Tetsu-to-Hagane
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Intrinsic Factors That Trigger the Coaxing Effect in Binary Fe-C Ferritic Alloys with a Focus on Strain Aging
Motomichi KoyamaBohong RenNobuyuki YoshimuraEisaku SakuradaKohsaku UshiodaHiroshi Noguchi
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2017 Volume 103 Issue 11 Pages 660-666

Details
Synopsis:

The coaxing effect has been recognized as a phenomenon that enhances the fatigue resistance associated with work hardening and strain-age hardening. To uncover the intrinsic factors that affect the degree of coaxing effect, rotating bending fatigue tests including a process of stepwise stress increases every 107 cycles were carried out at ambient temperature in interstitial free steel and binary Fe-C ferritic alloys. The effects of the work hardening capacity, aging time, stress amplitude increment, and carbon concentration were examined in this simple alloy system. The work hardening capacity was changed by controlling carbon state in a Fe-0.017C (wt%) steel. However, the degree of coaxing effect did not show a significant correlation with work hardening capacity. For the effect of aging time, a fatigue test at a high stress amplitude was interrupted, aged for 2 weeks, and subsequently restarted. Although this process is sufficient to induce strain-age hardening in terms of aging time and plastic strain, a fatigue life of the aged steel was not comparable to that with the coaxing effect. Moreover, an increase in stress increment for each step deteriorated a degree of coaxing effect. It was concluded that the effect of work hardening is minor, and the other factors affecting strain-age hardening must be optimized simultaneously to show a coaxing effect. In addition, the degree of coaxing effect of smooth steel specimens was predominantly controlled by the intergranular fatigue crack initiation behavior. Consequently, a considerable amount of solute carbon and an alternate process for the stress amplitude increment and aging time are required for strain-age hardening that suppresses intergranular fatigue crack initiation.

1. 緒言

疲労限の物理的意味は,①疲労き裂の発生限界,②疲労き裂の停留限界の二つに大別される。フェライト鋼の場合,平滑試験片の疲労限もき裂の停留限界によって決定される1,2)。フェライト鋼の疲労き裂伝ぱに影響する主因子は塑性誘起き裂閉口3)とき裂先端におけるひずみ時効硬化4,5,6)である。また,き裂発生もき裂の伝ぱ挙動に影響する。具体的には,主き裂近傍に二次き裂が発生している場合,合体することでき裂の進展を促進する7,8)。新たなき裂発生が起こらない条件で主き裂が停留すると,同条件の一定応力振幅下における疲労破壊は起こらない。

疲労限に関連する現象として,コーキシング効果が知られる。コーキシング効果とは,試料を一度疲労限で試験すると,その後わずかに応力振幅を上昇させて試験をしても破壊が起こらない現象を指す9,10)。例えば,あるFe-Cフェライト鋼の疲労限である210 MPaから107サイクル毎に5 MPa応力振幅を増加させた場合,250 MPaまで破壊が起こらない7,8)。このフェライト鋼では,コーキシング効果なしに240 MPaで試験した場合,2×106サイクル以下で疲労破壊が起こる7,8)。疲労限がき裂の停留限界で決定されるとき,特にコーキシング効果が強く働く。このコーキシング効果は疲労限のロバスト性改善に有効に寄与すると期待されるが,その発現機構は未だ不明な点が多い。

従来知見に基づくと,鉄鋼材料のコーキシング効果は,疲労試験中における加工硬化11)または炭素によるひずみ時効硬化12,13)が有意であるときに発現する。後者のひずみ時効硬化は,フェライト鋼のコーキシング効果発現のために不可欠な因子のようである10)。ひずみ時効硬化を最重要因子として考えると,コーキシング効果は炭素−転位相互作用のカイネティクスに関わる問題である。つまり,コーキシング効果の程度は時効時間(単にサイクル数の問題ではなく),き裂先端の塑性ひずみならびに固溶炭素量に依存すると考える。しかし,試験時間を制御してコーキシング効果を詳細に調査した報告はない。本研究では,加工硬化,炭素濃度,時効時間などをコーキシング効果の主要影響因子として想定し,フェライト鋼の疲労き裂発生および伝ぱにおける各種因子の重要性を議論する。

