2018 Volume 104 Issue 5 Pages 274-283
Recently, medium Mn steel has been focused on as one of the promising candidates for third generation AHSS, due to it having an excellent TS-El relationship. Medium Mn steel can retain a lot of austenite by reheating to an (α+γ) intercritical temperature. Research on this material was performed on hot rolled steel sheet and cold rolled steel sheet, using the martensite as the starting microstructure.
The effect of cold reduction on the microstructure and mechanical property after intercritical annealing was discussed by using 0.2C-2Si-5Mn steel with softened bainite structure at 575°C and the following results were obtained.
(1) Hot rolling and intercritical annealed steel sheet showed a lath type structure of ferrite and retained austenite. On the other hand, cold rolling and intercritical annealed steel sheet showed a mixture of equiaxed ultrafine ferrite and retained austenite. The volume fraction of retained austenite increased as the intercritical annealing time increased. The increasing behavior was promoted by cold reduction. The maximum volume fraction of retained austenite was about 40%, and was obtained for the longest annealing time, 300 min, in all steels.
(2) Excellent mechanical properties, for example, TS; 1217 MPa, UEl; 27.6%, TS×UEl; 33,592 MPa% were obtained for the steel intercritically annealed at 675°C for 30 min after 50% cold reduction. Hot rolled steel showed continuous yielding, while cold rolled steel exhibited about 7% yield point elongation.
These results were almost accorded with the previously reported results whose initial microstructure was martensite.
自動車の車体に適用される鋼板は,排気ガス規制の強化に伴う軽量化および乗員の安全性確保の観点からその高強度化が求められている。高強度鋼板の実用化にあたっては,適用される部材に応じて複雑な形状への成形が必要であり,そのような成形加工に耐え得る高い加工性が要求される。このようなニーズに沿って各種高強度−高加工性鋼板が開発され,それらの鋼板は従来タイプの高強度鋼板と区別してAHSS(Advanced High Strength Steel Sheet)と呼ばれている。中でもフェライトマトリックスにマルテンサイトを分散させたDP(Dual Phase)鋼1)が590から980 MPa2)の強度レベルで広く用いられている。一方,Zackeyら3)が提起した高Cr-Ni系TRIP(Transformation Induced Plasticity)鋼の概念をベースに高C系TRIP鋼4,5),さらに自動車用鋼板として点溶接性等を考慮しC量を0.2 mass%以下に制御したTRIP鋼6–8)が開発され1180 MPa級9)の強度レベルに至る鋼板が実用化されている。しかしながら,これらの材料の強度−伸びバランスの評価指標である引張強度(TS)と全伸び(TEl)の積は20,000 MPa・%程度が限界であることから,さらに全伸びを改善し,TS×TEl=30,000 MPa・%以上をターゲットとした材料開発が進められている。その開発材は第3世代AHSSとして位置づけられ,Q&P(Quenching & Partitioning)鋼10),5 mass%前後のMnを添加した中Mn鋼等が提示されている。中Mn鋼はMiller11)により提起され,その後Furukawaら12)が詳細な研究を実施した。中Mn鋼はフェライト(以降,αと略す)−オーステナイト(以降,γと略す)二相共存温度域に加熱し,その温度に保持することで,逆変態γ中にγ安定化元素であるC,Mnを濃化させ,30 vol.%以上の多量の残留γを残存させることを可能とした。その結果として,第3世代AHSSのターゲットに合致する優れた強度−伸びバランスを発揮することができることから世界的に高い注目を浴びている。
中Mn鋼に関する研究は,主に熱間圧延(熱間鍛造)−熱処理鋼13–21)と冷間圧延−熱処理鋼22–27)に分類される。熱間圧延もしくは冷間圧延後,それぞれ二相域熱処理を施すが,得られる組織および応力−ひずみ曲線の形態は両者で大きく異なる。熱延二相域熱処理鋼板では針状のαとその境界に残留γが存在し,応力−ひずみ線図は連続降伏であることが示されている15,16,19–21)。一方,冷延二相域熱処理鋼板ではαと残留γが混在したサブミクロンサイズの超微細等軸粒組織を呈し,数%の降伏伸びが生ずることが示されている11,26,27)。また,Miller11)は0.053C-21Ni(mass%)鋼を用いて,冷延によりγの生成が促進されることを示している。
