Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
Print ISSN : 0021-1575
ISSN-L : 0021-1575
Regular Article
Relationship between the Effective Grain Size of Brittle Crack Propagation and Microstructural Size in Low-carbon Low-alloy Bainitic Steels
Shigekazu MoritoTaisuke HayashiAnh Hoang PHAMTomoya Kawabata
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2016 Volume 102 Issue 6 Pages 286-294

Details
Synopsis:

Crack propagations of a lathlike upper bainite with martensite-austenite (MA) regions were examined, and a fracture unit of the crack propagation was determined by means of a scanning electron microscope equipped with an electron backscatter diffraction detector. Fracture surfaces of the cracks were parallel to {001} planes in not only bainite but also the MA regions, and the cracks were arrested at the MA regions. In tempered specimens, the crack planes were not always parallel to the {001} planes, additionally the MA regions were deformed by the cracks. Although the MA regions arrest the cracks, macroscopic crack planes were flat in the similar crystal orientated regions in the bainite. To consider the macroscopic fracture unit of the crack propagation, a crystallographic unit which is a single crystal grain and a morphological unit which corresponds to a single bain group region were measured. From the measurements, it was found that the crystallographic unit was better than the morphological unit in the crack propagation. One of the reasons was that the prior austenite grain boundaries change to low angle grain boundaries after bainitic transformation, variant selection rules constrain the bainitic ferrites to form in both the austenite grains with a similar crystal orientation.

1. 緒言

近年の輸送機器には軽量化による燃費の向上と輸送機器の安全性確保を両立させることが求められている。その方策に一つに外板および構造体の高強度軽量化が挙げられている。この様な手法は自動車などの比較的小型の輸送機器で適用されているが,船舶などの大型輸送機器では組織制御の難しさから積極的な適用は行われていなかった。そのような中,オンライン加速冷却設備の性能向上により,特別なバッチ処理を経ることなく急冷組織である上部ベイナイト(B)を得ることが可能になってきた。この上部ベイナイトはフェライト−パーライト組織よりも強度レベルが高く,既に一部のラインパイプや海洋構造物を始めとするエネルギー用途に適用されているが,今後はさらに多量の適用が見込まれる船舶などの外板材としての適用が期待されている。

上部Bを使用する上で留意しなければならない因子の一つに破壊時の亀裂の伝播単位が挙げられる1,2,3,4,5,6,7)。一般に伝播単位は共通{001}面を持つ領域と言われており,上部Bでも同様の報告がある。この伝播単位は上部Bに含まれる組織単位やマルテンサイト(M)−オーステナイト(A)領域と関連がある事が示唆されている。実際に旧A粒径の微細化によって延性脆性遷移温度が下がる傾向が報告されている2,3)。その一方で,上部Bの組織には多様性があり8),定量評価された組織に対する亀裂伝播単位の研究は多くない。また,亀裂の伝播に対するMA領域の影響についても明確な知見は少ない。

最近,走査型電子顕微鏡法を用いた後方散乱電子回折解析法(SEM/EBSD)による局所結晶方位解析手法を用いた組織解析が容易となり,結晶粒等の組織の同定や定量評価が容易になっている9)。また,MやBの結晶学的な特徴から各組織の構成要素を取り出すことも容易になっている。この手法を用いた破壊挙動の解析も行われている。それらの中に,溶接影響部で生じたBの亀裂を研究した報告もあり10),ほぼ結晶方位の同じベイニティックフェライトの集団である組織単位が亀裂伝播の単位であるとしている。

著者らは上部B鋼の破壊挙動を制御するためには亀裂伝播単位と組織を対応させる必要があると考察し研究を行った。用いた試料は鋼板として用いられる組織を念頭に置いて作製された低炭素低合金上部B鋼とし,SEM/EBSD測定を用いてMAを含めた材料組織の定量評価を行い,組織と亀裂伝播単位との関係を明らかにする事を目的とした。

2. 実験方法

2・1 試料と熱処理

試料は「高強度鋼の破壊靭性」研究会の共通試料11,12)で組成はそれぞれFe-0.20C-2.02Mn-1.52Ni-0.40Si(mass%)で,偏析の効果を除外するためにAr雰囲気で1300°C,14.4 ksの均一化処理を施した。各試料に対して950,1050および1150°Cで3.6 ksのA化処理を施した後,500°Cで1.8 ksの時効処理を施し上部ベイナイトを得た。その後空冷し,500°Cで3.6 ksの焼戻し処理を施し試料とした。以降各試料をA化温度で分類し,それぞれ950°C,1050°Cおよび1150°C材と呼称する。また,丸棒切り欠き曲げ試験では上記の1050°C材と焼戻しを施さない試料(1050°CAsQ材)で試験を行った。

