Tetsu-to-Hagane
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Micro-tensile Behaviour of Low Alloy Steel with Bainite/martensite Microstructure
Kwangsik KwakTsuyoshi MayamaYoji MineKazuki Takashima
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2016 Volume 102 Issue 6 Pages 304-310

Details
Synopsis:

Micro-tensile testing combined with analysis using a crystal plasticity finite element method (CPFEM) was employed to elucidate the deformation behaviour of bainite/martensite structures of a low alloy steel. The bainite single phase specimens exhibited habit-plane-orientation-dependent yielding similar to the martensite single phase specimens. In the bainite/martensite specimen, deformation concentrated in the bainite region oriented favourably for the in-habit-plane slip, leading to low ductility fracture. With consideration of the habit-plane-orientation-dependent yielding, the present CPFEM analysis successfully reproduced the anisotropic plastic deformation behaviour of the single phase steels obtained in the experiments. The numerical result for the bainite/martensite specimen showed slip localization in the bainite region and stress concentration near the interphase boundary. This suggests that the interphase boundary can be a site for the fracture origin.

1. 緒言

大型船舶の建造や超高層ビルの建設などの構造物の大型化に伴い溶接構造用鋼の適用範囲が拡大している。そのため,溶接部の耐久性ならびに信頼性の確保が溶接構造用鋼の開発において重要な課題の一つとなっている。大型構造物に用いられる厚板の溶接には,作業効率と経済性を重視した大入熱溶接法が適用されているが,高強度鋼の溶接を行う際には,入熱と冷却の熱履歴によって,上部ベイナイトを主要組織とする溶接熱影響部(HAZ:Heat Affected Zone)が溶接部近傍に出現する1,2,3,4,5,6)。さらに,溶接HAZでは,上部ベイナイト生成温度領域での保持により高炭素の未変態オーステナイトがベイナイトラス間に残留するが,この一部が冷却または加工によってマルテンサイト変態することで,島状マルテンサイトを形成する7)。このマルテンサイトは基地組織を成すベイナイトよりも硬質であるため,しばしば破壊靭性低下の直接的要因とみなされている8,9,10)。一方,破壊機構におけるマルテンサイトの役割を引張試験により調査したChenらの報告によれば,基地組織のベイナイトが引張負荷により強変形を受けることで,基地とマルテンサイトの界面に大きな応力集中を生じ,界面分離が起こると解釈されている11)。このように,破壊機構におけるマルテンサイトの役割については,統一的な見解が得られていないのが現状である。これは,非常に微細で,かつ階層的な組織を有するベイナイトとマルテンサイトが混在しているせいであり,各々の相における力学的応答について正確に把握できていないためであると言えよう。

ところで,著者らの研究グループでは,これまでマイクロ引張試験技術を用いて,低合金鋼ラスマルテンサイト単相において微視組織要素の力学特性評価を行ってきた12)。この研究では,ラスマルテンサイトは,単一パケット構造では適度な延性を示し,塑性変形挙動がラスの配列方位,すなわち晶癖面方位に依存して大きく変化することを明らかにしている。したがって,マイクロ引張試験技術を用いることで,複雑な微視組織要素の影響を考慮に入れた変形挙動の解析が可能になる。さらに,緒方らのフェライト/マルテンサイト複相鋼におけるマイクロ引張挙動の検討では,マルテンサイトそのものではなく,予ひずみにより発達した超微細粒フェライト組織が脆化をもたらすことが示されている13)。この結果は,必ずしもマルテンサイトが脆化の直接的要因とはならないことを示唆している。そこで,本研究では,ベイナイト/マルテンサイト組織より微小引張試験片を作製し,マイクロ引張試験により微視組織要素規模での力学応答を調査することとした。また,実験的に観察された変形挙動の微視的機構を明らかにするために,結晶塑性有限要素法(CPFEM:Crystal Plasticity Finite Element Method)を用いた数値解析を実施した。

近年,CPFEMは材料の塑性挙動解析に広く適用されており14,15),複相鋼の変形挙動や破壊機構の解析においても有用性が示されている16,17)が,ベイナイト/マルテンサイト二相組織に対する適用例はこれまでにほとんど報告されていない。そこで本研究では,まず線形硬化則を用いたシンプルな結晶塑性解析手法によりベイナイトおよびマルテンサイトの単相挙動を表現可能であることを示し,単相解析で同定した両相の材料パラメータを用いてベイナイト/マルテンサイト二相組織の変形解析を実施した。

