2016 Volume 102 Issue 3 Pages 106-112
Inclusion removal from a molten steel is essential problem to be solved for high quality steel production. Removal of micron-size inclusions from the molten steel by the conventional inclusion-removal process using density difference between the inclusions and the molten steel is difficult because their rising velocity is not enough for removal in the operating time. Collision and coagulation are useful phenomena to promote rising velocity of the inclusions by increasing their size. Imposition of oscillating electromagnetic field having a function of collision enhancement is one of the promising methods for the inclusion removal. The inclusion motion under imposition of the oscillating electromagnetic field is governed by inertial, viscous and Basset forces. However, effect of the Basset force on the inclusion motion is not clarified. In this study, an experimental model consisting of electrically insulating particles and a conductive and transparent aqueous solution was constructed to clarify the effect of the Basset force on the inclusion motion. Both amplitude of the inclusion motion and phase of inclusion position based on the oscillating electromagnetic force as a phase reference agreed with theoretical prediction under the consideration of the Basset force. Relative error of Al2O3 inclusion motion in the molten steel due to neglect of Basset force was theoretically estimated. Prediction without the Basset force induces serious errors of amplitude and phase of the inclusion motion, which lead to over estimation of collision frequency among inclusions.
溶鋼中介在物は製品の欠陥原因のひとつなので,その対策としてタンディッシュ内および連続鋳造機内において,溶鋼と介在物との密度差による浮上分離除去が行われている1)。球形介在物の浮上速度は直径の2乗に比例するので,浮上速度の遅いミクロンオーダーの微小介在物は,鋳片の引き抜き速度により制限された処理時間内には除去されず,製品中に残存する。すなわち,生産性向上のための鋳片引き抜き速度増加は,介在物除去効率の低下を招く。従って,微小介在物を除去する方法が望まれているものの,高温環境下での除去方法は限られてくる。そのため,介在物の浮上分離除去に充てる時間を長くするために,タンディッシュの内部に堰を設けることで溶鋼の短絡流を防ぎ滞留時間を長くする方法2),垂直曲げ型連続鋳造機や垂直型連続鋳造機の利用1)などの方法がとられている。また,不活性ガスの吹き込みによる介在物除去3)も行われており,気泡と衝突した介在物が気泡表面に付着し,気泡と共に浮上することで溶鋼から分離される。しかしながら,この方法は製品中への気泡の混入や,吹き込みノズルの溶損による溶鋼汚染の原因となる。介在物間の衝突・凝集の促進により,見かけの大きさを増大させて浮上速度を速くする方法も検討されている4)。Taniguchi and Kikuchi5)は,溶鋼中介在物間の凝集機構としてブラウン凝集,差動衝突による凝集,層流剪断による凝集,乱流凝集を挙げている。撹拌により乱流強度を増大させることで介在物間の衝突頻度を増加させ,乱流凝集を促進させることができる6)。一方,タンディッシュではスラグの巻き込み,溶鋼の酸化,耐火物の溶損を防ぐために乱流強度をあえて抑えており,乱流強度の増大は望ましくない。
これまで,電磁場を用いた介在物除去に関する研究が為されてきた。溶鋼に電磁場を印加することで,溶鋼中の介在物には,溶鋼と介在物との電気伝導度の差に起因する電磁気力が働く7)。溶鋼の電気伝導度8)は,介在物 (セラミックス) の電気伝導度9)に対しておよそ108-1010倍も高く,電磁場による介在物挙動の制御性は良い。また,溶鋼中に数多く存在する介在物挙動を同時制御できるという特長がある。鉄鋼製造現場において,磁場は電磁ブレーキや電磁撹拌1)などで,すでに実用化されているだけでなく,溶鋼への通電技術10)も開発されつつある。これまで,交流電流印加11),直流磁場と直流電流の同時印加12),交流磁場印加13),移動磁場印加14)などを対象とした研究が報告されている。多くの研究で共通する点は,溶融金属を満たした容器の内壁に向かって,溶融金属中の介在物を移動させ,容器内壁表面に介在物を堆積させることで溶融金属と介在物とを分離する点である。ただし,介在物の移動距離は短く,また,容器内部に生じる対流のスケールが介在物の移動距離に対して大きくなると,介在物挙動は対流で乱されるので介在物の分離は出来なくなる12)。そこで,対流による乱れを防ぐために内径数ミリメートルの細管から成るフィルターの利用が提案された12)。一方Shuら15)は,矩形流路 (流路断面は10 mm×10 mm)の内部に,流路断面を十字に分割するような仕切り板を設置したうえで,交流磁場中におかれた矩形流路に溶融金属を通過させることで,溶融金属中介在物を流路内壁や仕切り板表面に堆積させる方法を提案した。ただし,断面寸法がミリメートルオーダーの流路や細管,フィルターを使用する方法は,低生産性,高温環境下で使用可能なフィルター開発等の問題を解決しなくてはならず,現時点での鉄鋼製造への適用は困難である。