近年,中Mn鋼に関する論文が多数報告される中,組織形成や逆変態挙動,機械的性質に及ぼす冷間圧延の影響について議論されているが,実験条件や化学成分の違いの影響もあり,必ずしも統一的な見解が得られているわけではない。また,冷延前組織が焼入れマルテンサイトである場合が多く,非常に硬質であり実験室レベルでは直接冷延することは可能であるが,工業的なタンデムミルでは50%以上の冷延を施すことは難しい。そこで,本研究では5%Mn鋼を用いて熱延後のベイナイト鋼板を更に軟化焼鈍を施した熱延鋼板と,それに50%および75%の冷延を加えた冷延鋼板を準備し,同一の二相域焼鈍を施し,上述の各種特性に及ぼす冷間圧延の影響を明確にすることを目的に研究を行った。
供試材は0.2C-2Si-5Mn(mass%)鋼を50 kg真空溶解炉にて溶製した。Table 1にその化学成分を示す。二相域焼鈍に供するサンプルの製造方法をFig.1に示す。溶製した供試材を熱間鍛造により50 mm幅,50 mm厚さに鍛造し,粗圧延にて30 mm厚のスラブを作製した。熱間圧延は加熱温度1200°C,仕上げ温度870°C,巻取り模擬として360°Cに60 min保持し,3 mm厚の熱延鋼板を作製した。この熱延鋼板に対して,ソルトバスを用いて575°Cに60 min保持した軟化焼鈍を施した後,冷間圧延にて圧下率を50%,75%とした冷延鋼板を作製した。以降,Fig.1に示すように熱延鋼板をHR材,冷延鋼板をCR材,もしくは50%CR材,75%CR材と略す。作製した熱延鋼板および冷延鋼板に対して,ソルトバスを用いて二相域焼鈍を施し,引張特性,組織観察およびX線回折を行った。二相域焼鈍は本供試材の成分系において,平衡状態におけるαとγの相分率が1:1となる675°Cとした。なお,相分率の計算にはThermo Calc(データベース:TCFE6)を用いた。
C | Si | Mn | P | S | Al | N | O |
---|---|---|---|---|---|---|---|
0.19 | 1.98 | 4.99 | 0.005 | 0.0018 | < 0.002 | 0.0038 | 0.0006 |
Schematic illustration of hot rolling, reheating and cold rolling conditions used for intercritical annealing.
引張試験は引張試験片を圧延方向に採取し,幅7 mm,標点間距離20 mmのJIS14B号板状試験片を作製した。試験片の板厚は,熱延鋼板は両面研削により2 mmとし,冷延鋼板は冷延終了時の板厚である1.45 mm(50%CR材),0.75 mm(75%CR材)とした。引張試験(インストロン社製)は室温にて4 mm/minの引張速度で実施した。なお,公称応力−公称ひずみ線図取得には標点間距離12.5 mmのクリップ式接触型伸び計を用いた。
また,引張変形過程におけるひずみの伝播挙動を観察するため,50%CR材を675°Cに30 min保持した材料を用いて引張変形中のひずみ分布を画像相関法により観察した。具体的にはJIS14B号引張試験片の表面にランダムパターンを塗布し,引張試験中の試験片正面よりCCDカメラで撮影し,解析を行った。
鋼板ミクロ組織および残留γの解析は,FE-SEM(日本電子社製Field-Emission-Scanning Electron Microscope),FE-SEM/EBSD:OIMシステム(Electron Back Scattering Diffraction:TSL社製Orientation Imaging Microscopy)により評価した。また,残留γ量および残留γ中のC濃度(以降,Cγと略す)はSR-XRD(Synchrotron-X Ray Diffraction)28)を用いて評価した。試験片は供試材よりφ0.5 mm×30 mmのワイヤー形状に放電加工で採取した後,電解研磨をしてφ0.3 mm×30 mmに仕上げた。X線回折測定(透過法)には,放射光施設SPring-8のBL19B2にて35keVのエネルギーと大型デバイシェラーカメラを用いた。残留γ量は,得られた散乱角2θ=5°~58°における各相のピーク面積強度比(α相(110)から(730),γ相(111)から(931))より求めた29)。Cγはγの平均格子定数(aγ)を求め,(1)式に示したDysonら30)の式より算出した。添加した本供試材成分のうち格子定数の変化に寄与のある合金元素のみ(1)式に代入し,計算を行った。
(1) |
ここでMnγはThermoCalcで求めた二相域加熱温度675°CにおけるMn濃度7.3 mass%,Nγは供試材の成分値を代入した。
残留γのひずみに伴う変態挙動を確認するため,Fig.2(a)に示す板厚0.3 mm,幅4 mm,平行部長さ6 mmの板状微小引張試験片を作製し,X線回折装置(リガク社製)内に設置した小型引張試験機(DEBEN社製)を用いて,引張変形中のその場X線測定を行った。引張速度を0.4 mm/minとし,X線照射面(0.5 mmW×2 mmL)の裏面にゲージ長2 mmのひずみゲージを貼付してXRD測定箇所のひずみ量を測定した。所定のひずみを付与した後,引張荷重を付与したまま,Cuを線源とするX線回折測定を行った。なお,HR材をin situ XRD測定した際の応力−ひずみ線図をFig.2(b)に示す。In situ XRD測定の応力−ひずみ線図は,XRD測定ごとに引張試験機を停止するため応力の緩和がみられるが,微小引張試験片においても,JIS板状引張試験と同じ結果が得られている。残留γ量の測定は,α相(200),(211)の2面,γ相(220),(311)の2面のピーク面積強度比より求めた。
(a) Dimension of specimen used for tensile in situ XRD measurement and (b) Comparison of stress-strain curves between in situ XRD and JIS tensile test.
