2018 Volume 104 Issue 10 Pages 551-558
Dissolution of lime into molten slag is an important phenomenon in hot-metal dephosphorization treatment and should be suitably promoted in order to obtain an effective refining reaction and to recycle slag as some environmental resources. A lot of research has been conducted on the phenomenon, but the influence of P2O5 on the dissolution behavior of lime has never been studied despite the presence of P2O5 in the slag obtained during actual operation.
In this study, the dissolution behavior of lime in CaO-SiO2-FeO or CaO-SiO2-FeO-5.2 mass% P2O5 molten slag was investigated via a high-temperature laser microscope, an optical microscope, and a scanning electron microscope /energy dispersive spectroscopy (SEM/EDS) in order to clarify the influence of P2O5 on the dissolution behavior of lime. We conclude that the addition of P2O5 to the slag accelerates the dissolution of lime in the molten slag mainly by increasing the CaO equilibrium content in the liquid slag saturated with 2CaO·SiO2.
P2O5 is a product of the dephosphorization reaction, and basically, its content is preferred to maintain low content for dephosphorization based on equilibrium theory. However, the experimental results obtained in this study clarify that the presence of P2O5 in molten slag is effective for the promotion of the dephosphorization reaction when the reaction is limited by the dissolution of lime.
溶銑脱りん処理は,脱りん反応の進行に有利な1300°C程度の比較的低い温度条件において行われるため,脱りん剤として使用される生石灰の溶融スラグへの溶解を促進することが重要である。この生石灰の溶解促進には蛍石の使用が効果的であるが,蛍石を使用した場合,発生した脱りんスラグにふっ素が含まれるようになるため,その再利用する際の用途や適用対象に制約を受けるという弊害が生じる。また,製鋼スラグの資源化促進の観点でも,製鋼スラグ中の未滓化CaO分の低減が求められており,生石灰の溶解促進はますます重要な課題となっている。
これまで,生石灰の溶融スラグへの溶解機構の解明,および生石灰の溶解促進を目的に,多くの研究がなされてきた。例えば,生石灰が溶融スラグに溶解する際,その界面に2CaO·SiO2の層が生成し,これが生石灰の溶解を遅滞することが報告されており1–3),Noguchiら4)は,CaO-SiO2-FeOx系スラグのFeOx濃度を高めることで,2CaO·SiO2層が不連続となり,生石灰の溶解が促進されることを報告している。また,Matsushimaら5)は,固体石灰の溶解速度は,2CaO·SiO2と平衡共存する液相スラグとバルクスラグにおけるCaOの濃度差,およびスラグ側の物質移動係数に影響を受けることを報告している。この2CaO·SiO2と平衡共存する液相スラグのCaO濃度について,Naritaら6)は,CaF2,Al2O3もしくは,B2O3をCaO-SiO2-FeO系スラグに添加することで高CaO濃度に変化することを報告している。
上述のように,生石灰の溶解に関する既往の研究においては,P2O5を含まないCaO-SiO2-FeOスラグを対象としているが,実際には,溶銑脱りんスラグ中にはP2O5を含む。このことから,Tsukihashiら7,8)によるマルチフェーズフラックスを活用した脱りんプロセスが提唱されて以降,P2O5を含むスラグが実験的に使用された報告が増えつつあるが,溶融スラグ中のP2O5が生石灰の溶解挙動に及ぼす影響について調査した研究は見当たらない。
P2O5は,強い酸性を示す酸化物であるため,P2O5を含む溶融スラグは,塩基性酸化物であるCaOの溶解を促進する可能性がある。また,生石灰が溶融スラグに溶解する際,P2O5は,その界面に生成する2CaO·SiO2中に3CaO·P2O5として固溶することが知られている9,10)。これらのことから,溶融スラグ中のP2O5は,生石灰のスラグへの溶解挙動に影響を及ぼすことが考えられる。
本研究では,高温プロセスにおける諸現象の直接観察に広く利用されてきた共焦点レーザー走査顕微鏡11,12)を用いてCaO-SiO2-FeO溶融スラグ,CaO-SiO2-FeO-P2O5溶融スラグへの生石灰の溶解挙動を観察した。さらに,観察後試料の組成,および生石灰周囲の形態を,走査型電子顕微鏡/エネルギー分散型X線分析装置(SEM/EDS),および光学顕微鏡を用いて調査した。これらの結果を基にして,生石灰の溶解挙動に及ぼすスラグ中P2O5の影響について考察した。
生石灰のCaO-SiO2-FeO溶融スラグ,およびCaO-SiO2-FeO-P2O5溶融スラグへの溶解挙動を調査するため,観察用試料を作製し,高温レーザー顕微鏡を用いてその場観察を行った。その後,光学顕微鏡を用いて生石灰周囲の形態を観察し,SEM/EDSを用いて生石灰周囲の鉱物相の組成,およびバルクスラグの組成を調査した。
2・1 観察用試料生石灰,およびプリメルトスラグを配合して観察用試料を作製した。生石灰は,JIS R9001に従う焼成生石灰である。この焼成生石灰をハンマーで破砕し,その欠片を罫書き棒で削り,重量が10 mg,幅と長さがそれぞれ2.0-2.5 mm,厚みが1.0-1.5 mmの粒に加工した。また,プリメルトスラグは,試薬特級のCaO,SiO2,FeO,およびP2O5を原料として作製した。まず,水分の除去を目的に,これら試薬の混合物を,乾燥炉内で503 Kで15 hrの条件で加熱した。次いで,この混合物を鉄坩堝に入れ,高周波溶解炉にて1623 K,Ar雰囲気で完全溶融し,冷却して得られたスラグを破砕して粒径を0.16 mm以下にした。この破砕後に分析した2種類のプリメルトスラグの組成をTable 1に示す。各プリメルトスラグのCaOのSiO2に対する質量濃度比(mass%CaO/mass%SiO2)は0.92で同じ条件として,P2O5濃度を相違させた。すなわち,Slag 1はP2O5濃度を0 mass%とし,Slag 2のP2O5濃度を5.2 mass%とした。
| CaO | SiO2 | FeO | Fe2O3 | P2O5 | CaO/SiO2 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| Slag 1 | 32.6 | 35.4 | 31.6 | 0.4 | 0.0 | 0.92 | 
| Slag 2 | 30.9 | 33.7 | 29.0 | 1.3 | 5.2 | 0.92 | 
観察用試料の作製要領をFig.1に示す。54±1 mgの重量範囲に収まるように秤量されたプリメルトスラグを,内径,および高さが5 mmの白金坩堝に入れ,上部から圧した。その後,プリメルトスラグの中心に,加工した生石灰の粒を入れ,スラグ溶融後に観察位置がずれることを防ぐために,上部から圧した。観察用試料における生石灰とプリメルトスラグの混合組成は,CaO-SiO2-FeOx系状態図における2CaO·SiO2と液相の二層共存域に存在し,混合組成のmass%CaO/mass%SiO2は1.45とした。

