Tetsu-to-Hagane
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ISSN-L : 0021-1575
Regular Article
Comparison of the Measurements of Austenite Volume Fraction by Various Methods for Mn-Si-C Steel
Yo TomotaNobuaki SekidoPingguang XuTakuro KawasakiStefanus HarjoMasahiko TanakaTakehisa ShinoharaYuhua SuAkira Taniyama
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2017 Volume 103 Issue 10 Pages 570-578

Details
Synopsis:

Various methods were employed to measure the austenite volume fraction in a 1.5Mn-1.5Si-0.2C steel. It has been confirmed that the volume fractions determined by transmission electron microscopy, scanning electron microscopy/electron back scatter diffraction, X-ray diffraction and neutron diffraction exhibit a general trend to become larger in this order, although the values obtained by X-ray and neutron diffraction are similar in the present steel because austenite is relatively stable. The austenite volume fractions determined by diffraction methods have been found to be affected by the measuring specimen direction, i.e., texture, even by applying the conventional correcting procedure. To avoid this influence, it is recommended to measure both of volume fraction and texture simultaneously using neutron diffraction. Although synchrotron X-ray shows higher angle resolution, its small incident beam size brings poor statistic reliability. The influence of texture cannot be avoided for transmission Bragg edge measurement, either, which must be overcome to realize 2D or 3D volume fraction mapping.

1. はじめに

残留オーステナイトの体積率,存在形態や炭素濃度を高度に制御することが,最近の高強度・高延性鋼開発の鍵となっている。たとえば,低合金TRIP鋼1,2,3,4),Q&P鋼5,6),ナノベイナイト鋼7,8,9,10)等がその例である。残留オーステナイト体積率(fA(vol.%))の測定はきわめて重要であり,以前からいろいろな測定法が提案されてきた11)。たとえば,欧州において13研究機関で低合金TRIP鋼のfA測定に関するラウンドロビン試験が実施され,光学顕微鏡観察,X線回折,走査電子顕微鏡(SEM)/電子線背面回折(EBSD)測定,磁気測定,熱拡散率,レーザー超音波法による測定結果の比較・検討がなされた12)。その結果,測定法の違いだけでなく同じ方法であっても得られたfAの値に少なからぬばらつきがあり推奨すべき方法が決められなかったと結論されている。残留オーステナイトは安定度が低い場合が多く,観察試料の作製中に表面近くの領域でマルテンサイト変態が生じると,EBSD測定やX線回折ではfAが試料内部より低い値を測定することになる。一方,透過能の高い中性子回折を用いると試料全体の平均値を得ることができる13,14)が,集合組織の強い材料ではその補正はX線回折の場合と同様に不十分な場合が多い。一般に,集合組織を有する2相材料の構成相体積率をX線や中性子線回折で測定する場合には,hkl理論回折強度Rhklと測定された回折強度Ihklを用いて,(1)式による補正が推奨されてきた11,15)。   

fA=1n1nIhklARhklA(1m1mIhklFRhklF+1n1nIhklARhklA)×100%(1)

