2015 Volume 101 Issue 3 Pages 169-176
The standard Gibbs energy changes of the following reactions have been measured by using transpiration method;
4CaO∙P2O5(s) + 5C(s) = 4CaO(s) + P2(g) + 5CO(g)
ΔGo/kJ = 1624 – 0.953T (± 2.7), (1373 < T/K < 1573)
4(3CaO∙P2O5)(s) + 5C(s) = 3(4CaO∙P2O5)(s) + P2(g) + 5CO(g)
ΔGo/kJ = 1946 – 1.193T (± 0.9), (1448 < T/K < 1523)
The standard Gibbs energies of the formation of 4CaO∙P2O5 (ΔGof,(4CaO∙P2O5)) and 3CaO∙P2O5 (ΔGof,(3CaO∙P2O5)) have been derived as follows;
ΔGof(4CaO∙P2O5)/kJ mol–1 = – 4765 + 0.965 T, (1373 < T/K < 1573)
ΔGof(3CaO∙P2O5)/kJ mol–1 = – 4200 + 0.912 T, (1448 < T/K < 1523)
The reasons for discrepancies from reported values were discussed from the view point of whether the activity of phosphorus is measured directly or not.
高炉と転炉を用いる現代製鋼法では製鋼スラグが不可避的に発生するが,そこにはCaO,SiO2,FeOなどの有用な成分が含まれている。したがって,スラグを高炉へ再投入することは含有成分の再利用につながり,資源保全の観点から重要である。しかしながら,スラグに含まれるリンはこの再利用を阻害する。例えば,リンを含むスラグを炉に再投入すると製鋼プロセス内でリンが蓄積され粗鋼中のリン濃度の増加につながる。したがって現状では,製鋼スラグは単に路盤材としてリサイクルされている場合がほとんどであり,この場合,リンは本質的にはリサイクルされたことにならない。
リンの主な用途の一つに肥料があり長らく使用されていることは言うまでもない。リン肥料は代替不可能であり,それゆえリンの需給バランスは不安定な状態にある1,2)。高品位鉱を産出するリン鉱床は急速に減少しており,利用可能な鉱床は100年以内に枯渇するという報告もある3,4)。したがって,リンの確保は世界的に喫緊な課題となっている。ここでMatsubae-Yokoyamaらの報告によると5),日本が2005年に輸入したリン鉱石量はリン純分で101.4 kt-Pであったが,この量は日本における鉄鋼スラグ中のリン量104 kt-Pとほぼ同じ値である。したがって,仮にリンを鉄鋼スラグから回収することができれば,リン鉱石として輸入しているリン量に相当するリン資源の確保につながり,ひいてはリン回収後のスラグ残渣の再利用にもつながる。また,リン鉱石にはNORM6)と呼ばれる自然起源放射性物質が含まれており,リン酸などの製造プロセスを通じて副産物であるリン酸石膏に濃縮されるという問題が発生するが,鉄鋼スラグではこのような問題は発生しないという利点も存在する。
鉄鋼スラグ中のリンは通常リン酸カルシウム(4CaO・P2O5や3CaO・P2O5)として存在する。Nagataは汚水に含まれるリン酸カルシウムにコークスと珪砂と混ぜ,高温で処理することで黄リンを気体として回収できることを確認している7)。Shiomiらはグラファイトを還元剤として用い,スズを添加した転炉スラグからのリン回収を試みている8,9)。そこでは78%のリンが回収され,その96.8%は気体リンとして回収されている9)。これらのようなリン酸カルシウムからのリン回収は,以下のような反応によって進んでいると考えられる。
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これらの反応におけるリン蒸気圧を熱力学的な観点から理論的に推定することはプロセス設計を考える上で重要であり,多くの研究者がリン酸カルシウムの標準生成ギブズエネルギー((ΔGof,(4CaO・P2O5))および(ΔGof,(3CaO・P2O5)))の測定を試みている。しかしながらΔGof,(4CaO・P2O5)10,11,12)やΔGof,(3CaO・P2O5)10,12,13)の報告値には最大でそれぞれ100 kJ mol−1,50 kJ mol−1程度のばらつきが見られる。このばらつきは発生するリンの蒸気圧の推定に大きな誤差を与える。例えば,上述の反応(1)の場合,PCO=0.1 atm,T=1473 Kの条件の下ΔGof,(4CaO・P2O5)の報告値のばらつきを考慮してリン蒸気圧を計算すると,その値には7桁もの差が生じてしまう。
このばらつきは,4CaO・P2O5とCaO(または4CaO・P2O5と3CaO・P2O5)の平衡において発生するリンの蒸気圧が直接測定されておらず,代わりにリン蒸気と平衡させた溶鉄,溶銅,溶銀といった溶融金属中のリンの活量として間接的に測定されていることが原因である可能性がある。リンのそれらの金属中への溶解度は低く,それゆえP2(g)=2P(in metal)の反応における標準ギブズエネルギー変化の実験誤差は相対的に大きくなる。そして最終的に得られるΔGof,(4CaO・P2O5)やΔGof,(3CaO・P2O5)は連鎖的に大きな実験誤差を含むことになる。
以上より,本研究の目的はΔGof,(4CaO・P2O5)およびΔGof,(3CaO・P2O5)の標準生成ギブズエネルギーをリン蒸気圧の直接測定をもって決定することとする。また,報告値と比較することで測定値の信頼性についての評価を行うことも目的とする。
Fig.1に示すCaO-P2O5系状態図から4CaO・P2O5とCaOは互いに固溶せず,1900 K以下の温度で平衡することがわかる14)。同様に,3CaO・P2O5は4CaO・P2O5と1850 K以下の温度で平衡する14)。ここで反応(1)および(2)の平衡定数K(1)とK(2)はそれぞれ次のように表すことができる。
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Phase diagram for the CaO-P2O5 system.
