Tetsu-to-Hagane
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Effect of Annealing Before Cold Forging on the Behavior of Abnormal Grain Growth during Carburizing
Yuta ImanamiTakako YamashitaKunikazu TomitaKazukuni Hase
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2017 Volume 103 Issue 1 Pages 36-44

Details
Synopsis:

In order to clarify the mechanism of abnormal grain growth in steel for cold forging and carburizing, the effect of spheroidized annealing on the behavior of abnormal grain growth during carburizing was investigated. Abnormal grain growth was observed in annealed steel, whereas it was suppressed in normalized steel. However, both the normalized steel and annealed steel have almost the same size distribution of Nb (C,N) nano-precipitates. The effect of annealing on abnormal grain growth was not explained through the conventional theory based on pinning force by nano-precipitates.

Spheroidized cementite was remained in annealed steel subsequently quenched from quasi-carburizing temperature 1203 K. Dissolution of spheroidized cementite and occurrence of abnormal grain growth took place simultaneously. Spheroidized cementite was thermally stabilized by Cr concentration. DICTRA simulation was carried out to discuss kinetics of cementite dissolution. Cr concentration affects dissolution rate of spheroidized cementite through the relationship between Cr concentration and cementite size. Cr concentration in cementite has wide distribution. Therefore, dissolution time is different in each cementite. This dissolution time lag among each cementite causes local and ununiform decreasing of pinning force by cementite. As a consequence, abnormal grain growth is likely to occur in annealed steel.

1. 緒言

浸炭焼入れ焼戻し処理(以下,浸炭)は,汎用の表面硬化熱処理の中でも,疲労特性の向上効果が大きい熱処理であるが,オーステナイト(以下,γ)域での長時間加熱を伴うため,γの異常粒成長(二次再結晶)が発生する場合がある。γの異常粒成長は疲労特性の低下要因1)や,熱処理ひずみの増大要因であるとされており,これの防止が重要である。

Gladmanは,粒成長駆動力と析出粒子によるピン止め力の関係から,異常粒成長の臨界条件式2)を提唱した。これによると,析出粒子体積率の上昇,または,析出粒子の微細化によって,ピン止め力が増大し異常粒成長は抑制される。一方,γ粒の微細化によって粒成長駆動力が増大し異常粒成長は発生しやすくなる。

このように,析出粒子およびγ粒分布の制御によって,異常粒成長の防止は可能とされている。最も一般的な異常粒成長の防止方法は,Nb(C, N)等微細析出粒子によるγ粒界ピン止め効果を活用する方法である3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17)。析出粒子やγ粒の分布状態については,鋼成分以外に,鍛造条件も大きく影響する。Fujimatsuら18)は,冷間鍛造により導入されるせん断ひずみが高い領域(以下,マクロせん断帯)では,再結晶フェライト(以下,α)の微細化を通じてγ粒が微細化するため,異常粒成長が発生しやすいと報告している。また,Kubota and Ochi19)は,冷間鍛造前にα/γ二相域での球状化焼鈍を実施した場合,粗大粒発生温度が低下すると報告し,これは,球状化焼鈍に伴う長時間加熱が析出粒子を粗大化させピン止め力が減少した可能性があると推定した。一方,Tominagaら20)は,冷間鍛造前の球状化焼鈍は析出粒子の分散状態に大きな影響を与えないが,浸炭初期のγ粒微細化を通じて,異常粒成長が発生し易くなると報告している。

このように,浸炭時の異常粒成長に関して数多く研究されてきたが,依然として実部品製造においてγ粒の異常粒成長は課題とされており,原因が究明されたとは言い難い。そこで,本研究では,特に異常粒成長が発生しやすいとされる冷間鍛造工程に着目し,浸炭加熱中の組織変化過程を詳細観察することで異常粒成長の発生機構解明を試みた。