層流条件の溶鋼中介在物を,断面寸法がミリメートルオーダーの流路や細管,フィルターを使用せずに除去する方法として,振動電磁場の利用が挙げられる。層流条件では直径の異なる介在物間の浮上速度差による差動衝突が起こる。直径Di,Djである2種類の介在物の浮上速度をそれぞれui,ujとすると,衝突頻度は,Fig.1(a)に示すような,底面直径が介在物直径の和,高さが介在物の浮上速度差である円筒体積に比例する。振動電磁場により,鉛直方向に浮上する介在物に対し水平方向の振動運動を付与させれば,Fig.1(b)のように,振幅の分だけ粒子の通過する領域が増大し,衝突頻度は増大する。Kameyamaら16)は,溶融Al-20mass%Si合金の冷却過程で晶出する初晶Si粒子を介在物に見立て,Si粒子の衝突・凝集に及ぼす振動電磁場の影響を実験的に調査し,ある特定の条件下において,Si粒子の衝突は促進されることを見出した。しかしながら,最適条件は予測されておらず,単一の介在物挙動も未だ解明されていない。

Enhancement of collision frequency by imposing oscillating electromagnetic field; (a) volume in which inclusion of diameter Di collides with inclusion of diameter Dj per unit time, (b) extension of volume by horizontal oscillating electromagnetic force.
球の周囲流体がCreeping flowとなる条件下において,流体中を非定常運動する球や,非定常な流れ場に存在する球の運動方程式として,Basset-Boussinesq-Oseen(BBO)方程式17,18,19,20)が用いられる。球と流体との相対速度uが時間に対して周期的に変化する場合,BBO方程式は以下のとおり表せる。
| (1) |
ここで,Dは球の直径,ρsは球の密度,tは時間,ηは流体の粘度,ρfは流体の密度,Fは周囲流体の周期的な流れによる力(圧力勾配による力)や振動電磁気力など,粒子の振動運動の駆動力,ωは粒子の振動運動の駆動力Fの角周波数を表す。左辺は粒子の慣性,右辺第1項は粘性抵抗力,第2項は付加質量による力,第3項は,球と流体との相対速度uが周期的に変化する場合におけるバセット力を表す17,19)。
ここで,(1)式を無次元化する。
| (2) |
| (3) |
| (4) |
| (5) |
| (6) |
| (7) |
ここで,
これまでに,周期的振動を伴う粒子挙動に及ぼすバセット力の影響に関する研究が為されてきた。Yamamotoら21)は,空気中微小水滴の挙動を数値計算で求め,バセット力の影響を評価した。その結果,バセット力の有無による水滴速度の差は,空気の速度の4%以下と非常に小さくなることを示した。Sekine and Kikkawa22)は,水の周期的な流れ場中に置かれた固体粒子(砂,石炭粉)の振幅と水の振幅との比を数値計算により求めた。その結果,バセット力の影響は無視できるものとして扱った。一方で,Abbad and Souhar23)は,液体(シリコンオイル,グリセリン)の周期的な流れ場における固体球(テフロン,ポリアミド)の挙動を,実験と数値計算により調べた。固体粒子の振幅,位相ともにバセット力を考慮した計算値と一致し,バセット力を考慮しない計算値とは一致しなかったことから,バセット力は粒子挙動に影響を及ぼすと結論づけた。
これらの研究において扱われた系と,振動電磁場を印加された溶鋼と介在物から成る系とを合わせて統一的に解釈するために,横軸にバセット力に対する粘性抵抗力の比a/c,縦軸にバセット力に対する慣性力の比(bω)/cをとり,Fig.2に示す。横軸a/cの増大により粘性抵抗力の比率が大きくなり,縦軸(bω)/cの増大により慣性力の比率が大きくなる。また,①a/c>1かつa/c>(bω)/cのときは粘性抵抗力,②(bω)/c>1かつa/c<(bω)/cのときは慣性力,③a/c<1かつ(bω)/c<1のときはバセット力がそれぞれ最も支配的な抵抗力となる。これ以降,これらの条件をそれぞれ①粘性抵抗力支配領域,②慣性力支配領域,③バセット力支配領域と呼ぶ。図中の×印および+印は,バセット力の影響は小さくなると報告したYamamotoら21)およびSekine and Kikkawa22)の系における力の比を,○印は,バセット力の影響を考慮すべきと報告したAbbad and Souhar23)の系における力の比を表す。また,図中の実線は,周波数f=50 Hzの振動電磁場を印加された溶鋼中に存在する,直径D=1-1000 μmのAl2O3介在物に作用する力の比を示す。Sekine and Kikkawa22)とAbbad and Souhar23)の系における力の比は,溶鋼−Al2O3介在物系における力の比に近い。しかしながら,Sekine and Kikkawa22)とAbbad and Souhar23)のバセット力の影響に対する解釈は一致しておらず,溶鋼−Al2O3介在物系におけるバセット力の影響は明らかでない。

Effect of Basset force on oscillating particle motion in previous studies as a function of ratios of inertial, Basset and viscous forces, and these force ratios acting on Al2O3 inclusion in molten steel when frequency of oscillating electromagnetic field, f=50 Hz and inclusion diameter, D=1-1000 μm.