Schematic of the preparation procedure of the specimen.
観察に用いた高温顕微鏡は共焦点レーザー走査顕微鏡に集光型イメージ炉を搭載した米倉製作所製のVL2000DX-SVF-17DPを用いた。試料を集光型イメージ炉内で加熱し,試料温度は坩堝底の白金板に設置した熱電対で制御した。また,Zn,Al,Ag,Au,Niの各金属試料の溶融を観察する事前実験を行って作製した検量線を用いることにより,試料温度と設定温度の差を1623 Kにおいて,±1 K以内に制御した。本実験の温度条件においては,室温から1623 Kまで200 K/minで昇温して,所定時間保持した後,500 K/minで373 Kまで冷却した。実験の雰囲気は,Arとし,加熱から冷却の間,炉内にArガスを200 ml/minで供給し続けた。保持時間tは,プリメルトスラグが完全に溶融してから冷却を開始するまでの時間と定義し,その条件は,0.3,4,7,16,32,50,75,および100 minとした。
2・3 SEM/EDS分析高温レーザー顕微鏡観察の後,試料を樹脂に埋め込み,切断,研磨して分析用試料とした。分析用試料の外観をFig.2に示す。図中においてBulk slagと表示した領域の組成,および生石灰周囲に生成した鉱物相の組成をSEM/EDSを用いて調査した。さらに,生石灰周囲の形態について光学顕微鏡を用いて観察した。