2. 実験方法

2・1 供試鋼

Table 1に供試鋼の化学成分を示す。SCM42021,22)にNbを0.024%添加した鋼を,高周波真空溶解炉により150 kg鋼塊に溶製した後,1493 Kに加熱後直径45 mmの丸棒に鍛伸加工した。得られた丸棒について1173 Kで3.6 ks保持後空冷するノルマ処理を施し実験に供した(以下,ノルマ材)。また,冷間鍛造前の球状化焼鈍が浸炭時のγ異常粒成長挙動に及ぼす影響を調査するため,ノルマ材に更に1033 Kで28.8 ks保持後0.004 K/sで徐冷する球状化焼鈍(Fig.1)を施した鋼(以下,焼鈍材)も準備した。

Table 1.  Chemical compositions of steel used in this study. (Mass%)
Steel C Si Mn Al Cr Mo N Nb
SCM420+Nb 0.20 0.20 0.87 0.040 1.18 0.17 0.011 0.024
Fig. 1.

 Spheroidized annealing condition.

2・2 冷間鍛造および熱処理方法

冷間鍛造は日本塑性加工学会冷間鍛造分科会が制定した冷間据込み圧縮試験方法23)に準拠して行った。すなわち,ノルマ材および焼鈍材より,直径15 mm,高さ22.5 mmの円柱状試験片を切削加工にて採取し,同心円溝付きの金型を使用して高さ減少率70%まで冷間据込み圧縮を実施した。

浸炭時のγ異常粒成長挙動を調査するため,冷間据込み圧縮後の試験片に対してFig.2に示すように,0.26 K/sで1203 Kまで加熱後ただちに急冷ならびに所定の時間保持後に急冷する擬似浸炭熱処理を施した。ここで,擬似浸炭熱処理とは,浸炭ガス雰囲気中ではなく,窒素雰囲気中で浸炭の熱履歴のみを模擬した処理を言う。

Fig. 2.

 Heat treatment conditions for simulation of carburizing.

2・3 組織観察および分析方法

擬似浸炭前の初期組織を確認するため,冷間鍛造前後のノルマ材および焼鈍材について,鏡面研磨後に3%ナイタル腐食を施し,光学顕微鏡観察を実施した。また,擬似浸炭後の旧γ粒観察は,鏡面研磨後に,ベンゼンスルホン酸を添加したピクリン酸水溶液で旧γ粒界を現出して行った。

擬似浸炭中の組織変化過程を詳細に調査するため,走査型電子顕微鏡(以下,SEM)で観察し,SEM内に搭載されたエネルギー分散型X線分光法装置(以下,SEM-EDX)を用いて組織中の合金元素分布を測定した。

さらに,透過型電子顕微鏡(以下,TEM)を用いてレプリカ法により析出粒子を観察した。析出粒子の元素同定はTEM内に搭載されたエネルギー分散型X線分光法装置(以下,TEM-EDX)を用いて行った。

冷間鍛造後および擬似浸炭後の光学顕微鏡観察ならびにTEM,SEM観察の位置は,Fig.3に示すように,異常粒成長が発生しやすいとされるマクロせん断帯18,24,25)相当位置に統一した。

Fig. 3.

 Observation position of electron and optical Microscopes.

2・4 組織の定量評価方法

Gladmanが提唱した理論を検証するため,旧γ粒径,析出粒子径を定量評価した。旧γ粒径は,光学顕微鏡にて撮影した組織写真について,画像解析ソフトImage-Pro PLUS (Media Cybernetics社製)を使用して合計200個のγ粒面積をそれぞれ求め,平均円相当半径として評価した。析出粒子径はTEMにて撮影した組織写真を用い,旧γ粒径と同様に画像解析ソフトで合計200個の析出粒子面積をそれぞれ算出し,平均円相当半径として評価した。

異常粒成長挙動に及ぼす球状セメンタイトの影響を検討するため,SEMにて撮影した組織写真を用い,合計100個のセメンタイトを画像解析し円相当半径を求めた。

3. 実験結果

3・1 擬似浸炭前後の組織

冷間鍛造前後のノルマ材,焼鈍材の光学顕微鏡組織をFig.4に示す。冷間鍛造前のノルマ材はαとパーライトから構成される二相組織(Fig.4(a))であり,冷間鍛造後はαとパーライトが塑性変形し伸長した組織(Fig.4(b))を呈した。一方,焼鈍材では,冷間鍛造前はαを母相とし球状セメンタイトが分散した組織(Fig.4(c))であり,冷間鍛造後は,αが塑性変形し伸長した組織(Fig.4(d))を呈した。

Fig. 4.

