Tetsu-to-Hagane
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Bioassay of Components Eluted from Electric Arc Furnace Steel Slag Using Microalgae Chlorella
Toshiyuki TakahashiSeiji Yokoyama
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2015 Volume 101 Issue 9 Pages 506-514

Details
Synopsis:

Some electric arc furnace (EAF) steel slag ultimately ends up in final landfill sites. After developing a method to estimate the impacts of the eluate from the slag, particularly on phytoplankton, this study assessed novel slag applications to aquatic environments. First, metal components were eluted from EAF slags of normal steel or stainless steel with a leaching condition based on JIS K 0058-1. The slag metal components were analyzed using emission spectrochemical analyses. After incubation of Chlorella as phytoplankton with culture media including eluates from the respective slags, the effects of each eluate were investigated using microscopy and flow cytometry. Results demonstrated that concentrations of metal effluents from slags, even for EAF steel slag, which included more hazardous materials than normal slag, were almost all lower than environmental quality standards for effluent and drinking water. Analyses of algal cells treated with each eluate revealed that eluate induced neither lethality nor growth inhibition. Instead of cytotoxicity, the addition of each eluate enhanced algal growth. Infrared spectroscopy and potentiometry using a diaphragm-type electrode to measure aquatic CO2 revealed that metal components from both slags in media produced greater amounts of aquatic CO2 available for photosynthesis, thereby enhancing algal proliferation.

Taken together, results show that using EAF slag in aquatic environments might be beneficial, not toxic, for photosynthetic organisms. Furthermore, bioassay using flow cytometry can estimate vigorous and aberrant algal growth simultaneously.

1. 緒言

鉄鋼業では,高炉・転炉・電気炉などで精錬が行われ,各種スラグが副産物として恒常的に生産されている。資源リサイクルの観点から,鉄スクラップを主原料とする電気炉精錬は重要な技術である。主に陸上における物理的資材として100%リサイクルされる高炉スラグ(全生産量は年間約24千トン)に対して,製鋼スラグ(転炉スラグの約11千トン/年と電気炉スラグの約2.8千トン/年)は,その一部(約331トン/年)が再利用されずに埋め立て処分されている1)。しかし,最終処分場の逼迫と埋め立て費用の高騰から,スラグの特徴を活かした新規活用法の開発が期待されている。なお,環境中でのスラグの利用は,スラグ内の環境規制金属の漏出懸念から,特に水域では水質汚濁を含む環境保全に関する諸規則により規制されている。

一方,スラグは生物必須元素も多数含む。例えば,カルシウムやマグネシウムは,生物が比較的多量に必要とするマクロ元素であり,亜鉛や銅は一部の酵素機能に関わるミクロ元素に分類されている2)。スラグに関して,土壌や水質汚染の原因となる重金属類の溶出に対する試験方法は規定されているが,実際に水環境においてスラグ溶出成分に曝される生物への影響評価法は特に定まっていない。最近の複数の研究における生物への影響評価は,以下の手順で行われている。第一に,溶出試験で重金属類の溶出が環境基準を超えない点を化学的に確認する。その後,実際の水環境でスラグを小規模スケールで試験的に使用して,スラグに生物が付着していることを確認する3)。通常,各元素の環境基準値は,個別の特定の元素に対する生物への影響評価を参考にその基準値が設定されているが,必ずしもスラグ溶出成分のような複数の元素の同時暴露を想定したものではない。したがって,環境規制対象の個別の元素に関して,化学的に環境基準値以下であったとしても,複数の元素が複合的に生物に作用し,水域生態系に対する予期せぬ負荷を与える可能性もある。そのため,水域でのスラグ利用を検討する場合,各種漏出成分の環境基準との比較のみでなく,その水域生態系に対する影響評価が重要である。特に,水環境での実地試験が水質汚染の原因となることを避けるために,水生生物に対する影響を評価する簡易評価系の確立は重要である。

本研究では,水域における電気炉スラグの活用に関する基礎研究の一環として,水域中における電気炉スラグ含有成分の溶出とその溶出物の水生生物への影響評価を行った。特に本研究では水生生物に対する簡易評価系の開発も念頭に置き,水生生物として,水域生態系を支える根幹に位置し,モデル生物の1つでもある植物プランクトン(Chlorella)に対する影響評価を行った。この際に,スラグ溶出成分により影響されるクロレラの増殖に関して,個体数の変化だけでなく,光合成生物であるクロレラの光合成や増殖に直接関係する二酸化炭素濃度の観点からも解析した。