Appearance of the specimen for analyses.
全ての実験条件おいて,試料温度を上昇していくと,まず白金坩堝内のプリメルトスラグが溶融し始め,プリメルトスラグが完全に溶融した後,生石灰と溶融スラグが反応する様子が観察された。その観察結果の例をFig.3に示す。(a)はSlag 1の場合,(b)はSlag 2の場合における各結果である。同図中において,Slag 1の場合は,0.2 minから3.3 minの画像,Slag 2の場合は0.2 minから1.7 minの画像に示したように,生石灰と溶融スラグとの界面から生石灰中心に向かってスラグが浸潤する様子が観察された。Slag 2の場合,このスラグの浸潤速度がSlag1の場合より大きかった。また,Slag 1の場合,同図中の3.3 min以降の画像に示したように,生石灰は液状化せずに,観察面に留まったままであったが,Slag 2の場合,同図中の1.7 min以降の画像に示したように生石灰が液状化し,溶融スラグ中に沈降していく様子が観察された。

Observation results for the dissolution behavior of lime in molten slag obtained using a high-temperature laser microscope.
上記のSlag 1 およびSlag 2の比較から,溶融スラグ中のP2O5は,溶融スラグの生石灰への浸潤,生石灰の溶融スラグへの溶解を促進すると推定される。
観察中において評価した各試料におけるプリメルトスラグの溶融開始温度(Ts)と溶融終了温度(Te)をTable 2 に示す。Slag 2はSlag 1に対してTsとTeが低かった。
| Ts (K) | Te (K) | |
|---|---|---|
| Slag 1 | 1469 | 1553 | 
| Slag 2 | 1380 | 1498 | 
バルクスラグの組成と保持時間の関係をFig.4に示す。(a)はSlag 1の場合,(b)はSlag 2の場合における各結果である。Slag 1, Slag 2の場合はともに,CaO濃度,およびFeO濃度の変化が,その他成分の濃度の変化に対して大きかった。また,保持時間が約75 min以降の条件では,各成分の組成,mass%CaO/mass%SiO2はほとんど変化しなかった。

Relationship between the chemical composition of the bulk slag and the holding time.
バルクスラグのΔ(%FeO)とΔ(%CaO)の推移をFig.5に示す。Δ(%FeO)は,ある保持時間における(%FeO)から,Table 1に示したFeO濃度と同表中のFe2O3をFeOに換算して求めたFeO濃度の和を引いた値である。Δ(%CaO)も同様の方法で計算している。Slag1とSlag 2の各結果の比較から,溶融スラグ中にP2O5が存在することで,Δ(%FeO)の低下速度,Δ(%CaO)の上昇速度が大きくなり,約75 minにおいて,到達のΔ(%FeO)が小さく,到達のΔ(%CaO)が大きくなった。

Changes in Δ(%FeO) and Δ(%CaO) of bulk slag.
Slag 1,およびSlag 2を用いた場合における,生石灰と溶融スラグの界面近傍の形態,および各相の組成を1623 KのCaO-SiO2-FeOx状態図上13)に表示した結果をFig.6,およびFig.7にそれぞれ示す。各図は,それぞれ保持時間が約4 min,および約16 minの条件における結果である。これら状態図上の結果を基に決定した鉱物相の種類,1623 Kにおける状態,および組成をTable 3に示した。鉱物相はCaO,FeO-CaO,2CaO·SiO2-2FeO·SiO2,および2CaO·SiO2-3CaO·P2O5として分類され,このうちFeO-CaOは1623 Kにおいて液相であり,FeO濃度が高いものと低いものが存在した。

Microstructures of the mineral phases around lime and the chemical composition of the positions in the CaO-SiO2-FeOx phase diagram at 1623 K13) in the case of Slag 1 (P2O5-free slag) at 4 min and 16 min approximately.

