Tetsu-to-Hagane
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Numerical Modeling for Strain Hardening of Two-phase Alloys with Dispersion of Hard Fine Spherical Particles
Yelm OkuyamaTetsuya Ohashi
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2016 Volume 102 Issue 7 Pages 396-404

Details
Synopsis:

Plastic deformation and dislocation accumulation in dispersion hardening alloys are numerically analyzed by a crystal plasticity finite element technique and work hardening characteristics are discussed. The critical resolved shear stress for slip system is given by the extended expression of the Bailey-Hirsch type model which include the Orowan stress as size effect of microstructure. Work hardening of slip system is estimated by statistically stored dislocation (SSD) density. Increment of the SSD density is evaluated by slip strain and the mean free path of dislocations (the Kocks-Mecking model). The mean free path depends on the average spacing of dispersed particles, which is also used to estimate the Orowan stress. The average spacing of dispersed particles is calculated from the volume fraction and average diameter of dispersed particles. As a result, flow stress level at the initial stage of deformation agreed very well with experimental result but work hardening rate was higher than that of experiment. From this fact, it is considered that the mean free path and the average spacing of dispersed particles are different spacing factors. When we assume that the mean free path is two to three times larger than the average spacing of dispersed particles, numerical result of the strain hardening agrees very well with experimental one.

1. 緒言

金属材料の代表的な強化手法として硬質な第二相粒子を母相金属中に分散させることで強度を得る分散強化法がある。このような材料が塑性変形するとき,運動転位は塑性変形が難しい粒子の間を抜けていく必要があるため,すべり変形には高いせん断応力を要し降伏強度が高くなる。この機構はオロワン機構1)とよばれている。オロワン機構に関する理論的な研究2)は多くなされており,材料の降伏強度を分散粒子の平均間隔によって評価することが出来ることがわかっている。転位が分散粒子の間を通り抜けた後には,粒子の周りにオロワンループと呼ばれる転位ループが残される。転位ループは応力場を形成するため,後続の運動転位がその分散粒子間を通り抜けるには,より大きなせん断応力が必要になると考えられている。このオロワンループによる加工硬化機構についてはFisherら3)が詳細に論じた。分散粒子による加工硬化の機構をEshelbyの介在物理論4)を用いて求める研究5)も報告されている。また最近では,分子動力学法を用いた数値シミュレーションによって粒子と転位の相互作用に関して原子論的な側面から検討した研究6)もおこなわれている。

実験的研究でも分散粒子の周囲に形成されたオロワンループが観察7)された。しかしオロワンループの形成と同時に,母相中のより広い領域に転位が蓄積する現象も観察8)されている。Fig.19)は公称ひずみが2%になるまで引張変形した分散強化合金の透過電子顕微鏡像と転位のトレース図であり,粒子間の母相中に複雑に絡み合った転位の蓄積が見られる。これと同様の転位蓄積は転位動力学法を用いた数値シミュレーション10)においても観察されている。つまり降伏強度や塑性変形初期の加工硬化はオロワン機構により説明できるとしても,塑性変形がさらに進んだ後では母相に蓄積する転位による加工硬化も考慮する必要があることがわかる。しかし母相に蓄積する転位に関する検討は十分とは言えない。

Fig. 1.

9). TEM images (a), (c) and schematic illustration showing the traces of dislocations (b), (d) for VCsteel (a), (b) and Cu steel (c), (d) tensile-deformed at 0.02 in nominal strain. (Masahiro, MURAKAMI, et al., Tetsu-to-Hagané Vol.97(2011) No.3)

本研究では分散強化合金微視組織中の塑性すべりを,転位密度ベースのモデルを基礎にした有限要素法結晶塑性解析によって検討する。活動すべり系上を転位が運動するとき,運動転位の捕捉には林立転位と分散粒子の両者が関与するとしてモデル化を行った。これらによって捕捉された転位が母相中に蓄積してゆくときの転位密度の発展から加工硬化特性を評価する。解析対象はフェライト母相中にバナジウム炭化物(VC)が分散した合金に関するNakadaらの研究11)を参考に作成したモデルとし,結晶塑性解析により得られた結果と実験結果を比較することで,転位蓄積モデルの妥当性についても検討した。

