Tetsu-to-Hagane
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Transformations and Microstructures
Effect of Chromium Addition on the Coarsening of Cu-particle in Ferritic Stainless Steels
Daisuke YamanakaSengo Kobayashi Jun-ichi HamadaNorihiro Kanno
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2018 Volume 104 Issue 7 Pages 385-392

Details
Synopsis:

Coarsening of Cu-particles in 11.4%Cr-1.48%Cu (11Cr steel) and 23.7%Cr-1.48%Cu (24Cr steel) ferritic stainless steels were investigated mainly using transmission electron microscopy and energy dispersive X-ray spectrometry. The samples were solution-treated at 1250°C and then isothermally aged at 800°C for up to 604.8 ks. Precipitation hardening in steels occurred due to precipitation of Cu-particles during aging. Decrease of hardness of 24Cr steel associated with coarsening of Cu-particles occurred slower than that of 11Cr steel during aging. The normalized standard deviation of the size distribution of Cu-particles increased and reached saturation at a certain value during aging. The kinetic analysis for coarsening of Cu-particles showed that the interfacial energy of Cu-particles/matrix of 24Cr steel was lower than that of 11Cr steel, while diffusion coefficient of the steels did not depend on chromium concentration. The segregation of chromium formed at the interface of Cu-particles/matrix may decrease interfacial energy of Cu-particles resulting in retardation of coarsening of Cu particles.

1. 緒言

析出物を母相中に微細分散させて鉄鋼材料を強化する方法は有用といえるが,生成した析出物が高温における等温保持によって粗大化すると材料は軟化してしまう。析出物の粗大化過程においては,小さな析出物から大きな析出物への溶質の流れが生じ,小さな析出物は消滅して析出物数が減少し,析出粒子間隔が広がって析出物の転位に対するピン止め効果が弱くなる結果,析出物は鋼の強化に寄与しなくなる。したがって析出物の粗大化挙動を解析し制御することは,鋼の機械的特性の制御にとって重要といえる。析出物の粗大化挙動の解析に関しては,実験的研究とともに,LSW理論1,2)やKV理論3)といった理論的研究も古くから数多く行われている。ところで,析出物を利用した鉄鋼材料の強化を目的にCuを添加する方法が知られている48)。フェライト中のCuの固溶限はlog[cα]=−4500/T+4.335で表され9),例えば800°Cにおいて1.15 mass%と小さく,適切な熱処理によってフェライト母相中にCuを微細析出させることが容易であり,鋼の高温強度や疲労強度が向上する。析出初期のCu粒子は球状で,準安定なbcc構造を有することが知られている。そして成長に従い,粒子サイズが4 nm,17 nm以上でそれぞれ9R,3Rと呼ばれる中間構造を経て,安定な棒状fcc構造をとる1016)。また,このCu析出物の転位との相互作用1719)や成長挙動20,21)に関する研究も過去に報告されている。ステンレス鋼においても同様に,析出Cu粒子による析出強化に関する研究がなされている22)。ステンレスはCrを10.5%以上含んだFe基合金であり,Cr量の増加に伴い耐食性が向上するため,様々なCr量を有するステンレス鋼が開発されてきた。ステンレス鋼の強化にCu粒子の析出強化を利用する場合,Cr添加量によってCu粒子の粗大化挙動が如何に変化するかを理解しておく必要があるがこれまで詳細な報告はない。そこで本研究では,フェライト系ステンレス鋼中のCu粒子粗大化挙動に及ぼすCr添加効果を組織学的に解明することを目的とした。

