Tetsu-to-Hagane
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Surface Treatment and Corrosion
Effect of Hydrogen Sulfide on Hydrogen Entry Behavior of Low Alloy Steel
Hiroyuki Fuji Taishi FujishiroMasayuki SagaraYasuhiro MasakiTakuya Hara
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2018 Volume 104 Issue 12 Pages 791-795

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Synopsis:

Effects of hydrogen sulfide (H2S) on behavior of hydrogen entering into low alloy steel were investigated using electrochemical hydrogen permeation technique. In this study, hydrogen entry sides were charged galvanostatically to control rate of hydrogen evolution reaction.

In pH 3.0 acetic buffer solution with 0.1 MPa H2S or N2, potential, charging current density and permeation current density were measured.

Hydrogen permeation current density had a linear relation to second root of hydrogen charging current density, which means hydrogen evolution reaction proceeds under Volmer-Tafel mechanism.

For analyzing the results of this study, the efficiency of hydrogen entry were calculated from the relationships among hydrogen charging current density, hydrogen permeation current density and hydrogen overpotential. It was found that the efficiency of hydrogen entry was drastically higher in H2S environment than in N2 environment.

On the other hand, the coverage of hydrogen atoms adsorbed on hydrogen entry side did not change in H2S environment.

All these results suggested that, although hydrogen coverage was not changed, hydrogen entry was accelerated in H2S environment.

1. 緒言

鉄鋼材料を高強度化する上で,腐食による水素脆化は大きな課題の一つである。これまでpHや温度等,水素侵入に及ぼす様々な環境因子について検討されてきた13)。中でも硫化水素(H2S)やシアン化物イオン(CN),ヒ素(As)等の水素侵入促進剤(poison)と呼ばれる物質が環境中に存在すると鋼材内部への水素侵入を著しく促進することが知られている49)。しかしながらその促進メカニズムについては未だ明らかになっていない。

水素発生反応はFig.1に示すように

  
H++eHad(I.Volmer)(1)
  
Had+HadH2(II.Tafel)(2)
  
Had+H++eH2(III.Heyrovsky)(3)
Fig. 1.

Schematic drawing of hydrogen evolution reaction.

という三つの素反応から成り立つと理解されている。まず水素イオンが還元されて(Volmer反応)電極表面に水素原子として吸着する。その後,吸着水素原子同士が再結合し水素ガスとなって脱離する(Volmer-Tafel機構)か,吸着水素原子がさらに水素イオンと電子をとり込んで水素ガスとなって脱離する(Volmer-Heyrovsky機構)かについては電極電位や環境に依存すると理解されている5)。一方,吸着した水素原子の内ごく一部は鋼材の中へ侵入する。鋼材内部へ侵入した水素原子が水素脆化の原因となる。

水素侵入促進剤のはたらきについて,例えばAndo and Yamakawa8)は硫化物,シアン化物およびヒ素化合物が水素ガスの脱離反応を抑制し,吸着水素原子濃度を高めることで水素侵入を促進すると述べている。また,Bockrisら9)は水素侵入促進剤により金属と水素原子の結合エネルギーが低下することで水素侵入が促進されると考察している。そのメカニズムについては電極表面に吸着した水素侵入促進剤と水素化物イオンHの静電的相互作用による説や水素侵入促進剤と電極金属のd軌道電子との相互作用による説,および電極表面において水素侵入抑制剤が水素イオンと比較して優先的に吸着する説を挙げている。これら従来提唱されている水素侵入促進機構は完全に相反するものではないにせよ,統一的な機構は現時点で確立されていない。

本論文では,原油・天然ガスを採掘する油井環境において代表的な水素侵入促進剤である硫化水素に着目した。油井模擬環境において電気化学的水素透過法を用いて水素侵入に及ぼす硫化水素の影響を調査した。得られた水素チャージ電流,水素透過電流および水素過電圧の関係についてIyerら11)が提唱した水素侵入解析モデル(I-P-Z モデル;Iyer-Pickering-Zamanzadehモデル)を適用し,水素侵入の素過程の観点から硫化水素による低合金鋼への水素侵入促進機構について検討した結果を述べる。

2. 実験方法

2・1 供試材

供試鋼にはTable 1に示す化学組成を有する鋼塊を実験室にて制御圧延・制御冷却したアシキュラーフェライト鋼を用いた。Fig.2に光学顕微鏡による組織観察写真を示す。供試鋼の降伏強度は429 MPa,引張強度は539 MPaであった。

Table 1. Chemical composition of specimen. (mass%)
CSiMnOthersFe
0.050.241.37Cr, Ni, Cu, Nb, TiBal.
Fig. 2.

