Tetsu-to-Hagane
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ISSN-L : 0021-1575
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Effect of Si Concentration on Carbon Concentration on Surface Layer in Gas Carburizing
Tatsuya KoyamaManabu KubotaSuguru Yoshida
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2015 Volume 101 Issue 4 Pages 252-259

Details
Synopsis:

The mechanisms of decrease of carbon concentration on the surface layer after gas carburizing with increasing Si concentration was investigated using three kinds of steel whose compositions were based on JIS SCr420 varying the Si concentration (0.25%Si steel, 1%Si steel, 2%Si steel). The carbon concentration on the surface layer after gas carburizing decreased with the increase of the Si concentration, and especially that of 2%Si steel was substantially low. The carbon concentration on the surface layer after gas carburizing of 1%Si steel was nearly equal to the thermodynamic calculation value simulating the gas carburizing reaction, whereas that of 2%Si steel was much lower. This substantial change seemed to come from the oxide formation at the surface, that is, 2%Si steel was different from the other steels in oxide formation at the surface, and the oxide of 2%Si steel densely covered the surface. These results reveal that the carbon concentration on the surface layer decreased according to the effect of the inhibition of the carburizing reaction by the oxide layer in 2%Si steel in addition to the effect of the thermodynamic interaction between Si and carbon.

1. 緒言

自動車用トランスミッションなどに使用される歯車は,疲労強度や耐摩耗性が求められることから,表面硬化処理として浸炭処理が施されることが多い。浸炭処理では,一般に1200 K程度の温度域において浸炭ガス雰囲気から鋼材中に炭素を浸入,拡散させた後に焼入れを行い,その後420 K程度の温度で焼戻しを行う。浸炭処理によって鋼材の表層部は約0.8 mass%の炭素を有する,低温焼戻しマルテンサイト組織となり,鋼材の表層部の硬さはHV700~800の高強度となる。浸炭処理の方式はいくつかあるが,連続処理が容易で,大量生産性に優れるガス浸炭方式が主流である。ガス浸炭とは,CO,CO2を一定の割合で含有する高温の浸炭ガス雰囲気下に鋼材を保持し,Boudouard反応によって鋼材表層に炭素を浸入させる浸炭方法である。この反応は急速に平衡に達するため,浸炭時には浸炭ガス雰囲気と鋼材の界面は平衡状態にあると見なすことができる1)。したがって,ガス浸炭では雰囲気のCOとCO2の分圧を制御することによって,浸炭ガス雰囲気と平衡する鋼材表面の炭素濃度を制御している。マトリックスのFeに対しては還元雰囲気であるが,合金元素として添加されている元素のうち,Si,Mn,Cr等の易酸化元素に対しては酸化雰囲気となるため,ガス浸炭中に合金元素の選択酸化が起こる。このため,鋼材表層に固溶している易酸化元素は浸炭中に選択的に酸化され,消費されることから,ガス浸炭後の表層部には酸化物とSi,Mn,Cr等の合金が欠乏した層が形成される。

一方,トランスミッションの小型軽量化による自動車の燃費向上の要請から,歯車の高強度化,特に耐ピッチング強度(歯面疲労強度)の向上が求められている。使用中の歯車の歯面の温度は,歯面同士の接触によって570 K程度に上昇することから2)歯面の表層が温度の上昇によって焼戻しを受け,軟化することによって疲労強度が低下すると考えられる。したがって,歯車の耐ピッチング強度を向上させるには,浸炭層の573 K焼戻し硬さを向上させることが有効な手段であることが知られている2)。比較的低温域におけるマルテンサイトの焼戻し硬さを向上するためには,Si添加量の増加が有効である。この理由は,Siの添加によってε炭化物からセメンタイトへの遷移が高温側に移るため,焼戻し時のε炭化物からセメンタイトへの遷移に伴う軟化が抑制されるためである。したがって,Si添加量の増加によって,歯車の耐ピッチング強度を向上することが期待できる。しかしながら,ガス浸炭においては,Siを多量に添加すると浸炭性の低下,すなわち浸炭時の鋼材の表層炭素濃度の低下,それに伴う鋼材の表層硬さ,硬化層深さの低下が顕在化することが経験的に知られており,このため実際にはSi添加量の制限が設けられているのが現状である3)