2. 結晶塑性解析モデル

解析には有限要素法を基礎とした3次元結晶塑性解析ソフトウエアコード12,13,14)を用いた。すべり系nのすべり変形開始条件は次のSchmid則で与える。   

θ ( n ) = P i j ( n ) σ i j , θ ˙ ( n ) = P i j ( n ) σ ˙ i j (1)

ここで,θ(n)σijはすべり系nの臨界分解せん断応力(以降CRSSと略す)および応力テンソルである。また物理量にドット記号(・)をつけたものは,その物理量の増分を表している。すべり系nのSchmidテンソルPij(n)はすべり面法線方向およびすべり方向の単位ベクトルvi(n)およびbi(n)を用いて次のように定義される。   

P i j ( n ) = 1 2 ( v i ( n ) b j ( n ) + v j ( n ) b i ( n ) ) (2)

すべり系nに生じた塑性せん断ひずみの増分を γ ˙ n とすると,塑性ひずみテンソルは   

ε ˙ i j p = P i j ( n ) γ ˙ ( n ) (3)

となる。 γ ˙ n とCRSSの増分の関係を   

θ ˙ ( n ) = m h ( n m ) γ ˙ ( m ) (4)

とし,塑性すべりにともなう結晶方位回転を無視すると,すべり変形に関する構成式が次のように求められる15)。   

ε ˙ i j = [ S i j k l e + n m { h ( n m ) } 1 P i j ( n ) P k l ( m ) ] σ ˙ k l (5)

ここで ε ˙ i j は式(3)で得られる塑性ひずみの増分と弾性ひずみ増分の和,Seijklは弾性コンプライアンステンソルであり,h(nm)はすべり系mの塑性せん断ひずみの増分 γ ˙ m とすべり系nのCRSSの増分とを関係付ける加工硬化係数である。h(nm)はすべり変形の履歴に依存する。

加工硬化係数h(nm)を決定するために以下のようなモデルを用いた。すなわち,各すべり系のCRSSとして,拡張Bailey-Hirschモデル14)   

θ ( n ) = θ 0 ( T ) + m = 1 N Ω ( n m ) a μ b ˜ ρ S ( m ) + μ b ˜ λ (6)

を用いる。式(6)の右辺第1項は格子摩擦応力θ0(T),第2項は結晶中に蓄積した転位による変形抵抗で,ρs(m)はすべり系mに蓄積したSS転位の密度である。Ω(nm)はすべり系nの運動転位とすべり系mに蓄積している転位の相互作用行列であり,行列成分の値によって運動転位と蓄積転位の相互作用の仕方がすべり系の組み合わせによって異なる事を表現する。本研究では等方硬化としΩ(nm)は1とした。Nはすべり系の数である。aμおよび b ˜ はそれぞれ数値係数,せん断弾性係数およびバーガースベクトルの大きさである。右辺第3項は結晶粒界などがあることによって生ずる転位源からの転位ループ放出抵抗である。本研究では結晶粒界よりも十分狭い範囲に第二相粒子が分散した材料を対象としている。すなわち最初に放出された転位ループが結晶粒内を広がるには分散粒子間を抜けていく必要がある。そこで第3項に転位が分散粒子間を抜けていくために必要なせん断応力(オロワン応力)を導入し,λは分散粒子の平均間隔とした。

連続体力学を基礎とした結晶塑性解析では,転位を統計的に蓄積する転位(Statistically Stored Dislocations,SS転位)と幾何学的に必要な転位(Geometrically Necessary Dislocations,GN転位)に分けて考える。

SS転位の密度増分はKocks-Meckingモデル16,17)を用いて次式で求める。   

d ρ S ( n ) = ( c b ˜ L ( n ) D b ˜ ρ S ( n ) ) d γ ( n ) (7)

ここでL(n)は転位の平均自由行程である。cは長方形状の転位ループが放出された時の刃状転位とらせん転位の運動距離の比の関数18)として定義されているが,本論文では塑性せん断ひずみ増分と転位密度増分を関係づける数値係数に一般化し定義した。一般的にはc=1としている16,17)ため本論文でもそのようにした。Dは蓄積した転位の消滅に関係する因子であり,本論文ではD=5 b ˜ とした。式(7)は,塑性変形と共に増殖した転位がL程度の距離を運動したのちに材料中に蓄積することと,それまでに蓄積した転位の密度ρS(n)が高くなればD程度の距離にある反対符号の転位と対消滅する描像に立脚している。