2. 実験方法

2・1 使用スラグとスラグ成分溶出液

2・1・1 スラグの溶出試験と溶出液の調製

スラグ溶出液の調製に用いたスラグは,電気炉普通鋼およびステンレス鋼の酸化精錬プロセスで生成した2種類のスラグを使用した。上記スラグは前報4,5,6)で記したものと同様なので,ここでは略記する。用いたスラグの化学組成をTable 1に示す。スラグAはステンレス鋼酸化スラグであり,スラグBは普通鋼酸化スラグである。スラグAはスラグBよりSiO2,CaOおよびCr2O3が多く含まれ,それに対して,FeOはスラグBの方がスラグAよりも多く含まれている。なお,ステンレス鋼酸化スラグにはステンレス粒子が入っている。スラグ中のFeOとCr2O3とステンレス粒子のFeとCrは区別できないので,ここでは全てFeOとCr2O3として表記してある。

Table 1.  Chemical compositions of EAF steel slags used for this study [mass%].
FeO SiO2 CaO Al2O3 MgO MnO Cr2O3 ZnO NiO CuO
Slag A 0.74 44.1 33 5.39 7.68 4.09 3.29 0.01 0.06 0.024
Slag B 35.1 19.2 20.8 15.2 4.1 5.1 0.43 0.071 0.028 0.025

電気炉スラグからの成分溶出試験は,JIS K 0058-1(スラグ類の化学物質試験方法−第1部:溶出量試験方法「利用有姿による試験」)に準じて行った4,5,6)。略記すると,塩酸で初期pH=6.0に調製された純水1 Lに,粒子サイズ1-2 mmの酸化スラグ0.1 kgをいれた。6時間溶出を行った後,0.45 μmのフィルターでろ過し,ろ液をスラグ成分溶出液(それぞれ溶出液Aと溶出液Bと表記)として実験に用いた。

2・1・2 スラグ溶出成分の組成分析

スラグからの溶出成分組成は,誘導結合プラズマ(ICP)発光分析装置(ICP-AES)およびICP質量分析装置(ICP-MS)で分析した。また,全窒素はアルカリ性ペルオキソ2硫酸カリウム法に基づき,試料中の全窒素化合物を硝酸に変換した6)。その後,硝酸態窒素濃度をザルツマン法7)で測定した。環境規制物質とその他の微量元素の濃度測定は,外部分析機関に分析依頼した。

2・2 スラグ溶出成分存在下におけるクロレラの増殖評価

2・2・1 クロレラ

スラグ溶出成分の水生生物への影響評価として,クロレラを使用した。クロレラは,植物プランクトンの中では細胞生物学のモデル生物としても利用され,細胞挙動の解析法がある程度確立されている。本研究で使用したクロレラは,IAMカルチャーコレクション(Institute of Applied Microbiology(IAM)culture collection at the University of Tokyo)に由来する緑藻クロレラ(Chlorella kessleri C-531株)である。

2・2・2 血球計算板法による評価

スラグ溶出液には,一般的な植物プランクトン用培養液に添加される植物プランクトンの増殖に有用な成分が含まれていない。そこで,クロレラの増殖に必要な栄養分を補うため,CA液体培地8)中(pH 7.2)でクロレラの増殖に関する全ての実験を行った。Table 2にCA培地成分の濃度を示す。スラグ溶出液含有CA培地の調製は,Table 2に示した値の4倍の濃度の濃化CA培地を試験容量の25 vol%入れ,そこにスラグ溶出液と個体数密度を調製したクロレラを含む超純水を任意の割合で混ぜた混合液を試験容量の75 vol%入れた。したがって,全試料の最終的なCA培地成分の濃度はTable 2に示した値と同一であり,スラグ溶出成分に由来する元素のみ条件により濃度が異なる。ここで,スラグ溶出液を含まないCA培地だけの条件を以後コントロールと呼ぶ。

Table 2.  Compositions of culture media used for Chlorella [mg/L].
Chemicals (mg/1L Double distilled water)
MgSO4 9.77
KNO3 100
Ca(NO3)2 13.9
Di sodium β-glycerophosphate 30
Vitamin B1 0.01
Vitamin B12 0.01
Biotin 0.01
HEPES 400
NH4NO3 100
PIV metals sol.1 (ml) 1.0
Fe (as EDTA; 1:1 molar) sol.2 (ml) 1.5
pH 7.2

1:FeCl3, 0.72 mM; MnCl2, 0.41 mM; ZnCl2, 0.07 mM; CoCl2, 0.04 mM; Na2MoO4, 0.0 3 mM; Na2EDTA, 4.02 mM 2:Fe(NH4)2(SO4)2, 2.52 mM; Na2EDTA, 1.77 mM

本実験におけるクロレラ培養システムの外観をFig.1に示した。スラグ溶出液含有CA培地とクロレラをプラスチック製チューブに入れ,温度23±2°C,12時間毎の明暗周期の白色蛍光灯下(約1100 Lux)で1週間培養した。クロレラは,実験開始時のクロレラの個体数密度が1.0×104 cells/mlとなるように血球計算板法で調製し,懸濁して用いた。培養1週間後,各条件におけるクロレラの個体数を血球計算板法で計測した。クロレラの増殖率は,スラグ溶出成分を含まないコントロールでのクロレラの増殖数に対するスラグ溶出液含有溶液でのそれを百分率(平均値±標準誤差)で示した。

Fig. 1.