 Optical micrographs of steels. (a) Normalized steel before cold forging (b) Normalized steel after cold forging (c) Annealed steel before cold forging (d) Annealed steel after cold forging

ノルマ材および焼鈍材の冷間鍛造後試験片について擬似浸炭後の旧γ粒観察を実施した結果をFig.5に示す。ノルマ材はいずれの保持時間でも異常粒成長が認められなかったが,焼鈍材では10.8 ks以上保持すると異常粒成長が発生した(Fig.5(g)(h))。本結果から,異常粒成長はノルマ材よりも焼鈍材にて発生しやすいことが確認され,この傾向は従来の報告20)と一致する。また,ノルマ材,焼鈍材ともに整粒で,擬似浸炭加熱直後のγ粒半径はノルマ材にて平均3.1 μm,焼鈍材にて平均2.7 μmと同程度であった。従って,本実験の条件では浸炭初期のγ粒径が異常粒成長に及ぼす影響は小さい。

Fig. 5.

 Optical micrographs of steels subsequently quenched from 1203 K and quenched after 3.6 ks, 10.8 ks, 21.6 ks.

3・2 擬似浸炭過程における析出粒子の分散状態

異常粒成長の発生には,粒成長駆動力と析出粒子による粒界ピン止め力の関係が強く影響すると考えられている。そこで,擬似浸炭過程における析出粒子の変化をTEMにて観察した結果をFig.6に示す。ノルマ材,焼鈍材ともにいずれの保持時間でも粒子半径5~8 nmの微細析出粒子が均一に分散していた。これら微細析出粒子をTEM-EDXにて元素分析した結果,ノルマ材,焼鈍材ともにNb(C, N)と同定された。なお,微細なNb(C, N)以外に,AlNも低い頻度で観察されたが,粒子半径は40~60 nmと大きく,ノルマ材と焼鈍材の差は認められなかった。

Fig. 6.

 TEM images of steels subsequently quenched from 1203 K and quenched after 3.6 ks, 10.8 ks, 21.6 ks obtained by extraction replica method.

3・3 擬似浸炭加熱直後の焼鈍材組織

擬似浸炭加熱直後の組織(Fig.5(a)(e))をより高倍率で観察した結果をFig.7に示す。Fig.7(b)より,焼鈍材の組織中には黒色の斑点が無数に分散している様子が認められた。Fig.8に焼鈍材組織中の黒色斑点をSEMにて観察し,SEM-EDXにて元素分析した結果を示す。黒色斑点は球形に近く,加えてCrの濃化が認められたため,球状化焼鈍中に形成された球状炭化物にCrが濃化し,擬似浸炭温度の1203 K到達後も固溶せずに残存したものと推察される。後述する球状炭化物のCr濃度分析結果では,Cr濃度の最大値が18%であったため,本研究で認められた球状炭化物は合金炭化物ではなくセメンタイトであると考えられる26)

Fig. 7.

 Magnified optical micrographs of steels subsequently quenched from 1203 K. (a) Normalized steel (b) Annealed steel

Fig. 8.

