Tetsu-to-Hagane
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Surface Treatment and Corrosion
Effects of Electrolyte Composition and Additives on the Formation of Invar Fe-Ni Alloys with Low Thermal Expansion Electrodeposited from Sulfate Bath
Yuki KashiwaNobuaki NaganoTomio TakasuShigeo KobayashiKeisuke FukudaHiroaki Nakano
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2018 Volume 104 Issue 10 Pages 585-593

Details
Synopsis:

The effects of solution composition and additives on the formation of electrodeposited invar Fe-Ni alloys with low thermal expansion was investigated. In all the solutions, with increasing the current density from 10 A·m–2, the Ni content in deposits significantly decreased and showed the anomalous codeposition in which electrochemically less noble Fe deposits preferentially. With increasing current density further, Fe deposition reached the diffusion limitation of Fe2+ ions, as a result, the Ni content in deposits increased with current density. The current density for initiating to increase the Ni content in deposits shifted to higher value with increasing the concentration of Fe2+ ions because of increase in diffusion-limited current density of Fe. With increasing the concentration of malonic acid, the current density region in which the Ni deposition was suppressed, extended and the potential which Fe deposition reached to the diffusion limitation of Fe2+ ions shifted to the less noble direction. As a result, the curve which showed the relationship between the Ni content in deposits and current density, shifted to higher current density region with increasing the malonic acid. The current efficiency for alloy deposition greatly decreased due to promotion of hydrogen evolution with the concentration of malonic acid above 0.05 mol·dm–3. The Ni content in deposits significantly increased with thiourea. With boric acid, the Ni content in deposits somewhat increased in the lower current density region. With both boric acid and saccharin, the invar alloy of Fe-36 mass% Ni was obtained in the wider current density region.

1. 緒言

Fe-Ni合金はNi含有率が36 mass%の時に熱膨張係数が最小となり,インバー合金と称されている14)。半導体リードフレームや光ファイバーのパッケージ部品等の電子通信機器分野では,低熱膨張材料として,Fe-36 mass%Ni合金が広く使用されている5)。現状,インバー合金は,溶解鋳造,圧延などにより製造されているが,これらの製造プロセスでは製品の形状および寸法精度に限界がある。そこで,このインバー合金を電析法で作製する事ができれば,成膜可能な部品形状の自由度が高くなり,製造コストも低下する6)。例えば,真空蒸着法によるスマートフォン用の有機EL層の成膜工程では,蒸着材料と基板の間にメタルマスクが設置されており,現状,このメタルマスクはすべてエッチング方式で製造されているが,電析法で作製できるようになれば,開口部のサイズやデザイン,マスク全体の厚みの制御が可能となる。

一方,Fe-Ni合金電析は,電気化学的に卑なFeが貴なNiより優先析出する変則型共析という特異的な挙動を示す719)。電析法によりFe-Niインバー合金を製造するためには,Ni含有率が36 mass%となる電析条件を確立する事が必須となる2023)。このため,Fe-Ni合金の合金組成に及ぼす電解条件の影響を明らかにすることは重要である。しかし,電析合金の組成に及ぼす電解液の組成,添加剤の影響については,未だ不明な点が多い。そこで,本研究では,電解液の組成を変化させ,また,添加剤として,Fe3+のマスキング剤となるマロン酸,電着応力を減少させるサッカリン,pH緩衝剤となるホウ酸,光沢効果のあるチオ尿素を選定し,電析合金の組成,電流効率に及ぼす浴組成および各種添加剤の影響をFe-Ni合金電析における全分極曲線,Fe,Ni析出およびH2発生の部分分極曲線の変化より説明することを試みた。

2. 実験方法

Table 1に電解液の基本組成および電解条件を示す。電解液は市販の特級試薬を用い,NiSO4・6H2O 0.7 mol·dm−3,FeSO4・7H2O 0.3 mol·dm−3,C3H4O4(マロン酸)0~0.5 mol·dm−3(標準条件0.05 mol·dm−3),H3BO3 0.5 mol·dm−3,C7H4NNaO3S(サッカリンナトリウム)0.005 mol·dm−3,CH4N2S(チオ尿素)0.0025 mol·dm−3を純水に溶解させて作製した。一部の実験では,NiSO4・6H2OおよびFeSO4・7H2Oのみを総量が1.0 mol·dm−3となるように純水に溶解させた。pHは硫酸および水酸化ナトリウムにより2.0に調整した。

