Tetsu-to-Hagane
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Crystallographic Microstructure Analyses below Cleavage Triggers in Bainitic Low Carbon Steels
Tetsuya TagawaNaoki TakayamaShungo ImamuraSatoshi Igi
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2016 Volume 102 Issue 6 Pages 295-303

Details
Synopsis:

Microstructures at the cleavage triggers were investigated in Bainitic steels. Bainitic steels with different Austenite grain size and second phase were prepared, and the fracture absorbed energies in cleavage fracture were examined under static loading with Charpy type bend specimens. Cleavage trigger point was identified on each fracture surface by fractography, and was exposed into an etching process. The correspondence of cleavage facets around a trigger with Bainite microstructural unit was investigated. Bainite packet boundaries were frequently observed on a continuous cleavage facet. Fracture surfaces were sectioned, and the cross sections which included a trigger were polished. These cross sections were exposed onto EBSD observations, and the correspondence of cleavage facets with Bainite microstructure was crystallographically investigated. Optically observed microstructure boundary did not always act as a resistance against a cleavage cracking, and EBSD analyses suggested that the crystalline orientation units such as a Bain group controlled a cleavage facet unit.

1. 緒言

鋼のへき開破壊は巨視的に不安定な脆性破壊となることから,鋼構造物の安全性を考える上で鋼材のへき開破壊特性は過去から重要視されてきた。鋼のへき開破壊は変形により生じた微視き裂が隣接フェライト粒のへき開面に伝播する過程を経ると言われている1,2,3,4)。破壊の核となる微視き裂は転位集積により粒界に生成する微視き裂,粒界にあるセメンタイトに生じた割れ1),あるいはそれらにより初期伝播したフェライト粒のへき開き裂2,5)が不安定破壊開始前の潜在微視き裂となっているとの議論がなされている。いずれにせよ,へき開き裂伝播開始は,Griffithき裂と同様,微視き裂寸法がへき開破壊強度を決める重要因子であるとされている。一方で,へき開破壊強度は結晶粒径にも依存することが実験的に知られており,微視き裂形成過程に関わる各組織寸法の関連性3,5)や微視き裂形成に要するひずみの寄与6,7)も議論されている。ただし,不安定破壊であるために破壊進行過程の組織との関わりを直接観察することが困難なこと,最弱点すなわち最大寸法の微視き裂がへき開破壊起点になるために,任意断面で観察した顕微鏡組織に基づく組織寸法との対応性が必ずしも明確ではないことが断定的結論への障害となっている。このような議論は進んでいるものの,検討対象はフェライト主体の組織に留まっている。

一方,昨今の社会ニーズから高張力鋼が指向される傾向にあり,ベイナイトやマルテンサイトが主体組織となっている。ベイナイト組織に関しても,フェライト組織と同様のへき開破壊機構を想定した解析8)も行われてきたが,第二相の組成や形態がフェライト組織と大きく異なるだけでなく,結晶粒の定義も不明確である。こうした組織の結晶粒相当値として有効結晶粒径(ファセット寸法)が提案されている9)。へき開ファセットはへき開き裂が伝播方向を変える破壊単位境界であり,その大きさはへき開き裂伝播抵抗の頻度と考えることができる。特に破壊起点近傍のファセット寸法は不安定破壊開始抵抗にも関わる材料指標と考えられている。ただし,ファセット境界が顕微鏡組織のどの単位と対応しているかは類推に留まっており,へき開破壊特性と組織を結びつけるに至っていない。