2. 実験方法

11.4%Cr-1.48%Cu鋼ならびに23.7%Cr-1.48%Cu鋼(数値はmass%)を溶製した。以後,それぞれの鋼種を11Cr鋼,24Cr鋼と呼称する。両試料を10×10 mm,厚さ2 mmに加工した後,アルゴン雰囲気中で1250°C,600 sの溶体化処理を施し,氷塩水中に焼き入れた。その後,800°Cにて7~604800 sの時効処理を施し,氷塩水中に焼き入れた。熱処理後の試料をエメリー紙研磨,バフ研磨によって50 μm厚の薄片とし,10%過塩素酸と90%酢酸を混合した研磨液を用いて,ツインジェット法にて透過型電子顕微鏡(TEM)観察用薄膜試料とした。TEMは日本電子製のJEM100CX,JEM2100をそれぞれ加速電圧100,200 kVにて用いた。なお,TEM明視野像を観察する際には,すべて母相フェライトの〈111〉α方向から観察した。また,組成分析はJEM2100に付属のエネルギー分散型分光分析(EDS)装置JED-2300Tならびに自作したMo製TEM試料ホルダを用いた。実験ごとにCliff-Lorimer法23)を用いてk因子の補正を行った。試料のビッカース硬度は,1 kgfの試験荷重で室温にて7点測定し,最大・最小値を除いた5測定値の平均値を用いた。

3. 実験結果

3・1 時効に伴うビッカース硬度変化

溶体化処理(SST)後の硬度は,11Cr鋼,24Cr鋼においてそれぞれ124,148 Hvであった。Fig.1には,その溶体化処理後の硬度を基準とした800°C時効による各鋼種の硬度変化量を示す。時効に伴い,両鋼種ともに硬度は増加した後に減少した。時効初期に注目すると,11Cr鋼,24Cr鋼の7 s時効材においてそれぞれ硬度増加量が9,18ΔHvであり,Cr添加量の多い鋼種ほど早期に硬度増加が生じることがわかる。硬度増加のピーク値となる時効時間は11Cr鋼,24Cr鋼においてそれぞれ30,15 sであるが,ピーク硬度の増加量は11Cr鋼,24Cr鋼においてそれぞれ39,70ΔHvであり,Cr添加量の多い鋼種ほど硬度増加量が大きいことがわかる。その後,特に24Cr鋼においては,900 s以降の硬度減少が緩慢となっており,Cr添加量が多い鋼種ほど時効後期における硬度減少が遅延していることがわかる。時効初期の析出物生成に伴う硬化挙動については別報にて報告予定であり,今回は時効後期の析出物粗大化に伴う軟化挙動に着目して解析した結果を述べる。

Fig. 1.

Variation of increment of Vickers hardness during aging at 800°C. Circles and squares represent the results for the 11Cr and 24Cr steels, respectively. (Online version in color.)

