2017 Volume 103 Issue 8 Pages 443-450
Pyrolysis of 29 coals with carbon contents of 71-92 mass% on a dry, ash-free basis (daf) has been performed mainly in a temperature-programmed mode at 10ºC/min up to 800ºC with a flow-type fixed bed quartz reactor, and some factors controlling HCl formation have been examined. The rate profiles of HCl formation exhibit at least three distinct peaks at around 260-360, 470-510 and 580-630ºC, and the lowest temperature peak is present for 8 coals alone, whereas the middle and highest temperature peaks are common with almost all of the coals. The HCl profile is also affected by the size of coal particles and the height of coal particles in the fixed bed. Yields of HCl and char-Cl at 800ºC for 28 coals except an American bituminous coal are 44-95 and 4-54%, respectively, and tar-Cl is as low as ≤ 7% in all cases. The chlorine distribution is almost independent of the heating rate in the range of 2.5-400ºC/min and has no distinct relationship with carbon or chlorine content in coal, but HCl tends to increase with increasing amount of (Na + 2Ca) in coal with a corresponding decrease in char-Cl. When an Indonesian sub-bituminous coal is injected into an O2-blown entrained bed gasifier under pressure, there is an almost 1:1 relationship between carbon and nitrogen conversions, whereas the sulfur and chlorine are enriched in the remaining char, and the degree of the enrichment is higher with chlorine. The method of evaluating coal-Cl forms quantitatively using model chlorine compounds is proposed.
石炭中の塩素(coal-Clと略す)は熱分解,燃焼,ガス化といった熱変換工程で塩化水素(HCl)に変化し,現在開発中のガス化複合発電(IGCC)やガス化燃料電池複合発電(IGFC)のプロセスに悪影響を及ぼす懸念があり,また,コークス中の塩素より生成するHClも高炉設備の腐食を引き起こす可能性が考えられている1)。石炭中の窒素や硫黄に比べ,このような塩素の問題は新しく,ゼロエミッションを目指す石炭利用技術の開発においては,回避できない課題になると思われる。
石炭中の塩素量は通常2000 μg/g-dry以下で多くの場合には1000 μg/g-dry前後であるが,英国産や米国産の石炭には10000 μg/g-dryに近い高濃度の塩素を含有するものもある2)。これに対し,環境規制が厳しい我が国で使用されている電力用石炭の塩素量は500 μg/g-dry以下と言われており,また,日本で輸入しているコークス用原料炭の塩素量は100~1500 μg/g-dryと分析されている1)。