Table 1. Standard solution composition and electrolysis conditions.
NiSO4·6H2O (mol·dm–3) 0.7 Current density (A·m–2) 10~2000
FeSO4·7H2O (mol·dm–3) 0.3 Temperature (°C) 40
Malonic acid (mol·dm–3) 0.05 Amount of charge (C·m–2) 105
H3BO3 (mol·dm–3) 0.5 pH 2.0
Saccharin sodium (mol·dm–3) 0.005 Cathode Cu (1×2 cm2)
Thiourea (mol·dm–3) 0.0025 Anode Pt (1×2 cm2)
Quiescent bath

電析は,定電流電解法により電流密度10~2000 A·m−2,通電量105 C·m−2,浴温40°Cにおいて無撹拌下で行なった。陰極には銅板(1×2 cm2),陽極にはPtめっきしたTi板(1×2 cm2)を用いた。得られた電析物は硝酸で溶解し,ICP発光分光分析法によりFe,Niを定量し,電析合金組成,Fe,Ni電析の電流効率を求めた。Fe,Ni,H2の部分電流密度は,全電流密度にそれぞれの電流効率(%)/100を乗じて算出した。H2発生の電流効率は,100からFe,Niの電流効率(%)を差し引いて求めた。分極曲線を測定する際,参照電極としてAg/AgCl電極(飽和KCl,0.199 V vs. NHE,25°C)を使用したが,電位は標準水素電極基準に換算して表示した。電析Fe-Ni合金の表面をSEMにより観察した。

3. 結果および考察

3・1 電析合金の組成,電流効率に及ぼす液組成の影響

NiSO4およびFeSO4の総量が1.0 mol·dm−3となる添加剤を含まない溶液において,先ず電析を行った。Fig.1にNiSO4とFeSO4の組成が異なる溶液において,種々の電流密度において電析させたFe-Ni合金のNi含有率を示す。ここで溶液中のFe2+のモル比は,[Fe2+/(Fe2++Ni2+)×100,mol%]より算出した。電析合金のNi含有率は,何れの液組成においても,電流密度が高くなるほど一旦低下して,最小となった後,更に電流密度が高くなると増加に転じた。すなわち,電析合金のNi含有率と電流密度の関係を示す線は下に凸型の曲線となった。電析合金のNi含有率が溶液中のNi含有率[Ni2+/(Ni2++Fe2+)×100,mass%]より高ければ,電気化学的に貴なNiが優先析出する正常型共析であり,低ければ卑なFeが優先析出する変則型共析となる。溶液中のFe2+のモル比が10,20,30,40,60 mol%の場合,溶液中のNi2+含有率は,それぞれ,90,81,71,61,41 mass%となる。いずれの液組成の溶液においても,10 A·m−2近傍の低電流密度域から電流密度が高くなると,電析合金のNi含有率は大きく低下し,溶液中のNi含有率より低くなっており,変則型共析となった。電析合金のNi含有率が最小値近傍で一定となった後に増加に転じる電流密度に着目すると,溶液中のFe2+濃度が高くなるほど,その電流密度は高くなった。その結果,溶液中のFe2+濃度が高くなるほど,電析合金のNi含有率が最小値近傍で一定となる電流密度の領域が広くなった。次に,電析合金のNi含有率が36 mass%となる条件は,溶液中のFe2+のモル比が10%以外の全ての溶液で得られた。溶液中のFe2+のモル比が30%の溶液では,50および500 A·m−2を若干超えた二つの電流密度において,電析合金のNi含有率が36 mass%となることが予想され,比較的広い電流密度領域において,インバー合金の組成に近いNi含有率が得られた。

Fig. 1.

