Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
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ISSN-L : 0021-1575
Mechanical Properties
Influences of Effective Grain Size and Ni Content on Brittle Crack Arrest Toughness of High Strength Steel Plates
Hiroyuki Shirahata Takehiro InoueKohsaku Ushioda
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2018 Volume 104 Issue 3 Pages 145-154

Details
Synopsis:

Brittle crack arrest toughness in high strength steel plates with a thickness of 25 mm containing various amounts of C, Mn and Ni manufactured by several controlled-rolling (CR) conditions in a laboratory was investigated using ESSO tests to quantitatively clarify the metallurgical factors affecting arrest property. Arrest toughness of the steel plates was improved by low temperature and high reduction of CR. Optical and scanning electron microscopies revealed that arrest toughness correlates with the refinement of the effective grain size. The addition of Ni was confirmed to improve arrest toughness. Since grain refinement is not recognized in Ni bearing steels, it is attributed to the intrinsic effect of Ni, which is probably manifested as the increase in ductile fracture surface and randomness of crack propagation directions. Considering these effects, a simple equation predicting TKca4000 was derived by linearly combining the effects of the Ni content and the effective grain size.

1. 緒言

近年,輸送効率向上のために船舶の大型化が進んでおり,船体の強度確保と軽量化のために,厚手高強度鋼材が要求されている。特に大型コンテナ船では積載個数の増加にともない,降伏点(YP)が390~460 N/mm2級で板厚が70 mmを超える鋼板が必要とされる1)。板厚が厚くなると,いわゆる板厚効果によって,脆性破壊の発生特性だけでなく伝播停止特性(以下,アレスト性と表記)も低下するため,通常の造船Eグレードのシャルピー衝撃特性を満たす鋼材であっても長大き裂を停止させるのは困難であることが近年明らかとなった2)。そのため,厚手高強度鋼においては,従来鋼にも増してアレスト性の確保が重要な課題となっている。

アレスト性に影響を及ぼす金属学的因子としては,マトリクス靭性,有効結晶粒径,集合組織等が挙げられる。マトリクス靭性を向上させる合金元素としてはNiがよく知られている。従来知見はNiを単純に添加したもの3)が大半であり,組織変化の影響を分離してNi自体の影響を明確に示した例は少ない。Niの効果としては,低温域での降伏強さの上昇抑制4,5),き裂周辺の歪み緩和等によるへき開破壊応力上昇6),という2つの機構が提唱されている。これらは,本質的にはすべり変形の助長,すなわち転位の易動度増加に起因すると考えられ,最近の研究でNi添加により転位移動の活性化エネルギーが低下することが実験的に示された7)。Ni以外で靭性を向上させる元素としては,Mn,Moが報告されている8,9)。しかし,Mnの効果は極低C化により消失することから,粒界炭化物の微細化によるものと考えられる10)。Moは炭化物を形成しやすく,Cが存在する状態では固溶軟化による靭性向上効果は期待しにくい9)

有効結晶粒径の微細化はアレスト性を向上させるが,これは微細化にともない破面の単位面積当たりのティアリッジ合計長さが増加し,破面形成エネルギーが増加するためと解釈される11)。微細化の手段としては,低温加熱,制御圧延(CR:Controlled Rolling)および加速冷却(ACC:Accelerated Cooling)の強化が効果的とされる。

集合組織が発達した鋼では,靭性の異方性が強く,鋸歯状にき裂が伝播する,あるいはセパレーションと呼ばれる板面に平行な割れが発生することがある。集合組織から靭性異方性や伝播経路を予測する試みはいくつかなされている1214)が,アレスト性に及ぼす影響については報告例15)が少ない。

上記知見の大半はフェライト(α)+パーライト組織の鋼に関するもので,ベイナイトが主体となる高強度鋼での検討例はほとんど見られない。また,Ni添加や,細粒化の常套手段であるCR強化は,工業的には低コスト化や高生産性の要求に逆行する手段であるため,最小限に留めることが望ましい。そのため,必要Ni量とCR条件の最適化指針が求められるが,CR条件を考慮したNiとミクロ組織の定量的な影響度については明らかにされていない。