ここで,nmは計算に用いたオーステナイトとフェライトのhkl回折ピークの数で,添字Aはオーステナイト,Fはフェライト(ベイナイトやマルテンサイトも含む)を意味する。多数のピークを用いるほど良いとされているようであるが,実際に集合組織の強い鋼で計算してみると疑問に思われることがある。たとえば,同じ試料を異なる方向から測定すると得られる値が異なり,(1)式による補正では不十分な場合がある。Gnäupel-HeroldとCreuzigerは原子炉中性子源による角度分散回折(AD)法を用いて200,220,311オーステナイトと200,211,220フェライト回折積分強度を多くの方向から測定して吟味した結果,少なくとも100方向以上から測定する必要があると結論している15)。最近,XuらはfAの異なる5種類の低合金TRIP鋼板から正方形に近い小板を切り出し積み重ねて立方体状態にした試料体を作製し,加速器中性子源による飛行時間法(TOF)による中性子回折を用いて,この測定方向依存性の問題を詳細に検討した16)。その結果,散乱ベクトルが鋼板の法線(N),圧延(R)および板幅(T)方向に平行になるようにして測定したfAの値には差異があり,(1)式を用いて補正しても一致しなかった。そこで,集合組織を同定すべく525方向から測定して得られた回折プロファイルを単純加算(総和)したところ,理論hkl回折強度の比と良い一致を示し,集合組織補正が不要であった。すなわち,集合組織の影響がない状態でfAを同定することができ,Gnäupel-HeroldとCreuzigerの結論を検証する結果となった。これら525方向の回折プロファイルを,解析ソフトMAUD17,18)を用いて方位分布関数と同時にfAを決定するとほぼ同じ値が得られたので,Xuらは「集合組織測定とfAを同時測定することが推奨される」と提言している16)

本論文は,新エネルギー・産業技術総合開発機構(New Energy and Industrial Technology Development Organization:NEDO)の革新的新構造材料等研究開発プロジェクト「中性子等量子ビームを使った構造材料技術に関する調査研究(平成27-28年度)」において,新構造材料技術研究組合(Innovative Structural Materials Association: ISMA)が実施した研究の一部である。協調(非競争)課題として共通試料を作製し,透過電子顕微鏡(TEM)観察,SEM/EBSD観察,実験室X線回折と放射光X線回折,TOF中性子回折およびTOF中性子ブラッグエッジ測定を行った。以下では,fA同定に関するこれらの測定法の長所と問題点について,前述の既発表文献も踏まえながら検討した結果を報告する。

2. 実験方法

測定に用いた試料は,上記ISMAおよび日本鉄鋼協会「小型中性子源による鉄鋼組織解析法研究会」の共通試料として,Sugimotoらによる報告19)を参考に真空溶解された鋼(30 kg)である。その化学組成に関してCとSを高周波燃焼による赤外線吸光分析法,Mn,SiとPをICP発光分光分析法により分析した結果は,0.20C-1.50Mn-1.52Si-0.009P-0.001S mass%であった。fAを変化させるために,熱間鍛造(偏析除去),熱間圧延,機械加工,冷間圧延の後,イメージ炉を用いて下記の熱処理を施した。ここで,試料の呼称をTR1,TR2,TR3とする。鋼板の寸法は厚さ1.2 mm,幅100 mm,長さ(圧延方向)120 mmである。

TR1:室温10°C/s→780°C,300 s保持→(50°C/s)→400°C,30 s保持→(50°C/s)→室温

TR2:室温10°C/s→780°C,300 s保持→(50°C/s)→400°C,300 s保持→(50°C/s)→室温

TR3:室温10°C/s→780°C,300 s保持→(50°C/s)→室温(50°C以下)→(65°C/s)→650°C,300 s保持(50°C/s)→室温

TEM組織観察のために,約20 mm×20 mmに切り出した試料をエメリー紙で厚さ200 μm程度まで研磨し,直径3 mmの円盤状にパンチで打ち抜き,エメリー紙で70 μmまで薄片化し,Twin-Jetによる電解研磨でTEM観察試料を作製した。電解液には10%過塩素酸−90%酢酸の混合溶液を用いた。電解液の液温は15~20°Cで,印可電圧を40Vとした。用いた透過型電子顕微鏡はJEM-200FXとJEM-2010Fである。

SEM組織観察の試料は,エメリー紙で機械研磨し,アルミナ0.1 μmを用いたバフ研磨で鏡面に仕上げた。反射電子像観察に用いた走査型電子顕微鏡は日本電子⑭JSM-7000Fであり,加速電圧は15 kVで行った。

