Tetsu-to-Hagane
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Quantification of Large Deformation with Punching in Dual Phase Steel and Change of its’ Microstructure – Part III: Micro-tensile Behavior of Pre-strained Dual-phase Steel
Shinya OgataYoji MineKazuki TakashimaTakahito OhmuraHiroshi ShutoTatsuo Yokoi
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2016 Volume 102 Issue 5 Pages 260-267

Details
Synopsis:

The deformation behavior of inhomogeneous microstructures developed by pre-straining was studied by micro-tensile testing to elucidate the cause of low hole expandability of ferrite-martensite dual-phase (DP) steels. Slip bands developed in the ferritic phase, when the DP steel was cold-rolled (CR) at a reduction of 60% in thickness; in the 88% CR microstructure, ultrafine ferrite grains with a strong texture were locally observed. While the nanohardness increased with increasing pre-strain in the ferritic phase, it was invariable in the martensitic phase. Tensile tests using micrometer-sized specimens with ferritic and martensitic phases revealed that the ultrafine-grained ferritic microstructure exhibited high yield strength but low ductility when compared to the slip band ferritic microstructure. While a shear type fracture occurred without necking in the former, the latter exhibited a chisel-edge type failure. Without ultra-grain refinement by pre-straining, the inhibition of slip transfer by the interphase boundary was a major contributor to the strengthening in the DP steel. The ductility loss of the severely deformed DP steel was presumably attributed to localized strain into the ultrafine-grained ferritic microstructure.

1. 緒言

軟質なフェライト相に硬質なマルテンサイト相を分散させた複合組織を有するDual Phase(DP)鋼は,変形初期の加工硬化率が高く,強度−延性バランスに優れているため1),車体構造用材料として広く使用されている。しかしながら,DP鋼では,穴広げ性の低下がしばしば問題となっている。前報2)で示したように,DP鋼に打抜き加工を施すと,打抜き穴の極近傍領域は強変形を受けることになるが,フェライト/マルテンサイトで変形能が異なるため,不均一変形組織が発達する。その後の穴広げ加工時には,発達した不均一変形組織に再度負荷がかかるため,伸びフランジ部で割れを生じやすい。そのため,穴広げ性はフェライト相とマルテンサイト相の硬度差に支配されるという報告が多くなされている3,4,5)。Hasegawaらは,フェライト相とマルテンサイト相の硬度差が小さいときほど,穴広げ性が向上することを定量的に示している3)。また,Ishiguroらは,同一強度クラスの鋼板においてマルテンサイト相の強度を下げ,フェライト相との強度勾配を小さくすることで,局部伸びが向上し,穴広げ性が良好になる傾向があることを報告している4)。以上のことから,金属組織学的に考察すると,フェライト相とマルテンサイト相の変形抵抗の差に基づいて発達する不均一変形組織が,DP鋼の穴広げ性に大きく影響を及ぼす因子であると考えられる。そこで,前報2)では打抜き穴広げを模擬して打抜き引張試験を実施しているが,打抜き穴から十分に離れたところでは延性的な破面が形成されたのに対して,打抜き部極近傍においては脆性的な破面が観察された。また,打抜き部から微小試験片を採取し引張試験を実施したところ,母材部および打抜き端面から十分遠方の位置より採取した試験片はチゼルポイント型破壊を呈したのに対して,打抜き端面極近傍から採取した試験片はほとんどくびれを伴わないせん断型破壊を示した。以上のように,前報2)にて,打ち抜き加工の強ひずみにより発達した組織が脆性的な破壊を引き起こすことが明らかとなったものの,打抜き部極近傍において発達する微視組織と力学特性の関係の把握が課題として残された。一方,前報6)では,電子線後方散乱回折(EBSD)法とデジタル画像相関(DIC)法を組み合わせることで,打抜き材と冷間圧延材の組織および機械的性質を定量的に調査し,打抜き端面極近傍に発達する組織を冷間圧延によって模擬できることを示した。そこで,本研究では,冷間圧延により打抜き端面部相当の予ひずみを導入したDP鋼について,発達する微視組織と力学特性の関係について調査することとした。