ベイナイト組織におけるへき開破壊機構および支配組織因子の考究を目的として,「高強度鋼の破壊靭性」研究会(平成24年度から3年間,主査:東京大学 粟飯原周二 教授)では共通供試材を用い,供試材の組織分析,微視き裂の発生過程,へき開き裂の伝播過程,マクロ靭性との関連付けの各項目を複数の機関で分担して特性評価を実施した。本報告は微視き裂の発生および伝播開始過程の検討結果の一部であり,破面観察を中心とした調査結果である。すなわち,同研究会共通サンプルの一部を対象として,へき開破壊起点部および周辺の破面のエッチング観察を行い,破壊起点近傍のへき開ファセットに対応する組織を検討した。また,一部の破面に対しては破壊起点部を含む断面のEBSD解析を基にへき開ファセット境界に対応する下部組織を結晶学的な観点から検討し,へき開破壊特性に関わるベイナイト組織単位に関して考察した。

2. 供試材および実験方法

供試材は研究会共通試料として準備された実験室溶解鋼で,その成分をTable 1に示す。真空溶解で作製したインゴットは熱間圧延の後,6種類の熱処理が施され,組織寸法や第二相の異なるベイナイト主体の組織を得た。これらの6種類の供試材を研究会ではA1CからA6Cと呼んでいる。本論文では,6種類の供試材の内,Table 2に示す熱処理のA2C,A3CおよびA5Cを議論の対象とする。A2Cは供試材の中の標準組織としての位置づけであり,上部ベイナイト組織を狙った。A5Cは同様に上部ベイナイトではあるが,均質化熱処理での加熱温度を高く設定し,旧オーステナイト粒径の粗大化を狙った。A2CおよびA5Cは,均質化熱処理(1050°Cあるいは1150°C×1 hr.)とその後の恒温変態処理(500°C×0.5 hr.)の後,焼戻し(500°C×1 hr.)を行ったが,A3Cでは焼戻しを行わず,MA(Martensite Austenite constituent)を積極的に残留させた。

Table 1. Chemical composition of base steel (mass%).
CSiMnPSNiAlBNO
0.200.402.02< 0.0020.0011.520.0280.0010.001< 0.001
Table 2. Applied heat treatments and target microstructures.
CodeAustenitized and isothermal annealTemperTarget microstructure
A2C1050°C × 1 hr. → 500°C × 0.5 h → A.C.500°C × 1 hr.Tempered Bainite
A3C1050°C × 1 hr. → 500°C × 0.5 h → A.C.Bainite with MA
A5C1150°C × 1 hr. → 500°C × 0.5 h → A.C.500°C × 1 hr.Tempered Bainite
(coarse grained γ)

各供試材は熱処理の後,基本的な機械的性質を知るために引張試験,硬さ試験,シャルピー試験を行った。Table 3にそれらの結果を示す。MAの残留を狙ったA3Cは引張強さが高く,延性−脆性遷移温度が100°C以上と極めて脆性的な材料となっている。旧オーステナイト粒径の粗大化を狙ったA5Cは,A2Cに比較して延性−脆性遷移温度が27°C高いものの,室温での引張強さにはA2Cと大きな差異はない。

Table 3. Mechanical properties of steels tested.
CodeTensile propertiesHVvTrs (°C)
Yield stress, MPATensile strength, MPaElongation, %
A2C54371716.72283
A3C51490417.1270107
A5C52669423.322430

通常のシャルピー試験に加え,Fig.1に示す試験片を用いた切欠き曲げ破壊試験も行った。この試験片はシャルピー試験片と同一外形を有するが,切欠き部は深さ3 mm,曲率半径0.15 mmのU型切欠きとした。試験片切欠きマウス部にはクリップゲージ保持用のナイフエッジを加工した。試験は室温から−120°Cに至る温度で実施した。各供試材の試験温度はシャルピー遷移曲線を参考にしたが,後述のFEM援用解析に配慮し不安定破壊開始に先立つ安定き裂発生が0.2 mm以内となることに配慮した試験温度を選んだ。負荷治具とともに試験片が浸る冷却槽を用い,室温から−70°Cまでは冷却アルコール,それ以下の温度では液体窒素雰囲気で冷却した。試験温度は試験片表裏面に取り付けた熱電対で計測し,狙い温度に到達してから最低10分保持した後,変位速度1.5 mm/minの変位制御により曲げ負荷を開始した。負荷中は荷重,クリップゲージによる切欠き開口変位に加え,荷重点変位を連続計測した。この試験は試験結果に有限要素法解析を併用することで局所破壊応力を解析することも意図したものであり,この目的を配慮して切欠き形状,負荷速度,計測項目および試験温度を選んでいる。局所破壊応力の検討結果は別報で報告する。本報は破面観察を中心とした報告であるため,不安定破壊を生じるまでの外力仕事(吸収エネルギー)を限界負荷指標として用いる。一部試験片は不安定破壊発生直前と予想される負荷レベルまで負荷した後,除荷し,室温において疲労破壊させ破面観察に供した。室温での疲労負荷時の最大荷重は,低温負荷時の荷重の6割程度に設定した。