そこで,本研究では,溶鋼のモデルとして電気伝導性と光透過性を有する電解水溶液,介在物のモデルとして非導電性固体粒子を用いてモデル実験系を構築した。そして,振動電磁場印加下における,粒子運動の振幅および振動電磁気力を基準とした粒子位置の位相を測定し,バセット力を考慮した理論値,および考慮しない理論値と実験値とを比較することで,バセット力の影響について検討した。また,溶鋼−Al2O3介在物系を対象としてバセット力の省略による介在物運動の振幅および振動電磁気力を基準とした粒子位置の位相の誤差を求めた。
実験装置の概要をFig.3に示す。介在物のモデルとして直径D=300,500,1000 μm,密度ρs=1055 kgm−3のポリスチレンジビニルベンゼン粒子(以降単に粒子と呼ぶ),溶鋼のモデルとして,粒子と同一密度になるよう5.5 mass%に濃度調整した硫酸銅水溶液(以降単に水溶液と呼ぶ)を用いた。直径の異なる3種類の粒子のうちいずれかを水溶液中に分散させ,透明アクリル製直方体容器内を満たした。一対の平板銅電極を直方体容器の上部と底部に水平かつ平行に設置することで,内寸にして高さ10 mm,幅25 mm,奥行き4 mmの電気化学セルを作製し,それを電磁石の磁極間に設置した。電磁石により磁束密度B=0.48 Tの水平方向直流磁場を印加すると同時に,平板銅電極に接続した交流電源により,周波数f=4 Hzの鉛直方向交流電流を通電した。この周波数における電磁浸透厚みは1.7×102 mと,電気化学セルサイズに対して非常に大きいので表皮効果は無視できる。電気化学セルに流れる交流電流の電流密度Jの両振幅は,直径Dを変えた実験条件毎に一定であり,その値は1.0×103-1.1×103 Am−2の間の値であった。詳細は後述するが,電流密度のばらつきによる粒子運動の振幅の誤差を補正するために,実験条件毎に粒子の単位体積あたりに働く電磁気力F0を求めた。本実験のように,磁場と電流とが直交する,表皮効果は無視できる,粒子の電気伝導度は流体に比べて無視できる,という条件を満たす時,粒子の単位体積あたりに働く電磁気力はF0≒(3/4)JBとなる7)。電気化学セルの内部に流れる電流の向きが鉛直上向きになる間のみLEDを発光させることで,粒子に働く振動電磁気力の向きを目視できるようにした。なお,粒子に働く電磁気力の向きは,水溶液に働く電磁気力の向きと逆向きである。2個のプリズムを用いて,電気化学セル内の粒子およびLEDの点滅の様子を,ハイスピードカメラにより125 fpsのフレームレートで録画した。粒子には,交流電流と同じ周波数4 Hzの水平方向の振動運動が誘起され,電流印加開始から約0.4秒後には粒子運動は周期的定常運動へと遷移した。そこで,振動電磁場の印加開始から1秒以上経過した時点の動画をもとに,各粒子の振動中心を原点とし,LED発光時の振動電磁気力Fの向き(Fig.3参照)を正としてx軸をとり,粒子位置xの経時変化を求めた。粒子位置xの経時変化およびLEDの輝度変化を模式的にFig.4に示す。横軸は,無次元化した時間2πftである。粒子運動の両振幅Aeを求め,前述のとおり,電流密度のばらつきによる誤差を補正するために実験条件毎に電磁体積力F0で規格化することで,粒子運動の単位電磁体積力あたりの両振幅の実験値Ae/F0を求めた。また,振動電磁気力がF=0かつdF/dt>0の時点を基準とした粒子位置の位相の実験値θeを求めた。粒子が振動電磁気力に対して完全に追随する場合は,振動電磁気力がF=0の時点で粒子は振動運動の端に位置することとなるので,粒子位置の位相は振動電磁気力に対してπ/2 radだけ遅れる(すなわちθe=−π/2 rad)。実際は,粒子や周囲流体の慣性のため,振動電磁気力とは逆向きにしばらくの間は運動を続けるので,粒子位置の振動電磁気力に対する位相はπ/2 radよりも遅れ,最大でπ radまで遅れる(すなわち−π/2 rad≤θe≤−π rad)。粒子運動の単位電磁体積力あたりの両振幅の実験値Ae/F0および振動電磁気力を基準とした粒子位置の位相の実験値θeの測定は,実験条件毎に3個の別々の粒子に対して行った。

