Tetsu-to-Hagane
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High-speed Tensile Deformation Behavior of 1 GPa-grade TRIP-aided Multi-phase Steels
Noriyuki TsuchidaSatoshi OhkuraTakaaki TanakaYuki Toji
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2017 Volume 103 Issue 10 Pages 597-605

Details
Synopsis:

High-speed deformation behavior and their strain rate dependence on mechanical properties of 1 GPa-grade TRIP-aided multi-phase (TRIP) steels were studied. The strain rate range in this study was between 3.3×10–6 and 103 s–1, and the effect of retained austenite (γR) shapes on TRIP effect in the 1 GPa-grade TRIP steel was also focused on. The effects of strain rate on tensile strength and flow stress in the TRIP steels were small whereas that on uniform elongation was large. The strain rate dependences on tensile strength and uniform elongation in the TRIP steels were more closely to those of the metastable austenitic stainless steels than the conventional TRIP and dual-phase steels. The 1 GPa-grade TRIP steel with the γR shape of needle-like showed better tensile properties and absorbed energy in the present strain rate range. The volume fraction of γR more than 20% and the matrix microstructure of martensite seem to be important factors in the high-strength TRIP steels.

1. 緒言

鉄鋼材料の組織に含まれる残留オーステナイト(γR)の加工誘起変態を利用した強化機構であるTRIP(Transformation-induced plasticity)効果は,TRIP型複合組織鋼をはじめとする様々な鉄鋼材料に利用されている1,2,3)。TRIP型複合組織鋼(TRIP鋼)の用途のひとつとして,自動車用鋼板への利用が進められているが,自動車用鋼板の開発と研究においては,車体軽量化の観点より鋼材の高強度化が重要な要素であり,最近では引張強さで1 GPaや1.5 GPa級の高強度自動車用鋼板の開発が進められている1,3,4,5,6,7,8,9,10)。機械的特性の指標としては,引張強さと全伸びの関係で示される強度−延性バランスを基本とした議論が一般的であるが,既存の強度−延性バランスでの議論の先にある,延性を低下させることなく,高強度化を達成した鉄鋼材料開発が重要な課題である3,4,6)。また,自動車用鋼板における必要な特性として,衝突安全性をあげることができ,その評価の基本として高速引張変形挙動の調査は重要である11,12,13,14,15,16,17,18)。さらには,広いひずみ速度範囲での引張変形挙動と機械的特性のひずみ速度依存性の調査によって,既存の材料との比較を行うことも含めて,対象材料の衝突安全性の理解に繋がると考えられる。本研究では,引張強さが1 GPa級の高強度TRIP鋼に注目した。1 GPa級の高強度TRIP鋼については,例えば,Mukherjeeら19,20)が0.4C鋼より作製したTRIP鋼に関する報告がある。MukherjeeらはTRIP鋼の機械的特性に及ぼすマトリックス(母相組織)の影響にも注目し,同じ材料からマトリックスの異なるTRIP鋼を作製し,室温から423 Kの温度域でひずみ速度が3.33×10−5 s−1から3.33×10−2 s−1の範囲での引張試験を行い,温度とひずみ速度による加工誘起変態挙動の変化と機械的特性との関係について議論した。静的引張試験に相当する10−3 s−1のオーダーから自動車衝突時に相当するひずみ速度が103 s−1のオーダーまでの広いひずみ速度範囲を対象とした研究については,TRIP鋼やDual-Phase(DP)鋼をはじめこれまでに多くの報告がある11,12,13,14,15,17,18,21)が,1 GPa級の高強度TRIP鋼に関する研究報告は少ない。また,引張強さと全伸びで整理される強度−延性バランスに関しても,様々な鉄鋼材料を対象に,様々なひずみ速度での結果を元にした議論が,次世代の自動車用鋼板開発において重要な役割を果たすはずである13,17,18)

以上より,本研究では引張強さが1 GPa級のTRIP型複合組織鋼を用いて,高速引張変形挙動と引張特性のひずみ速度依存性について検討を行った。また本研究では,Mukherjeeらの研究19,20)と関連するが,高強度TRIP鋼の引張特性に及ぼすγR形状の影響についても注目した。本研究で得られた結果は,これまでに報告された様々な鉄鋼材料の結果と比較することで,本研究で取り上げる高強度TRIP鋼の特徴と可能性,課題について議論した。

