Tetsu-to-Hagane
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Mechanical Properties
Theoretical Discussion of Dislocation Strengthening in Cold Rolled Iron
Setsuo TakakiToshihiro Tsuchiyama
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2018 Volume 104 Issue 2 Pages 117-120

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Synopsis:

In work hardened metals, it is known that the strength of metals is heightened with increasing dislocation density. In the case of cold worked iron, dislocation is introduced heterogeneously and forms dislocation cell structure. Yield stress increases with an increase of volume fraction of cell wall where dislocation density ρ is much higher than the matrix. Applying the composite model to cold worked iron with dislocation cell structure, it was theoretically explained that linear relationship is realized between √ρ and the increment of strength Δσ, so called Bailey-Hirsch relation. On the other hand, the Bailey-Hirsch equation; Δσ[GPa]=18√ρ/109 was constructed from the experimental data which were already reported for cold worked iron. In previous papers, dislocation density was measured directly by transmission electron microscopy. As a result, it was confirmed that experimental data agree well with the result which was theoretically introduced based on the composite model and that the above Bailey-Hirsch equation can be applied for cold worked iron in which dislocation density is below 4×1014/m2 at least.

1. 緒言

金属の加工硬化が転位の導入によって起こることは周知の事実となっているが,BaileyとHirschは,加工した銀の降伏応力が転位密度の平方根に比例して増大することを最初に示した1)。それ以来,この関係はBailey-Hirschの関係と呼ばれるようになった。鉄は工業的に重要な構造用金属材料であるため,古くから加工硬化に関する研究が行われ,透過型電子顕微鏡を用いて実測した転位密度と降伏応力に関してBailey-Hirschの関係が議論されてきた26)。転位密度は,単位体積中に存在する転位の全長で定義され,転位強化を支配する最も重要な因子であることに間違いないが,転位強化のメカニズムについては,不明な点も多く残されている。たとえば,転位強化を説明する理論としては,長範囲の転位の応力場を考慮に入れた長範囲応力理論(long-range stress theory)と短範囲での転位間相互作用を考慮した林立転位理論(forest theory)が提唱され,長い間,両者の正当性について議論が為されてきた。しかし,Marukawaは,多くの実験結果から判断して林立転位理論が妥当との結論を得ている7)。林立転位モデルが正しいとするならば,Bailey-Hirschの関係は均一な転位分布のときに成り立つべきと思われるが,不均一な転位分布でその関係が成立するのは不思議に思われる。これに関連して,Mughrabiら8,9)は,セル壁とセル内で応力分配が生じていることを指摘し,両者の強度と体積率を考慮にいれたComposite modelを提案した。そして一般論として,セル壁とセル内の転位密度を平均化した値で転位強化量を評価できると報告している。一方,Lan2,3)は,加工した鉄について,透過電子顕微鏡でセル壁とセル内の転位密度を実測し,加工に伴う転位の密度や分布の変化を詳細に調査している。本稿では,Lanが報告した転位密度のデータを使用し,Composite modelに基づいて転位密度と転位強化量の関係を定量的に見積もることを試みた。また,鉄のBailey-Hirschの関係について,これまでに報告された実験結果と計算結果を比較して,転位セル組織を有する鉄の転位強化機構について検討を行った。

2. 転位の均一分布を仮定した場合の転位強化

転位密度ρ[m−2]は単位体積中の転位の全長で定義され,加工した金属では,転位の応力場が遠くで他の転位の応力場によって打ち消されるように配列しているため,転位の応力場の半径rとしては,転位の平均間隔の1/2を取ればよいとされている10)。この考え方に基づけば,転位の応力場の総体積はπr2ρで与えられ,これが単位体積1 m3に等しいことになるので,πr2ρ=1という関係から次式が成立する。

  
r=(1/π)1/2/ρ(1)

一方,転位の線張力T[N]については,剛性率Gと転位のBurgersベクトルbの関数として次式で与えられる。

  
T=βGb2(2)