これまでのDP鋼の力学特性に関する報告では,マルテンサイト相内部やフェライト/マルテンサイト界面でのき裂の発生が支配因子であるとされている7,8)。そのため,予ひずみ材の挙動を調査する上でも二相間で起こる相互作用を考慮にいれた検討が必要である。また,冷間圧延により打抜き端面の予ひずみ状態を模擬し,単純化した試料といえども,発達する微視組織は複雑であり6),従来の機械材料試験では,個々の組織と力学特性の関係を把握することは困難である。ところで,著者らの研究グループでは,マイクロスケールでの力学特性評価技術を確立しており,これまでにも様々な材料における構成組織単位での力学特性を明らかにしてきた9,10,11,12,13)。そこで本研究では,フェライト/マルテンサイトDP鋼において冷間圧延により発達する不均一変形組織の異相界面での変形挙動について,マイクロ引張試験により調査した。

2. 実験方法

供試鋼の化学組成は,0.14 C,0.005 Si,1.00 Mn,<0.002 P,0.0007 S,0.015 Al,0.0012 N(mass%)である。本研究では,前報6)で使用したフェライト/マルテンサイト二相組織の内,マルテンサイト分率が29%であるものを用いた。このDP鋼試料について30%,60%および88%の冷間圧延を施した(以降,それぞれCR30材,CR60材およびCR88材と称する)。これらの予ひずみ試料の圧延面をエメリー紙およびダイヤモンドペーストを用いて研磨した後,コロイダルシリカペーストを用いて鏡面に仕上げた。その後,EBSD解析法により試料表面の結晶方位を同定した。測定は電解放出形走査電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて加速電圧20 kV,測定点間隔0.2 μmで行った。EBSD解析には,結晶方位解析ソフトウェアOIM7.1.0を使用し,画像にはすべてクリーンアップ処理を施した。各相における予ひずみによる硬度変化を調べるため,ナノインデンテーションを行った。ナノインデンテーションに用いた試料の表面は,電解研磨により仕上げた。

CR60材およびCR88材について,集束イオンビーム加工により平行部寸法~20 μm×20 μm×50 μmの微小引張試験片を作製した。試験片は圧延面に平行に採取し,引張方向が圧延方向と垂直になるようにした。その際,試験片平行部にフェライト/マルテンサイト界面が含まれるようにし,引張方向に対してフェライト相とマルテンサイト相を直列に配したものをA試験片,並列に配したものをB試験片とした。引張試験は室温,大気中にて変位速度0.1 μm s−1(初期ひずみ速度2.0×10−3 s−1に相当)で行った。引張試験中の光学顕微鏡を用いた直接観察により,試験片平行部における45の特徴点を追跡し,その移動量をもとに,最大せん断ひずみ分布を算出した。破面および破断部近傍観察はSEMを用いて行った。

3. 実験結果および考察

3・1 冷間圧延による不均一変形組織の発達

Fig.1は,無ひずみ材,CR60材およびCR88材について,圧延面垂直方向からの方位に基づいて色付けした結晶方位マップを示す。CR60材では,フェライト粒内の多くの箇所において,Fig.1(b)に示すような変形帯が発達していた。またCR88材では,変形帯の他に,Fig.1(c)に示すような超微細粒組織の発達も見られた。この領域は,マルテンサイト相に隣接したフェライト相中で局所的に観察された。この超微細粒フェライト組織の平均結晶粒径は約0.7 μmであった。一方,マルテンサイト相に注目してみると,予ひずみの増加に伴う顕著な組織変化は見られなかった。

Fig. 1.

 EBSD maps of the unstrained microstructure and the microstructures cold-rolled at reductions of 60% (CR60) and 88% (CR88) in thickness. Colors in the standard stereographic triangle show the crystallographic orientations along the normal to the plate plane. F and M represent the ferritic and martensitic phases, respectively. (Online version in color.)

Ohtaniらは,フェライト/マルテンサイトDP鋼焼鈍試料について引張負荷前後の組織発達をEBSD解析により調査している14)。この報告では,変形によってフェライト粒内部に新たな方位差が形成される,いわゆるgrain subdivisionが起こること,またその際,マルテンサイト相の存在が,隣接するフェライト相におけるgrain subdivisionに寄与することが示されている14)。本研究におけるCR88材では,マルテンサイト相の分布や形状に依存して,フェライト相中で特に強いひずみを受けた領域において,grain subdivisionが起こったものと推察される。