Fig. 1.

 Notched bend specimen. (Unit: mm)

不安定破壊した試験片破面は,主にへき開破壊起点付近を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察した。低倍率での放射状模様の収束点から起点位置の絞込みを行うとともに,高倍率で収束点周囲のリバーパターンの方向から起点を同定した。また,起点を取り囲むへき開ファセット寸法(以下破面単位と呼ぶ)の大きさを計測した。一連のリバーパターンを形成する複数ファセットの外周を破面単位と定義し,その計測面積から円相当径を算定した。さらに破面を5%ナイタールでエッチングし,エッチング前後の破面様相を比較し,へき開ファセットを形成する下部組織を観察した。一部試験片は,起点部近傍の断面を追い込み研磨し,起点部近傍直下の結晶に関して,EBSDによる組織観察を実施した。

3. 実験結果および考察

3・1 各供試材の組織パラメータと曲げ試験結果

Fig.2に供試材を5%ナイタールによりエッチングした光学顕微鏡組織写真を示す。いずれもベイナイト主体の組織であるが,A5Cは他に比較して旧オーステナイト粒径が大きい。これらの光学顕微鏡組織観察を複数視野に対して行い,個々判別した旧オーステナイト粒界,パケット粒界を画像処理により解析し,旧オーステナイト粒径,パケット寸法を円相当径により算定した。その結果をFig.3に示す。Fig.3(a)が旧オーステナイト粒径,Fig.3(b)がパケット寸法のヒストグラムである。A3Cに関しては計測を省略したが,A3Cのオーステナイト化温度域の熱履歴はA2Cと同一であるため,旧オーステナイト粒径,パケット粒径に大きな相違は生じていないと考える。A5CはA2Cに比較して均質化温度が高いためにFig.3(a)の旧オーステナイト粒径はA5Cの方が大きいが,Fig.3(b)に示したパケット寸法に関しては顕著な差異は認められない。この観察の他に,MAの状態を観察するためにレペラー液によるエッチング組織の観察も別途実施した。観察写真は割愛するが,現出したMAを画像解析し面積率や寸法分布を計測した結果をTable 4に示す。A2C,A5Cでも若干のMAは観察されたが,個数密度,円相当径の平均値ともに,A3Cは多くの粗大なMAを含んだ材料となっている。

Fig. 2.

 Microstructure of steels tested.

Fig. 3.

 Microstructural size distributions for A2C and A5C.

Table 4. Microstructure sizes of steels tested.
CodePrior Austenite grain size, μmPacket size, μmMA
Area fraction, %Average size, μm
A2C172450.0081.26
A3C15822.62.77
A5C267500.0061.33

