Tetsu-to-Hagane
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Development of Numerical Model to Predict Cleavage Fracture Toughness of Ferrite-Pearlite Steels
Takashi HiraideKazuki ShibanumaShuji Aihara
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2015 Volume 101 Issue 7 Pages 384-393

Details
Synopsis:

A numerical model to quantitatively predict cleavage fracture initiation in ferrite-pearlite steel is proposed. The model is based on microscopic fracture process of three stages; Stage-I: formation of fracture origin in pearlite colony, Stage-II: propagation of the pearlite crack into ferrite matrix, and Stage-III: propagation of the crack across ferrite grain boundary. In the proposed model, fracture conditions are formulated by the probability of pearlite cracking based on the experimental results on Stage-I and the concept of fracture stress of ferrite matrix on Stage-II and Stage-III. Ferrite grains and cementite particles are assigned based on their distributions into each volume element. Applied plastic strain and stress of each volume element are calculated by finite element analysis. Cleavage fracture is assumed to initiate at the time when the fracture conditions of the all stages are satisfied in any one of the volume elements. Cleavage fracture toughness of three point bend test is simulated by the proposed model. The numerical predicted results of fracture toughness show good agreement with experimental ones. The bottleneck process of cleavage fracture is then evaluated by the number of arrested micro-cracks until all of the fracture process is satisfied. Influence of ferrite and pearlite size on cleavage fracture toughness is evaluated. It is shown that steel with finer pearlite colony is tougher, and then the developed model can reproduce the size effect of cleavage fracture toughness. Based on the aforementioned results, the validation and the effectiveness of the proposed model are found out.

1. 序論

近年,鉄鋼材料使用環境の過酷化によって,降伏応力に代表される強度レベルと共に,材料の破壊抵抗である「靭性」を向上させる重要性が高まっている。特に,へき開破壊は突発的に発生し,その後脆性破壊による不安定的な亀裂伝播を生じることから,確実に防止しなければならない。このため,材料のへき開破壊靭性を精度よく推定・評価することは,材料の開発や使用において極めて重要な課題である。

靭性は結晶粒や脆化相の微細化により向上することが知られているが,それは経験的な知見によるものであり1),ミクロ組織が靭性に及ぼす影響を解明する理論は存在しない。Almondら2)やPetch3)は,鋼中の脆化相に生じた割れがフェライト結晶粒に伝播し,それが結晶粒界を突破するというプロセスに基づいてへき開破壊発生時の局所破壊応力の定式化を行った。しかし,これらは脆化相であるセメンタイトの割れ形成を考慮しておらず,精度の良い予測には至っていなかった。また,へき開破壊はミクロ組織内で最も弱い要素が破壊を左右する最弱支配型の現象であり,靭性は大きなばらつきを示すことが知られているが,これらのモデルはこのばらつきを再現・評価できるものではない。

一方で,このばらつきを考慮し靭性を統計学的に評価するモデルがBereminによって提案されている4)。このモデルでは,特定の試験片形状で破壊試験を複数回行うことで材料の靭性値としての材料定数が得られる。しかし,この手法はあくまで破壊試験と併用して靭性を評価するためのモデルであり,材料の靭性をミクロ組織情報から予測するものではない。

以上の背景に対し,Shibanumaらはフェライト・セメンタイト鋼を対象として微視的な破壊機構を仮定し,へき開破壊の靱性を予測可能なモデルを提案した5,6)。このモデルを用いることで,ミクロ組織と破壊靱性値の関係を定量的に予測可能であることが示唆された。しかし,このモデルの適用対象はフェライト・セメンタイト鋼という単純なミクロ組織に限定されており,より複雑なミクロ組織を有する実用鋼に対しての適用が課題であった。

一方,構造用鋼として最も広く用いられるフェライト・パーライト鋼に対してMiller and Smithによってのへき開亀裂の発生機構が提案されている7)。これはFig.1に示すように,(1)負荷過程においてパーライト内部のフェライトがすべることにより応力集中が起こり,(2)平板セメンタイト中に欠陥が生じる。(3)さらに負荷が増加するにつれてすべりが進行し,(4)複数の欠陥が拡大・合体することでパーライト内に亀裂が形成されるというものである。しかし,このパーライト内の亀裂形成条件の定量化は行われておらず,フェライト・パーライト鋼のへき開破壊靭性を予測する理論は見当たらない。

Fig. 1.