ここで,aiとPiはそれぞれ純物質と1 barを基準としたときの成分iの活量と分圧である。ここでCaO,4CaO・P2O5,3CaO・P2O5,Cの活量を1とすると,反応(1)と(2)のそれぞれが平衡しているときの標準ギブズエネルギー変化(ΔGo(1),ΔGo(2))は次のように表すことができる。
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ここで,Rは気体定数(8.314 J K−1 mol−1),Tは絶対温度である。反応(1)の場合,CaO,Cと4CaO・P2O5の混合物,反応(2)の場合,4CaO・P2O5,3CaO・P2O5とCの混合物を所定の分圧のCOガスと平衡させるとリン蒸気が発生するが,このリン蒸気圧を測定することによって,ΔGo(1)およびΔGo(2)を求めることができる。
本研究ではリン蒸気圧を決定するため蒸気輸送法を用いる。輸送ガスとしてAr-COガスを用いる。リン蒸気は下流域で凝縮し,その重量変化からリン蒸気圧に推算される。ただし,リン蒸気はP2だけでなくPやP4としても存在することに注意しなければならない。熱力学的には,2P(g)=P2(g)の反応によるP蒸気の発生は無視できるほど小さい15)。そこで本研究では,リン蒸気としてP2とP4のみが存在すると仮定する。
本研究の実験条件は大気圧かつ高温であるので,理想気体の式に基づく次式を考えることができる。
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ここで,Vは試料温度でのガス体積,tは時間,niは成分iのモル数,MPはリンの原子量,mPとm’PはそれぞれP2とP4から凝縮する固体リンの重量である。これより次式がP2とP4から凝縮する固体リンの総量mtotalとなる。
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TとdV/dtは実験条件から求めることができ,dmtotal/dtは測定可能である。PP2とPP4の関係は熱力学的に式(10)のように示され15),これを式(9)と連結させることで,リンの分圧を決定することが可能となる。
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4CaO・P2O5および3CaO・P2O5粉末は太平化学産業株式会社製試薬で平均粒径10 μmのものを用いた。CaO粉末は純度99.9%のCaCO3(守随彦太郎商店)を1473 Kの空気中で12 h焼成することで作製した。グラファイトについては,純度99.7%以上,粒径5 μmの添川理化学製試薬を用いた。これらは反応(1)や(2)の化学量論比を満たすように混合され,乳鉢を用いて約20分混ぜ合わせた。
Fig.2は実験装置の概略図である。ArとCOガスはマスフローコントローラを用いて混合され,反応管に送られる。昇温は赤外イメージ炉(ULVAC-RIKO)を用いて行った。反応ガスは後述するコールドトラップに送られる。実験系の出口部において,反応ガスは都市ガスと共に燃焼される。
Schematic diagram of the experimental apparatus.
反応管の詳細図をFig.3に示す。反応管は内径50 mm,主要部長さ200 mmの石英製であり,赤外線に対して透明である。約20 gの粉末混合試料は,気体透過性のカーボンファイバーシート(東邦テナックス株式会社製,W-6110)に包んだ状態で反応管内に設置した。カーボンファイバーシートの表面は樹脂でコーティングされていたため,事前にアセトンで洗浄し,その後573 Kで乾燥させたものを実験に用いた。反応管の上部には多孔質レンガを設置した。これは熱のバッファーとなるだけでなく,対流による反応ガスの逆流を防ぐためにも機能する。試料温度はカーボンファイバーを介して試料上部に設置したR型の熱電対で測定した。
Schematic diagram of the reaction chamber.