Fig.4に切欠き曲げ試験における不安定破壊開始までの吸収エネルギーを試験温度に対して示す。ばらつきが大きいものの,吸収エネルギーはA2Cの方が粗粒のA5Cよりも高く,A3Cは室温であっても極めて吸収エネルギーが低い。Fig.4に示した各試験において,負荷開始初期に計測された荷重−切欠き開口変位,荷重−荷重点変位関係はほぼ一致していることを確認している。そのため,Fig.4に現れた供試材ごとの吸収エネルギーのばらつきの相違は,切欠き底の高応力域に存在する組織上の弱点(へき開破壊核)の確率分布が反映された結果であると考えている。この切欠き曲げ試験で得られた破面はすべてSEM観察を行い,破面単位を計測した。Fig.5がその結果であり,試験温度に対して示している。1試験片に対して,起点を取り囲む複数の破面単位を計測したため,図には1試験温度に対して複数の破面単位寸法が対応している。旧オーステナイト粒径の粗大なA5Cは破面単位寸法にばらつきが著しい。A3Cは存在MA量を反映してFig.4に示した吸収エネルギーは著しく低かったものの,破面単位の大きさは均質化温度の等しいA2Cと大きく異なってはいない。また,いずれの供試材の破面単位寸法も弱い温度依存性を示しており,試験温度が高いほど若干大きくなる傾向にある10)

Fig. 4.

 Temperature dependence of absorbed energy in notched bend test.

Fig. 5.

 Cleavage facet size measured around cleavage trigger on fracture surface against notched bend test temperature.

3・2 破壊起点の観察

破壊起点はすべての試験片破面で確認したが,ここでは破面エッチングを行い,破面様相と起点部近傍のへき開ファセット上に現れた組織との対応を検討した結果を示す。

Fig.6はA2Cの破壊試験片破面で破壊起点を同定した手順の一例である。Fig.6(a)に示す低倍観察で同定した放射状模様の収束点を,Fig.6(b),(c)のように順に拡大し,最終的にFig.6(c)中の白破線で囲まれた領域を起点と判断した。Fig.7Fig.6の起点部をやや広範に観察したもので,起点に接する破面単位を判断した領域である。Fig.7(a)は破面のSEMイメージであり,Fig.7(b)は5%ナイタールでエッチングした同破面である。リバーパターンのリッジにはさまれた単一ファセット面内に方位の異なるラス組織が複数観察される。Fig.7(c)Fig.7(b)で判断したラス方向の異なるパケット境界を白破線で囲んだものであり,Fig.7(a)のエッチング前の破面写真にパケット境界とその中のラス方向を重ねて示したものである。パケット境界を横切るようにリバーパターンが発達しており,へき開き裂の伝播抵抗にパケット境界はほとんど寄与していないことが類推できる。

Fig. 6.

 Example of cleavage trigger point identification. (Material: A2C, tested at –75°C) (a) Low magnification image (b) Magnified image of A in (a) (c) Magnified image of B in (b)

Fig. 7.

 Comparison between cleavage facet images before etching and after etching. (Material: A2C, tested at –75°C) (a) Cleavage facet surrounding trigger (b) Etched image of (a) (c) Lath boundaries and directions overlapped on image (a)

Fig.8Fig.6と同様に,A5Cの破壊試験片破面の破壊起点の同定過程を低倍から高倍にいたる観察過程を示したものである。Fig.9Fig.8に示した破壊起点部をFig.7と同様にエッチングし,その前後の様相を比較したものである。比較的低倍のFig.9(a),(b)を比較すると,黒破線で囲んだ破面上では同一へき開面に沿った破面と判断される領域に,エッチング破面上では針状セメンタイトの方向が明らかに異なるパケット境界が観察できる。破面上のリバーパターンおよびそれにはさまれたへき開ファセット面にはパケット境界の痕跡はなんら観察されていない。起点部を拡大したFig.9(c)でわずかなへき開段の収束点から判断される破壊起点(白破線で囲んだ箇所)には,Fig.9(d)のエッチング破面では周囲よりもやや粗大で塊状のセメンタイトが観察される。これらの観察より,ベイナイト組織のへき開破壊においてもその発生過程には,フェライト組織同様に粗大なセメンタイトが関わっている可能性が示唆される他,ファセット破面上にはラス方向が変化する箇所になんら痕跡が観察されず,Fig.7と同様にパケット境界はへき開き裂の伝播抵抗にはなっていないことが類推できる。

Fig. 8.

