Tetsu-to-Hagane
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Phase Field Simulation Analysis of Nitrogen Absorption-Phase Transformation Behavior in the High Temperature Stable Ferritic Stainless Steel
Hajime MitsuiKeiko KoshibaTakashi Ohnuma
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2015 Volume 101 Issue 6 Pages 336-342

Details
Synopsis:

The behavior of diffusion and phase transformation in a high temperature stable ferritic stainless steel (SUS444) nitrogen-absorbed at 1450 K for 4 hr under 0.4 MPa N2 gas was investigated with EPMA mapping. While Cr content in the nitrogen absorption layer (NA layer: γ phase) increased, Mo discharged from NA layer was enriched in the grain boundary of α/γ. Using a 1D-phase field simulation (PFS), the phenomenon during the NA treatment in the Fe-19Cr-2Mo-0.5Mn-N alloy was discussed. In the case of PFS with impurity diffusion (lattice diffusion) coefficients in Fe, since the diffusion velocity in γ phase was smaller than that of α phase, concentration distribution between NA layer and matrix α phase is caused by local phase equilibrium in depending on the composition of NA layer. Additionally, diffusion of substitutional atoms is slower than the growing velocity of NA layer that is depended on nitrogen diffusivity. This is the reason why Cr content in the NA layer fluctuates and why the average compositions in α phase and NA layer has the opposite trend with thermodynamic calculated and experimental results. On the other hand, in the case of the simulation under Dγ > Dα in consideration of the grain boundary diffusion of substitutional elements, the segregation behavior of solute elements was in good agreement with the results of EPMA mapping. Thus, it was confirmed that not only the diffusion of N atoms but also the grain boundary diffusion contributes greatly to the growing phenomenon of NA layer in a high stable ferritic stainless steel.

1. 緒言

耐食性が重視される製品に広く使用されるオーステナイト系ステンレス鋼のSUS316Lは装飾用の高級腕時計ケースとして使用されるものの,表面硬度が比較的低いことから携帯中に生じる傷によって美観を損なうという課題を抱えている。医療器具分野においては,硬度を必要とする場合にSUS420J2等のマルテンサイト系ステンレス鋼が用いられるが,施術前後の滅菌処理時に使用する薬品や水分により部品の溶接部や微細傷周辺で錆やシミが発生するため使用寿命が短いことが課題となっている。いずれの分野においても,マルテンサイト系の高硬度あるいは高強度で且つオーステナイト系の高耐食性を兼ね備えたステンレス鋼に対するニーズが高まっている。

ステンレス鋼の高強度・高耐食性化への窒素の有効性に関する研究開発が10年ほど前から盛んに行われている例えば1,2,3,4,5,6)。本研究グループにおいても,加圧窒素ガス雰囲気における窒素吸収処理法に着目し,腕時計部品および医療器具の研究開発を行っている7,8,9)。Nを含む高強度オーステナイトあるいはマルテンサイト組織は,その後の成形加工が難しいのに対し,本熱処理法はフェライト系ステンレス鋼を製品形状に加工した後に行う2次的な熱処理方法で,比較的成形加工しやすいという利点がある。しかしながら,比較的高温長時間の熱処理を行うため,結晶粒粗大化による脆化に注意する必要がある。また,製品の形状や求められる特性,使用するフェライト系ステンレス鋼の成分によって,窒素吸収処理の条件を詳しく検討する必要があり,研究コストと製品化への迅速性に欠けることが課題として挙げられ,実用化に至らないケースが多い。