石炭を加熱して燃焼やガス化を行うときは,熱分解が先ず起こり揮発分が放出されるが,coal-Clがこの過程でHClとして脱離することが報告されている3,4,5)。Herodらに依ると3),4000~9000 μg/g-dryの高濃度の塩素を含む6種類の英国産炭を2°C/minで300°Cまで加熱し24 h保持すると,塩素の40~60%がHClに転化することが,質量分析により確認されている。また,HClとNH3が450°C前後のほぼ同じ温度域で発生することがフーリエ変換赤外分光分析により示されている5)。このように,石炭熱分解時のHCl生成に関する報告は散見されるが,多種類の石炭を用いた系統的研究は殆んど行われていない6)。熱分解時のHClの発生挙動を解明することは,後段の燃焼やガス化過程でのHClの生成と関連して大変興味深く,また,HClはアルカリ金属や水銀と容易に反応し,これらの行方にも影響を及ぼすので7,8),最近注目されている石炭中の微量有害金属の挙動にも密接に関係していると考えられる。既往の研究に依ると2,9,10),微粉炭燃焼時の単体水銀の酸化は,電気集じん機(90~300°C)内で未燃炭素とHClが関わる不均一反応を経て進行すること,活性炭による石炭ガス化ガス中の水銀の除去では,80°Cでの収着率がHCl共存下で大きく向上することが報告されている。
そこで本研究では,炭素と塩素の含有量が大きく異なる29種類の石炭を昇温熱分解し,HCl生成速度の温度変化や塩素分布に及ぼす炭種と反応条件の影響を詳細に調べるとともに,酸素吹き加圧ガス化における窒素,硫黄,塩素の行方に注目し,高温高圧下におけるこれらの分配挙動の差異を明らかにすることを主な目的とした。また,熱分解時のHCl生成プロファイルを波形分離して,HCl源を形態別に定量化する試みも行った。
試料には,褐炭から無煙炭までの29炭種を用いた。多くの場合,入手した粗粒の試料を先ず風乾し,次ぎに粉砕・分級して粒径を150~250 μmに揃え,最後にN2中108°Cで1 h乾燥してから実験に供した。Table 1に,使用した石炭の元素分析値と工業分析値を示す。炭素,塩素および灰の濃度は各々71~92 mass%-daf,160~1600 μg/g-dry,3.1~19 mass%-dryの範囲にあった。尚,本研究ではvan Krevelenのコールバンドに含まれるかそれに近い石炭のみを選択した。
Coal | Countrya | Elemental analysis | Proximate analysis | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
(mass%-daf) | (µg/g-dry) | (mass%-dry) | ||||||||
C | H | N | S | O | Cl | Ash | VMb | FCc | ||
BFT | CAN | 69.2 | 4.4 | 1.3 | 0.61 | 24.5 | 150 | 16.5 | 37.4 | 46.1 |
WMG | USA | 69.9 | 4.9 | 1.1 | 0.49 | 23.6 | 250 | 5.4 | 45.0 | 49.6 |
BRU | IDN | 71.1 | 5.1 | 1.6 | 0.61 | 21.6 | 230 | 3.1 | 45.6 | 51.3 |
BZP | USA | 71.3 | 5.8 | 0.71 | 0.76 | 21.4 | 220 | 9.6 | 44.9 | 45.5 |
PSR | IDN | 72.1 | 5.2 | 1.4 | 0.27 | 21.0 | 160 | 4.1 | 45.2 | 50.7 |
OBM | CAN | 72.5 | 5.0 | 1.7 | 0.63 | 20.2 | 300 | 12.6 | 40.7 | 46.7 |
MBW | USA | 73.4 | 5.2 | 1.6 | 0.43 | 19.4 | 420 | 4.3 | 38.0 | 57.7 |
WAN | USA | 73.7 | 5.4 | 0.76 | 0.63 | 19.5 | 190 | 8.8 | 44.7 | 46.5 |
THY | JPN | 74.8 | 6.0 | 1.3 | 0.25 | 17.6 | 440 | 11.3 | 42.6 | 46.1 |
BCN | USA | 76.1 | 5.4 | 1.3 | 0.65 | 16.5 | 300 | 4.7 | 45.8 | 49.5 |
ILL | USA | 76.9 | 5.3 | 1.3 | 5.5 | 11.0 | 810 | 14.3 | 40.1 | 45.6 |
BON | IDN | 77.2 | 5.4 | 1.8 | 0.58 | 15.0 | 340 | 5.7 | 43.4 | 50.9 |
PRM | IDN | 77.7 | 5.4 | 1.9 | 0.57 | 14.4 | 280 | 4.1 | 41.7 | 54.2 |