本研究は以上の背景を踏まえ,厚手高強度高アレスト鋼の開発指針を確立することを最終的な目的として,アレスト性支配因子を明確化するために行ったものである。本報では,実験室溶解インゴットを用いて,熱間圧延により板厚25 mmの鋼板を製造し,小型ESSO試験により評価したアレスト性と各支配因子との関係を詳細に調査した結果について報告する。

2. 実験方法

供試鋼は0.11%C-0.3%Si-1.4%Mn-0.01%Nb-0.01%Ti-0.03%Al -0.004%N鋼(ここでは,mass%を%として略記)をベースにC,Mn,Ni量を変化させた実験室溶解鋼である。230 mm厚の150 kg鋼塊を用いて,熱間圧延により25 mm厚,320 mm幅の鋼板を製造した。製造条件は,1150°Cで90 min(5.4 ks)加熱し,1000~1050°Cで粗圧延を行った後,開始温度850°C,累積圧下率50%でCRを実施するプロセスをベースに,一部の供試鋼でCR条件(圧延開始温度,累積圧下率)を変化させた。圧延が完了後30 s経過してから,水量密度1 m3/m2・minで室温までACCを行い,その後テンパー処理を施した。テンパー条件は550°Cで15 min(900 s)の保持をベースとして,強度をほぼ一定にそろえるために,CR条件に応じて温度を若干調整した。主要元素添加量と製造実績をTable 1に示す。ベース成分の鋼Aに対して鋼B,CはNiを単純に添加したもの,鋼D,Eは炭素等量(Ceq)が鋼Aと等しくなるようにMnを減らしてNiを添加したもの,鋼FはMnによるNi代替の可能性を検証するためCeqが鋼Cと同等になるようにMnを増量したものである。ここで,用いたCeqの式をTable 1に示す。また,鋼A1~A5はNi無添加,鋼C1~C5はNiを1%添加,鋼G1,G2はCを0.06%としてCR条件を変化させたものである。鋼G1,G2についてはα+パーライト組織とするため圧延後空冷した。上述した製造条件の概略をFig.1に示す。鋼板のt/4(t:板厚)部から圧延方向(RD:Rolling Direction)に対して直角方向(TD:Transverse Direction)にJIS A2号引張試験片(平行部6φ,ゲージ長24 mm),およびRDに2 mmVノッチシャルピー試験片を採取し,試験に供した。RDおよびTDに垂直な断面のミクロ組織が観察できるようにサンプルを採取し,ナイタール腐食後,光学顕微鏡観察を行った。アレスト性は温度勾配型ESSO試験により評価した。さらに,ESSO試験後の破面をSEM(Scanning Electron Microscope)で観察し,有効結晶粒径に相当すると考えられる破面単位を測定した。

Table 1. Chemical compositions (mass%) and manufacturing conditions of the steels tested.
SteelChemical compositionCRTempering
C
(%)
Mn
(%)
Ni
(%)
Ceq
(%)
Temp.
(°C)
Reduction
(%)
Temp.
(°C)
A10.111.3800.3485050550
A20.111.3900.3495050620
A30.111.3900.3478050550
A40.111.4100.3585075550
A50.111.4100.3578075570
B0.111.390.490.3785050550
C10.111.390.990.4185050550
C20.111.410.990.4195050620
C30.111.410.990.4178050550
C40.111.401.010.4185075550
C50.111.401.010.4178075570
D0.111.200.500.3485050550
E0.111.001.000.3485050550
F0.111.8100.4185050550
G10.061.4000.2985050
G20.061.3900.2995050

Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5

Fig. 1.

Schematic diagram of manufacturing process.

なお,ESSO試験については,供試鋼板の幅が320 mm程度であるため,標準試験片と同一のノッチ形状を有し,幅だけが300 mmである小型の試験片を用いた。タブ板は厚さ35 mm,幅500 mm,長さ800 mmのものを使用し,打撃エネルギーは39 J/mm,試験機のピン間距離は3100 mmとした。アレスト靭性試験方法規格16)によれば,ESSOの推奨試験片幅は350~1000 mm,温度勾配は0.25~0.35°C/mmとされる。300 mm幅で推奨温度勾配を適用すると,試験が困難となる可能性がある(き裂伝播したときの応力拡大係数K値の変化が,材料のアレスト性の温度依存性に近く,条件をうまく選定しないとアレストしにくい)ため,本研究では0.4~0.7°C/mm程度と大きめに設定した。試験片幅を300 mmとしたことによる脆性き裂伝播停止靭性Kcaへの影響は不明であるが,温度勾配を大きくするとKcaは低めに評価される16)