そこで本研究では,低コスト型高強度・高耐食性窒素ステンレス鋼の製品化のための研究開発プロセスの確立を目的として,平衡状態図と拡散現象を組み合わせたコンピュータシミュレーションによる材料設計法の検討を行った。数値解析的手法を用いた溶質元素の吸収・拡散現象のシミュレーションに関する研究は,浸炭焼入れやガス窒化の分野で多く報告されている。例えば,Tanakaら10)は真空浸炭の組織予測のため表面の境界条件を過飽和γとグラファイトの準安定平衡で与え局所分配モデルから粒界セメンタイトの成長速度と厚さを計算する手法を開発している。また,Hiraoka and Inoue11)はガス軟窒化に関して,化合物相と拡散相のNを分配して考え,N濃度プロファイルの過飽和度に応じて窒化物が析出するものとして一次元問題に落とし込み数値解析している。一方,窒素吸収処理に関する数値解析の研究は少なく,Tsuchiyamaら12)によるオーステナイト系ステンレス鋼に関する研究報告がある程度で,フェライト系ステンレス鋼に関するものはほとんどない。これは,浸炭焼入れや窒化処理のシミュレーションにおいては,析出化合物相の組成がほぼ一定であるとともに一度析出するとその場に固定されその後の析出や拡散に関与しないとみなせるため比較的単純化が可能であるのに対し,フェライト系ステンレス鋼の窒素吸収処理では,α→γ変態により析出したγ相が定常的な組成を持たず,その後の拡散や相変態にも大きく関与し複雑であることが理由と考えられる。このような拡散相変態を解析する手法としては,近年発展の著しいフェーズフィールド法(PFS)が有効である13,14)。本研究では,1次元PFSを用いてフェライト系ステンレス鋼におけるNの吸収拡散およびα→γ変態挙動の数値解析を行い,窒素吸収層の形成と成長挙動について考察した。

2. 実験

フェライト系ステンレス鋼として多く使用されている鋼種はSUS430である。主となる元素組成で表すとFe-17Cr-0.5Mn-0.1C(mass%)となるが,Thermo-Calc (SGTE Solution Database ver.2)による状態図計算を行った結果,本研究で窒素吸収を行う1400 K以上の高温においては,Fig.1(a)に示すようにα+γの二相組織を持つことがわかる。本研究では原点となる窒素吸収・拡散によるα→γ変態を調査することを目的としているため,Fig.1(b)に示すように高温域でα単相組織となるSUS444(Fe-19Cr-2Mo-0.5Mn-Low C(mass%))を選択した。

Fig. 1.

 Calculated vertical phase diagrams. (a) SUS430; Fe-17Cr-0.5Mn-0.1C-N alloy, (b) SUS444; Fe-19Cr-2Mo-0.5Mn-N alloy. (mass%)

市販のSUS444板材を20×40×t2.5 mmの形状に切出し,分析に用いる面を鏡面研磨した後,加圧雰囲気での熱処理が可能な炉(島津メクテム製PVSGgr20/20)にて0.4 MPaの加圧窒素雰囲気下で1450 K×4時間の窒素吸収処理を行い,0.6 MPaの加圧ガス急冷したものを試料とした。

試料の中央を切断・樹脂包埋し,断面を鏡面研磨した後,電子線プローブマイクロアナライザ(島津製作所製EPMA-1610)により加速電圧15 kV,ビーム電流200 nAおよびサンプリングタイム60 msec/pointの測定条件で窒素吸収層と母相を含む表面近傍の1200×400 μm2エリア(600×200 points)のCr,Mo,MnおよびNの元素マッピングを行った。

3. 結果

Fig.2に窒素吸収層を含む試料表面近傍における断面元素マッピング結果を,Fig.3に元素マッピングにより得られたイメージ中央におけるラインプロファイルを示す。窒素吸収層(NA層: γ相)は約750 μmまで成長しており,NA層の先端においてCrおよびMo の偏析が確認された。CrはNA層中に,Moは成長先端のα相で濃化している。また,Mo濃化部はNA層が成長する過程でその内部に取込まれるため,NA層内にもMoの偏析が明確に確認される。Table 1に示すThermo-Calcによる平衡計算結果においてもCrはγ相にMoはα相に多く分配されており,実験結果と一致することから,NA層は成長先端のα/γ界面において局所平衡を保ちながら成長すると推察される。なお,Mnはごく微量のため元素マッピングではほとんど偏析現象が確認できなかった。

Fig. 2.

 Experimental result of EPMA mapping in SUS444 nitrogen-absorbed at 1450 K for 4 hr under 0.4 MPa-N2 gas.