 Example of cleavage trigger point identification. (Material: A5C, tested at –125°C) (a) Low magnification image (b) Magnified image of A in (a) (c) Magnified image of B in (b)

Fig. 9.

 Comparison between images around cleavage trigger before and after etching. (Material: A5C, tested at –125°C) (a) Cleavage facet surrounding trigger (b) Etched image of (a) (c) Magnified image of A in (a) (d) Magnified image of B in (b)

Fig.9(c),(d)に示した観察より,ベイナイト組織のへき開破壊発生に粗大なセメンタイトが関わる可能性が示唆されたが,その過程が不安定破壊の律則過程になっているか否かは判断できない。供試材の内A2Cのみであるが,低温での負荷後に除荷し,室温において試験片を疲労破壊させた。Fig.10は疲労破壊後の試験片破面の観察結果を示したものである。−75°Cで破壊させたA2C試験片の破壊荷重が11.3 kNであったことを参考に,この試験片は−72°Cで11.1 kNまで負荷した後,除荷を行った。初期切欠き前縁に沿ってSEM観察を行い,Fig.10(a),(c)のような周囲の疲労破面とは明らかに異なる破面を2ヶ所で発見した。Fig.10(b),(d)は,それぞれFig.10(a),(c)を拡大したものである。これらは破面様相からへき開破面と判断できる。負荷履歴から考え,これらはへき開き裂が不安定伝播を開始する前駆損傷であると言える。この部分のエッチング観察などは実施していないが,Fig.3の組織単位寸法分布と比較すると,寸法の観点からは小さなパケットと類推できる。

Fig. 10.

 Detected cleavage facet at initial notch tip after fatigue fracture in loaded and unloaded specimen at low temperature. (Material: A2C, loaded to 11.1 kN and unloaded at –72°C) (a) One cleavage trigger in low magnification (b) Magnified image of A in (a) (c) Another cleavage trigger in low magnification (d) Magnified image of C in (c)

パケット境界がへき開き裂の伝播抵抗になるかどうかという点では,Fig.7およびFig.9のエッチング破面の観察とFig.10に示した低温負荷履歴後の疲労破壊面の観察結果は逆傾向の結果となっている。著者の一部はフェライト−パーライト鋼において,相境界がへき開破面になんら痕跡を残さない場合があることを示している11)。さらに,こうした状況では,粒界をはさんだフェライト相の結晶方位とパーライト相中のラメラフェライトの結晶方位が一致していることを電子線回折に基づき示している。ベイナイト組織を対象とした本研究結果(Fig.7およびFig.9)が,すべてのパケット境界でも同様にへき開き裂の伝播抵抗になっていないか否かは,パケット境界をはさむ隣接パケット内のベイニティックフェライトの方位解析から判断する必要があると考える。

Fig.11はMAを多量に含むA3C試験片破面の破壊起点部の低倍から高倍に至る観察写真である。Fig.11(c)の写真中央が破壊起点と同定した位置である。Fig.11(c)中の白枠Cを拡大したのがFig.12(a)であり,対破面の同一箇所の観察写真がFig.12(b)である。これら破面のエッチング後の様相を,Fig.12(c),(d)にそれぞれ示す。Fig.11(c)の観察における放射模様の収束点を拡大したFig.12(a)の破面写真では明瞭でなかったが,それをエッチングしたFig.12(c)では白破線で囲んだ周囲と表面様相の異なる領域が現れている。対破面でも周囲よりも凹凸の粗い領域として対応している。この領域がMAとも考えられるが,これら破面観察だけからは判断できない。

Fig. 11.

 Example of cleavage trigger point identification. (Material: A3C, tested at –94°C) (a) Low magnification image (b) Magnified image of A in (a) (c) Magnified image of B in (b)

Fig. 12.