既往の研究において,Seoらは,0.25 mass%Si添加鋼と比較して1.15 mass%Si添加鋼の表面炭素濃度が低下することを示し,この低下のメカニズムはSi添加量の増加に伴いオーステナイト中の炭素の活量が増加することによって鋼材表面の炭素濃度が低下することによると推測した4)。また,MuraiらはSi添加量が0.99 mass%以下の場合について同様の検討を行い,実測値と汎用熱力学計算ソフトのThermo-calcを用いた計算結果が対応することを示している5)。これらの報告は,Si添加量の増加による表層炭素濃度の低下は,オーステナイト中の炭素の活量の増加,すなわちSiと炭素の熱力学的な相互作用に起因する現象であること示している。一方,Naitoらは,Si添加量が0.21~1.74 mass%の範囲の鋼材について浸炭挙動を調査し,Si添加量の増加による硬化層深さおよび表面炭素濃度の低下は,オーステナイト中の炭素の拡散速度が低下することによると推測した3)。Naitoらの実験結果によると,一部の浸炭条件において,Si添加量が1.2 mass%以上の場合に硬化層深さ,表面炭素濃度が急激に低下していることから,Si添加量が少ない場合と多い場合とでは,浸炭挙動に及ぼすSiの影響度合いが変化している可能性が考えられる。

以上のように,これまでに浸炭性に及ぼすSi添加の影響について様々な議論がなされているが,Si添加量の影響が系統的に調査されていないため,Si添加量とガス浸炭時の表層炭素濃度低下の関係は十分に明らかになっていない。そこで本研究では,Si添加によるガス浸炭時の表層炭素濃度低下メカニズムの解明を目的とした。

2. 実験方法

供試鋼として,汎用機械構造用合金鋼のJIS SCr420を基本成分とし,Si添加量を変えた3鋼種0.25%Si鋼,1%Si鋼,2%Si鋼を用いた。化学成分をTable 1に示す。16 kg真空溶解炉を用いて鋼塊を作製した後,熱間鍛造によって直径35 mmの丸棒を作製した。その後,1573 Kに加熱することによって均熱拡散処理を行った後に空冷を行った。次に歯車の製造工程のうち,熱間鍛造を模擬するため,1523 Kに加熱し,1.8 ks保持した後に空冷を行った。続いて1198 Kに加熱し,3.6 ks保持する条件で焼準を行った。その後,外周切削によって直径20 mm,長さ40 mmの円柱状試験片に加工した。表面の仕上げは研削仕上げとした。その後作成した試験片に対してガス浸炭を行った。ガス浸炭炉は,光洋サーモシステム株式会社製のバッチ型変成炉式ガス浸炭炉(型式G-161618-AFHVC,プロパン変成,プロパンエンリッチ方式)であり,CP(カーボンポテンシャル)0.8の浸炭ガス雰囲気において,JIS SCr420の炭素濃度が0.8 mass%となるようCPの補正を行っている。表層の目標炭素濃度を0.8 mass%とするため,CP0.8の浸炭ガス雰囲気中に1223 Kで18 ks保持した後に403 Kの油槽中で焼入れを行った。このときの浸炭温度は,成分からA3点温度を予測する実験式6)を用いて計算したA3点よりも41~120 K高いことから,今回ガス浸炭を行った全鋼種において,浸炭加熱中には表層,内部ともにオーステナイト単相になっていると考えられる。ガス浸炭を行った後,423 Kで5.4 ks保持する条件で焼戻しを行った。その後,円柱状試験片の端面から5 mm以上離れた,端面と平行な断面で切断し,切断面の硬さ分布と炭素濃度分布の測定を行った。硬さ分布の測定にはマイクロビッカース硬さ試験機を用いた。表層部の炭素濃度分布の測定には電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)を用いた。試験片はガス浸炭炉の浸炭を行っている加熱室から油槽に浸漬されるまでの40 s前後の間に窒素雰囲気を経由することから,浸炭ガスと窒素ガスの混合雰囲気下での保持に起因する脱炭と思われる若干の炭素濃度の低下が最表層でみられる。このため,浸炭層内で概ね最大の炭素濃度の測定値となる100±15 μm深さの平均炭素濃度を表層炭素濃度の代表値として採用した。ガス浸炭後の表層部の合金元素の酸化形態を調査するため,表層組織の観察を行った。観察には光学顕微鏡,電界放出形走査電子顕微鏡(FE-SEM),電界放出形透過電子顕微鏡(FE-TEM)を用いた。FE-TEM観察に供した薄膜試料は,表面を炭素およびタングステン蒸着膜で保護した後,集束イオンビーム装置(FIB)を用いて作成した。また,FE-SEM観察,およびFE-TEMによる走査透過電子顕微鏡法(STEM)観察では,エネルギー分散X線分光法(EDS)を用いて表層部断面の元素分析を行った。さらに,ガス浸炭後の表層部に形成された酸化物の構造解析を行うため,円柱状試験片の端面に対してX線回折を行った。