Fig. 3.

 Line profile of solute elements (Cr, Mo, Mn, N) on middle X-direction of Fig.2.

Table 1. Calculated phase equilibrium between α and γ in Fe-19Cr-2Mo-0.5Mn-0.4N (mass%) alloy at 1450 K.
phaseCrMoMnN
α18.15 (0.1945)2.48 (0.0144)0.45 (0.0046)0.087 (0.00347)
γ19.53 (0.2097)1.70 (0.0099)0.53 (0.0054)0.755 (0.03012)

Unit: mass%, ()=u/(1–uN)

4. 考察

4・1 窒素吸収処理の1次元シミュレーションモデル

高温で行うNA処理においては,N2分子が金属表面に吸着しN原子に解離する反応は金属内を拡散する速度より十分早いと考えられる。したがって,金属の最表面におけるN濃度は圧力P(atm)の雰囲気ガスと平衡であると仮定でき,次式が成り立つ。   

RTlnP=μN=Gm+(2yN)GmyN(1)

ここで,μNは合金相におけるNの化学ポテンシャルで,yNは副格子モデル(Fe,Cr,Mo,Mn:N,Va)で記述された合金相の侵入型副格子中のNのモル分率である。なお,通常のモル分率xNに対し,シミュレーションでは濃度変数uN=xN /(1−xN)=(c/a)yNを用いる。c/aは侵入型副格子および置換型副格子中の格子サイト数の比で,α相においてはc/a=3,γ相においてはc/a=1である。また,Gmは合金相の自由エネルギーで,α単相をφα=1,γ単相をφα=0としたフェーズフィールド変数φαに関するエネルギー密度分布関数p(φα)を用いて以下のように表される。   

Gm=p(ϕα)Gmα+{1p(ϕα)}Gmγ(2)
  
p(ϕα)=ϕα2(32ϕα)(3)

各相(k=α,γ)の自由エネルギーは熱力学パラメータを用いて次式で計算される。   

Gmk=(1xN)[GFe:vak(1MyMk)(1yNk)+GFe:NkyFekyNk+MGM:vakyMk(1yNk)+MGM:NkyMkyNk+ijΩi,j:vakyikyjk(1yNk)+ijLi,j:NkyikyjkyNk+RT{(1MyMk)ln(1MyMk)+MyMklnyMk+(c/a){yNklnyNk+(1yNk)ln(1yNk)}}+Gmagk](4)

ここで,GkFe:vaおよびGkM:vaはk相におけるFeおよび置換型元素M(=Cr,Mo,Mn)の1モル当たりの自由エネルギー,GkFe:NおよびGkM:Nはk相において全ての侵入型副格子点をN原子が占めた時の自由エネルギーであり,Ωki,j:vaおよびLki,j:Nは全ての侵入型副格子点を空孔およびN原子が占めた時の置換型元素i-j2元系における相互作用パラメータである。3元系以上では同様に発展的に考慮することができる。また,Gkmagはk相における磁気エネルギー項である。

本研究では,SUS444をFe-19Cr-2Mo-0.5Mn-N(mass%)の5元系合金として,熱力学パラメータにSGTE Solution Database ver.2を用いて熱力学計算を行った。小山13)および高木ら14)の著書を参考に,自由エネルギー汎関数Gsysに基づくNの濃度変数uN,置換型合金元素の濃度変数uM=xM /(1−xN)およびφαの時間発展方程式をそれぞれ以下のように表した。   

Gsys=V(p(ϕα)Gmα+{1p(ϕα)}Gmγ+Wϕα2(1ϕα)2+12k|ϕα|2)dV(5)
  
uNt=(MNδGsysδuN)=MN2δGsysδuN+MNuNuNδGsysδuN(6)
  
uMt=(MMδGsysδuM)=MM2δGsysδuM+MMuMuMδGsysδuM(7)
  
ϕαt=MfδGsysδϕα=Mf{6ϕα(1ϕα)(GmαGmγ)+Wϕα(1ϕα)(12ϕα)+k2ϕα}(8)