3・2 TEMによる内部組織観察

Figs.2(a),(b)に,11Cr鋼を800°Cにて1800 sならびに86400 s時効した際に形成された内部組織を示す。11Cr鋼において1800 s以降の時効は,Fig.1で示したように硬度が緩やかに減少する時効後期の過程である。Fig.2はTEMの明視野像であり,各写真に観察される棒状の粒子がフェライト母相中に生成したCu粒子である。Cu粒子の一部は,Fig.2(b)の矢印で示すようにTEM薄膜試料作製時に抜け落ちてしまっている場合があるが,そのような個所は以後の組織解析に含めないようにしている。特に,棒状粒子の体積分率評価の際はCu粒子が抜け落ちていない個所で評価を行うように配慮した。時効に伴い11Cr鋼中のCu粒子サイズは大きくなり,平均粒子半径は39 nmから56 nmへと増加した。Figs.2(c),(d)には24Cr鋼を800°Cで1800,86400 s時効した試料におけるTEM明視野像を示している。時効に伴い24Cr鋼中のCu粒子も平均半径が34 nmから48 nmへと増加していた。さて以下に,棒状Cu粒子の平均半径の求め方について説明しておく。本研究では棒状Cu析出物の体積と同じ体積を有する球状析出物の粒子半径をCu粒子半径としている。また,棒状Cu粒子を回転楕円体粒子とみなし,回転楕円体粒子の短軸半径aと長軸半径bをTEM写真から求め,棒状Cu粒子体積をV=(4/3)πa2bとした。そして,それと等価な体積をもつ球の体積をVs=(4/3)πr3と置いて,Cu粒子半径rを,(4/3)πa2b=(4/3)πr3からr= a 2 b 3 と定めた。さらにここで,本研究で粒子半径をTEM観察結果から評価する際に配慮した点について述べる。TEMによる観察では,母相中に生成した棒状粒子を観察面である蛍光スクリーンに投影した状態で観察するため,投影された粒子の投影面積から求めた粒子半径と粒子の実際の体積から求めた粒子半径との関係を把握しておく必要がある。棒状粒子が投影面と平行に成長している場合,棒状粒子を回転楕円体近似すると,投影面積はS=πabであり,それと等価な面積をもつ円の半径r*はr*= a b で与えられる。ここで,回転楕円体粒子のアスペクト比x=b/aを用いると,体積から求めた粒子半径rと粒子の投影面積から求めた粒子半径r*はそれぞれr= a x 1 3 およびr*= a x 1 2 と書き表せるので,r= r * x 1 3 1 2 = r * x 1 6 という関係がある。棒状粒子が成長し,棒状粒子のアスペクト比が大きくなるほど,投影面積から求めた粒子半径r*では,粒子の体積から評価する粒子半径rより過大に評価していることになる。例えば,アスペクト比が5である粒子では,投影面積から求めた粒子半径r*では粒子体積からもとめる粒子半径rを24%過大に評価することになる。したがって,本研究では上述の関係式を用いて,TEM観察から求められた粒子半径r*を粒子の体積から求める粒子半径rへと変換した。さてここまでは,棒状粒子がTEM観察における観察面と平行に成長していると仮定して粒子半径評価を考えてきた。しかし,棒状のCu粒子は,母相の〈111〉αから5~9°ずれた不変線方向(〈656〉αまたは〈557〉α近傍)に成長することが知られており24),そのような棒状粒子を本研究では,母相の〈111〉α方向から観察している点に関して検討しておく必要がある。ここでは簡単のため,棒状Cu粒子が伸びている方向を〈111〉α方向であると近似して,母相の〈111〉αの4方向[111]α,[111]α,[111]α,[111]αに棒状Cu粒子は伸びているとする。母相の[111]α方向からそれら棒状粒子をTEMにて観察すると,[111]α方向に伸びた棒状粒子に対しては,棒状粒子の断面を観察していることになり,他の3方向に伸びた棒状粒子は(111)α面に対して約30°傾いて投影された状態として観察される。なお本研究では,[111]α方向に伸びた棒状粒子のように,他の3方向に伸びた棒状粒子より極端に小さく観察される粒子は粒子サイズ評価に含めないようにした。(111)α面に対して約30°傾いて成長している棒状粒子を観察面に投影した状態で粒子サイズを解析した場合,棒状粒子の長手方向の長さを過小評価することになる。先ほどまでの議論と同様に,棒状粒子を回転楕円体粒子と見なすと,回転楕円体のアスペクト比が1の場合,すなわち球であるならば,投影しても長軸半径は過小評価していない状態であるが,アスペクト比が大きくなると,長軸半径bを過小評価していることになり,アスペクト比が無限大の線状析出物では30°傾いて投影された結果, 3 / 2 ×100≈87%と約13%長軸半径を過小評価していることになる。本研究で解析したCu粒子のアスペクト比は約3~5であり,その場合は約12%程度過小評価している状態となるが,この過小評価についてはこの後に議論する母相とCu粒子との界面エネルギー評価に大きな影響を及ぼさなかったため,今回,棒状粒子が30°傾いて観察面に投影された状態で棒状粒子の形態を評価している影響については無視することとした。

Fig. 2.

Bright-field images for the 11Cr steel (a, b) and 24Cr steel (c, d) aged at 800°C for (a, c) 1800 s and (b, d) 86400 s, respectively.

Fig.1の硬度減少が確認された時効時間30 s以降の試料の内部組織を解析し,時効時間に対するCu粒子の平均粒子半径で規格化したサイズ分布の標準偏差を求めた結果をFig.3に示す。サイズ分布の標準偏差は両試料ともに時効に伴い0.19付近から増加し11Cr鋼では時効時間約300 s以降,24Cr鋼では時効時間約900 s以降で0.27付近に飽和している。つまり時効時間900 s以降では,両鋼種ともCu粒子のサイズ分布関数は同様な形をしており,Cu粒子の形態は空間的に自己相似性を有している。言い換えると,各時効時間における組織(フェライト中のCu粒子の形態)は,各Cu粒子サイズを平均半径で規格化すれば同様な組織になっているといえる。析出粒子の粗大化過程において,粒子形態は空間的に自己相似性を示す1,2)ことが知られており,つまり,11Cr鋼では時効時間約300 s以降,24Cr鋼では時効時間約900 s以降でCu粒子は粗大化過程にあるといえる。

Fig. 3.