HR材,50%CR材および75%CR材の焼鈍時間の増加に伴う組織変化を確認するため,Fig.3に二相域焼鈍後組織の代表例として,675°Cに30 min,300 min保持した材料のEBSD測定結果を示す。二相域焼鈍後の組織はナイタール腐食によるSEM組織観察では,母材組織と残留γの区別が不明瞭であったため,FE-SEM/EBSDによる観察を行った。なお,EBSDの解析において,Kikuchi線の信頼度が低下するConfidence Index(CI)が0.1以下の測定点は解析から除外した。HR材は針状の母相組織の界面に残留γが存在し,CR材はサブミクロンサイズの等軸αと残留γから構成される超微細粒組織を呈していた。HR材,CR材ともに焼鈍時間の増加に伴い結晶粒の粗大化が見られた。また,Phase像にImage Quality(IQ)像を重ねて示すが,300 min焼鈍材では,IQ値が低く暗いコントラスト領域が見られた。焼鈍時間の増加に伴う組織変化について,TEMを用いた詳細な組織観察を行った。Fig.4に50%CR材に対して,675°Cに1 min,30 min,300 min保持したサンプルのTEM観察結果を示す。1 min焼鈍においては加工組織の残存が見られたが,30 min,300 min焼鈍では確認されなかった。また,各焼鈍時間において,高密度の転位を有するマルテンサイト(α’)相が確認された。これは上述のEBSD測定において確認されたPhase像における暗いコントラスト領域に対応すると考える。IQはEBSD分析におけるKikuchiパターンの鮮明度をパラメータ化した値であり,転位や結晶粒界等の格子欠陥があるとKikuchiパターンは不鮮明となりIQ値が著しく低下する。例えば,マルテンサイト組織では高密度に転位を含有し,かつ微細なラス構造であるため,相対的にIQ値は低くなり,複相組織中では暗いコントラストで表示される31)。EBSDで観察された低IQ領域の一部は,残留γ近傍で確認されており,二相域焼鈍後の冷却過程において変態したマルテンサイトと考える。
IPF maps and phase maps analyzed by EBSD of HR, 50%CR and 75%CR steels after intercritical annealing at 675°C for 30 min and 300 min.
Bright field images of 50%CR steels after intercritical annealing at 675°C for 1 min, 30 min and 300 min.
Fig.5-(a),(b)に二相域焼鈍に伴う残留γ量およびCγの変化を示す。二相域焼鈍後の残留γ量は焼鈍時間の増加に伴って増加し,最大の残留γ量は各条件ともに本実験において最長の300 min焼鈍で得られ,その値は約40 vol.%であった。冷間圧延率の増加に伴って,各焼鈍時間に得られる残留γ量は増加した。Cγは冷間圧延および冷間圧延率の増加に伴い低下した。焼鈍前のCγは,HR材では2.7 vol.%の残留γ量が存在し,そのCγは0.21%であったが,CR材においては,冷間圧延により変態し残留γが確認されなかった。焼鈍時間の増加に伴い,Cγは増加する傾向にあったが,焼鈍時間が30 minを超えるとCγが低下していく傾向にあった。
Effects of cold reduction and annealing time on (a) retained austenite volume fraction (γR) and (b) carbon content of retained austenite (Cγ).