2. 実験方法

本研究では,0.3C-1.5Si-2Mn(mass%)鋼より作製した,γR形状の異なる2種類のTRIP鋼を用いた。いずれも厚さは1.4 mmで,引張強さが1 GPa級の高強度鋼板であり,各TRIP鋼のγR形状により針状オーステナイト(針状γR)鋼,塊状オーステナイト(塊状γR)鋼と呼ぶことにする。これらの熱処理条件は,冷間圧延まま(塊状γR鋼)および冷間圧延後焼入れ処理を施してマルテンサイト組織とした鋼板(針状γR鋼)を素材として,1033~1053 Kに加熱し,加熱温度からの冷却中に,673 Kで600 sのオーステンパー処理を行い,室温まで冷却した。これらは光学顕微鏡とSEM-EBSDにより組織観察を行った。この時,レペラ腐食法に基づいた着色腐食22,23)を行った。腐食液は,4%ナイタール,7%ピクラールと過飽和チオ硫酸ナトリウム水溶液をアルゴン雰囲気中で混合したものを使用し,腐食条件は293 Kから298 Kで10 sから20 sの間腐食した13,22,23)。組織写真とX線回折実験結果より,γRを含む各組織の体積率を求めた13)。X線回折実験による各相の体積率は,測定された各相の回折ピークの積分強度の合計が体積率の大きさに比例するという考え方に基づいて計算を行った13,14)

γR形状の異なる1 GPa級TRIP鋼を用いて,常温296 Kにてひずみ速度を変え引張試験を行った12,13,14)。対象としたひずみ速度範囲は,3.3×10−6 s−1から103 s−1であり,この時圧延方向と引張方向が平行になるよう引張試験片を作製した。ひずみ速度3.3×10−6 s−1から3.3×10−2 s−1における引張試験は,ギア駆動式引張試験機を用いて行った。この時,各TRIP鋼より,厚さ1.4 mm,平行部幅5 mm,平行部長さ25 mmの引張試験を作製した。ひずみ速度が100から103 s−1での高速引張試験は,厚さ1.2 mm,平行部幅2 mm,平行部長さ6 mmの試験片を準備し,検力ブロック式試験機13,14,15,24)を用いて行った。また,ひずみ速度3.3×10−6 s−1から100 s−1においては,引張試験を途中で中断し,様々なひずみを与えた試料を準備した。これらの異なるひずみを与えた試料と破断後の試験片は,X線回折実験により加工誘起マルテンサイト体積率を算出した13,14)γRの炭素含有量(CγR(mass%))については,X線回折実験により求めたオーステナイト相(aγ)とフェライト相(aα)の格子定数を用いた以下の式を用いて計算した13,14,25)。   

CγR=[aγ(3.572×aα/2.8664)]/0.033(1)

3. 結果と考察

3・1 1 GPa級TRIP型複合組織鋼の微細組織

Fig.1に着色腐食した1 GPa級TRIP鋼の光学顕微鏡写真を示す。それぞれの写真において,白色がγR,青色がフェライト,茶色がベイナイトまたはマルテンサイト組織を示す13,22)。光学顕微鏡観察は,着色腐食に加え,ナイタール腐食した試料についても行った。これらの観察結果より,Fig.1(a)の針状γR鋼の母相組織はマルテンサイト(一部ベイナイト組織),Fig.1(b)の塊状γR鋼はフェライトとベイナイトであることがわかった。X線回折実験によりγR体積率を測定した結果,針状γR鋼が24.6%,塊状γR鋼は22.9%であった。塊状γR鋼においては,ナイタール腐食した光学顕微鏡写真より点算法にてフェライトとベイナイトの割合を測定し,γRを含めた3つの組織で100%になるようフェライトとベイナイトの体積率を計算した結果,それぞれ39.7%と37.4%であった。Fig.2には,2種類の高強度TRIP鋼のSEM-EBSDによるIPFマップとPhaseマップを示す。Phaseマップより,各TRIP鋼のγRの形状が針状,塊状であることが確認でき,Fig.2(c),(d)より塊状γR鋼においてγRはフェライト粒界やベイナイト組織中に分布していることがわかった。各TRIP鋼の構成組織の体積率やγRの炭素量については,Table 1に整理した。

Fig. 1.