転位の平均自由行程は,すべり面上を運動する転位が障害物によって捕捉されるまでの距離とする。障害物となりうるものとして,まず他のすべり面に蓄積した転位(林立転位)が考えられる。また分散強化合金中では,分散粒子によって運動転位が捕捉される。そこで転位の平均自由行程は,それまでに結晶中に蓄積した転位間の平均距離と,分散粒子間の距離のどちらか小さいほうに依存する次式のモデルを導入した。   

L ( i ) =Min[ c* j=1 N w ij ( ρ S ( j ) + ρ G ( j ) ) ,λn* ](8)

ここで∥ρG(j)∥は後に述べるように,すべり系jに蓄積したGN転位の密度ノルムであり,式(8)では,SS転位とGN転位が重みwijを介してすべり系iの平均自由行程すなわちSS転位の蓄積に関与する。ここではすべり面が同じすべり系同士ではwij=0,すべり面が異なるすべり系同士ではwij=1とした。c*は運動転位に対する蓄積転位の抵抗に関する数値係数で経験的に10から100程度の値が良く使われ,本研究では15を用いた。n*は微細粒子が分散する結晶中での転位の運動様式に依存する数値係数で,運動転位が分散粒子の平均間隔ごとに捕捉されるとすればn*=1である。n*については後に検討を加える。式(8)は結晶中に高密度に転位が蓄積していればそれらの平均間隔のc*倍程度が転位の平均自由行程となるが,分散粒子の平均間隔のn*倍が平均転位間距離のc*倍よりも小さければ,分散粒子の平均間隔のn*倍が転位の平均自由行程を決定することを表している。

GN転位19)の密度は,刃状成分とらせん成分に分け次のように求められる20)。   

ρ g , e d g e ( n ) = 1 b ˜ γ ( n ) ξ ( n ) (9)
  
ρ g , s c r e w ( n ) = 1 b ˜ γ ( n ) ζ ( n ) (10)

ここでξ(n)ζ(n)は,それぞれすべり面上ですべり方向に平行な方向と垂直な方向である。ここで∥ρG(n)∥は二つの成分からなるGN転位の密度(密度ノルムと称する)で,   

ρ G ( n ) = ( ρ g , e d g e ( n ) ) 2 + ( ρ g , s c r e w ( n ) ) 2 (11)

で与えられる。

式(4),(6),(7)から以下の加工硬化係数が得られる。   

h ( n m ) = 1 2 Ω ( n m ) a μ { c L ( m ) ρ S ( m ) D ρ S ( m ) } (12)

3. 解析条件

粒子分散合金の微視組織中には粒子が無数に分散している。しかし有限要素法を用いた結晶塑性解析において多数の粒子を含む微視組織をそのままモデル化し,転位運動の事象を表現して降伏応力,加工硬化率を得ることは困難である。本論文では,粒子一つを含む領域を抜き出した物を解析対象とし,オロワン機構や転位の平均自由行程のモデルを構成式へ導入して解析を進める。

Fig.2(a)は,解析に用いたモデルの概略図である。母相となる立方体状領域の中心に第二相となる球状粒子を一つ配置した。立方体の一辺の寸法と粒子直径は,参考とした研究11)の実験材料VC-steelを参考に平均粒子直径39 nmと粒子の体積分率1.24%とし,それぞれ135.8 nmと39 nmとした。負荷としてモデルのy軸に垂直な上下端面に引張の均一強制変位を与えることによって公称ひずみが5%となるまで変形させた。モデルの側面は自由境界となっている。Fig.2(b)にモデルの有限要素分割の様子を示す。解析に用いた要素は8節点複合要素21)であり,モデル全体の要素分割数は64000である。

Fig. 2.

 (a) Geometry of the model for numerical analysis. Diameter of the particle is 39 nm. Slip direction and slip plane of the primary slip system are shown. (b) Finite element meshing of the model.