Fig.6に二相域焼鈍に伴う引張特性の変化を示す。HR材の引張強度(TS)は,焼鈍時間の増加に伴い増加し,CR材では,100 min焼鈍で最大値を示した。0.2%耐力(YS)はHR材およびCR材ともに焼鈍時間の増加に伴って低下する傾向であった。また,各焼鈍時間におけるTSおよびYSは,50%の冷間圧延により増加し,かつ冷間圧延率を75%に増加させることで,さらに高い値が得られた。300 min焼鈍ではHR材,CR材でTSおよびYSに殆ど差異は見られなかった。全伸び(TEl),一様伸び(UEl)ともに最大値を示す焼鈍時間は冷間圧延および冷間圧延率の増加により短時間側に移行した。例えば50%CR材の30 min焼鈍材においては,TEl33.6%と非常に高い値を示した。板厚の異なるHR材,CR材においては,全伸びが板厚の影響を受けるため,冷間圧延の影響の比較にはUElの変化を考察に用いて検討した。
Effects of cold reduction and annealing time on mechanical properties: (a) TS (Tensile stress) and YS (Yield stress), (b) TEl (Total elongation) and UEl (Uniform elongation).
焼鈍時間の増加に伴う強度−伸びバランスの指標であるTS×UElの変化をFig.7に示す。HR材,CR材においてもTS×UEl=30,000 MPa・%を超える優れた強度−伸びバランスが得られた。また,TS×UElが最大値を示す焼鈍時間は,冷間圧延および冷間圧延率の増加により短時間側に移行した。
Effects of cold reduction and annealing time at 675°C on TS×UEl.
Fig.8に675°Cに30 min保持したHR材およびCR材の公称応力−公称ひずみ線図を示す。加工硬化中は残留γのTRIP効果に伴ったセレーション32)が確認された。HR材とCR材では公称応力−公称ひずみ線図は異なる挙動を示した。HR材では連続降伏を示したのに対して,CR材では約7%の降伏伸びを有する線図を示した。HR材は,焼き戻された母相と残留γから構成され,焼き戻された母相内に可動転位が残存することにより,連続降伏を示したと考えられる。一方,CR材は二相域焼鈍によって,約600 nmの超微細等軸粒が得られ,超微細粒特有の降伏挙動を示したと考える。
Effect of cold reduction on engineering stress-strain curves of intercritical annealed steel sheets at 675°C for 30 min.
CR材の引張変形過程におけるひずみの伝播挙動の解析のために,50%CR材を675°Cに30 min保持した材料を用いて引張変形中のひずみ分布を画像相関法により観察した。Fig.9(a)に示す応力−ひずみ線図上の丸印位置におけるひずみコンター像をFig.9(b)に示す。ポイントI,IIは降伏伸び初期および後期のポイントであるが,ひずみが試験片の端部からもう一方の端部に徐々に伝播し,ひずみが試験片平行部に均一に伝播した後,ポイントIII,IVに示すような加工硬化に移行する様相が捉えられた。
Analyzed results by DIC (Digital Image Correlation Method) for 50%CR steel after intercritical annealing at 675°C for 30 min. (a) stress-strain curve and analyzed points and (b) strain distribution contour image of tension axis.
Fig.10にFig.8の公称応力−公称ひずみの解析結果を示す。Fig.10(a)には真ひずみに伴う加工硬化率(dσ/dε)および真応力を示す。HR材は低ひずみ領域から高ひずみ領域まで広範囲にかけて高い加工硬化率を示した。一方,CR材は降伏伸び直後に急激に高い加工硬化を示し,その後ひずみの進展とともに急激に低下した。加工硬化率と真応力−真ひずみ線図が交わる点は,不均一変形に移行するポイントであるが,HR材の方が広範囲にわたって,加工硬化を維持して高い均一伸びを示している。Fig.10(b)に瞬間n値(n*)−真ひずみ線図を示す。なお,瞬間n値は(2)式で定義され,微小変形領域における加工硬化指数(n値)が求まる。
(2) |
Effect of cold reduction on changes in (a) work-hardening rate (dσ/dε) and true stress and (b) instantaneous value (n*) with true strain of intercritical annealed steel sheets at 675°C for 30 min.