Ni content in Fe-Ni alloys deposited at various current densities from the solutions of different composition. [Total concentration of Fe2+ and Ni2+: 1.0 mol·dm–3, Fe2+/(Fe2++Ni2+)×100 mol%, ●10%, ▲20%, ■30%, ◆40%, ○60%, Ni2+/(Fe2++Ni2+)×100 mass% ●90%, ▲81%, ■71%, ◆61%, ○41%]

Fig.2にFeSO4とNiSO4の濃度比の異なる添加剤を含まない溶液において,種々の電流密度において電析させたFe-Ni合金の電流効率を示す。Fe-Ni合金の電流効率は,何れの液組成においても,電流密度が高くなるほど増加した。電流効率は,溶液中のFe2+のモル比が10%から20,30%と高くなると全電流密度域で増加したが,Fe2+のモル比が40,60%と高くなると,100 A·m−2以下の低電流密度域で低下した。電流効率は,電流密度が高くなるほど増加したが,溶液中のFe2+のモル比が40,60%とFe2+濃度が高い溶液では,50 A·m−2近傍において,電流効率上昇の停滞域が見られた。また,溶液中のFe2+のモル比が10%とFe2+濃度が低い溶液では,電流密度が2000 A·m−2と高くなると,電流効率が低下した。

Fig. 2.

Current efficiency for Fe-Ni alloy deposition at various current densities from the solutions of different composition. [Total concentration of Fe2+ and Ni2+: 1.0 mol·dm–3, Fe2+/(Fe2++Ni2+)×100 mol%, ●10%, ▲20%, ■30%, ◆40%, ○60%]

Fig.3にFeSO4とNiSO4の濃度比の異なる添加剤を含まない溶液からのFe-Ni合金電析におけるFe,NiおよびH2の部分分極曲線を示す。Feの部分分極曲線は,Feの部分電流密度100 A·m−2以下の領域では,液組成に関わらずTafelの関係を示す一つの直線となった。しかし,Feの部分電流密度が100 A·m−2を超えると,Tafelの直線から外れて,Fe2+イオンの拡散律速に近づいた。特に,溶液中のFe2+濃度が低くなるほど,Tafelの直線関係から大きく外れて,Fe2+イオンの拡散限界電流密度が低くなった。一方,Niの部分分極曲線は,溶液中のFe2+の濃度が高くなるほど,低電流密度域から分極した。すなわち,Niの析出は,溶液中のFe2+の濃度が高くなるほど,抑制された。溶液中のFe2+のモル比が40,60%と高い場合,Niの析出は,−0.65 Vより貴な電位域では大きく抑制されるが,−0.65 V近傍より急激に増加した。−0.8 Vより卑になるとNiの部分電流密度の増加に停滞が見られたが,Ni2+イオンの拡散限界電流密度までには到達していないと考えられる。H2の部分分極曲線は,Fe2+のモル比が10%を超えると低電流密度域でやや分極したが,Ni析出に対するような顕著なFe2+のモル比の影響は見られなかった。

Fig. 3.

Partial polarization curves for Fe (a), Ni depositions (b) and H2 evolution (c) from the Fe-Ni alloy solutions of different composition. [Total concentration of Fe2+ and Ni2+: 1.0 mol·dm–3, Fe2+/(Fe2++Ni2+)×100 mol%, ●10%, ▲20%, ■30%, ◆40%, ○60%]

Fe-Ni電析合金の組成,電流効率と電流密度の関係に及ぼす液組成の影響をFe-Ni合金電析の全分極曲線,Fe,Ni析出,H2発生の部分分極曲線の形状より考察した。Fig.4に液組成を変化させた際のFe-Ni合金電析の分極曲線(a),Fe-Ni電析合金の組成と電流密度の関係(b)の模式図を示す。電析合金のNi含有率の変化の観点から全電流密度には3つの領域が存在する。全電流密度がiFe以上となりFe析出の部分分極曲線が立ち上がると,Fe析出によりNi析出が抑制され,Ni析出の部分分極曲線の傾斜は,Fe析出のそれに比べ緩やかとなる。そのため,全電流密度がiFe~iNiまたはiNi’の領域では,全電流密度が高くなるほど,電析合金のNi含有率が低下する。鉄族金属(Fe,Co,Ni)は元来その平衡電位からは電析を開始せず2428),その析出過程として下記の反応が報告されている17,18)。Mは鉄族金属を,添字のadは吸着状態を表す。

  
M 2 + + OH = MOH + (1)
  
MOH + + e MOH ad (2)
  
MOH ad + e = M + OH (3)

Fig. 4.