 Schematic diagram showing the experimental system used to culture algae for this study. (Online version in color.)

2・2・3 フローサイトメトリー法による評価

スラグ溶出液含有CA培地中におけるクロレラの細胞状態を分析するために,キャピラリー型フローサイトメーターを用いたフローサイトメトリー(FCM)法を採用した。使用した装置は,直径100 μmの極細キャピラリー管を搭載し,キャピラリー管を0.59 μl/secの流速で通過した個々のクロレラ細胞に532 nmの緑色レーザーを照射し,照射により生じた蛍光から細胞状態を評価した。当該装置は,680/30 nmと576/28 nmの2種類のバンドパスフィルターを搭載し,レーザー照射により励起された赤色又は黄色蛍光を検出できる9)

クロレラ様藻類を用いた筆者の報告10)から,外部ストレスを与えていない標準的状態の藻類では,光合成色素のクロロフィルに由来する強い赤色蛍光のみが観察される。一方,加熱処理のような外部ストレスにより死滅した個体では,クロロフィルの生分解による赤色蛍光の減少と黄色蛍光の相対的な増加を観察できる。本研究では,スラグ溶出成分存在下で培養したクロレラ(スラグ溶出液の最終濃度:50 vol%)の細胞状態をFCM法で分析し,波長665-695 nmの赤色蛍光の強度と波長562-590 nmの黄色蛍光の強度からなる2次元展開グラフ(2次元マップ)の変化からクロレラ1個体毎のストレスの程度を解析した。今回,ストレスを受けたクロレラの標準試料として,クロレラを5分間100°Cで加熱した熱処理試料(Heated sample)を比較として用意した。なお,クロレラを含まないCA培地だけで検出される弱いシグナルを培養液に由来するノイズ領域のシグナルとして解析から除外し,ノイズ領域以外をクロレラに由来するシグナルとして解析した。

2・3 スラグ溶出成分による溶存炭酸化学種の濃度への影響

2・3・1 スラグ成分溶出液中の炭酸化学種の測定

溶存二酸化炭素(CO2(aq))は植物プランクトンを含む水中の光合成生物にとって重要である。そこで本研究では,スラグから溶出される各元素の濃度のみならず,スラグ溶出成分存在下におけるCO2(aq)濃度も調べた。CO2(aq)を直接検出するために,フーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)を用いた。測定は,クリスタルとしてダイヤモンドを用いた全反射(ATR)法を採用した。ここで水溶液中にCO2(aq)を含む標準試料として,0.5 mol/L NaHCO3,0.5 mol/L HClおよび超純水をそれぞれ一定の割合で混合した混合液を用意した。この標準試料中のCO2(aq)に由来する特異的な波数の赤外吸収をCO2(aq)の指標とした。

FT-IRによるCO2(aq)の定性分析に加え,隔膜式炭酸ガス電極を用いてCO2(aq)濃度を定量分析した。以下の(1)−(3)式のように,水溶液中ではCO2(aq)以外にもHCO3やCO32−が炭酸化学種として生じる:   

CO 2 ( gas ) CO 2 ( aq ) (1)
  
H 2 O + CO 2 ( aq ) H 2 CO 3 ( aq ) HCO 3 + H + (2)
  
HCO 3 CO 3 2 + H + (3)

HCO3やCO32−は,pH 4以下の酸性環境下ではCO2(aq)として見積もることができる。本研究では,試料にpH緩衝液(333 mMクエン酸と1.41 M NaClの混合液)を加え,CO2以外の炭酸化学種を全てCO2に変換して,全炭酸量として測定した。全炭酸量から溶液中におけるCO2(aq),HCO3およびCO32−の各化学種の濃度の算出は,pH値,Henderson-Hasselbalch式(4)と(5)式から各化学種の存在割合を計算し,全炭酸濃度を乗じることにより見積もった:   

pH = pK 1 + log ( [ HCO 3 ] [ CO 2 ( aq ) ] ) (4)
  
pH = pK 2 + log ( [ CO 3 2 ] [ HCO 3 ] ) (5)

ここで,CO2(aq)とH2CO3(aq)は区別できないため,(4)式では[CO2(aq)]として示した。なお,文献値11)からpK1=6.35,pK2=10.33として計算した。