Fig.10(b)より真ひずみに伴う瞬間n値の変化も加工硬化率の変化と同様な挙動を示し,HR材の方が広範囲にかけて高い瞬間n値を維持した。
3・4 残留γの機械的安定性HR材とCR材では加工硬化の挙動が異なっていた。これはHR材とCR材でひずみに伴う残留γの変態挙動が異なることに起因すると考える。そこで,ひずみ付与に伴う残留γ量の変化を測定し,残留γの機械的安定性について検討した。Fig.11にひずみ付与後の残留γ量測定結果を示す。残留γ量は付与ひずみの増加に伴い減少したが,その変化は冷間圧延率の増加に伴って,低ひずみ領域から多く変態したことに加え,高ひずみ域での残存残留γ量も低下した。このことは,冷間圧延率の増加に伴い,残留γの機械的安定性が低下し,低ひずみ域で多くの残留γが変態したことが示唆される。Table 2に示すように冷間圧延率の増加に伴って,残留γ中のγ安定化元素であるCγが低下したことも一因と推定される。
Effects of cold reduction on changes in retained austenite volume fraction (γR) with tension strain for intercritical annealed steel sheets at 675°C for 30 min.
Condition | YS [MPa] | TS [MPa] | UEl [%] | TEl [%] | TS×UEl [MPa·%] | γR [%] | Cγ [%] | γR×Cγ |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
HR | 719 | 1087 | 30.3 | 38.0 | 32940 | 27.8 | 0.63 | 17.5 |
50%CR | 827 | 1217 | 27.6 | 33.6 | 33592 | 34.6 | 0.56 | 19.4 |
75%CR | 864 | 1231 | 26.8 | 33.3 | 32991 | 34.1 | 0.51 | 17.4 |
Fig.3に示したように二相域焼鈍後に得られる組織は,HR材では針状のフェライトラスとその界面にフィルム状に伸びた残留γで構成されているのに対し,CR材は等軸サブミクロンサイズの超微細フェライトに超微細残留γ粒が分散した全く異なる組織形態を示す。HR材出発材は著者ら20,21)が報告しているようにベイナイトが焼き戻され,ラスおよびブロック界面に微細な炭化物が析出した組織である。本成分鋼の(3)式から導出されるMs点33)は292°Cであり,模擬巻取温度360°CはMs点以上でベイナイト変態温度域に相当する。ただし,5%Mn鋼のベイナイト変態には長時間必要とする34)ことから10 vol.%程度の残留γが残存する20,21)。
(3) |
この熱延鋼板に575°C×60 minの軟化処理を施した。著者ら20,21)が報告しているように,575°Cでは2.3 vol.%の微細なセメンタイトが存在することが確認されており,上述のベイナイトが焼き戻されラス,ブロック境界に微細な炭化物が析出した状態が出発組織であると判断される。一方,CR材は冷間圧延により,二相域焼鈍後の組織形態が大きく変化すると同時に,Fig.5に示したように残留γ生成が促進されるという特徴を示す。
これらの組織変化の過程をFig.12に模式的に示した。Fig.12-(a)にHR材の場合を示したが,675°Cの二相域焼鈍によりマトリックスが焼き戻されると同時にラス界面から残留γが生成,成長する。したがって,基本的には最初に形成されたベイナイトの形態を引き継いだ組織となる。0.6 mass%以下のFe-C合金のマルテンサイトは,ほぼ同じ結晶学的方位関係を持つマルテンサイトラスからなるブロック,およびいくつかのブロックが集まってパケットを形成する35)。ベイナイトも同様の定義で説明できるのでFig.13-(a)に示したように生成したγの方位はパケット内でほぼ同一の方位を示す。マルテンサイトのラス界面からγが逆変態する理由については種々議論がある20,21,36)が,母相をベイナイトとした場合においても,同様にラス界面に残留γが存在することが示されており37,38),本実験も同様な機構が発現していると考えられる。一方,CR材はベイナイトに50%あるいは75%の冷延加工された組織を出発材とすることになる。Fig.4に示したように少なくとも本実験における最小熱処理時間の1 minにおいて,一部加工組織を残すものの大半が再結晶αであることが確認された。すなわち,模式的にFig.12-(b)に示したように二相域焼鈍過程においては再結晶αと逆変態γの生成が同時に進行する26)。サブミクロンサイズのラス界面を再結晶核生成サイトとすることから,その核生成頻度が非常に高く,大きな粒成長を伴わずサブミクロンサイズの超微細フェライト再結晶粒が得られ,最終的にはFig.12(b)に示したようにサブミクロンサイズのα再結晶粒が得られる。また,Fig.13-(b),(c)に示したように残留γが特定の結晶方位に揃っていないこともHR材のようにK-S関係を引き継ぐ機構ではなく,別の機構にて残留γが生成していることが示唆される。300 minの長時間保持においても大きな粒成長は無く,サブミクロンサイズの超微細フェライトマトリックスに超微細残留γが分散する組織が得られるが,これは両者が相互にその成長を妨げる効果を果たしたためと考えられる11)。
Schematic illustrations showing changes of microstructure at initial condition and intercritical annealed condition of HR and CR steels.
