Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
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Chemical and Physical Analysis
In-situ Observation of Dislocation Evolution in Ferritic and Austenitic Stainless Steels under Tensile Deformation by Using Neutron Diffraction
Shigeo Sato Asumi KurodaKozue SatohMasayoshi KumagaiStefanus HarjoYo TomotaYoichi SaitoHidekazu TodorokiYusuke OnukiShigeru Suzuki
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2018 Volume 104 Issue 4 Pages 201-207

Details
Synopsis:

To investigate the characteristics of dislocation evolution in ferritic and austenitic stainless steels under tensile deformation, neutron diffraction line-profile analysis was carried out. The austenitic steel exhibited higher work hardening than the ferritic steel. The difference in the work hardening ability between the two steels was explained with the dislocation density estimated by the line-profile analysis. The higher dislocation density of the austenitic steel would originate from its lower stacking fault energy. Dislocation arrangement parameters indicated that the strength of interaction between dislocations in the austenitic steel was stronger than that in the ferritic steel. This would mainly originate from the difference in dislocation substructures; while dislocation tangle, which can be prompted by the cross slip, was expected in the ferritic steels, highly dense dislocation walls induced by planar glide of dislocations as well as the tangle were expected in the austenitic steel. It was confirmed that the stronger interaction between dislocations in the austenitic steel resulted in the smaller strain field of dislocation. Consequently, the coefficient for the root square of dislocation density in the Bailey-Hirsh equation became smaller in the austenitic steel. X-ray diffraction line-profile analysis was also carried out for the tensile-deformed specimens. The dislocation arrangement parameter evaluated by X-ray diffraction was smaller than that evaluated by neutron diffraction. This would be caused by the difference in the relationship between the loading direction and the scattering vector. On the other hand, the dislocation density evaluated by both methods was almost identical.

1. 緒言

塑性変形に伴う加工硬化はBailey-Hirshの式1)で示されるように,おおよそ転位密度の平方根に比例して進行する。転位増殖中に転位の切り合い,反応,対消滅等が生じるが,それら現象には結晶系や積層欠陥エネルギーが関わる。一般にフェライト系鉄鋼の積層欠陥エネルギーは高く,交差すべりを介した転位の対消滅が生じやすい。一方,オーステナイト鋼の積層欠陥エネルギーは低いため転位は拡張し,交差すべりが起こりにくい。このような特徴は転位増殖に影響すると共に転位の配列状態にも影響する。したがって,変形中の転位密度とその配列状態に関する定量的な評価とそれに基づく強化機構の議論が必要となる。

金属ミクロ組織内の転位の評価にはX線回折や中性子回折によるラインプロファイル解析を用いることができる。ラインプロファイル解析ではピークの半価幅や形状をもとに結晶のミクロひずみと回折に対してコヒーレントな領域(結晶子)サイズが求められる。古典的には回折パターンの結晶子サイズ効果と転位によるミクロひずみ効果を分離するWilliamson-Hall法2)やWarren-Averbach法3)が用いられてきた。ただし,結晶方位による弾性異方性が著しい鉄鋼では,回折面による非等方的なピークの拡がりが生じる。例えば,純鉄の単結晶の弾性定数から多結晶の弾性定数をKrönerモデル4)から求めると{100},{111}面においてそれぞれ169,245 GPaとなり,結晶面による大きな差がある。このような結晶面による弾性定数の違いは,ミクロひずみの異方性を生じさせるため,回折ピークには回折面に対し非等方的なピーク拡がりが観測される。Ungárらは,転位によるミクロひずみの結晶方位異方性を考慮したmodified Williamson-Hall / Warren-Averbach法57)を提案した。転位密度,転位間相互作用の強さ,結晶子サイズが精度良く求められ,鉄鋼をはじめ多くの金属材料に応用されている811)。さらに近年では,modified法の理論を基礎とし,結晶子サイズ効果によるラインプロファイルと転位によるミクロひずみのラインプロファイルをコンボリューションし理論ラインプロファイルを求め,それを測定から得られる回折パターンに直接フィットするCMWP(Convolutional Multiple Whole Profile)法12)が提案され,容易に転位密度を求めることが可能になった。これらの方法を用いることにより,結晶子サイズと転位密度,転位配列状態を求めることでそれらパラメータの相関性について議論し,先に述べた結晶系や積層欠陥エネルギーとの関係,加工硬化への影響について議論することが可能になると期待される。