2・2 丸棒切り欠き曲げ試験

亀裂伝播部の観察には,Fig.1に示すように丸棒試料に先端曲率を0.1 mmに尖らせた切り欠きを導入しそれに垂直なスリットを反対側から入れた試験片(ダブルノッチ試験片)を用いた。材料の制約上比較的小型の試験片としている。本試験片は二本の切り欠き試験片が並列した構成を持つ試験片であり,並列した評価区間のうち片方が破壊し加重が低下したときに試験を終了させる事で破壊していないもう片方の評価区間を観察する事を意図したものである(本供試材における実験ではほぼ同時に破壊が発生していた様子で,双方の評価区間から脆性き裂が発生していた)。この試験片の両側にFig.2に示す長さ100 mmの延長治具を接続し,100 kN万能試験機に中央下部に1点支点,両端上部に支点間距離(スパン)150 mmに設定した三点曲げ治具を取り付け,曲げ荷重を加えて脆性き裂を発生させる試験を行った。なお,この延長治具は切り欠き深さを大きくすることにより荷重に対する曲げモーメントを増加させる目的でFig.2およびFig.3に示すように偏心した位置に丸棒切り欠き曲げ試験片を取り付けるように設計しているものである。Fig.3内の下図は試験片の半分に対し静的負荷中の様子を調査する目的で実施したFEM解析により得られた応力の軸方向成分についてコンター表記したものであり,赤色は大きい引張応力,濃い青色は圧縮応力の分布を示している。試験は液体窒素に浸漬し試験片内を均一に−196°Cに調整し,1 mm/min.のストローク制御にて実験を行った。1050°C材・1050°CAsQ材双方とも載荷途中に脆性破壊の発生により支持力は急激に低下し,僅かの荷重を残したところで試験機変位の制御を停止させた。これは脆性破壊の発生および曲げ荷重によるき裂進展中の応力拡大係数の負勾配により試験片途中で停止したことを示している。脆性き裂アレスト長さは後ほど実施した中央部付近の断面観察により1050°C材はリガメント長さ2.5 mmに対し焼戻し材では凡そ1.4 mm,1050°CAsQ材では凡そ1.95 mmであることが判っている。なお,本報では脆性き裂伝播の様相と金相学的特徴との関係が主目的であるため,脆性破壊発生や伝播停止に関する力学的な整理は行っていない。

Fig. 1.

 Dimension and shape of the double notched specimens.

Fig. 2.

 Configuration of extension jig for the three point bend test.

Fig. 3.

 Setup of specimen, extension jigs and support jigs.

2・3 SEM/EBSD測定

各試料に対してSEM(JEOL JSM-7001FA, 15kV)による観察とEBSD法による結晶方位の測定を行った。各試料のSEM/EBSD測定時の測定領域と測定間隔は20~2000×20~800 μmと0.03~5 μmとした。組織の定量評価では測定領域と測定間隔を2000×800 μmと2 μmと固定し,950°Cと1050°C材では2視野,1150°C材では3視野の測定を行った。

旧A粒の同定には結晶学的な逆解析法を用いた13)。逆解析法は高温相のAから特定の結晶方位関係を持ってマルテンサイトラスやベイニティックフェライトが現れる事を利用する。一般的にベイニティックフェライトは一つのAから最密面平行且つ最密方向平行の結晶方位関係(Kurdjumov-Sachs orientation relationship,KS関係)に近い結晶方位関係を持って現れる14)。このベイニティックフェライトの結晶方位は24通り存在し,これらのベイニティックフェライト同士にも特定の結晶方位関係が存在する。SEM/EBSD測定で得られたBの結晶方位からそれらの結晶方位差を算出し,先述の結晶方位関係と一致する領域のみを抽出すると変態前のA粒を取り出すことができる。本報告では自動化された逆解析用ソフトウェアを用いて旧A粒の同定およびそれらに含まれる組織単位の評価を行った。