IPF maps for α and γ phases of (a) HR, (b) 50%CR and (c) 75%CR steels after intercritical annealing at 675°C for 30 min.
Fig.5-(a)に示す通り,二相域焼鈍時間の経過とともに残留γが増加し,300 min焼鈍でいずれも40 vol.%程度に達する。その速度はCR材でかつ冷延率が高いほうが速い。γの生成箇所はα三重点の他に,HR材にみられるようなラス組織の場合,ラス界面に生成し,CR材ではα粒界面に生成する。γの生成頻度は両者の総長さに関係すると考えられ,両者を比較した場合,超微細組織を有するCR材の方が,総長さが長く核生成頻度が多かったと考えられる。また,Mnの移動は粒界拡散で促進されるが,粒界長さ増大に伴う粒界拡散がより促進されることも冷間圧延による残留γ生成促進の要因であったと考えられる。焼鈍時間が30 minを越えるとCγは低下するが,これは残留γの増加に伴うものと考えられる。
4・2 強度−伸びバランスに及ぼす冷間圧延の影響TRIP鋼の伸びあるいは強度−伸びバランスは残留γ量の増加とともに向上する4,5,7,8,19–21,27,36,39)。さらに残留γの安定性も重要な役割を果たす。その安定性は残留γ中のγ安定化元素(C,Mn)濃度,形態および結晶粒径に依存する。また,それは(3)式で示されるMs点と強い相関があることも既知の事実である。(3)式からわかるようにCは0.1 mass%当たり42.3°C,Mnは1 mass%当たり30.4°CのMs点を低下させる効果があり,残留γ中のC量の影響が極めて大きく,かつ変化幅も大きいのでその影響が議論の対象となっていることが多い39,40)。また,影響する両者をパラメータとしてγR×Cγを用いて議論されることも多い16,27)。
Fig.14-(a)に残留γ量と強度−伸びバランス(TS×UEl)の関係を示す。TS×UElはHR,CR材ともに残留γ量の増加に伴い同一の関係線上で増加する傾向にあるが,約30 vol.%を越えるとHR材では飽和状態となりCR材では逆に低下した。また,低下の程度は冷延率が50%より75%の場合の方が顕著であった。なお,得られた最大のTS×UElは両者でほぼ同等と判断される。すなわち,ある残留γ量の範囲内で残留γはTS×UEl向上に一義的な効果を有していることがわかる。先に述べたように,TS×UElは残留γ量のみならずその安定度にも大きな影響を受ける。Fig.5に示したように,残留γ量は焼鈍時間の増加と共に一様に増加するが,Cγは30 min程度をピークにやや低下する傾向にある。そこで両者を考慮したパラメータとして,γRとCγの積であるγR×Cγを用いてTS×UElとの関係を整理し,Fig.14-(b)に示した。このパラメータで整理しても同様にある値まではγR×Cγの増加がTS×UElの増加に一義的に寄与していることが確認される。この場合においても,ある値を越えるとCR材は低下傾向を示し,必ずしもCγが低下したことのみによるものでないことを示している。TS×UElは強度が大きく変化する中で強度−伸びバランスを客観的に評価する格好の指標であり多く用いられている。しかしながら,残留γ量あるいはγR×Cγの影響を見るにはTSの影響が入らないUElとの関係を検討することも必要である。そこでFig.14-(c),(d)にUElとγR,γR×Cγとの関係を整理して示した。残留γ量とUElの関係ではHR>50%CR>75%CRの順位があり鋼種間で差があることがわかる。しかしながら,γR×Cγで見るとTS×UElで整理した場合と同様に3鋼種の差がほとんど認められず一義的な関係にあることがわかる。これらの事実から,残留γはTRIP効果を介してUEl向上に寄与するが,残留γの安定度を考慮したγR×Cγのほうがより普遍的な効果として捉えることができることを示唆している。ただし,UElはマトリックスの延性も影響するため強度の低いHR材がより高い値を示した要因であることも留意しておく必要がある。
Relationship between (a) γR and TS×UEl, (b) γR×Cγ and TS×UEl, (c) γR and UEl and (d) γR×Cγ and UEl.