CRSSと転位の平均自由行程に用いる分散粒子の平均間隔λは次の通り決定した。3次元材料中に分散する粒子が任意のすべり面上に現れる平均間隔は,粒子の体積分率Vfと粒子の平均直径dにより式(13)から求まる22)。   

l ¯ = π 6 V f d ¯ (13)

ただしlは粒子が平面上で正方状に配列していると近似した時の粒子中心間の距離である。粒子がランダムに分散した場合,lの値を用いて得られるオロワン応力より降伏応力が若干小さくなることがForeman and Makin23)により示された。そこで本研究では,式(14)に示すようランダムに分散した場合の補正係数1.2522,23)を乗じ,さらに粒子の有効直径を引いた値を粒子の有効平均間隔λとした。   

λ = 1.25 × l ¯ π 4 d ¯ (14)

粒子の体積分率と平均粒子直径がそれぞれ1.24%と39 nmの場合,λは約286 nmである。解析に用いた主な材料定数をTable 1に示す。母相はBCC構造をもつ鉄で,弾性定数には鉄単結晶の弾性コンプライアンスに関する実験データ24)を用いた。主軸方向{100}に関するヤング率は約130 GPaである。格子摩擦応力は50 MPaとし,拡張Bailey-Hirschモデルの数値係数aは0.1とした。分散する第二相粒子はバナジウムカーバイド(VC)で,ヤング率は430 GPa25)と高く鉄の約3倍である。VCは塑性変形しにくい硬質なものである。そのため格子摩擦応力には十分高い値である4 GPaを与え,VC粒子に塑性変形が生じない条件とした。

Table 1.  Material data used for the analysis.
iron VC
Elastic compliance
[×10–11 m2/N]
s11 0.7720 0.2325
s12 –0.2850 –0.0512
s44 0.9020 0.6369
Magnitude of Burgers vector [nm] 0.248 0.294
Lattice friction stress [MPa] 50 4000
Initial dislocations density [m–2] 24.0 × 109

結晶方位はFig.3(a)に示すオイラー角の定義の下でκ=77.33°,θ=24.73°,φ=257.33°を与えた。この方位での極点図をFig.3(b)に示す。主すべり系となる(101)[111]がFig.2(a)中に示されるすべり面およびすべり方向となり,y軸方向引張に対するSchmid因子が0.5となる。

Fig. 3.

 (a) Relationship between the crystal and specimen coordinate system. (b) Crystal orientations of the matrix and the inclusion. Slip plane and slip direction of the primary slip system are (101) and [111].

本研究では単純化の為に主すべり系のみが活動する条件を与えて解析を行った。またひずみ速度依存性は陽な形では入っていないが,CRSSを決定する式(6)の右辺第一項である格子摩擦応力θ0(T)は温度依存型の関数である。そのためひずみ速度依存性はθ0(T)の値によって間接的に表現される。参照した実験11)におけるひずみ速度は1×10−3 s−1であるが,格子摩擦応力を50 MPaとして解析を行ったところ,巨視的な降伏応力がほぼ一致した。このことから,ひずみ速度に関する条件は格子摩擦応力を50 MPaとすることによって実験条件とほぼ一致させることが出来たと考えて以降の解析を行った。

4. 解析結果と考察

4・1 解析結果と実験結果との比較

二相モデルの引張変形解析により得られた公称応力−公称ひずみ曲線をFig.4中に◯印のシンボルで示した。粒子を含まない単結晶モデルについても引張変形解析を行った。その結果を◇印のシンボルで示す。Fig.4中には,二相モデルの分散粒子と母相の各相に生じた引張応力の平均値を引張ひずみの平均値に対してプロットしたデータもそれぞれ▲と■のシンボルで示す。二相モデルの解析結果は,公称応力と公称ひずみがそれぞれ約190 MPaと約0.11%で微視的な塑性変形が開始し,巨視的な降伏を0.2%耐力とすると約340 MPaと0.4%で巨視的な降伏に達する。巨視的な降伏後,実験結果11)と同様に放物線型の加工硬化特性を示している。粒子を含まない単結晶モデルの結果と二相モデルの結果を比較すると,巨視的な降伏応力および加工硬化率共に単結晶モデルに比べ二相モデルのほうが顕著に高い。

Fig. 4.

 Nominal stress-strain curve and stress partitioning of each phase.