Table 1. Chemical compositions of steels investigated (mass%).
CSiMnCrPSAlN
0.25%Si steel0.210.250.791.210.0150.0150.0290.012
1%Si steel0.210.980.791.210.0150.0150.0300.012
2%Si steel0.211.980.791.200.0150.0150.0310.011

3. 実験結果

Fig.1に浸炭層の硬さ分布を示す。0.25%Si鋼と1%Si鋼の硬さ分布は0.5~0.6 mm深さ位置において1%Si鋼の硬さが若干低めになっている以外はほぼ同等であるのに対して,2%Si鋼にはガス浸炭による硬化層が全く形成されていないことがわかる。Fig.2に浸炭層の炭素濃度分布を示す。1%Si鋼の表層炭素濃度は0.25%Si鋼に対して0.1 mass%程度低下しており,浸炭層内部に関しても表層炭素濃度を反映して全体的に低下している。これに対して,2%Si鋼の表層炭素濃度はマトリックスの炭素濃度である0.2 mass%程度に留まっており,ガス浸炭を行ったにもかかわらず,表層部の炭素濃度の上昇が全くみられない。すなわち,1%Si鋼には若干の浸炭性の低下が起こっており,2%Si鋼には顕著な浸炭性の低下が起こっていると言える。

Fig. 1.

 Hardness distribution on surface layer after carburizing.

Fig. 2.

 Carbon concentration distribution on surface layer after carburizing.

Fig.3に表層部断面の研磨ままの状態の光学顕微鏡による観察結果を示す。表面近傍に観察される黒色の粒状,あるいはネットワーク状の組織は,浸炭時にSi,Mn,Crなどの易酸化合金元素が選択酸化されたために生成した,酸化物を有する層であり,ネットワーク状の黒色組織は旧オーステナイト粒界に沿って形成された酸化物(粒界酸化)である7)。内部酸化層の厚さはSi添加量の増加に伴って減少し,特に2%Si鋼では内部酸化層はほとんどみられなくなる。このことから,Si添加量が1 mass%から2 mass%に増加することによって,浸炭時に形成される内部酸化層の形態が大きく変化しているといえる。

Fig. 3.

 Optical micrographs of the cross section on surface layer after carburizing. (a) 0.25%Si steel, (b) 1%Si steel, (c) 2%Si steel.