3. 実験結果

3・1 CR条件の影響

Ni無添加(以下では0%Niと略記)鋼A1~A5のRD断面,t/4部における光学顕微鏡ミクロ組織をFig.2に示す。ベース条件であるCR開始温度850°C,累積圧下率50%(以下,850°C×50%のように略記)の組織はαとベイナイトが混在する組織である。これに対して950°C×50%では粗大なαおよびベイナイト組織となっている。一方,780°C×50%では低温で生成したと思われるベイナイトに交じって粗大なαが多数見られるが,これは圧延完了から水冷開始までの間に生成したものと推定される。850°C×75%ではベースよりもα分率は大きいが必ずしも細粒とはなっていない。780°C×75%ではやや混粒気味ではあるが,これらの鋼の中では最も細粒となった。

Fig. 2.

Influence of CR condition on optical microstructure for 0.11%C-1.4%Mn steels (steel A; RD cross section).

1%Ni添加でCR条件を変化させた鋼C1~C5のRD断面の光学顕微鏡ミクロ組織をFig.3に示す。Ni添加によりAr3変態点が低下したため,Fig.2と比べて全体的に焼きが入った組織となっている。CR条件の影響としては,温度が低く累積圧下率が大きいほど概ね組織が細かくなる傾向が見られるが,CR開始850°Cでの圧下率の影響は不明確である。また,0%Ni鋼の780°C×50%CRで見られたような粗大αは,1%Ni鋼では認められない。

Fig. 3.

Influence of CR condition on optical microstructure for 0.11%C-1.4%Mn-1%Ni steels (steel C; RD cross section).

0.06%CでCR温度を変化させた鋼G1,G2は圧延後空冷したため,α+パーライト組織を呈していた。パーライト分率はともに10%以下で,α粒径はCR温度が低いG1で12 μm,G2で16 μmであった。

Fig.4に,0%Ni鋼のCR条件にともなうYP,引張強度(TS),破面遷移温度(vTrs)の変化を示す。CR条件に応じてテンパー温度を調整したこともあり,強度変化はあまり大きくない。一方,vTrsは強CR条件ほど低温化する傾向が見られる。図では示さないが,1%Ni鋼の場合は強度が0%Ni鋼よりも全体的に80 N/mm2程度高く,CR条件にともなう強度やvTrsの変化の傾向は0%Ni鋼と同じである。これらに比べると0.06%C鋼は強度が低く,CR温度によりYPvTrsに差が生じた。後述するアレスト性指標も含め,全供試鋼の機械的性質をTable 2にまとめて示す。

Fig. 4.

Effect of CR condition on YP, TS and vTrs for 0.11%C-1.4%Mn steels (steel A).

Table 2. Mechanical properties of the steels tested.
SteelYP*1
(N/mm2)
TS*2
(N/mm2)
vTrs*3
(°C)
TKca4000*4
(°C)
A1459564–82–22
A2438558–56–1
A3441555–94–9
A4446547–88–24
A5430522–105–39
B490603–90–34
C1539641–87–42
C2545648–68–19
C3547633–103–44
C4524632–97–41
C5552611–141–59
D466570–95–24
E432552–94–41
F508612–96–23
G1407437–98–3
G2311426–8617

*1: Yield point *2: Tensile strength *3: Fracture appearance transition temperature *4: Crack arrest temperature at Kca=4000 N/mm1.5