Microstructures of the mineral phases around lime and the chemical composition of the positions in the CaO-SiO2-FeOx phase diagram at 1623 K13) in the case of Slag 2 (P2O5-containing slag) at 4 min and 16 min approximately.
| Position | Phase | State at 1623 K | Composition (mass%) | |||
|---|---|---|---|---|---|---|
| CaO | SiO2 | FeO | P2O5 | |||
| 1a | 2CaO·SiO2-2FeO·SiO2 | Solid | 51.5 | 35.3 | 13.1 | 0.0 | 
| 1b | (FeO-rich) FeO-CaO | Liquid | 18.6 | 3.0 | 78.4 | 0.0 | 
| 1c | FeO-CaO | Liquid | 43.1 | 1.5 | 55.4 | 0.0 | 
| 1d | CaO | Solid | 95.8 | 0.0 | 4.2 | 0.0 | 
| 1e | 2CaO·SiO2-2FeO·SiO2 | Solid | 62.6 | 34.3 | 3.1 | 0.0 | 
| 2a | 2CaO·SiO2-2FeO·SiO2 | Solid | 56.2 | 34.8 | 9.1 | 0.0 | 
| 2b | 2CaO·SiO2-2FeO·SiO2 | Solid | 58.1 | 33.0 | 8.9 | 0.0 | 
| 2c | 2CaO·SiO2-2FeO·SiO2 | Solid | 62.6 | 34.3 | 3.1 | 0.0 | 
| 2d | (FeO-rich) FeO-CaO | Liquid | 32.0 | 1.1 | 66.9 | 0.0 | 
| 2e | FeO-CaO | Liquid | 43.4 | 1.9 | 54.7 | 0.0 | 
| 2f | CaO | Solid | 95.7 | 0.0 | 4.3 | 0.0 | 
| 3a | 2CaO·SiO2-3CaO·P2O5 | Solid | 67.7 | 29.4 | 2.9 | 15.5 | 
| 3b | 2CaO·SiO2-3CaO·P2O5 | Solid | 68.4 | 30.8 | 0.8 | 11.6 | 
| 3c | (FeO-rich) FeO-CaO | Liquid | 24.0 | 0.7 | 75.3 | 0.0 | 
| 3d | FeO-CaO | Liquid | 43.7 | 2.0 | 54.3 | 0.0 | 
| 3e | CaO | Solid | 94.2 | 0.0 | 5.8 | 0.0 | 
| 4a | 2CaO·SiO2-3CaO·P2O5 | Solid | 63.5 | 30.5 | 6.0 | 8.3 | 
| 4b | (FeO-rich) FeO-CaO | Liquid | 7.8 | 0.4 | 91.9 | 0.0 | 
| 4c | 2CaO·SiO2-3CaO·P2O5 | Solid | 66.2 | 32.8 | 1.0 | 7.7 | 
| 4d | (FeO-rich) FeO-CaO | Liquid | 29.5 | 5.3 | 65.2 | 1.6 | 
| 4e | FeO-CaO | Liquid | 43.3 | 3.8 | 52.9 | 0.5 | 
Table 3,およびFig.6,もしくはFig.7の各結果の比較より,1d,2f,3eのCaOの周囲には,1c,2e,3d,および4eのFeO-CaO液相スラグが存在した。また,1a,1e,2a,2b,および2cの2CaO·SiO2-2FeO·SiO2は,比較的少量の1b,2dに示した高FeO濃度のFeO-CaO液相スラグと共存していた。さらに,3a,3b,4a,および4cの2CaO·SiO2-3CaO·P2O5は,比較的多量の3c,4b,4dに示した高FeO濃度のFeO–CaO液相スラグと共存していた。上記,2CaO·SiO2-2FeO·SiO2のFeO濃度,2CaO·SiO2-3CaO·P2O5のFeO濃度は,Fig.6,およびFig.7にSlagと表示したスラグ側に近い方が高かった。
さらに,Fig.6,およびFig.7より,CaOを含まず,FeO-CaO液相スラグを主とする相(FeO-CaO相)の厚み,および2CaO·SiO2を主成分とする相(2CaO·SiO2含有相)の厚みは,保持時間が長い条件で大きくなった。各試料条件における,FeO-CaO相と保持時間の平方根(

Relationship between the thickness of the FeO-CaO layer and the square
                            root of the holding time (