 Optical micrographs of the 1 GPa-grade TRIP steels with different γR shapes of needle-like (a) and blocky (b). (Online version in color.)

Fig. 2.

 Orientation color map and EBSD phase mapping image in the 1 GPa-grade TRIP steels with different γR shapes of needle-like ((a), (b)) and blocky ((c), (d)). (Online version in color.)

Table 1. Volume fractions of constituent microstructures and the carbon content of retained austenite in the 1 GPa-grade TRIP steels.
Volume fraction (%)Carbon content of γR, CγR (mass%)
Shape of γRRetained austenite (γR)Matrix
Needle-like24.675.4 (martensite or bainite)1.19
Blocky22.939.7 (ferrite)37.4 (bainite)1.11

3・2 1 GPa級TRIP型複合組織鋼の引張特性に及ぼすひずみ速度の影響

Fig.3に,様々なひずみ速度での引張試験で得られた公称応力−ひずみ曲線を示す。Fig.3(a)は針状γR鋼,Fig.3(b)は塊状γR鋼の結果をそれぞれ示す。いずれのTRIP鋼もひずみ速度増加により降伏応力は増大し,同じひずみ速度での降伏応力は針状γR鋼の方が大きな値を示した。変形応力のひずみ速度依存性は小さく,ひずみ速度による機械的特性の変化は強度よりも均一伸びや全伸びの方が大きかった。Fig.4には,ひずみ速度に対する0.2%耐力,引張強さと均一伸びを整理した結果を示す。先程述べたように,同じひずみ速度における0.2%耐力は針状γR鋼の方が大きいが,ひずみ速度による0.2%耐力の変化はほぼ同じだと判断できる。一方で,引張強さはγR形状によらずいずれのひずみ速度においてもほぼ同じ値を示し,ひずみ速度による変化もほぼ同じであった。引張強さのひずみ速度依存性については,100 s−1まではひずみ速度増加によりわずかに減少し,それ以上のひずみ速度ではひずみ速度増加により増大するという挙動を示した。Tsuchidaらによる0.2C鋼と0.4C鋼より作製したTRIP鋼の結果13,14)や,DP(Dual-Phase)鋼15)など,様々な鉄鋼材料においては,引張強さはひずみ速度増加により増大する結果がほとんどであるが,本研究における1 GPa級TRIP鋼ではこれらとは異なる結果が得られた。このような引張強さのひずみ速度依存性は,準安定オーステナイト鋼24,26)においても同様の結果が示されており,この点については加工誘起変態挙動の観点より後で議論する。最後に,均一伸びについては,ひずみ速度増加により値は減少した。γR形状の違いを比較すると10−3 s−1のオーダー以下の低ひずみ速度域では針状γR鋼の方が塊状γR鋼よりも大きな値を示し,100 s−1以上の高ひずみ速度域ではほとんど同じ値を示した。針状γR鋼の方が,低ひずみ速度域で優れた均一伸びを示し,ひずみ速度による均一伸びの変化も大きかった。Fig.5には,ひずみ速度3.3×10−4 s−1と3.3×10−2 s−1における真ひずみ(ε)に対する真応力と加工硬化率の関係を示す。真応力と加工硬化率が等しくなる点(塑性不安定条件)が,公称応力−ひずみ曲線における引張強さと均一伸びであり,加工硬化率が増大することで塑性不安定条件を満たすεが大きくなり,引張強さと均一伸びの向上に繋がる27,28)Fig.5を見ると,どちらのひずみ速度においても低ひずみ域では塊状γR鋼の方が加工硬化率は大きいが,εが約0.15以上になると針状γR鋼の方が加工硬化率は大きくなった。特に,針状γR鋼の3.3×10−4 s−1においては,εが0.1から0.2にかけて加工硬化率は減少することなくほぼ一定の値を保持していた。このような結果は,準安定オーステナイト鋼24,26,29)(加工誘起マルテンサイトによるTRIP効果)やFe-30Mn-3Si-3Al鋼30)(変形双晶によるTWIP効果)などで報告されている結果と同じであり,針状γR鋼においても約25%のγRの加工誘起変態がTRIP効果として応力−ひずみ関係に有効に寄与していることを示している。ひずみ速度が3.3×10−2 s−1に増加すると,いずれのγR形状の結果も同じεにおける加工硬化率は減少したが,εに対する変化をγR形状の異なる2種類の結果で比較すると,3.3×10−4 s−1の結果同様にεが約0.15で加工硬化率の大きさが逆転した。低ε域での加工硬化率の違いは,γR以外の母相組織の加工硬化率が関係しており,εが0.15以上で針状γR鋼の加工硬化率が大きくなったのは,加工誘起変態によるTRIP効果の影響が塊状γR鋼よりも大きいことを意味していると考えられる。しかしながら,高ε域における加工硬化率の違いは,ひずみ速度が増加すると小さくなり,Fig.4に示したように100 s−1以上ではいずれのTRIP鋼も均一伸びは大きく減少し,γR形状による差がほとんどなくなったことも,Fig.5に示した加工硬化率のひずみ速度依存性が関係していると推察される。加工硬化率に及ぼすγR形状やひずみ速度の影響は,主にγRの加工誘起変態挙動が関係していると考えられ,加工誘起変態挙動と引張特性の関係については次節において議論する。