Schematic of experimental apparatus.

Time variation of particle position and LED brightness.
本実験は,周波数f=50 Hzの振動電磁場を印加された溶鋼中におけるAl2O3介在物に働く粘性抵抗力,バセット力,慣性力の比と近くなるような実験条件を採用した。本実験条件におけるa/cと(bω)/cの値を,周波数f=50 Hzの振動電磁場を印加された溶鋼中における,直径D=1-1000 μmのAl2O3介在物に働く力の比とあわせてFig.5に示す。粒子挙動は,粒子直径D=300,500 μmの場合は①粘性抵抗力支配領域,粒子直径D=1000 μmの場合は②慣性力支配領域となる。

Comparison of force ratios in this experiment and those acting on Al2O3 inclusion in molten steel when frequency of oscillating electromagnetic field, f=50 Hz and inclusion diameter, D=1-1000 μm.
駆動力Fとして振動電磁気力F=F0(πD3/6)cos(ωt)を与えたときの,(1)式の理論解は次式で表される。
| (8) |
バセット力を考慮した,粒子運動の,単位電磁体積あたりの両振幅の理論値At,B/F0および振動電磁気力を基準とした粒子位置の位相の理論値θt,Bは以下の通りである。
| (9) |
| (10) |
また,バセット力を考慮しない,粒子運動の,単位電磁体積あたりの両振幅の理論値Atおよび振動電磁気力を基準とした粒子位置の位相の理論値θtは,a/c>>1かつ(bω)/c>>1とみなすことで,次式で与えられる。
| (11) |
| (12) |
粒子運動の単位電磁体積力あたりの両振幅の実験値Ae/F0を,バセット力を考慮した理論値At,B/F0と考慮しない理論値At/F0と共にFig.6(a)に示す。各直径におけるプロット数はそれぞれ3個であるが,図中では一部重なって見えている。バセット力は抵抗力として粒子に働くため,バセット力を考慮しない理論値At/F0は,考慮した理論値At,B/F0よりも大きくなる。ここで,①粘性抵抗力支配領域のD=300,500 μmと②慣性力支配領域のD=1000 μmのいずれにおいても,実験値Ae/F0はバセット力を考慮しない理論値At/F0よりも,考慮した理論値At,B/F0と近い値となった。直径D=300,500 μmの場合,実験値Ae/F0とバセット力を考慮した理論値At,B/F0とほぼ一致したが,直径D=1000 μmの場合,バセット力を考慮した理論値At,B/F0よりも実験値Ae/F0は低下した。これは,電気化学セルの奥行寸法は4 mmであり,直径D=1000 μmの粒子の周囲流体の流れが阻害されたためであると考えられる。

Comparison of experimental data with theoretical predictions with and without Basset force; (a) amplitude, (b) phase based on oscillating electromagnetic force as phase reference.