γR,γR×Cγいずれのパラメータであっても,ある値まではTS×UElあるいはUElと明瞭な相関関係を示し,ある値を越えると低下傾向を示すことはいくつかの論文で見られる結果であるが,その事実に触れていないか,あるいはそれについての言及が無い7,27,36)。著者らは,一義的な相関関係のある領域を安定領域,それ以降の領域を不安定領域と区別した。安定領域については,参考文献7,27,36)にて議論されている通りTRIP効果で説明できると判断し,不安定領域で生じている現象を中心に考察した。
不安定領域での変化点としてCγがわずかではあるが,低下していること,結晶粒径が粗大化していること,CやMnの残留γ中での濃度プロファイルが変化していることが挙げられる。Cγのわずかな低下はHR材でも認められることであり,特にCR材で顕著にTS×UElあるいはUElが低下する理由にはならない。また,安定領域ではHR材とCR材で大きなCγの差があるにもかかわらずγR×Cγで一義的に整理できることを考えると,Cγの影響が支配的であるとは考えにくい。結晶粒径についても,形態の違いはあるもののHR,CR材両者共焼鈍時間の増加と共に粗大化し,残留γの不安定化につながるが,これもある領域で極端に不安定化する説明にはならない。
本研究では二相域加熱温度をαとγの比率が1:1の675°Cとした。この温度では平衡に達するまで保持したとすれば50 vol.%の逆変態γが形成される。最長300 minの保持時間では,平衡状態に至らないまでもそれに近いレベルにあったと想定される。しかしながら,中Mn鋼において50 vol.%近い残留γが得られた報告は無く,本研究で得られた40 vol.%程度が最大値である。逆変態γ量は保持温度の上昇と共に増加するが,ある温度を越えるとγ安定化元素のCやMn量が低下し,γが不安定となり,冷却過程でフレッシュマルテンサイトが生成し最終的に得られる残留γ量が低下する15,17,22–26,39)。時間の関数においても同様であり,ある時間で残留γ量のピークを示しその後は低下する15,17,18,27)。Zhaoらは18),5%Mn鋼に二相域焼鈍を行うと残留γ量はある時間でピークを示し,それ以降は低下することを示した。Fig.5-(a)に示した残留γ量の変化傾向から判断して,著者らの最長処理の300 minにおいては,ピークに近い状態であると考えられる。Zhaoら18)は長時間化処理に伴い残留γ量が減少する理由として,逆変態γにおいてγ/α界面ではMnの濃化があり,冷却後も残留γとして残るが逆変態γ中央部ではMn濃度が低く冷却後マルテンサイト変態し,結果的に残留γ量が減少することをTEMおよびMnプロファイルの計算から説明している。本実験においても,ある残留γ量あるいはγR×Cγ量を越えるとTS×UElが低下する不安定領域が生じる原因は,残留γ量,Cγ以外の要因であるMnの濃度プロファイルにあると考えることができる。HRよりも50%CR,75%CRでその傾向が顕著である理由は,この順位で逆変態の進行が速くなり,不安定化が早くなったためと考えられる。
4・3 残留γの機械的安定性に及ぼす冷間圧延の影響Table 2に示したように30 minの熱処理時間でHR,CR材いずれも同一の約33,000 MPa・%のTS×UElを示す。HR材はCR材に比べ残留γ量は少ないがCγ量は多い。HR材のγR×Cγ量は50%CR材よりも小さく,75%CR材と同等である。これらの材料のひずみ付与に伴う残留γの変態挙動は,Fig.11に示したように全体としてHR,50%CR,75%CRの順に変態が早く進むこと,初期は変態が抑制され徐々に変態が促進されるという二つの特徴が認められる。残留γのひずみに対する安定性は,ひずみ誘起変態係数(k値)として(4),(5)式で示される。この値が低いほど残留γのひずみに対する安定性が高いことを示す40)。
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(5) |
ここでfγ0は初期残留γ量,fγεは引張塑性ひずみεを付与した時の未変態残留γ量である。