Fig. 3.

 Nominal stress-strain curves of the 1 GPa-grade TRIP steels with γR shapes of needle-like (a) and blocky (b) obtained by tensile tests at various strain rates between 3.3×10–6 s–1 and 103 s–1 at 296 K. (Online version in color.)

Fig. 4.

 0.2% proof stress, tensile strength and uniform elongation as functions of strain rate in the 1 GPa-grade TRIP steels with different γR shapes. (Online version in color.)

Fig. 5.

 True stress and work-hardening rate as functions of true strain in the 1 GPa-grade TRIP steels with different γR shapes at the strain rates of 3.3×10–4 s–1 (a) and 3.3×10–2 s–1 (b). (Online version in color.)

3・3 1 GPa級TRIP型複合組織鋼の加工誘起変態挙動に及ぼすひずみ速度の影響

Fig.6に,ひずみ速度が3.3×10−6 s−1から100 s−1の範囲における,真ひずみに対する加工誘起マルテンサイト体積率(Vα)の関係を示す。図におけるプロットは,X線回折実験による測定結果であり,実線または点線はVαを真ひずみの関数として整理した,以下の松村らの式31)による計算結果である13,26)。   

Vα=Vγ0Vγ01+(k/q)Vγ0εq(2)

Fig. 6.

 Volume fraction of deformation-induced martensite as a function of true strain at various strain rates between 3.3×10–6 s–1 and 100 s–1 in the 1 GPa-grade TRIP steels with γR shapes of needle-like (a) and blocky (b). (Online version in color.)