振動電磁気力を基準とした粒子位置の位相の実験値θeを,バセット力を考慮した理論値θt,Bと考慮しない理論値θtと共にFig.6(b)に示す。ここでも,プロットが互いに重なって見えるものの,実際は各直径それぞれ3個ずつプロットが存在する。バセット力を考慮しない理論値θtは,①粘性抵抗力支配領域ではバセット力を考慮した理論値θt,Bよりも−π/2 radに近くなり,②慣性力支配領域では−π radに近くなる。これは,次のように解釈できる。前述のとおり,慣性が全くない場合,粒子位置の振動電磁気力に対する位相遅れは|θ|=π/2 rad(振動電磁気力を基準とした粒子位置の位相はθ=−π/2 rad)であり,慣性の増大により最大で|θ|=π rad(振動電磁気力を基準とした粒子位置の位相はθ=−π rad)まで遅れる。今回の場合,粒子位置の振動電磁気力に対する位相遅れ|θ|は,慣性力とバセット力の和[(bω)+c]と粘性抵抗力とバセット力(a+c)の和との比の関数である((10)式)。すなわち,バセット力は粒子位置の振動電磁気力に対する位相遅れ|θ|を小さくする(θを−π/2 radに近づける)粘性抵抗力と,逆に,大きくする(θを−π radに近づける)慣性力の両方に寄与する。これは,周囲流体の速度分布は粒子運動の過去の履歴に依存するので,粒子が周囲流体から受ける粘性抵抗力と,周囲流体の慣性力のいずれも定常状態における値とは異なり,このずれがバセット力であるためである。また,(10)式は以下のとおり表せる。
| (13) |
ここで,①粘性抵抗力支配領域(a>bω)では,(13)式の右辺第2項は負の値をとるため,バセット力は粒子位置の振動電磁気力に対する位相遅れ|θ|を大きくする(θを−π radに近づける)ように作用する。すなわち,バセット力を省略することで粒子位置の振動電磁気力に対する位相遅れ|θ|を過小評価することとなり,Fig.6(b)からも分かるとおり,振動電磁気力を基準とした粒子位置の位相θの,バセット力を考慮しない理論値θtは考慮した理論値θt,Bよりも−π/2 radに近くなる。逆に,②慣性力支配領域(a<bω)では,バセット力を考慮しない理論値θtは考慮した理論値θt,Bよりも−π radに近くなる。本実験における全ての実験値θeは,粒子運動の両振幅の場合と同様,バセット力を考慮しない理論値θtよりも,考慮した理論値θt,Bと近い値となった。以上より,本実験条件では,①粘性抵抗力支配領域と②慣性力支配領域のいずれにおいても,バセット力の影響を考慮する必要があるということが分かった。
本項では,溶鋼中の介在物挙動に対するバセット力の影響を定量的に評価するために,粒子運動の両振幅および振動電磁気力を基準とした粒子位置の位相におけるバセット力の省略による相対誤差を,(14),(15)式で定義し,それぞれの値を(9)-(12)式より求めた。
| (14) |
| (15) |
ここで,(14),(15)式中のバセット力に対する粘性抵抗力の比a/c,および慣性力の比(bω)/cはともに周波数f,直径D,物性値の関数である。溶鋼−Al2O3介在物系において周波数をf=50 Hzと固定すれば,直径Dによって,a/c,(bω)/cのみならず(14),(15)式の値は一義的に決まる。そこで,Fig.5の条件と同じになるよう,直径をD=1-1000 μmの範囲で変化させた。横軸にバセット力に対する粘性抵抗力の比a/c,縦軸に介在物運動の両振幅におけるバセット力の省略による相対誤差(At−At,B)/AtをとったものをFig.7(a)に,横軸は同一で,縦軸に振動電磁気力を基準とした介在物位置の位相におけるバセット力の省略による相対誤差(θt−θt,B)/θtをとったものをFig.7(b)に示す。ここで,Fig.5より,a/c<0.47のとき②慣性力支配領域,0.47<a/c<1のとき③バセット力支配領域,1<a/cのとき①粘性抵抗力支配領域となる。介在物運動の両振幅におけるバセット力の省略による相対誤差(At−At,B)/Atは最大で,a/c=0.7(D=200 μm)のとき+146%となる。また,②慣性力支配領域,①粘性抵抗力支配領域であっても,介在物運動の両振幅における相対誤差 (At−At,B)/Atが10%よりも小さくなるのはa/c>10(D<14 μm)の条件のみであり,それ以外の条件では,バセット力の省略により,実際の値よりも介在物運動の両振幅を大きく見積もってしまう。これは,介在物間の衝突頻度の過大評価につながる。

Relative error of Al2O3 inclusion motion in molten steel caused by neglect of Basset force as a function of ratio of friction drag force to Basset force, a/c when frequency of oscillating electromagnetic force, f=50 Hz and inclusion diameter, D=1-1000 μm; (a) amplitude, (b) phase based on oscillating electromagnetic force as phase reference.