Fig.2に,ひずみの増加に伴うフェライト相およびマルテンサイト相中におけるナノ硬さとヤング率の変化を示す。このプロットは15点測定したときの平均値と信頼区間95%のばらつきを示す。両相において,ヤング率にほとんど変化は見られない。フェライト相内の平均ナノ硬さは,無ひずみ材の約3.1 GPaからCR88材の約4.8 GPaまで約1.5倍高くなっており,予ひずみ量の増加に対してほぼ線形的な増加を示した。これに対して,マルテンサイト相内のナノ硬さは,8.7-9.0 GPaの値を示し,その差は測定誤差の範囲内に収まっている。前報2)にて,打抜き材に対してナノインデンテーションを行った結果,打抜き端面近傍のフェライト相のナノ硬度は,打抜き時の塑性変形に起因する加工硬化により上昇するのに対して,マルテンサイト相では明確なナノ硬度の変化は認められなかった。打抜き材を模擬した冷間圧延材のナノ硬さについても,打抜き材と同様の傾向が認められ,このナノ硬さの挙動は,Fig.1に示した組織観察の結果から考えても妥当である。また,マルテンサイト相とフェライト相における硬度差は,無ひずみ材のときの5.8 GPaに対して,CR88材では3.8 GPaと小さくなってはいるものの,両相の硬さ比は0.56とかなり開きがある。さらに,CR88材では,微細粒形成領域と変形帯形成領域との硬度差が存在する可能性があることに注意が必要である。

Fig. 2.

 Nanohardness and Young’s modulus in the ferritic and martensitic phases against the reduction in thickness in cold rolling.

以上のように,圧下率88%までの冷間圧延によるひずみ導入の結果,硬質相であるマルテンサイト相の顕著な組織変化および加工硬化は認められなかった。一方,軟質相であるフェライト相は不均一に変形を受け,CR60材では,変形帯の発達が,さらにCR88材では局部的に超微細粒組織の形成も観察された。次節以降では,DP鋼の変形挙動に及ぼすフェライト相内の組織不均一性の影響を明らかにするため,変形帯および超微細粒領域を含むように作製した微小引張試験片の挙動について検討する。

3・2 不均一発達組織と応力−ひずみ挙動の関係

Fig.3は,変形帯フェライト組織を含むCR60材および超微細粒フェライト組織を含むCR88材から作製した微小引張試験片平行部について,EBSD解析により得られた結晶方位マップを,走査型イオン顕微鏡像に重ねて示したものである。CR60材AおよびB試験片では,それぞれ平行部右側と上側に,CR88材AおよびB試験片では,それぞれ左側と上側にフェライト相を配置している。ここで,CR88材A試験片の異相界面は,Fig.3(c)に示すように,引張方向に対して傾斜をもっているが,直列試験片として分類している。また,Mineらの先行研究において,ラスマルテンサイトは,パケット毎に存在する晶癖面方位に強く依存した結晶塑性を示すことが明らかにされている11)。そこで,変形挙動の結晶学的解析を容易にするために,マルテンサイト相は単一のパケットで構成されるようにした。

Fig. 3.

 EBSD maps overlapped on the corresponding FIB images taken at the initial state of the micrometer-sized specimens. (Online version in color.)

Fig.4およびTable 1は,それぞれマイクロ引張試験により得られた公称応力−ひずみ曲線と引張特性を示す。ここで,Fig.4に示す応力−ひずみ曲線は直接観察によって動的に取得されたものであり,試験片ごとに最終点の取得タイミングやひずみ速度が異なるため,最終点におけるひずみは破断ひずみを示していない。延性を比較する際には,引張試験後のSEM観察によって測定された破断ひずみ(Table 1)を用いることが適当である。CR88材は,1200 MPaを超える高い降伏強度を示したが,早期に塑性不安定条件を満たし,5-6%のひずみで破断に至った。一方,CR60材では,CR88材と同等の降伏強度を示したものでも,26%の大きい破断ひずみを示した。

Fig. 4.

 Stress-strain curves obtained for the micrometer-sized specimens.