ここで,Mfはφαの易動度,MNおよびMMはそれぞれN原子および置換型原子の易動度である。一般に,γ相の拡散係数Dαiに対しα相の拡散係数Dγiは2桁程度大きいが,易動度を次のように表すことで界面においても滑らかに拡散係数が変化するようになる。   

MN=[p(ϕα)uN(1uN/3)+{1p(ϕα)}uN(1uN)](DNα)p(ϕα)(DNγ)1p(ϕα)/RT(9)
  
MM=uM(1uM)(DMα)p(ϕα)(DMγ)1p(ϕα)/RT(10)

なお,拡散係数はFe中の不純物拡散係数を用いるとともに,簡便のためFe-M2元系として取扱うこととする。

式(5)の各係数およびMfと物性値は以下のように関連付けられる14)。   

k=3dγb,W=3bγd,Mf=b3dM(11)

ここで,γ,dおよびMはそれぞれα/γ界面の界面エネルギー,界面幅および界面モビリティーである。また,界面領域をλ≤φα≤1−λと仮定してb=2tanh−1(1−2λ)としており,λ=0.1のときb≈2.2となる。

本研究では1次元PFSモデルによりNA処理に伴うα→γ拡散相変態挙動を考察した。本モデルでは,左端第1要素を母相と同じ合金組成を持つNA界面とし,式(1)により求められた平衡N濃度で一定とした。初期組織は第1要素のみγ単相:φα=0とし,第2要素以降はα単相:φα=1とした。最終要素は零ノイマン条件とするが,計算する試料総厚=1.6384 μm(要素サイズ∆x=0.1 nm,全要素数N=214+1=16,385)としているため,実際の板厚w=2500 μmとの乖離が生じないよう最終要素のみ要素サイズをw/2−N・Δx(nm)とした。第1要素を除く全要素について式(6)~(8)の時間発展方程式を計算した後,Nを除いた全体組成(原子数比)が変化しないよう置換型元素に関しては濃度収支補正を行う。計算に用いた各係数をTable 215,16,17)に示す。なお,本研究では,γの値に0.25 J/m2(Furuharaの論文16)より引用)を採用した。また,実際の結晶粒界幅はd=1 nm程度と言われている。要素サイズは∆x=0.1 nmなのでd=10∆xとして界面に幅を持たせている。これにより界面におけるφαおよび元素濃度が滑らかな曲線を描き,濃度分配挙動を視覚的に捉えることが可能となる。

Table 2. The parameters for phase field simulation of NA treatment in Fe-19Cr-2Mo-0.5Mn (mass%) alloy at 1450 K under 0.4 MPa-N2 gas.
Simulation ModeParameters
Lattice Diffusion
(Impurity Diffusion)
Phase: α
DCr = 5.65×10–13 m2/sec
DMo = 5.63×10–13 m2/sec
DMn = 5.96×10–13 m2/sec
DN = 7.36×10–10 m2/sec
Phase: γ
DCr = 5.22×10–15 m2/sec
DMo = 8.14×10–15 m2/sec
DMn = 5.50×10–15 m2/sec
DN = 4.74×10–11 m2/sec
Grain Boundary Diffusion
Dα > Dγ: Only Metals
Phase: γ
DCr = 2.38×10–12 m2/sec
DMo = 2.98×10–12 m2/sec
DMn = 2.45×10–12 m2/sec
Common ParametersInterface energy of α/γ:
γ = 0.25 J/m2
Interface mobility of α/γ:
M = 1.75×10–7 m4/J·sec
Number of blocks: N = 16,385
Block size: Δx = 0.1 nm
Grain boundary width: d = 10Δx

数値解析にあたってはタイムステップの設定が重要となる。本研究ではエネルギーをRT(J/mol)で,距離を要素サイズ∆x(m)で,時間をα相中のN原子の拡散係数(∆x)2/DαN(sec)で無次元化することでタイムステップを設定しやすくし,式(6)~(8)で計算される変化量の最大値が基準値(φαは1.0,uMは合金組成,uNは式(1)で計算される平衡N濃度)の1%程度になるように毎ステップ終了後に次ステップのタイムステップを変更する手続きを付与した。これによりタイムステップ過大による発散や過小による計算時間の遅延が起きにくくなる。また,迅速な数値解析を行うため,Takakiらの提案したアダプティブ法18)も採用していることを付記する。