次に,小型ESSO試験の結果について述べる。鋼A5の一部でスプリットネイル状の破面形態が確認されたが,その他はすべてサムネイル状であった。鋼A1~A5,C1~C5のKcaと1/Tの関係をFig.5に示す。アレニウスプロットの傾きは供試鋼により異なる。しかし,その原因は不明であること,および設定応力に達する前に脆性き裂が発生またはき裂が分岐したものを除くとデータが不十分な鋼があることを考慮して,今回調査した全鋼種の平均的な傾きをもってFig.6のように線を引き直した。上に述べたような前提のもと,Kcaが4000 N/mm1.5となる温度(TKca4000)をアレスト性の評価指標とした。その結果,0%Ni鋼の場合,CR条件850°C×50%(ベース)に対して,950°C×50%,780°C×50%ではアレスト性が低下,850°C×75%は同等,780°C×75%では向上することが判明した。ESSO破面のSEM観察を行った結果,Fig.7に示すようにベース条件と比べて950°C×50%では破面単位(破線の領域;ここでは煩雑さを避けるため代表的なものだけを明示し,広範な領域において定量化した結果を後述)が大きくなるが,780°C×75%では小さくなり,ミクロな延性破面の割合も増える傾向が認められた。1%Ni鋼の場合には0%Ni鋼よりKcaが向上する。しかし,1%Ni鋼のCR条件によるKcaの変化は,0%Ni鋼と異なり組織が微細化した780°C×50%CRにおいてアレスト性の低下が見られないことを除けば,0%Ni鋼とほぼ同様であった。0.06%C鋼の場合も,CR温度が低い方がアレスト性は良好であった。0%Ni,1%Ni,および0.06%C鋼のCR条件によるTKca4000の変化をFig.8に示す。CR温度850°Cにおける累積圧下率の影響がほとんど見られなかった原因については不明瞭であるが,CR強化により概ねアレスト性は向上すること,CR条件によらずNi添加でアレスト性が向上することがわかる。また,α+パーライト組織である0.06%Cでは全体的にアレスト性が低い。この点については後で考察する。

Fig. 5.

Compact ESSO test results showing the effect of CR condition on the relationship between Kca and 1/T for 0.11%C-1.4%Mn (steel A) and 0.11%C-1.4%Mn-1%Ni steels (steel C), where T is crack arrest temperature.

Fig. 6.

Compact ESSO test results drawn using the average slope for temperature dependence of Kca by omitting invalid plots.

Fig. 7.

Influence of CR condition on fracture surface in ESSO specimen corresponding to – 40°C for 0.11%C-1.4%Mn steels (steel A). CR condition is (a) 850°C×50%, (b) 950°C×50% and (c) 780°C×75%. The dashed lines show cleavage facet boundaries.

Fig. 8.

Effect of CR conditions on TKca4000 for 0.11%C-1.4%Mn (steel A), 0.11%C-1.4%Mn-1%Ni (steel C) and 0.06%C -1.4%Mn steels (steel G). (Online version in color.)

3・2 NiおよびMnの影響

NiおよびMnの添加量にともなう光学顕微鏡ミクロ組織(RD断面)の変化をFig.9に示す。ここでのCR条件は850°C×50%のベース条件である。Mn量一定でNiを添加すると,変態点の低下によりベイナイト分率が増加する(Fig.9(a),(b),(c))。一方,Ceqが一定でNiを添加した場合は,1%Ni添加でもミクロ組織はほとんど変わらない(Fig.9(a),(e),(f))。また,1.8%Mn鋼はCeqの等しい1.4%Mn-1%Ni鋼よりもベイナイト分率は若干少ない(Fig.9(c),(d))。

Fig. 9.

Influences of Ni and Mn contents on optical microstructure of steels (CR: 850°C×50%; RD cross section).

Ni,Mn量にともなうYPTSvTrsの変化をFig.10に示す。Mn量を1.4%と一定でNiを添加した場合にはYPTSはともに上昇する。一方,Ceq一定の場合は,Niを添加しても強度はほぼ一定となる。vTrsは1%Ni添加で最高10°C低温化する程度であり,Niの影響はそれほど大きくない。Mnを1.8%に増量することによりYPTSは50 N/mm2程度上昇するが,その上昇代はCeqの等しい1.4%Mn-1%Ni鋼よりも小さく,0.7%程度のNi添加に相当する。vTrsは1.4%Mn鋼から1.8%Mn鋼にすることで低下しているように見えるが,その影響は不明確であり,詳細な検討が必要である。

Fig. 10.

Effects of Ni and Mn contents on YP, TS and vTrs.