Fig.4にFE-SEMのEDSによる表層部断面の元素マッピングを示す。Fig.4のSi,Mn,Crの濃化部からは同時にOの濃化もみられることから,これらの元素は濃化部において酸化物を形成していると考えられる。Si添加量が0.25 mass%から1 mass%に増加すると,Si酸化物が存在している内部酸化層の厚さが減少することがわかる。2 mass%までSi添加量を増加すると,もはやSi酸化物は鋼材内部には形成されず,Si酸化物が鋼材表面を覆う形態に変化する。つまり,Si添加量の増加によってSiの酸化形態は内部酸化型から外部酸化型へ変化している。Mn,Crは全鋼種において表面に酸化物を形成しており,Si添加量によらず外部酸化型の形態を呈している。

Fig. 4.

 SEM-EDS mapping results of the cross section on surface layer after carburizing. (a) 0.25%Si steel, (b) 1%Si steel, (c) 2%Si steel. (Online version in color.)

酸化形態を予測する指標としてWagnerの酸化理論が提案されている。この理論によれば,(1)式を満たす場合には酸化の形態が外部酸化型,満たさない場合は内部酸化型となる8)。   

NM0>[πg*2νNOSDOVDMVOX]1/2(1)

Mは酸化する合金元素,N,Dはそれぞれの元素の濃度,拡散速度,Vm,VOXは合金,酸化物のモル容積を表す。g*は酸化物体積比率の臨界値,νは酸化物に含まれるM原子あたりのO原子数である。添え字0は内部,Sは表面における数値であることを表す。合金元素の添加量は,(1)式の左辺であることから,合金元素の添加量の増加は酸化形態を内部酸化型から外部酸化型に変化させるといえる。つまり,本研究ではSi添加量が1 mass%と2 mass%の間で,酸化の形態が内部酸化型から外部酸化型に変化したと理解できる。

Fig.5にFE-SEMのEDSによって表面を上から測定した際の元素マッピングを示す。試験片加工の仕上げ時に形成された研削痕の方向を視野の左右方向と一致させている。0.25%Si鋼,1%Si鋼の表面には網目状のMn,Crの濃化が観察される。網目状の濃化域はその形態から,旧オーステナイト粒界上に沿った酸化物であると考えられる。SiはFig.4で観察されたように鋼材内部において内部酸化層を形成しているため,酸化物としては表面に存在していないものと考えられる。一方,2%Si鋼では,Crを含む酸化物は,ほぼ表面全体に一様に存在している。Si,Mnを含む酸化物は,多量に存在している領域と,元素マッピングからは存在を確認できない領域の2種類の領域が存在し,それらの面積率はほぼ等しい。なお,酸化物が全く観察されない領域は,浸炭後の焼入れによって酸化物が物理的に脱落した領域であると思われる。Fig.6に,Fig.5の元素マッピングからはSi,Mnを含む酸化物の存在を確認できなかった領域についてEDSの点分析によって測定したスペクトルを示す。元素マッピングからはSi,Mnの存在を確認できない領域においても,実際にはSi,Mnは存在しており,原子量比でSi:Mn:Cr≒2:2:3であった。このことから,2%Si鋼の表面に形成される酸化物はいずれの領域でもSi,Mn,Crを含むこと,Crを含む酸化物は表面に一様に存在していること,Si,Mnを含む酸化物は多量に存在する領域と,比較的少量存在している領域があることがわかった。

Fig. 5.

 SEM-EDS mapping results of the surface after carburizing. (a) 0.25%Si steel, (b) 1%Si steel, (c) 2%Si steel. (Online version in color.)

Fig. 6.

 SEM-EDS spectrum of region of 2%Si steel where oxide including Si and Mn wasn’t observed in Fig.5. (Online version in color.)