電子線後方散乱回折(EBSD)測定では,厚さ1.2 mmの共通試料(鋼板)の中央部から長さ10 mm,幅2 mmの板状試料を放電加工で切り出し,エメリー紙研磨の後,電解研磨で仕上げた。測定に用いた走査型電子顕微鏡は日本電子(株)JSM-7000Fで,EBSD測定はTSL SC-200,加速電圧20 kVであった。測定領域は100 μm×100 μmとして走査ピッチは0.05,0.1および1.0 μmとし,測定時間はそれぞれ約3分,5時間および20時間であった。

実験室X線回折装置を用いて,fAおよび集合組織の測定を行った。fA測定は,後述のように集合組織の影響を受けるため,測定面の法線方向が圧延板のN,R,T方向となるように試料を切り出して測定に供した。なお,R,T方向の試料は,厚さ1.2 mm,幅1 mm,長さ15 mmの柱状試片8枚を切り出しアロンアルファで接着して研磨し,10 mm×10 mm以上のX線照射面積を確保した。X線回折に用いた試料は,エメリー紙研磨,バフ研磨を経てコロイダルシリカ研磨で仕上げた。用いたX線回折解析装置は理学RINT-2500H/PCである。管球はCo(λ=0.178897 nm)を用い,管電圧は30 kV,管電流は100 mAとした。θ/2θ回折測定は,2θ範囲を45°~105°として0.02°ステップの連続測定とした。集合組織測定は,TR1とTR2のN方向試料(以下,TR1-N,TR2-Nとする)に対して,フェライト002反射とオーステナイト002反射を用いたSchultz法で行った。α角を20°から90°までの5°ピッチ,β角を0°から360°までの5°ピッチで測定した。

SPring-8の物質・材料研究機構ビームラインBL15XUを利用して放射光X線回折を行った。装置設備の仕様は文献20)を参照されたい。放射光の波長は,NISTのCeO2標準試料(NIST SRM674b)を用いたキャリブレーションにより0.065302(5)nmであった。測定試料は,ラボX線回折実験で用いたものと同一である。入射ビームを約30 μmに集光させ,入射角から7°傾けた平板試料に照射し,試料に対するX線の入射角を固定したθ固定/2θスキャン法により回折強度を測定した。測定中試料は60 rpmで回転させた。X線照射領域(フットプリント)は直径が約300 μmと算出される。この光軸系でX線強度を,入射角度と出射角度が一定となるθ/2θスキャン法(いわゆるBragg-Brentano型光軸系)の結果に合わせるため,補正プログラムを用いて強度を補正した。

中性子回折実験はJ-PARC MLFのBL19匠を用いて,Fig.1(a)に示すようにゴニオメーター上にオイラークレードルをセットして行なった。装置の詳細は文献21)を参照されたい。試料と試料回転の様子を(b)と(c)に示す。測定ゲージ体積は10 mm×10 mm×10 mm であった。圧延後熱処理材の集合組織には良好な対称性があるので,1/4象限を5°間隔で回転して集合組織を測定した。南北の検出器バンクを15分割して合計525個の回折プロファイルを取得した。これらのデータを一括してリートベルト解析することによって方位分布関数(ODF)を求める解析ソフトMAUDにインプットして,オーステナイトとフェライトの集合組織に加えて同時にfAを計算した。また,集合組織の影響を軽減する目的で,ガンドルフィカメラを用いて試料に2軸回転を与えながら測定することも試みた。

Fig. 1.

 View of neutron diffraction measurement at BL19 (J-PARC MLF) (a), shape and dimension of a specimen (b), specimen rotation using an Euler cradle (c) and illustration of packed plates (d). (Online version in color.)