振動電磁気力を基準とした介在物位置の位相におけるバセット力の省略による相対誤差(θt−θt,B)/θtは,Fig.7(b)より,②慣性力支配領域におけるa/c=0.3(D=450 μm)のとき最大値+11%となり,①粘性抵抗力支配領域におけるa/c=1.7(D=80 μm)のとき最小値−14%となる。これは,第4章で述べたとおり,粒子位置の振動電磁気力に対する位相遅れ|θ|はバセット力の省略により,②慣性力支配領域ではπ radにより近く,①粘性抵抗力支配領域ではπ/2 radにより近く見積もってしまうためである。直径の異なる複数の介在物同士の衝突では,介在物間での介在物運動の位相差が大きくなるほど,互いに近づく向きに動く時間が長くなり,衝突頻度は増大する。バセット力の省略により,②慣性力支領域における介在物運動と,①粘性抵抗力支配領域における介在物運動との位相差は大きく見積もられるため,挙動が②慣性力支領域にある介在物と,①粘性抵抗力支配領域にある介在物との衝突頻度は,バセット力を省略することにより過大評価される。
振動電磁場を印加された溶鋼中介在物挙動に及ぼすバセット力の影響を明らかにすることを目的とし,電解水溶液と非導電性固体粒子から成るモデル実験系を構築するとともに,粒子に働く粘性抵抗力,バセット力,慣性力の比が,周波数f=50 Hzの振動電磁場を印加された溶鋼中におけるAl2O3介在物に働く力の比に近くなるような実験条件のもと,粒子運動の振幅および振動電磁気力を基準とした粒子位置の位相を調べ,バセット力を考慮した理論値,考慮しない理論値と比較した。さらに,溶鋼−Al2O3介在物系を対象として介在物運動の振幅および振動電磁気力を基準とした介在物位置の位相におけるバセット力の省略による相対誤差を予測した。得られた結論は以下のとおりである。
・粘性抵抗力や慣性力がバセット力よりも大きくなる条件であっても,粒子運動の振幅および振動電磁気力を基準とした粒子位置の位相の実験値は,バセット力を考慮しない理論値よりも考慮した理論値と近い値であった。すなわち本実験条件では,バセット力を省略すると粒子挙動を正しく予測できない。
・溶鋼−Al2O3介在物系では,介在物挙動が粘性抵抗力支配領域や慣性力支配領域であっても,バセット力の省略により介在物運動の振幅を実際よりも大きく見積もってしまう。そのため,介在物間の衝突頻度は過大評価される。また,バセット力の省略により,粘性抵抗力支配領域においては振動電磁気力を基準とした介在物位置の位相は大きく(−π/2 radにより近く),慣性力支領域においては小さく(−π radにより近く)見積もられる。これにより,挙動が慣性力支領域にある介在物と,粘性抵抗力支配領域にある介在物との衝突頻度は過大評価される。以上より,振動電磁場を印加された溶鋼中介在物挙動および介在物間の衝突頻度の予測において,バセット力を必ず考慮する必要がある。
A[m]:粒子運動の両振幅
a[kg m−3s−1]:粘性抵抗力を特徴づける値((3)式)
B[T]:磁束密度
b[kg m−3]:粒子の質量と付加質量の和((4)式)
c[kg m−3s−1]:バセット力を特徴づける値((5)式)
D[m]:粒子直径
F[N]:粒子の振動運動の駆動力(周囲流体の周期的な流れによる力や振動電磁気力など)
F0[N m−3]:粒子の単位体積あたりに働く電磁体積力
f[Hz]:振動電磁気力の周波数
J[A m−2]:電流密度
t[s]:時間
U[m s−1]:粒子の代表速度
u[m s−1]:粒子の速度
η[Pa s]:粘度
θ[rad]:振動電磁気力を基準とした粒子位置の位相
ρs,ρf[kg m−3]:粒子および流体の密度
ω[rad s−1]:振動電磁気力の角周波数
下付き記号
e:実験値
t:バセット力を考慮しない理論値
t, B:バセット力を考慮した理論値
上付き記号
︶:無次元数
本研究の一部は日本鉄鋼協会「電磁振動印加時の物理現象解明」研究会に対する助成によるものである。ここに記して感謝の意を表す。