2. 実験方法

本研究に使用した低合金鋼の化学組成は,0.20C,0.40Si,2.02Mn,<0.002P,0.001S,1.52Ni,0.028Al,0.001B,0.0011N,<0.001O(mass%)である。これを1323 Kで溶体化処理し,773 Kの塩浴中で0.5 h保持した後,空冷を施すことで,上部ベイナイト中にマルテンサイトが分散した組織を得た。また,1323 Kで溶体化処理した後,ファン空冷により冷却速度を制御することで,全面がほぼベイナイト単相となるように調整した試料も準備した。これらの試料を10 mm×10 mm×1 mmの寸法に切り出し,エメリー研磨により厚さを約20 μmに調整した。その後,コロイダルシリカペーストを用いたバフ研磨により表面を鏡面に仕上げた。電界放出形走査電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて,加速電圧20 kV,ステップサイズ0.3 μmで走査し,電子線後方散乱回折(EBSD)解析法により結晶方位を同定した。EBSD解析にはTSL OIMソフトウェア(v7.1.0)を使用した。

集束イオンビーム加工(FIB)により試験片の平行部寸法が~20 μm×20 μm×50 μmのマイクロ引張試験片を作製した。引張試験は室温,大気中にて変位速度0.1 μm s−1で行い,光学顕微鏡を用いて引張試験中の試験片平行部の変化を観察した。ひずみ計測18)は引張試験中に連続的に取得した画像を用いて行った。

3. 実験結果

3・1 ベイナイト/マルテンサイト組織の結晶学的特徴

Lanらは,TEM観察により溶接再現熱処理で形成された島状マルテンサイトの形態を詳細に観察している19)。それによると,島状マルテンサイトはマルテンサイトとラス間に残留する少量のオーステナイトで構成されている19)。このことから島状マルテンサイトはしばしばMA(Martensite-Austenite constituent)と称されている。またEBSD解析により上部ベイナイトおよびマルテンサイトについて詳細な調査がなされており,両相の金属組織学的特徴は炭素量や変態温度についてよく整理されている20,21,22,23)。ベイナイトでは,マルテンサイトと同様に一つの旧オーステナイト粒からKurdjumov-Sachs(K-S)関係をもった24のバリアントが生成する可能性がある20,21)。この24のバリアントは共通の最密面をもつ6つのバリアントから成る集団(以後,CP(close-packed)グループと称す)に分類できる。一方,Bainの格子対応関係([001]γ//[001]α,[100]γ//[110]α,[010]γ//[110]α)からは8つのバリアントから構成される集団(以後,Bainグループと称す)に分類できる23)。すなわち,一つの旧オーステナイト粒から生じるバリアントは4つのCPグループと3つのBainグループに区分される。ここで,ラスマルテンサイトの領域は,共通の晶癖面をもつバリアントが隣り合って生成される傾向が強いため,上述のCPグループによる区分により識別することができる。一方,ベイナイトの隣接バリアントの選択性は変態温度によって異なる。623-723 Kで変態したベイナイトの金属組織学的特徴はラスマルテンサイトに類似している20)が,より高温側の853 Kの変態温度で形成されるベイナイトでは,同一Bainグループにあるバリアントが隣接して生成し,その領域には小角粒界を多く含むという特徴がみられる23)

Fig.1は,本研究に用いたベイナイト/マルテンサイト組織についてEBSD解析により測定された結晶方位分布と(001)極点図,BainグループおよびCPグループより色付けしたマップ,ならびにCPマップに対応させた(110)極点図を示す。一つの旧オーステナイト粒領域に含まれるベイナイトおよびマルテンサイトはK-S関係をもって生成していることがFig.1(b)より確認できる。上述のベイナイトとマルテンサイトの結晶学的特徴に基づいて分類すると,一つのBainグループから成る領域(Fig.1(c))がベイナイトと対応しており,同一の最密面をもつバリアントから成る領域(Fig.1(d)および(e))がマルテンサイトと対応していることが分かる。このように,ベイナイト/マルテンサイト組織における両相は,EBSD解析により金属組織学的特徴に基づいて識別することが可能である。

Fig. 1.

 (a) EBSD crystallographic orientation map and (b) (001) pole figure of the bainite/martensite microstructure. (c) Bain map obtained in region C and (d and e) CP map and (110) pole figure obtained in region D in (a). White and black lines are low-angle (5°<θ<15°) and high-angle (θ>15°) boundaries, respectively. (Online version in color.)