本研究ではフェライト系ステンレス鋼とオーステナイト系ステンレス鋼の引張変形中の転位増殖過程について,パルス中性子回折を用いたラインプロファイル解析により評価する。結晶子サイズ,および転位配置パラメータそれぞれの転位密度に対する相関性を求め,結晶系,積層欠陥エネルギーとの関係を考察し,また,それらパラメータの加工硬化への影響を解析する。また,中性子回折は実験機会に制約があるため,汎用的な実験室X線回折装置においても同様な測定を行えることが望ましい。そこで,引張変形による塑性ひずみを与えた試料に対しX線回折ラインプロファイル解析を行い,X線回折と中性子回折とで得られる転位パラメータの違いについて検証する。

2. 実験方法

オーステナイト系およびフェライト系ステンレス鋼として,それぞれ316L(Fe-12Ni-17Cr-2Mo-1Mn-0.7Si-0.017C-0.018N)および430(Fe-16Cr-0.7Mn-0.14Si-0.28Ni-0.017C)ステンレス鋼板(以下,それぞれオーステナイト鋼,フェライト鋼)を試料に用いた。中性子回折測定に用いた引張試験片ゲージ部サイズは55 mm(L)×5 mm(W)×1.9 mm(T)とした。なお,電子顕微鏡観察とX線回折測定には小型引張試験片を用い,そのゲージ部サイズは15 mm(L)×3 mm(W)×0.5 mm(T)とした。

パルス中性子回折測定はJ-PARC MLFのBL19(匠ビームライン)で行った。中性子回折実験時のJ-PARCの出力は400 kWであった。荷重試験器は入射方向に対し45°傾けた配置とし,検出器バンクは入射方向に対し,90°方向に配置している。散乱ベクトルは荷重方向に対し平行または垂直となるが,ラインプロファイル解析では散乱ベクトルが荷重方向に対し平行となる検出器バンクを用いた。入射中性子のビームサイズは5×5 mm2とし,検出器前には観察領域を5 mmに絞るラジアルコリメーターを利用した。引張変形に伴うひずみ量はひずみゲージによりモニターし,ひずみ速度は3.0×10−5 s−1とした。引張試験中の回折パターンは300 sごとに取得し,0.009の公称ひずみ量ごとに回折パターンが得られることになる。装置由来のラインプロファイルを求めるために,純鉄およびオーステナイト鋼のアニール材の回折パターンを測定した。ラインプロファイル解析にはCMWP法を用い,結晶子サイズ,転位密度(ρ),転位によるひずみ場の大きさ(Re)を求めた。CMWP法は結晶子サイズ由来のラインプロファイルと転位による格子ひずみのラインプロファイルに装置由来のラインプロファイルをコンボリューションし,実験プロファイルにフィッティングする方法である。各々のラインプロファイルのフーリエ係数を掛け合わせフーリエ変換することで,理論ラインプロファイルを導いている。結晶子サイズは対数正規分布を仮定し,そのラインプロファイルは次式で表される。

  
I S ( s ) = 0 T sin 2 ( T π s ) ( π s ) 2 erfc { log T m 2 σ } d T (1)

また,格子ひずみフーリエ係数の実部ADは次式で計算される。

  
A D ( L ) = exp { 2 π 2 g 2 L 2 ε g , L 2 } (1)

ここで,Lは実空間長さ,gは回折ベクトルの大きさである。〈ε2g,L〉はWilkensのひずみ関数 f ( L R e ) 13)を用い,

  
ε g , L 2 = ( b 2 π ) 2 π ρ C f ( L R e ) (2)

と表せる。bはバーガースベクトル,〈C〉は平均コントラストファクターである。転位密度と転位によるひずみ場の大きさをもとに,転位配置パラメータ ( M = R e ρ ) が求められる。M値はReを転位間の平均距離 ( 1 / ρ ) で規格化した無次元数である。M値が大きいとき転位間の相互作用が弱い状態を表し,転位がランダムに分布している状態を示唆し,一方,M値が小さいときは転位間相互作用が強く,転位同士のひずみを打ち消すように配列している状態を示唆する。