二相モデル中の分散粒子は塑性変形しないため,Fig.4に▲印のシンボルで示したように直線的な応力ひずみ関係を示し,モデルの公称引張ひずみが5%になった段階での粒子に生ずる平均引張応力は約2 GPaである。母相は公称引張ひずみが約0.18%の時に塑性ひずみが母相全体に伝播する巨視的な塑性変形が開始し,加工硬化率は単結晶モデルの加工硬化率より顕著に高い。

このような二相モデルおよび,二相モデル中の母相領域の高い加工硬化率は,転位の平均自由行程が分散粒子の平均間隔によって制限され,SS転位の蓄積が促進されたことにより生じた。単結晶モデルでは式(6)右辺第3項によるCRSSの増加がないために巨視的な降伏応力も二相モデルに比べ低く,また転位の平均自由行程の制限がないために加工硬化率が低い。二相モデル全体と二相モデル中の母相の応力ひずみ曲線の差は,分散粒子が担う高い内部応力によるものである。すなわち,本計算で得られた分散強化合金の高い加工硬化率は,母相中に転位が急速に蓄積することと,塑性変形しない分散粒子が担う高い内部応力の二つが主な要因になっている。第2および第3節に述べた転位運動と蓄積のモデルによって,分散強化合金の特徴である高い降伏応力と加工硬化率が表現出来たと言える。

Fig.5(a),(b)および(c)はそれぞれ5%引張変形後のモデル中央x-y断面における3つの応力成分,すなわちy軸方向垂直応力成分σyyx軸方向垂直応力成分σxx,およびせん断応力成分σxyの分布を示したものである。応力値の色は−1 GPaから1 GPaの範囲で青から赤に色づけしておりそれ以上の値は黒(−1 GPa以下)と紫(1 GPa以上)で示す。この時,最大で約±2 GPaの応力が生ずる領域がある。

Fig. 5.

 Distribution of the normal stresses (a)σyy, (b) σxx and shear stress (c) σxy when the nominal tensile strain is 0.05. The stress distribution is depicted on the cross section parallel to the x-y plane at center of the model.

y軸方向垂直応力成分σyy(Fig.5(a))は粒子内部で最も高く,その値はFig.4に示されている通り約2 GPaであり応力分布はほぼ均一である。粒子の上下の領域に接する母相領域の応力値は約2 GPaであり,そこから左右上下の斜め方向に応力値の高い領域が帯状に伸びている。またこれら帯状領域に沿って値が公称応力よりも低い領域が形成され,粒子左右に隣接する領域では約−2 GP程度に達する圧縮応力が生じている。このような不均一な応力分布は,粒子のヤング率が高くまた塑性変形しないことにより生じた変形量の差がもたらしており,その一部は塑性せん断ひずみの不均一分布とそれに伴うGN転位の蓄積につながり,残部はFig.5(a)に示されているような弾性変形の不均一分布が担っている。

x軸方向垂直応力成分σxxは分散粒子内部ではほぼ均一に約−1.6 GP程度の大きな圧縮応力状態になっており,粒子上下および左右の母相中ではそれぞれ引張および圧縮の応力が生じた領域が形成されていた(Fig.5(b))。粒子が塑性変形しないことにより粒子の内部および粒子に接する母相領域で,公称応力の3~4倍程度の高い応力値が生じていたことになる。

せん断応力成分σxyは粒子内部では約10 MPa程度の低い値であり,母相中では粒子の上下左右近傍からすべり面法線方向およびすべり方向へ応力の高い領域が形成されている(Fig.5(c))。

その他の3つの応力成分,σzzσyzσzxは粒子近傍の狭い範囲に若干の発生が見られるものの母相中の広い領域への広がりは見られない。これは本研究の結晶方位がz方向に塑性ひずみの生じない条件のためである。

Fig.6(a)は5%引張変形後のモデル中央x-y断面の主すべり系に生ずる塑性せん断ひずみの分布である。注目すべき特徴はFig.6(a)中の黒枠で囲まれた母相の領域,すなわちすべり方向とすべり面法線方向に伸びる領域で塑性すべりが抑制されていることである。このような現象となる要因はすべり系に生ずる分解せん断応力から説明できる。Fig.6(b)はすべり変形しない第二相領域と隣り合うすべり方向とすべり面法線方向の領域のすべり変形を模式的に表したものである。外力によって母相がFig.6(b)の様に分解せん断応力を受けすべり変形しようとしたとき,すべり変形しない領域と隣り合うことでそこから分解せん断応力と逆向きの反力を受ける。そのためそれらの領域では分解せん断応力が小さく塑性せん断ひずみが少ない領域が生ずると考えられる。

Fig. 6.

