)に示すようにσw2における硬さの影響はσw1に比べ小さくなる。σw1に比べσw2における硬さの影響が小さいということは,Fig.11(b)に示すように,硬さの変化に起因してσw1とσw2の交点である1/ρoが遷移することを示している。
Effect of yield strain on relationship between ΔKth and initial crack length26).
Explanation for the transition of 1/ρo in ideal case. a) There is the effect of hardness on lw1, though no effect of hardness on lw2. b) According to a), 1/ρo is affected by the hardness.
Explanation for the transition of 1/ρo in actual case. a) The effect of hardness on lw1 is larger than that of lw2. b) According to a), 1/ρo is affected by the hardness.
これらの考察をS45C(A)およびS45C(QT)の疲労限度の応力集中源形状依存性に適用すると以下のように考えられる。比較的軟らかいS45C(A)では,ドリル材,FIB材ともにσw2によって疲労限度が支配されている。このため,疲労限度に曲率半径依存性が現れない。一方,S45C(QT)では,S45C(A)に比べて硬い材料であるため,1/ρoの遷移に伴いドリル穴の曲率半径はσw1の領域にあると考える。ドリル穴より鋭いFIB切欠きの疲労限度は,より1/ρoに近いσw1の領域,またはσw2の領域にあると考える。すなわち,S45C(A)の疲労限度においてはドリル穴およびFIB切欠きがともに予き裂と等価な応力集中源として取り扱えるのに対し,S45C(QT)では1/ρoの遷移が起こった結果,ドリル穴は予き裂と等価とは見なされなくなった。S45C(QT)のような高強度鋼において,予き裂と等価な応力集中源を導入する場合には,より鋭い切欠きが要求される。疲労限度においてき裂と等価な応力集中源として,FIB切欠きは,少なくともドリル穴より広範囲な強度レベルの鉄鋼材料の疲労限度解析に対して有効である。
4・4 切欠き敏感性の考え方の提案緒言で述べたように比較的低強度の鉄鋼材料では,引張強度の上昇に比例して疲労限度も上昇する。一方,高強度材料では低強度材料の場合よりも引張強度上昇にともなう疲労限度の上昇が少ない,もしくは疲労限度が下降する。この疲労限度の特異な引張強度依存性は切欠き敏感性として知られている13,28)。既報実験結果13,28)に基づいて作成した,切欠き敏感性の模式図をFig.12に示す。Fig.12中のPhase1からPhase2までの傾向は介在物などの応力集中源への敏感性から説明できるが,Phase3の傾向は説明されない。本節ではPhase3として示される,引張強度上昇にともなう疲労限度低下を説明するために,物体が損傷を受けるという現象を考える。本質的に物体において損傷が発達する現象は,転位運動(すべり)または原子面/界面の剥離のいずれかに由来する。換言すれば,「塑性変形」又は「破壊」のみが損傷の発生/発達を引き起こすことが出来る。疲労損傷発達のみに注目すると,「塑性変形」に由来する損傷発達とは,繰返し応力を負荷することによって疲労き裂先端で繰返し塑性域が形成され,疲労き裂が開閉口を繰返して進展する24)場合,または,疲労き裂先端のボイドの形成・合体による損傷発達を意味する。疲労限度を考える上では,前者の繰返し変形によるき裂進展機構が重要となる。繰返し変形によりき裂先端に形成された塑性域はき裂が進展することによりき裂先端の後方に移動し,き裂の開口を阻害する働きを持つようになる。これが塑性誘起き裂閉口24)と呼ばれる現象であり,き裂停留現象の主因である(疲労限度が存在する要因)。塑性誘起き裂閉口を考える際に用いられるのが,き裂先端の変形およびその近傍における塑性ひずみ分布を連続体として把握し,変形によるき裂本体の繰返し進展量を考える伝ぱモデル,即ち変形伝ぱモデルである。本報では,変形伝ぱモデルを用いて金属疲労を考えるアプローチを連続体力学的アプローチと呼称する。また,前述の損傷発達の他方因子である「破壊」の観点からも,疲労き裂進展機構を考えることができる。事実,いくつかの高強度材料において,疲労き裂はき裂先端の界面剥離などに起因する破壊によって進展することが報告されている29)。このような疲労き裂先端の破壊を考える際は,不連続体(界面)を取り扱う必要性がある。本報では,疲労き裂先端の破壊によるき裂進展を考えるアプローチを材料科学的アプローチと呼称する。今回用いたDugdaleモデル27)の解析結果は,変形伝ぱモデルを用いた連続体力学的アプローチで行われた解析である。しかし,変形伝ぱモデルを用いて解析されたFig.9を参照しても,引張強度が上昇することにより疲労限度が下降する現象を説明することはできない。即ち,引張強度が上昇することにより疲労限度が下降する現象を説明するためには,界面剥離などの破壊現象の取扱が不可欠であり,すなわち材料科学的アプローチをとる必要があると考える。ここで,既報実験結果9)および本報で得られた実験結果を改めて考察する。S45C(A)材はドリル材の疲労限度とFIB材の疲労限度に差が見られなかったことからPhase 1に相当し,S45C(QT)材は力学的アプローチを用いて疲労限度の差異を説明できたことからPhase 2に相当すると考えられる。ただし,Phase 2とPhase 3の遷移硬さは,応力比や水素環境など使用条件によって様々に変化すると考えられる30,31,32)。即ち,本研究における結果および力学的考察は,力学と材料科学の両面から疲労限度を考える必要性を明示するものである。
Schematic diagram of notch sensitivity (the tensile strength dependence of fatigue limit).
本報では,S45C焼戻しマルテンサイト鋼を用いて,疲労限度における応力集中源の形状依存性を検討し,高強度鋼の疲労限度評価におけるFIB切欠の有効性を示した。以下に得られた結論を示す。
1)S45C焼入れ焼戻し材において,微小ドリル穴を導入した試験片とFIB切欠きを導入した試験片の疲労限度には100 MPa以上の差が見られた。これは,疲労限度−応力集中源先端の曲率半径ρの関係において,疲労き裂発生限界σw1と疲労き裂停留限界σw2の交点である1/ρoが材料の違いにより遷移したからである(Fig.10参照)。
2)S45C焼入れ焼戻し材の疲労限度において,微小ドリル穴はき裂と等価な応力集中源として取り扱えない場合があることを示した。一方,S45C焼鈍し材の疲労限度において,微小ドリル穴,FIB切欠きは共にき裂と等価な応力集中源として取り扱えることも示した。また,FIB切欠きは,微小ドリル穴に比べて広い範囲の強度レベルの鉄鋼材料の疲労限度解析に対して,予き裂と等価な応力集中源として取り扱えることが示された。
3)引張強度の上昇と共に疲労限度が上昇する領域(Fig.12のPhase1,Phase2)では疲労き裂先端の塑性変形を用いて疲労き裂の伝ぱ,停留を説明することができるが,引張強度の上昇と共に疲労限度が下降する領域(Phsae3)では塑性変形を用いて説明することができない。本報では,物体が損傷する現象として塑性変形と破壊しかないという観点からPhase3における疲労き裂伝ぱは,疲労き裂先端における破壊による現象と考えざるを得ないことを示した。