DTN | CHI | 78.8 | 4.8 | 0.87 | 0.91 | 14.6 | 240 | 8.1 | 27.6 | 64.3 |
DRT | AUS | 79.7 | 5.3 | 1.9 | 1.3 | 11.8 | 260 | 12.4 | 32.8 | 54.8 |
TGH | AUS | 79.7 | 5.4 | 2.0 | 0.64 | 12.3 | 260 | 10.9 | 35.9 | 53.2 |
FSL | CHI | 80.0 | 6.0 | 1.2 | 0.56 | 12.2 | 640 | 12.6 | 35.2 | 52.2 |
EML | SAF | 80.1 | 5.3 | 1.9 | 1.1 | 11.6 | 230 | 12.9 | 29.7 | 57.4 |
LDL | AUS | 81.1 | 5.4 | 2.1 | 0.57 | 10.8 | 470 | 8.3 | 33.9 | 57.8 |
LSN | USA | 81.3 | 5.3 | 1.5 | 0.89 | 11.0 | 580 | 19.4 | 30.2 | 50.4 |
ENM | AUS | 82.3 | 5.1 | 1.9 | 0.96 | 9.7 | 240 | 11.2 | 25.4 | 63.4 |
PIT | USA | 82.4 | 5.4 | 1.6 | 2.4 | 8.2 | 840 | 9.0 | 37.8 | 53.2 |
MUR | AUS | 83.7 | 5.5 | 1.8 | 0.75 | 8.2 | 370 | 12.0 | 28.0 | 60.0 |
UFT | USA | 85.8 | 5.2 | 1.5 | 2.7 | 4.8 | 1600 | 13.0 | 27.5 | 59.5 |
CNZ | CHI | 88.4 | 4.1 | 1.7 | 0.44 | 5.4 | 380 | 15.0 | 9.4 | 75.6 |
YRB | AUS | 89.5 | 3.7 | 2.0 | 0.78 | 4.0 | 1300 | 9.8 | 7.3 | 82.9 |
JET | AUS | 89.7 | 4.5 | 2.1 | 0.56 | 3.1 | 750 | 7.4 | 13.6 | 79.0 |
POC | USA | 90.8 | 4.8 | 1.2 | 0.77 | 2.4 | 1500 | 4.6 | 18.6 | 76.8 |
HGI | VIE | 91.5 | 3.4 | 1.3 | 0.55 | 3.2 | 190 | 10.2 | 4.7 | 85.1 |
aCAN, Canada; USA, United States of America; IDN, Indonesia; JPN, Japan; CHI, China; AUS, Australia; SAF, South Africa; VIE, Vietnam. b Volatile matter. c Fixed carbon.
熱分解には,石英製ガス流通式固定床反応器を用いた11,12)。実験では,石炭2.5 gを充填した石英セルを石英ホルダーに保持し,真空排気後,純He(>99.99995%)を流通し,高速マイクロガスクロマトグラフ(Agilent Tech-nologies)で反応器出口ガスを分析して,N2とH2Oが20 ppm以下になるまで放置した。その後,ガスを純N2(>99.9995%)に切り替えて,試料の加熱を開始した。温度は,セル底部に接触させたKあるいはR熱電対により制御し,主に10°C/minで800°Cまで加熱した。
熱分解過程で生成するHClは,IR分析計(Thermo Environmental Instruments)を用いて1分間隔でオンライン分析した6,13,14,15,16,17,18,19)。純N2で希釈した20,50,100,200 ppm HClから作成した検量線の相関係数は0.99986であった。coal-Clならびにタールとチャー中の塩素(各々tar-Clとchar-Clと略)は,O2ボンブ燃焼後のガスを(NH4)2CO3水溶液に吸収させ,吸光分光光度計(Hitachi)にて定量した6,13,15,17,18,19)。塩素分析の再現性は,HCl,tar-Clおよびchar-Clに対して,それぞれ±5,±7,±4%であった。
これらの分析結果に基づいて,HCl,tar-Clならびにchar-Clの収率を供給石炭中の全塩素量基準で表示した。後述するが,29種の石炭を熱分解したときの各収率の合計は90~108%となり,塩素収支はほぼ妥当であった。尚,反応器出口ガスを全てガスバッグに捕集してCl2をガス検知管で調べたが,いずれの石炭を用いた場合にも検出(<0.5 ppm)されなかった。