βは,転位の線張力係数と呼ばれる因子であり,転位芯の半径r0,転位の応力場の半径r,転位の性質に依存した定数kの関数として次式で与えられる。

  
β=(1/4πk)ln(r/r0)(3)

r0の値については1 nm以下の値とされている10)。また,ポアソン比をνとすると,kの値は刃状転位で(1−ν),らせん転位で1という値をとるので,一般的な混合転位については,平均的な値としてk≒0.86という値を用いることができる。rについては,転位密度ρとの関係で(1)式で与えられるので,ρに任意の値を代入することで,βの値を計算で求めることができる。Fig.1に,r0の値を0.5 nm,0.75 nm,1 nmと置いて計算した結果を示している。なお,転位密度については,Bailey-Hirschの関係と対応付けるために横軸を ρ として整理している。十分に焼鈍した金属でも1012/m2程度の転位が残存するとされているので10),ここでは転位密度の下限値を1012/m2として計算した。計算結果は,焼鈍材におけるβの値は0.5~0.6であり,転位密度の増大とともにその値が次第に小さくなることを示している。教科書ではβ=0.5として紹介されることが多いが,それは,析出強化や結晶粒微細化強化などの強化機構を説明する際に,転位密度が低い状態を暗黙の前提条件としているためである。Fig.1の結果が,転位が不均一に分布した転位セル組織にそのまま適用できるか否かについては今後の課題として残されるが,少なくとも三次元空間で転位が均一に分布した組織については信頼できる値が得られていると思われる。たとえばラスマルテンサイトでは,相変態によって転位が導入されるために転位の分布は比較的均一であり,Fig.1の結果からβの値は0.2~0.3と見積もることができる。

Fig. 1.

Relation between dislocation density and the line tension factor of dislocation.

一方,林立転位理論に基づいて,転位強化量Δσは次式で与えられる。

  
Δσ=2MβGb/λ(4)

ここで,Mλは,それぞれTaylor因子とすべり面上での林立転位の平均間隔である。λについては,λ≒2rと考えてよいので,(1)式からρの関数として見積もることができる。鉄(bcc)については,M=2,G≒80 GPa,b≒0.25 nmと置くことができる。βについては,Fig.1の結果を用いることができる。これらの値をすべて代入して得られたρとΔσの関係をFig.2に示す。転位芯の大きさの見積もり方で若干異なった結果が得られているが,いずれにせよ広い転位密度の範囲では直線的なBailey-Hirschの関係が成立しないことが分かる。ここに示した結果は,βλの見積もりに関して転位の均一分布を前提条件としているので,“転位が均一に分布した組織については,広い転位密度の範囲で議論する限り,直線的なBailey-Hirschの関係が成立しない”ということを示している。高転位密度側でΔσの増加率が小さくなるのは,Fig.1の結果から分かるように,転位密度の増大とともにβの値が小さくなるためである。1015/m2程度の高い転位密度を有し,しかも転位が均一に分布した組織を塑性加工で得ることは困難であるが,上述のように,マルテンサイト変態を利用するとこれに近い組織が得られる。純鉄でマルテンサイト組織を得ることは困難であるが,炭素量が0.2%以下のマルテンサイト鋼については,(1±0.5)×1015/m2の転位密度が報告されている1113)。また,炭素含有量と引張り強さの関係から,炭素を全く含まない鉄のマルテンサイト(純鉄マルテンサイトと呼ぶ)の引張り強さについては,約0.71 GPaと見積もられている14)。純鉄の室温での摩擦力は0.05~0.06 GPaなので15),純鉄マルテンサイトの転位強化量は,0.71 GPaからこれを差し引いて0.65~0.66 GPaと見積もることができる。図中にはこの強度に対応する転位密度を示しており,純鉄マルテンサイトの転位密度としては1015m2程度と見積もられる。この値は上述の低炭素マルテンサイト鋼の転位密度にほぼ一致している。また,Fe-18%Ni合金のマルテンサイトについては,転位密度が約2×1015/m2で,冷間加工しても転位密度がほとんど変化しないことが確認されている16)。本合金の降伏応力は約0.8 GPaであり,転位密度と降伏応力の関係は,Fig.2の計算結果とほぼ一致する。Niは,固溶強化によって基地の摩擦力を増大させるが,一方で剛性率を低下させる働きがあるため,マルテンサイト組織では,両者が相殺されて見かけ上Ni添加の影響が現れないことも明らかにされているので17),本合金の引張り強さは,純鉄マルテンサイトの降伏応力にほぼ等しいと見なして良い。著者らは,極低炭素のマルテンサイト鋼に関して,パケットやブロックなどのミクロ組織を大幅に変化させても降伏応力にほとんど影響しないことを確認しているので14)Fig.2の結果は,極低炭素マルテンサイト鋼の降伏応力が,転位の均一分布を前提とした林立転位モデルで説明できることを示唆している。

Fig. 2.