ここで,Vαは加工誘起マルテンサイト体積率,Vγ0は変形前の残留オーステナイト体積率,εは真ひずみ,kqは定数である31)Fig.6に示した松村らの式による計算結果におけるkqの値はTable 2に整理した。それぞれの加工誘起変態挙動のひずみ速度依存性について見ると,いずれのTRIP鋼もεが約0.1まではひずみ速度増加によりVαは増加した。εが0.1以上では,γR形状が針状と塊状どちらのTRIP鋼も3.3×10−4 s−1の結果がVαが多く,ひずみ速度が3.3×10−2 s−1,100 s−1と増加すると,Vαは減少した13,14,26)。高ひずみ域まで加工誘起変態が高い変態率を維持しながら進行している場合にTRIP効果によって優れた均一伸びが得られるという従来の知見13,19,32,33,34)は,本研究でのTRIP鋼においても同様であった。しかしながら,針状と塊状γR鋼の3.3×10−4 s−1における加工誘起変態挙動に大きな違いはなく,この結果のみでそれぞれの低ひずみ速度域での均一伸びやFig.5に示した加工硬化率の違いを説明することは難しい。この点に関しては,加工誘起変態挙動に加えて,構成組織(構成相)間の応力分配や各構成組織の応力−ひずみ関係,γRや加工誘起マルテンサイトの形状の違いが応力−ひずみ曲線に及ぼす影響の調査25,35,36)などが必要であり,これらについては今後の課題である。また,最高荷重点時のVαは多くてもγR体積率の約70%であり,これまでのTRIP鋼の結果同様13,14),296 Kでは全てのγRが加工誘起マルテンサイトに変態していたわけではなかった。もし,高ひずみ域でのVαまたは変態率の増加が見込めれば,さらなる均一伸びの向上が期待できるであろう。ひずみに対する加工誘起変態挙動の調査が困難であったひずみ速度100 s−1以上については,参考データとして破断時のVα(Vαs)を測定し,これらの結果はTable 2に整理した(破断試験片のVαについては,破断部からの位置や試験片形状にも影響する可能性があるため,ここで示したVαsの定量的な議論は難しい。ここでは,高速引張変形時の加工誘起変態挙動に関する参考データとしてその値を示したものである)。その結果,101 s−1以上ではVαsはひずみ速度によらずほぼ同じ値,つまり,ひずみ速度による変化は非常に小さく,さらに100 s−1以下の結果よりもVαsは小さいことがわかった。このような加工誘起変態挙動のひずみ速度依存性は,準安定オーステナイト鋼における結果とよく似ていた24,26)。この時の,準安定オーステナイト鋼の引張強さや均一伸びのひずみ速度依存性を見ても,本TRIP鋼と同じように,100 s−1まで引張強さはひずみ速度増加により減少し,101 s−1以上では再び増大した。均一伸びも100 s−1まではひずみ速度増加により大きく減少し,101 s−1以上ではその変化は小さくなった24,26)。以上より,本1 GPa級TRIP鋼の引張特性のひずみ速度依存性を準安定オーステナイト鋼の結果24,26)を元に考察すると,100 s−1まではひずみ速度増加により引張強さと均一伸びが減少したのは,Vαが小さくなった事が大きく影響している。一方で,101 s−1以上ではVαと加工誘起変態挙動のひずみ速度による変化がわずかであったと考えられるため,加工誘起変態が引張特性に及ぼす影響(=TRIP効果)よりも,ひずみ速度増加による影響の方が大きくなったため,高ひずみ速度域で引張強さは増大し,均一伸びの変化が小さくなったと説明することができる。本TRIP鋼の高ひずみ速度域での引張強さと均一伸びのひずみ速度依存性は,DP鋼の結果15)と近かったということも,高ひずみ速度域での上記の考察を支持する結果ではないかと考える。以上のことより考えると,γR体積率が約20%以上になると,TRIP型複合組織鋼の引張特性のひずみ速度依存性は,オーステナイト単相である準安定オーステナイト鋼のそれに近くなった。また,γRの加工誘起変態を利用したTRIP効果は,100 s−1以上の高ひずみ速度よりも,だいたい10−3 s−1以下の低ひずみ速度域において引張特性,特に,均一伸びの向上に有効に寄与すると考えられる。

Table 2. Values of k, q in Eq. (2) and Vα of the fractured specimen (Vαs) in the 1 GPa-grade TRIP steels with different γR shapes at various strain rates.
(a) Needle-like γR(b) Blocky γR
Strain rate (s–1)kqVαskqVαs
3.3 × 10–613.30.820.1835.90.550.122
3.3 × 10–50.1940.167
3.3 × 10–424.40.9220.21132.71.040.167
3.3 × 10–30.1880.163
3.3 × 10–25.00.5240.17420.70.820.153
1.0 × 1008.190.60.1609.230.550.171
1.0 × 1010.1490.123
1.0 × 1020.1470.128
1.0 × 1030.1580.112

