2018 Volume 104 Issue 5 Pages 284-291
Effect of ferrite grain size on dislocation strengthening was investigated in low carbon steels (0.006%C-0.15%C) with various grain sizes from 1 to 100 μm. In specimens with slight deformation, dislocation density increases in proportion to the inverse of ferrite grain size. In the dislocation density range below 2×1014/m2, dislocation density increases linearly against deformation strain but it tends to level off due to the dynamic recovery of dislocations when dislocation density has exceeded it. On the other hand, tensile tests revealed that yield stress follows the Hall-Petch relation for as-annealed specimens but follows the Bailey-Hirsch relation for cold rolled specimens. This means that flow stress depends on only the dislocation density regardless of grain size. As a result, it was concluded that the introduction of dislocations has been promoted with decreasing ferrite grain size and this results in the increase of flow stress in the uniform deformation region.
加工率の増加にともない金属の強度が増大する現象は,一般に加工硬化として知られ,加工硬化された金属の強度は転位密度に対応して増大することが経験的に知られている。いま,転位密度をρ,金属の剛性率をG,転位のバーガースベクトルをb,転位強化係数をαとすると,転位強化量Δσは,Δσ=
一方,無加工の多結晶金属については,降伏応力σyが結晶粒径dの平方根の逆数に比例して増加するというHall-Petchの関係が知られており,著者らは,結晶粒径が0.2 μmまでの鉄に関して,σy[GPa]=0.1+0.6×d[μm]−1/2という関係が成立することを示した7–9)。その後,0.2%までの炭素を含む様々な低炭素鋼についてもこの式が成立することが確認されている10)。
では,加工を受けた多結晶金属の強度はどのように考えればよいであろうか。一般的に,固溶強化,結晶粒微細化強化ならびに転位強化といった強化機構は単純に加算できると考えられてきた11)。実際にMorrisonは,結晶粒径を1.6 μmから400 μmの範囲で変化させた低炭素鋼について引張変形挙動を詳細に調査し,結晶粒径は降伏応力だけでなく降伏後の加工硬化にも影響を及ぼすことを示した12)。一方,Evansらは,結晶粒径が20 μmと170 μmの低炭素鋼に関して引張り変形材の転位密度を測定し,同一ひずみにおいても結晶粒径が小さいほど転位の導入が促進され,結果的に流動応力が高められるという事実を報告している4)。同様な結果は高純度の多結晶Niついても報告されている13)。また,著者らは,0.25 μmの超微細粒鉄に関して,40%までの冷間圧延を施しても加工硬化が発現しない事実を明らかにしており14),転位強化と結晶粒微細化強化の間で単純な加算則が成立しないことはほぼ間違いないようである。
金属の強化機構に関して,結晶粒微細化強化と転位強化の関係を明らかにするためには,結晶粒径を広範囲に変化させた試料を作製したうえで,引張り変形挙動と加工で導入される転位の密度との関係を系統的に調査する必要がある。本研究は,1 μmから100 μmの範囲でフェライト粒径を調整した低炭素鋼(0.006%C~0.15%C)を用い,加工材の転位密度に及ぼす結晶粒径の影響を調査することによって,高密度の転位を含む多結晶鉄の強化機構を明らかにすることを目的とする。