X線回折の鉄鋼に対する検出深さは10 μm程度であり試料の極表層の情報となる。中性子とX線にて同等の情報が得られる条件を検討するため,電解研磨によりエッチングし,X線回折ラインプロファイル解析によるミクロ組織の深さ方向分析を行った。X線回折測定には高フラックスと高分解能が得られるBragg-Brentanoジオメトリーの回折装置(D8 Advance,Bruker AXS製)を用いた。Cu管球から発生するX線はJohansson分光結晶により単色化し,CuKα1線を試料に入射した。なお,金属組織観察には走査型電子顕微鏡(JSM-6610L,JEOL製)を用い,EBSD(TSL製)によるOIM(Orientation Imaging Microscopy)解析を行った。EBSD観察は電子線加速電圧を20 kVとし,0.3 μmステップサイズで観察を行った。

3. 結果および考察

3・1 引張変形に伴うミクロ組織変化

オーステナイト鋼とフェライト鋼の真応力−真ひずみ線図をFig.1に示す。オーステナイト鋼の加工硬化はフェライト鋼のそれに比べ顕著であり,伸びも大きい。オーステナイト鋼とフェライト鋼に対し,それぞれ真ひずみ0.27,0.26における引張軸方向のIPF(Inverse Pole Figure)マップとKAM(Kernel Average Misorientation)マップをFig.2に示す。オーステナイト鋼には多数の双晶を確認でき,積層欠陥エネルギーが低いことが示唆される。Fe-Ni-Cr-Moオーステナイト系ステンレス鋼の積層欠陥エネルギー(SFE)は次式により求められる14)

  
SFE ( mJ / m 2 ) = 53 + 6.2 ( % Ni ) + 0.7 ( % Cr ) + 3.2 ( % Mn ) + 9.3 ( % Mo ) (1)
Fig. 1.

True stress-strain curves of the austenitic and ferritic stainless steels. (Online version in color.)

Fig. 2.

EBSD maps of (a and b) the austenitic and (c and d) ferritic steels at true strain of 0.27 and 0.26, respectively: (a and c) tensile-direction IPF and (b and d) KAM maps. Tensile direction is parallel to the horizontal direction. (Online version in color.)

オーステナイト鋼の積層欠陥エネルギーは約55 mJ/m2となり,双晶や積層欠陥の形成に十分低いことを確認できる。従って,引張変形時のオーステナイト鋼の転位は拡張し,転位運動の抵抗が大きく,また交差すべりを介した転位の対消滅が生じにくい。この結果,顕著な転位増殖によって,高い加工硬化を示したと考えられる。一方,フェライト系ステンレス鋼の積層欠陥エネルギーは一般に高い。このためFig.2中には双晶を確認できない。フェライト鋼の転位はほとんど拡張せず,交差すべりを介した転位の対消滅が生じやすくなるため,転位増殖が進みにくいと考えられる。一方,フェライト鋼のKAM値はオーステナイト鋼のKAM値より高く,KAM値から予想される転位密度はフェライト鋼のほうが高いことを示唆している。ただし,KAMは主にGN(geometrically necessary)転位のみに影響されるため,この結果のみからフェライト鋼の転位密度がオーステナイト鋼のそれより高いとは判断できない。

3・2 引張変形中の転位キャラクターの変化

引張変形に伴う回折パターンの変化の例として,真ひずみ0.05および0.18の回折パターンをFig.3に示す。回折ピークはlow-K側に非対称な拡がりを持つが,TOF回折計に特有な形状である。この影響は装置由来のラインプロファイルとしてコンボリューションし,フィッティングを行っている。真ひずみが大きくなると回折ピーク幅は拡がる。その拡がりの変化を評価するにはWilliamson-Hall法2)が直接的である。回折ピークの半価幅∆Kはミクロひずみεの増加と結晶子サイズDの微細化により,散乱ベクトルの大きさ(K=2sinθ/λθ:回折角,λ:波長)に対し次のように表される。

  
Δ K = 0.9 D + ε K (1)
Fig. 3.