2・3 加圧ガス化チャーの元素分析熱分解後のガス化時におけるcoal-Clの挙動を調べるため,バブコック日立より供給された加圧ガス化チャー(原炭はBON)の元素分析を行い,石炭中の炭素とcoal-Clの転化率を算出した。また,比較のため窒素と硫黄の転化率も求めた。ガス化は,気流層装置を用い,O2/石炭比0.66~0.83 kg/kg,圧力0.9~2.6 MPaで行われた15)。ガス化温度は実験条件により幾分異なり,O2/石炭比0.83 kg/kg,2.6 MPaでの平均温度は1400°Cであった。
2・4 鉱物質の組成分析石炭中の鉱物質組成については,空気中815°Cで燃焼して得た高温灰を,HFと王水の混合水溶液を用いて完全に溶解し,金属イオンを誘導結合高周波プラズマ分光分析(ICP-ES)装置(Perkin Elmer)で定量した20)。ICP-ES分析では,Na,Mg,Al,Si,K,Ca,Fe,Tiの8元素を定量した。これらの金属の化学形態を酸化物(但し,高硫黄炭中のCaは硫酸塩)と見なし,灰分量を計算したところ,計算値は工業分析で求めた灰分の実測値(Table 1)の94~110%に相当した。
2・5 固体核磁気共鳴測定先の研究に依ると,coal-Clの化学形態としてNaCl水和物の存在が指摘されており21,22),また,coal-Clの多くが水和したNaClとの報告もある3,4,23)。そこで,NaClの有無を調べるため,フーリエ変換核磁気共鳴分析(FT-NMR)装置(Chemagnetics)を用い,YRB炭の固体23Na-NMR測定を試みた24)。シングルパルス励起−マジック角度回転法(SPE-MAS)を使用し,回転速度,23Na共鳴周波数,温度,積算回数は各々15 kHz,79.4 MHz,25°C,130000~170000である。外部標準には1 N NaCl水溶液を用い,得られた23Naの化学シフトを0 ppmとした。
Fig.1に,WMG,DRTおよびHGI炭の昇温熱分解過程でのHCl生成速度の温度変化曲線を示す。WMG炭では,HClは200°C付近から発生し始め,260°Cに小さなピークそして490°Cに主ピークが観測され,580~630°Cにもショルダーが現れた。一方,DRT炭では,HCl生成はWMG炭より高温で起こり,470°Cに速度の極大値を与え,580°C付近にもピークが認められた。HGI炭では,580°Cにのみピークが出現した。
Rate profiles for HCl formation in the temperature-programmed pyrolysis of WMG, DRT and HGI coals.
Fig.2は,JETとMBW炭の結果を表わす。Fig.1との比較から明らかなように,MBW炭はDRT炭と類似のHCl生成プロファイルを与えた。これに対し,JET炭では,360と510°C付近に二つのピークが出現し,580~630°Cにもショルダーが観測された。
Rate profiles for HCl formation in the temperature-programmed pyrolysis of JET and MBW coals.
Table 2に,使用した全ての石炭からのHCl発生のピーク温度をまとめた。その結果,
Coal | Peak temperature observed in HCl profile (ºC) | HCl yield at 800ºC (%) | ||
---|---|---|---|---|
260~360 | 470~510 | 580~630 | ||
BFT | ○ | ○ | ○ | 91 |
WMG | ○ | ○ | ○ | 86 |
BRU | ○ | ○ | 47 | |
BZP | ○ | ○ | 81 | |
PSR | ○ | ○ | 75 | |
OBM | ○ | ○ | 71 | |
MBW | ○ | ○ | 86 | |
WAN | ○ | ○ | 70 | |
THY | ○ | ○ | 95 | |
BCN | ○ | ○ | 91 | |
ILL | ○ | ○ | 44 | |
BON | ○ | ○ | 45 | |
PRM | ○ | ○ | 55 | |
DTN | ○ | ○ | 56 | |
DRT | ○ | ○ | 80 | |
TGH | ○ | ○ | 69 | |
FSL | ○ | ○ | 69 | |
EML | ○ | ○ | 77 | |
LDL | ○ | ○ | ○ | 66 |
LSN | ○ | ○ | 63 | |
ENM | ○ | ○ | 60 | |
PIT | ○ | ○ | ○ | 57 |
MUR | ○ | ○ | 56 | |