アレスト性は,Fig.11(Fig.6と同様,平均的な傾きを採用)に示したESSO試験結果からわかるように,Ni量の増加にともない向上する。ただし,0.5%Niでは向上しない場合もあるため,確実にアレスト性向上効果を享受するためには0.5%超のNi添加が必要と考えられる。一方,1.8%Mn鋼はベース条件と同等であり,vTrs低下効果は認められたがアレスト性向上効果は認められない。Fig.12にNi量にともなうTKca4000の変化を示す。1%Ni添加によるTKca4000の変化代は約20°Cであり,Ohmoriらがテーパ形DCB(Double Cantilever Beam)試験で求めた結果4)よりも大きい。1.4%Mn鋼(ベース条件),1.4%Mn-1%Ni鋼および1.8%Mn鋼のESSO破面のSEM像(−40°C相当位置のt/4部)をFig.13に示す。Mn増量,Ni添加による破面単位の明らかな微細化は認められない。したがって,Ni添加の効果は変態点の低下に起因した組織微細化効果ではなく,それ以外の寄与,すなわちマトリクス靭性向上の効果が大きいものと推察される。

Fig. 11.

Compact ESSO test results showing the effect of Ni and Mn contents. (Online version in color.)

Fig. 12.

Effect of Ni content on TKca4000.

Fig. 13.

Influence of Ni and Mn content on fracture surface in ESSO specimen corresponding to – 40°C for (a) 1.4%Mn (steel A), (b) 1.4%Mn-1%Ni (steel C) and (c) 1.8%Mn steels (steel F). The dashed lines show cleavage facet boundaries. White and black arrows show large tear-ridge and dimple-like fracture surface, respectively.

4. 考察

4・1 アレスト性に及ぼす有効結晶粒径の影響

一般に,へき開破壊応力や延性−脆性遷移温度は結晶粒径の−1/2乗で整理できることが知られている1719)。この粒径依存性は,降伏強さに関するHall-Petchの関係と同様,結晶粒界における転位の堆積モデルで説明されることが多い。これは,ある外部応力のもとで粒径の半分程度の距離を移動して粒界に堆積した転位を考え,それらによる応力集中が臨界値に達したときに脆性き裂が発生するという条件から,粒径の−1/2乗との相関が導かれている20)

Fig.14に実測して求めた破面単位(dF)とTKca4000との関係を,成分で層別して示す。ここで,dFは−40°Cに相当する位置のt/4,t/2部における400×600 μmの領域のSEM写真上で,ティアリッジやコントラストの違いを参考に境界を描画し,市販の画像解析ソフトウェアにより平均円相当径として算出した。アレスト性指標であるTKca4000dFの−1/2乗との間にも,延性−脆性遷移温度と同様の直線関係が認められる。また,この直線の傾きは−27°C/mm−1/2程度と,成分によらずほぼ一定である。0.06%C鋼はα+パーライト組織,それ以外はα+ベイナイトまたはベイナイト主体組織であるが,アレスト性に及ぼすdFの影響度はほぼ等しいことがわかる。dFが等しい場合,アレスト性は低Cの方が良好であることになる。この差の原因は,主に硬質第二相(ここではセメンタイトの分率,サイズ)に起因するものと考えられるが,詳細はさらなる検討が必要である。なお,今回の直線の傾きは,脆性き裂発生特性に関する従来知見2124)の−9~−18°C/mm−1/2と比べて大きくなっている。遷移温度の粒径依存性は経験式であり,その係数は剛性率,表面エネルギー等の影響を受けると考えられるが,物理的意味は不明確である。伝播の場合も,粒界でティアリッジを形成することでエネルギーが消費されるはずであるため,細粒ほどアレストしやすいという結果は妥当と考えられる。

Fig. 14.

Relationship between dF–1/2 and TKca4000.

粒径を考慮してアレスト現象を定式化した従来知見は見当たらない。そこで,細粒化にともない破面の単位面積当たりのティアリッジ合計長さが増加することで,破面形成エネルギーが増加するという単純なモデルに基づいて,アレスト性の粒径依存性を考察してみる。

エネルギー平衡の観点から脆性き裂の伝播を扱う際には,き裂進展にともなうポテンシャルエネルギーの変化を表すエネルギー解放率Gを考えるのが便利である。き裂が動的に伝播する場合,ポテンシャルエネルギーをΠ,物体に蓄えられる歪みエネルギーをU,外力による仕事をF,運動エネルギーをEk,き裂面積をAとすると,次式(1)が成り立つ25)

  
G=dΠdA=dFdAdUdAdEkdA(1)