3・2 ベイナイト単相組織におけるマイクロ引張挙動

上述のようにマルテンサイトでは,塑性変形挙動が晶癖面方位によって大きく変化することが示されている12)。同様なラス構造を有するベイナイト基地組織における塑性変形挙動の異方性を調べるため,引張方向に対して異なる晶癖面方位を有する試験片を準備した。Fig.2に試験片平行部のEBSD解析に基づいてブロックごとに色付けしたカラーマップとそれに対応する(110)極点図を示す。B-I試験片は晶癖面が最大せん断応力面となるように切出した(Fig.2(b))。一方,B-P試験片は晶癖面が引張方向と平行になるようにした(Fig.2(d))。各極点図中の破線は晶癖面のトレースを示している。ここで,本検討に用いたベイナイトは,パケット構造を呈しているが,これはマルテンサイトの混在を防ぐ目的で冷却速度を調整して作製したためである。しかし,ブロック内の構造は前述のベイナイト/マルテンサイト二相組織のものと本質的に同様であると考えられる。

Fig. 2.

 EBSD colour-coded maps and the corresponding (110) pole figures for the B-I specimen (a and b) and the B-P specimen (c and d) before micro-tensile testing. LD and TD denote the loading and transverse directions in micro-tensile testing. (Online version in color.)

Fig.3にマイクロ引張試験により得られた応力−ひずみ曲線を示す。B-I試験片は594 MPaで降伏後,675 MPaで最大引張応力に達し,約25%のひずみで破断に至った。一方,B-P試験片の降伏応力と最大引張応力はそれぞれ736 MPaと914 MPaで,B-I試験片よりも高い値を示したが,破断ひずみは約11%でB-I試験片に対して低い値を示した。このようにベイナイトの力学応答は晶癖面方位によって大きく異なる。

Fig. 3.

 Stress-strain curves for the B-I and B-P specimens.

Fig.4はB-I試験片における引張過程を示す光学顕微鏡像である。ひずみが約3%の時点で,引張方向との角度が約48°のすべりトレースが出現した(Fig.4(b))。このすべりトレースは(110)の晶癖面の角度(Fig.2(b))と一致しており,晶癖面に平行なすべり(以後,晶癖面内すべりと称す)が活動したと考えられる。ひずみが約20%の時点では初期すべりトレースが観察された箇所において変形が集中し(Fig.4(c)),その直後に晶癖面にそってせん断破壊した。

Fig. 4.

 Optical micrographs showing the deformation process of the B-I specimen.

Fig.5はB-P試験片における引張過程を示す光学顕微鏡像と初期状態においてEBSD解析により取得した(112)および(111)極点図を示す。極点図中の○,△記号は,{110}〈111〉および{112}〈111〉すべり系の中で最大のシュミット因子をもつすべり系におけるすべり面の法線方向とすべり方向をそれぞれ示している。ひずみが約4%の時点で,試験片表面にすべりトレースが出現した(Fig.5(b))。このトレースは引張方向との角度が約71°であり,最大のシュミット因子をもつ{112}〈111〉のすべり系(Fig.5(d)および(e))と一致している。そのため,B-P試験片では,主に晶癖面を横断するすべり(以後,晶癖面外すべりと称す)が活動したと考えられる。また,ひずみが約11%の時点では初期すべりトレースが観察された場所において変形が集中し(Fig.5(c)),その直後に晶癖面を横切るように破断した。

Fig. 5.

 (a-c) Optical micrographs showing the deformation process of the B-P specimen. (d and e) (112) and (111) pole figures obtained for the B-P specimen in the initial state. SF represents the highest Schmid factor. Colours in the pole figures correspond to those in Fig.2(c). (Online version in color.)

以上のように,晶癖面内すべりが活動したB-I試験片の方が,晶癖面外すべりが活動したB-P試験片よりも低い強度を示した。活動すべり系における降伏時の分解せん断応力を計算すると,晶癖面内すべりで285 MPa,晶癖面外すべりで360 MPaとなり,その比は1.3を示し,ラスマルテンサイトの場合(1.5)と同等であった。晶癖面内すべりと晶癖面外すべりの分解せん断応力の差は,Marescaらが提唱しているようにラス間に残留するオーステナイトの存在24)や基地組織中に含まれる炭化物,ならびにブロック境界の存在などにより生じることが考えられる。以上のことから,マルテンサイトと同様にベイナイトにおいても降伏挙動の晶癖面方位依存性を示すことが明らかとなった。

3・3 ベイナイト/マルテンサイト二相組織におけるマイクロ引張挙動

Fig.6はベイナイト/マルテンサイト二相組織から成るB-MA試験片の初期組織を示しており,Fig.6(a)はEBSD解析により測定された変形前の試験片平行部における結晶方位分布,Fig.6(b)はCPグループより色付けしたCPマップ,Fig.6(c),(d)は(110),(111)極点図をそれぞれ示している。

Fig. 6.