Change in standard deviation of size distribution of Cu particle radius in the 11Cr and 24Cr steels aged at 800°C. (Online version in color.)

また,時効に伴うCu粒子の体積分率変化を求めた結果をFig.4に示す。Cu粒子の体積分率は,11Cr鋼では時効時間約100 s以降で約0.003に飽和しており,24Cr鋼では900 s付近で0.006付近に飽和傾向にある。熱力学計算ソフトPandatを用いて24Cr鋼中のCuの固溶限を求めて体積分率を計算すると0.006になるため24Cr鋼においてCu粒子の体積分率はおおよそ900 s以降で飽和していると考えられる。なお,Pandatによる熱力学計算にあたり,すべてのパラメータはMatCalc steel databaseより取得した。Fig.4において,析出物の体積分率が変化しなくなったことは,母相中のCuの過飽和度がゼロとなり,析出粒子が粗大化過程に入ったことを示す。以上,Fig.3Fig.4に示した時効に伴う析出粒子のサイズ分布変化ならびに体積分率変化による粗大化過程移行時間は若干異なるものの,11Cr鋼では時効時間300 s以降,24Cr鋼では時効時間900 s以降でCu粒子は粗大化過程にあるとみなして,析出粒子の粗大化過程の解析を行った結果について以下に述べる。

Fig. 4.

Change in the volume fraction of Cu particle in the 11Cr and 24Cr steels aged at 800°C. (Online version in color.)

3・3 Cu粒子粗大化挙動の速度論的解析

析出物の粗大化過程には,析出物/母相界面の界面エネルギーと,母相中の溶質原子の拡散速度が大きな影響を及ぼす。Ardell25)によると,析出物/母相界面の界面エネルギーγと母相中の溶質の拡散係数Dは,以下の(1),(2)式を用い粗大化過程にある粒子のサイズ変化と母相中の溶質濃度変化から実験的に求めることができる。

  
γ = α β ( R T 2 c B ( ) V m ) (1)
  
D = α 2 β 9 4 V m (2)

ここで,Rは気体定数,Tは温度,cB(∞)は平衡濃度(固溶限),Vmは析出粒子のモル体積(ここではCuのモル体積でありVm=7.11×10−6 m3/mol)である。αβの値は以下の(3),(4)式を利用して求める。

  
r ¯ 3 r ¯ 0 3 = ( 8 γ c B ( ) V m 2 D 9 R T ) ( t t 0 ) = α 3 ( t t 0 ) (3)
  
c B = c B ( ) + ( ( D R 2 T 2 9 γ 2 c B ( ) 2 V m ) 1 3 t 1 3 ) = c B ( ) + β t 1 3 (4)

ここで,rおよびcBは時刻tにおける平均粒子半径と母相中の溶質濃度である。また,t0は粗大化過程におけるtよりも短時間側のある時効時間であり,r0はその時の平均粒子半径である。今回,両合金とも900 s以降で伴に粗大化過程にあるといえるので,t0=900 sとした。粗大化過程にある試料のCu粒子の平均粒子半径変化r3r30tt0に対してプロットしたものをFig.5に示す。(3)式より,この傾きがα3の値となる。また,母相中のCu濃度cB t 1 3 に対してプロットしたものをFig.6に示す。(4)式より,Fig.6の直線の傾きがβの値であり,切片は各鋼種の固溶限cB(∞)の値となっている。なお,(3),(4)式における濃度の次元は,[cB]=[mol・m−3]である。Figs.5,6より得られたαβcB(∞)の値をTable 1に示す。また,熱力学計算ソフトPandatで計算したcB(∞)の値cB(∞)Calも示した。組成分析の際,電子線を照射した領域であるプローブ径は直径10 nmとし,実験ごとにk因子による補正を行った。これらの結果から(1),(2)式を用いてCu粒子界面の界面エネルギーγ,母相中のCuの拡散係数Dの値を計算した結果をTable 2に示す。11Cr鋼と24Cr鋼を比較すると,拡散係数は大きく変化しないが,界面エネルギーはCr量が多い24Cr鋼の方が小さな値を呈することが明らかとなった。

Fig. 5.