Ar-COガスは反応したリン蒸気を装置下流に輸送し,氷水で冷却されたコールドトラップ内に誘導される。コールドトラップ以外でのリンの凝縮を防ぐため,炉からコールドトラップまではガラス製ファイバーで断熱をした。内径50 mm,高さ75 mmのコールドトラップはアルミニウム製で,内部には表面積を得るために大量のアルミニウムホイル片を封じた。コールドトラップの総重量は10 g以下であり,用いた電子天秤のこの重量における測定精度は0.001 gである。
2・3 実験手順実験は次のような手順で行った。試料を反応管内の所定の位置に設置後,反応管内はArガスで置換され,473 Kまで昇温された後10 min保持した。これは炉壁,試料,カーボンファイバーなどに吸着しているガスを脱離させるためである。その後,コールドトラップを反応管に接続し,昇温時のリン蒸気の発生を防ぐために系内をCOガスで置換する。続いて実験温度まで昇温し,所定のCO分圧となるようにArガスを混合する。この時点をもって測定の開始時間とする。測定終了後,反応管内はCOガスで置換して冷却する。温度が773 K以下になった時点で,反応管内はArガスに置換し,その後,室温近傍まで温度が下がったことを確認した後,コールドトラップを取り外して,重量変化を測定した。
2・4 実験条件実験条件をTable 1にまとめる。実験条件は,予備実験の結果を基に,各温度でおよそ0.1~1 gのリンが捕集できるように決定した。CO分圧が低すぎると短期間で大量のリン蒸気が発生し平衡状態となりにくく,CO分圧が高すぎると実験時間が長時間を要するためである。
4CaO∙P2O5 | |||
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Temperature (K) | Gas flow rate (L/min) | CO pressure (atm) | Measuring time (hour) |
1373 | 0.4 | 0.02 | 3, 6, 9 |
1423 | 0.4 | 0.05 | 3, 6, 9 |
1473 | 0.4 | 0.1 | 3, 6, 9 |
1523 | 0.4 | 0.25 | 1, 2, 3 |
1573 | 0.4 | 0.5 | 0.5, 1, 1.5 |
3CaO∙P2O5 | |||
Temperature (K) | Gas flow rate (L/min) | CO pressure (atm) | Measuring time (hour) |
1448 | 0.4 | 0.12 | 1, 2, 3 |
1473 | 0.4 | 0.2 | 1, 2, 3 |
1498 | 0.4 | 0.35 | 1, 2, 3 |
1523 | 0.4 | 0.6 | 1, 2, 3 |
また,輸送ガスの流量が早すぎるとリン蒸気が飽和しない状態で輸送され,リン分圧の過小評価につながる。逆に遅すぎると,輸送ガスの対流などによりリン蒸気が予想外の箇所で析出する可能性があり,同じくリン蒸気圧の過小評価につながる。そのため,輸送ガスの流量を1373 Kにおいて100から400 cm3/minまで変え,輸送ガス中のリン蒸気の飽和,つまり平衡条件を確認した。その結果,Fig.4に示すように,上述の条件の下ではリン蒸気圧は一定値を示すことが分かった。したがって,本研究では400 cm3/minをガス流量条件として採用した。なお,この条件において,(1)や(2)の反応で生じるCOガスは全体のCOガス量に比べ,無視しうるほど小さい。
Relation between the mass of phosphorus collected and the gas flow rate, where total flowed volume of gas for every condition is constant.
Fig.5は各試料について実験時間と捕集されたリン重量の関係を示したものである。図から良い直線性があることが分かる。これらの直線の傾きと式(5),(6)を用い,反応(1)および(2)の標準ギブズエネルギー変化は次のように決定される。これらの結果はFig.6にも示す。
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Relation between the mass of phosphorus collected and the experimental time at 1498 K in the reaction of 4(3CaO∙P2O5)(s) + 5C(s) = 3(4CaO∙P2O5)(s) + 5CO(g) + P2(g).
The standard Gibbs energy changes of the reactions; 4CaO∙P2O5(s) + 5C(s) = 4CaO(s) + P2(g) + 5CO(g) and 4(3CaO∙P2O5)(s) + 5C(s) = 3(4CaO∙P2O5)(s) + P2(g) + 5CO(g).