Schematic diagram of the changes in the polarization curves for Fe-Ni alloy deposition (a) and current density-alloy composition curves (b) with increase in molar ratio of Fe2+ ions in solution.

鉄族金属の電析は,吸着中間体MOHadを経由して進行し,式(2)の反応が律速となる。これは,吸着中間体MOHadの吸着サイトが陰極面で制限されていることを示している。FeOH+,NiOH+の解離定数8)はそれぞれ5.78×10−8,4.50×10−5であり,電解時の陰極層でのFeOH+の濃度はNiOH+の濃度より1000倍程度高い。このため,Fe-Ni合金電析においてはNiOHadの吸着サイトがFeOHadによって奪われ,上記の式(2)で示されるNiOH+の還元は大きく抑制される。Fig.3に示すように,溶液中のFe2+のモル比が40,60%と高くなる程,Ni析出の部分分極曲線の立ち上がりが,Fe析出のそれに比べて緩やかとなるのは,NiOH+の還元がFeOHadにより抑制されるためと考えられる。溶液中のFe2+のモル比が高くなるとNi析出がより抑制されるために,Ni含有率と電流密度の関係を示す曲線は,低電流密度側に移行する。[Fig.4(b)]

次に,全電流密度がiNiまたはiNi’以上でNi析出の部分分極曲線の傾斜がFe析出のそれと同程度になる領域では,電析合金のNi含有率は最小値となりその近傍ではほぼ一定となる。Ni含有率の最小値は,溶液中のFe2+のモル比が高くなると低下する。Niの部分電流密度が,急増したのは,Fe2+の還元がFe2+の拡散律速に近づき,且つ,FeOHadからのFeへの還元速度が増加することにより,FeOHadの被覆率が低下し,FeOHadによって奪われていたNiOHadの吸着サイトが解放されるためと考えられる。

最後に,全電流密度がiLFeまたはiLFe’以上となる領域では,Fe析出のみがFe2+の拡散律速となり,Ni析出はまだ拡散限界電流密度に到達していないため,電流密度の増加に伴い,電析合金のNi含有率は増加する。溶液中のFe2+のモル比,すなわちFe2+の濃度が高くなると,iLFeはiLFe’に増加するため,高電流密度域でのNi含有率―電流密度曲線は,高電流密度側に移行する。すなわち,電流密度の増加に伴いNi含有率が増加し始める電流密度は,Fe2+濃度の増加によって高くなる。更に電流密度が増加して,Ni析出もNi2+の拡散律速となると電析合金のNi含有率は,液組成比[Ni2+/(Ni2++Fe2+)×100,mass%]まで増加して一定となる。しかし,本研究の電析条件においては,Fig.1に示すように,高電流密度域で電析合金のNi含有率は電流密度の増加に伴い高くなっているが,液組成比までは到達していないため,Ni析出はまだ拡散限界電流密度になっていないと考えられる。

一方,合金電析の電流効率は,全電流密度がiFe以上の領域でH2発生の部分分極曲線の傾斜がFe,Ni析出のそれに比べて緩やかであれば,電流密度が高くなるほど増加する。H2発生には,先述した鉄族金属と同様に,遅い素過程が存在し24,25),反応中間体であるHadの吸着サイトが制限されている。このため,Hadの吸着サイトに優先吸着する析出抑制剤が存在するとH2発生電位は分極する。本研究においては,FeOHadがH2発生の抑制剤として作用し,溶液中のFe2+のモル比が高くなる程,抑制効果が強くなると考えられる。このため,電流効率は,溶液中のFe2+のモル比が高くなると増加するが,Fe2+のモル比が更に高くなると,H2発生よりNi析出に対する抑制効果が強くなり,電流効率は逆に低下する。Fig.2に示すように,電流効率は,電流密度が高くなるほど増加するが,溶液中のFe2+のモル比が40,60%とFe2+濃度が高くなると,50 A·m−2近傍において,電流効率上昇の停滞域が見られたのは,その領域において,Ni析出に対するFe2+の抑制効果が強くなるためと考えられる。また,iLFeまたはiLFe’以上の電流密度では,H2発生は,拡散限界電流密度になっていないため,合金電析の電流効率は,電流密度の増加に伴い低下する。