Relationship between the thickness of the 2CaO·SiO2 phase and
                            the square root of the holding time (
Table 3に示した各点における2CaO·SiO2-2FeO·SiO2中の2FeO·SiO2の質量濃度,および2CaO·SiO2-3CaO·P2O5中の3CaO·P2O5の質量濃度について,それぞれ(1)式,および(2)式を用いて計算した結果をTable 4に示す。
| (1) | 
| (2) | 
| Position | 2FeO·SiO2
                                     in 2CaO·SiO2-2FeO·SiO2  | 
                                3CaO·P2O5
                                     in 2CaO·SiO2-3CaO·P2O5  | 
                            
|---|---|---|
| 1a | 18.4 | – | 
| 1e | 4.4 | – | 
| 2a | 12.8 | – | 
| 2b | 12.7 | – | 
| 2c | 4.4 | – | 
| 3a | – | 29.3 | 
| 3b | – | 22.8 | 
| 4a | – | 16.7 | 
| 4c | – | 15.6 | 
ここで,Mは化合物の分子量を表し,M2FeO·SiO2は204,MFeOは72,M3CaO·P2O5は310,MP2O5は142である。
同表中の1a,1e,2a,2b,および2cについて,2CaO·SiO2-2FeO·SiO2中の2FeO·SiO2は4~18 mass%であり,これらは,Fig.6に示した各位置より,スラグ側に存在する方が大きかった。また,3a,3b,4a,および4cについては, 2CaO·SiO2-3CaO·P2O5中の3CaO·P2O5は,15~30 mass%であり,これらは,Fig.7に示した各位置より,スラグ側と生石灰側では,明確な差がなかった。
上記の高温レーザー顕微鏡観察,およびSEM/EDS分析で得られた結果を基に,生石灰の溶融スラグへの溶解機構,およびP2O5の効果について考察した。
4・1 生石灰の溶融スラグへの溶解機構Hamanoら8)は,生石灰と溶融スラグの界面で2CaO·SiO2が晶出する際,その2CaO·SiO2の周囲に高FeO濃度の液相スラグが生成し,活量勾配に従って,Fe2+の一部が生石灰側に拡散し,FeO-CaO相を生成すること,次いでCa2+が,2CaO·SiO2の周囲に生成した液相スラグを介してバルクスラグ側に拡散することを報告している。
本実験では試料条件によらず生石灰/溶融スラグの界面から生石灰の中心に向かってスラグが浸潤する様子が観察された。また,SEM/EDS分析では,試料条件によらず,生石灰と溶融スラグの界面に生成したFeO-CaO相,2CaO·SiO2含有相の生成は,拡散によって律速されたと考えられる。さらに,バルクスラグのFeO濃度は時間とともに低下し,CaO濃度は時間とともに上昇した。これらの結果は,試料条件によらず,バルクスラグ側から生石灰側にFe2+が拡散し,生石灰側からバルクスラグ側にCa2+が拡散したことを示唆しており,本実験においてもHamanoら8)と同様の機構で生石灰が溶融スラグ中に溶解したことが考えられる。
また,溶融スラグ中にP2O5が存在した場合,FeO-CaO相,2CaO·SiO2含有相の厚みの成長速度が大きかったことから,P2O5が,Fe2+の拡散,Ca2+の拡散を促進したと考えられる。この結果は,溶融スラグ中にP2O5が存在することで,バルクスラグのFeO濃度の低下速度,およびCaO濃度の上昇速度が大きくなったこと,高温レーザー顕微鏡による観察で生石灰が液状化した結果を矛盾なく説明できる。今回知見より,生石灰の溶解は,スラグ中にP2O5を添加することで促進されると考えられる。