シミュレーション結果をEPMAの元素マッピング結果と比較する上では,EPMAで検出されるX線強度の大小は厳密には濃度に対応しているのではなく,X線発生領域における対象元素の原子数に対応しているという点に注意しなければならない。特にC,Nなどの侵入型元素がある場合,それらの原子数の多少に関わらずX線発生領域における置換型原子の数はほとんど変わらないと考えられる。すなわち,検出されるX線強度の大小は侵入型元素を含めた元素濃度よりむしろ置換型および侵入型の副格子サイト中のモル分率に対応すると言える。そこで,本研究では,シミュレーションで用いた濃度変数uMおよびuNにより実験結果の考察を行った。

4・2 窒素吸収・拡散によるα→γ変態のシミュレーション

4・2・1 粒界拡散を考慮しないシミュレーション

本項では,不純物拡散(以降,格子拡散。図中Lattice Diffusion)係数を用いたシミュレーションを行った。φα=0.5となる位置までをNA層厚さとし,その時間変化をFig.4に示す。浸炭焼入れ,窒化処理において処理層は時間の平方根に比例して成長することが知られている。本項シミュレーション結果では計算初期においては同様の傾向を示したが,約5.0 μsec(=約2.2 μsec0.5)を境に傾きが変化している。Fig.5に計算時間0.06 μsec,1.0 μsecおよび10.0 μsec後の各溶質元素の濃度プロファイルを示す。α/γ界面(0.1<φα<0.9)はそれぞれ1.0~2.3 nm,2.9~4.2 nmおよび29.6~30.9 nmに位置する。溶質元素の拡散はTable 2に示すようにα相中のほうが速いため,γ相の組成に対して局所平衡するようにα/γ界面での溶質元素濃度が変化するはずである。計算開始初期の0.06 μsecでは,予測通りTable 1に示す分配傾向に従い界面でCr濃度が低下している。一方,計算時間1.0 μsec後の濃度プロファイルでは,逆にNA層の成長先端γ相中においてCr濃度の低下が見られ,Moはα/γ界面内で濃化している。NA層の成長速度は後述するようにγ相中のN原子の拡散係数に依存する。置換型元素であるCr原子のγ相中の拡散係数はN原子のそれに比べて4桁程度小さいため,α/γ界面近傍で生じた濃度変化を引きずりながらNA層は成長を続ける。したがって,Cr濃度の低下したNA層と局所平衡するようにα/γ界面での濃度分配が起きることになり,5.0 μsec程度まではFig.5(b)のように平衡計算とは逆の濃度分配挙動を示すと考えられる。しかし,この間にα/γ界面から排出されたCr原子は拡散係数の大きいα相に徐々に濃縮するため,NA層中のCr濃度は0.5 μsec(2.4 nm in Fig.5(c))で最小となって以降は濃度低下が緩和し5.0 μsec(9.0 nm in Fig.5(c))を境にNA層のCr濃度が合金組成を上回るようになる。その後は,Cr濃度の揺らぎ(低下と濃化の繰返し)を起こしながら成長を続ける。Fig.5(b)および5(c)におけるNのγ相側界面濃度を比較すると,このCr濃度に影響されて変化していることがわかる。すなわち,Cr濃度が低い場合はN濃度も低く(Fig.5(b)),Cr濃度が高い場合はN濃度が高くなる(Fig.5(c))。これはFig.6に示すFe-Cr-N3元系状態図からも明らかで,Cr濃度が増加するとγ相中のN固溶限が上昇するためである。N原子はγ相安定化元素であるため,N濃度が高くなると式(8)右辺第1項に示すα相とγ相の自由エネルギー差GαmGγmがより大きな正の値となり,α→γ変態が速く進行するようになる。これにより,界面Cr濃度が高くなる5.0 μsec以降ではNA層の成長が加速したと考えられる。

Fig. 4.