2・3・2 カルシウムおよびマグネシウム化合物の添加による溶液中の全炭酸量の変化

スラグからの溶出成分として想定されるCa(OH)2とMgOを任意の濃度でCA培地に混合し,2・3・1節のように隔膜式炭酸ガス電極を用いて全炭酸量を測定した。この際,2・2節でのクロレラの増殖試験と同様に,最終的にCA培地の成分がTable 2の組成になるように上記混合液を調製した。

2・3・3 培養前後におけるCa2+およびMg2+の濃度変化

Ca2+やMg2+濃度は,水質硬度の指標としても利用され,両元素は炭酸化学種と反応しやすい因子である。これらの元素のスラグ溶出液中におけるCO2(aq)濃度への貢献を検討するため,クロレラ培養前後における培地中のCa2+とMg2+濃度の変化を追跡した。クロレラをスラグ溶出成分含有CA培地で一週間培養後,培養容器を遠心し,クロレラを沈殿させ,培養上清のみを回収し,この培養上清を元素分析に用いた。培地中には,無機塩の他にビタミン等の有機物が含まれている(Table 2)。純水中の元素濃度はICP-AESまたはICP-MSで分析したが,生体試料等でみられる有機物は,これらの測定に干渉することが知られている12)。そこで,本研究では,培養上清中のCa2+とMg2+濃度測定のために,キレート剤による比色定量法を用いた。具体的には,回収した培養上清中のCa2+濃度は,Chlorophosphonazo-IIIとCa2+イオンとのキレート錯体形成による発色に基づく690 nmの吸光度測定から比色定量した。Mg2+濃度は,Xyridyl Blue-IとMg2+イオンとのキレート錯体形成による発色に基づく660 nmの吸光度測定から比色定量した。さらに,t-検定を用いて,培養前後の両元素の濃度を比較し,それらに統計的有意差があるかを判定した。

3. 結果および考察

3・1 スラグ溶出成分の主要組成

実験に使用した電気炉酸化スラグ溶出液中の各成分の濃度をTable 3に示した。なお,Table 3には,溶出濃度の他に,溶出試験が対象とする土壌汚染と参考値として水質汚染の環境基準も合わせて表記した。実験に使用した各スラグの主要成分(Table 1)のうちCa,Mg,Siなどは溶出が認められるが,相対的にAl,Feはあまり溶出していない。これは前報13)で示したように溶解度に関係する。溶出試験の結果,実験で使用した2種のスラグから溶出された各元素濃度は,スラグAからのセレンが土壌基準に関する基準を超えたが,それ以外は土壌汚染の環境基準の範囲内の値を示している。Yokoyamaらによれば5),当該スラグ粒子からの溶出濃度は,淡水への繰り返し溶出により減少させることができる。すなわち,スラグAの1回目の溶出ではセレンが基準値を超えるため,環境中で使用する場合は,少なくとも1回以上の洗浄により事前にスラグ中の成分の一部溶出を行った後であれば,十分に基準の範囲内に全ての規制元素の溶出量を抑えることができる。

Table 3.  Environmental quality standards regarding pollutions and others for effluent and drinking-water, and concentrations of elements of each eluate [mg/L].
Origin of slag Eluate of EAF stainless steel oxidation slag (Slag A) Eluate of EAF normal steel oxidation slag (Slag B) Environmental quality standards
Soil pollution Marine pollution Water pollutant Effluent standard Drinking-water standard
Regulated substances Total As ND1 (RDL2: 0.001) ND 3 0.01 0.1 0.01 0.1 0.01
Total B 0.16 0.28 3 1 1 4 10 5,
230 6
1
Total Be ND (RDL: 0.0005) ND 3 2.5
Total Cd ND (RDL: 0.0001) ND 3 0.01 0.1 0.01 0.1 0.003
Chromium (VI) ND (RDL: 0.005) ND 3 0.05 0.5 0.05 0.5 0.05
Total Cu 0.003 ND 0.001 3 3 1
Total Pb ND (RDL: 0.0005) ND 3 0.01 0.1 0.01 0.1 0.01
Hg ND (RDL: 0.0001) ND 3 0.0005 0.005 0.0005 0.005 0.0005
Total Ni 0.001 ND 0.001 1.2 0.02
Total Se 0.012 0.003 3 0.01 0.1 0.01 0.1 0.01
Total V ND (RDL: 0.001) 0.01 3 1.5
Total Zn 0.099 0.014 3 2 0.03 7,
0.02 8,
0.01 9
2 1
F ND (RDL: 0.1) 0.5 3 0.8 15 0.8 10 8 5,
15 6
0.8
Substances out of regulation Total Al ND 1.8
Total Ca 9.3 10.1 300 11
Total Fe ND 0.23 10 0.3
Total Mg 0.9 1.1 300 11
Total Mn 0.028 ND 10 0.05
Total Si 1.8 1.9
Total N 0.4 0.362 3 0.1-1 12
0.2-113
100 0.04 14, 10 15
Total P ND (RDL: 0.1) ND 3 0.005-1 17
0.02-0.0918
16