 (a) Distribution of slip strain when the nominal tensile strain is 0.05. The strain distribution is depicted on the cross section parallel to the x-y plane at center of the model. (b) Schematic illustration of slip deformation, shear force and reaction force at around the inclusion. Here,b is the Burgers vector. ν is the normal direction of slip plane.

以上の様に形成される塑性ひずみの勾配は特徴的なGN転位構造を形成13)する。粒子からすべり面の法線方向に伸びるすべり変形の抑制された領域では,ひずみの分布にバーガースベクトル方向の勾配があるため正負の刃状転位が並び,キンク帯に相当する変形帯が形成される。粒子からすべり面法線方向に伸びる刃状転位の蓄積帯は実験8)においても観察されている。また粒子からすべり方向に伸びる領域ではバーガースベクトル方向のひずみ勾配がないため,GN転位はほとんど形成されず粒子によるすべり変形の抑制帯となっている。さらに詳細に観察すると,粒子のごく近傍に塑性せん断ひずみの集中が見られる。このようなひずみの分布は,粒子近傍の応力場の不均一性が原因となって生じ,このひずみ集中にともなって右回りの転位ループが局所的に形成さている12)

次に解析結果と解析条件の参考とした実験結果の公称応力−公称ひずみ曲線を比較した。Fig.7中の○のシンボルと破線で結晶塑性解析の結果,実線によりNakadaらによる実験結果11)を示している。解析で得られた巨視的な降伏挙動は実験結果と良く一致しているが,加工硬化率は実験結果に比べ高い。そのため公称ひずみ5%での塑性流動応力も実験結果に比べ高い値となっている。

Fig. 7.

 Nominal stress-strain curves obtained by experiment12) and numerical analyses. The λ of numerical analyses results are 286 nm and 361 nm.

巨視的な降伏に関しては良く一致していることから,オロワン応力を導入した拡張Bailey-Hirschモデルを初期CRSSの決定に用いる方法は妥当なものと考えられる。一方,結晶塑性解析において加工硬化は式(6)右辺第二項で与えられ,この項にあるSS転位密度が変形とともに変わってゆく。したがって,すべり変形に伴うSS転位密度の増加を過剰に評価したことが加工硬化率を高く見積もる結果になったと考えられる。

SS転位密度の増分は式(7)により決定しており数値係数cDおよび転位の平均自由行程Lによって変化する。cは一般的に1であり,また転位の対消滅によるSS転位密度増分の減少は本研究で与えた公称ひずみ5%程度の変形ではほとんど巨視的な力学特性に影響を及ぼさないため対消滅距離Dの本結果への寄与は小さい。そのためSS転位密度の増分に大きく寄与する因子は転位の平均自由行程Lである。本研究の解析条件ではLの決定に粒子の有効平均間隔λが寄与する。つまり本研究では粒子の有効平均間隔λによって材料の加工硬化率が説明される。そのため実験結果に比べ解析結果の加工硬化率が高くなった原因は,Lに対する粒子の有効平均間隔の寄与が十分正確に評価されていなかったためであると考えられる。そこで次に,より厳密な粒子の有効平均間隔を用いて結晶塑性解析により加工硬化率を検討する。

4・2 粒子直径分布と粒子の平均間隔

実際の材料中に分散する粒子は,直径にバラつきがある。粒子の平均間隔をより高い精度で見積もるには,粒子直径のバラつきを考慮することが望ましいとNakashimaら26)によって示された。さらに粒子直径のバラつきを考慮した粒子の平均間隔によるオロワン応力の評価について実験的および理論的な研究27)もなされている。そこで粒子直径のバラつきを導入した次式26)により求めた間隔を粒子の有効平均間隔として結晶塑性解析を行った。   

λ=1.25× π 6 V f n Ns d n 3 n Ns d n π 4 n Ns d n 2 n Ns d n (15)

参考とした実験11)の粒子直径分布は概略,対数正規分布となっている。本研究ではその分布に近づくように,サンプル数NS=2000でほぼ対数正規分布になるように粒子直径分布のデータを発生させた。このようにして発生させた直径分布と実験結果との比較結果をFig.8に示す。得られた2000個の粒子直径d1~d2000を式(15)に代入することで粒子の有効平均間隔を求めた。粒子の有効平均間隔は,式(14)の粒子直径の平均値を用いた場合で286 nmであるのに対し,式(15)の粒子直径のバラつきを考慮した場合は361 nmであり,約30%大きい。

Fig. 8.