 (a) EBSD crystallographic orientation map, (b) CP map, and (c and d) the corresponding (110) and (111) pole figures for the B-MA specimen. (Online version in color.)

Fig.7Fig.6に示したB-MA試験片を用いて行ったマイクロ引張試験結果を示している。Fig.7(a)に示す応力−ひずみ曲線より,B-MA試験片は520 MPaで降伏後,加工硬化により最大引張応力の795 MPaに達し,約7.2%のひずみで破断に至っていることがわかる。Fig.3に示したベイナイト単相の応力−ひずみ曲線と比較すると,B-MA試験片はB-I試験片とほぼ等しい降伏応力を示しながらも延性においては著しく低下していることがわかる。Fig.7(b)−(d)は光学顕微鏡で観察された引張試験に伴う試験片表面の変化を示しており,Fig.7(a)中に示した(b)−(d)の各点における観察像を示している。ひずみが約0.9%の時点で,Fig.7(b)中の矢印で示す領域において初期すべりトレースが出現した。このトレースはFig.6(b)に示したCPマップにおいて矢印で示される箇所で観察されることから,マルテンサイトに隣接しているベイナイト相中に生じていることがわかる。また,このすべりトレースと引張方向との角度は約91°であり,Fig.6(c)の晶癖面のトレースとほぼ一致していることから,初期すべりトレースはベイナイト相の晶癖面内すべり系の活動によるものと考えられる。なお,晶癖面は板厚方向に対して約54°傾斜しており,晶癖面内すべり系のシュミット因子は最大のもので0.44であった。さらに変形の進行に伴いFig.7(c)に示すように異なる領域においてもすべりのトレースが観察された後,Fig.7(d)に示すように各すべりトレース領域において変形が集中している様子が観察された。

Fig. 7.

 (a) Stress-strain curve and (b-d) optical micrographs showing the deformation process of the B-MA specimen.

以上の実験結果から活動変形機構について考察するためには,ベイナイト相とマルテンサイト相の大きさや配置に依存する複雑な相互作用を考慮する必要があり容易ではない。そこで本研究では,次章に示す各相のすべりを素過程として考慮した数値解析を実施し,得られたひずみ分布や応力分布に基づき変形機構を考察した。

4. 考察

4・1 結晶塑性有限要素解析手法

本研究では解析手法として,Peirceらによって提案された速度依存型結晶塑性モデル25)を構成式として導入した大変形有限要素法を用いた。本手法では,iすべり系のすべり速度 γ ˙ ( i ) は次式により得られるものと仮定している。   

γ ˙ ( i ) = γ ˙ 0 sgn ( γ ( i ) ) | τ ( i ) g ( i ) | 1 / m (1)

ここで γ ˙ 0 およびmは,参照ひずみ速度および速度依存性指数である。また式(1)中のτ(i)およびg(i)は,それぞれiすべり系の分解せん断応力および参照応力であり,参照応力の発展則としては次式を用いた。   

g ˙ ( i ) = j = 1 N h | γ ˙ ( j ) | (2)

ここでhは加工硬化係数であり,一般的には活動すべり系の組合せや負荷履歴等に依存するが,ベイナイトおよびマルテンサイトにおける加工硬化挙動の詳細は未解明であり,本研究では後述するパラメータフィッティングに基づき全すべり系に対して一定値を用いることにした。また,本研究ではベイナイトおよびマルテンサイトの変形機構として,{110}〈111〉および{112}〈111〉すべり系を考慮した。

Fig.8(a)は単相材の解析で用いた有限要素メッシュを示している。モデル形状はマイクロ引張試験に用いた試験片形状と同一形状とし,20節点ソリッド要素により5600要素に分割している。本有限要素メッシュの各要素に対して初期結晶方位を与えたものを解析モデルとした。境界条件は,Fig.8(b)に示すように,底面をLD方向に固定し,上面にLD正方向に強制変位を与えることにより,単軸引張負荷とした。ここで,強制変位は実験おけるひずみ速度に対応する一定の増分で与えた。以上の解析手法をベイナイトおよびマルテンサイト各単相材の変形挙動に適用し,その妥当性を検証した。

Fig. 8.