本研究では,結晶粒径を広い範囲で調整するために炭素含有量が異なる3種類の材料を用いた。理想的には,フェライト単相の鉄で結晶粒径を変化させることが望まれるが,現実的な問題として,10 μm以下の粒径を得るためには少量のセメンタイトを利用せざるを得なかったため,本研究では,炭素含有量を極力低減した0.006%C鋼に加えて,0.03%C鋼ならびに0.15%C鋼を併用した。使用した材料の化学組成ならびにFe-C二元系平衡状態図より求められる第二相パーライト割合VPおよびセメンタイト相率VθをTable 1に示す。0.006%C鋼については,90%の冷間圧延を施した後,973 Kもしくは1153 Kで70 s~1.8 ksの焼鈍を施したのち水冷した。0.03%C鋼については,1173 Kで1.8 ksの溶体化処理後に水焼入れし,いったんマルテンサイト組織とした。その後,80%の冷間圧延を施し,フェライト単相域の873 Kもしくは923 Kで1.8 ks焼鈍して再結晶させたのち水冷した。また,同供試材で広範囲にフェライト結晶粒径を調整するために,1153 Kで300 sの溶体化処理後,10%~35%の熱間圧延を施して空冷した試料も作製した。0.15%C鋼については,新日鐵住金(株)より提供されたSSMR(Super short interval multi-pass rolling)法10)で製造された微細粒組織を有する試料,ならびに市販の0.15%C鋼であるS15CKを1223 Kで1.8 ks溶体化処理を施したのち,空冷した。また,冷間加工の影響は,上述のようにして作製した試料を室温で5%~35%圧延して評価した。
C | Si | Mn | P | S | VP | Vθ | |
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0.006%C-Steel | 0.0056 | < 0.003 | < 0.003 | < 0.002 | < 0.0003 | – | – |
0.03%C-Steel | 0.028 | < 0.01 | 1.53 | < 0.001 | 0.001 | 4% | 0.4% |
0.15%C-Steel | 0.15 | 0.01 | 0.74 | 0.02 | 0.002 | 19% | 2.2% |
S15CK | 0.16 | 0.24 | 0.45 | 0.02 | 0.014 | 19% | – |
引張試験はインストロン型試験機を用いて行った。無加工材の応力−ひずみ線図は,厚さ1 mm,標点間距離50 mmのJIS5号試験片を用いて,室温にて初期ひずみ速度:8.3×10−4 s−1の条件で求めた。また,降伏応力については,厚さ1 mm,平行部6×3 mmの小型の試験片も併用し,室温にて初期ひずみ速度:5.6×10−4 s−1の条件で引張試験をして求めた。明瞭な降伏点が発現する試料については下降伏応力,連続降伏する試料については0.2%耐力を降伏応力とした。
組織観察は,光学顕微鏡,走査型電子顕微鏡(SEM)ならびに透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて行った。X線回折実験は,エメリー紙による湿式研磨のあと,電解研磨で表面層を除去した試料について,Cu-Kαを線源とするX線発生装置(リガク社製,RINT2100)を用いて行った。なお,X線回折の測定データに及ぼすエメリー紙による研磨の影響については,電解研磨とX線回折実験を繰りし行うことで,その影響が完全に除去されていることを確認した。得られたフェライト相の回折ピークは,専用の解析ソフトウェアPDXL2によってバックグラウンドノイズを除去したあと,Kα1とKα2に分離した。そして,分離したKα1回折ピークに関して,各回折角θ[rad]における半価幅β[rad]を測定し,以下の式よりフェライト中のミクロひずみεを求めた。
(1) |
ここで,λはX線の波長(0.154 nm),Dは結晶子サイズを示す。なお,βについては,十分に焼鈍したIF鋼を標準試料として用い,装置関数を補正した値を採用した。本研究では,弾性定数の異方性を考慮して{200}回折ピークは除外し,{110},{211},{220}の3つの回折ピークの情報からεの値を決定した15)。転位密度(ρ)については,その値がε2に比例することが報告されており16),本研究では,TEM観察で得られた転位密度とミクロひずみεの関係から導出された次式を用いて評価した6)。
(2) |
転位密度は,3~5回の測定で得られた値の平均値とした。
Fig.1は,本研究で使用した試料の代表的な組織を示す。0.006%C鋼については,処理条件に依存せずに(a)に示すようなフェライト単相の組織が得られた。他の鋼種では,処理条件によって,フェライト+パーライトの混合組織(b),もしくは独立したセメンタイト粒子がフェライト粒界上に分散した組織(c)が得られた。組織の形態と求積法で求めたフェライト結晶粒径,降伏応力,さらに加工材の転位密度をTable 2およびTable 3にまとめて示す。セメンタイトが,独立した粒子としてフェライト基地中に存在する試料については(F+θ),パーライトとして存在する試料については(F+P)と記している。一方フェライト粒径に着目すると,1.3 μmから95 μmの広い範囲で調整できていることがわかる。なお,どの試料においてもフェライト粒の結晶方位はランダムで,顕著な集合組織を有していないことも確認している。なお,焼鈍材の転位密度は約5×1012/m2であった。
Typical microstructure of specimens with ferrite single phase (a), ferrite-pearlite structure (b) and ferrite-cementite structure (c).