 Analysis of black spot in Annealed steel subsequently quenched from 1203 K. (Online version in color.) (a) SEM image (b) EDX analysis

4. 考察

4・1 異常粒成長に関する従来理論

Gladmanは,粒成長駆動力と析出粒子による粒界ピン止め力の関係から,異常粒成長の臨界条件式として次式(1)を提唱した2)。ここで,r*は異常粒成長を生じる臨界の析出粒子半径,R0は平均γ粒半径,fは析出粒子体積率,また,Zは二次元系では1.7と考えることができる27,28)。この式によれば,異常粒成長を生じる臨界の析出粒子半径r*よりも微細な半径を有する析出粒子が分散している場合,異常粒成長が抑制される。   

r * = 6 R 0 f π ( 3 2 2 Z ) 1 (1)

Gladmanが式(1)を提唱して以後,浸炭時のγ異常粒成長に関する従来研究の多くが式(1)に基づいて考察しており,中でも,Nb(C, N),TiC等の数nm~数十nmという微細なナノサイズの析出粒子に関する報告例が多い3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20)。本実験の供試鋼においても,Fig.6で示したように粒子半径5~8 nmの微細なNb(C, N)が認められた。そこで,式(1)に基づき,冷間鍛造前の球状化焼鈍が異常粒成長に及ぼす影響を考察した。

Fig.9に擬似浸炭過程におけるNb(C, N)析出粒子半径の分布を示す。図中の点線は平均析出粒子半径を示す。ノルマ材,焼鈍材ともに保持時間の増加に伴って,析出粒子がオストワルド成長している。しかしながら,ノルマ材と焼鈍材はほぼ同等の析出粒子半径を有し,かつ析出粒子半径分布も同等である。従って,冷間鍛造前の球状化焼鈍がNb(C, N)析出粒子径に及ぼす影響は極めて小さいといえる。

Fig. 9.

 Size distribution of Nb(C,N) precipitates. (Online version in color.)

式(1)より臨界析出粒子半径r*を算出し,実測した析出粒子半径と比較した結果をFig.10(a)(b)に示す。ここで,体積率fは,γ中のNbC溶解度積29)より1203 Kにおける析出質量を求めた後,NbC30)およびγ31)の密度を用いて算出した。ノルマ材,焼鈍材ともに10.8 ks保持後には,実測した平均析出粒子半径raveの方が臨界析出粒子半径r*よりも大きく,異常粒成長の発生条件を満足した。なお,析出粒子としては,Nb(C, N)以外に,ノルマ材,焼鈍材とも粒子半径40~60 nmのAlNも低頻度で認められた。Nb(C, N)と同様に,AlNのr*についても,AlNの溶解度積32)と密度33)より体積率fを求めて算出したが,ノルマ材のr*(AlN)は12~14 nm,焼鈍材のr*(AlN)も10~13 nmと同程度であり,実測した粒子半径の方が大きく,ノルマ材,焼鈍材とも異常粒成長の発生条件を満足した。しかしながら,本実験の旧γ粒観察結果(Fig.5(c)(g))では,10.8 ks保持後の焼鈍材では異常粒成長が発生するものの,ノルマ材では異常粒成長が認められない。

Fig. 10(a).

Comparison of calculated critical particle radius with measured particle radius for the case of Normalized steel.

Fig. 10(b).

Comparison of calculated critical particle radius with measured particle radius for the case of Annealed steel.

従って,冷間鍛造前の球状化焼鈍が異常粒成長に及ぼす影響については,従来から検討されてきたナノ析出粒子に起因するピン止め効果に基づく理論では説明できない。

4・2 異常粒成長と球状セメンタイト

擬似浸炭加熱(1203 K)直後の焼鈍材で観察されたCrが濃化した球状セメンタイト(Fig.7(b)およびFig.8)の擬似浸炭中の変化挙動を確認するため,SEM観察およびSEM-EDXによるCrのマッピング分析結果をFig.11に示す。球状セメンタイトは擬似浸炭加熱時間の増加に伴って溶解減少していき,10.8 ks保持後(Fig.11(e)(j))に消失することが明らかとなった。焼鈍材にて発生した異常粒成長は10.8 ks保持後に認められたため,球状セメンタイトの消失時期と異常粒成長の発生時期は一致する。

Fig. 11.