UFT | ○ | ○ | ○ | 74 |
CNZ | ○ | 61 | ||
YRB | ○ | ○ | 89 | |
JET | ○ | ○ | ○ | 82 |
POC | ○ | ○ | ○ | 23 |
HGI | ○ | 69 |
(1)260~360°Cの低温HClピークは,BFT,WMG,LDL,PIT,UFT,YRB,JET,POC炭にのみ出現する。
(2)470~510°CのHClピークは,CNZ,YRBおよびHGI炭を除く全ての石炭に認められる。
(3)580~630°Cの高温HClピークは,全石炭で共通している。
以上のように,HClピークは,260~360,470~510および580~630°Cの3種類の温度域に大別され,これらの存在は石炭の種類に依存した。
3・2 塩素分布と炭種Table 2は,使用した29炭種の800°CでのHCl収率も表わす。Cl2は全ての石炭で検出されなかった(<0.5 ppm)。従来の熱分解に関する研究でも,Cl2生成は報告されていない3,4,23)。Table 2に見られるように,HCl収率は石炭の種類に著しく依存し,その値は23~95%の範囲にあり,炭種により最大で4倍以上の差があった。POC炭を除くと,概略的には,coal-Clの半分以上がHClとしてガス相に移行すると言える。tar-Clは0~7%と少ない。これは,tar-Clが熱分解過程で二次的反応によりHClに変化することを示唆している。char-Clは4~72%となり,HClの場合と同様に炭種により大きく異なった。HCl,tar-Cl,char-Clの収率の合計は90~108%と妥当であった。char-Clには,元々含まれるcoal-Clがそのままもしくは幾分形態を変えてチャー中に残留する場合と,発生したHClの一部がチャー(鉱物質や炭素質)と反応して固相中に取り込まれる可能性が考えられる。例えば,石炭中のカルシウムは石灰石,ドロマイト,石膏,イオン交換Ca等の形態で存在し,鉄は黄鉄鉱,炭酸塩,酸化鉄,イオン交換Fe等として含まれ,熱分解時には還元される。HClとCaCO3やFeOの反応は,それぞれ式(1)と(2)で表わされる。
(1) |
(2) |
式(1)と(2)の200~800°Cにおける自由エネルギー変化は,各々−7.3~−10と−8.7~−0.72 kcal/molと計算され,熱力学的には生成系に有利であった。鉱物質の組成分析(セクション 2・4)を行ったところ,使用した29種類の石炭中に含まれるアルカリ金属やアルカリ土類金属の中では,多くの場合,Ca量(0.011~1.4 mass%-dry)が最も多く,Fe分(0.23~2.2 mass%-dry)もかなり存在した。ケイ酸塩やアルミノケイ酸塩の表面OH基とHClの反応も起こるかもしれない。鉱物質以外では,チャー中の炭素の表面活性サイトとHClの反応が進行し,この塩素がchar-Clとして観測される場合も考えられる。
3・3 塩素分布に及ぼす石炭や鉱物質の組成の影響Fig.3に,HCl,tar-Cl,char-Clの収率に及ぼす石炭中の炭素含有量(C%)の影響を示す。例えば,C%が75 mass%-dafのTHY炭と77 mass%-dafのILL炭を比べると,HCl収率には約50%の違いが見られるように,HClとC%の間には明確な関係は存在せず,tar-Clやchar-Clに関しても同様であった。また,塩素分布と塩素含有量(Cl%)の関係も調べたが,良好な相関は認められなかった。このように,本熱分解条件下で生成したHCl,tar-Cl,char-Clの収率は,石炭中のC%やCl%に依存しなかった。
Effect of carbon content in coal on chlorine distribution at 800ºC.
先に述べたように,coal-Clの大部分はNaCl水和物と考えられており3,4,23),また,Cl-XANES測定により,NaCl·nH2O,CaCl2·6H2Oおよび有機塩酸塩の存在が報告されている21,22)。そこで,NaClやCaCl2としての存在を前提とし,石炭中の(Naの物質量)+2×(Caの物質量)[(Na+2Ca)と略]と塩素分布の関係を検討した。その結果をFig.4に示す。例外はあるものの,(Na+2Ca)量が増えると,HClが増加する傾向を示す一方,char-Clは減少した。NaやCaのみを横軸にして整理したが,Fig.4のような明瞭な傾向は認められなかった。それ故,熱分解時の塩素分布は石炭中の(Na+2Ca)量で整理した方が良いようである。
Relationship between the amount of (Na+2Ca) in coal and yield of HCl, tar-Cl or char-Cl at 800ºC.