1: Not detected. 2: Reportable detection limit. 3: These data from a previous study reported by Takahashi et al.5). 4, 5, 10: Standard value is not applied to coastal waters. 6: Standard value is applied to coastal waters. 7: Habitable river or lake for aquatic life. 8, 13, 18: Habitable coastal water for aquatic life. 9: Habitable coastal water that requires conservation in particular for nidus and nursery ground. 11: Total concentrations of both calcium and magnesium are limited for water hardness. 12, 17: Habitable lake for aquatic life. 14: Total N contents derived from nitrite nitrogen. 15: Total N contents derived from both nitrite nitrogen and nitrate nitrogen.

水域でのスラグの利用を検討する場合,環境汚染の水質基準値の他に,一律排水基準値および水道水に係る環境基準も重要である。そこで,Table 3には一律排水基準値および水道水に係る環境基準も併記した。その結果,前述のようにスラグAのセレンを除き,溶出濃度は環境汚染の水質基準だけでなく,その濃度はほとんど水道水の基準内にあることが初めて分かった。したがって,環境中での当該スラグの使用に関して,スラグAのセレンの溶出のみ特に対応が必要だが,その他は個別の各元素濃度において基準上は特に問題はないと考えられる。

3・2 スラグ溶出成分のクロレラに対する影響評価

3・2・1 クロレラの増殖に対するスラグ溶出成分の効果

Fig.2にクロレラの増殖率と水溶液中のスラグ溶出成分濃度の関係を示した。全般的にみて,スラグ溶出成分含量が30 vol%まではスラグ溶出濃度とともにクロレラの増殖率は増加した。一方,30 vol%以上の濃度では,標準誤差を示すエラーバーの幅から判断するとほぼ横ばいで一定となった。溶出液間で比較すると,溶出液濃度50 vol%までは溶出液Aと溶出液Bともに増殖率の値はほぼ同じであった。溶出液濃度70 vol%では,溶出液Bを添加した方が溶出液Aを添加した場合よりもクロレラの増殖率が若干高くなった。

Fig. 2.

 Effects of respective eluates on algal growth. Dot graphs show quantities of algae (± standard error) after treatment with each eluate. Proliferation ratio [% of control with no eluate] vs. eluate contents [vol%].

スラグ溶出成分の中で最も濃度の高いカルシウムを取り上げ,Fig.3にクロレラの増殖率と水溶液中のカルシウム濃度との関係を示した。本実験ではCA培地成分の濃度は一定である。また,カルシウムはCA培地そのものにも含まれているため,下限が約3.4 mg/Lからの表記となっている。Ca濃度の増加は,スラグ溶出液濃度の増加と同じことを意味するため,Ca濃度の増加と増殖率の関係は,Fig.2のスラグ溶出液濃度と増殖率の関係と類似である。Fig.2Fig.3で観察された溶出液Aと溶出液Bのクロレラの増殖率の差については,3・2・3節でさらに述べる。

Fig. 3.

 Effects of respective eluates on algal growth. Dot graphs show quantities of algae (± standard error) after treatment with each eluate. Proliferation ratio [%] vs. concentration of Ca [mg/L] in each medium mixed with eluate.

3・2・2 スラグ溶出成分存在下におけるクロレラの細胞状態への影響

Fig.4にFCM法により得られた個々のクロレラ細胞の赤色蛍光強度と黄色蛍光強度に関する光学特性を平面上にプロットした。ここで,赤色蛍光強度と黄色蛍光強度の2次元マップ中の1つの点が細胞1個を表す。コントロールでは,クロレラは主に赤色蛍光強度102-103から黄色蛍光強度101-102にかけて分布し,黄色蛍光に対しては相関性が低く,赤色蛍光に依存した上方に伸びる分布になった。加熱処理したクロレラでは,主に赤色蛍光強度101-102から黄色蛍光強度101-103にかけて右上がりの分布パターンを示した。一方,スラグ溶出液含有溶液中でのクロレラの分布は,コントロールの分布よりも赤色蛍光強度が若干大きい方に位置しているが,両分布はほぼ類似した。

Fig. 4.

 Distribution of Chlorella using flow cytometry. The red fluorescence intensity of algae is shown versus the yellow fluorescence intensity. The heated sample is the heat treatment sample of Chlorella. Eluate A and eluate B denote solutions with respective concentrations of eluate A and eluate B of 50 vol%. (Online version in color.)