 Comparison between images around cleavage trigger before and after etching. (Material: A3C, tested at –95°C) (a) Magnified image of C in Fig.11(c) (b) Opposite side image of (a) (c) Etched image of (a) (d) Etched image of (b)

3・3 破壊起点下部組織の結晶学的解析

前節で破壊起点近傍のへき開ファセットとベイナイト下部組織の方向との関連性を議論したが,組織形態のみからの類推では限界がある。そこで,破面の断面を追込み研磨し,破壊起点近傍の断面をEBSD観察することで,破面直下の結晶解析を行った。

Fig.13にA2Cの破面断面サンプルの準備状況および断面のEBSD解析結果を示す。断面サンプルを作成した試験片は,前節Fig.6およびFig.7でへき開起点破面を示した試験片である。Fig.13(b)が最終的に断面を仕上げたEBSD観察用サンプルであり,破面の様相との対応から類推されるEBSD観察断面の破面上の位置をFig.13(a)の破面写真上に示している。これらから観察用仕上げ断面はほぼ破壊起点を貫通しており,また破面のリバーパターンの方向にほぼ沿っていることが確認できる。すなわち,へき開起点からへき開き裂の伝播方向にほぼ一致した方向の断面となっていると言える。

Fig. 13.

 Cross section sample preparation for EBSD analyses and its results. (Material: A2C, tested at –75°C) (a) Target cross section on fracture surface (b) Cross section sample for EBSD (c) Results of EBSD maps corresponding with fracture surface morphology

オーステナイト相からマルテンサイトあるいはベイナイトが生成する場合,両者の最密面・最密方向が平行となるKurdjumov-Sachsの方位関係(K-S関係)に近い方位関係を有することが知られている。単一のオーステナイト方位では,最密面平行関係が異なる4種類のグループごとに最密方向平行関係が異なる6種類の結晶方位(バリアント)が存在するため,24種類のバリアントが生成しうる。これについては,FCC格子からBCC格子に格子変形する際のベインの格子対応によっても理解することができる。変態前後のベインの格子対応において単位格子ベクトルは3種類あり,それぞれの単位格子ベクトルを中心とした回転関係にあるバリアントが8種類あるため,24種類のバリアントが生成し得る。同一の単位格子ベクトルを共有するバリアント同士は方位差が20°以下と小さく,共有しないバリアント同士の方位差は50°以上となる。本研究では,最密面平行関係を共有する6つのバリアントを1つのグループとしてCP(Close-packed Plane:最密面)グループとして4種類に分類し,ベインの格子対応における3種類の単位格子ベクトルを共有する8種類のバリアントをベイングループとして結晶方位の解析を行った12)Fig.13(c)がEBSDによる断面観察の結果であり,断面のフェライト方位マップに加え,同一CPグループおよび同一ベイングループを同色で塗り分けたベインマップ,CPマップを示している。Fig.13(c)中の破面写真は,Fig.7(c)に示したエッチング破面の一部であり,エッチング破面の様相から破面切断部で確認できるパケット境界を白矢印で示している。EBSDによる各種カラーマップにも,その破面側端部の同位置に対応する白矢印を示している。Fig.13(c)の破面写真上に白破線で示している断面切断線の内,破面起点部(丸破線で囲んだ領域)からファセット境界を示す白矢印まではリバーパターンに挟まれた連続したファセットと判断できるが,この領域はベイングループが異なる境界とよく対応していることがわかる。一方,エッチング破面上に現出したパケット境界は,概ねフェライト方位マップにおける粒界に対応しているようであるが,この領域はほぼ一つのCPグループとなっている。したがって,この破面では同一CPグループの中でも同一ベイングループに属した方位差が非常に小さいバリアント同士が接しており,隣接したベイニティックフェライトのへき開面(001)αの方位差が小さかったために1つの破面を形成したと考えられる。