 Change behavior of spheroidized cementite in Annealed steel. SEM images and Cr maps of Annealed steel after cold forging, subsequently quenched from 1203 K and quenched after 1.8 ks, 3.6 ks, 10.8 ks obtained by SEM and SEM-EDX.

異常粒成長を組織制御手法として活用する鋼に方向性電磁鋼板がある34,35)。方向性電磁鋼板は,ピン止め粒子としてMnSやMnSe等を分散させており,MnSやMnSeの粒子径は数百nm~数千nmと,本実験で認められた球状セメンタイトと同程度のサイズを有す36,37,38)。従って,Nb(C, N)等のナノ析出粒子と比較して球状セメンタイトは粗大ではあるが,溶解消失によって相応の粒界ピン止め力の低下を招き,異常粒成長を促進させる可能性が示唆される。

4・3 球状セメンタイトのピン止め力

分散粒子のピン止め力を比較するため,Zener・Smithの修正モデル39,40)を用い,式(2)より擬似浸炭加熱直後のピン止めエネルギーを見積もった。   

Δ G pin = 3 4 σ Vf 2 3 r (2)

ここで,ΔGpinはピン止めエネルギー,σは粒界エネルギー,Vはモル容積,fは粒子体積率,rは平均粒子半径である。

球状セメンタイトの粒子半径は焼鈍材の擬似浸炭加熱直後(Fig.11(b))における実測平均値を用いた。球状セメンタイトの体積率は,焼鈍後の体積率を式(3),(4)より求め,これに焼鈍後(Fig.11(a))と擬似浸炭加熱直後(Fig.11(b))の球状セメンタイト面積率の比(0.54)を乗算して求めた。

ここで,Ctotal,CαおよびCNbCはそれぞれ,供試鋼のC量(0.20%),フェライト中の固溶C量(0.02%),NbC析出物として存在するC量(0.0028%)である。ρFe3Cργはセメンタイト30)およびγ31)の密度である。   

w Fe 3 C = 12.01 + 55.85 × 3 12.01 ( c total c α c NbC ) (3)
  
f Fe 3 C = w Fe 3 C / ρ Fe 3 C [ w Fe 3 C / ρ Fe 3 C + ( 100 w Fe 3 C ) / ρ γ ] (4)

Table 2に,焼鈍材における擬似浸炭加熱直後のNb(C, N),AlNおよび球状セメンタイトのピン止めエネルギーを比較した結果を示す。表中には計算に用いたデータを併記した。球状セメンタイトのピン止めエネルギーは1.3 J/molとAlNの0.9 J/molと比較して大きく,Nb(C, N)の4.1 J/molと比較すれば小さいがその比率は約1/3倍と,Nb(C, N),AlN等のナノ析出物に対して無視できない大きさである。このように,球状セメンタイトはピン止め粒子として有効に働きうるため,異常粒成長に影響する可能性が高い。

Table 2.  Comparison of pinning energy exerted by nano-precipitates and spheroidized cementite in Annealed steel of subsequently quenched from 1203 K.
Nano-precipitates Spheroidized cementite
Nb (C, N) AlN
f 2.4×10–4 5.1×10–4 1.4×10–2
r 5.2×10–9 m 4.0×10–8 m 2.5×10–7 m
σ41) 1.0 J/m2 1.0 J/m2 1.0 J/m2
V 7.3×10–6 m3/mol 7.3×10–6 m3/mol 7.3×10–6 m3/mol
ΔGpin 4.1 J/mol 0.9 J/mol 1.3 J/mol

4・4 擬似浸炭加熱中の球状セメンタイトの溶解挙動

Fig.12に熱力学平衡計算ソフトウェアThermo-Calcによって計算した供試鋼の平衡状態図を示す。本実験の擬似浸炭温度である1203 Kはγ単相域に相当するため,Crが濃化したセメンタイトは非平衡的に存在すると考えられる。そこで,この点をCrの濃化に着目して検討した。

Fig. 12.

 Phase diagram of 1.2%Cr-0.9%Mn-0.17Mo steel.