3・2 電析合金の組成,電流効率に及ぼすマロン酸の影響

Fig.1に示すように溶液中のFe2+のモル比が30%の溶液では,50および500 A·m−2を若干超えた二つの電流密度において,電析合金のNi含有率が36 mass%となることが予想され,比較的広い電流密度領域において,インバー合金の組成に近いNi含有率が得られたので,添加剤の影響を調べる以下の実験は,Fe2+のモル比が30%の溶液で行った。Fig.5にマロン酸濃度を変化させた溶液において,種々の電流密度において電析させたFe-Ni合金のNi含有率を示す。電析合金のNi含有率と電流密度の関係を示す曲線は,マロン酸濃度が高くなるほど高電流密度側にシフトしており,このためNi含有率は,マロン酸濃度が高くなるほど,500 A·m−2以下の低電流密度域では増加し,500 A·m−2を超える高電流密度域では低下した。電析合金のNi含有率の最小値は,マロン酸濃度が高くなるほど若干増加した。

Fig. 5.

Ni content in Fe-Ni alloys deposited at various current densities from the solutions containing malonic acid of different concentration. [Fe2+0.3 mol·dm–3, Ni2+0.7 mol·dm–3, Malonic acid ●0 mol·dm–3, ▲0.05, ■0.1, ◆0.5]

Fig.6にマロン酸濃度を変化させた溶液において,種々の電流密度において電析させたFe-Ni合金の電流効率を示す。電析Fe-Ni合金の電流効率は,マロン酸濃度に関わらず電流密度が高くなるほど増加したが,全ての電流密度域において,マロン酸濃度が高くなるほど低下した。特に,マロン酸濃度を0.05 mol·dm−3から0.1 mol·dm−3に増加すると,電流効率は大きく低下した。

Fig. 6.

Current efficiency for Fe-Ni alloy deposition at various current densities from the solutions containing malonic acid of different concentration. [Fe2+0.3 mol·dm–3, Ni2+0.7 mol·dm–3, Malonic acid ●0 mol·dm–3, ▲0.05, ■0.1, ◆0.5]

Fig.7にマロン酸濃度を変化させた溶液からのFe-Ni合金電析におけるFe,NiおよびH2の部分分極曲線を示す。Feの部分分極曲線(a)には,Feの部分電流密度20 A·m−2以下の低電流密度域ではマロン酸添加の影響はほとんど見られなかった。しかし,Feの部分電流密度が20 A·m−2を超えると,Feの部分分極曲線は,マロン酸濃度が高くなる程大きく分極した。ここで,Fe電析がFe2+イオンの拡散律速となる電位に着目すると,マロン酸濃度が0,0.05,0.1,0.5 mol·dm−3の場合,それぞれ,−0.72 V,−0.84 V,−0.92 V,<−1.07 Vとなっており,マロン酸濃度が高くなるほど,より卑な電位で拡散律速となっていることが分かった。Niの部分分極曲線(b)にも,Fe同様に,Niの部分電流密度20 A·m−2以下ではマロン酸濃度の影響はほとんど見られず,Niの部分電流密度が20 A·m−2を超えると,マロン酸濃度が高くなる程大きく分極した。また,Niの部分電流密度は,マロン酸無添加の場合,−0.65 V近傍で急増するのに対して,マロン酸濃度0.5 mol·dm−3の場合,−0.97 V近傍で急増しており,マロン酸濃度が高くなる程,Niの部分電流密度が急増し始める電位が卑な方に移行した。このように,Niの部分電流密度が,急増したのは,Fe2+の還元がFe2+の拡散律速に近づき,且つ,FeOHadからのFeへの還元速度が増加することにより,FeOHadの被覆率が低下し,FeOHadによって奪われていたNiOHadの吸着サイトが解放されるためと考えられる。マロン酸の添加によりFe析出が分極するためより卑な電位でFe2+の拡散律速に近づくため,Niの部分電流密度が急増し始める電位も卑に移行したものと考えられる。

Fig. 7.