 Process of pearlite crack formation7). (Online version in color.)

本研究はフェライト・パーライト鋼を対象として,へき開破壊靱性の定量的な予測およびミクロ組織と破壊靱性値の関係を評価することが可能な,へき開靭性予測モデルの構築を行うことを目的とする。具体的には,フェライト・パーライト鋼のへき開破壊における微視的な破壊機構の定量化および本研究で提案するモデルの検証を行う。

2. 供試鋼

供試鋼は炭素量および熱処理条件を変えることで,フェライトおよびパーライトの寸法を系統的に変化させた。Table 1に供試鋼の化学組成および機械的特性,Table 2に熱処理条件を示す。Fig.2に鏡面研磨および2%ナイタール腐食後に光学顕微鏡観察を行うことで得られた供試鋼のミクロ組織を示す。全ての供試鋼がフェライト・パーライト組織を有し,炭素量の少ない鋼材Cに関しては,パーライトの存在比率が鋼材AおよびBより低いことが確認できる。また,鋼材Aよりも鋼材Bの方が粗粒である。

Table 1. Chemical compositions of tested steels (mass%).
SteelCSiMnPSAlN
A0.180.150.99< 0.0020.00050.0190.0008
B0.180.150.99< 0.0020.00050.0190.0008
C0.090.150.99< 0.0020.00050.0190.0008
Table 2. Heat treatment condition and microstructures.
SteelRollingNormalizingTarget Microstructure
HeatingHoldingCooling
AHot Rolling900 °C1 hAirα + P
B1000 °Ccoarse α + P
C900 °Cα + P
Fig. 2.

 Microstructures of tested steels.

続いて,各鋼種のフェライト粒径およびパーライトの寸法分布を測定した。フェライト粒径はEBSD解析によって得られた各結晶粒の面積より,円相当径として算出した。EBSD解析結果をFig.3に示す。解析において,パーライト中のセメンタイトを可能な限り除外するためのClean Up 処理を行った。さらに,得られた2次元の結晶粒分布を,計量形態学8)の考え方に基づいて3次元のフェライト粒径分布に換算した。また,Fig.3のEBSD解析結果より,パーライト中フェライト相の結晶方位および圧延方向の長さが隣接するフェライト結晶粒径とほぼ等しいことが確認された。この観察結果に基づき,パーライトについては圧延方向に引き伸ばされた扁球と仮定した。一方,パーライトの短径はパーライト層の厚さと一致するものとし,Fig.4に示すように撮影された組織写真おいてパーライト層と板厚方向に引いた直線とが重なった部分の長さとして測定した。Fig.5およびFig.6にフェライト粒径分布およびパーライト短径分布を示す。また,Table 3に,それぞれの供試鋼のフェライト粒径およびパーライトの短径の最大値および平均値を示す。

Fig. 3.

 Inverse pole figure map of tested steels. (Online version in color.)

Fig. 4.

 Measurement method for pearlite colony thickness. (Online version in color.)

Fig. 5.

 Distributions of ferrite grain diameter and approximation curves. (Online version in color.)

Fig. 6.

 Distributions of pearlite thickness and approximation curves. (Online version in color.)

Table 3. Microstructure size values of steel A and B and C.
SteelABC
Ferrite diameter [μm]Max.8913377
Mean416835
Pearlite thickness [μm]Max.383128
Mean8107

3. へき開破壊靱性予測モデルの構築

3・1 へき開破壊における微視的機構の仮定

前述したように,フェライト・パーライト鋼のへき開破壊では脆化相であるパーライトが破壊の起点となることが知られている7)。また,構造用鋼として用いられるフェライト・パーライト鋼ではフェライト結晶粒とパーライトが圧延方向に沿ってバンド層を形成するため,本研究では起点となるパーライト亀裂はフェライト結晶粒に伝播すると仮定した。これらの先行研究を踏まえ,Fig.7に示すような3段階の微視的な破壊機構が全て満足されることで,巨視的なへき開破壊が発生することとした。

Fig. 7.