Microstructure of specimen.

供試鋼に機械加工,機械研磨および電解研磨を実施し,1×40×40 mmの水素透過試験片を作製した。試験片の水素検出側の面にはNiめっきを施した。めっき液は45 g/L NiCl2+240 g/L NiSO4+30 g/L ホウ酸を混合して建浴したワット浴を用い,Ni板を対極として1 mA/cm2の電流密度で10分間電解めっきした。めっき層の推定厚さは約0.2 μmである。

Build up and Decay法により試験片の水素拡散係数DHを測定した結果,2×10−9 m2/sであった。

2・2 電気化学的水素透過試験

Fig.3に水素透過試験セルの模式図を示す。水素透過挙動の測定にはDevanathan-Stchurski型の水素透過試験セル12)を用いた。対極には白金を,参照電極には銀/塩化銀電極(飽和塩化カリウム)を用いた。水素透過試験は初めに板状の試験片を二つのセルで挟み込み,水素侵入側(左側)において腐食,もしくは外部電源を用いた陰極チャージによって水素を発生させる。水素侵入側表面に吸着した水素原子の内,水素検出側(右側)へ向かって試験片を透過した水素原子を外部電源によって酸化することにより透過水素量を電流値として測定する試験法である。

Fig. 3.

Schematic drawing of hydrogen permeation method.

水素侵入側の溶液には窒素ガスを通気して脱気した後,0.1 MPa硫化水素ガス(大気圧下において99.99%以上)を通気し硫化水素を飽和させた5.0% NaCl+1 M酢酸緩衝溶液(pH 3.0)を用いた。本試験溶液についてヨウ素滴定法によって硫化水素濃度を測定した結果,2500~2800 ppmの範囲内であった。比較のため窒素脱気のみ行った溶液においても試験を実施した。本試験のpH範囲において,硫化水素は解離せず分子のまま水溶液中に存在すると報告されており13),硫化水素ガスの通気によってpHに変動が無いことをあらかじめ確認した。水素検出側の溶液は0.1 N NaOH溶液を用いた。

初めに水素検出側の定電位分極を開始した。印加電位は水素拡散係数や水素透過電流が電位に依存しないとされている14)+0.148 V(vs. Ag/AgCl)に設定した。検出される電流値が0.5 μA/cm2以下で落ち着いたことを確認したのち,あらかじめ予備槽内において窒素脱気および硫化水素を飽和させた試験溶液を空気に触れないように試験セルに導入した。導入後,ただちに水素侵入側の定電流陰極チャージを開始し,鋼材に水素を添加した。まず予備水素チャージとして−1 mA/cm2の電流密度で5時間水素チャージを行い,試料中に水素を飽和させた。次に−100 μA/cm2~−10 mA/cm2の電流範囲でチャージ電流をステップ状に制御した。それぞれの電流の印加期間は定常状態に達するに十分な3時間とし,その時点における電位と水素透過電流を測定した。Fig.4に測定時の水素侵入側および検出側における電流と電位のプロファイルの模式図を示す。

Fig. 4.

Schematic drawing of hydrogen charging procedure.

2・3 I-P-Zモデルによる水素侵入効率解析

硫化水素による水素侵入促進効果についてIyerらの水素侵入モデル(I-P-Zモデル)11)を用いて解析した。以下にその方法について簡潔に示す。

Fig.5に水素透過試験における水素透過過程の模式図を示す。Fig.5には定常状態における試料内部の水素濃度プロファイルを併せて太線で示した。水素透過の過程は,まず水素侵入側溶液中の水素イオンH+が還元され試料表面に吸着水素原子Hadとなって吸着する。本試験では水素侵入側を定電流陰極チャージしているので,印加電流密度によってH+の還元反応速度を制御している。Hadの大部分は再結合し水素ガスH2となって電極表面から脱離するがHadの一部は試料内部へと侵入し吸収水素原子Habとなる。Habは試料内の水素濃度勾配を駆動力として水素検出側へ向かって試料内を拡散する。水素検出側は外部電源を用いて原子状水素が水素イオンへ酸化される電位に保持されているので,水素検出側へ到達したHabは瞬時にH+に酸化される。このとき酸化電流が水素透過電流Jとして測定される。理想的な定常状態における試料内部の水素濃度プロファイルは水素侵入側表面直下の水素濃度C0から水素検出側表面における水素濃度CL(=0)まで一直線となる。

Fig. 5.