3・4 1 GPa級TRIP型複合組織鋼と他の鉄鋼材料との比較

次に,本研究で検討した1 GPa級TRIP鋼と様々な鉄鋼材料の引張試験結果を比較し,本TRIP鋼の引張特性のひずみ速度依存性と高速変形挙動について議論を行った。Fig.7に,本1 GPa級TRIP鋼と様々な鉄鋼材料13,14,15,16,24,26,37)における,ひずみ速度3.3×10−4 s−1と103 s−1での引張試験で得られた,引張強さと全伸びの関係を示す。なお,Fig.7と次のFig.8に示す様々な鉄鋼材料を対象とした2種類のひずみ速度での実験結果は,各ひずみ速度では同じ形状の試験片を用いて,同じ試験機で引張試験した結果である。また,Fig.7Fig.8以降でも示す0.2C TRIP鋼13)と0.4C TRIP鋼14)γR形状は,どちらも塊状である。Fig.7(a)の3.3×10−4 s−1の結果より,本研究で検討した2種類の1 GPa級TRIP鋼の結果については,針状γR鋼が引張強さ1 GPa,全伸びが40%であり,これは従来のTRIP鋼(例えば,Fig.7における0.2C TRIP鋼13))と比べ,高い延性(全伸び)を維持しながら1 GPa級の高強度化を達成できた点において,優れた引張特性が得られたと言える。ひずみ速度103 s−1の結果と比較すると,それぞれのひずみ速度で試験片形状(平行部長さ)が異なるため,縦軸の全伸びに及ぼす試験片形状の影響が103 s−1の方が大きいことに留意する必要があるが,準安定オーステナイト鋼(SUS304, SUS301L)24,26)と針状γR鋼以外は引張強さと全伸びの掛け算の値はほぼ同じか向上した。全伸びのうち,特に,局所伸びは試験片形状の影響が大きく,103 s−1の方が平行部長さが小さく局所伸びが大きく評価されている28)ため,全伸びの代わりに均一変形時の延性である均一伸びを用いて同様の整理を行った,引張強さと均一伸びの関係をFig.8に示す。Fig.7同様,3.3×10−4 s−1の結果は,針状γR鋼が他のTRIP鋼やDP鋼と比べると良い結果を示した。しかしながら,ひずみ速度103 s−1では,DP鋼以外は引張強さと均一伸びの掛け算の値は低下した。これらの結果のうち,4種類のTRIP鋼や準安定オーステナイト鋼については,ひずみ速度増加によりVαが減少したこと(または,加工誘起変態挙動が引張特性に及ぼす影響が小さくなったこと)が引張強さ,均一伸びの変化に大きく影響している13,14,24,26)。フェライト単一組織鋼であるIF鋼37)については,フェライト組織の加工硬化量がTRIP鋼やDP鋼と比べると小さいことと,高速変形時に無視できない発熱の影響と温度やひずみ速度依存性と関係する変形応力の熱的応力成分が変形応力に占める割合が大きいことが均一伸びの大きな減少に関係していると考えられる38,39)。2種類の1 GPa級TRIP鋼については,103 s−1ではほぼ同じ値を示したことから,γR形状や加工誘起変態挙動は高速変形時の引張特性にはあまり影響しないことが推察される。Fig.8(c)は,Fig.8(b)において引張強さが800 MPa以上,均一伸びが30%以下の範囲を拡大した結果である。103 s−1での引張強さが1 GPa級の材料を中心に103 s−1のみの結果で改めて整理すると,針状γR鋼や塊状γR鋼は(準安定オーステナイト鋼の結果には劣るが)優れた引張強さと均一伸びの関係が得られたと言える。ひずみ速度103 s−1において,引張強さが1 GPa級の4種類の材料(針状γR鋼,塊状γR鋼,0.4C TRIP鋼14),0.15C DP鋼15))については,引張特性のひずみ速度依存性をもう少し詳細に比較するため,引張強さと均一伸びの掛け算の値をひずみ速度に対してFig.9に整理した。0.15C DP鋼は,若干の変化はあるものの,ひずみ速度によらずほぼ一定の値を示した。DP鋼の結果を基準に,3種類のTRIP鋼の結果を見ると,低ひずみ速度域で優れた値を示している点は共通しており,100 s−1以上になるとDP鋼やTRIP鋼間での差は小さくなった。この結果からも,TRIP効果は高ひずみ速度よりも低ひずみ速度域において有効に寄与していることがわかる。100 s−1以上になると3種類のTRIP鋼の結果はその差が小さくなったが,それでも針状γR鋼や塊状γR鋼の結果は0.4C TRIP鋼14)よりも良いと言え,これはFig.8に示したように均一伸びの違いが影響している。この結果より,高ひずみ速度では加工誘起変態挙動が抑制されるとは言え,γR体積率が大きいことは高速引張変形挙動においても,大きな均一伸びを得るために一定の役割を担っていると考えられる。別の角度から考えると,低ひずみ速度で優れたTRIP効果が得られれば,それは高ひずみ速度での引張特性にも少なからず影響すること,また,高ひずみ速度において現状よりもVαが増加すれば,均一伸びの向上に加え,引張強さの増加も期待できる。本研究では,γR体積率が20%以上になると引張特性のひずみ速度依存性が従来のTRIP鋼やDP鋼の結果とは異なり,準安定オーステナイト鋼の結果に近くなることが明らかとなり,そのような結果に影響しているのはやはり加工誘起変態挙動であることがわかった。これらは今後の高強度TRIP鋼の検討課題に繋がるとともに,高速引張変形挙動におけるTRIP効果の可能性(または限界)も視野に入れ,異なる観点から優れた高速変形挙動を示す強化機構等の検討も必要かもしれない。本研究より,TRIP効果は低ひずみ速度域において有効に機械的特性向上に寄与することが示された。低ひずみ速度での結果を基準として考えると,どうしても高ひずみ速度での結果は機械的特性を含み引張変形挙動が低下したという印象が拭えない。しかしながら,衝突安全性評価を想定し高ひずみ速度変形に特化した機械的特性の整理は未知の部分も残されている。この点を議論していく要素として,Fig.8 (c)に示したような高ひずみ速度での引張特性に的を絞った比較を通じて,TRIP効果をはじめとする強化機構の有効性や,高速変形時におけるさらなる機械的特性の向上に繋がる研究課題が明らかになってくることが期待できる。