as annealed | 5% cold-rolled | 10% cold-rolled | 20% cold-rolled | ||||||
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Micro Structure | d | σy | ρ | σy | ρ | σy | ρ | σy | |
μm | GPa | 1014 m–2 | GPa | 1014 m–2 | GPa | 1014 m–2 | GPa | ||
0.006%C-steel | F | 11 | 0.216 | 1.8 | 0.291 | 3.0 | – | 5.0 | 0.428 |
F | 19 | 0.174 | 1.4 | 0.254 | 2.3 | – | 2.9 | 0.389 | |
F | 57 | – | 0.80 | – | – | – | – | – | |
F | 95 | 0.101 | 0.37 | 0.199 | 0.60 | – | 0.75 | 0.235 | |
0.03%C-steel | F+P | 3.5 | – | 5.2 | – | – | – | – | – |
F+θ | 5.3 | – | 3.9 | – | – | – | – | – | |
F+θ | 5.9 | – | 3.5 | – | – | – | – | – | |
F+P | 42 | – | 0.64 | – | – | – | – | – | |
0.15%C-steel | F+θ | 1.3 | 0.585 | 8.0 | 0.572 | 10.0 | – | 12.1 | – |
F+P | 3.4 | 0.438 | 4.3 | 0.463 | 6.2 | – | 7.2 | – | |
F+P | 5.2 | 0.357 | 3.1 | 0.416 | 4.3 | – | 6.3 | – |
* F: ferrite, θ: cementite, P: pearlite
as heat treatment | 10% cold-rolled | 17% cold-rolled | 35% cold-rolled | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Micro Structure | d | σy | ρ | σy | ρ | σy | ρ | σy | |
μm | GPa | 1014 m–2 |
GPa | 1014 m–2 |
GPa | 1014 m–2 |
GPa | ||
S15CK | F+P | 9.0 | – | 4.1 | 0.482 | 8.1 | 0.586 | 12.0 | 0.683 |
* F: ferrite, θ: cementite, P: pearlite
Fig.2は,結晶粒径が異なる各試料の公称応力−ひずみ曲線を示す。結晶粒径が小さいほど,降伏応力および降伏後の流動応力は大きくなる傾向にある。また,どの試料においても降伏後に降伏伸びが発現しており,降伏伸びは,結晶粒が小さくなるほど大きくなる傾向にはあるが,最大でも5%程度である。このことは,どの試料においても5%程度の加工を加えると均一変形域に達することを示している。各試料の降伏応力と結晶粒径の関係をFig.3に示している。図中の直線は,それぞれの試料についてこれまでに報告されたHall-Petchの関係を示している10,17)。0.006%C鋼と0.15C鋼のいずれにおいても,今回得られたデータがすでに報告されている直線上にあることがわかる。この結果は,焼鈍材の降伏応力が結晶粒微細化強化の機構で決定されていることを示唆している。固溶炭素量が60 ppm以下の鋼については,Hall-Petch係数(直線の傾き)が炭素量に依存して変化するが17),今回使用した鋼については,Hall-Petch係数は0.6 GPa・μm1/2でほぼ同じである。
Nominal stress-strain curves of specimens with various ferrite grain sizes.
Hall-Petch relationship in steels used in this study.