Slag 2を用いた実験条件において2CaO·SiO2含有相中に高FeO濃度のFeO-CaO液相スラグが比較的多く観察された。これは,溶融スラグ中にP2O5が存在することで,2CaO·SiO2に固溶する物質が,2FeO·SiO2から,3CaO·P2O5に変化したことで,2CaO·SiO2中のFeO濃度が低下したことが原因と考えられる。
各試料条件において,2CaO·SiO2含有相中のFeO濃度は,Slagと記載した側の方が高い傾向があった。この理由として,Hamanoら8)が指摘したように,Fe2+の一部が高FeO濃度の液相スラグからバルクスラグ側に拡散したことが考えられる。Slag 1を用いた実験条件では,このバルクスラグ側に拡散したFe2+により,2CaO·SiO2と溶融スラグの界面近傍のFeO濃度が高まり,2CaO·SiO2中の2FeO·SiO2の割合が高くなったと推定される。
4・2 P2O5の効果Matsushimaら5)はCaO-SiO2-FeO溶融スラグ中で固体CaOを回転させる実験からCaOの溶解速度を調査し,このCaOの溶解速度は,バルクスラグと,2CaO·SiO2と平衡共存する液相スラグのCaOの濃度差,およびスラグ側の物質移動係数に影響を受けることを指摘している。そこで,この知見を基にバルクスラグのCaO濃度の変化に着目し,(3)式を用いて,溶融スラグ中のP2O5が生石灰の溶解速度に及ぼす影響を評価する。
| (3) | 
ここで,Kは容量係数(1/min),(%CaO)e,および(%CaO)bは,それぞれ1623 KにおけるCaO-SiO2-FeOx状態図における2CaO·SiO2と平衡共存する液相スラグのCaO濃度(mass%),および同状態図におけるバルクスラグのCaO濃度(mass%)であり,(%CaO)e−(%CaO)bは駆動力を表す。各試料条件の(%CaO)eは,保持時間が約75 minの条件で飽和組成に達したと考えて,この時間における(%CaO)bとした。ここではまず,P2O5が(3)式の駆動力に及ぼす影響について述べ,ついでKに及ぼす影響について述べる。
本実験条件の約75 min,および0 minにおけるバルクスラグの組成を1623 KにおけるCaO-SiO2-FeOx状態図13)にプロットした結果をFig.10に示す。同図中のt=0 minにおける各試料のスラグ組成は,Table 1に示した値を用いている。また,同図中に示した( )内の数字は,CaO-SiO2-FeOからなる三元系スラグの組成に修正した際のCaO濃度であり,各試料条件のt≒75 minにおける( )内の数字は,(%CaO)eである。同図中には2CaO·SiO2の液相線を太線で示している。また,同図中には,1623 KにおけるCaO-SiO2-30 mass%FeOx-P2O5状態図14)より,P2O5濃度が5.0 mass%のときの2CaO·SiO2-3CaO·SiO2と平衡共存する液相スラグの組成を示し,この組成を通る液相線を,同図中の2CaO·SiO2の液相線で近似して,破線で示している。約75 minの実験条件において,P2O5を含まないプリメルトスラグを用いた場合では,1623 Kにおける2CaO·SiO2の液相線近傍に存在し,5.2 mass%のP2O5を含むプリメルトスラグを用いた場合では,破線で示した2CaO·SiO2-3CaO·P2O5の1623 Kにおける液相線近傍に存在する。この結果は,両試料のバルクスラグの組成が,約75 minで飽和組成に到達したことを示す。また,溶融スラグ中にP2O5が存在することで,2CaO·SiO2と平衡共存する液相スラグのCaO濃度が上昇し,(3)式における駆動力が大きくなることを示す。同図中に示したCaO濃度より,本実験条件において,P2O5により(%CaO)eは約3.4 mass%上昇する結果をえた。なお,高温レーザー顕微鏡観察の結果では,P2O5を含むプリメルトスラグの方が,Ts とTe が低かった。この結果は,スラグへのP2O5の添加はそのスラグの液相線だけでなく,固相線も低下することを示唆している。