Fig.4では,クロレラの分布を便宜的に区分けした。特に,生死判別を主な基準として以下のように区分けした。領域Iは生きた健全なクロレラが主に存在する領域とした。それに対して,領域IIは,加熱処理による死滅細胞または不健全なクロレラが主に存在する領域とし,死滅細胞の指標とした。その他として,領域IIIは赤色蛍光強度が低い領域で,コントロールと加熱試料に共通してみられる領域,領域IVはクロレラがほとんど存在しない領域として割り当てた。ただし,領域IIIは,外部ストレスを与えていないコントロールでもわずかに検出され,長期間の連続培養を通して培地中の栄養分の不足により死滅したクロレラが一部存在する,もしくはわずかに含まれたノイズに由来する点を含む領域と思われる。Table 4に各処理条件における各領域のクロレラ数の割合を示した。上記区分けに基づき判断すると,コントロール中のクロレラの分布と加熱処理したそれとには明らかな差がある。また,スラグ溶出成分存在下であってもクロレラはほとんどが領域Iに分布した。健全なクロレラとみなせる領域Iに存在するクロレラの割合は,コントロールで96.81±2.60%,溶出液Aで98.15±0.31%,溶出液Bでは98.13±0.24%であり,コントロールよりも両溶出液中でクロレラの割合が若干高い。したがって,スラグ溶出液を含んでも健全なクロレラの割合はコントロール中のそれと同等以上に存在し,スラグ溶出成分がクロレラに対して直接的なストレス要因になっていないといえる。スラグ溶出液中にはCA培地中には存在しない銅や亜鉛,さらに植物の成長阻害因子14,15)として懸念されるアルミニウムも含まれるが,それらの元素が溶出液のように複合的に存在してもクロレラの増殖に直接影響を及ぼさず,クロレラに対して顕著な毒性も発揮しなかった。

Table 4.  Comparison of distribution between untreated Chlorella and those treated with heat or eluate from slag.
I II III IV
Control 96.81 ± 2.60 2.40 ± 2.91 0.73 ± 0.31 0.07 ± 0.08
Heated sample 0.28 ± 0.36 97.27 ± 0.81 2.59 ± 0.42 0.02 ± 0.03
Eluate A 98.15 ± 0.31 0.17 ± 0.08 1.67 ± 0.21 0.02 ± 0.03
Eluate B 98.13 ± 0.24 0.52 ± 0.51 1.29 ± 0.33 0.05 ± 0.05

なお,今回は植物プランクトンのモデルとしてクロレラ細胞のみで評価したが,本システムは光合成色素(主にクロロフィル)の蛍光の変化を追跡した評価系である。そのため,葉緑体を有する他の光合成生物(他の植物プランクトン,藻類および水生植物を含む)でも適用できると考えられる。

3・2・3 スラグ溶出成分による溶存CO2濃度の増加

本研究を通して,スラグ溶出成分がクロレラに直接顕著な毒性を発揮しないことが分かったが(Fig.2-4),なぜクロレラがコントロールよりも増加したのかは不明である。植物や藻類のような光合成生物の成長や増殖は光合成の効率に大きく依存する。光合成は,光に依存した明反応とCO2固定により糖を合成するカルビン回路の2つに大きく分けられる。このうち,本研究では光条件は一定のため(Fig.1),カルビン回路と関係するCO2に着目した。

CO2(aq)を含む標準試料として今回用意したNaHCO3とHClの混合液では,両者の濃度比に依存し,次の(6)式に基づく反応でCO2(aq)が生じる。   

NaHCO 3 + HCl NaCl + CO 2 [ aq ] + H 2 O (6)

このCO2(aq)は,FT-IR法で2350 cm−1付近の赤外吸収として検出でき(Fig.5a),この波数はCO2の逆対称伸縮に基づく赤外吸収16)に相当する。本研究では,スラグ溶出成分によるクロレラの増殖と光合成に関与するCO2(aq)量との関連を検討するために,FT-IR法でスラグ溶出液含有下におけるCO2(aq)を直接検出した。その結果,スラグ溶出液含有試料は,両試料ともにコントロールよりCO2由来の高い赤外吸収を示した(Fig.5b)。すなわち,スラグ溶出液含有試料中ではCO2(aq)の量が高いことが示された。そこで,隔膜式炭酸ガス濃度計でスラグ溶出液存在下における全炭酸量から各条件のCO2(aq)濃度を定量比較した(Fig.6)。なお,スラグ溶出液含有CA培地のpHは,CA培地のpH(7.2)とほぼ同様であった。全炭酸量の測定値,各試料のpH値およびHenderson-Hasselbalch式からCO2(aq)濃度を算出した結果,コントロールに比べスラグ溶出成分を含む混合液のCO2(aq)濃度の方が大きかった。また,溶出液Aよりも溶出液Bの方が大きかった。したがって,スラグ溶出成分の添加は,コントロールよりもCO2(aq)の増加という点でクロレラに対して光合成に適した水環境を提供し,これがクロレラの増殖(Fig.2)につながったと考えられる。Fig.2では,溶出液Aよりも溶出液Bを添加した方がクロレラの増殖率が若干高かった。これも溶出液Aと溶出液BのCO2(aq)量の相違で説明できる。

Fig. 5.