Partial polarization curves for Fe (a), Ni depositions (b) and H2 evolution (c) from the solutions containing malonic acid of different concentration. [Fe2+0.3 mol·dm–3, Ni2+0.7 mol·dm–3, Malonic acid ●0 mol·dm–3, ▲0.05, ■0.1, ◆0.5]

一方,H2発生の部分分極曲線(c)は,マロン酸の濃度が0.05 mol·dm−3から0.1,0.5 mol·dm−3に増加すると,大きく復極した。Fe-Ni合金電析におけるH2の発生は,Fe,Ni析出の影響を受けることが予想されたので,次に,Fe2+,Ni2+を含まないマロン酸のみを添加したpH2の溶液において,陰極にFe-36mass% Ni合金を用いてH2発生の分極曲線を測定した。その結果をFig.8に示す。H2発生の分極曲線は,マロン酸を添加すると−0.4 Vより卑な電位域で大きく復極することが分かった。

  
C 3 H 4 O 4 = H + + C 3 H 3 O 4 (4)
  
C 3 H 3 O 4 = H + + C 3 H 2 O 4 2 (5)

Fig. 8.

Polarization curves for H2 evolution from the solutions containing malonic acid of different concentration. [Fe2+-free, Ni2+-free, Malonic acid ●0 mol·dm–3, ▲0.05, ■0.1, ◆0.5]

マロン酸は,上記(4),(5)式に示すように解離し,それぞれの解離定数は10−2.61,10−5.27となっている29)。Fe-Ni合金電析時,陰極界面のpHはH+イオンの還元反応により,6.8程度に上昇することが報告されている17,18)。マロン酸を添加した溶液では,マロン酸が(4),(5)式に示すように解離し,H+イオンが増加するため,H2発生が促進され,電流効率が低下すると考えられる。Fig.7(c)Fig.8を比較すると,H2発生の部分分極曲線は,溶液中にFe2+,Ni2+が存在すると大きく分極することが分かる。

一方,マロン酸イオンは,下記(6),(7),(8)式に示すようにFe3+,Ni2+に配位結合する。

  
Fe 3 + + C 3 H 2 O 4 2 = FeC 3 H 2 O 4 + (6)
  
Fe 3 + + 2 C 3 H 2 O 4 2 = Fe ( C 3 H 2 O 4 ) 2 (7)
  
Ni 2 + + C 3 H 2 O 4 2 = NiC 3 H 2 O 4 (8)

(6),(7),(8)式に示す錯体の安定度定数は,104.72,107.81,103.29と報告されている29)Fig.7に示すように,Niの部分分極曲線がマロン酸添加により高電流密度域で大きく分極したのは,マロン酸とNi2+の錯体形成によるものと考えられる。マロン酸とFe2+の錯体の安定度定数は,不明であるが,Feの部分分極曲線もマロン酸を添加すると高電流密度域で大きく分極しており,これはマロン酸とFe2+の錯体形成によるものと考えられる。

Fig.9にマロン酸濃度を変化させた際のFe-Ni合金電析の分極曲線(a),Fe-Ni電析合金の組成と電流密度の関係(b)の模式図を示す。マロン酸濃度が高くなると,Ni析出が抑制される電流密度域がiNiからiNi’まで広がるため,低電流密度域では,Ni含有率と電流密度の関係を示す曲線は,高電流密度側に移行する。一方,Fe析出がFe2+の拡散限界となる電位は,マロン酸濃度が高くなると卑な電位に移行する。そのため,Fe2+の拡散限界となる全電流密度iLFeは,マロン酸濃度が高くなるとiLFe’に増加する。このため,高電流密度域でのNi含有率と電流密度の関係を示す曲線は,マロン酸濃度が高くなると高電流密度側に移行する。一方,Fe-Ni合金電析の電流効率は,マロン酸濃度が増加するとH2発生の部分分極曲線が高電流密度側に移行するため,全電流密度域において低下する。

Fig. 9.

Schematic diagram of the changes in the polarization curves for Fe-Ni alloy deposition (a), current density-alloy composition and current density-current efficiency curves (b) with increase in malonic acid.