 (a) Finite element mesh for CPFEM analysis and (b) boundary conditions. Analysis models and calculated and experimental stress-strain curves for B-I (c and e), B-P (d and f), M-I (g and i), and M-P (h and j). (Online version in color.)

Fig.8(c),(d)は3・2節に示したベイナイト単相材に対応する解析モデルを示しており,EBSD解析により得られたオイラー角を初期結晶方位として各要素に与えている。材料パラメータはFig.3に示した応力−ひずみ曲線に対してフィッティングすることによりTable 1に示すように同定した。さらに,参照応力についてはTable 2に示す実験で得られた降伏時の分解せん断応力値をそのまま適用した。すなわち,降伏挙動に晶癖面方位依存性があるという実験結果を考慮して,晶癖面内と晶癖面外のすべり系では異なる参照応力とした。

Table 1.  Material parameters other than initial reference stresses in the present CPFEM analysis.
Young’s modulus, E (GPa) 200
Poisson’s ratio, ν 0.3
Strain rate sensitivity, m 0.02
Reference slip rate, γ ˙ 0 (s–1) 0.001
Strain hardening constant, h (MPa) 200
Table 2.  Initial reference stresses (MPa) in the present CPFEM analysis.
{110}<111> slip systems {112}<111> slip systems
In-habit-plane Out-of-habit-plane
B-P, B-I 285 360 360
M-P, M-I 931 1333 1333

Fig.8(e),(f)にベイナイト単相モデルの結晶塑性解析より得られた応力−ひずみ挙動を示す。比較のためにFig.3の実験結果も合わせて示している。ここで,変形初期における応力−ひずみ曲線が実験と計算で一致していないが,これは計算に用いた加工硬化則が単純な線形硬化則であることに起因しているものと考えられる。このように変形初期の挙動には差異があるものの,全体的な応力−ひずみ挙動はB-IとB-Pモデルともに実験結果と良い一致を示し,本解析手法を用いることによりベイナイトの塑性異方性を定量的に記述可能であることがわかる。

Fig.8(g),(h)はマルテンサイト単相材の解析モデルを示している。ここでマルテンサイト単相材としては,本研究で用いたベイナイト/マルテンサイト二相組織試験片中のマルテンサイトの炭素量が0.37-0.52%であったことから,著者らが以前に行った同程度の炭素量である炭素鋼マルテンサイト55Cの結果26)を用いることにした。初期方位および材料パラメータに関しては上記ベイナイト単相材の解析と同様に与えた。

Fig.8(i),(j)にマルテンサイト単相モデルの計算結果より得られた応力−ひずみ挙動を示す。比較のために実験結果を合わせて示している26)。マルテンサイト単相モデルの計算結果においても実験結果がよく再現できている。以上のことから本結晶塑性解析手法を用いることにより,ベイナイトおよびマルテンサイト単相材の引張変形挙動を定量的に記述可能であることが確認できた。

4・2 ベイナイト/マルテンサイト二相組織の不均一塑性変形

前節ではベイナイトおよびマルテンサイトの単相材を結晶塑性解析により表現できることを示した。本節では,前節で同定された材料パラメータを用いて,引張負荷を受けるベイナイト/マルテンサイト二相組織材(B-MA試験片)の変形解析を実施し,不均一変形に伴うひずみ分布と応力分布を得ることにより,変形機構について考察する。

本節で対象とするベイナイト/マルテンサイト二相組織材は各領域の大きさが比較的小さく,試験片表面の観察結果から内部の結晶方位や相配置に関する情報を得ることが困難である。そこで,本節の解析ではFig.9(a)に示すように表面観察結果に基づき厚さ1要素の解析モデルを作成し,モデル下面のND方向の変位を拘束することで,試験片表面における変形挙動を評価することにした。Fig.9(b)はB-MA試験片に基づいて作製した解析モデルを示しており,各ブロックごとに色付けしている。初期結晶方位は前節の単相材解析と同様に,EBSD解析から得られたオイラー角をそれぞれの領域に割り当てた。

Fig. 9.

 (a) Boundary conditions and (b) analysis model for B-MA specimen. The white-lines indicate the boundaries surrounding the martensite regions. (Online version in color.)