 Detection of aqueous CO2 in each solution using FT-IR. The upper graph (a) shows spectra of several standard solutions including aqueous CO2 made by mixing NaHCO3 with HCl. The lower graph (b) shows spectra of each eluate. In the graph, eluate A and eluate B respectively denote solutions in which concentrations of eluate A and eluate B were 70 vol%.

Fig. 6.

 Concentrations of aqueous CO2 in each solution. Eluate A and eluate B respectively denote solutions in which concentrations of eluate A and eluate B were 70 vol%.

3・2・4 スラグ溶出成分中のカルシウムなどのアルカリ土類金属と溶存CO2濃度増加の関係性

Ca2+やMg2+濃度は,水質硬度の指標に利用されている。両元素はアルカリ土類金属として2族元素に分類され,炭酸化学種と反応しやすい因子でもある。また,両元素は,スラグ溶出成分中で最も多量に含まれている成分である(Table 3)。スラグ粒子中のカルシウム酸化物の水溶液への溶出は以下の(7)−(8)式の反応を想定できる:   

CaO ( solid ) + H 2 O Ca ( OH ) 2 (7)13)
  
Ca ( OH ) 2 Ca 2 + + 2 OH (8)

マグネシウムも酸化カルシウム同様の反応が考えられるが,水酸化マグネシウムは難溶解性である17)。そのため,水酸化マグネシウムより若干溶解度の高い酸化マグネシウムの形で極少量の酸化マグネシウムが溶解していると考えられる。酸化マグネシウムは酸と反応できるが,今回は中性条件での反応ため,溶解した酸化マグネシウムに高い反応性を期待することはできないと考えられる。また,一般に,酸化マグネシウムの溶解度は,水酸化カルシウムの溶解度よりも相当程度低く,その点からも溶解した酸化マグネシウムに高い反応性を期待することはできない。そこで本研究では,炭酸化学種と反応可能な2族元素(主にCa2+)の挙動に注目した。Henderson-Hasselbalch式から,実験条件であるpH7.2では炭酸化学種のうちHCO3が最も多量に存在する(Fig.7)。したがって,スラグ溶出成分中に存在するカルシウムイオンと(9)式のように反応し,気体として水中に溶け込んできたCO2((1)−(2)式)を水溶液中に炭酸分子種として蓄積することに貢献していると想定される:   

CO 2 ( gas ) CO 2 ( aq ) (1)
  
H 2 O + CO 2 ( aq ) H 2 CO 3 ( aq ) HCO 3 + H + (2)
  
Ca 2 + + 2 HCO 3 Ca ( HCO 3 ) 2 (9)

Fig. 7.

 Concentrations of aqueous CO2, HCO3, and CO32– for each pH [mol%]. (Online version in color.)

Ca(HCO3)2の状態にある時は完全にイオン化できるため,HCO3として炭酸化学種の平衡に関与できる。溶液中における各炭酸化学種の溶存濃度比は一定のため,溶液中へのHCO3イオンの増加は,結果として(2)式が左側に進行することを促し,CO2(aq)濃度の上昇につがなる。増加したCO2(aq)は,光合成の原料としてクロレラに利用・消費される。実際に,スラグからの溶出成分として想定される上記Ca(OH)2(終濃度:50-400 mg/L)とMgO(終濃度:4-32 mg/L)を任意の濃度でCA培地に混合し,その全炭酸量を測定した結果,少なくともCa(OH)2に関しては添加量に依存した顕著な全炭酸量の増加と相関性(R2>0.999)を確認できた(Fig.8)。ただし,この添加実験において,MgOはその低い溶解度のため,実験した範囲では顕著な効果を確認できなかった。

Fig. 8.

 Relation between the amount of total carbonic acid and that of Ca(OH)2 in solution. Dot graphs show quantities of the amount of total carbonic acid (± standard error). The R2 means the correlation coefficient between the amount of total carbonic acid and that of Ca(OH)2.