 Experimental12) and hypothetical log-normal distribution of particle diameter. Here, average and standard deviation of the log-normal distribution are 39 and 15 nm.

粒子の有効平均間隔を361 nmとして解析した結果をFig.7中の破線と+のシンボルで示した。粒子の有効平均間隔が広くなることで,降伏応力が下がり加工硬化率も若干低下している。ただし降伏応力は結晶方位から決まるSchmid因子や初期転位密度などにより変化するため,重要とは言えない。ここで重要な点は,粒子直径のバラつきを考慮した粒子の有効平均間隔を用いても加工硬化率が実験結果に比べ高い事である。

以上の検討ではオロワン応力の評価に用いる寸法因子と転位の平均自由行程の評価に用いる寸法因子は同一であるとして解析を行った。しかしオロワン応力の算定に用いる寸法因子は運動転位が隣接する粒子の間を通り抜ける現象に関係するのに対し,転位の平均自由行程に用いる寸法因子は,運動転位が多数の粒子によって捕捉されるまでの距離である。すなわち,降伏応力などの塑性流動応力に関係する寸法因子と加工硬化に関係する寸法因子は,物理描像が本来異なるものであり,必ずしも同一である必要はない。そこで次に,転位の平均自由行程について検討する。

4・3 粒子が分散した結晶中を運動する転位の平均自由行程

粒子が分散した結晶中において,すべり変形を担う転位の運動に対する主要な抵抗因子は分散粒子であると考えるのが自然であり,転位の蓄積に対しても分散粒子の有効平均間隔が主要な役割を果たしていると思われる。しかし前項の考察で,転位の運動抵抗と蓄積に関与する寸法因子は同一ではない可能性が見えてきた。そこで転位の運動様式に依存するn*の値について検討する。前項までの計算の設定すなわちn*=1は,運動転位は分散粒子の有効平均間隔ごとに捕捉される描像となっている。しかし運動転位が分散粒子の間隔ごとに捕捉される描像が成立しない状況は数多く考えられる。例えば,分散強化合金の降伏応力が高温下において低下する現象の説明として,転位が上昇運動により粒子を乗り越えて進む機構28,29)が提案されているが,この場合では運動転位が粒子に捕捉される頻度は低下しn*は1より大きくなると考えられる。本研究で参考とした実験11)は室温下で行われたものであるが,n*が1より大きな値となる可能性はある。そこでn*が1以上の場合について解析を行った。

Fig.9n*=2またはn*=3として得られた公称応力−公称ひずみ曲線である。n*=1の時には加工硬化率が実験結果に比べ高かったが(Fig.7),n*=2または3とすると加工硬化率だけが低下し,実験の公称応力−公称ひずみ曲線とほぼ一致する結果となった。n*=2または3の時,式(8)より転位の平均自由行程Lはそれぞれλの2または3倍となる。すると式(7)の右辺第1項が小さくなり,SS転位密度の増分が低下することで式(6)の右辺第二項によるCRSSの増加量が減少し加工硬化率が低下した。

Fig. 9.

 Nominal stress-strain curves obtained by experiment12) and numerical analyses. The n* of numerical analyses results are 2 and 3 when λ is 286 nm.

n*=2または3の時に解析結果と実験結果がほぼ一致したということは,粒子が分散する結晶中で転位は分散粒子の平均間隔の数倍程度の距離を運動した後に粒子に捕捉されるという描像が適切であることを示している。

運動転位が分散粒子の平均間隔よりも長い距離を運動する要因として,Fig.1で観察されるように分散する粒子の空間的分布が不規則であることが考えられる。Fig.10は,粒子が不規則に分布したすべり面上を転位が運動していく様子を計算したForeman and Makinによるシミュレーション結果23)である。転位が粒子の間を抜け全体に広がっていくとき,転位は粒子間隔が相対的に広い箇所を抜けていく。

Fig. 1023).