2. 実験方法

本研究では,コーキシング効果について加工硬化,炭素濃度,時効時間ならびにき裂先端の塑性ひずみの観点から調査・検討をする。本目的のため,Interstitial Free(IF)鋼,Fe-0.006C合金ならびにFe-0.017C合金(以下,全てwt.%で表記)を作製した。IF鋼は前報6)と同じ試料である。本鋼の化学組成の詳細についてはTable 1に示す。Fe-0.017C合金の加工硬化能は,熱処理によって炭素の存在状態を制御することで変化させた。同合金を973 K,1時間で熱処理し,水焼入れを施すことで試料中の全ての炭素を固溶状態とした。水焼入れをした合金を17CWQ鋼と呼称する。また,Table 2に示す二種類の異なる低温熱処理を施すことで,セメンタイトの析出箇所を粒界と粒内に変化させることができる。この処理後,炭素は全てセメンタイトとして析出している。粒界析出させた合金をICP鋼,粒内析出させた合金をTCP鋼と呼称する。セメンタイトの析出状態については既報論文14,15)で示してある。炭素濃度依存性を調べるため,中間炭素量であるFe-0.006C合金も作製した。この合金にも17CWQ鋼と同様の熱処理を施すことで,炭素は全て固溶状態とした。この合金を06CWQ鋼と呼称する。炭素を固溶状態とした試料については,室温炭素拡散を防ぐため,試験片準備および試験のための時間を除いて186 Kで保管した。

Table 1.  Chemical compositions of the steels used (wt%). *wt ppm
C Mn Si S P N* O* Al Ti Fe
17CWQ 0.017 ≤ 0.003 ≤ 0.003 ≤ 0.0003 < 0.002 9 15 0.052 < 0.002 Balance
06CWQ 0.006 ≤ 0.004 0.003 0.0013 0.0003 11 < 10 0.048 Balance
IF 0.002 ≤ 0.003 0.009 ≤ 0.0003 < 0.002 8 15 0.028 0.029 Balance
Table 2.  Heat treatment conditions for the production of the ICP and TCP steels. W.Q.: water quench, A.C.: air cooling, F.C.: furnace cooling.
Material Heat treatment conditions
TCP 973 K × 1 h → W.Q. → salt bath at 498 K × 1 h → A.C. → 473 K × 24 h → A.C.
ICP 973 K × 1 h → A.C. + 693 K × 5 min → F.C. → 473 K × 24 h → A.C.

引張試験をひずみ速度10−3 s−1,室温(≈298 K)で行った。引張試験片形状をFig.1aに示す。回転曲げ疲労試験片はFig.1bの形状となるよう旋盤で作製した。試験片表面は機械研磨後,3%ナイタールでエッチングをした。疲労試験は50 Hz,室温で行った。本研究では,107サイクルで試料が破断しない最大応力振幅を疲労限と定義する。コーキシング効果を調べるため,疲労限での試験は107サイクルに達した時点で一度停止させた。その後,107サイクル毎に試験応力を一定間隔で上昇させた。微小き裂の伝ぱ挙動は一段プラスチックレプリカ法により観察した。レプリカ法には34 μm厚さのアセチルセルロースフィルムを用いた。このレプリカシートを酢酸メチルに浸漬し,試料表面に密着させることで表面凹凸を転写させた。疲労き裂長さはこのレプリカを光学顕微鏡で観察することで測定した。

Fig. 1.

 Specimen geometries for (a) the tensile test and (b) the rotating bending fatigue test.