中性子ブラッグエッジ測定は,J-PARC MLFのBL22螺鈿を用いて,8 mm×65 mm×1.2 mmの板状試験片を4枚重ねて測定を行った。装置の詳細に関しては文献22)を参照されたい。検出器はnGEM(ピクセルサイズ0.8 mm×0.8 mm,128×128ピクセル)で19時間の測定を行った。

3. 実験結果および考察

3・1 TEMおよびSEM組織

試料TR1とTR3のTEM組織をFig.2に示す(TR2はTR1とほぼ同じ)。(a)に見られるように島状粒の内部にはラス状微細組織が形成されており,残留オーステナイトが冷却中あるいは試料薄片化の影響でマルテンサイト(あるいは冷却中はベイナイト)変態したことが示唆される。(b)のように内部にラスが形成されていない1 μm程度の粒もしばしば観察され,電子線回折の結果残留オーステナイトであることが確認された。また,(c)に示すように,フェライト粒内の転位密度が1014(m−2)オーダーと比較的高いところがあった。TR3については,観察した限りでは残留γ相を確認することができなかった。また,TR1では見られなかった100 nm程度の微細析出物が観察された。電子線回折による相同定はできなかったが,後述するX線や中性子回折の結果より,セメンタイトであると思われる。

Fig. 2.

 TEM microstructures of TR1 (a), (b), (c) and TR3 (d).

Fig.3にSEM組織を示す。主要な相はフェライトである。チャネリングコントラストにより結晶粒が判別でき,平均的な粒径は10 μm程度である。粒界近傍には1 μm程度の島状の粒が形成している。これら島状の粒は熱処理過程で反応が完了しなかったオーステナイト相である。一部は残留オーステナイトとして室温まで残存し,一部はマルテンサイトあるいはベイナイトに変態していると思われる。他方,TR3はTR1やTR2と異なり粒界の島状結晶粒は観察されず,フェライト粒径はほぼ同じである。高倍率で観察すると微細な析出物が確認された。後出の回折実験結果からこの析出物はセメンタイトであると推定される。

Fig. 3.

 SEM microstructures: (a) TR1, (b) TR2, (c) TR3 and (d) TR3 (high magnification).

3・2 EBSD測定によるオーステナイト体積率の同定

3種類の試料から得られたIPF(Inverse pole figure)とphaseマップをFig.4に示す。測定視野を100 μm×100 μmとして走査ステップピッチを0.1 μm(約400万点:測定時間各5時間)とした場合の結果である。残留オーステナイト体積率は4.1%(TR1),4.7%(TR2)および0.5%以下(TR3)であった。EBSDによる相体積率の同定には菊池パターンの相決定精度に加え,クリーニング処理,測定視野の大きさや測定走査ピッチの影響があり,クリーニングにより体積率が減少し,走査ピッチを狭くすると増加する傾向がみられた。本試料の場合は,ベイナイトラス間のフィルム状オーステナイト粒等,微細なオーステナイト粒が結果に大きな影響を及ぼしていると思われ,TR1とTR2では後述する中性子やX線回折による測定値の約半分と低い値であった。ごく表面層では残留オーステナイトがマルテンサイト変態した可能性もある。なお,TR3の値は実質0%と思われる。

Fig. 4.

 IPF and phase (green: austenite, red: ferrite) maps obtained by SEM/EBSD measurements: (a), (d) TR1, (b), (d) TR2 and (c), (e) TR3; (a)-(c) IPF map and (d)-(f) phase map. (Online version in color.)

3・3 X線回折によるオーステナイト体積率と集合組織の測定

試料TR1の3方向から測定したX線回折プロファイルをFig.5(a)に示す。N,T,Rの3方向で回折ピークの積分強度比が異なり集合組織が存在する。なお,格子定数の測定方向による差異は認められなかった。また,TR3については,オーステナイトピークが観測されない。TR3の回折強度を対数プロットすると,弱いセメンタイトピークの存在が確認できる。すなわち,TEMで観察された微細な析出物はセメンタイトであると推定される。X線回折強度の理論式は下式で与えられる23)。   

Rhkl={I0e4λ3As/(64πrm2c4μ)}Phkl(2)
  
Phkl=|Fhkl|2jhklvp2Lhklexp(2Mhkl)(3)

Fig. 5.