Table 1. The yield strength (σYS), the ultimate tensile strength (σUTS), the strain to failure (εf), and the yield ratio (σYSUTS) obtained through the micro-tensile testing.
σYS (MPa)σUTS (MPa)εf (%)σYSUTS
CR60-A72377613.90.93
CR60-B1300142225.50.91
CR88-A185120105.90.92
CR88-B128713214.70.97

Fig.5は,各試験片の破面写真を示す。A試験片は,CR60材およびCR88材において,いずれもフェライト相内で破断しており,破面は全面フェライト相である。一方,B試験片の破面は,CR60材およびCR88材のいずれも左側がフェライト相,右側がマルテンサイト相に対応している。図中には界面の位置を破線で示す。CR60材AおよびB試験片の破面はチゼルエッジ型破壊を呈しており,大きくくびれている様相が確認できる(Fig.5(a),(b))。また,CR60材B試験片では,フェライト相とマルテンサイト相で破面の角度が異なっており,異相境界のところに,2次き裂が観察される(Fig.5(b))。一方,CR88材A試験片はせん断型破面を呈しており,ほとんどくびれが認められない(Fig.5(c))。このせん断型破面は,前報2)で穴広げを模擬して実施された打抜き引張試験において,打抜き穴極近傍で観察された脆性破面の形態と酷似している。CR88材B試験片では,左上のフェライト相領域と右下のマルテンサイト相領域で破面の様相が明らかに異なっていることが見てとれる(Fig.5(d))。驚くべきことに,軟質のフェライト相の方が脆性的なせん断型破面を呈しているのに対して,硬質のマルテンサイト相では破面にディンプルが観察され,くびれも認められる。また,フェライト相内には,2次き裂が認められるが,これはマイクロ引張試験前に存在するき裂と対応していた。このことについては3・4節で詳しく述べる。破面観察の結果から,CR88材における著しい延性の低下は,超微細粒フェライト組織におけるせん断型破壊に起因することが示唆される。

Fig. 5.

 SEM images of the fracture surfaces of the micrometer-sized specimens.

3・3 DP鋼における強度−延性特性の両立

本節では予ひずみを受けながらも,良好な強度−延性バランスを示したCR60材について,AおよびB試験片の異相界面におけるすべりの伝搬挙動の比較によりDP鋼の強度−延性発現機構について考察する。応力−ひずみ挙動(Fig.4)を比較すると,降伏強度はA試験片に比べてB試験片の方が約1.5倍高いのに対して,降伏比は,A試験片で0.93,B試験片で0.91とほぼ同等であった(Table 1参照)。また,破断ひずみを比較すると,引張強度が高いB試験片の方が大きい値を示している。

Fig.6に,AおよびB試験片の引張前のEBSD解析(Fig.3(a),(b))によって得られたフェライト相の(112),(111)極点図およびマルテンサイト相の(110),(111)極点図を示す。各極点図中に示してある○,△記号は,シュミット因子が最大となるすべり系におけるすべり面の法線方向とすべり方向をそれぞれ示しており,トレースはすべり面を示す。ただし,フェライト相では,塑性流動があるため,中点を代表点としてとり,活動し得るすべり系としては{110}〈111〉および{112}〈111〉を考えている。また,前述したように,Mineらは,低炭素,低合金鋼において,晶癖面に平行なすべりが優先的に活動することを報告しており,その見掛けの臨界分解せん断応力(CRSS)は,晶癖面に跨るすべり面方位をもつすべり系,いわゆる晶癖面外すべりのそれより約0.7倍と小さくなっていることを示している11)。ここでは,このマルテンサイト相のCRSSの晶癖面方位依存性を考慮に入れて,優先的に活動する可能性の高いすべり系を示しており,マルテンサイト相中で最も活動しやすいすべり系は,A試験片では晶癖面外すべりに,B試験片では晶癖面内すべりに対応していた。

Fig. 6.

 Pole figures of the ferritic and martensitic phases and the corresponding color-coded maps taken at initial state of the CR60-A (a and b) and CR60-B (c and d) specimens. SF shows the number of the highest Schmid factor in each phase. (Online version in color.)

Fig.7は,引張試験中のA試験片平行部の光学顕微鏡像と最大せん断ひずみ分布を示す。最大せん断ひずみ分布は,表記したひずみの時点の像と初期の像との間で作成されており,初期からの累積ひずみに相当する。引張開始後,ひずみ0.4%の時点で,フェライト相中においてすべりトレースが観察された(Fig.7(b))。このトレースと引張方向との角度は約49°であり,フェライト相中の最大シュミット因子をもつ(112)[111](Fig.6(a))とほぼ一致している。このことから,A試験片では,フェライト相中の1次すべり系の活動により降伏したと考えられる。その後,ひずみ2.7%の時点ではくびれを生じ始めており(Fig.7(d)),そのときのひずみ分布をみるとマルテンサイト相にはほとんどひずみが発生していないことが窺える(Fig.7(f))。CR60材のマルテンサイト相に対するフェライト相のナノ硬さの比は約0.50であり(Fig.2),CR60材A試験片の降伏比0.93(Table 1)に比べて圧倒的に低いことから,マルテンサイト相中でのすべりが活動する前に,フェライト相中の加工硬化率の減少により塑性不安定条件に達したと考えられる。したがって,CR60材のフェライト相とマルテンサイト相を直列に配した試験片では,マルテンサイト相が塑性変形に関与しておらず,応力−ひずみ曲線の塑性部分は変形帯フェライト組織の挙動を示していることになる。このことを考慮し,破断変位をフェライト相の初期長さで除して求めた実質の破断ひずみは約22%と算出され,B試験片と同等の延性を示すことが推察される。