Fig. 7.

 Relationships between tensile strength and total elongation in the 1 GPa-grade TRIP steels with different γR shapes and various steels13,14,15,37) at 3.3×10–4 s–1 (a) and 103 s–1 (b). (Online version in color.)

Fig. 8.

 Relationships between tensile strength and uniform elongation in the 1 GPa-grade TRIP steels with different γR shapes and various steels13,14,15,37) at 3.3×10–4 s–1 (a) and 103 s–1 (b), (c). (Online version in color.)

Fig. 9.

 Products of tensile strength and uniform elongation as a function of strain rate in the 1 GPa-grade TRIP steels with different γR shapes, the 0.15 DP steel15) and the 0.4C TRIP steel14). (Online version in color.)

Fig.10に,ひずみ速度10−4 s−1のオーダーの引張試験での降伏応力に対する,103 s−1でのひずみ10%における吸収エネルギーの関係を示す13,14,15,16)。ここでは,自動車衝突時のエネルギー吸収や衝撃力緩和を担うフロントサイドメンバーを想定した,角筒の衝撃圧潰解析において,ひずみが10%までの比較的低ひずみ域での高速変形挙動が衝撃エネルギー吸収を支配しているという報告より,ひずみ10%までの吸収エネルギーを用いた6,7,8)。ここでも様々な鉄鋼材料に関する結果13,14,15,16)を整理した(図におけるFC,FP,Dはそれぞれフェライト−セメンタイト,フェライト−パーライト,平均フェライト粒径を示す)。横軸の降伏応力の増加により,吸収エネルギーは増加した。このことから,吸収エネルギーを考える上で降伏応力は重要な機械的特性であり,降伏応力の増大はひずみ10%までの吸収エネルギーの増加に繋がると言える。プレス成形時の変形抵抗としてひずみが5%における変形応力で整理した場合にも,同様の結果が報告されている6,7,8,13)Fig.10の結果は大きく2種類の関係に整理でき,フェライト体積率が多い場合よりも,ベイナイトやマルテンサイト体積率が多い鉄鋼材料の方が,同じ降伏応力における吸収エネルギーは大きな値を示した。本研究で検討した針状γR鋼は,塊状γR鋼よりも良い結果を示し,Fig.10に示した結果の中でも優れた関係が得られた。このことから,TRIP型複合組織鋼においてγR以外の母相組織がマルテンサイトやベイナイトであることは,高速変形時の吸収エネルギー増加の観点からは有効である7,9,17)

Fig. 10.