 X-ray diffraction patterns: (a) influence of measuring directions for TR1 plotted by log-scale and (b) comparison of TR1, TR2 and TR3 profiles obtained from N direction, where the TR3 profile was enlarged to show weak cementite peaks. (Online version in color.)

ここでI0は入射X線強度,eは電子の電荷,mは電子の質量,λは入射X線の波長,cは光速度,Asは試料の面積,μは試料の平均的な線吸収係数,rは回折装置の光学的半径,Fhklは結晶構造因子,jhklは多重度,vpは単位格子の体積,Lhklはローレンツ偏光因子,exp(−2Mhkl)は温度因子である。各相の体積率は,(2)式で算出される回折理論強度を用いると(1)式により算出される。ここで,フェライトとオーステナイトの理論回折強度の関係は,各々で回折強度が最も高い110フェライトと111オーステナイトの強度比を1.37として他の回折ピークの強度も調整した。そして,各々の相につき4つのピークを用いてfAを算出した。その結果,TR1とTR2は,Table 1に示すように測定方向により算出結果に約2%の差異がみられる。すなわち,(1)式による補正は十分とは言えない(なお,hkl回折積分強度の測定誤差は±0.2%以下であった)。

Table 1. Austenite volume fraction determined by laboratory X-ray diffraction (vol.%).
SpecimenNRT
TR112.213.714.3
TR212.713.415.4
TR3000

TR1-NとTR2-Nについて,フェライト002反射,オーステナイトは002反射を用いたSchultz法で集合組織測定を行った。TR1とTR2の集合組織はほぼ同じだったので,前者の結果をFig.6に示す。このような集合組織がfA同定に測定方向依存性をもたらしていると考えられる。なお,TR3については,fAがゼロなので測定しなかった。

Fig. 6.

 Comparison of texture measurements by XRD-Schultz and EBSD methods for TR1: (a) {001} ferrite by XRD, (b) {001} ferrite by EBSD, (c) {001} austenite, XRD, and (d) {001} austenite, EBSD. (Online version in color.)

3・4 放射光X線回折によるオーステナイト体積率の同定

Fig.7に試料TR1をN方向から測定(TR1-N)した放射光X線回折プロファイルと,Co線源のラボX線回折装置による結果を示す。なお,両者は入射X線の波長が異なるため,格子面間隔の逆数(d−1)を横軸にして比較した。BL15XUの放射光X線回折は,広範囲の強度プロファイルを短時間(1 min)で取得可能であった。ラボX線回折装置でfA測定に利用可能な回折ピークはフェライト相,オーステナイト相ともに3個程度であるのに対し,放射光ではそれぞれ20個程度である。加えて,放射光X線は,Co線源X線よりも角度分解能が高い。放射光X線回折プロファイルの各相のピーク強度からオーステナイト体積率を求めた。前節で説明した手法と同じであるが,放射光X線では測定できるピークが多いため,より多くのピークを用いて体積率を測定した。すなわち,ラボX線回折では,フェライト相110,200,211,オーステナイト相の111,200,220のそれぞれ3つのピークを用いたが,放射光X線回折では,α相が110,200,211,220,310,γ相が111,200,220,311,222のそれぞれ5つのピークを用いた。結果をTable 2に示す。表中上段は各相に対して上記のそれぞれ5つのピーク(計10個)を用いて計算した値であり,参考データとして,ラボX線回折と同様にそれぞれ3つ(計6個)のピークを用いて計算した値を下段括弧内に示した。なお,積分強度は,統計計算ソフトIgorのMulti-peak fitting機能を用いて,Lorentzianで近似したピークの面積により決定した。用いたピークの数を6から10に増やしても,結果に大きな影響はみられなかった。また,放射光X線の結果は,ラボX線の結果と比較して方位による差(N,R,Tの差)が大きい。これは,放射光X線回折実験におけるX線の照射面積が小さいことが原因のひとつと考えられる。フィッティング誤差による実験誤差は±0.2 vol.%以下と小さいが,測定場所による差異は大きかった(±1 vol.%程度)。直径30 μmの入射ビームでは照射体積が小さく,試料を回転しても統計が十分でないと考えられた。すなわち,フットプリント直径約300 μmに対してフェライト粒径が約10 μmなので試料を平行移動させるか揺動をかけて測定体積を大きくする必要がある。

Fig. 7.