CaO15)とCO15)の標準生成ギブズエネルギーを用いると,4CaO・P2O5および3CaO・P2O5の標準生成ギブズエネルギーΔGof(4CaO∙P2O5),ΔGo(3CaO∙P2O5)は次のように求められる。
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ただし次式の誤差については無視している。
発生したリン蒸気量(0.1~1 g)から,初期試料中のいずれの成分も実験後に残っていることが期待される。Fig.7と8はそれぞれ4CaO・P2O5と3CaO・P2O5の実験前後のXRD測定結果である。図から,実験後のピークに特筆すべき変化はないことがわかる。これは初期試料の一部は実験後にも残っていることを意味しており,また予期しない反応も起きていないことを意味している。したがって,反応(1)および(2)はFig.4にあるような平衡条件を保ちながら進行したと考えられる。
XRD profiles before and after experiment for 4CaO∙P2O5.
XRD profiles before and after experiment for 3CaO∙P2O5.
本研究では,昇温中におけるリン蒸気の発生はCOガス分圧を1 atmにすることで抑えた。しかしながら,昇温中に無視できない量のリン蒸気が発生し,実際の実験中の測定誤差となる可能性を考慮しておく必要がある。本研究の全実験条件において,反応(2)の1523 Kにおける実験の昇温中におけるリン(P2)蒸気圧は,3.6×10−5 atmと最も高くなる。これは実験中に発生するリン(P2)蒸気圧の6.5%に相当する。ただし,このようにして発生するリンは同じ温度における全ての実験で同様に発生するため,直接影響しない。仮に各測定の昇温中に発生するリン量に10%の誤差が生じた場合,式(14)には最大に見積もって±0.5 kJ mol−1の誤差を与える。これは式 (14)に見られる実験誤差よりも小さい。すなわち,この問題に起因する誤差は無視しうる。
さらにカーボンシートの炭素が反応管のSiO2と反応し,次の反応に従いSiOガスが発生する可能性がある。
発生したSiOガスはリン蒸気と同様に装置下流に輸送され,逆反応によりSiO2として析出する可能性がある。その結果,リン蒸気圧は過剰に見積もられることとなる。しかし,熱力学的計算によると発生するSiOガスの分圧はリン蒸気よりも二桁ほど小さいことがわかる15)。仮に析出したリン中に1 mass%のSiO2が含まれていたと仮定すると,実験誤差は±0.1 kJとなる。したがってこの影響についても無視することが可能である。
4・3 既報との比較CaOの標準生成自由エネルギーの既報値には大きな差があるため,ΔGof(4CaO∙P2O5)やΔGo(3CaO∙P2O5)を他の報告値と直接比較することは困難である。そこで,反応(15)と(17)の形で既報値との比較を行う。
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Fig.9および10はそれぞれΔGo(15)とΔGo(17)を既報値と比較した結果である。図中に示した既報値の具体的な数式はTable 2にまとめた。なお既報はリン蒸気圧は直接測定されていないため,まず各報告がどのように測定されているか簡単に説明する。
The standard Gibbs energy change of the reaction; 4CaO(s) + P2(g) + 5/2O2(g) = 4CaO∙P2O5(s).
The standard Gibbs energy change of the reaction; 3CaO(s) + P2(g) + 5/2O2(g) = 3CaO∙P2O5(s).