3. 結果

Fig.2に本研究で用いた試料の工学応力ひずみ曲線を示す。IF鋼,06CWQ鋼ならびに17CWQ鋼の比較から,固溶炭素量の増大にともなう加工硬化能の上昇が確認される。ICP鋼およびTCP鋼の加工硬化能は17CWQ鋼よりも低い。また,ICP鋼の加工硬化能はTCP鋼よりも高い。17CWQ鋼,ICP鋼ならびにTCP鋼の下降伏点と10%流動応力の差は,それぞれ112,98,71 MPaであり,これら三種の鋼において,有意な加工硬化能の差が認められた。

Fig. 2.

 Engineering stress-strain curves of the steels tested.

Fig.3に異なる炭素状態を有する三種のFe-0.017C合金の応力振幅-疲労寿命(S-N)線図を示す。階段状の線は107サイクル以降のコーキシング効果試験の結果を示している。17CWQ鋼と比較すると,ICP鋼ならびにTCP鋼では明瞭なコーキシング効果が観察されない。ICP鋼とTCP鋼の加工硬化能は差異が認められるが,これらの鋼のコーキシング効果の程度には有意な差がない。Fig.4は17CWQ鋼のコーキシング効果試験中のレプリカ画像を示している。以降,レプリカ画像中の全ての矢印は主き裂の先端を示している。疲労限で形成した停留き裂は,応力振幅を段階的に250 MPaまで増大させても進展しなかった(Figs.4(b)から4(d))。しかし,250 MPaで新たなき裂が発生し(Fig.4(e)),このき裂が伝ぱすることで試料が破断した。ICP鋼およびTCP鋼でもFig.5および6に示す停留き裂が観察された。しかし,これらの鋼では応力振幅を10 MPa上昇させた段階でき裂が伝ぱを再開した。き裂伝ぱが再開する様子をFig.6(c)および(e)に示す。

Fig. 3.

 S-N diagrams with the results of coaxing effect tests on 17CWQ, ICP, and TCP steels.

Fig. 4.

 Replica images of 17CWQ steel (a) before (1.0×106 cycles at 210 MPa) and (b) after fatigue crack initiation (1.0×107 at 210 MPa). After 107 cycles, the stress amplitude was increased by 5 MPa every 107 cycles. The fatigue crack did not propagate even after increasing stress amplitude to (c) 245 MPa (Nt=8.0×107 cycles) and (d) 250 MPa (Nt=9.0×107 cycles). Nt: total number of cycles in the coaxing effect test. (e) A new crack was initiated at 250 MPa (Nt=9.0×107 cycles).

Fig. 5.

 Replica images of ICP steel showing surface cracks (a) before the test, (b) at 130 MPa and Nt=1.0×106 cycles, (c) at 130 MPa and Nt=1.0×107 cycles, and (d) at 140 MPa and Nt=2.3×107 cycles.

Fig. 6.

 Replica images of TCP steel showing surface cracks at (a) 170 MPa and Nt=1.0×106 cycles, (b) 170 MPa and Nt=1.0×107 cycles, (c) 175 MPa and Nt=1.5×107 cycles, (d) 175 MPa and Nt=2.0×107 cycles, and (e) 180 MPa and Nt=2.3 × 107 cycles.

Fig.7にIF鋼,06CWQ鋼ならびに17CWQ鋼のS-N線図を示す。ICP鋼とTCP鋼に類似して,IF鋼と06CWQ鋼のコーキシング効果の程度は17CWQ鋼に比べて顕著に小さい。対応するレプリカ画像をFig.8および9に示す。IF鋼では疲労限においてき裂発生が認められなかった。しかし,応力振幅上昇後に粒内き裂発生および伝ぱが観察された。06CWQ鋼では疲労限において粒界き裂が発生した。Fig.9(b)に示す粒界き裂は,同図に観察される粒内き裂よりも太く暗いコントラストで観察されているので,粒界き裂がまず形成し,その後各き裂が粒内き裂進展を経て合体したと考える。き裂の合体によって形成した長いき裂は破断に至るまで伝ぱを続ける(Figs.9(c)から(f))。

Fig. 7.

 S-N diagrams with the results of coaxing effect tests in IF, 06CWQ, and 17CWQ steels.