上部Bの組織分類は以下のように行った。上部Bは2種類の結晶学的組織単位が存在する。一つは共通最密面(close-packed planes)平行(CP)グループで,Aとベイニティックフェライトとの間の同一の共通最密面平行関係を持つベイニティックフェライトの集団で,組織学的にはパケットと呼ばれている。もう一つは同一の格子対応を持つベイニティックフェライトの集団で,組織学的には上部BではBainグループや結晶学的パケット(crystallographic packet)と呼ばれ,Mではほぼブロックに対応する。このBainグループに含まれるベイニティックフェライトおよびマルテンサイトラス間の結晶方位差は20°以内であり,さらに10°以内の方位差を持つ可能性が高い。本稿ではCPマップにおける表記として,青,緑,赤,黄はそれぞれAと(111)γ//(011)α,(111)γ//(011)α,(111)γ//(011)α,(111)γ//(011)αの関係を持つ領域である事を示す事としている。また,Bainマップでの青,緑,赤はそれぞれAと[100]γ−[001]α,[010]γ−[001]α,[001]γ−[001]αの格子対応を持つ領域である事を示している。ここでCPマップ中の独立した領域はパケットに対応し,Bainマップ中のパケット内の独立した領域はブロックに対応している。

3. 実験結果

3・1 組織構成

Figs.4(a),(b),(c)にA化温度950,1050,1150°C材のSEM/EBSD測定結果を示す。これらの図はそれぞれグレースケールで示した菊池図形の鮮明度(image quality,IQ)の上に紙面法線方向の結晶方位をFig.4(d)に示す逆極点図で色付けした図(結晶方位図)である。どの試料も板状の結晶粒が井桁状に入り組んだ,もしくは平行に整列した組織を持っていることがわかる。また,A化温度の上昇と共に旧A粒径が粗大化し,それに伴いB組織も粗大化していることが分かる。

Fig. 4.

 Orientation image maps with gray scaled image quality maps of (a) 950, (b) 1050 and (c) 1150°C specimens, and (d) the colored standard stereographic triangle for these maps. Colors in Figs.4(a), (b) and (c) indicate the crystal orientations parallel to the normal direction, as shown in Fig.4(d).

Figs.4全てに言えることだが,所々旧A粒界が判別しにくい領域がある。特に950°C材では粒径も小さく旧A粒界を判別しにくい。この旧A粒界を判別しにくい理由を考えるため,粒界近くの結晶方位図の詳細を解析した。Fig.5(a)と(b)は950°C材の結晶方位図とそれに対応した結晶粒ごとに色分けを行った図(unique grain color map,結晶粒図)である。Fig.5(b)における結晶粒は15°以上の方位差を持つ粒界で区切られた領域としている。また,図上に逆解析から求めた旧A粒界を白点線で示している。結晶方位図では複雑に結晶粒が入り組んだ組織を呈しているように見えるが,結晶粒図では微細な結晶粒を含む粗大な結晶粒で構成されていることが分かる。また,白矢印で示すように旧A粒界を挟んだ領域が一つの結晶粒として認識されていることが分かる。この様な箇所は他の試料でも多く観察されている。

Fig. 5.

 (a) Orientation image and (b) unique grain color maps with grey scaled image quality maps of 950°C specimen. White broken lines and arrows correspond to the prior austenite grain boundaries and the low angle grain boundaries, respectively.

Fig.5(b)の黄色で示された結晶粒は旧A粒界を挟んで連続的に繋がっている。これは旧A粒界を挟んで互いに結晶方位の近いベイニティックフェライトが各A側に現れたことを示唆している。この様なことが起こる可能性として,上部Bは生成時に粒界を挟んだ両方のAとKS関係をもつベイニティックフェライトが選択される傾向があることが挙げられる15)。また,比較的高温で生じる上部Bは他のBやMよりもA粒界におけるバリアント選択則が強く効くため,旧A粒界を挟んで同一の結晶方位を持つB領域が多く現れたと考えられる。

次にMAについて解析を行った。ここでは残留Aが最も多く残ると考えられる1050°CAsQ材を用いた。Fig.6(a)に一つの旧A粒内の結晶方位図を示す。組織内のMAはMがBよりもIQ値が低く組織が細かいことを利用し判別している。白矢印で示した周囲よりIQ値が低く組織が細かい箇所がMAである。この試料は焼戻し処理を施していないが,焼戻しにより上部BおよびMA領域は大きく変化していなかった。この試料に対して0.5~0.05 μmステップでSEM/EBSD測定を行ったが,すべての測定で残留Aは0.5vol.%しか測定されていない。このことからMA領域ではほとんどMかマルテンサイトラス境界にフィルム状残留Aとして存在していると考えられる。

Fig. 6.

 (a) Orientation image, (b) CP and (c) bain maps of as-quenched 1050°C specimen.Fig.6(d) indicates {111}A trace lines and color scale for Figs.6(b) and (c), respectively.