 Diffraction patterns obtained by laboratory X-ray diffraction (a) and synchrotron X-ray (b) for TR2. (Online version in color.)

Table 2. Austenite volume fraction determined by synchrotron X-ray diffraction (vol.%).
SpecimenNRT
TR110.9 (11.1)13.6 (12.4)15.2 (14.9)
TR29.0 (9.8)12.6 (11.3)15.9 (16.1)
TR3000

3・5 中性子回折の結果と考察

測定で得られた中性子回折プロファイルの例としてTR1とTR3のT方向の結果をFig.8に縦軸を対数目盛りで示した。TR1がフェライトとオーステナイトの2相から構成されているのに対して,TR3ではオーステナイトの回折ピークは検出されずセメンタイトのピークが確認される。また,いずれの試料も集合組織があり,TR2の例をFig.9に示す。3つの方向から測定した回折プロファイルを見ると,特にフェライト110や211の回折積分強度が測定方向によって異なっている。これらの回折プロファイルをZ-code24)によるリートベルト解析を用いて,個々のhkl回折強度を回帰変数としてフィッティングで求め,(1)式に代入して集合組織補正をした。ここでの理論回折強度には,前報16)と同様に,集合組織なしの条件でfAを0.5としてZ-codeに装置プロファイルを入れて計算した値を用いた。その結果,Table 3に示すように試料測定方向の影響が残り,Table 12のX線回折結果や先の中性子実験の傾向16)と良く一致して,N方向の結果がT方向より低い値である。

Fig. 8.

 Neutron diffraction profiles obtained for TR1 and TR3 (T direction). (Online version in color.)

Fig. 9.

 Neutron diffraction profiles obtained from three directions for TR2. (Online version in color.)

Table 3. Austenite volume fraction determined by neutron diffraction (vol.%), where experimental error was below 0.1 vol.%.
SpecimenNRT
TR111.313.015.0
TR213.814.214.1
TR3000

そこで,粉末回折でよく用いられるガンドルフィカメラを使い,試料を2軸回転させながら測定を試みた。得られた結果をリートベルト解析するとFig.10に見られるようにフィッティング残渣が回折面によってプラスになったりマイナスになったりしていて,集合組織が無視できる状態になっていないことがわかる。2軸回転でカバーする試料測定方向範囲は図の挿入図のように部分的であり,試料のセット方向を変えると異なる結果が得られた。ある程度は集合組織の影響を除けるものの,このような方法では不十分と言わざるを得ない結果となった。

Fig. 10.

 Neutron diffraction profiles obtained for TR2 using a Gandolfy camera. (Online version in color.)