Fig. 8.

 Replica images of IF steel showing surface cracks (a) before the test, (b) at 130 MPa and Nt=1.0×106 cycles, (c) at 130 MPa and Nt=1.0×107 cycles, (d) at 135 MPa and Nt=1.5×107 cycles, (e) at 135 MPa and Nt=2.0×107 cycles, and (f) at 140 MPa and Nt=2.5×107 cycles.

Fig. 9.

 Replica images of 06CWQ steel showing surface cracks (a) before the test, (b) at 150 MPa and Nt=1.0×107 cycles, (c) at 155 MPa and Nt=1.5×107 cycles, (d) at 155 MPa and Nt=2.0×107 cycles, (e) at 160 MPa and Nt=2.5×107 cycles, and (f) at 160 MPa and Nt=3.0×107 cycles. IG: Intergranular crack.

17CWQ鋼のコーキシング効果における時効時間の影響を調べるため,平滑材を240 MPaで3.0×105サイクル試験した後,除荷状態で2週間室温時効を施した。2週間の時効時間はFig.3において240 MPaまでコーキシング効果試験をしたときの総試験時間に対応する。時効処理後,同じく240 MPaで疲労試験を再開し,破断まで試験を継続した。Fig.10に示されるように,上述の時効処理をすると,処理なしのときよりも疲労寿命が長くなる。しかし,同応力振幅で破断が起きなかったコーキシング効果と比較すると,この時効処理の疲労寿命/強度への影響は明らかに小さい。時効処理のための試験中断直前のレプリカ画像をFig.11に示す。この画像から疲労き裂が複数形成していることがわかる。これら複数のき裂が試験再開後に合体し,破断の原因となった。

Fig. 10.

 Effect of aging on the fatigue life of 17CWQ steel at 240 MPa.

Fig. 11.

 Replica images of 17CWQ steel fatigued at 240 MPa (a) before the test, (b) just before the aging process, (c) at Nt=3.0×105 cycles (after aging for two weeks), and (d) at Nt=5.0×106 cycles.

次に,17CWQ鋼のコーキシング効果における各段階の応力振幅増分の影響を示す。Fig.12は各段階の応力増分を5 MPaまたは10 MPaずつに設定したときの結果を示す。各応力振幅における総試験時間を揃えるため,各段階のサイクル数を2×107とした。Fig.12に示すように,応力振幅増分を大きくするとコーキシング効果の影響は顕著に小さくなった。また,時効時間の効果と類似して,220 MPaに応力振幅を増大させたとき2次き裂の形成が観察された(Fig.13)。一度これらき裂が合体すると,停留していたき裂も進展を開始する。

Fig. 12.

 Effect of the stress amplitude increment on the fatigue life of 17CWQ steel.

Fig. 13.

 Replica images of 17CWQ steel subjected to the coaxing test with a 10 MPa step (a) before the test, (b) at 210 MPa and Nt=1.0×106 cycles, (c) at 210 MPa and Nt=1.0×107 cycles, (d) at 220 MPa and Nt=1.5×107 cycles, (e) at 220 MPa and Nt=2.0×107 cycles, (f) at 220 MPa and Nt=2.5×107 cycles, (g) at 220 MPa and Nt=3.0×107 cycles, and (h) at 230 MPa and Nt=3.5×107 cycles.

4. 考察

4・1 加工硬化の効果

Fig.3に示すように,同炭素量であるが異なる炭素状態を有する17CWQ鋼,ICP鋼ならびにTCP鋼のコーキシング効果について調査した。17CWQ鋼はICP鋼およびTCP鋼よりも高い加工硬化能を示した。つまり,17CWQ鋼の顕著なコーキシング効果は加工硬化およびひずみ時効硬化の両方の影響を受けている可能性がある。しかし,ICP鋼はTCP鋼よりも有意に高い加工硬化能を示したにも関わらず,そのコーキシング効果はTCP鋼と同程度であった。この事実から考えると,本実験条件におけるこの成分系の鋼のコーキシング効果は,加工硬化能の差異では系統的に説明されない。