Fig. 7.

 (a-d) Optical micrographs, taken during tensile testing, show the deformation process of the CR60-A specimen, and (e and f) the corresponding distributions of the maximum in-plane shear strain, γmax. The ε value indicates the nominal strain. (Online version in color.)

Fig.8は,B試験片における引張変形過程とひずみ分布を示す。ひずみが約1.1%のところで,フェライト相中にすべりトレースが現れる(Fig.8(b))。そして,加工硬化を示した後,応力はほぼ一定を保ちながら,フェライト相中をすべりが伝搬し(Fig.8(c)),マルテンサイト相にすべりトレースが現れたところ(Fig.8(d))で,応力は緩やかに減少に転じる。各々の相で最初に現れるすべりトレースはFig.6に示したシュミット因子が最大のすべり系のものと一致した。

Fig. 8.

 (a-e) Optical micrographs, taken during tensile testing, show the deformation process of the CR60-B specimen, and (f-h) the corresponding distributions of the maximum in-plane shear strain, γmax. The ε value indicates the nominal strain. (Online version in color.)

変形挙動の観察より,CR60材のA試験片に対するB試験片の降伏強度の増加は,異相境界によるすべりの伝達の阻害に起因するものであると考えられる。ここで,フェライト相の結晶方位の影響を除外するために,見掛けのCRSSを算出して比較する。(112)[111]のすべりの見掛けのCRSSはA試験片で351 MPa,B試験片で628 MPaと算出され,異相境界の転位阻害効果により79%の強化がなされたことが示された。このような著しい強化にも関わらず,B試験片の破断ひずみは約26%と高水準を保っている。B試験片のひずみ分布(Figs.8(g),(h))を見てみると,フェライト/マルテンサイト両相の広い範囲に亘って,塑性変形しており,マルテンサイト相の塑性変形能がDP鋼の優れた延性に大きく寄与していることを示唆している。

3・4 超微細粒フェライト組織におけるひずみ集中

Ikedaらは,本研究と同一組織のDP鋼予ひずみ材のマクロサイズ(平行部寸法:長さ10 mm,幅1 mm,厚さ0.5~1.0 mm)試験片を用いて引張試験を実施している15)。その結果によると,無ひずみ材では著しいくびれを生じ延性的に破壊したのに対して,CR88材はせん断型破壊を伴い早期に破断した。一方,3・2節で示したように,マイクロ引張挙動においても,せん断型破壊はCR88材の著しい延性低下をもたらすことが示唆されている。本節ではCR88材AおよびB試験片の塑性挙動について解析し,超微細粒フェライト組織へのひずみ集中の機構について考察する。

Fig.9に,AおよびB試験片の引張前のEBSD解析により得られたフェライト相およびマルテンサイト相の極点図を示す。フェライト相は超微細粒で構成されていたが,強い集合組織をもっており,ここでは,その方位関係に基づいてシュミット因子を計算した。Fig.10は, A試験片における引張中の各時点でのひずみ分布および破壊形態を示す。A試験片では,明瞭なすべりトレースは観察されなかったものの,ひずみ分布では,超微細粒フェライト組織にひずみが集中している様子が確認できた(Figs.10(a),(b))。また,破断位置を見てみると,ひずみの集中部と良い一致を示した(Fig.10(c))。この破面の方位は超微細粒フェライト組織の集合組織において最も高いシュミット因子を有するすべり系と対応している(Fig.9(a))。

Fig. 9.

 Pole figures of the ferritic and martensitic phases and the corresponding color-coded maps taken at initial state of the CR88-A (a and b) and CR88-B (c and d) specimens. SF shows the number of the highest Schmid factor in each phase. (Online version in color.)