一方,上記2族元素がCO2(aq)濃度の上昇へと関与するためには,これらの2族元素がクロレラ培養液に添加後,その全てが即座にクロレラによって吸収されず,培養液中にある程度の量が残存する必要がある。そこで,2族元素のCO2(aq)濃度への貢献を検証するため,クロレラ培養前後における培地中のCa2+とMg2+濃度の変化を追跡した(Table 5)。その結果,少なくともクロレラ培養7日後でも,Ca2+とMg2+の両元素濃度は若干の増減は確認されたが,t-検定の結果,p>0.05であり培養前後の両元素濃度に有意な差は見られなかった。

Table 5.  Concentraion of alkarin earth elements before and after incubation of Chlorella with each eluate. The p value means each statistical difference (%) using t-test between concentration of each element before and after incubation.
Before incubation After incubation p value (%)
Concentration of Ca2+ (mg/L)
Eluate A 9.904 8.945 ± 0.917 p > 0.05
Eluate B 10.464 9.763 ± 1.056 p > 0.05
Concentration of Mg2+ (mg/L)
Eluate A 2.602 3.362 ± 0.381 p > 0.05
Eluate B 2.742 2.931 ± 0.075 p > 0.05

スラグ溶出成分中で溶存CO2濃度へ寄与する分子種としてCa2+とMg2+などの2族元素化合物を想定した。少なくとも,Fig.8でCa(OH)2がCO2(aq)濃度の増加に貢献できる点,また,Table 5から炭酸化学種との反応を担える十分量のCa2+とMg2+の両元素が存在していることが実験的に示された。一方,2族元素の分子形態として,Ca(OH)2とMgOの分子を想定したが,本研究に用いたCA培地には様々な物質が溶解し,スラグ溶出成分との相互作用により錯体形成などその他の分子種として存在する可能性もある。Ca(OH)2とMgOの分子形態での反応も存在すると考えられるが,スラグ溶出成分の添加により全炭酸量が多くなった理由とその関連分子種についてはさらに検討を要する。

3・2・5 スラグ溶出成分による溶存CO2濃度増加の意義

藻類の細胞レベルにおいて,CO2(aq)濃度の増加は光合成による炭酸同化を促進させる18)。しかし,現在の大気中のCO2(gas)濃度では,水中に溶解するCO2(aq)濃度は相対的に低い。そのため,CO2(gas)濃度は,光合成の律速要因と考えられている19)。これは直接CO2(gas)を利用する陸上植物のみならず,水中に溶け込んだCO2(aq)を利用する植物プランクトン等の水域の光合成生物にとっても同様である。実際に,本研究でスラグ溶出成分存在下における全炭酸量の増加は,結果として潜在的なCO2(aq)濃度の上昇につながり,最終的にクロレラ数の増加を誘導した(Fig.26)。

以上のことからスラグの水域利用に関して整理すると,スラグから水へ溶出される成分は,クロレラに対して有意な毒性を示さず,その一方で,水環境中において光合成生物の律速要因となるCO2(aq)濃度を上昇させることができた。この点から,水域中におけるスラグの使用は水域生態系の根幹を支える植物プランクトンを含む光合成生物にとって有益と考えられる。また,CO2(aq)濃度増加の二次的意義として,それによって誘導される生態系の生産者である光合成生物の数の増加は,植物プランクトンを捕食する我々の主要食材である魚介類の収量増加にも貢献できる可能性がある。なお,本研究では,植物プランクトンや水域の光合成生物のモデル生物としてクロレラのみを用いて実験を行った。水域生態系におけるスラグ溶出成分の有用性をより正確に示すには,クロレラ以外の他の水域生態系を構成する光合成生物を用いた更なる検討が必要である。

4. 結論

電気炉酸化スラグの溶出試験をJIS K 0058-1に準じて行い,これにより得られたスラグ溶出成分含有溶液の緑藻クロレラへの影響を評価した。以下に得られた結果をまとめて示す。

(1)スラグ溶出液は土壌汚染に関する基準を満たしていた。また,飲料水の基準もスラグAのセレンを除いて基準を満たしていた。

(2)スラグ溶出成分は,クロレラの増殖に寄与した。スラグ溶出液のクロレラの増殖効果は,少なくともCA培地に対して溶出液30 vol%以上であれば十分に評価可能であった。

(3)血球計算板法によるクロレラの増殖評価に加え,FCM法では波長562-590 nmの黄色蛍光強度と波長665-695 nmの赤色蛍光強度からなる2次元マップを使用すれば,健全なクロレラとストレスを受けたクロレラを区別できた。当該システムは,葉緑体中の光合成色素の蛍光変化を評価系としているため,クロレラ以外の他の光合成生物でも機能する可能性がある。

(4)クロレラの増殖はスラグ溶出液中の成分が直接クロレラに作用するものではなく,溶出液の添加によるCO2(aq)量の増加とそれに伴う光合成効率の上昇が関与した。

(5)スラグ溶出成分によるCO2(aq)量の増加には,Ca2+やMg2+などの2族元素化合物の寄与が考えられる。

謝辞

本研究は日本鉄鋼協会 第21回鉄鋼研究振興助成および豊橋技術科学大学高専連携教育研究プロジェクトの支援を受けて実施された。

文献
 
© 2015 The Iron and Steel Institute of Japan

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