一方,Fig.14はA3Cの破面断面サンプルの準備状況および断面のEBSD解析結果を示したものである。断面サンプルを作成した試験片は,前節Fig.11およびFig.12でへき開起点破面を示した試験片である。Fig.14(b)が最終的に断面を仕上げたEBSD観察用サンプルであり,破面の様相との対応から類推されるEBSD観察断面の破面上の位置をFig.14(a)の破面写真上に示している。同様の追込み断面サンプルは,Fig.12(b)に示した対破面においても作成した。Fig.14(c),(d)には断面のEBSD測定を行い得られたフェライト方位マップおよびEBSD測定時に得られる菊池線の鮮明度を示すIQ値(Image quality)を示したIQマップを示している。両破面断面は個別に作成したために完全には同一の断面ではなく,破面を挟んだ両断面上でのフェライト方位マップの連続性も完全ではないが,破面側から断面位置の確認を行っており,観察断面の位置ずれは10 μmよりも小さい。Fig.14(c)に示したフェライト方位マップ中には,方位解析を行って得られた旧オーステナイト粒界と焼鈍双晶境界を示している。また,図中には示していないものの,フェライト方位マップの点Aよりも右側は破壊起点域A-Bに沿って旧オーステナイト粒界が存在していた。さらに,その破壊起点域はFig.14(d)に示すIQマップではIQ値が低くなっている。転位を多量に含んだマルテンサイト組織では,転位密度が比較的小さいベイナイト組織よりもIQ値が低くなる傾向がある。したがって,この破壊起点の組織はオーステナイト粒界に生成したMAであると推察される。

Fig. 14.

 Cross section sample preparation for EBSD analyses and its results. (Material: A3C, tested at –94°C) (a) Target cross section on fracture surface (b) Cross section sample for EBSD (c) α orientation map (d) IQ map

これまでへき開破面の形態のみから破面を形成した組織や結晶粒が類推され13),破面単位を構成するファセット寸法と光学顕微鏡観察に基づく組織寸法との対応から破面単位に対応する組織単位が類推されてきた。本研究での観察結果は,これまでの知見と大きく異なるものではないが,光学顕微鏡により観察されるすべてのパケット境界がへき開き裂の抵抗となりへき開ファセット単位を形成するわけではないことを示している。すなわち,へき開き裂伝播抵抗を議論する上では,組織境界を隣接結晶の方位差で定義した組織寸法を用いる必要性を示唆している。

4. 結言

ベイナイト組織を有する鋼において,へき開破壊起点近傍のへき開ファセットと組織との対応に関して検討した結果,以下の結論を得た。

(1)材料間の破面単位の大小関係は,旧オーステナイト粒径やパケット寸法といった光学顕微鏡組織の大小関係と一致していた。ただし,一部の試験片で低温予荷重後の疲労破面から観察されたへき開破壊の前駆体破面の寸法は,破面単位よりもやや小さめであった。

(2)破面のエッチングによりへき開ファッセト上で組織を現出させたところ,連続したへき開ファセット上でラス方向の異なるパケット境界が観察された。エッチング組織で認識されるパケット境界がへき開き裂の伝播抵抗にならない場合があることが示唆された。

(3)上記結言(2)は破壊起点近傍の破面断面のEBSD観察からも確認された。すなわち,パケット境界を挟むベイニティックフェライトの方位差が小さい場合には破面上にファセット境界を形成しない。

(4)MAを多く含む供試材では,破面のエッチングにより破壊起点部に第二相と思われる部分が観察された。破面断面のEBSDによる解析により,これは旧オーステナイト粒界に存在する高炭素マルテンサイトであることが示唆された。

謝辞

本研究は第1著者が名古屋大学に在籍当時,日本鉄鋼協会「高強度鋼の破壊靭性」研究会(主査:東京大学 粟飯原周二 教授)の一環として実施されたものであり,日本鉄鋼協会からの研究助成の下,遂行したものである。ここに記して同協会に感謝すると同時に,活発に議論下さった研究会メンバー各位に感謝の意を表す。

文献
 
© 2016 The Iron and Steel Institute of Japan

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
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