 Schematic diagram of cleavage fracture process in ferrite-pearlite steel. (Online version in color.)

Stage-I:パーライト亀裂の形成

Stage-II:パーライト亀裂のフェライト粒への伝播

Stage-III:伝播した亀裂のフェライト粒界突破

3・2 破壊条件の定式化

先述のように,パーライト亀裂形成の限界条件式は見当たらないため,まずパーライト亀裂形成条件の定式化を行う必要がある。そこで,パーライト亀裂の形成に及ぼす因子の特定および影響の定量化をするために,前述の3種類の供試鋼について,円周切欠き付き丸棒引張試験片による途中徐荷試験を実施した。

円周切欠き付丸棒引張試験の試験片形状をFig.8に示す。採取方向は圧延方向である。試験温度は−120°Cとし,荷重負荷速度は2 mm/minとした。計測項目は,荷重および標点間変位であり,それぞれロードセルおよびクリップゲージを使用して計測した。試験に際して,あらかじめ弾塑性FEM解析によって最小断面中央部の相当塑性ひずみが70%となる時点の標点間変位を算出しておき,試験がこれに到達した時点で除荷した。FEM解析は軸対称モデルによって実施した。FEMモデルの節点数は3,912,要素数は3,729とした。FEM解析による相当塑性ひずみおよび最大主応力の計算結果の一例をFig.9に示す。なお,本研究で用いるFEM解析は全て汎用ソフトウェアABAQUSを用いて実施した。

Fig. 8.

 Configuration of cicumferentially notched tensile specimen.

Fig. 9.

 Strain and stress distributions obtained by finite element analysis in the circumferentially notched specimen, Steel A, –120°C. (Online version in color.)

除荷後の試験片を軸中央部が含まれるように切断し,鏡面研磨を施した後2%ナイタールによって腐食した。光学顕微鏡観察により観察領域における亀裂の数を計測した。Fig.9に示したFEM解析結果より試験片の軸方向に対し直角方向ではひずみおよび応力が近似的に一定であるとみなせる。このため,試験片あたり軸方向に関して3~4箇所を観察した。さらに,軸直角方向に沿って観察面を走査することで一定のひずみおよび応力の条件下において生じた亀裂の数を計測した。計測領域は,軸方向に350 μm,軸直角方向には試験片の全幅とした。

観察により得られたパーライト亀裂の例をFig.10に示す。この結果より,パーライト亀裂はそのほとんどがパーライト内部に生じることが明らかとなった。Table 4に本研究の観察範囲において得られた各供試鋼の相当塑性ひずみに対する,(亀裂数)/(パーライト総数)の結果を示す。ここで,パーライト総数は観察領域の面積を,Table 3で示した長径を平均フェライト粒径,短径を平均パーライト厚さとした楕円の面積で除すことで算定した。さらに,この結果より相当塑性ひずみに対するパーライトの割れ確率を整理したものをFig.11に示す。

Fig. 10.

 Microcrack in pearlite colony. (Online version in color.)

Fig. 11.

 Equivalent plastic strain-pearlite cracking probability and fitting curve.

Table 4. Results of pearlite crack observation.
SteelABC
Equivalent Plastic Strain0.690.450.210.080.800.650.350.150.720.620.35
Number of pearlite colonies338298294291264317357248371551
Number of cracked pearlite colonies962050203218133
Number of cracked pearlite colonies (Not propagate)243015664426
Probability of cracking [%]2.72.00.70.017.27.60.90.67.33.50.5

Miller and Smithの研究7)により,パーライトの割れはラメラ構造中のフェライトのすべりに起因したものであるため,ひずみ支配型であると考えられる。そのため,パーライトの割れ確率はひずみが作用しない時は0であり,ひずみが増加に伴い1に収束するはずである。この条件を満足する関数として,次式を用いて得られたひずみとパーライトの割れ確率pを近似した。   

p=1exp(0.205εp2.5)(1)

ここで,εPは相当塑性ひずみである。式(1)の相当塑性ひずみとパーライトの割れ確率の関係をFig.11に併記する。なお,パーライトの割れの発生機構を考慮すると,本来は鋼種ごとのパーライト幅などの組織因子の関数として定式化することが望ましいと考えられる。しかし,Fig.11の結果では各鋼種に有意な差異を確認する事はできなかった。さらに計測データを拡充し,パーライト割れの発生確率の組織因子依存性を明らかにすることは今後の課題である。