Sugimoto41)によればk値は鋼種により異なるものの5以下が多い。本実験においては,初期の変態が抑制されている領域で5程度,後期の速い領域では10程度であり平均的にはこれまでの報告事例と近い。ややばらつきがあるもののHR材の方が,変態が抑制されるひずみ領域が大きく,かつ高ひずみにおいても変態が抑制されている。本実験の各付与ひずみ量で残存する残留γ量はHR,50%CR,75%CRの順であり,この順位で機械的安定性が認められる。その原因はCγ量の差にあることは言うまでもないが,残留γの形態の違いも大きく影響しているものと考えられる。HR材では一つのパケット内に存在する残留γとベイナイトラスの間にはK-S関係,もしくは西山関係に基づく特定の方位関係にある。一方,CR材は等軸粒状組織である。Hashimotoら36)は低炭素TRIP鋼で同様の組織の違いの影響を論じており,微細なフィルム状オーステナイトは変形中の応力集中が少なく,かつ特定方位のフェライトに囲まれていることによりマルテンサイト変態に要するバリアントが限定され変態が抑制されるとしている。今回の結果においても,同様の機構によりラス状組織を有するHR材が高い安定性を示した要因の一つであったと考えられる。一方,CR材で得られる残留γの粒径は1 μm以下であり,細粒化に伴う残留γの安定性が増しているはずである25,42)。γ安定化元素濃度,形状,粒径のいずれが支配的であるかは各種条件で異なる可能性があるが,少なくとも今回比較した3鋼種ではHR材が最も安定度が高かった。それはCR材と比較してC濃度に高かったことが要因と考えられる。さらに残留γの形状,粒径の影響いずれが安定化に効果があるかについてはCγ量の影響と分離できないため結論付けることはできなかった。
0.2C-2Si-5Mn(mass%)鋼を用いて,二相域焼鈍前組織にベイナイト組織を有する熱延鋼板に対して575°Cの軟質化処理を施した場合の冷延焼鈍板の特性変化を検討した。また,本鋼種における冷間圧延および二相域焼鈍時間の増加に伴う組織および機械的特性の影響を検討し,以下の結果を得た。
(1)軟化焼鈍後のベイナイト組織を出発材とした場合においても,熱延焼鈍材ではαラス界面に針状残留γが存在したものであるのに対して,冷延焼鈍材においてはサブミクロンサイズの等軸αと残留γから構成された。残留γ量は二相域焼鈍時間の増加とともに冷延焼鈍材の方が早く増加する傾向が見られ,本実験での最長時間である300 minで熱延焼鈍材,冷延焼鈍材ともほぼ同等の40 vol.%が得られた。
(2)熱延焼鈍材,冷延焼鈍材の機械的特性は,二相域焼鈍時間の増加と共に引張強度は増加,0.2%耐力は低下し,全伸び,一様伸びはある時間で最大値を示した。最大値を示す時間は,熱延焼鈍材より冷延焼鈍材の方が短時間側であった。また,応力−ひずみ線図は,熱延焼鈍材では連続降伏を示すが,冷延焼鈍材は約7%の降伏点伸びを示した。機械的特性においても,例えば50%冷延後675°Cで30 minの二相域焼鈍材では,TS:1217 MPa,UEl:27.6%,TS×UEl:33,592 MPa・%の非常に優れた値を示した。
(3)TS×UElは熱延焼鈍材,冷延焼鈍材ともに残留γ量あるいは残留γ量(γR)と残留γ中のC量(Cγ)の積(γR×Cγ)の増加と共に同一の関係線上で増加する傾向にあるが,ある値を越えると飽和状態あるいは低下した。冷間圧延および圧延率の増加に伴いその傾向は顕著であった。その最大の要因は長時間焼鈍になるほど残留γ中のMnがα/γ境界に濃化し,γ内部でその濃化度が低下し残留γの安定度が低下したためと推定される。冷間圧延材では,残留γの生成速度が早いためにその傾向が助長されたためと考えられる。
(4)同一のTS×UElを示す675°Cに30 min保持した焼鈍材の引張変形に対する変態挙動を比較すると,熱延焼鈍材の方が,変態が遅くその安定度が高いことが示された。その原因は,残留γ中のC量の差と考えられる。これに加え,残留γの安定性には残留γの形態,粒径の違いも影響するものと考えられる。