Fig.7にX線回折による表層の酸化物の構造解析結果を示す。ピークの上に示す印は,化合物の候補と一致するピークであることを表している。Mn3O4,MnCr2O4,Fe3O4等のスピネル型酸化物の結晶構造は非常に近く,判別が困難であるため,まとめてM3O4と表記した。Fig.7より,0.25%Si鋼,1%Si鋼の表層部に存在している化合物の候補はフェライト(α-Fe),M3O4,FeOである。フェライトは鋼材のマルテンサイトと考えられる。FeOは,ピークの高さから微量であると考えられる。2%Si鋼の表層部に存在している化合物の候補は,フェライト,M3O4である。フェライトとM3O4のピークの高さから,2%Si鋼の表層部に存在するM3O4の体積分率は0.25%Si鋼,1%Si鋼の場合よりも少ないと考えられる。また,Siを含む化合物の候補はみられない。Fig.5のEDS元素マッピング,およびFig.6の点分析の結果からは,2%Si鋼の表面に形成される酸化物はSi,Mn,Crを含むものであることが予想されたが,X線回折ではSiの酸化物の存在は確認できず,EDS測定結果と対応しない。

Fig. 7.

 X-ray diffraction patterns on surface after carburizing. (a) 0.25%Si steel, (b) 1%Si steel, (c) 2%Si steel.

TEMのEDSによる0.25%Si鋼,2%Si鋼の表層部断面の元素マッピングをそれぞれFig.8Fig.9に示す。0.25%Si鋼については,網目状の酸化物の面積率は小さいことから網目状の酸化物以外の領域の観察を行った。2%Si鋼については,Si,Mnを含む酸化物が比較的少量存在する領域(Fig.9(a))と多量に存在する領域(Fig.9(b))の2箇所の観察を行った。Fig.9(b)の明視野像における,酸化物層内部の空隙は,酸化物層の一部がFIB加工時に抜け落ちたときに形成されたものである。0.25%Si鋼は,厚さ1 μm程度のFeとMnの複合酸化物層が鋼材表面に存在しており,50~300 nm程度の大きさのMnとCr,MnとSiの複合酸化物が存在している。一方,2%Si鋼は0.25%Si鋼と比較して表面の酸化物が緻密に存在する。特に,Fig.9(a)の領域では,2層からなる厚さ約180 nmの酸化皮膜が存在しており,MnとCrの複合酸化物層の下部にSi酸化物層が存在していることがわかる。Fig.10に2%Si鋼の酸化皮膜の格子像と,格子像から得たMnとCrの複合酸化物,Si酸化物の高速フーリエ変換像を示す。MnとCrの複合酸化物は結晶構造の周期に対応するピークを示すのに対し,Si酸化物はピークがみられないことから,アモルファスであると考えられる。したがって,2%Si鋼においてEDSによる元素マッピングとX線回折の結果が一致しなかった理由は,Si酸化物がアモルファスであるため,X線回折のピークとして現れなかったことによると考えられる。Fig.9(b)の領域では,Fig.9(a)の領域と同様に鋼材表面にMnとCrの複合酸化物層が存在しており,その下部にアモルファスのSi酸化物層が存在している。これらの酸化物層の間には断続的にSiとMnの複合酸化物が存在している。また,さらに下部にはSiとMnの複合酸化物,MnとCrの複合酸化物,およびSi酸化物が存在している。すなわち,2%Si鋼のガス浸炭後の表面に存在する酸化物の特徴は,MnとCrの複合酸化物層とその下部のアモルファスのSi酸化物層が表面を覆うように存在していることである。Fig.11に,0.25%Si鋼と2%Si鋼の表面に存在している酸化物を模式的に示す。0.25%Si鋼の表面には粒状に酸化物が存在するのに対し,2%Si鋼の表面は層状の酸化物によって覆われており,2%Si鋼の表面の酸化物は0.25%Si鋼と比較して緻密である。

Fig. 8.

 STEM images and STEM-EDS mapping results of the cross section on surface layer of 0.25%Si steel after carburizing. (Online version in color.)

Fig. 9.

 STEM images and STEM-EDS mapping results of the cross section on surface layer of 2%Si steel after carburizing; (a) region of the less amount of oxide including Si and Mn, (b) region of the more. (Online version in color.)

Fig. 10.

 (a) Lattice image of oxide layer of 2%Si steel, and Fast Fourier Transformation images of (b) Mn and Cr oxide and (c) Si oxide.

Fig. 11.

 Schematic illustrations of oxide on surface layer of (a) 0.25%Si steel and (b) 2%Si steel after carburizing. (Online version in color.)