Stage-IIでは,パーライト亀裂がフェライト粒に伝播する過程の限界条件を,局所破壊応力σFPαを用いて次式によって定義する。   

σmaxσFPα(2)

σFPαは直径Lの円形亀裂に対するGriffithの条件により以下のように与えた。ここで,直径Lの円形亀裂はパーライト亀裂を意味する。   

σFPα=πEγ(1ν2)L(3)

ここで,Eはヤング率,νはポアソン比,γはパーライトを横断した亀裂がフェライト粒との界面を突破する際の有効表面エネルギーである。γの値はSan Martin and Rodriguez-Ibabeの実験結果9)を引用して仮定した。一方,式(2)のσmaxは最大主応力である。

Stage-IIIでは,フェライト粒界を亀裂が突破する過程の限界条件は,局所破壊応力σFααを用いて次式によって定義する5)。   

σnσFαα(4)

σFααについても,直径Dの円形亀裂に対するGriffithの条件により以下のように与えた。   

σFαα=πEγ(1ν2)D(5)

ここで,直径Dの円形亀裂はフェライト結晶粒内に形成された亀裂を意味する。

一方,式(4)のσnは{100}面に作用する垂直応力の最大値であり,次式で算出できる。   

σn=maxm=1,2,3[(nm)Tσnm](6)

ここで,nmm番目(m=1~3)の{100}面の法線ベクトルであり,σは作用応力テンソルである。Fig.12にGriffithの局所破壊応力と亀裂サイズの関係を示す。

Fig. 12.

 Relationship of local fracture stress and plane crack size.

3・3 計算の手順

本モデルは,へき開破壊の発生する可能性のある領域内へ観察結果に基いてフェライト・パーライトを割当て,その寸法および方位情報と有限要素解析により得られた応力−ひずみ状態を利用して,前述の3つの破壊条件式の評価を行い,へき開破壊の発生を推定する。以下に,数値モデルの計算手順を示す。

a)試験片においてへき開破壊が発生する可能性がある領域をアクティブゾーンとして定義する。

b)アクティブゾーンをへき開破壊の発生過程を評価する単位となる体積要素により分割する。

c)Fig.13に示すように,各体積要素に炭素濃度およびフェライト粒径・パーライト短径分布に基づいて,ランダムに結晶粒を充填する。まず,炭素濃度c[mass%]に対するパーライトの体積分率φP[%]を次式のように近似的に決定する1)。   

φP=150×c(7)

Fig. 13.

 Schematic diagram of filling procedure of ferrite grains and pearlite colonies into a volume element in an active zone. (Online version in color.)

続いて,粒径分布によって充填するフェライト粒またはパーライトの結晶粒径を1個ずつ充填していく。充填する結晶粒がフェライト粒かパーライトかは炭素濃度による重み付けをしてランダムに決定する。また,各結晶粒に対しては結晶方位をランダムに与える。この手順を各体積要素の体積が満たされるまで繰り返し行う。なお,残りの体積よりも大きな結晶粒が選択された場合は,その結晶粒を充填して終了する。なお,実際の材料中においてパーライトは圧延方向に長径を向いた配置となっているが,パーライト粒に関わる式(1),式(2)および式(3)の破壊条件式はそのような幾何学的条件に依存しないことに注意されたい。また,後述のように隣接する粒は都度ランダムに選択するものとし,フェライト粒やパーライト粒の界面のモデル化は行わない。

d)真応力−真ひずみ曲線に基づきマクロスケールの弾塑性FEM解析を実施し,荷重負荷に伴うアクティブゾーンにおける応力テンソル・相当塑性ひずみの3次元分布および破壊靱性指標の推移を算出する。

e)以下の手順f)~h)に示す3段階のへき開破壊プロセスを評価するタイムステップを定義する。

f)各体積要素において,ひとつ前のタイムステップtn−1から現在のタイムステップtnの間における,亀裂が発生したパーライトの分布を算出することでStage-Iを評価する。パーライトがN個存在する体積要素において,tn−1からtnの間におけるパーライト亀裂の発生確率∆PPは以下のように与えられる。   