4CaO(s) + P2(g) + 5/2O2(g) = 4CaO∙P2O5(s) | |
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Aratani et al.19) | – 2729 + 0.801T, (1813 < T/K < 1873) |
Ban-ya et al.16, 20) | – 2334 + 0.589T, (1803 < T/K < 1853) |
Bookey10) | – 2265 + 0.547T, (1523 < T/K < 1823) |
Iwase et al.11) | – 2316 + 0.521T, (1423 < T/K < 1523) |
Tagaya et al.12) | – 2207 + 0.505T, (1473 < T/K < 1598) |
Present study | – 2181 + 0.513T, (1373 < T/K < 1573) |
3CaO(s) + P2(g) + 5/2O2(g) = 3CaO∙P2O5(s). | |
Bookey10) | – 2247 + 0.541T, (1523 < T/K < 1823) |
Tagaya et al.12) | – 2198 + 0.504T, (1473 < T/K < 1598) |
Yama-zoe et al.13) | – 2299 + 0.525T, (1423 < T/K < 1523) |
Present study | – 2262 + 0.573T, (1448 < T/K < 1523) |
Unit: kJmol–1
Tagayaら12)は次のような反応の標準ギブズエネルギーを連立させて,ΔGof(4CaO∙P2O5)およびΔGof(3CaO∙P2O5)を決定している。
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Iwaseら11)は次に示すような電池を用いΔGo(27)を決定している。
(27) |
反応(27)と(28)を組み合わせることによりΔGof(4CaO∙P2O5)が得られる。
(28) |
(29) |
Yama-zoeら13)は次式の標準ギブズエネルギー変化を測定している。すなわち,次式
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と反応(28)を組み合わせることにより次式を得ている。
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Bookey10)はΔGo(15)とΔGo(17)を次式から決定している。
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(34) |
Arataniら19)はCaOるつぼ中でFe-P合金とH2-H2O混合ガスを平衡させ,次のような結果を得ている。
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Ban-yaら16,20)は溶融Fe-C-Pを固体CaOおよび4CaO・P2O5とCO-CO2雰囲気で平衡させ,ΔGo(38)を得ている。
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(38) |
ΔGof(4CaO∙P2O5)の値は直接報告されていなかったため,反応(38)と(26)を組み合わせることでΔGo(15)を得た。
図から分かることとして,本研究で決定したΔGo(15)およびΔGo(17)の傾きは概ね報告値と良い一致を示している一方,絶対値は異なっている。絶対値の差の理由は緒言でも述べたように測定手法の違いから説明できる可能性が高い。すなわち,報告値で見られるような溶融金属中のリン濃度は低く,その測定には大きな誤差が含まれやすいことが予想される。したがって,各研究でΔGo(27)やΔGo(35)の値は正確に求められていたとしても,ΔGo(28)やΔGo(25)に含まれる実験誤差が支配的になる可能性がある。本研究では,リン蒸気圧は凝縮したリンの重量として直接測定されているため,他の反応に起因する実験誤差は生じない。Bookeyは溶融金属とリンの間での平衡反応を利用していないが,リンの蒸気圧は直接測定しておらず,発生した水蒸気圧の1/5をリン蒸気圧として用いている。また,反応(33)と(34)の平衡は十分に確認されていない。なお,ΔGo(15)およびΔGo(17)の傾きが全ての結果で似た値となっているのは,ΔGo(22),ΔGo(26),ΔGo(29)の温度依存性が相対的に小さいためである。
Fig.9を注意深く見ると,Ban-yaら16,20)やArataniら19)は共通して溶融鉄とリンとの平衡反応を用いており,ΔGo(15)の報告値は近い値となっている。また,Iwaseら11)は溶融銅を用いて一番小さい値が得られており,溶融銀を用いたTagayaら12)は中間の値となっている。Fig.10に見られるΔGo(17)についても同様の順番となっている。このような順番が得られた理由として,各実験における測定温度で説明できる可能性がある。例えば,Fig.9の場合,Iwaseらの実験温度は1423~1523 Kであり,Tagayaらは1473~1598 K,そしてBan-yaらは1803~1853 Kである。これらの測定温度範囲は使用する溶融金属種によって制限されていると考えられるが,本研究で決定したΔGo(15)を高温側に外挿すると,その値と上述の報告値との差は明らかに小さくなる。反応(17)の場合,溶融銀を用いたTagayaらのΔGo(17)は溶融銅を用いたYama-zoeらの報告値より本研究の報告値に近いことがFig.10から分かる。これらの結果は,リンの溶融金属への溶解反応が十分に平衡に達しておらず,その傾向は実験温度が低いほど大きいことを示唆している。その結果,既報値はリンの活量が過小評価されたものと考えられる。
なお,本稿ではCaOの標準生成ギブズエネルギーの誤差については特に注意を払って議論を行ったが,COの標準生成ギブズエネルギーおよび式(10)の精度については検討を行わなかった点に注意する必要がある。
次の反応の標準ギブズエネルギー変化を蒸気輸送法を用いて以下のように決定した。
上の結果より,4CaO・P2O5(ΔGof,(4CaO・P2O5))および3CaO・P2O5(ΔGof,(3CaO・P2O5))の標準生成ギブズエネルギーは以下のように決定される。ただし,既報のCaOとCOの標準生成ギブズエネルギーの測定誤差は無視している。
本研究で測定した次の反応の標準ギブズエネルギー変化は,既報値の中で最も高い値を示した。
本研究の一部は科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)における「科学技術イノベーション政策のための科学」研究開発プログラムの「リソースロジスティクスの可視化に立脚したイノベーション戦略策定支援」研究開発プロジェクトの一環として行われたものです。ここに謝意を表します。