次に,Fig.1に示したオイラークレードルを用い,鋼板の1/4対称性を仮定して極点図の第一象限を5°間隔で525方向から測定した。得られた回折プロファイルに対して同時リートベルト解析法を用いる集合組織解析ソフトMAUDにより方位分布関数を求め,hkl極点図を計算した結果がFig.11である。先のFig.6において,EBSD測定では統計が悪く,X線回折では表面層を対象とした部分極点図しか得られなかったが,中性子回折を用いると試料全体平均を表す完全極点図を得ることができる。図に見られるようにフェライトの110と222極点図はオーステナイトの111と220にそれぞれ良く似ており,2つの構成相間にKurdjumov-Sachsの結晶方位関係25)の存在が示唆される。集合組織と同時にMAUDによって同定したfAの値は,TR1が14.8%,TR2が13.9%であった。Fig.12に示すようにフィッティング結果は理論回折強度比に近く,回折強度の平方根を使ってプロットし,残渣を拡大しても良好なフィッティングであることがわかる。また,Gnäupel-HeroldとCreuziger15)に習って,525個の回折プロファイルを全部足し合わせてリートベルト解析を行った結果は,TR1が14.6%,TR2が13.8%であった。すなわち,個々のhklピークが理論回折強度比に近い状態を作れば集合組織の影響が取り除けると考えて良いであろう。X線回折によるにfA測定に及ぼす集合組織の影響に関してはJärvinenも類似の考察をしている26)。一方向のみしか測定できないときはT方向からの測定が好ましいと思われる。外力負荷あるいは塑性変形によって誘起されるマルテンサイト変態は個々のオーステナイト結晶粒方位の影響も受けるので,オーステナイト安定度の変形応力や延性に及ぼす寄与を改善するには,fAのみでなく集合組織も制御27)することが有効で,両者を同時測定することには意義がある。

Fig. 11.

 Various hkl pole figures for ferrite and austenite phases obtained by neutron diffraction (Arrows indicate the K-S relationship between bcc and fcc phases). (Online version in color.)

Fig. 12.

 Results of MAUD analysis for TR1, where intensity was plotted in square root to indicate the fitting residue clearly. (Online version in color.)

TEM観察では,Fig.2のようにフェライト粒内に観察視野によって多くの転位が存在することが観察された。巨視的平均転位密度を見積もるために,TR1とTR2についてConvolutional Whole Multiple Profile(CMWP)法28,29)によるラインプロファイル解析を行った。フィッティング結果の例をFig.13に示す。ここで図中の(1)はオーステナイト相を表す。2相モデルで解析した結果,フェライト中の転位密度は,TR1が 0.982×1014 m−2,TR2は1.13×1014 m−2であった。

Fig. 13.

 Example of CMWP fitting for TR1, where (1) at the crystal index stands for austenite phase. (Online version in color.)

3・6 中性子ブラッグエッジ測定の結果と考察

最近,TOFブラッグエッジ測定によるミクロ組織や弾性ひずみの2次元マッピング測定が急速に発展してきた。Woracekら30)は,準安定オーステナイト系ステンレス鋼の引張およびねじり変形を与えた試験片における加工誘起マルテンサイトの3次元空間分布測定について報告している。試料を回転して測定することにより3次元マッピング図を作成できる。将来性のある魅力的な方法であり,本試料でも試みたところ,Fig.14のような結果が得られた。ここで,中性子ビームの透過方向はN方向に平行である。1ピクセル(0.8 mm×0.8 mm)ごとに得られたスペクトルを解析して2次元分布を示すことも可能であるが,本実験では試料内の分布は均一なので統計を高めるために40 mm×6.4 mm(50×8 ピクセル)の照射面積全体のスペクトルを合わせて解析した。得られたFig.14(a)のブラッグエッジスペクトルにおいて,試料TR1とTR2ではフェライトに加えてオーステナイトのブラッグエッジが認められるが,TR3ではオーステナイトは検出されず,試料間の相違は明瞭である。このブラッグエッジスペクトルを微分すると,Fig.14(b)に示すように回折プロファイルに類似した表示が得られ直感的に理解しやすい。図を見ると,オーステナイト220や311は明瞭に観察されるが,200は不明瞭である。これは集合組織の影響による結果である。佐藤によるリートベルト解析型のブラッグエッジスペクトル解析ソフト(RITS)31)を用いてfAの同定を試みたが,集合組織補正が不十分で定性的な傾向を知る段階で止まっている。参考に,RITSを用いてfAを14%と仮定した集合組織がない場合のシミュレーション結果をFig.15に示す。透過方向のみの情報なので,先に述べた一方向からの回折の場合と同様に,ここでも集合組織補正が課題である。この解析ソフトRITSではMarch-Dollas parameter によって集合組織の影響を取り込めるようになっている31)が,さらなる改善が必要である。3次元トモグラフィへと発展させる上でも,工業材料では特に重要な検討課題と考えられる。

Fig. 14.