Figs.6(b)および(c)はそれぞれFig.6(a)に対応するCPマップおよびBainマップである。Fig.6(b)と(c)では鮮明度を使わずにMAの明度を下げて表示している。MAは厚さ20~70 μmであり,ほぼ単一パケットで構成されていた。また,これらのパケットに含まれるブロックの平均厚さは0.45 μmであった。このパケットは周囲のBと同一である確率が高く,MAの73%がMAの周囲の半分以上を同一のパケットを持つBと接していた。また,周囲のBと同一Bainグループで接しているMAも多く見られ,全体の68%であった。MA自体には複数のブロックが含まれており,ブロック間の結晶方位関係は双晶に近いものが多いことを確認した。一般に中・高炭素鋼ラスMでは双晶関係を持つブロック界面を多く含まれており16,17),MAも同様に0.5~0.8 mass%の炭素を含むと考えられる。

3・2 丸棒切り欠き曲げ試験

次に丸棒切り欠き曲げ試験片の解析結果を示す。Fig.7(a)は1050°CAsQ材の亀裂伝播部のSEM像である。観察領域は一つの旧A粒内である。ノッチは図の上にあり,亀裂は図の上から下へ進展している。亀裂は所々分断されており,分断された箇所では亀裂伝播方向が変わっていることが分かる。Fig.7(b)は(a)に対応する結晶方位図で,グレースケールは二次電子像を用いている。結晶方位図には{001}トレースを白線として示した。このトレースを見ると,亀裂はα-Feの一般的な劈開面である{001}に沿っていることが分かる。Fig.7(c)と(d)はそれぞれBainマップとCPマップである。亀裂の進展について見てみると,白矢印で示すようにCPグループの境界ではなく,BのBainグループの境界で大きく亀裂の進展方向が変わる事が分かる。同一Bainグループ内ではほぼ平面に亀裂は進展するが,白破線で示すようにMA内を亀裂が通過しているケースが多く観察されている。その場合もBainグループ単位で亀裂の進展方向が変わっている。亀裂の先端はMA内部にあり,MAで亀裂が停止したことが示唆される。この様な箇所は多く観察されている。Fig.7(e)にBainグループの色表記に対応した{001}極点図を示す。ここでLDとADは加重方向と試料の軸方向を示す。この極点図には破面近傍の一部に変態集合組織からの大きなずれが見られるが,全体的には変態集合組織が大きく変わるほどの結晶方位の変化,つまり塑性変形は観察されなかった。

Fig. 7.

 Crack propergated region of as-quenched 1050°C specimen: (a) SEM image, (b) corresponding orientation image, (c) CP and (d) bain maps. Fig.7(d) is {001} pole figure corresponding to Fig.7(d). LD and AD are the loading direction and the axial direction of the specimen, respectively. White marks in Fig.7(b) are {001} trace lines at measured points.

Figs.8(a)に1050°C材亀裂伝播部のSEM像を示す。この観察領域も一つの旧A粒内である。1050°CAsQ材と比べ,一本の亀裂の中で幅が大きく変化していることが分かる。Figs.8(b)~(e)はそれぞれ,Fig.8(a)に対応する結晶方位図,Bainマップ,CPマップおよび{001}極点図である。Fig.8(b)を見ると,1050°CAsQ材と同様にB領域では破面は{001}トレースにのっているが,所々一致していない領域が見られる。白破線で示すMA内では破面は明確に認識できなくなっている。Figs.8(c)と(d)はそれぞれFig.8(b)に対応するBainマップとCPマップで,BもしくはM変態時の結晶方位からずれた結晶方位を持つ領域を,青,緑,赤,黄に対し水色,黄緑,桃色,黄土色として表現している。さらに,変態時に見られない結晶方位の領域(変形時に大きく結晶方位が変化した領域)を紫色で示している。これらの図からMA領域やその周囲のBでの結晶方位変化が分かる。この様な方位の変化は塑性変形が起こっている事を示している。Fig.8(c)に対応する{001}極点図(Fig.8(e))を見ても全体的に変態集合組織から大きくずれ,塑性変形が起こっている事が分かる。同時に大きく結晶方位が回転している箇所(黄緑や水色の箇所)はFig.8(c)上のMAに対応する事も分かる。また,亀裂幅が変化もしくは大きく変形している箇所はMA部である場合が多く,MA部での亀裂の停止も多く観察されている。つまり,MAが塑性変形することにより亀裂進展を抑止していることが示唆される。

Fig. 8.