一方Fig.4は,5~20%の冷間圧延を施した試料の降伏応力と相当ひずみの関係を示している。どの試料でもひずみ量の増加に伴い降伏応力は高くなっているが,結晶粒径が小さいほど,加工材の降伏応力も高水準に保たれている。この結果から,一見,加工硬化域においても結晶粒微細化強化の寄与が加算されているように見受けられるが,細粒化により転位の蓄積が促進されている可能性もあるので4),粒径に依存した転位密度の変化を考慮して強化機構を議論すべきであろう。冷延材の転位密度と相当ひずみの関係をFig.5に示す。同じ加工率であっても転位密度は試料によって大きく異なり,結晶粒径が小さいほど転位密度の増加が顕著なことがわかる。この結果は,結晶粒微細化によって転位の導入が促進されることを示している。結晶粒径が20 μm以上の試料については,転位密度はひずみ量にほぼ比例して単調に増大する傾向を示している。一方で,結晶粒が20 μm以下の試料については,相当ひずみが0.1以下の加工の初期段階で転位密度が急増し,高ひずみ域では次第に転位密度が頭打ちになる傾向を示す。この傾向は,フェライト粒径が小さいほど顕著であることがわかる。転位密度が2×1014/m2以下の領域(図中点線)では,転位密度はひずみ量にほぼ比例して単調に増大するが,転位密度がそれ以上の領域(図中実線)では,転位の増加挙動が非直線的になることが分かる。KehらおよびEvansらも同様の結果を示しており2,4),この理由として,転位密度が高くなると転位間反応による転位消滅(転位の動的回復)の効果が顕著になることが考えられる。転位の蓄積挙動に及ぼす動的回復の影響については,4章2節にて検討を行う。
Relation between equivalent strain and yield stress in cold rolled specimens with various ferrite grain sizes.
Relation between equivalent strain and dislocation density in cold rolled specimens with various ferrite grain sizes.
加工で蓄積する転位密度に及ぼす結晶粒径の影響を明らかにするために,塑性変形初期に相当する5%冷間圧延材に関して,結晶粒径と転位密度の関係をFig.6に示す。フェライト粒径が20~100 μmの範囲では,転位密度に顕著な差は見られないが,結晶粒径が20 μm以下になると転位密度が急増することがわかる。ただし,0.15%C鋼のデータには,前述のように少量のパーライトやセメンタイトが含まれており,これらが転位の導入挙動に何らかの影響を及ぼしている可能性は否定できない。また,試料によって固溶炭素量が若干異なることも予想され,導入される転位の密度に固溶炭素が影響していることも考えられる4)。本実験ではこれらの影響を分離して評価することはできなかったが,同一鋼で比較した場合,結晶粒径が小さいほど転位密度か高くなっているので,細粒化によって転位の導入が促進されることは間違いない。
Effect of ferrite grain size on the dislocation density of 5% cold-rolled specimens.
Fig.7は,5~35%の冷間圧延を施した試料の降伏応力σyを転位密度ρの平方根で整理した結果を示している(Bailey-Hirschの関係)。加工材の転位密度と降伏応力の間には良好な直線関係が成立し,結晶粒径や加工率が異なっても全てのデータがほぼ同一直線上にあることがわかる。この結果は,降伏伸びを上回るひずみを受けた加工材の強度が,単に転位強化のみで決定され,結晶粒微細化強化の直接的な加算則が成立しないことを示している。なお,強化量Δσ[GPa]と転位密度ρ[m−2]の間には次式が成立し,この関係は著者らが報告した結果6)と一致している。
(3) |
Relation between dislocation density and yield stress in cold-rolled specimens with various ferrite grain sizes.
まとめとして,多結晶鉄の引張変形挙動と強化機構の関係をFig.8に模式的に示す。十分に焼鈍した多結晶鉄の降伏応力は結晶粒微細化強化の機構で決定されるので,結晶粒径と降伏応力の間にはHall-Petchの関係が成立する。一方,降伏伸び以上の加工ひずみを加えた多結晶鉄については,上述のように転位密度に依存して流動応力が決定されるので,流動応力と転位密度の間にはBailey-Hirschの関係が成立する。結晶粒径が小さいほど流動応力も大きくなるため,これまで加工材の流動応力は結晶粒微細化強化と転位強化の加算則で説明されることが一般的であったが11),実際には,結晶粒が小さいほど転位の導入が促進され,結果的に転位強化の寄与が大きくなって流動応力が増大すると結論できる。以上のように,焼鈍した鉄では結晶粒微細化強化,降伏点以上の加工を加えた鉄では転位強化のみで降伏応力を評価出来ていることから,これら二つの強化機構は同時には発現せず,むしろ両者は競合的な関係にあるものと理解できる。なお降伏伸びは,降伏後に強化機構が遷移する過程で発現するが,詳細については別の機会に報告する。
Schematic illustration showing the effect of grain size on yield stress and flow stress in polycrystalline ferritic steel.