Fig.4のデータのバラツキに関しては,幾つかの理由が考えられる。一つは,石炭中のカルシウムには,先に述べたように,炭酸塩や硫酸塩が存在することに基因する。鉱物質の組成分析(セクション 2・4)の結果,用いた29炭種のCa/Cl原子比は,ほぼ全ての場合で1を上回ったので,塩化物はむしろ少なく,石灰石,ドロマイト,石膏が主成分である。これに対して,Na/Cl原子比は多くの場合に1未満であったので,Naの主な化学形態は塩化物であるかもしれない。石炭中のNa量が増えると,coal-Cl濃度も増加することが報告されている2)。そこで,YRB炭の固体23Na-NMR測定を行った。その結果をFig.5に表わす。予想されたように,−5 ppmにNa+Cl–のケミカルシフトが現れ,NaClの存在が確認された。さらに,無機塩化物以外の塩素化合物,例えば有機塩酸塩の存在も21,22),Fig.4のデータのバラツキの理由の一つになっている可能性が考えられる。
Solid-state23Na-NMR spectrum for YRB coal.
15種類のコークス用原料炭を熱分解(10°C/min,900°C)すると,石炭中のCa量の増加にともないchar-Clが増大することが報告されている1)。しかし,そのような傾向は本研究では認められなかった。char-Clが増加する理由として,一旦脱離したHClとCaCO3(式(1))やCaOとの二次的反応が進行してCaCl2が形成されるためと考えられている。但し,石炭中に硫黄が多い場合には,CaCO3やCaOとH2Sの反応の方が起こり易いので,CaCl2の生成には不利となる。コークス用原料炭のS分は不明であるが1),本研究で用いた石炭中のS量(Table 1)よりかなり少ないと思われる。熱力学的な検討に依ると,式(1)の反応は高温ほど生成系に有利となるので,本条件下でも高い温度では起こり得るだろう。いずれにしても,coal-Clの化学形態がHCl生成プロファイルや塩素分布を支配する一つの重要な因子であることは疑いない。
3・4 塩化水素の生成に及ぼす石炭試料の状態の影響よく知られているように,石炭中の灰分や鉱物質組成は,その粒子径によって変化する場合がある。coal-Clが主に無機塩化物から構成されているとすると,これらの量も石炭の粒径の影響を受けるかもしれない。そこで,セクション 2・1に記載した手法により粒径が55~75 μmのJET炭を調製し,その元素分析を行ったところ,Cl含有量は 150~250 μmでの750 μg/g-dryから930 μg/g-dryへと幾分多くなった。このような粒径依存性は今後詳細に検討されるべきである。
Fig.6は,HClの生成速度の温度変化に及ぼす粒径の影響を表わす。通常の試料サイズ(150~250 μm)にて観測された360°C付近のHClピークは,55~75 μmでは1/4以下に低下したが,450°C以降の速度は両者であまり変わらなかった。この理由は現在不明だが,360°C前後のHClが特定の塩素化合物に由来するならば,その量が石炭粒径により変化することを意味する。この解明は今後の課題であるが,Fig.6の結果は,熱分解時のHCl発生の実験では,少なくとも粒径を一定にする必要があることを示している。
Effect of the size of coal particles on HCl formation in the temperature-programmed pyrolysis of JET coal.
Fig.7は,DRT炭からのHClの生成に及ぼす試料層高の影響を表わす。ここでは,粒径は一定(150~250 μm)にして,層高を通常の8から1.5 mmに小さくした。言い換えれば,試料量を減らして層高を約1/5にした。両者の結果を比較すると,HClの生成速度は500°C以下ではあまり変わらないが,この温度以上で特に580°C前後では層高が高い方が著しく大きくなった。試料層が厚くなると初期生成物の二次的反応は生じ易くなるので,Fig.7の結果はHCl生成を促すような二次的反応が580°C付近で進行していることを示唆している。
Effect of the height of coal particles in the fixed bed on HCl formation in the temperature-programmed pyrolysis of DRT coal.
HCl生成に及ぼす加熱速度の影響を調べるため,通常の10°C/minを2.5,5°C/minと変化させてDRT炭の熱分解を行い,HCl収率の温度変化を調べた。その結果をFig.8に示す。HCl収率は,加熱速度が小さいほど低温域で大きくなったが,800°Cでは殆んど変わらなくなった。
Temperature change in HCl yield in the temperature-programmed pyrolysis of DRT coal at 2.5-10ºC/min.