き裂進展によって一対の表面が形成されるので,単位面積当たりの表面エネルギーをγSとすると,

  
F=2γSA(2)

となる。ここで,直径dの結晶粒を考え,き裂伝播の際のエネルギー吸収がティアリッジのみで行われると仮定する。ティアリッジ単位長さ当たりの生成エネルギーをαtとすると,エネルギーは以下のように表される。

  
γSπ(d/2)2=αtπd(3)
  
γS=4αt/d(4)

直径2aの円盤状き裂を有する無限体(ヤング率:E,ポアソン比:ν)のき裂面に垂直な引張応力σが負荷されているとき,き裂の存在によって解放されている歪みエネルギーは,平面歪み状態を仮定すると,以下のように表される26)

  
U=8(1ν2)a3σ23E(5)

Ekは,き裂が停止する直前では無視できるほど小さいと考え,式(1)に式(2),(4),(5)を代入して,さらにσ(πa)1/2Kcaで置き換えれば,次の式(6)が得られる。

  
G=8αtd4(1ν2)aσ2πE=8αtd4(1ν2)Kca2π2E(6)

G=0が伝播停止の条件であるから,

  
Kca=2π2Eαt1ν21d(7)

となり,Kcaの粒径依存性が導かれた。

後述するように,本研究で得られたKcaも粒径(破面単位dF)の−1/2乗依存性を示すことが実験的に確認されている。なお,dFFig.14に示すように17~40 μm程度の範囲にあり,これがどのような組織単位に対応するかは明らかにされていない。この点については別途詳細な検討をしており,別報で議論する予定である。

4・2 アレスト性に及ぼすNiの影響

Ni添加によるアレスト性の向上は組織微細化に起因するものではないことから,式(7)のαt増加による効果と考えられる。αtは,Kcaを有効結晶粒径の−1/2乗で整理したときの直線の勾配から求めることができる。そこで,Fig.15に示すように,Ni無添加および1%Ni添加鋼の−30°CにおけるKca(データ数が少ない鋼を除き,Fig.5に示したような個々のアレニウスプロット勾配で求めた値を使用)と破面単位の関係からαtを算出した。その結果,0%Ni鋼では1.1 N(=Nmm/mm)であるのに対して,1%Ni鋼では1.6 Nと50%ほど大きな値となった。

Fig. 15.

Relationship between dF–1/2 and Kca[–30°C].

αtはティアリッジ単位長さ当たりの生成エネルギーであるので,その増加はESSO試験片の破面上にティアリッジ高さの増加のような形で表出してくることが予想される。そこで,各鋼の破面SEM像を比較してみる。Fig.13に例示したように,Ni添加鋼では破面上で白く観察されるティアリッジ(白矢印)やディンプル状の延性破面(黒矢印)の割合が大きいように見える。そこで,−40°Cに相当する位置の表層,t/4,t/2部における400×600 μmの領域のSEM写真を用いて,画像解析ソフトにより上記の延性破面が抽出されるように二値化処理を行い,平均延性破面率を算出し,TKca4000との関係をプロットした結果をFig.16に示す。Ni量とともに延性破面率が増加しており,これがTKca4000の低温化,すなわちアレスト性の向上と対応していることがわかる。

Fig. 16.

Relationship between fraction of ductile fracture area and TKca4000.

次に,Aiharaらによる手法27,28)を参考にして,破面上におけるき裂伝播方向の詳細な解析を実施した。実例をFig.17に示す。まず,へき開破面のリバーパターンを観察して,き裂伝播方向を示す矢印を記入する。次に,Fig.18に示すように,マクロな伝播方向に一致するx方向を1,z方向を2,−x方向を3,−z方向を4と定義して,各方向に対して±45゜の範囲に含まれる矢印の数をそれぞれ数え,nj(j=1~4)とする。全矢印の数ntotalに対するn2+n3+n4の割合が大きいほど破面は複雑なものになると考えられるため,これを方向変化率と定義して,破面の複雑さを表す指標とした。測定対象は鋼A1,B,C1として,Fig.13の延性破面率の解析で使用したSEM写真を用いて行った。Ni添加量と方向変化率との関係をFig.19に示す。測定データは少ないものの,Ni添加にともない方向変化率は増加する,すなわちき裂伝播方向はよりランダム化する傾向が認められる。

Fig. 17.