以上,結晶粒径が小さいほど加工で導入される転位の密度が高くなることを示したが,ここではその理由について考察する。加工によって導入される転位の密度ρiは,一般に,幾何学的に必要な転位(GN転位)と統計的に蓄積する転位(SS転位)の総計と考えられる。Ashbyらは,多結晶金属では結晶方位に依存して転位のすべり方向が異なり,隣接した結晶粒間には不整合ひずみが生ずるので,それを補うためにGN転位の導入を必要とする考え方を示した18,19)。ここで,GN転位の密度をρG,せん断ひずみ量をγ,転位のBurgersベクトルの大きさをb,幾何学的すべり間隔をλGとおくと,次式の関係が得られる。多結晶金属の場合,λGは単純に結晶粒径dに対応する19)。
(4) |
つまりこの式は導入された転位がすべて蓄積されるとした場合,GN転位の密度がひずみに比例して増大し,ひずみ量が一定の条件下では,結晶粒径の逆数に比例して増大することを示唆している。bcc金属について(4)式を引張りひずみeとの関係に書き直すと,γ=2eの関係から次式が得られる。
(5) |
なお,AshbyモデルにおけるSS転位の密度はGN転位の密度と比較して極めて小さいと考えられている18)。
一方Conradらは,転位の運動が結晶粒径の影響を受け,結晶粒径が小さいほど,一定の塑性ひずみを生ずるためにより多くのSS転位が導入されねばならないとする考え方を示した20)。転位の運動と引張りひずみeの関係については,次式が一般的に知られている。
(6) |
ここで,ρは単位体積中で運動した転位の全長,bは転位のBurgersベクトルの大きさ,Xは転位の平均運動距離,mはTaylor因子である。Conradらは,転位の平均運動距離が結晶粒径dに一次的に比例すると仮定してX=φd(0<φ<1)と置き,加工で導入される転位の密度ρsに及ぼす結晶粒径の影響を次式で表している20)。
(7) |
この式は,導入された転位がすべて蓄積されるとした場合,転位密度がひずみに比例して増大することを示唆している。Conradらは,φの値として0.15程度が妥当との報告をしており20),m=2,b=0.25 nm,φ=0.15を(7)式に代入すると次式が得られる。
(8) |
これら二つの転位の導入モデルは,係数の違いはあるものの,導入される転位の密度はひずみに比例し,結晶粒径に反比例するという点で類似し,これは本実験で得られた結果とよく一致している。実際にはこれら二つの機構が同時に働いていると思われるので13),本研究では,両モデルを加算した次式で導入される転位の密度ρiを求めた。
(9) |
(9)式の妥当性を検討するために,Fig.6で示した5%圧延材の実験結果を両対数の関係で整理しなおした結果をFig.9に示す。破線は(9)式で計算した結果を示している。実測した転位密度ρと結晶粒径dの間には良好な直線関係があり,次式が成立する。
(10) |
Relation between dislocation density and ferrite grain size in 5% cold-rolled specimens. The broken line is the result calculated by the Eq.9.
(9)式で計算した値ρiと実験結果ρは完全には一致していないが,(9)式でおおよそ妥当な値が得られていることがわかる。とくに粗大粒領域では両者は良く一致しており,結晶粒径が小さくなるにつれてρとρiの差が大きく広がっていく点は大変興味深い。実際には,転位密度が高くなると転位の動的回復の影響が顕著になるため,転位密度が高い細粒材ではその影響が現れている可能性がある。そこで以下,転位の動的回復に及ぼす結晶粒径の影響を検討した。
4・2 転位の蓄積挙動に及ぼす動的回復の影響鉄を加工すると,転位密度が増加していく過程で,転位セルと呼ばれる組織が形成される。結晶粒径が11 μm(細粒材)と95 μm(粗粒材)の試料について,TEMで観察された組織をFig.10に示す。加工率が5%の試料については転位密度が低いことが分かるが,転位の分布は均一ではなく,転位密度の高い領域と低い領域が混在している。10%加工材ではその傾向がさらに顕著になり,転位密度が高い転位セル壁が明瞭に観察される。転位セル壁で囲まれた領域が転位セルに相当し,細粒材の転位セルの大きさは,粗粒材と比べて圧倒的に小さいことが分かる。20%加工材については転位セルの大きさはさらに小さくなっている。加工率が大きくなるにつれて,転位セルが小さくなるだけでなく,転位セル壁内の転位密度も高くなり,また転位セル壁の厚さも増大することが報告されている21)。転位セル内部の転位密度は,転位セル壁のそれに比べて一桁以上低いため21),加工に伴って平均転位密度が高くなるのは,転位セルが小さくなることで転位セル壁の体積割合が増大するためと考えられる。つまり,加工率の増加とともに転位セルサイズは小さくなるが,結晶粒が小さいほど転位の導入が促進され,結果的に転位セルのサイズがより微細になると考えられる。
Effect of ferrite grain size on the dislocation cell structure in 0.006%C steel with cold rolling. Transmission electron microstructure was obtained for the {111} crystal plane.