このような昇温熱分解の結果より,HCl生成の見かけの活性化エネルギーを求めたところ25),HCl収率が10~40%までは20 kcal/mol,50~70%では25~30 kcal/molと算出された。Herodらは3),2°C/minで加熱し300°Cで熱分解を行い,HCl発生の律速段階はミクロ細孔内での拡散であると推論していることから,瀝青炭からのHCl生成の律速段階は,低温域では細孔内拡散で,450°C以上の高温になると化学反応に変化するのかもしれない。
Fig.9に,加熱速度を400°C/minにしてCNZ,YRBおよびJET炭を熱分解したときの塩素分布をまとめた。通常の10から400°C/minに上げると,いずれの石炭でもHCl収率は若干減少する傾向を示した。一方,char-Cl収率は,加熱速度が高くなると,CNZでは6%,JETでは13%増加したが,YRBでは全く変化しなかった。tar-Clは3種の全石炭で検出されなかった。Fig.1や2に示したように,HClは温度の上昇とともに増加したが,800°CでのHCl収率は加熱速度(2.5~400°C/min)にあまり依存しなかった。石炭を微粉炭燃焼炉やガス化炉に投入する場合には,104~105°C/secという速度で急速に加熱されて熱分解が起こるので,今後はそのような加熱条件下における塩素の行方を調べる必要があろう。
Effect of heating rate on chlorine distribution at 800ºC.
先に記載したように (セクション 3・2),例外はあるものの,概略的にはcoal-Clの50%以上は800°Cまでの熱分解時にHClとして脱離し,HCl以外は大部分がチャーに残留する。このchar-Clの全てが燃焼やガス化の過程でHClになるならば,coal-Clの殆んどがガス相に移行することになる。既往の研究に依ると26),部分燃焼炉方式によるTHY炭の気流層ガス化試験(1600°C,2.0 MPa)では,coal-Clの約90%がガスに転化するものの,スラグやチャーに残留する塩素も観測されている。本研究で用いた THY炭の熱分解では,coal-Clの95%がHClとして脱離したので(Table 2),この値をガス化に適用すると,スラグやチャー中の残留塩素はHClの二次的反応で生成することが示唆される。
そこで,高温高圧ガス化過程でのcoal-Clの挙動を検討するため,酸素吹き加圧ガス化装置で得たチャーの元素分析を行い,炭素と塩素の転化率の関係を調べた。その結果をFig.10に示す。比較のため,窒素と硫黄の転化率も図示した。それぞれの値は,常圧熱分解チャー中の炭素,塩素,窒素,硫黄量を基準に算出したので,揮発分放出後のチャーのガス化過程での転化率を表わしている。Fig.10に見られるように,チャー中の窒素は炭素と同程度にガス化されるのに対し,硫黄や塩素は炭素よりガス化され難く,特に塩素の転化率は低く,炭素が80%程度転化しているにも関わらず,char-Clの70~80%はチャーに留まることが見出された。言い換えれば,塩素は,窒素や硫黄に比べ濃縮され易いヘテロ元素と言える。このような結果は,発生したHClとアルカリ金属化合物や炭素との二次的反応を強く示唆しており,coal-Clの一部がスラグやチャーに移行するという報告に良く対応している26)。
Relationship between carbon conversion and chlorine, nitrogen or sulfur conversion during O2-blown entrained bed gasification under pressure.