 The dislocation move on slip plane with randomly dispersed particles. The Orowan process takes place at a wider space more than the sites with average spacing of dispersed particles. (A.J.E.Foreman and M.J.Makin: Philso. Mag. 14(1966), 911)

このシミュレーション結果を転位蓄積の観点から見ると次の事が考えられる。Fig.10のように転位が粒子間を抜け材料中を運動していくとき,転位は破線部から実線部まで運動し捕捉されたと考えることが出来,その移動距離は粒子間隔よりも十分大きい。すなわち,粒子が空間的に不均一に分布している場合,オロワン応力を評価する際の粒子の平均間隔と転位の平均自由行程の評価に用いるべき距離は同一ではない。Fig.10の例では転位は粒子の平均間隔の数倍程度移動しておりn*に関与したと考えられる。また転位が捕捉されるまでの移動距離には粒子の平均間隔や粒子の分散状態のほかに,さらに幾つかの因子が関与すると考えられる。

4・4 転位の平均自由行程に関与する要因

Forman and Makinは運動転位が粒子の間をオロワン機構により抜けていく際の条件として転位の臨界張出角度を用いている23)。転位の臨界張出角度は粒子の強度によって変化し,Fig.10は強い粒子の場合についての計算で臨界張出角度は10°である。弱い粒子の場合には臨界角度が大きくなり,それと共にn*も増加すると考えられる。母相より粒子のCRSSが低く,母相を運動する転位が粒子をせん断しながら進む場合,粒子による転位に対する運動抵抗が低下し,それと同時にn*はより大きな値をとると考えられる。また先に述べたように高温下においては,運動転位の上昇により粒子を乗り越えて転位が進む機構28,29)が提案されているが,この場合でも運動転位が粒子に捕捉される頻度は低下しn*はより大きな値を使う必要があると考えられる。

分散粒子の寸法や空間的配置に依存する要因もある。粒子の体積分率が変わらずに粒子直径が変化する場合,Fig.10に示される分布は変わらず全体寸法が変化する。このとき粒子の空間的な配置は変化しないので前項で用いたものと同様のn*値を用いることが出来ると考えられる。しかし転位が粒子を切って進むことができるほど粒子直径が小さい場合6)にはn*も大きな値をとるものと考えられる。

粒子の空間的な配置は変化せずに体積分率が変化する場合は,粒子の中心間距離は変化しないが表面間距離と粒子直径は変化する。表面間距離に対する粒子直径の比が小さくなると張出した転位同士の弾性相互作用が増加し粒子間を転位が抜けだしやすくなる2)。体積分率が低くなるほど粒子直径が小さくなり表面間距離が大きくなることで表面間距離に対する粒子直径の比が小さくなるため粒子による転位に対する運動抵抗が低下しn*の値が大きくなると考えられる。

本研究で対象とした材料では,式(8)の転位の平均自由行程の数値係数n*に2~3を入れることで,解析結果の応力ひずみ曲線が実験結果に近づいた。粒子が分散する結晶中の転位の運動様式を様々な環境下で検討する必要があり,それらによってn*は様々な値をとると考えられる。

5. 結言

分散強化合金の加工硬化について,フェライト母相中に硬質なバナジウムカーバイド粒子が分散したモデルを用いて結晶塑性解析により検討した。その結果次のことが明らかになった。

(1)分散する粒子の平均間隔を,すべり系の臨界分解せん断応力および転位の平均自由行程のモデルに導入して巨視的な力学応答を求めたところ,巨視的な降伏応力は実験値にほぼ一致したものの,加工硬化率は実験値よりも大きかった。また平均粒子間距離の値を見直しても結果は改善されなかった。

(2)転位の平均自由行程が分散粒子の平均間隔の2から3倍程度であるとしたところ,巨視的な降伏応力とともに加工硬化率についても実験結果と計算結果がほぼ一致した。

(3)以上の結果から,分散強化合金の塑性流動応力と加工硬化には,分散粒子の平均間隔だけでなく,もう一つ別の寸法因子が関与すること,また,本研究で検討したVC粒子分散鋼ではその第2の寸法因子は,第1の寸法因子の2から3倍であることがわかった。

謝辞

九州大学大学院工学研究科の中田伸生(現東京工業大学)准教授,土山聡宏准教授および高木節雄教授には実験結果の使用の許諾を頂いた。記して謝意を表す。

また本研究は,(独)科学技術振興機構(JST)による産学共創基礎基盤研究「ヘテロ構造制御」の支援を受けて行われたものである。記して謝意を表す。

文献
 
© 2016 The Iron and Steel Institute of Japan

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