Neutron diffraction patterns of (a and b) austenitic and (c and d) ferritic steels at the true strain of (a and c) 0.05 and (b and d) 0.18. The broad and thin lines denote the measured and calculated patterns from the CMWP procedure, respectively.

ただし,回折ピークには非等方的な拡がりが生じる。Modified Williamson-Hallの式57)は,平均コントラストファクター〈C〉によりその補正を行う。

  
Δ K 0.9 D + ( π B 2 b 2 2 ) ρ K C + O ( K 2 C ) (2)

ここで,bρはそれぞれバーガースベクトルの大きさ,転位密度を表す。また,Bは転位のひずみ場の大きさに対する変数である。立方晶のhkl回折に対する〈C〉の変化は次式で表される。

  
C h k l = C h 00 ( 1 q h 2 k 2 + k 2 l 2 + l 2 h 2 ( h 2 + k 2 + l 2 ) 2 ) (3)

qはらせん転位と刃状転位の割合により定まる。Fig.3に対するmodified Williamson-HallプロットをFig.4に示す。オーステナイト鋼のプロット勾配は真ひずみ0.18で顕著に増加する。一方,フェライト鋼のそれはひずみ量の増加に伴う勾配の変化は小さい。(2) 式からプロット勾配は転位密度および転位のひずみ場の大きさをパラメータとするが,オーステナイト鋼では変形に伴う転位によるミクロひずみの増加がフェライト鋼のそれに比べ大きいことが示唆される。

Fig. 4.

Modified Williamson-Hall plots of (a) austenitic and (b) ferritic steels at the true strains of 0.05 and 0.18 from the diffraction patterns in Fig.3.

CMWP法ではFig.3に示すように回折パターンに理論ラインプロファイルを直接フィットし,転位密度,M値,結晶子サイズを求める。オーステナイト鋼15)およびフェライト鋼について,それら転位パラメータの真ひずみに対する変化をFig.5に示す。オーステナイト鋼とフェライト鋼のいずれも真ひずみと共に転位密度は増加する。ただし,転位密度の増加率はオーステナイト鋼で顕著であり,主に積層欠陥エネルギーの違いに起因すると考えられる。また,転位密度増加に伴い,転位間のひずみ場を打ち消す相互作用が生じやすくなるため,M値は小さくなる。転位増殖が進むと共に転位のタングル形成が進む。タングル内では転位間距離が小さく,転位のひずみ場を打ち消す転位間相互作用が強まる。その結果M値が低下したと推定される。交差すべりを介した転位の切り合いによりタングル形成が促されることを踏まえると,オーステナイト鋼よりもフェライト鋼でタングルが発達しやすいと考えられる。一方,タングル形成がM値低下の主因であればフェライト鋼のM値がオーステナイト鋼のそれに比べ低い値をとるべきだが,オーステナイト鋼のM値がより低い値を示している。積層欠陥エネルギーが低いオーステナイト鋼ではプラナー転位運動により,Talyor latticeを形成する16)。Taylor latticeでは転位ダイポール群列が形成されるため,Reが小さくなり,M値が低下したと考えられる。Zhangらはオーステナイト−フェライト二相鋼中の引張変形に伴う転位形成を透過電子顕微鏡観察により比較し,フェライト中でタングル形成に伴う転位セル形成が進む一方,オーステナイト中では単一すべり面上にプラナー転位が集積したTaylor latticeや高密度転位壁が発達することを報告している17)。高密度転位壁中の転位は転位間距離が小さいため転位間相互作用が強く,M値が低くなると考えられる。オーステナイト鋼にはタングル形成と共にTaylor latticeや高密度転位壁も形成し,低いM値を示したと推定される。

Fig. 5.

Dislocation density, dislocation arrangement parameter (M), and area-weighted crystallite size (<x>area), vs. the true strain for the austenitic15) and ferritic steels. (Online version in color.)