本セクションでは,昇温熱分解時のHCl生成速度の温度変化曲線(Fig.1など)を波形分離解析し,HCl源を形態別に定量化する試みを行った。450°C以下の低温域の波形分離には,先に報告した塩素モデル化合物のHCl発生ピークの温度と半値幅を用いた6,13)。また,470~510と580~630°CでのHClピークのフィッティングパラメータに関しては,これらのピークが存在した全ての石炭(Table 2)におけるピーク温度と半値幅の平均値を算出し,それらの値を各々470~510°Cでは490±30と60±10°C,一方,580~630°Cでは590±10と200±10°Cとした。尚,本ピーク分離の再現性は±3%であった。
Fig.11と12は,それぞれ,低温域に特徴的なHClピークを与えたYRBとJET炭の波形分離結果を表わす。石炭の粒径は,いずれも150~250 μmである。YRB炭では,有機塩酸塩が25%,CaCl2·6H2Oが35%,NaCl·nH2Oが31%,残り(図では塩素含有炭素種C(Cl)またはC(HCl)とした)が9%と見積もられた。我々の従来研究では6,13),YRB炭の210~280°CでのHCl生成速度は水洗浄により著しく低下し,一方,360°Cのピークは残り,結果としてcoal-Clの28%が水に溶出した。Fig.11の波形分離解析の結果がそのまま適用できるならば,有機塩酸塩とCaCl2水和物が部分的に除去されたことになる。580~630°Cでのピークは,低温で一旦脱離したHClとチャー中の炭素活性サイトの反応で形成された塩素含有炭素種に基因すると思われる。褐炭チャー上に500°Cで100 ppm HCl/N2を流すと,HClは炭素活性サイトと容易に反応してC-Cl結合やHClを含む炭素種に変化し,その後の昇温脱離実験では550~620°C間にHCl生成ピークを示すことが報告されている6)。Fig.12に見られるように,JET炭では,粒径が150~250 μmの場合,NaCl·nH2Oが53%,残り(470~510°C(未同定塩素化合物)と580~630°Cを合計)が47%となり,55~75 μmではNaCl水和物が13%と推算された。後者の水洗浄処理では,360°Cのピークは完全に消失し6),coal-Clの約15% が除去されたので6),NaClの全てが水に溶出したことになる。このような議論が妥当とするならば,NaCl水和物の除去率は炭種に依存することになるが,これはNaClが存在する細孔の分布や構造が異なっていることを意味しているのかもしれない2)。
Deconvolution of the profile for HCl formation in the temperature-programmed pyrolysis of YRB coal.
Deconvolution of the profile for HCl formation in the temperature-programmed pyrolysis of JET coal.
何故260~360°CのHClピークがBFT,WMG,LDL,PIT,UFT,YRB,JETならびにPOC炭にのみ出現(Table 2)したかは不明である。上で述べたように,このHCl源を有機塩酸塩と無機塩化物(CaCl2·6H2OとNaCl·nH2O)に帰属できるならば,これらの塩素種は上記8炭種にのみ存在することになる。また,他の石炭にも有機塩酸塩と無機塩化物は含まれているものの,この温度域で一度脱離したHClは全て鉱物質や炭素活性サイトに捕捉されたとも考えられる。
本セクションで取り組んだ形態別定量化の方法は,もちろん充分ではない。今後は,水洗浄後の回収ろ液中のCaやNaイオンの定量,洗浄前後における固体23Na-NMRスペクトルの変化の検討,そして,固体35Cl-NMR測定によるcoal-Clの構造解析結果を併用することで,波形分離の妥当性を検証する必要がある。
炭素含有量が71~92 mass%-daf,塩素含有量が160~1600 μg/g-dryの29種類の石炭を使用し,昇温熱分解過程におけるHCl生成速度の温度変化および塩素分布に及ぼす炭種と反応条件の影響を主に検討し,以下の結論を得た。
(1)HClピークの温度領域は260~360,470~510,580~630°Cに大別され,低温域におけるHCl発生の例は少ないものの,中高温でのHCl生成は殆んど全ての石炭で観測された。
(2)800°CでのHClとchar-Clの収率は各々23~95と4~72%となり,一方,tar-Clは多くても7%に過ぎず,coal-Clの90% 以上はHClとchar-Clに移行した。
(3)石炭中の(Naの物質量)+2×(Caの物質量)が増えると,HCl収率が増加するのに対し,char-Cl収率は減少する傾向が見られた。
(4)HClの生成速度の温度変化曲線は,石炭の粒径や試料の層高により影響されるが,一方,800°CでのHCl収率は,加熱速度(2.5~400°C/min)には殆んど依存しなかった。
(5)インドネシア産の亜瀝青炭の酸素吹き加圧ガス化では,チャー中の窒素は炭素と同程度にガス化されるが,硫黄や塩素はガス化されずに残留し,特に塩素はチャーに最も濃縮され易いことが明らかとなった。
(6)石炭中塩素の化学形態の定量化は,昇温熱分解時におけるHCl生成プロファイルをモデル塩素化合物の結果に基づいてピーク分離する方法により可能であることが示唆された。
本研究を遂行するにあたり,2015年度(一社)日本鉄鋼協会鉄鋼研究振興助成からの御援助を賜った。記して感謝の意を表する。