Relation between dislocation density and the increment of strength, which was calculated by the forest model under the condition of uniform dislocation distribution.

1015/m2を超える量の転位を塑性加工で導入しようとすると,転位密度の増加だけでなく基地の結晶粒微細化が起こることが確認されている18,19)。ビッカース硬さで評価すると,約2 GPa-HV以上になると塑性加工による結晶粒微細化が顕著となり,4 GPa-HV以上になると加工硬化の機構が転位強化から結晶粒微細化強化に遷移することも分かっている20)。基地の組織変化を伴う領域での転位強化を議論するにはさらに詳細な調査が必要なので,本稿では,このような基地の組織変化が起こらない2 GPa-HV以下の強度レベルに限定して,以下,降伏応力に及ぼす転位分布の影響を検討する。

3. Composite modelによる転位強化の見積もり

計算において転位の均一分散を仮定するとρとΔσの間で直線的なBailey-Hirschの関係は成立しないが,実験結果がBailey-Hirschの関係に従うのは,加工によって導入される転位が,実際には均一ではなく,転位密度の高い領域と低い領域に分離して不均一に導入されるためと考えられる。転位密度が高い領域はセル壁,セル壁で囲まれた領域は転位セルと呼ばれる。Mughrabiら8,9)は,セル壁とセル内で応力分配が生じていることを指摘し,両者の強度と体積率を考慮にいれたComposite modelで加工硬化の説明を試みている。その結果,一般論として,転位強化量がセル壁とセル内の転位密度を平均化した値で評価できると報告している。ここでは,Composite modelを用いて,平均転位密度と転位強化量の関係を定量的に見積もることを試みた。加工率が大きくなるほど転位セルの大きさが小さくなり,セル壁の占める体積割合が増大して平均転位密度が高くなるが,Lanらは,冷間加工に伴う転位セルの大きさ2)や転位セル内部とセル壁の転位密度,セル壁の厚さなどを詳細に調査し3),平均転位密度との関係を定量的に評価している。著者は,Lanらの結果を基にして,転位セルの大きさとセル壁の厚さの関係からセル壁の体積率Vwを求め,Fig.3に示す結果を得た。転位セル内の転位密度は,セル壁のそれに対して十分に低いことが分かっているので3),ここではそれを無視している。セル壁の転位密度ρwは一定ではなく,セル壁の体積率が大きくなるにつれて増大することがわかる。ただし,セル壁の転位密度が無限に増大することはないので,ここではLanらのデータとの適合性ならびに純鉄の飽和転位密度(約1015/m2)を考慮に入れて,妥当な近似曲線を決定した(実線)。なお,平均転位密度ρについては,基地の転位密度をゼロと仮定しているので次式で与えられ,計算結果を図中に破線で示している。

  
ρ=ρw×Vw(5)
Fig. 3.

Relation between dislocation density and the volume fraction of cell wall. Plotted data were calculated from the results reported by Lan et al.2,3)

Composite modelでは,セル壁領域を硬質相,セル内部を軟質相として取り扱うので,加工した鉄の降伏応力σyは次式で与えられる。

  
σy=σ0(1Vw)+σwVw(6)

ここで,σ0は摩擦力,σwはセル壁の強度である。セル壁部の転位強化量はσwσ0で与えられるのでこれをΔσwσyσ0を材料の転位強化量Δσとおくと,上式は次のように簡略化できる。

  
Δσ=ΔσwVw(7)