Schematic drawing of hydrogen permeation steps and hydrogen concentration in the specimen under the stable condition.

I-P-Zモデルではi)水素発生反応がVolmer-Tafel機構である。ii)水素イオンの還元反応(H+→Had)および吸着水素原子の再結合反応(2Had→H2)は反応速度がはやく逆反応を無視できる。iii)水素原子の再結合反応(Tafel反応)が律速過程ではない。iv)水素侵入側表面においてHadとHabは局所平衡であるという前提をおいており,以下,その前提をもとに説明する。

Fig.5より水素透過電流Jは水素侵入側表面における水素侵入反応Had→Habとその逆反応Hab→Hadの反応速度の差であるので

  
J=F(kabsθkadsC0)(4)

と表すことができる。ここで,F:ファラデー定数,k:反応速度係数,θ:吸着水素の表面被覆率,C0:表面直下の水素濃度を表している。

また,Fig.4に示した水素濃度プロファイル(太線)にFickの第一法則を適用すると,C0

  
C0=JLDHF(5)

と表せる。L:試験片厚さ DH:水素拡散係数である。

(4),(5)式を整理すると

  
kads+DHLkabs=θC0(=1k")(6)

という関係が得られる。右辺は水素侵入側表面における吸着水素原子Hadの表面被覆率θと表面直下の水素濃度C0の比,すなわち水素侵入効率を表している。本解析において右辺の逆数をk”とおいた。k”が大きいほど水素侵入効率C0/θは大きくなり,水素侵入しやすいことを意味している。

一方,ii)の仮定より陰極チャージ電流密度ic

  
ic=i0(1θ)exp(αηFRT)(7)

と表すことができる。ここでi0:交換電流密度,α:転移係数,η:水素過電圧,R:気体定数,T:温度である。

(5),(6),(7)式は

  
icexp(αηFRT)=bi0k"J+i0(8)

と整理することができる。ここで

  
b=LDH(9)

である。

(8)式よりJic×exp(αFη/RT)の間には直線関係が成立する。陰極チャージ電流密度icを変えたときの(8)式の左辺を水素透過電流Jに対してプロットすれば直線の勾配からk”を求めることができる。

3. 実験結果

3・1 陰極チャージ電流,水素透過電流および電位の関係

Fig.6に水素侵入側表面に印加した陰極チャージ電流密度の平方根√icと水素検出側において測定した水素透過電流密度Jの関係を窒素脱気環境および0.1 MPa 硫化水素環境についてそれぞれ示す。どちらの環境においても√icJの間には直線関係が成立した。窒素脱気環境と硫化水素環境を比較すると硫化水素環境の直線の方が傾きは大きかった。したがってチャージ電流密度,すなわち水素侵入側における水素イオンの還元反応速度が同程度であっても硫化水素を飽和させた環境中では水素侵入が促進され,高い水素透過電流を示していることがわかる。

Fig. 6.

Relationship between second root of charging current density and permeation current density.

また,本試験条件において試験溶液の緩衝作用により試験前後のpHの変動は±0.1の範囲内におさまることを確認した。

Fig.7に窒素脱気環境および0.1 MPa硫化水素環境における電流密度と電位の関係を示す。縦軸の左軸にはチャージ電流密度を,右軸には水素透過電流密度を示した。陰極チャージ電流密度と電位の関係に着目すると,チャージ電流密度が100 μA/cm2の点においては0.1 MPa硫化水素環境の方が窒素脱気環境と比較して電位が卑であった。一方,−0.7 Vより卑な電位域において,チャージ電流密度は窒素脱気環境と硫化水素環境において同等の挙動を示した。

Fig. 7.

Relationship among potential, charging current density and permeation current density.

水素透過電流に着目すると−0.7 Vから−1.2 Vの電位域において窒素脱気環境における曲線と硫化水素環境における曲線の差は電位に依らず一定であった。硫化水素による水素侵入促進効果に関しては4・3章において吸着水素原子の表面被覆率θの観点から考察する。

4. 考察

4・1 水素発生反応過程の推定

水素侵入側表面においてTafel反応によって電極表面から脱離する水素ガスに相当する電流密度irは反応速度係数をkrとすると

  
ir=Fkrθ2(10)

と表すことができる。(4),(6),(9),(10)式よりkabskadsおよびθを消去すると,

  
J=k(bFkr)1ir(11)

と整理することができる。また,電荷保存則から各電流密度の関係は

  
ic=J+ir(12)