Fig. 10.

 (a and b) The distribution of the maximum in-plane shear strain, γmax, and (c) fracture morphology of the CR88-A specimen. The ε value indicates the nominal strain. (Online version in color.)

Mineら16)は,高圧ねじり(HPT)加工とその後の焼鈍により作製した超微細粒Fe-0.01 mass% Cの引張挙動において,類似したせん断型破壊を報告している。この報告によれば,超微細粒鉄のせん断型破壊は,引張強度で1100 MPaを超える高い強度レベルで起こっており,超微細粒における加工硬化率が流動応力を早期に下回るためにひずみが集中し,せん断型破壊が起こると考えられている。したがって,DP鋼において不均一変形により形成された超微細粒組織は,強度レベルを引き上げることと,加工硬化能を低下させることの2つの働きによって,低延性のせん断型破壊を誘起すると考えられる。

Fig.11に,B試験片における引張試験中の各時点でのひずみ分布を示す。B試験片においても,A試験片と同様にせん断型破壊が支配的であった(Fig.5(d))が,せん断面は超微細粒フェライト組織の集合組織との対応はとれなかった。また,ひずみ集中部を見てみると,そこにはき裂が存在しており(Fig.11(a)),これにより応力集中が起こったものと考えられる。ここで,注目すべき点は,硬さが高いマルテンサイト相の方が,先に降伏していることである。破面にはマルテンサイト相が塑性変形した痕跡が認められる(Fig.5(d))が,フェライト相内のせん断型破壊が現象を支配しているため,早期破壊に繋がったと推察される。これまでにも,マルテンサイト相内部やフェライト/マルテンサイト界面でのき裂の発生が報告されている7,8)が,局所的に高ひずみを受けた場合,き裂の存在が超微細粒組織へのひずみの集中を助長し,延性低下を招くことが考えられる。

Fig. 11.

 (a) Optical micrograph of the top surface at the initial state of the CR88-B specimen, and (b and c) the distribution of the maximum in-plane shear strain γmax. The ε value indicates the nominal strain. (Online version in color.)

以上の結果をまとめると,打抜き端面近傍に相当する組織を有するCR88材は,超微細粒フェライト組織へのひずみの集中によりせん断型破壊を誘起するために著しい延性低下を招くことが示唆された。

4. 結言

圧下率88%までの冷間圧延により打抜き端面部相当の予ひずみを導入したフェライト/マルテンサイトDP鋼において,発達する組織と力学特性の関係について,ナノインデンテーションおよびマイクロ引張試験により調査した。得られた結果を以下に示す。

1.ひずみの増加によりフェライト相のナノ硬さは増加したが,マルテンサイト相ではナノ硬さに変化は認められなかった。

2.マルテンサイト相内でのひずみ付加による顕著な組織変化は観察されなかった。一方,フェライト相内では60%圧延によりすべり帯が発達した組織が多く観察された。さらに,88%圧延材では,強い集合組織を有する超微細粒フェライト組織が局所的に発達していた。

3.結晶粒超微細化を生じていない変形帯フェライト組織では,異相境界によるすべりの阻害効果により,降伏強度が増加しており,マルテンサイトの塑性変形能が強度−延性バランスの改善に重要な役割を果たしている。

4.超微細粒フェライト組織は,高い降伏強度を示したが,変形帯フェライト組織に対して著しい延性の低下が認められた。これは,不均一変形により形成された超微細粒組織が,強度レベルを引き上げるとともに,加工硬化能を低下させ,低延性のせん断型破壊を誘起するためであると考えられる。

前報2,6)ならびに本報での検討の結果,フェライト/マルテンサイトDP鋼では,打抜き加工時の変形が軟質相であるフェライト相に集中するために,均質組織を有する材料を変形させる場合に比べて,遥かに小さい相当塑性ひずみでフェライト相に超微細粒組織が発達することが明らかとなった。また,続く穴広げ加工では,この超微細粒組織においてひずみが局在化することで,ボイドの合体が促進されるために,破壊プロセスにおけるボイド成長の占める割合が低くなり,早期に破壊に至る。このことが,DP鋼の打抜き穴広げ性が劣位な原因であると結論した。

謝辞

本研究の一部は,科学研究費補助金15H02302の支援を受けて実施したものである。

文献
 
© 2016 The Iron and Steel Institute of Japan

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