Fig.10に結晶塑性解析により得られた引張負荷に伴う相当ひずみ分布および相当応力分布の変化を示す。Fig.10(a)−(c)よりマルテンサイトに隣接するベイナイト領域に高い相当ひずみの分布がみられる。Figs.67に示した実験結果と比較すると,Fig.10に示した相当ひずみの大きな領域は初期すべりトレースが確認できた場所と一致していることがわかる。一方,Fig.10(d)−(f)に示した各ひずみ量における応力分布より,大角粒界であるBain境界において高い応力が示されており,その中でも大きな相当ひずみを示したベイナイト領域とマルテンサイトとの境界において特に応力が高いことがわかる。

Fig. 10.

 Distributions of equivalent strain (a-c) and equivalent stress (d-f) analysed with consideration of the habit-plane-orientation-dependent yielding in the B-MA model. (Online version in color.)

解析により得られた活動すべり系を確認したところ,変形開始直後においては晶癖面内すべり系が支配的に活動しており,Figs.67に示した実験結果と整合する。一方で,マルテンサイト相ではすべりは全く活動しておらず,このことは実験的にもマルテンサイト相において明確なすべりトレースが観察されなかった結果と整合する。

以上の計算結果で得られたひずみ分布および応力分布を考慮して二相組織の不均一変形における変形機構について推察すると,マルテンサイトに隣接するベイナイト領域が大きく変形することによりベイナイト内部にき裂が発生し,高い応力値を示すマルテンサイトとの界面を伝播し得ると考えることができる。

4・3 二相組織におけるベイナイトの塑性異方性

前節の結晶塑性解析ではベイナイトおよびマルテンサイトにおける降伏挙動の晶癖面方位依存性を考慮した解析を実施した。本節では,降伏挙動の晶癖面方位依存性が変形挙動に及ぼす影響を確認するため,ベイナイトにおける全てのすべり系の参照応力を等価であると仮定した解析を実施する。

Fig.11はベイナイトの参照応力が等価であると仮定して,全ての変形機構に対して285 MPaを用いた場合における相当ひずみ分布と相当応力分布を示している。Fig.10Fig.11より,降伏挙動の晶癖面方位依存性の考慮の有無によって,相当ひずみ分布および相当応力分布が著しく異なることがわかる。解析結果より活動変形機構を調べたところ,Fig.11において相当ひずみが集中している箇所では,最大シュミット因子をもつ{112}〈111〉すべり系が活動していた。また,相当応力分布においては,ベイナイトとマルテンサイトの境界において応力の集中が見られるが,降伏挙動の晶癖面方位依存性を考慮したFig.10の結果と比べると,応力集中箇所が異なるだけではなく,その応力値も小さいことがわかる。

Fig. 11.

 Distributions of equivalent strain (a-c) and equivalent stress (d-f) analysed without consideration of the habit-plane-orientation-dependent yielding in the B-MA model. (Online version in color.)

以上の結果より,ベイナイト/マルテンサイト二相組織材の不均一変形挙動を評価する上では,晶癖面方位依存性の考慮が不可欠であり,方位依存性を考慮しない場合には応力集中を過小評価し得ることがわかった。

5. 結言

ベイナイト/マルテンサイト二相組織において,二相組織間の力学特性と変形機構についてマイクロ引張試験およびCPFEM解析により調査した。得られた結果を以下に示す。

1.ベイナイト単相材のマイクロ引張試験では,マルテンサイトと同様に降伏挙動の晶癖面方位依存性が見られた。

2.ベイナイト/マルテンサイト二相材では,ベイナイト相へ変形が集中することにより低延性破壊を起こした。

3.CPFEM解析において降伏挙動の晶癖面方位依存性を考慮することにより,実験的に得られているベイナイトおよびマルテンサイトの単相材における応力−ひずみ挙動の塑性異方性を表現可能である。

4.ベイナイト/マルテンサイト二相材のCPFEM解析では,ベイナイト相に大きな変形が生ずるとともに異相境界付近で応力の集中が見られた。このことは,ベイナイト/マルテンサイトの異相境界が破壊起点に成り得ることを示唆している。

謝辞

本研究の一部は,科学研究費補助金15H02302の支援を受けて実施したものである。本研究は一般社団法人日本鉄鋼協会「高強度鋼の破壊靭性」研究会の活動の一環として行われたものである。

文献
 
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