4・2 炭素濃度の効果

17CWQ鋼において疲労限で形成したき裂は,コーキシング効果試験における破断の支配因子ではなかった。既報16)においても,高いひずみ時効硬化能を有する鋼は疲労き裂の停留を示すことが報告されている。しかし,17CWQ鋼の本実験結果と異なり,既報におけるコーキシング効果試験では,応力振幅を上昇させた際に停留き裂が伝ぱを再開することで破壊に至った。つまり,今回のコーキシング効果試験中に観察された新たな疲労き裂発生/伝ぱによる疲労破壊過程は従来知見と異なる。この新知見より,ひずみ時効硬化能が高いフェライト鋼のコーキシング効果では,き裂発生も重要であることがわかる。換言すれば,炭素濃度や時効時間などの条件を最適化し,疲労き裂の停留限界を向上させた場合には,疲労き裂発生限界の向上も合わせて要求されることが示唆された。

IF鋼,06CWQ鋼ならびに17CWQ鋼のコーキシング効果の比較(Fig.7)から,コーキシング効果発現のためには高炭素濃度が要求されることが示された。具体的には,0.006%の炭素濃度は明瞭なコーキシング効果発現のためには不十分である。17CWQ鋼の疲労限は(1)粒内における疲労き裂の停留,(2)粒界き裂の発生とその主き裂との合体7,8)の2つの現象の挙動に強く影響される。つまり,17CWQ鋼のコーキシング効果は粒内き裂進展抵抗と粒界き裂発生抵抗がともに高められた結果である。対照的に,06CWQ鋼ではコーキシング効果試験中に明瞭な停留き裂が観察されなかった。この理由は,高頻度に形成する粒界き裂が容易に合体するためと考える。合体によって主き裂が長くなると,その疲労き裂はもはや停留しない。それゆえ,少なくとも0.006%の炭素量ではコーキシング効果試験中の粒界き裂発生を抑制することができなかったと結論づける。換言すると,0.006%の炭素添加は,切欠き材などで粒内き裂進展が現象を支配する場において,粒内き裂停留には有効に寄与する可能性がある。粒内き裂抵抗の炭素量依存性を明らかとするためには,微小切欠き材における疲労き裂の停留限界を調べる必要があり,この課題は将来的な研究対象とする。

4・3 時効時間の効果

上述のとおり,17CWQ鋼の顕著なコーキシング効果はひずみ時効硬化に由来している。ひずみ時効硬化は粒界き裂発生と粒内き裂進展の両方を抑制していることが示された*1。次に,コーキシング効果とひずみ時効硬化の関係について理解を深化させる。ひずみ時効硬化は時間依存型の現象であるので,最重要影響因子は時効時間である。Fig.10に示すように時効処理のみでも疲労寿命は改善しているので,粒界き裂発生抵抗および粒内き裂伝ぱ抵抗への時効時間の影響は無視できない*2。しかし,段階的な応力振幅上昇を伴わない時効時間の疲労寿命に対する影響はコーキシング効果の影響よりも小さい。また,段階的な応力振幅増加を経ない高応力振幅での試験では,複数の粒界き裂が誘起される。これらき裂の合体によりき裂長さが大きくなるので,き裂伝ぱが促進される。つまり,複数箇所における粒界き裂の発生が,段階的に応力振幅を増大させた場合と,単に試験中断後ひずみ時効硬化を起こさせた場合との間に疲労寿命の差が現れる一因と考える。この事実は,段階的な応力振幅上昇が粒界き裂発生の抑制に対して重要な効果を有することを示唆している。

*1 17CWQ鋼で観察された短いき裂の粒内伝ぱが,転位双極子などの損傷蓄積に起因すると仮定すれば,同じく損傷蓄積に由来する粒内き裂発生もひずみ時効硬化で抑制されている可能性がある。しかし,今回観察されたき裂はいずれも粒界起点であるので,粒内き裂発生とひずみ時効硬化の関係は議論の対象としない。