擬似浸炭加熱(1203 K)直後の焼鈍材組織中におけるCrが濃化した球状セメンタイト(Fig.7(b)およびFig.8)について,球状セメンタイト半径とCr濃度の関係を整理した結果をFig.13に示す。粗大な球状セメンタイトほどCrが高濃度であった。セメンタイトにCrが濃縮することは報告されており,低温ほどその傾向が大きいとされる42)。また,Fe3CよりもCr3Cの方がより標準生成自由エネルギーが小さいため43),Crが濃化するほどセメンタイトの熱的安定性が向上すると考えられる。これに起因して,焼鈍材では1203 K加熱後でも球状セメンタイトが残存し,かつ粗大な球状セメンタイトほどCrが高濃度であったと考えられる。

Fig. 13.

 Relationship between radius of spheroidized cementite and Cr concentration in Annealed steel subsequently quenched from 1203 K.

次いで,球状セメンタイトの溶解挙動に及ぼすCrの影響を検討するため,相変態解析ソフトウェアDICTRA44,45)を用いて,球状セメンタイトの溶解シミュレーションを実施した。Fig.14に計算モデルを,Table 34に計算条件を示す。球状セメンタイト中の初期Cr濃度はFig.13で得られた実測値の組成範囲から5,10,15%の3水準とした。球状セメンタイトの初期半径はFig.13より,各Cr濃度における最大値を採用し0.27,0.38,0.47 μmとしたが,Cr濃度15%についてはCr濃度と初期半径の影響を比較するため0.47 μmに加え0.27 μmの水準を追加した。Fig.15に計算結果を示す。Cr濃度10%以下かつ半径0.38 μm以下のセメンタイト(Case1,2)は3.6 ks保持後に全量消失するが,Cr濃度15%以上かつ半径0.47 μm以上のセメンタイト(Case3)は3.6 ks保持後でも一部残存し,10.8 ks保持後に全量消失する。これはFig.11に示した観察結果と概ね一致する。また,Cr濃度が等しく初期半径の異なるCase3,4の溶解挙動の差が,Cr濃度が異なり初期半径の等しいCase1,4の差よりも顕著であることから,セメンタイトの溶解速度には初期Cr濃度よりも初期半径の影響が支配的であるといえる。

Fig. 14.

 Geometry model for simulation of cementite dissolution.

Fig. 15.

 Cementite dissolution behavior obtained by DICTRA.

Table 3.  Calculation conditions with DICTRA.
Software DICTRA Ver.26
Database TCFE7, MOB2
Chemical compositions Fe-0.2%C-1.2%Cr
Temperature 1203 K
Table 4.  Simulation cases.
Case No. Spheroidized cementite
Cr concentration Radius
1 5 wt% 0.27 µm
2 10 wt% 0.38 µm
3 15 wt% 0.47 µm
4 15 wt% 0.27 µm

以上の結果より,Crの濃化はセメンタイトの初期半径への影響を通じて,セメンタイトの溶解速度に影響すると考えられる。また,セメンタイト中のCr濃度が2~18%と広範囲(Fig.13)に分布していることに起因し,球状セメンタイトの溶解消失時期が,数分~数時間と球状セメンタイト毎によって大きく異なり,局所的に不均一な溶解挙動となることが示唆される。このような,球状セメンタイトの局所的かつ不均一な溶解挙動が,焼鈍材の異常粒成長を促進させたと考えられる。