 Calculated results of the growth of NA layer.

Fig. 5.

 Calculated concentration parameters with lattice diffusion coefficients. Simulation time; (a) 0.06 μsec, (b) 1.0 μsec, (c) 10.0 μsec.

Fig. 6.

 Calculated isothermal phase diagram in the Fe-Cr-N ternary system at 1450 K.

本項のシミュレーション結果では,NA層中のCr濃度は合金組成に対して,表面付近(初期形成層)では低くなりα/γ界面付近(定常成長層)ではやや高くなった。一方,NA層中のMo濃度は全般的に高くなっており,Fig.3のEPMA元素マッピングの結果と正反対の結果となった。溶質元素の拡散については往々にして粒界拡散が関与していることが良く知られている。本研究グループの調査9)では,母相α相の結晶粒径はNA処理の開始時点で既に約800 μm程度(T=1473 K)まで粗大化することがわかっている。一方,NA層におけるγ/γ粒界間隔は数十μm程度と小さい,すなわち粒界の数が多いことから,粒界拡散の寄与が小さくないと推察される。

4・2・2 粒界拡散を考慮したシミュレーション

前項の不純物拡散のみでのシミュレーションではγ相中の拡散係数がα相中のそれより小さいため,溶質元素の偏析挙動が実現象と一致しないことから,粒界拡散が大きく影響していることが明らかとなった。そこで,γ相中の拡散係数を置換型元素のみDγ=DαまたはDγ>Dαとした場合(Only Metals)およびNを含む全溶質元素でDγ=Dαとした場合(All Elements)の3つの条件でシミュレーションを行った。Dγ>Dα:Only Metalsでは,Dγを次のように置換えて粒界拡散を考慮することにした。   

Dγ=DMγDgb(12)

γ-Fe中の置換型合金元素の粒界拡散係数Dgbに関する研究は,例えばHanatateら19)のNiについてのもの,Majimaら20)のCuについてのものなどがある。本研究ではHanatateらの報告結果をもとにDgbNi=1.09×10−9m2/sec(T=1450 K)を採用した。NA層からα/γ界面への溶質元素の供給が十分な場合のシミュレーションが本項の趣旨と捉えれば,式(8)および(9)において拡散速度がDγDαであることが必要条件となるが,DgbNiを用いて式(12)で計算されるDγは全ての置換型元素に対し必要条件を満たしている。

Fig.4に示すように,置換型元素のみ粒界拡散を考慮してシミュレーションを行った場合,NA層の成長速度は前項で示した格子拡散を用いたシミュレーション結果とほぼ等しくなった。一方,Nの粒界拡散も考慮した場合には成長速度が10倍程度大きくなっていることから,NA層の成長速度はNの拡散に律速されることが示唆された。

溶質元素の偏析挙動は,置換型元素のみDγ=Dαとした場合にNA層中のCr濃度に揺らぎが出ているものの,NA層側の置換型元素の拡散係数を大きく設定することで母相α相の組成を基準に溶質元素の分配が起きるため,Fig.7および8に示すようにNA層中にCrが濃化する傾向となる。Moに関しては,特にDγ>Dαとなった場合にNA層中でやや低下するとともにα/γ界面に濃化する現象が確認された。全溶質元素でDγ=Dαとした場合にはNA層中のΝ原子の拡散速度に起因して成長速度が速くなるため,Fig.9に示すようにα/γ界面における置換型元素の拡散・分配が進みにくくなり偏析傾向は小さくなる。しかし,粒界拡散を考慮しない場合とほぼ同じ約5.0 μsec(114 nm in Fig.4)に変曲点があり成長速度が減速する。これはFig.9(c)に見られるようにCr濃度揺らぎが発生することに起因すると考えられる。

Fig. 7.

 Calculated concentration parameters under Dγ=Dα (only metals) in consideration of grain boundary diffusion on substiturional elements. Simulation time; (a) 0.06 μsec, (b) 1.0 μsec, (c) 10.0 μsec.