であり,iciに対して十分に大きいことを考慮すると,比例定数Kを用いて

  
J=Kir=K(icJ)Kic(13)

の関係が得られる。

したがってチャージ電流密度の平方根√icと水素透過電流密度Jに直線関係が成立する場合,水素発生反応はVolmer-Tafel機構で進行すると考えられる8)。本試験条件においてもFig.6より√icJに直線関係が成立したことから,硫化水素の有無にかかわらず水素発生反応はVolmer-Tafel機構であると判断し,I-P-Zモデルを用いて水素侵入機構を解析した。

4・2 I-P-Zモデルによる水素侵入効率の解析

(8)式に本試験において得られたチャージ電流密度ic,水素透過電流密度Jおよび水素過電圧η(=浸漬電位と水素の平衡電位との差)を代入した。(8)式の左辺に示した電気化学パラメータic×exp(αFη/RT)と水素透過電流Jの関係をFig.8に示す。転移係数αは0.5とした。窒素脱気環境においても硫化水素環境においてもJic×exp(αFη/RT)の間には直線関係が成立した。直線の傾きは硫化水素環境の方が窒素脱気環境と比較して緩やかだった。(8)式の関係より,直線の傾きから求めた水素侵入効率k”(=C0/θ)の値は窒素脱気環境では7.9×10−7 mol/cm3であった。一方,0.1 MPa硫化水素環境ではk”は2.2×10−5 mol/cm3と相対的に高い値を示した。k”の比較からも硫化水素環境では窒素脱気環境と比較して水素侵入効率が高いことを明らかにした。

Fig. 8.

Relationship between permeation current density and ic×exp (αFη/RT).

4・3 水素の表面被覆率に及ぼす硫化水素の影響

Fig.9に水素過電圧ηとI-P-Zモデルを用いて算出した窒素脱気環境および硫化水素環境おける吸着水素原子の表面被覆率θの関係を示す。ここで水素過電圧ηとは水素侵入側表面における水素イオンの還元反応の駆動力を表しており,絶対値が大きいほど駆動力が高いことを意味する。吸着水素原子の表面被覆率は水素過電圧の絶対値の上昇にともない増大した。一方,窒素脱気環境においても硫化水素環境においても水素過電圧と吸着水素の表面被覆率は同一の関係で表すことができた。本解析結果によると硫化水素は水素の表面被覆率に影響をおよぼさなかった。

Fig. 9.

Relationship between hydrogen overpotential and hydrogen surface coverage.

したがって今回検討した試験溶液中においては,従来提唱されている吸着水素原子の表面被覆率増大による水素侵入促進機構は適用できなかった。式(6)より,水素侵入効率k”は水素侵入反応Had→Habおよびその逆反応Hab→Hadの反応速度係数kabskadsに依存するので,硫化水素によって電極表面における水素侵入の反応速度係数のバランスが変化し,水素侵入を促進していると考えられる。

Kawashimaら13)は0.1 N HClO4−0.1 N NaClO4溶液(pH 1.1)中において炭素鋼の分極測定を実施し,硫化水素が電極表面で自由電子を受け取ってH2Sとなり,水素イオンへの電子供与を容易にすることによってカソード反応を促進するメカニズムを提唱している。一方,Yamakawaら15)は1 N CH3COOHと1 N CH3COONaを容積比1:5で混合した緩衝溶液(pH 3.5)中においてSCM鋼の分極測定を実施し,酢酸緩衝溶液中では上記のような硫化水素によるカソード反応の促進は見られないと報告している。硫化水素の作用機構に及ぼすpH,硫化水素濃度およびアニオン種の影響については今後の検討事項である。

5. 結言

窒素脱気または0.1 MPa 硫化水素ガスを通気したpH 3.0の酢酸緩衝溶液において定電流陰極チャージによって低合金鋼に水素を添加しながら水素透過試験を行った。得られた電流と電位の関係についてIyerらの水素侵入モデル(I-P-Zモデル)を用いて解析した。主な結果を以下に示す。

(1)同じチャージ電流であっても硫化水素通気により水素侵入は促進され,水素透過電流密度は上昇した。

(2)本試験条件において,水素発生反応はVolmer-Tafel機構により進行した。

(3)硫化水素は水素の表面被覆率に影響をおよぼさず,電極表面における水素侵入の反応速度係数のバランスを変化させることによって鋼材への水素侵入を促進していると考えられる。

文献
 
© 2018 The Iron and Steel Institute of Japan

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