*2 本研究では,コーキシング試験前のき裂長さが制御できていない。応力増加前の210 MPaにおけるき裂長さはFig.4Fig.11およびFig.13で有意に異なる。き裂が長くなるとき裂先端の応力が高くなるので,き裂はより停留しにくくなる。コーキシング効果は一般に再現性がある現象なので,今回の結論は定性的には正しいと考えるが,より定量的な判断のためには,応力増加前のき裂長さを揃えた実験が必要である。

多結晶体の鉄鋼材料では,内在する弾性・塑性異方性が粒界応力の原因となる17)。粒界応力を緩和するために,塑性ひずみが粒界近傍に発達する。粒界近傍における局所転位すべりは,延性的な粒界損傷を誘起することが報告されている15,18)。ひずみ時効硬化に関連した転位のピン止め効果は,転位がコットレル雰囲気から脱離しない限りすべり局在化の程度を低減すると考える。つまり,転位のピン止め効果は粒界近傍の塑性ひずみ分布を均質化する。このひずみ分布均質化の観点では,一定応力振幅での疲労と応力振幅の増加を繰り返すことが,すべり集中領域における転位のピン止めを促進すると考える。換言すれば,すべりと転位のピン止めが交互に起こることで,他すべり系の転位運動を誘起し,これがひずみ集中に由来する損傷形成を抑制する。高応力振幅における疲労試験では大きな塑性ひずみが一度に導入されてしまうので,たとえ時効処理をしたとしても,段階的な応力上昇/時効の繰り返しと比較して疲労寿命への影響が小さい。

4・4 応力増分の効果

Fig.12に示すように,総試験時間を揃えたとしても,応力増分の上昇はコーキシング効果を著しく損なう。時効時間の効果と類似して,毎ステップ10 MPa応力振幅を増大させた場合,コーキシング効果試験中に二次き裂が形成し,主き裂と合体した。この粒界き裂発生の容易さに起因したき裂の合体現象は,5 MPaずつ応力振幅を増大させた場合と比較して高頻度で起こるため,より低い応力振幅で試料が破断する。まとめると,ひずみ時効硬化によって粒界近傍のひずみ集中を抑制するためには,小さな応力振幅増加ステップ,十分な時効時間ならびに高い固溶炭素濃度(例えば今回の平滑材では0.017%C)を必要とし,これがコーキシング効果発現の必要条件である。

5. 結論

Fe-C二元合金におけるコーキシング効果の影響因子について,加工硬化,炭素濃度,時効時間ならびに応力振幅増加量の観点から回転曲げ疲労試験を用いて調査した。回転曲げ疲労試験では,107サイクル毎に応力を段階的に増加させ,破断まで試験を継続した。これら試験の結果,本鋼種では,加工硬化ではなく,ひずみ時効硬化がコーキシング効果の支配因子であることが明らかとされた。詳細を以下に示す。

1)コーキシング効果に対して,粒界き裂発生と粒内き裂停留の2つが注目因子として挙げられる。特に今回用いた試料では,平滑材の粒界き裂発生挙動がコーキシング効果に強く影響している。

2)粒界き裂発生は,多量の固溶炭素が存在する状態で応力振幅増加・時効の繰り返し処理をすることで抑制される。

3)ひずみ時効硬化は転位への炭素拡散/偏析に由来するので,段階的に応力を増加させたときに限らず,試験時間(時効処理時間)を増加させれば疲労寿命が大きくなる。しかし,ただ時効時間を長くするだけでは,コーキシング効果のような大きな疲労寿命への影響は得られない。この事実も,疲労中の時効・試験応力振幅増大の繰り返し処理が重要であることを示唆している。

4)試験時間を調整したとしても,コーキシング効果試験中の応力振幅増分が大きい場合,粒界き裂は容易に発生する。

文献
 
© 2017 The Iron and Steel Institute of Japan

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