Fig.10にマロン酸濃度を変化させた溶液から電析させたFe-Ni合金の表面SEM像を示す。マロン酸無添加の場合,電析物は,微細な粒状の結晶粒から構成されており,50 A·m−2では,結晶粒のサイズがやや大きくなった。マロン酸濃度が0.05 mol·dm−3の場合,20,50 A·m−2の低電流密度では,粒状結晶粒のサイズが無添加の場合に比べ増加したが,電流密度を500 A·m−2に増加させると,結晶粒は微細化し平滑な表面となった。マロン酸濃度を0.1,0.5 mol·dm−3と増加させると,500 A·m−2で得られた電析物には部分的に粒状の結晶が見られたが,粒状以外の箇所は平滑となった。マロン酸を添加すると,500 A·m−2では,Fe,Ni析出の部分分極曲線は無添加の場合に比べて分極しており(Fig.7),電析の過電圧が増加する。電析物は,過電圧が高くなると結晶の核形成速度がその成長速度より相対的に速くなり微細となる3033)。本研究においてもマロン酸添加により,電析の過電圧が増加するため,結晶粒は微細化し平滑な表面になったと考えられる。

Fig. 10.

SEM images of surface of Fe-Ni alloys deposited at various current densities from the solutions containing malonic acid of different concentration. [Fe2+0.3 mol·dm–3, Ni2+0.7 mol·dm–3]

3・3 電析合金の組成,電流効率に及ぼす各種添加剤の影響

Fig.6に示すように溶液中のマロン酸濃度が0.05 mol·dm−3を超えるとFe-Ni合金電析の電流効率が大きく低下するため,各種添加剤の影響を調べる以下の実験は,マロン酸濃度を0.05 mol·dm−3の一定とし,溶液中のFe2+のモル比を30%とした溶液で行った。Fig.11に各種添加剤を含む溶液において,種々の電流密度において電析させたFe-Ni合金のNi含有率を示す。チオ尿素を添加すると,500 A·m−2以下の電流密度域において,Fe-Ni合金のNi含有率は大きく増加した。特に200 A·m−2以下の領域では,合金のNi含有率は溶液中のNi含有率(71 mass%)より高くなっており,正常型共析となった。ホウ酸を添加すると,20~200 A·m−2の低電流密度域で,合金のNi含有率はやや増加した。ホウ酸とサッカリンの両方を添加すると,ホウ酸のみを添加した場合よりNi含有率は若干減少した。電析合金のNi含有率が36 mass%となる条件に着目すると,ホウ酸とサッカリンの両方を添加した場合,比較的広い電流密度領域で,インバー合金が得られることが分かった。

Fig. 11.

Ni content in Fe-Ni alloys deposited at various current densities from the solutions containing different additives. [Fe2+0.3 mol·dm–3, Ni2+0.7 mol·dm–3, Malonic acid 0.05 mol·dm–3, ●Additive-free, ■Thiourea, ▲Boric acid, ◆Boric acid+Saccharin]

Fig.12に各種添加剤を含む溶液において,種々の電流密度において電析させたFe-Ni合金の電流効率を示す。チオ尿素を添加した溶液では,電流効率は,10 A·m−2以下の低電流密度域では増加したが,50 A·m−2以上の領域では逆に低下した。ホウ酸を添加した溶液では,全ての電流密度域で電流効率は低下した。一方,ホウ酸とサッカリンの両方を添加した場合,電流効率は,50 A·m−2以下の低電流密度域では,ホウ酸のみを添加した場合より若干増加したが,100~1000 A·m−2の領域ではホウ酸のみを添加した場合より低下した。

Fig. 12.

Current efficiency for Fe-Ni alloy deposition at various current densities from the solutions containing different additives. [Fe2+0.3 mol·dm–3, Ni2+0.7 mol·dm–3, Malonic acid 0.05 mol·dm–3, ●Additive-free, ■Thiourea, ▲Boric acid, ◆Boric acid+Saccharin]