ΔPP=NPp(tn)n(tn1)Nn(tn1)(8)

ここで,n(tn)はタイムステップtnまでに亀裂が発生したパーライトの数である。

g)亀裂の生じた全てのパーライトに対して亀裂の長さを決定する。この際,亀裂の生じたパーライトにフェライト結晶粒が隣接する可能性は,その結晶粒の大きさに依存すると考えられる。このため,選択する結晶粒は体積要素内のフェライト粒の集合から,表面積で重み付けした上でランダムに選ぶものとする。そして,パーライト亀裂はパーライトの短径方向に対し斜め方向に進展しているという観察結果に基づいて,パーライト亀裂サイズLをパーライト短径lおよび選択された隣接フェライト粒径dを用いて次式のように算出する。   

L=l1sin2θ(11/k2)(9)

ここで,θは亀裂と楕円短径のなす角であり,本モデルにおいては−π/4~π/4の間でランダムにとるものとした。また,kd/lで表される楕円短長径のアスペクト比である。式(9)の模式図をFig.14に示す。式(9)により得られたLに対して式(3)のσFPαを算出し,これと体積要素に作用するσnを比較することでStage-IIを評価する。

Fig. 14.

 Crack length L in pearlite. (Online version in color.)

h)Stage-IIの破壊条件が満足された場合,g)において選択されたフェライト粒のへき開面直径Dに対して式(5)のσFααを算出し,式(6)のσnを比較することでStage-IIIの評価を行う。なお,Dはフェライト粒の直径dを用いる。このStage IIで選択され,破壊条件が満足されたフェライト粒は内部にへき開による残留亀裂が生じることとなる。この残留亀裂は進展が一度完全に停止しているために,先端形状は鈍化し,無害化するものと考えられる。したがって,この残留亀裂が生じたフェライト粒は次のタイムステップ以降の破壊条件の計算から除外して扱う。

i)いずれかの体積要素でStage-I~Stage-IIIの全てが同時に満足された場合,巨視的なへき開破壊が発生するものとする。これが本モデルの「最弱リンク」の仮定である。一方,Stage-I~Stage-IIIの一連の破壊条件が満足される体積要素が1個も存在しなかった場合,次のタイムステップに関して上記手順f)~h)の評価を実行する。

4. 破壊靱性試験の再現解析

ここでは,2章で製作したフェライト・パーライト鋼を対象に,切欠き付き3点曲げ試験を用いたへき開破壊試験を行い,得られた破壊靱性値の実験値と提案した数値モデルの計算結果との比較を行うことで,その妥当性を検証する。

4・1 試験方法

各供試鋼からFig.15に示す切欠き付き3点曲げ試験片を加工し,−120°C~−180°Cの範囲で試験を実施した。荷重負荷速度は2 mm/minの準静的条件とした。

Fig. 15.

 Configuration of 3-point bending specimen.

また,破壊靱性指標には次式に示す3点曲げCTOD試験のCTOD算定式10)を形式に適用した限界準CTOD値を用いた。   

δc=K2(1ν2)2σYE+rp(Wa)Vprp(Wa)+a(10)
  
K=FPBW(11)

ここで,Pは破断荷重[kN],Eはヤング率(=210 GPa),νはポアソン比(=0.3),σYは試験温度における降伏

応力[MPa],rpは回転係数(=0.44),Bは試験片板厚[mm],Wは試験片幅[mm],aは切欠き深さ[mm],Kは応力拡大係数[MPa√mm],Vpは切欠き端開口変位の塑性成分[mm]である。また,Fは応力拡大係数の補正係数であり,次式のように示される。   

F=6ξ{(1.99ξ)(1ξ)(2.153.93ξ+2.7ξ2)}(1+2ξ)(1ξ)3/2(12)
  
ξ=aW(13)

なお,この限界準CTOD値は破壊発生時における物理的なき裂先端開口変位を表すものではなく,あくまで切欠き底の変形の程度を表す指標である。

4・2 数値モデルの設定条件

4・2で示した手順に沿って数値モデルの設定条件を述べる。

・アクティブゾーンは試験片切欠き底から幅方向1.0 mm,軸方向1.0 mm,厚さ方向に表面側1.0 mmずつ除いた8.0 mmの領域とした。これは本試験の破壊起点位置の観察結果を踏まえ,それを十分に含む領域として決定した。