Examples of crack propagation directions for (a) 1.4%Mn (steel A) and (b) 1.4%Mn-1%Ni steels (steel C).

Fig. 18.

Definition of ratio of propagation direction change.

Fig. 19.

Relationship between Ni content and ratio of propagation direction change.

Niにより延性破面率が増加,あるいはき裂伝播方向がランダム化した原因については,Fig.20のように考える。すなわち,1つの結晶粒を正方形で表し,き裂の伝播方向を矢印で示す。マクロな伝播方向は左から右とする。(a)は初期状態を表し,き裂先端は直線状であるとする。そこから右側の結晶粒にき裂が伝播する際には,局所的なへき開応力が限界値を超える必要がある。この条件を満たさない粒ではき裂がアレストし,き裂先端は直線状ではなくなる。Ni添加によりへき開破壊応力の限界値が増加すると仮定すれば6),アレストする粒の比率が増加すると考えられる。これが(b)の状態である。一旦アレストした粒のき裂先端は鈍化してしまうために,伝播が再開することはない。その代わりに,隣接した結晶粒からき裂が方向を変えて伝播することで,マクロなき裂進展が生じる。このとき,異なる方向から伝播してきたき裂がぶつかる部分には,大きなティアリッジ(延性破面)が形成されると考えられる。この状態が(c)である。さらにき裂が進展すると(d)のようにティアリッジが増加し,最終的には(e)に示すようなティアリッジを多く含む破面が形成される。

Fig. 20.

Schematic illustration showing the mechanism for improvement of arrest toughness by Ni addition. (Online version in color.)

4・3 アレスト性支配因子定量化の検討

前述したように,結晶粒微細化は脆性き裂伝播の抵抗となる粒界の頻度を高め,Ni添加はティアリッジ面積の増加により粒界の抵抗力を高めることでアレスト性を向上させると考えられる。ここでは,アレスト性の定量的評価を試みる。Fig.14に示したように,TKca4000はNi量で層別され,破面単位(dF)依存性はNi量によらず一定であった。また,dFが等しければ,1%Ni添加によりTKca4000は約20°C低温化することがわかる。したがって,アレスト性に及ぼすdFの効果とNiの効果は,ほぼ加算できるものと推察される。そこで,TKca4000dF−1/2とNi量の線形関係で表されると仮定して重回帰分析を行い,下記の式(8)を得ることができた。

  
TKca4000=27.2×dF1/223.3×[Ni%]+166(8)

(適用板厚:25 mm;dFの単位:mm)

上式によるTKca4000の計算値は,Fig.21に示すように実測値とよく対応することが確認された。したがって,この式を用いることにより,所定のアレスト性を確保するための必要Ni量と有効結晶粒径に関する組織の必要条件が推定できる。例えば,CR条件と組織との関係を別途把握しておけば,Ni添加によるCR条件緩和の指針が得られることになる。コンテナ船に適用される鋼板は板厚50 mm以上の厚手材が主体であるため,実際の鋼材開発やプロパー製造に活用するためには,板厚方向の組織および集合組織分布を考慮したアレスト性予測式の構築が必要である。

Fig. 21.

Relationship between calculated TKca4000 and measured TKca4000.

5. 結言

高強度鋼のアレスト性支配因子の明確化を目的に,実験室溶解・圧延により製造した板厚25 mmの鋼板を用いて小型ESSO試験を行うことにより,アレスト性に及ぼす有効結晶粒径とNiの影響について検討した。得られた知見を以下に示す。

(1)CR強化(低温圧延化,累積圧下率増加)によりアレスト性は向上した。この効果は組織微細化によるものと解釈され,破面単位の−1/2乗とアレスト性指標との間には直線関係が成り立つことを確認した。

(2)アレスト性に及ぼす有効結晶粒径の影響度は,α+ベイナイトおよびベイナイト主体組織鋼とα+パーライト鋼とでほぼ同等であった。

(3)Ni添加によりアレスト性は向上した。Niによる破面単位の微細化は認められず,き裂伝播方向のランダム化や延性破面率の増加が確認された。したがって,Niの効果はマトリクス靭性の向上に起因するものと推察される。

(4)Mn増量による明瞭なアレスト性向上効果は認められなかった。

文献
 
© 2018 The Iron and Steel Institute of Japan

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