 Crack propergated region of tempered 1050°C specimen: (a) SEM image, (b) corresponding orientation image, (c) CP and (d) bain maps. Fig.8(d) is {001} pole figure corresponding to Fig.8(d). LD and AD are the loading direction and the axial direction of the specimen, respectively. White marks in Fig.8(b) are {001} trace lines at measured points.

以上の結果から,BやMAにかかわらず,亀裂はBainグループ境界で方向が変わる事が明らかになった。また,焼戻しによりBが軟化し靱性が上がっただけではなく,焼もどされたMAが亀裂の進展に応じ塑性変形を起こし,効果的に亀裂の進展を抑止していることが示唆された。一方,MAは微細であり,Bの粗大なBainグループに埋もれている形態を持ち,実際に亀裂はMAを貫通する傾向がある。その為,観察されるマクロな破面としては微細なMAは考慮に入れなくても良いと考え,Bainグループを基にした解析を行った。

3・3 大角粒単位とBain単位の定量評価

亀裂伝播単位を大角粒界で区切られた領域と仮定して亀裂伝播の有効結晶粒を抽出した。この領域を大角粒単位とした。また,組織学的に上部Bにおける亀裂伝播単位は旧A粒内の独立したBainグループ領域とも考えられるので,これらの抽出も行った。この領域をBain単位とした。これらの大角粒単位とBain単位はそれぞれ結晶学的単位(crystallographic unit)と組織学的単位(morphological unit)と言い換えることもできる。

最初にB領域を抽出する必要がある。本来ならIQ値によるMA領域の識別を行う18)が,本測定では測定領域が広いため測定場所によりIQ値が異なるという問題が出たため採用しなかった。MA領域に含まれるマルテンサイトブロックの平均厚さは0.5 μm程度と周囲のBの組織単位と比べ微細であるので,粒サイズでのMAの選別を行った。

次に大角粒単位の抽出を行った。組織単位を認識する際の結晶方位差は15°とし,CI値が0.2より大きなデータのみ使用する事とした。得られたデータには亀裂伝播にほぼ関係ない微細粒のデータも多く存在するので組織単位面積の下限を考えた。Fig.9に粒面積20 μm2を区画単位とした粒面積の加重ヒストグラム示す。図中で面積と加重面積が等しいときは区画単位に該当する結晶粒が1個存在していることになる。この図から粒面積が1000 μm2以上になると区画単位に含まれる結晶粒は減るが加重面積自体は増加する事が分かる。これは,数は少ないが粗大な粒が存在するためである。最弱リンクモデルの考え方から,破壊の伝播はこの様な粗大粒を経由すると仮定した。これらの粗大粒を特徴付けるため,単一結晶方位領域として認識する最小粒サイズを1000 μm2とした。

Fig. 9.

 Weighted histogram of areas surrounded by the high angle grain boundaries.

Figs.10(a),(b),(c)はそれぞれFigs.2(a),(b),(c)の大角粒単位を結晶粒として抽出した図である。Fig.10(b),(c)に示す1050,1150°C材では大角粒単位とB領域はほぼ一致する。一方Fig.10(a)では大角粒単位よりもB領域が少ないように観察される。これはAの微細化によりBの組織単位が微細化し,1000 μm2を下回った組織単位が増えたためと考えられる。これらの測定から得られたデータから測定境界と接する粒を除外して大角粒単位の平均円相当径を算出した。また,測定領域のIQ値が一定である測定領域において,IQ値によるMA識別を採用したときと採用しなかった場合の差を確認したところ,IQ値識別を採用した場合のB領域面積は,採用しない場合の0.84倍となっていた。統計計算では得られた値をそのまま用い,実測値へ適用する場合にこの補正係数を用いた。

Fig. 10.

 Unique grain color maps with gray scaled image quality maps of (a) 950, (b) 1050 and (c) 1150°C specimens. These figures correspond to Figs.4(a), (b) and (c), respectively.