Fig.13に各種添加剤を含む溶液からのFe-Ni合金電析におけるFe,NiおよびH2の部分分極曲線を示す。Feの部分分極曲線(a)に及ぼすチオ尿素,ホウ酸の影響はほとんど見られなかったがホウ酸とサッカリンの両方を添加すると,Fe析出は若干抑制された。Niの部分分極曲線(b)は,チオ尿素を添加すると大きく復極した。チオ尿素を添加すると,500 A·m−2以下の電流密度域で,Fe-Ni合金のNi含有率が大きく増加しており(Fig.10),これはNiの析出が促進されるためである。ホウ酸を添加すると,Niの部分電流密度10~50 A·m−2の領域でNiの部分分極曲線は若干復極した。このため,Fe-Ni合金のNi含有率が増加した(Fig.10)と考えられる。しかし,ホウ酸とサッカリンの両方を添加した場合,Niの部分分極曲線は,ホウ酸のみを添加した場合に比べて若干分極した。このため,ホウ酸とサッカリンの両方を添加した場合,Fe-Ni合金のNi含有率は,ホウ酸のみを添加した場合に比べて低下した(Fig.10)と考えられる。一方,H2の部分分極曲線(c)は,チオ尿素を添加すると低電流密度域で大きく復極し,ホウ酸のみを添加すると若干復極した。この傾向は,Niの部分分極曲線(b)と同様であった。以上のように,チオ尿素にはNi析出とH2発生に対する大きな促進効果,ホウ酸にはNi析出とH2発生に対する若干の促進効果,サッカリンにはFe,Ni析出とH2発生に対する若干の抑制効果がそれぞれ見られた。

Fig. 13.

Partial polarization curves for Fe (a), Ni depositions (b) and H2 evolution (c) from the solutions containing different additives. [Fe2+0.3 mol·dm–3, Ni2+0.7 mol·dm–3, Malonic acid 0.05 mol·dm–3, ●Additive-free, ■Thiourea, ▲Boric acid, ◆Boric acid+Saccharin ]

Fig.14に各種添加剤を含む溶液から電析させた Fe-Ni合金のSEM像を示す。チオ尿素を添加すると,何れの電流密度においても粒状の結晶粒が粗大となった。チオ尿素を添加するとNiの部分分極曲線が大きく復極しており(Fig.13),電析の過電圧が低下する。このため,電析物の結晶成長速度がその核形成速度より相対的に高くなり30) 粗大になったと考えられる。ホウ酸を添加すると,20,50 A·m−2の低電流密度で,粒状の結晶粒が微細となった。一方,ホウ酸とサッカリンの両方を添加した場合,半球状の結晶部と平滑部が見られ,半球状の結晶サイズは,ホウ酸のみを添加した場合より大きくなった。

Fig. 14.

SEM images of surface of Fe-Ni alloys deposited at various current densities from the solutions containing different additives. [Fe2+0.3 mol·dm–3, Ni2+0.7 mol·dm–3, Malonic acid 0.05 mol·dm–3]

4. 結言

Fe-Ni合金の合金組成に及ぼす溶液の組成,添加剤の影響を調査した結果,以下のことが分かった。いずれの液組成の溶液においても,10 A·m−2の低電流密度から電流密度の増加に伴い,電析合金のNi含有率は大きく低下し,電気化学的に卑なFeが優先析出する変則型共析となった。電流密度が更に高くなると,Fe析出が先にFe2+の拡散律速となり,電流密度の増加に伴い,Ni含有率は増加した。溶液中のFe2+の濃度が高くなると,Feの拡散限界電流密度が増加するため,Ni含有率が増加し始める電流密度は,高電流密度側に移行した。マロン酸を添加すると,その濃度が高くなるほど,Ni析出が抑制される電流密度域が広がり,また,Fe析出がFe2+の拡散限界となる電位は,卑な電位に移行した。その結果,Ni含有率と電流密度の関係を示す曲線は,マロン酸濃度の増加に伴い高電流密度側に移行した。合金電析の電流効率は,マロン酸濃度が0.05 mol·dm−3を超えるとH2発生が促進され大きく低下した。チオ尿素を添加すると,Ni析出が促進され,合金のNi含有率が大きく増加した。ホウ酸を添加すると,低電流密度域で,合金のNi含有率はやや増加した。ホウ酸とサッカリンの両方を添加すると,比較的広い電流密度範囲で,Ni含有率36 mass%のインバー合金が得られることが分かった。

文献
 
© 2018 The Iron and Steel Institute of Japan

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