転位密度は結晶子サイズや転位間の相互作用に直接影響するが,その相関性を明らかにするため転位密度に対する結晶子サイズとM値の関係を整理した結果をFig.6に示す。結晶子サイズはオーステナイト鋼とフェライト鋼の結晶系の違いに関わらず,転位密度に対し結晶子サイズが同一線上にプロットされた。つまり,本研究における引張変形の塑性ひずみ量の範囲内においては,結晶子サイズが主に転位密度のみに依存することを示唆している。結晶子サイズはセル内部とセル壁それぞれの結晶子サイズの平均値と考えられるが,セル内部とセル壁の体積比に対する転位密度との関係がオーステナイト鋼とフェライト鋼で同様な傾向を示したためと考えられる。一方,M値と転位密度との関係では,フェライト鋼 のM値がオーステナイト鋼よりも高い値を示すことが明らかになった。積層欠陥エネルギーが高いフェライト系ステンレス鋼では転位間相互作用が相対的に弱くなることを示している。

Fig. 6.

Area-weighted crystallite size and dislocation arrangement parameter as a function of dislocation density. (Online version in color.)

3・3 ラインプロファイル解析から求められる転位パラメータと加工硬化との関係

転位密度から求められる強度はBailey-Hirshの式1)で説明できる。

  
σ = σ 0 + M T α G b ρ (4)

ここで,MTαGはそれぞれTaylor因子,定数,剛性率である。ラインプロファイル解析を行った最も低い真ひずみの転位密度 ( ρ 0 ) を基準に,その真ひずみからの加工硬化量(∆σ)は次のように表せる。

  
Δ σ = M T α G b ( ρ ρ 0 ) (5)

真応力−真ひずみ線図から求められた加工硬化量と転位密度の関係をFig.7に示す。転位密度の平方根に対し,加工硬化量はほぼ直線的に変化し(5)式の関係を満たすことを確認できる。Fig.7の直線勾配はオーステナイト鋼よりもフェライト鋼で大きく,転位の単位長あたりの加工硬化増加はフェライト鋼のほうが大きいことがわかる。フェライト鋼の剛性率をそれぞれ76.6 GPa18),76.9 GPa19)とすると,(5)式のMTα値はそれぞれ0.59,0.75となる。EBSDによりTaylor因子を求めた結果,変形初期から変形中に至るまで,オーステナイト鋼とフェライト鋼のいずれもおおよそ平均的に3.1であることが確認された。したがって,オーステナイト鋼とフェライト鋼のα値はそれぞれ0.19,0.24となる。つまり,転位の単位長あたりの加工硬化への影響は,α値の違いに起因すると考えられる。

Fig. 7.

Increment of work hardening of the austenitic and ferritic steels as a function of the increment of ρ ρ 0 . (Online version in color.)

オーステナイト鋼とフェライト鋼の加工硬化特性の違いを(5)式から考察する場合,結晶構造によるすべり系の影響はテイラー因子に作用し,αは主に転位の種類,転位の可動性等に影響すると考えることができる。転位組織は転位が持つひずみ場の大きさに影響し,また,ひずみ場の大きさは転位の可動性に影響する。一方,転位配置パラメータM値は転位のひずみ場の大きさを転位間距離で規格化した値であり,高M値のとき転位の持つひずみ場は大きいことを示唆する。大きなひずみ場は転位運動の抵抗になるため,高M値のとき加工硬化への影響は大きくなる。Fig.6で示したように,フェライト鋼はオーステナイト鋼より高M値を持つ傾向がある。フェライト鋼中の転位は高M値を持つため,相対的に高いα値を示したと推定される。なお,Fig.7の傾向は変形が進み転位間相互作用が生じた状態に対応するが,変形初期のランダムな転位分布状態においては転位の可動性が高い。その場合,転位のひずみ場の大きさのみでM-αの相関性は議論はできない。

3・4 中性子回折とX線回折によるラインプロファイル解析の比較

中性子回折とX線回折それぞれによるラインプロファイル解析に対し,理想的には同様な結果が得られることが望ましい。ただし,前者がバルク平均情報,後者は試料表面の情報となる。引張試験片においても表面と内部では組織形成が異なるため,中性子回折と同等の情報をX線回折により得るには,表面から内部へのミクロ組織の勾配を確認する必要がある。そこで,引張試験片を電解により逐次研磨を行いつつX線回折測定を行うことで,表面から内部のミクロ組織の勾配を評価し,バルク平均情報に近い測定条件を検証した。Fig.8はオーステナイト鋼の引張破断後の試料について,表面から内部の転位パラメータの変化を求めた結果である。転位密度とM値はほぼ均一な分布を持つが,結晶子サイズは表面近傍で小さい傾向がある。ただし,約60 μm以上の深さで結晶子サイズはほぼ一定の値になる。したがって,それ以上の厚さを研磨すれば,中性子回折と同様なバルク平均情報になる。

Fig. 8.