4. 考察

4・1 表層炭素濃度低下に及ぼす熱力学的因子の影響

前述のように,ガス浸炭では浸炭ガス雰囲気と鋼材の界面が平衡状態にあるとみなせる。実際のガス浸炭の初期には,鋼材表面の炭素濃度が,浸炭ガス雰囲気と鋼材表面の炭素の化学ポテンシャルが一致するまで増加していき,両者が一致すると浸炭ガス雰囲気と鋼材の界面は平衡状態に達する。同時に,浸炭ガス雰囲気の炭素の化学ポテンシャルに応じて鋼材表面の炭素の活量は一定の値となる。Siは,炭素との相互作用パラメータの値が正であり,Si濃度の増加によってオーステナイト中の炭素の活量係数が増加する9)。浸炭ガス雰囲気と平衡しているオーステナイト中の炭素の活量は,鋼材成分に依存しない一定の値であると考えられるので,Si添加量の増加によってオーステナイト中の炭素の活量係数が増加した場合には,活量が一定となるように,表層の炭素濃度が低下すると考えられる。そこで汎用熱力学計算ソフトのThermo-calc10)を用いてガス浸炭時の表層の炭素濃度に及ぼすSi添加量の影響を検討した。

本研究で使用したガス浸炭炉は,CP0.8のガス浸炭において,Siを0.25 mass%含有するJIS SCr420の炭素濃度が0.8 mass%となるようCPの補正を行っている。このため,まず,0.25%Si鋼の成分系において,炭素濃度が0.8 mass%であるのときの,1223 Kにおけるオーステナイト中の炭素の活量を計算した。この活量の値が,本実験で使用した浸炭ガス雰囲気に対応する,鋼材表面の炭素の活量になる。次に,浸炭ガス雰囲気が一定であれば鋼材の表面の炭素の活量は変化しないので,炭素の活量を固定し,Si添加量を変化させたときの炭素濃度の変化を計算した。データベースはTCFE511)を用いた。

Fig.12に炭素濃度の計算値と実測値の比較を示す。1%Si鋼では計算値と実験値の差は0.25%Si鋼とほぼ同等である。したがって1%Si鋼の表層炭素濃度の低下の原因は,Siと炭素の熱力学的な相互作用による影響,つまりSi添加量が増加することによってオーステナイト中の炭素の活量係数が増加し,これによって炭素濃度が減少した影響と考えられる。これに対して,2%Si鋼では実験値は計算値より顕著に低く,Siと炭素の熱力学的な相互作用による影響のみでは説明できない。したがって,2%Si鋼は,Siと炭素の熱力学的な相互作用以外の要因で表層炭素濃度が低下していると考えられる。

Fig. 12.

 Comparison of carbon concentration on surface layer after carburizing between calculated and measured value.

4・2 表層炭素濃度低下に及ぼす酸化皮膜の影響

Fig.4に示したように,0.25%Si鋼,1%Si鋼のSiの酸化形態は内部酸化型であるのに対して,2%Si鋼は外部酸化型に変化しており,Siの酸化形態の変化と表層炭素濃度の顕著な低下は対応しているように思われる。したがって,2%Si鋼の表層炭素濃度の顕著な低下が,酸化形態の変化と関係している可能性がある。Fig.8Fig.9に示したように,2%Si鋼の表面には緻密な酸化皮膜が存在し,主にMnとCrの複合酸化物とアモルファスのSi酸化物から構成されている。これらのことから,緻密な酸化皮膜の影響によって浸炭反応が阻害され,表層炭素濃度が低下した可能性がある。