・体積要素のサイズは測定された粒径分布にもとづいて1辺が0.05 mmの立方体とした。アクティブゾーンにおける全体積要素数は64,000個となる。各供試鋼における体積要素中のフェライト粒およびパーライト粒の平均個数をTable 5に示す。なお,体積要素サイズよりも大きい結晶粒が選択された場合,その結晶粒だけが充填された体積要素となるようにしている。

Table 5. Average numbers of ferrite and pearlite grains per a volume element.
SteelABC
Ferrite grain291564
Pearlite grain11610

・フェライト粒径およびパーライト寸法分布は実測値を観察された寸法の最大値dmaxを考慮した分布関数g(d)を用いて近似した。近似結果をFig.4およびFig.5に併記する。   

g(d)=C0(1ddmax)f(d)(14)

ここで,f(d)は次式の対数正規分布を表す関数であり,C0は正規化のための係数である。また,σおよびμはフィッティング・パラメータである。   

f(d)=exp[{μ+logd}22σ2]2πσd(15)

・マクロスケール弾塑性FEM解析において入力する真応力−真ひずみ曲線データは,各供試鋼について実施した3温度の引張試験の結果をSwiftの式を仮定した内挿によって算出した。

・タイムステップは最大強制変位を100等分することした。鋼種AおよびBは2.0 mm,鋼種Cは3.0 mmの変位を与えた。

以上の条件に基づき,各供試鋼の試験温度で10回ずつモデル計算を試行した。

4・3 数値モデルの妥当性検証

4・3・1 破壊靭性値の比較

Fig.16に供試鋼A,BおよびCの限界準CTOD値の実験値と本モデルによる予測値を示す。

Fig. 16.

 Comparison between experimental results and predicted values of Critical quasi-CTOD [mm]. (Online version in color.)

鋼材AおよびBについては,各温度の限界準CTOD値をほぼ予測することができた。同一条件下であっても限界準CTOD値に変化が見られるのは,モデルの確率的な要素,すなわちフェライト結晶粒径およびパーライト短径といったミクロ組織の分布に起因した最弱リンク仮定によるものである。また,各供試鋼の計算結果で,試験温度の低下に伴い限界準CTOD値が低下する傾向が再現されている。しかし,実験結果と比較するとモデルによる予測値の遷移曲線は勾配がやや小さく,低温の場合では予測値は高めに現れている。この実験値と予測値の差は,Stage-Iにおけるパーライト亀裂の発生確率定量化において応力や温度の影響を考慮していないことが原因のひとつと考えられる。また,高精度な推定が容易ではないStage-IIおよびStage-IIIにおけるγの精度にも改善の余地があると考えられる。

一方,鋼材Cの限界準CTOD値は炭素濃度のみが異なるAよりも高く予測されている。これは炭素量が少ない程,破壊靭性が向上するという従来知見を再現しているが,実験値とは乖離している。つまり,本モデルでは炭素濃度が靭性に与える影響を過大評価している可能性が考えられる。本モデルにおいて炭素濃度が影響する過程は,体積要素への結晶粒の充填であり,式(7)で表されるパーライト分率算定式の再検討が必要であると言える。

4・3・2 破壊発生起点の比較

破壊起点の位置とそれに対応する最大主応力および相当塑性ひずみの計算例をFig.17に示す。実験の破壊起点位置は板表面の切欠き底からリガメント方向の長さを表し,Fig.18に示すように破面のSEM観察によって測定した。また,応力およびひずみの実験値は,限界準CTODの実験値におけるFEM解析の値である。さらに,限界準CTOD値の最大値および最小値に対応する試験片板厚中心部の最大主応力と相当塑性ひずみ分布を併記する。これらの結果より,破壊起点の切欠き底からの距離は最大主応力が最大となる位置よりやや切欠き底側に存在していることが分かる。これは,相当塑性ひずみが切欠き底で最大値を持ち,Stage-Iが満足されやすいためであると考えられる。ただし,鋼材Cに関しては,最大主応力分布がほぼ一定の値に収束しつつあり,破壊起点の切欠き底からの距離も長くなっている。したがって,パーライト寸法およびフェライト粒径の小さい鋼では,作用応力がへき開破壊に強く影響したことが示唆される。

Fig. 17.