セル壁の内部では,転位が密に絡み合った構造を有しており,転位の分布は微視的には比較的均一と考えることができる。したがって,セル壁部の転位強化量Δσwについては,Fig.2の結果を適用できるであろう。手順としては,Fig.3Vwに対応するρwを決定し,ρwに対応するΔσwFig.2の結果から見積もることで,最終的に材料の転位強化量ΔσVwの関数として求めることができる。一方,平均転位密度ρVwの関数として(5)式で与えられるので,Vwを介してΔσρの関係を導出できる。得られた結果をFig.4に示す。転位芯の大きさによって転位強化量は若干異なっているが,転位密度の低い領域(4×1014/m2以下)ではρとΔσの間にほぼ直線的な関係が成立することが分かる。ちなみに,その領域での転位強化量は,次式で与えられる範囲内にあることが予想される。

  
Δσ[GPa]=(15~19)×ρ/109(8)
Fig. 4.

Relation between dislocation density and the increment of strength, which was calculated by the composite model for cold worked iron with dislocation cell structure.

平均転位密度ρに対して,均一な転位分布を前提条件とした場合,上述のように,ρとΔσの間で直線的な関係は成立しない。しかし,冷間加工した鉄にComposite modelを適用して転位強化を評価すると,見かけ上,Bailey-Hirschの関係が成立するようになる点は興味深い。

4. 実験で得られたBailey-Hirschの関係

転位密度が低い試料については,透過型電子顕微鏡を用いて転位密度を直接求めることが可能で,冷間加工した鉄についても,転位密度ρと降伏応力σyの関係が議論されてきた26)。代表的な結果をFig.5にまとめて示す。σyρの間に右上がりの相関性があり,全体的な傾向としては(8)式と合致しているように見受けられる。データのバラツキの原因として,転位密度の測定誤差があることは間違いないが,鉄の摩擦力が材料の化学成分,試験温度21)ならびにひずみ速度22)に依存して変化するため,研究者によってその値が異なることも一つの要因となっている。そこで,降伏応力から摩擦力を差し引いた値Δσを転位強化量と考え,ρとの関係で整理し直した結果をFig.6に示す。データのバラツキはかなり小さくなり,少なくとも4×1014/m2以下の転位密度の鉄については,次式で表されるBailey-Hirschの関係が成立することが分かる。

  
Δσ[GPa]18×ρ/109(9)
Fig. 5.

Relation between dislocation density and yield stress in cold worked iron. Dislocation density was measured by transmission electron microscopy.

Fig. 6.

Relation between dislocation density and the increment of strength in cold worked iron, which is produced by dislocation strengthening.

そこで,この結果の妥当性を検証するために,計算値と実験値の比較を行った。Fig.7に,転位の均一分散モデルとComposite modelに基づいた計算結果,ならびにFig.6に示したデータをまとめて示している。また,90%までの冷間圧延を施した鉄に関して,X線回折法で見積もった転位密度と降伏応力の関係23)も合わせて示している(●印)。破線で示した直線は,(9)式で与えられる関係を示しており,全体的にComposite modelに基づいて計算した結果とほぼ一致している。実験データは破線に沿って分布しており,この結果は,転位セル組織を有する鉄については,加工硬化挙動がComposite modelに基づいた強化機構で説明でき,具体的な転位強化量が(9)式で見積もられることを示している。なお,転位セル内には6×1012~3×1013/m2程度の転位が存在し,その影響を含めてComposite modelで計算すると実験結果をうまく説明できないことも確認した。この事実は,転位セル内の転位が強度に対して顕著な影響を及ぼさないことを示唆している。一方,転位の均一分布モデルで推定される値は,転位強化の理想値とも言えるもので,転位の分布を制御することで更なる強化が可能なことを示唆している。

Fig. 7.

Relation between dislocation density and the increment of strength, which was calculated on the basis of two kinds of model. The radius of dislocation core was put at 0.75 nm.

以上の結果より,転位セル組織を有する鉄の強化機構について,1)短範囲での転位の相互作用を前提とした林立転位モデルの適用が妥当であること,2)転位セル組織を有する鉄についてはComposite modelを適用することによってBailey-Hirschの関係をうまく説明できること,3)少なくとも90%までの冷延材については(9)式で転位強化量を評価できることが明らかとなった。

文献
 
© 2018 The Iron and Steel Institute of Japan

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