2%Si鋼における表層炭素濃度の低下現象に及ぼすSi酸化皮膜の影響と,鋼材に固溶しているSiの影響を分離するため,追加実験を行った。Si酸化皮膜が本現象の原因であるとすれば,Si酸化皮膜の生成を抑制することができれば表層炭素濃度の低下は起こらないはずである。そこで,まず1回目のガス浸炭を行い,表層部にSi,Mn,Crの選択酸化によるSi,Mn,Crの欠乏層を形成させた。この処理によって,表面近傍ではSi濃度が1 mass%以下となる。次に,一部の試験片について1回目のガス浸炭により生成した鋼材表面の酸化皮膜,すなわちMnとCrの複合酸化物と,その下部のアモルファスのSi酸化物の皮膜を研磨によって除去した。こうして準備した試験片に対して,さらに2回目のガス浸炭を行った。2回目のガス浸炭に供した試験片は,a-1:1回目のガス浸炭後に研磨を実施していない0.25%Si鋼(合金欠乏層あり,表面酸化物あり),a-2:1回目のガス浸炭後に研磨を実施した0.25%Si鋼(合金欠乏層あり,表面酸化物なし),b-1:1回目のガス浸炭後に研磨を実施していない2%Si鋼(合金欠乏層あり,表面酸化物あり),b-2:1回目のガス浸炭後に研磨を実施した2%Si鋼(合金欠乏層あり,表面酸化物あり)の4水準とした。実験工程をFig.13に示す。上記の4水準の試験片に対して2回目のガス浸炭を行う前および後に,EPMAを用いて表層の炭素,Si,Mn,Crの濃度分布を測定した。なお,1回目,2回目のガス浸炭の条件はともに,2章の浸炭条件と同一である。2 mass%のSi添加によって表面に形成した緻密な酸化皮膜が表層炭素濃度の低下の原因であれば,1回目のガス浸炭で生成した酸化物を除去した場合(b-2),2回目の浸炭時には表層のSi濃度が1 mass%以下に低下しているため,1回目のガス浸炭で生成したようなSi酸化皮膜は生成しないはずである。したがって,表層炭素濃度の低下現象は改善されると考えられる。これに対して,酸化皮膜を除去しない場合(b-1)には表層炭素濃度が低下したままになると考えられる。

Fig. 13.

 Experimental procedure to investigate the effect of oxide layer to carbon concentration after carburizing.

Fig.14に1回目のガス浸炭後に研磨を行った2 mass%Si鋼のCr,Mn,Siの表層濃度分布を示す。表層近傍25 μm深さの領域でこれら合金元素の濃度が低下しており,合金欠乏層を残して酸化物を除去できていることが確認できる。また,最表層のSi濃度は1 mass%以下に減少している。

Fig. 14.

 Alloy concentration distribution on surface layer of 2%Si steel after 1st carburizing and polishing.

Fig.15に1回目,2回目のガス浸炭後の表層炭素濃度の実測値と,4・1節で検討した計算値との比較を示す。計算値は,酸化皮膜の影響がない,熱力学計算から期待される表層炭素濃度であり,Fig.12で示した数値と同一である。0.25%Si鋼は,ガス浸炭の1,2回目,および表面酸化物の除去の有無によらず,計算値と同等の炭素濃度となっている。したがって,Si添加量が少ない場合は,酸化物の有無は表層炭素濃度に影響を及ぼさないといえる。一方,2%Si鋼では,b-1,b-2ともに1回目のガス浸炭後の表層炭素濃度は計算値と顕著な差を見せて低下しているが,b-2の2回目のガス浸炭後の表層炭素濃度は計算値と同等レベルまで増加している。したがって,2%Si鋼の表層炭素濃度の顕著な低下は,鋼材表面の緻密な酸化皮膜,すなわちMnとCrの複合酸化物層と,その下部のアモルファスのSi酸化物層に起因する現象であると考えられる。なお,2%Si鋼の酸化皮膜の除去を行っていないb-1の2回目のガス浸炭後の表層炭素濃度がわずかに増加している。この理由は,SiO2は地鉄との熱膨張率の差が大きく,剥離しやすい12)ことから,1回目のガス浸炭の際,Fig.5で示したように酸化皮膜の一部が剥離したためと思われる。

Fig. 15.