Chemical composition of the bulk slag at 0 min and approximately 75 min in the CaO-SiO2-FeOx phase diagram at 1623 K13).
(3)式を積分すると(4)式が得られる。
| (4) | 
ここで,(%CaO)0は,0 minにおけるCaO-SiO2-FeOx状態図上のバルクスラグの組成である。Fig.10に示した約75 minにおけるCaO濃度(=(%CaO)e),および0 minにおけるCaO濃度(=(%CaO)0),さらに,(%CaO)bを用いて,各実験条件におけるKを計算した。
Fig.11にKの経時変化を示す。図中の(5)式,(6)式は各試料条件のKの近似線である。Kは時間とともに低下し,生石灰の溶解速度を一次反応式で説明できなかった。また,約0.3 minにおいて,各試料条件におけるKはほぼ同じであるが,約4 min以降では,Slag 2の方が,Kが大きい。

Changes in the mass transfer capacity coefficient (K).
Kが時間とともに低下した理由として,生成した2CaO·SiO2含有相が,生石灰の溶解を妨げたこと1–3)が推定される。また,約4 min以降で,Slag 2のKが大きくなった理由の一つとして,Slag 2を用いた実験の高温レーザー顕微鏡観察において,生石灰が溶融スラグ中に沈んでいく様子が観察されたことから,反応界面積が大きかったことが推定される。この沈降の原因として,P2O5により溶融スラグから生石灰へのFe2+の拡散が促進されたことで,生石灰の密度が溶融スラグの密度に対し大きくなったことが考えられる。
本実験条件における反応界面積の評価は,実験上,困難であった。そこで,P2O5の効果を評価するために,Kの経時変化を関数化したFig.11中の(5)式,および(6)式を用いて,(%CaO)0と(%CaO)bの差であるΔ(%CaO)sの計算を試みた。
各試料条件において,この計算したΔ(%CaO)sの推移と,実際のΔ(%CaO)sの推移をFig.12に示す。各計算で用いた式,値は図中に示している。Calc.1,Calc.2は,それぞれSlag 1,Slag 2を用いた場合の計算線であり,実績値と概ね合致する。また,Calc.3は,Calc.2の(%CaO)e,およびCalc.1のKを用いた計算線である。これらの計算線の差である図中のα,βは,それぞれP2O5の添加による駆動力増大,K増大の効果を表す。

Changes in the calculated and observed Δ(%CaO)s.
約4 min以降の各実験条件において計算したα/(α+β)の値をFig.13に示す。α/(α+β)は0.6~0.7であり,本実験条件におけるP2O5の効果としては,駆動力増大の効果が大きい。従って,P2O5により,生石灰の溶融スラグへの溶解速度が増大した主な原因は,2CaO·SiO2と平衡共存する液相線を変化することによる(%CaO)eの上昇と考えられる。

Change in the value of α/(α+β).
β/(α+β)は0.3~0.4であり,これはP2O5によるKの増大効果である。このKの増大の理由の一つとして生石灰がスラグ中に沈降し,反応界面積が増大したことを述べた。しかし,実操業においては,強い撹拌条件により生石灰はスラグ中に巻き込まれ,この反応界面積を増大する効果は,より小さくなると推定される。
本論文では,P2O5が生石灰の溶融スラグへの溶解を促進すること,その主な原因は,P2O5による2CaO·SiO2と平衡共存する液相スラグのCaO濃度の上昇であることを明らかにした。この結果は,実機の溶銑脱りん処理において,生石灰の溶解速度は,P2O5濃度に応じて変化していることを示唆する。
P2O5は,脱りん反応の生成物であり,平衡論的な脱りん反応促進の上では,その濃度は低い方が好ましいものの,生石灰の溶解速度が脱りん反応を律速するような状況では,P2O5の存在は,生石灰の溶融スラグへの溶解反応を促進させるという反応速度論的な観点で,有効であると考えられる。
生石灰の溶融スラグへの溶解速度に及ぼすスラグ中P2O5の影響を明らかにするため,CaO-SiO2-FeOスラグとCaO-SiO2-FeO-5.2 mass%P2O5スラグを作製し,高温レーザー顕微鏡を用いて生石灰の溶融スラグへの溶解挙動を観察し,観察後の試料中における各相の組成をSEM/EDSにより分析した。得られた知見を以下に記す。
(1)CaO-SiO2-FeOスラグにP2O5を加えることで,生石灰へのスラグの浸潤速度が大きくなり,生石灰が溶解する。浸潤したスラグはFeOであり,時間とともにバルクスラグのFeO濃度が低下し,CaO濃度が上昇する。
(2)生石灰と溶融スラグの界面近傍には,2CaO·SiO2を主とする相,その生石灰側にはFeO-CaO液相スラグを主とする相が存在する。これら相の厚みは相関があり,P2O5を含むスラグを用いた方が大きい。この理由として,P2O5により,生石灰から溶融スラグへのCa2+の拡散が促進され,それに伴って,溶融スラグから生石灰へのFe2+の拡散が促進されたことが考えられる。
(3)P2O5のスラグへの添加により,生石灰の溶融スラグへの溶解が促進する主な原因は,2CaO・SiO2と平衡共存する液相スラグのCaO濃度の上昇である。
(4)P2O5は,脱りん反応の生成物であり,平衡論的な脱りん反応促進の上では,その濃度は低い方が好ましいものの,生石灰の溶解速度が脱りん反応を律速するような状況では,P2O5の存在は,生石灰のスラグへの溶解反応を促進させるという反応速度論的な観点で,有効であると考えられる。