Fig. 8.

 Calculated concentration parameters under Dγ>Dα (only metals) in consideration of grain boundary diffusion on substiturional elements. Simulation time; (a) 0.06 μsec, (b) 1.0 μsec, (c) 10.0 μsec.

Fig. 9.

 Calculated concentration parameters under Dγ=Dα (all elements) in consideration of grain boundary diffusion. Simulation time; (a) 0.06 μsec, (b) 1.0 μsec, (c) 10.0 μsec.

本項で行ったシミュレーションのうち溶質元素の偏析挙動がFig.3に示すEPMA元素マッピングの結果と最も一致しているのは置換型元素のみDγ>Dαとした場合であった。合金元素の偏析が影響しNA層は加速・減速を繰返しながら成長するため,正確には見積もれないものの,Fig.4における計算時間0~10 μsecの速度傾向のままNA層の成長が続くと仮定すると,N原子の粒界拡散を考慮しない場合,4時間(1.44×104 sec)まで外挿したNA層厚さは,Lattice Diffusion:1070 μm,Dγ=Dα:Only Metals:1010 μmおよびDγ>Dα:Only Metals:1000 μmとなる。一方,Nの粒界拡散を考慮した場合は5820 μmとなり,Nに関しては粒界拡散を考慮しないほうが明らかに実事象に近いと言える。浸炭焼入れや窒化処理に関するシミュレーションを行った研究報告のほとんどが本研究と同様に不純物拡散係数を使用しており,実事象と整合性が得られていることから,侵入型原子の不純物拡散係数は粒界拡散あるいはそれに準ずる転位拡散等の格子欠陥を介する拡散も加味された値であると捉えることが可能であると考えられる。しかしながら,以上の推論は便宜的にNA層内の拡散係数を大きくしたことによるシミュレーション結果から導かれたものであり,多結晶体としての考察が不十分である。2次元に発展させた多結晶シミュレーションを行い,上述の考察を検証することが今後の課題である。

5. 結言

本研究では,フェライト系ステンレス鋼の窒素吸収(NA)処理に伴うα→γ拡散相変態挙動についてフェーズフィールド法(PFS)による考察を行った。その結果,以下のような知見を得た。

(1)0.4 MPaの加圧窒素ガス雰囲気で1450 K×4時間のNA処理を行ったSUS444(Fe-19Cr-2Mo-0.5Mn-Low C(mass%))のEPMA元素マッピングを行った結果,NA層(γ)の形成に伴い,結晶粒界および成長先端において合金元素の偏析が起きることを確認した。

(2)不純物拡散(格子拡散)係数を用いた1次元PFSでは,γ相中の置換型元素の拡散係数がα相中のそれより小さいことに起因するNA層中の濃度揺らぎが発生する。NA層におけるCr濃度は表面付近では母相αのそれより低いが,定常成長後の界面近傍では高くなる。Moに関してはNA層のほうがやや高くなり,Thermo-Calcによる平衡計算や実験結果と一致しなかった。

(3)1次元PFSにおいて置換型元素のみの粒界拡散を考慮することで,NA層の成長先端近傍における合金元素の偏析挙動が実験結果と良く一致する結果が得られた。すなわち,NA層中の溶質元素の偏析挙動には置換型元素の粒界拡散が大きく寄与していることが確認された。

(4)1次元PFSによりNA層の成長速度は層内におけるN原子の拡散速度に依存することが明らかになった。本稿ではN原子に関しては粒界拡散を考慮しない方が実験結果との整合性が良かったが,2次元PFSにより検証することが今後の課題である。

謝辞

本研究は,独立行政法人科学技術振興機構(JST)の復興促進プログラム(マッチング促進)の支援によって行われた。

また,本稿をまとめるにあたり,共同研究メンバーである林精器製造株式会社:深山茂氏,佐藤幸伸氏ならびに福島県ハイテクプラザ:鈴木雅千氏,斎藤宏氏には実験に際し多くの御協力をいただきましたことを深く感謝いたします。

文献
 
© 2015 The Iron and Steel Institute of Japan

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