続いて上部Bの組織単位であるBain単位の抽出を行った。一つのBainグループ領域は結晶方位の近いベイニティックフェライトで構成されている。その為,Bainグループの抽出では,まず旧A粒を同定し,次に旧A粒内にある結晶方位の近い領域を抽出した。逆解析により旧A粒の再構築を行った結果をFigs.11(a),(b),(c)に示す。これらの図はFigs.4(a),(b),(c)に対応する旧A粒の結晶方位図で,図上の青,赤および緑線はそれぞれ小角粒界,双晶境界およびそれ以外の大角粒界を示している。再構築されたA組織を見てみると双晶関係の粒界は凹凸があるものの直線に近似することができるので,双晶関係を持つ粒界を焼鈍双晶と置いた。焼鈍双晶を除いた旧A粒界の粒界長さから旧A粒の平均円相当径を求めたところ,A化温度950,1050,1150°Cの試料それぞれ67,152,279 μmであり,光学顕微鏡から求めた値(それぞれ47,172,267 μm11,12))とほぼ一致している。この事から逆解析には問題なく行えたと判断した。

Fig. 11.

 Orientation image maps of austenite with gray scaled image quality maps of (a) 950, (b) 1050 and (c) 1150°C specimens. These figures correspond to Figs.4(a), (b) and (c), respectively.

次にSEM/EBSD測定データとAの結晶方位データを連携させ,一つのAに属し15°未満の方位差を持つ領域を抽出した。この数値は同一Bainグループの最大結晶方位差よりも低い8,17)が,同一Bainグループで隣接確率の高いバリアント間の結晶方位差は15°以内8)であり,この条件で組織単位を選択しても旧A粒内の同一Bainグループが選択されることになる。また,旧A粒界でも小角粒界は無視し,焼鈍双晶は大角粒界であるので旧A粒界として計算した。この領域の中で領域面積が1000 μm2以上である領域をBain単位として評価を行った。

得られた組織単位の解析にはワイブル分布を用い累計頻度を計算した。使用した式は   

y=1exp((xμβ)α)(1)

で,xy,α,β,およびμはそれぞれ組織単位の面積,累計頻度,形状母数,尺度母数および位置母数である。それぞれのパラメータをTable 1に載せる。これらのデータに対してIQ値による面積補正値をかけていない。Fig.12に旧A粒径とシャルピー衝撃試験における基点近傍での最大破面単位の円相当径11,12)と大角粒単位(crystallographic unit)領域,Bain単位(morphological unit)領域の関係を示す。この図では大角粒単位領域とBain単位領域に対しIQ値による面積補正値0.84をかけて計算している。この図を見ると大角粒単位はBain単位よりも大きく,破壊起点近傍の粗大破面単位円相当径より小さいことが分かる。大角粒単位がBain単位よりも大きくなることについては,3・1節で示したA粒界からの同一結晶方位を持つベイニティックフェライトが生成している事で説明がつく。旧A粒径の減少と共に粗大破面単位円相当径,大角粒単位,Bain単位は全て減少し,減少比はそれぞれ0.32,0.21,0.16と近い値を持つ。ただし,旧A粒径依存性は高くない。また,旧A粒径とBain単位径は50 μm程度で一致する。この値は低炭素鋼ラスMにおける旧A粒径とパケット径が一致する粒径よりも5倍ほど大きい19)。低炭素鋼ラスMからの類推より旧A粒が微細化すると,Mのパケットと同様に旧A粒を超えない範囲で微細化すると考えられるが,実際には大角粒単位が旧A粒を越え粗大化する。実際に950°CA化材では粗大破面単位円相当径は旧A粒径よりも粗大になっている。これらの事は,Bの組織制御という観点では,A粒径制御による組織制御だけは十分な効果を得にくい事が示唆している。

Table 1. Parameters of a three-parameter Weibull distribution for the structural units.
Crystallographical unitMorphological unit
950 °C1050 °C1150 °C950 °C1050 °C1150 °C
α0.62790.46270.37190.96330.53960.4868
SE0.00480.00370.00490.02990.00370.0031
β101916991486133311352455
SE132649681429
μ89111771305–471111956
SE1191973918

SE: standard error

Fig. 12.

 Relationship between the prior austenite grain size and (○) the initial fracture surface, (▼) the morphological unit and (▲) the crystallographic unit sizes.

以上の組織解析と破壊試験解析結果から,金属組織学的な観点から見ると亀裂の伝播に関する有効結晶粒は組織学的な単位であるBain単位と取る事が妥当と言える。しかし,旧A粒界を越えて同一結晶方位のBが形成される傾向があるため,結晶学的単位である大角粒単位の方がより亀裂伝播単位として有効であると考えられる。