 10% absorbed energy at 103 s–1 vs. yield strength at 10–4 s–1 in the 1 GPa-grade TRIP and various steels13,14,15,16,37). (Online version in color.)

Fig.11に,ひずみ速度10−4 s−1のオーダーでの全伸びと103 s−1での破断までの吸収エネルギーの関係を示す。横軸の全伸びは加工性の指標として用いられ,図より加工性と衝突安全性の関係を議論できる4,6,7,8)。また,破断までの吸収エネルギーについては,高田らが引張強さと全伸びの掛け算の値で整理できることを報告した17)。この報告を参考に,本研究とこれまでの実験データ17)を用いて破断までの吸収エネルギー(E)と103 s−1における引張強さと全伸びの掛け算の値(TS×T.El)を整理したところ,以下に示す直線関係が得られた。   

E=8.51×103(TS×T.El)(3)

Fig. 11.

 Absorbed energy at 103 s–1 vs. total elongation at 10–4 s–1 in the 1 GPa-grade TRIP and various steels13,14,15,16,37). (Online version in color.)

Fig.11の縦軸右には,(3)式を元に計算した103 s−1における引張強さと全伸びの掛け算の値も示した。Fig.11より,針状γR鋼はIF鋼や0.2C TRIP鋼とほぼ同じ全伸びでありながら,高い吸収エネルギーと高強度,高延性を示していると言える。以上の結果から,針状γR鋼の自動車用鋼板への利用による,自動車の車体軽量化と衝突安全性の向上が期待できる。今後も,様々な鉄鋼材料について同様の整理を行うことで,吸収エネルギーと衝突安全性の向上,そして高強度化に関する定量的な議論を行っていくことが重要である。

4. まとめ

本研究では,強度レベルが1 GPa級で,残留オーステナイト(γR)形状の異なる2種類のTRIP型複合組織鋼を用いて,これらの高速引張変形挙動と引張特性に及ぼすひずみ速度の影響について調査した。得られた主な結果は,以下の通りである。

1.ひずみ速度が3.3×10−4 s−1での静的引張試験において,γR形状が針状のTRIP型複合組織鋼は1 GPaの引張強さと約40%の全伸びを示した。この結果は,これまでのTRIP鋼と同じ全伸びでありながら,高強度化が達成されている点において,優れた引張特性であると言える。γR形状の異なる2種類の高強度TRIP鋼の機械的特性を比較すると,針状γR鋼の方が同じひずみ速度における0.2%耐力が大きく,10−3 s−1以下の低ひずみ速度域での均一伸びが大きいことがわかった。

2.様々なひずみ速度での引張試験で得られた機械的特性を調査した結果,γR形状の異なるどちらのTRIP鋼も,均一伸びや全伸びといった延性のひずみ速度による変化が大きいことがわかった。また,引張強さのひずみ速度依存性は,ひずみ速度増加により増大するのではなく,準安定オーステナイト鋼の結果と似ていることがわかった。これより,γR体積率が20%以上のTRIP型複合組織鋼の場合は,従来のDP鋼やTRIP型複合組織鋼の結果とは異なり,準安定オーステナイト鋼における機械的特性のひずみ速度依存性の結果へと変化すると考えられる。

3.他の鉄鋼材料との引張変形挙動を比較した結果,各ひずみ速度での針状γR鋼の引張特性は他よりも優れた結果を示した。自動車の衝突特性と関係する吸収エネルギーは,0.2%耐力をはじめとする低ひずみ域での変形応力の高強度化により増加した。また,破断までの吸収エネルギーと静的引張試験での全伸びの関係から,針状γR鋼は高強度でありながら,優れた加工性と衝突安全性を示すことがわかった。

謝辞

本研究成果は,国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業の結果として得られたものである。関係者各位に心より感謝申し上げます。本研究を遂行するにあたり,多大なる協力をいただいたJFEスチールの田中裕二氏,香川大学工学部の田中康弘教授,兵庫県立大学大学院工学研究科の足立大樹博士,物質・材料研究機構の上路林太郎博士に心より感謝申し上げます。

文献
 
© 2017 The Iron and Steel Institute of Japan

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