 Comparison of carbon concentration after 1st and 2nd carburizing on surface layer between specimens with and without polishing after 1st carburizing. (a) 0.25%Si steel, (b) 2%Si steel, a-1) 0.25%Si steel without polishing, a-2) 0.25%Si steel with polishing, b-1) 2%Si steel without polishing, b-2) 2%Si steel with polishing.

以上の検討から,Si添加による表層炭素濃度の低下機構は2種類あると考えられる。Fig.16に低下機構の模式図を示す。1%Si鋼ではSi添加量が増加することによってオーステナイト中の炭素の活量係数が増加し,平衡する炭素濃度が減少するために,表層炭素濃度が低下すると考えられる。一方,2%Si鋼ではそれに加えて,浸炭初期に鋼材表面に緻密な酸化皮膜を生成することによって,酸化物が浸炭ガス雰囲気と鋼材の間の障壁となり,浸炭反応が阻害されることによって,表層炭素濃度が低下すると考えられる。この酸化皮膜は主にMn-Cr酸化物とアモルファスのSi酸化物から構成されており,どちらの酸化物が表層炭素濃度の低下の主因であるかは明確ではない。しかし,アモルファスのSi酸化物の存在は2%Si鋼に特有の現象であり,アモルファスのSi酸化物はガス浸炭と類似の現象である脱炭の速度を低減することが報告されている13)ことから,皮膜状のアモルファスとして存在するSi酸化物の影響によって浸炭反応が阻害されていると思われる。

Fig. 16.

 Schematic illustrations of mechanisms that carbon concentration on surface layer decreased after gas carburizing with increasing Si concentration. ac: activity of carbon, [C]eq: carbon concentration at equilibrium with carburizing atmosphere.

5. 結論

JIS SCr420をベースにSi添加量を変化させた3鋼種0.25%Si鋼,1%Si鋼,2%Si鋼を用いて,CP0.8の浸炭ガス雰囲気のもと1223 Kでガス浸炭した際の表層炭素濃度に及ぼすSi添加量の影響について調査を行い,得られた知見は以下の通りである。

(1)Si添加量の増加に伴いガス浸炭後の表層炭素濃度が低下し,特に2%Si鋼では顕著な低下がみられた。1%Si鋼の表層炭素濃度は,浸炭ガス雰囲気と鋼材表面における平衡反応を模擬した熱力学計算による計算値と同等であったが,2%Si鋼の表層炭素濃度は計算値より顕著に低かった。

(2)ガス浸炭後のSiの酸化形態は,0.25%Si鋼,1%Si鋼では内部酸化型であったが,2%Si鋼では外部酸化型に変化した。FE-TEMを用いて鋼材表面の酸化物を調査した結果,0.25%Si鋼では表面にFe-Mn酸化物を主体とする酸化物層が存在するのに対し,2%Si鋼ではMn-Cr酸化物とアモルファスのSi酸化物の2層の酸化物層が存在し,0.25%Si鋼と比較して2%Si鋼の表面の酸化物は緻密であった。

(3)表層炭素濃度に及ぼす酸化皮膜の影響を調査するため,1回目のガス浸炭により鋼材表面の酸化皮膜とSiの合金欠乏層を生成し,一部の試験片についてSiの合金欠乏層を残して酸化皮膜を除去した後に,2回目のガス浸炭を行った際の表層炭素濃度を調査した。その結果,鋼材表面の酸化皮膜の除去によって2%Si鋼の表層炭素濃度は計算値と同等レベルまで増加することを確認した。

(4)表層炭素濃度の低下メカニズムはSi添加量に応じて変化し,その主因は以下であると考えられる。

1%Si鋼:Si添加量の増加によるオーステナイト中の炭素の活量係数の増加に伴う平衡する炭素濃度の減少

2%Si鋼:酸化皮膜による浸炭反応の阻害,Si添加量の増加によるオーステナイト中の炭素の活量係数の増加に伴う平衡する炭素濃度の減少

文献
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© 2015 The Iron and Steel Institute of Japan

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