一方,加工で導入された転位が転位セルを形成する過程では,必ず転位の動的回復も起こっているはずであり,その頻度は転位密度が高いほど大きいと考えられる。加工によって導入される転位の量をρi,動的回復により消滅する転位の量をρrとすると,蓄積される転位の密度ρ*は一般的に次式で与えられる。
(11) |
ρrを定式化することは困難であるが,これら転位の蓄積と結晶粒径との関係を理解するために,(9)式で求めた転位密度ρiと実測した転位密度ρとの関係をFig.11に示す。
Relation between measured dislocation density and the density of introduced dislocations which was calculated by the Eq.9 for cold-rolled specimens with various ferrite grain sizes.
転位密度が低い領域(ρi<2×1014/m2)では,ρとρiの間に良好な直線関係が成立する。この結果は,転位密度が2×1014/m2以下の場合,導入された転位がほとんど蓄積されることを示唆しており,Fig.5に示した結果とも一致する。しかし,ρiの値がそれ以上に大きくなると次第にρiとρの差が開く傾向にあり,その差が回復した転位の量ρrに対応すると考えられる(図中矢印)。ここで注目すべき点は,結晶粒径や加工率によらず,すべてのデータが一つの曲線上にあることである。この事実は,結晶粒微細化によって転位の導入は促進されるが,転位の動的回復は,結晶粒径の影響を受けずに導入される転位の量のみに依存することを示している。転位間の反応は,結晶粒内での微視的な領域で起こる現象であるため,転位の動的回復に結晶粒径の影響が現れないのは当然の結果とも言える。
フェライト粒径を1 μmから100 μmの範囲に調整した低炭素鋼(0.006%C~0.15%C)を用いて加工材の転位密度に及ぼす結晶粒径の影響を調査し,以下の結論を得た。
(1)無加工材のフェライト粒径と降伏応力の間にはHall-Petchの関係が成立する。
(2)加工による転位の導入は結晶粒径が小さいほど促進され,変形初期の転位の導入量は結晶粒径の逆数にほぼ比例する。
(3)転位密度が2×1014/m2以下の領域では転位密度は加工ひずみにほぼ比例して直線的に増大するが,転位密度がそれ以上になると,転位の動的回復の影響で転位密度の増加は非直線的になる。結晶粒が小さいほど転位の導入は促進されるが,転位の動的回復には結晶粒の影響は無く,導入される転位の量のみが影響することを確認した。
(4)降伏伸び以上の加工ひずみを加えた試料については,結晶粒径や加工ひずみの量とは無関係に,降伏応力と転位密度の間に一義的なBailey-Hirschの関係が成立する。この結果は,結晶粒が小さいほど転位の導入が促進され,結果的に転位強化量が増大することを示している。
(5)結晶粒微細化強化と転位強化の間では単純な加算則は成立せず,むしろ両者間に競合的な関係があることが分かった。
本研究で使用した0.15%C鋼は,NEDOの支援による「PROTEUS Project」において製造されたもので,研究用試料ならびに引張り試験データを提供していただいた新日鐵住金(株)に感謝いたします。また,本研究は,JSPS科研費JP15H05768の助成を受けたものです。