 Transmission Bragg edge profiles for TR1, TR2, TR3 measured (a) and differential curves (b), in which only fcc Bragg edges or peaks were indexed. The vertical values for TR3 and those for TR1 and TR2 were off-set. (Online version in color.)

Fig. 15.

 Simulation result using RITS assuming the austenite volume fraction of 0.14 and no texture. (Online version in color.)

3・7 各種測定法による結果の比較と考察

一般に,準安定オーステナイトの体積率測定結果には,透過電子顕微鏡観察≤EBSD≤X線回折≤中性子回折の傾向があり,これは自由表面近傍ほどマルテンサイト変態し易いことに起因している。本研究で用いたTR1とTR2の残留オーステナイトの炭素量はX線および中性子回折結果から1 mass%近傍と見積もられるので,かなり安定度が高く,結果は透過電子顕微鏡観察≤EBSD<X線回折~中性子回折であった。

上述のようにX線や中性子回折法でfAを測定するには集合組織の影響を考慮する必要があった。しかし,小角散乱法なら,このような集合組織の影響をほとんど受けない。予備的測定によると,核散乱で同定するにはフェライトとオーステナイトのコントラスト差が小さくかなり困難に思われるが,両構成相は磁性が異なるので,今後,小角散乱磁気散乱成分の利用を検討することが期待される。

4. 結論

残留オーステナイト体積率を種々な方法を用いて測定を試みた結果,以下のような結論が得られた。

(1)測定されるオーステナイト体積率は測定方法によって異なり,一般に透過電子顕微鏡観察≤EBSD≤X線回折(ラボおよび放射光)≤中性子回折の傾向がある。本研究で,X線回折の値が中性子線回折の結果に近かったのは,オーステナイト相の炭素量が高く,比較的安定であったためと思われる。

(2)EBSD測定によるオーステナイト体積率の測定は,オーステナイトの安定性に依存するだけでなく走査ピッチ幅や画像処理方法の影響を受けやすい。

(3)X線回折でも中性子回折でもオーステナイト体積率は試料の測定方向によって値が異なり,これは集合組織の影響を従来法では補正しきれないためと思われる。3つの方向の中ではTD方向から測定すると比較的妥当な結果が得られる。

(4)放射光X線回折では,ビーム径が小さく測定体積が小さいために,最も分解能が高いにも係わらず測定場所によって値が異なり統計精度が低かった。

(5)集合組織を有する鋼のオーステナイト体積率測定で最も推奨される方法は,中性子回折を用いて集合組織と体積率を同時に測定することである。

(6)2次元,3次元の構成相マップが得られると注目される中性子ブラッグエッジ測定法でも,集合組織の影響は強く,データ解析法の改善が必要である。

謝辞

本論文はNEDO革新的新構造材料研究における「中性子等量子ビームを使った構造材料解析技術に関するフィージビリティスタディ(平成27-28年度)」研究成果の一部である。ISMAにおいて実験方法の立案からデータ解析,まとめ方に関して議論してくださった大村孝仁(物材機構:ISMA鉄鋼コーディネーター),大沼正人(北大),大竹淑恵(理研),佐野直幸(新日鐵住金),仲道治郎(JFEスチール),村上俊夫(神戸製鋼所)の各博士,J-PARC実験(課題番号2015AU1901ほか)でお世話になった相澤一也,及川健一,甲斐哲也の各博士(原子力機構)とGong Wu博士(京大),SPring-8実験(課題番号2015B4502)の指導をして下さった勝矢良雄と坂田修身の両博士(物材機構)ほか関係各位に感謝する。

文献
 
© 2017 The Iron and Steel Institute of Japan

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