 Location of fracture initiation points comparing with maximum principal stress distribution at specimen thickness center. (Online version in color.)

Fig. 18.

 Distance of fracture initiation point from the notch root and an example of fractgraphy (Steel B). (Online version in color.)

続いて,Fig.19に破壊起点の位置について,実験値およびモデルの予測値を示す。観察結果はほぼ計算結果のばらつきの範囲に含まれており,両者はよい一致を示していることが分かる。また,計算結果では,試験温度が高いほど破壊起点が切欠き底から離れた位置に移動する傾向が現れている。これは,試験温度が高くなるにつれて応力の影響が大きくなることを示唆している。

Fig. 19.

 Comparison between experimental results and predicted values of the distance of fracture initiation point from the notch root. (Online version in color.)

4・4 ボトルネック・プロセスの推定

全ての破壊条件を満たし,巨視的なへき開破壊発生に至るまでに割れたパーライトおよびフェライト粒の個数は,Stage-IやStage-IIの破壊条件を満たしたものの,Stage-II,Stage-IIIの条件を満たさなかった微小アレスト亀裂と言える。つまり,へき開破壊発生までに破壊したパーライトおよびフェライト粒の個数によって,へき開破壊のボトルネック・プロセスを推定することができる。

各鋼種において,Stage-IIおよびStage-IIIにおいてアレストした亀裂数の計算結果をFig.20に示す。Stage-IIでアレストした亀裂の数はStage-IIIに比べ著しく多いことから,ボトルネック・プロセスはStage-II,すなわちパーライト亀裂のフェライト粒への伝播であると言える。さらに,Stage-IIでアレストした亀裂の数が鋼材Bよりも鋼材Cの方で多いのはパーライトコロニー径の差によるものである。

Fig. 20.

 Number of micro-arrested cracks at Stage-II and Stage-III.

また,全ての供試鋼に対して,温度の上昇に伴い破壊したパーライト数が増加する傾向が見られた。これは,試験温度が上昇するほどStage-IIが破壊発生のボトルネック・プロセスとしてより支配的となる傾向を示している。

5. 結論

(1)実用鋼として広く用いられるフェライト・パーライト鋼のへき開破壊靱性を定量的に予測可能なモデルの構築を行った。

(2)本研究では,以下の3段階の微視的な破壊機構を仮定した。

Stage-I:パーライト亀裂の形成

Stage-II:パーライト亀裂のフェライト粒への伝播

Stage-III:伝播した亀裂のフェライト粒界突破

特に,Stage-Iの限界条件として塑性ひずみの増加に伴うパーライト亀裂の発生確率を,途中徐荷試験により定量化した。

(3)モデルでは,破壊が発生する可能性のある領域を体積要素で離散化し,各体積要素においてマクロスケール弾塑性FEM解析から得られた応力−塑性ひずみ状態を与え,破壊判定を行った。

(4)提案モデルを切欠き付き3点曲げ試験片を用いたへき開破壊試験に適用し,その妥当性検証を行った。破壊靱性値の試験結果とモデルによる予測値の比較の結果,供試鋼に対して各試験温度の破壊靭性を定量的に予測可能であることが示された。本モデルによりミクロ組織の粒径分布,試験温度が破壊靱性に与える影響を評価可能であることが示された。

(5)微視的な破壊条件を満足せずアレストしたパーライト亀裂およびフェライト亀裂の個数を提案モデルにより評価した結果,パーライト亀裂が伝播する過程がボトルネック・プロセスであることが示唆された。

以上の結果より,本研究で提案したフェライト・パーライト鋼のへき開破壊靭性予測モデルは,材料のミクロ組織と応力−ひずみ曲線のみを用いてへき開破壊靭性を定量的に予測できる可能性があることが示された。一方で,パーライト亀裂形成に及ぼす試験温度およびパーライト寸法の影響,炭素濃度の違いがへき開破壊靭性に及ぼす影響について,実験も含めた更なる検証が必要である。

文献
 
© 2015 The Iron and Steel Institute of Japan

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
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