4. 考察

本研究で使用した試料に含まれる旧A粒界は亀裂の伝播にあまり有効ではないと考えられる。なぜ旧A粒界が有効にならなかったのかについて考察を行った。まず,旧A粒界がB変態後にどの様な性格を持つ粒界に変化したかについて,SEM/EBSD測定結果と逆解析により同定した旧A粒界情報を使い評価を行った。Table 2に双晶関係を持たない旧A粒界がB変態後にどの様な性格を持つ粒界に変わったかを示す。自動化ソフトウェアの仕様により焼鈍双晶と小角粒界の界面を正確に決定することができなかったため,双晶関係と15°以下の方位差を持つ旧A粒界は除外している。比較のため,隣接する結晶粒の結晶方位がランダムである場合における結晶方位差15°未満の小角粒界の確率と小角粒界を含めた隣接粒同士で{001}が15°以内で平行である確率を求めた。これらの小角粒界と{001}平行関係をもつ確率は,総和を1としたときにそれぞれ0.023と0.102であった。対して旧A粒界においてB変態後に小角粒界となる割合は全ての旧A粒界長さあたり4割であり,旧A粒径が微細になるほど割合は上昇する。この事はB変態後の旧A粒界自体がBainグループ境界と比べて亀裂の伝播抵抗としては有効ではない事を示している。

Table 2. Frequency of the prior austenite grain boundaries.
950 °C1050 °C1150 °C
Low angle grain boundary0.4780.4000.376
HAGB (1) with common {001} plane0.1870.1730.194
HAGB (2) the other boundaries0.3350.4270.430

HAGB: high angle grain boundary

次に旧A粒界を挟んで近い結晶方位を持つベイニティックフェライトが出る確率を見積もる。Aからベイニティックフェライトが現れる場合,ベイニティックフェライトはAとKSに近い結晶方位関係を持つ。このときベイニティックフェライトは24通りの結晶方位を持ち,そのうち8種類のベイニティックフェライトがAと同一の格子対応を持つ。これら同一格子対応を持つ集団内での結晶方位差は20°以内であり,この集団をBainグループと呼んでいる。本解析では単純化のためこのBainグループと関係のあるBain格子対応でAとの結晶学的関係を考えた。まず,Fig.13の模式図に示すように,基準となるA(γ1Figs.13(a)と(b)中において太黒線で単位格子を示している)を考え,このAとBain格子対応を持つベイニティックフェライト(α,破線で単位格子を示している)が現れると考える。このベイニティックフェライトと粒界を挟んだA(γ2)がBain格子対応を持つためには,Figs.13(a)もしくは(b)の黒線で示される単位格子となる必要がある。これらを結晶方位関係で表現すると,Fig.13(a)は   

[001]γ1//[001]γ2and[100]γ1//[100]γ2(2)

Fig. 13.

 Schematic illustration showing two austenite unit cells (γ1 and γ2) and one bainite unit cell (α). All austenite units have bain lattice corresponding relationship with bainite unit.

となり,Fig.13(b)は   

[11¯0]γ1//[001]γ2and[112]γ1//[100]γ2(3a)

となる。Fig.13(b)に関してはγ2の結晶軸の取り方により   

[1¯1¯2]γ1//[001]γ2and[11¯0]γ1//[100]γ2(4a)
  
[112]γ1~[001]γ2and[1¯1¯2]γ1~[100]γ2(4b)

と言う取り方もできる。これらの方位関係を満たす確率を求めるため,まずγ1を基準とした座標系上にγ1に対して任意の方位を持つ[001]γ2を考え,[001]γ2が式(2)~(4)の条件を満たす確率を求めた。次に先に確率を求めたときに課した条件を拘束条件として,[100]γ2が対応する式(2)~(4)の条件を満たす確率を求め,先に求めた確率を掛け合わせた。この様にして得られた全ての確率を足し合わせて式(2)~(4)を満たす確率とした。例として(2)のケースを考える。まず,γ2の[001]がγ1の[001]との差が15°以内となる確率は各〈001〉γ1まわり15°の立体角の和を4πで割った値で,後半の条件を満たす確率は[001]γ1//[001]γ2とおいて[001]γ2を回転軸として回したときに[100]γ2が[100]γ1もしくは[100]γ1,[010]γ1,[010]γ1と15°以内で一致する割合なので15°×2×4/360°となる。これらの確率を計算すると式(2)となる確率は   

60π122πsinθdθ4π×4(π6)2π~0.034(5)

となる。この値は小角粒界の頻度なので先述の小角粒界の頻度と同じになる必要があるが,この近似方法では頻度は過大評価される。式(3)に対応するケースも計算し加算すると確率は0.238となる。この計算では式(4b)も追加しているため,本結果は確率を過大評価していることになる。それにもかかわらず,計算結果は実測値の半分と低い確率になっている。また,実際のバリアントセレクションは両側のA粒とKS関係を持つとおいた場合で84%とされており,さらにこの中から同一結晶方位を持つベイニティックフェライトが両方のAに生成する確率を考える必要がある15)。その為,実際の値は計算結果よりも低い値となる。