4・5 異常粒成長に及ぼす球状化焼鈍の影響機構

上述の検討結果を基に,焼鈍材におけるCrが濃化した球状セメンタイトが異常粒成長挙動に及ぼす影響機構を考察した(Fig.16)。異常粒成長の発生前は,全ての結晶粒界において,粒成長駆動力と粒界ピン止め力が局所的な釣り合い関係を維持していると考えられる。粒成長駆動力と粒界ピン止め力の釣り合い関係は,ナノ析出粒子のオストワルド成長,または球状セメンタイトの溶解消失によって左右される。ノルマ材では,1203 K-21.6 ksまでの擬似浸炭加熱保持によりナノ析出粒子がオストワルド成長し粒界ピン止め力は低下するが,一様に析出粒子が粗大化するため粒界ピン止め力に局所的な差異を生じることはない。一方,焼鈍材では,ナノ析出粒子のピン止め力低下に加えて,さらにCrが濃化した球状セメンタイトが擬似浸炭加熱保持中に溶解消失していくことで,局所的かつ不均一な粒界ピン止め力の低下が生じ,粒成長駆動力と粒界ピン止め力の釣り合い関係が局所的に崩壊しやすく,その結果,一部の結晶粒が粗大化し,これが周囲の結晶粒を蚕食することで異常粒成長が発生しやすいと考えられる。

Fig. 16.

 Mechanism of abnormal grain growth in Normalized steel and Annealed steel during carburizing. (Online version in color.)

5. 結言

冷間鍛造前の球状化焼鈍が浸炭時のγ異常粒成長挙動に及ぼす影響を調査し,異常粒成長の発現機構を考察した結果,以下の結論を得た。

・球状化焼鈍を実施していないノルマ材は,1203 K-21.6 ksの擬似浸炭加熱保持後においても異常粒成長しなかったが,球状化焼鈍材は1203 K-10.8 ks保持後に異常粒成長した。

・Nb(C, N)析出粒子の分散状態に及ぼす球状化焼鈍の影響は認められなかった。

・1203 K擬似浸炭加熱直後の焼鈍材には,Crが濃化した球状セメンタイトが残存しており,擬似浸炭加熱保持時間の増加に伴って溶解消失した。

・擬似浸炭加熱中におけるCrが濃化した球状セメンタイトの溶解消失に起因して,ノルマ材と比較して焼鈍材では局所的かつ不均一な粒界ピン止め力の低下が生じ,異常粒成長が発生しやすいと考えられる。

謝辞

本研究に関して適切な御助言を頂くとともに論文の御高閲を賜りました東北大学大学院工学研究科 石田清仁名誉教授に心より御礼申し上げます。

付録(APPENDIX)

球状セメンタイトの溶解挙動に及ぼすMn,Mo濃化の影響

本実験の供試鋼はCr以外の合金元素として,Mn,Moを含有する。そこで,球状セメンタイトの溶解挙動に及ぼすMn,Moの影響について,DICTRAによる検討を行った。計算モデルは本文中に記載のモデルと同等(Fig.14)とし,Table A1A2の条件にてシミュレーションを実施した。ここで,セメンタイト中のMn,Mo濃度は,擬似浸炭加熱(1203 K)直後の焼鈍材組織中における球状セメンタイト100個についてSEM-EDXで分析し得られた最大値とした。Fig.A1に計算結果を示す。Mn,Moが加わった場合でも,セメンタイトの溶解速度は変化しない。Mnがセメンタイトの溶解速度に影響しなかった理由としては,Mnと比較して,Crが最大4倍程度濃化しており,セメンタイトの溶解がCrの拡散律速であったと考えられる。Moについては,使用したmobilityデータベース(MOB2)中に元素以外のレファレンス項がないため計算結果の信頼性が十分ではなく,さらにγ中におけるMoの拡散係数はCrやMnと比較して小さいためA1),球状セメンタイトの溶解挙動にMoが影響する可能性は否定できない。

Table A1.  Calculation conditions with DICTRA.
Software DICTRA Ver.26
Database TCFE7, MOB2
Temperature 1203 K
Table A2.  Simulation cases.
Case No. Chemical compositions Spheroidized cementite
Alloy concentration Radius
Cr Mn Mo
5 Fe-0.2%C-1.2%Cr-0.9%Mn 15 wt% 4 wt% 0.47 mm
6 Fe-0.2%C-1.2%Cr-0.17%Mo 15 wt% 4 wt% 0.47 mm
Fig. A1.

 Cementite dissolution behavior obtained by DICTRA.

文献
 
© 2017 The Iron and Steel Institute of Japan

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