Dislocation density, dislocation arrangement parameter (M), and area-weighted crystallite size, which were evaluated by X-ray diffraction, vs. the depth from the surface for the tensile-fractured austenitic steel.

次に,引張変形後のオーステナイト鋼試験片について,表面から100 μm除去しX線回折を行い,ラインプロファイル解析を行った。Fig.5の中性子回折の結果と比較した結果をFig.9に示す。X線回折から求めた転位密度と結晶子サイズは中性子回折とおおよそ一致した。つまり,引張試験片の表面の影響を除去すれば転位密度,結晶子サイズについては,X線回折でも中性子回折と同様な結果が得られる。ただし,X線回折から求められたM値は中性子回折のそれより低めに推移している。中性子回折の散乱ベクトルは引張軸方向に対し平行であるが,X線回折の散乱ベクトルは引張軸方向の法線方向であることに起因していると推定される。測定方位によるM値の差異はTomotaらとKawasakiらも報告しており,引張変形下の中性子回折において引張軸方向,およびその法線方向でラインプロファイル解析を行った場合,M値が引張軸方向に比べ,その法線方向は低めの値になることが述べられている15,20)。このようなM値の現れ方は,転位配列が引張軸方向とその法線方向によって異なるためと推定される。以上の結果から,測定方位によるM値の影響はあるが,X線回折においても中性子回折と同様なラインプロファイル解析を行うことは可能であることが示された。

Fig. 9.

Dislocation density, dislocation arrangement parameter (M), and area-weighted crystallite size, vs. the true strain for the austenitic steels. Closed circle and open square denote the results obtained by neutron diffraction15) and X-ray diffraction, respectively.

4. 結論

フェライト系およびオーステナイト系ステンレス鋼の引張変形に伴う加工硬化挙動の違いを転位増殖,転位配列の特徴から明らかにするため,中性子およびX線回折ラインプロファイル解析を行った。以下のことが明らかになった。

1)フェライト鋼に比べオーステナイト鋼では引張変形に伴い高い加工硬化を示すが,主に転位密度増加率の違いに起因する。主にオーステナイト鋼とフェライト鋼の積層欠陥エネルギーの違いに起因すると推定される。

2)フェライト鋼,オーステナイト鋼のいずれも塑性ひずみ量の増加に伴い転位配置パラメータ(M)は小さくなる。転位配列が進み,転位間相互作用が強くなったことを示唆する。この傾向はフェライト鋼よりオーステナイト鋼で顕著であり,塑性変形に伴い形成する転位配列の違いに起因すると考えられる。

3)引張変形に伴う結晶子微細化は転位密度の増加にほぼ比例して進行するが,その関係はフェライト鋼,オーステナイト鋼の鋼種によらず転位密度のみに依存する。一方,転位密度に対するM値の変化はオーステナイト鋼とフェライト鋼で異なり,同一転位密度を持つ場合,フェライト鋼のM値がより高い傾向となる。

4)Bailey-Hirshの式において,転位密度の平方根の係数となる定数項は転位配置パラメータM値に依存する。M値が大きいとき,転位間相互作用が弱く,転位のひずみ場の大きさが大きくなる。この影響により転位運動の抵抗が大きくなり,Bailey-Hirshの定数項αは大きくなる。

5)引張試験片の転位密度評価をX線回折で行う場合,表面層を除去することで中性子回折と同等の転位密度,結晶子サイズが求められる。ただし,M値については散乱ベクトルと試料方位の関係により異なる値となる。

謝辞

本研究は平成27年鉄鋼研究振興助成によるものである。また,研究会I小型中性子源による鉄鋼組織解析法および研究会I鉄鋼のミクロ組織要素と特性の量子線解析の研究テーマのもと進められた。なお,J-PARC MLFにおける中性子回折実験はユーザープログラム(課題番号:2014B0098)にて行われた。

文献
 
© 2018 The Iron and Steel Institute of Japan

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