この食い違いの原因の一つにAの集合組織が挙げられる。Fig.14に1150°C材におけるAの{011}と{111}極点図を示す。RDとNDは熱延材の圧延方向と圧延面法線方向である。これを見る限り集合組織を持っていないことが分かる。他の試料でも同じ結果が得られており,Aの集合組織の影響は少ないと考えられる。次にA粒界の性格について解析を行った。Fig.15は結晶方位差に対する粒界長さのヒストグラムである。この解析では1050°C材の双晶境界(Σ3粒界)と15°以下の粒界を除外している。これを見ると1050°C材のA粒界はランダム粒界と比べ,比較的結晶方位差が低い粒界と結晶方位差50~60°である粒界が多いことが分かる。この事はA粒界に小角粒界や双晶に近い関係を持つ境界が多いことを示唆している。これらの粒界の由来は,均一化処理によりA粒が粗大化し,さらにA化処理時に前組織であるBもしくはパーライト中のフェライトとKS結晶方位関係を持ってAが現れたためと考えられる。

Fig. 14.

 (a) {011}γ and (b) {111}γ pole figures calculated from the reconstructed austenite in 1050°C austenitized specimen.

Fig. 15.

 Frequency of the austenite grain boundary length of the prior austenite grain boundaries in 1050°C austenitized specimen.

A粒の粒界性格によるB組織への影響は以下のように類推できる。ベイニティックフェライトの優先核生成サイトとして亜粒界が挙げられ20),ラスMでは最初期のラスは双晶関係にある粒界から生成しやすいと言う報告21)がある。その為,小角や双晶関係に近い粒界から優先的にBが生成すると予測される。また,この様な粒界を持つAから現れるBは両方のAとKS関係を持つ事ができる。その為,上部Bのバリアントセレクションが働きA粒界を小角粒界に変えると考えられる。ただ,本研究では小角粒界や焼鈍双晶を完全に分類できていないので,旧A粒界性格への寄与の強さは不明である。

前の節で旧A粒界自体はBainグループ境界と比べて亀裂の伝播抵抗としては有効ではないとしているが,Aの粒界制御を施し,粒界を挟んだAと共通のKS結晶方位関係を持つBが生成できるA粒界を減らせば旧A粒界も十分亀裂伝播の抵抗となりうると考えられる。他にも旧A粒内には焼鈍双晶も存在するが,この境界を挟んで両方のAとKS関係を持つBを生成することが可能であり,旧A粒界よりも小角粒界に置き換わりやすいことが推測される。ただ,B変態後も大角粒界としても残る境界があるはずで,これらの解析も必要である。

5. 結言

低合金低炭素B鋼の組織と亀裂伝播についての解析を行い,以下の結果を得ることが出来た。

1.MA領域に含まれるMは0.6 mass%C程度の炭素鋼ラスMに近いブロック構造を持ち,単一もしくは粗大なパケットを持つ組織を形成する。また,周囲のBと同一のBainグループとCPグループを持つ傾向がある。

2.Bainグループ境界で亀裂伝播方向の変更が観察された。亀裂はMAを貫通するが,MAでも同じ様にBainグループ境界で亀裂伝播方向の変更が確認された。また,MAにおいて亀裂の停滞が多く観察された。さらに焼戻し材では亀裂近傍のMAにおいて塑性変形も観察された。

3.亀裂の伝播に関する有効結晶粒は組織学的なBainグループと取る事が妥当であるが,旧A粒界を越えて同一結晶方位のBが形成される傾向があるため,破壊単位はBainグループよりも粗大になる傾向がある。

4.結晶学的な単位である大角粒単位とBain単位を比較すると,亀裂伝播の単位としては大角粒単位の方がより有効であると判断できる。

謝辞

本研究は一般社団法人日本鉄鋼協会・材料の組織と特性部会「高強度鋼の破壊靭性」研究会の活動で得られた成果である。また,本研究は島根大学総合科学研究支援センター物質機能分析分野が所有するSEM/EBSDシステムを使用した。

文献
 
© 2016 The Iron and Steel Institute of Japan

This article is licensed under a Creative Commons [Attribution-NonCommercial-NoDerivatives 4.0 International] license.
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
feedback
Top