Variation of the third power of average Cu-particle radius as a function of coarsening time in the 11Cr and 24Cr steels aged at 800°C. (Online version in color.)

Fig. 6.

Change in the Cu concentration in the matrix of 11Cr and 24Cr steels, cB, with t 1 3 . (Online version in color.)

Table 1. Values of α, β and cB(∞) for 11Cr and 24Cr steels. The calculated values of cB(∞)Cal are also displayed.
sample α(×10–9) β cB(∞) cB(∞)Cal
11Cr 0.6861 1177.49 969.0 843.9
24Cr 0.4110 713.2 709.5 675.1
Table 2. Values of the interfacial energy between Cu precipitate and matrix, γ, and volume diffusion coefficient, D.
sample γ(J/m2) D(m2/s)
11Cr 0.52 1.27 ×10–16
24Cr 0.26 0.75 × 10–16

4. 考察

4・1 Cu粒子粗大化に及ぼすCr添加効果

Fig.3ならびにFig.4の結果から,Cu粒子は11Cr鋼では時効時間300 s以降,24Cr鋼では900 s以降で粗大化過程にあると考えられる。Fig.1の時効硬化量曲線において900 s以降の長時間時効側に着目すると,Cu粒子の粗大化により両鋼種とも軟化しているが,Cr量の多い24Cr鋼の硬度低下が緩慢になっている。24Cr鋼の硬度は,最終的にはSST材の硬度レベルより低下すると考えられる。SST材より過時効材の硬度が低下する理由は,SSTの時にはCuは母相に固溶しており,Cuは固溶硬化によって材料の硬化に寄与している。時効処理を行うと,Cuは粒子として析出し,析出硬化によって材料の硬化に寄与するが,過時効状態になると材料の硬化に寄与しなくなる。その結果,過時効材はSST材より硬度は低くなるといえる。なお,両鋼種の炭素と窒素の濃度は,11Cr鋼ではそれぞれ10 ppm,50 ppmであり,24Cr鋼ではそれぞれ10 ppm,80 ppmと極微量であり,Fig.1で示した過時効段階の両鋼種の硬度変化の差異を生み出す原因ではないと考えられる。Fig.5に示したように,時効時間に対するCu粒子サイズは24Cr鋼の方が常に小さく,このことから過時効段階においてCrを多く含有する24Cr鋼の硬度低下が緩慢となった原因は,Cr添加によってCu粒子の粗大化過程が緩やかに進行したためと考えられる。粒子の粗大化過程が緩やかに進行する現象は,析出相/母相のミスフィットが大きく,かつ,析出物が密に生成している系において確認されている2628)。この場合の粒子粗大化の遅滞は,析出物間の弾性相互作用エネルギーが重要な働きをし,組織の全エネルギーを考慮した組織分岐理論28)から説明されるが,今回の場合には弾性相互作用エネルギーが及ぶようなほぼ隣接した距離に析出粒子同士は無く,そのような弾性歪場の効果によって粗大化の遅延が生じたとは考えられない。析出粒子の粗大化過程に及ぼす因子としては,弾性歪場の他に析出物/母相界面の界面エネルギーならびに析出物の粗大化に必要な溶質原子の拡散が挙げられる。今回,LSW理論を基礎としたArdellによる粗大化粒子の速度論的解析手法を適用した結果,Table 2に示したようにCr添加量の増加により溶質Cu原子の拡散係数に変化は生じなかったが,Cu粒子/母相界面の界面エネルギーが低下することが示された。Monzenら8)はFe-1.5%Cu二元系合金において,650,700°C時効で生成したCu粒子のCu粒子/母相界面の界面エネルギーを求め,それぞれ0.57,0.60[J/m2]という値を得ている。一方,本研究で得られた11Cr鋼(Fe-11.4%Cr-1.48%Cu),24Cr鋼(Fe-23.7%Cr-1.48%Cu)3元系合金の800°C時効により生成したCu粒子の母相との界面エネルギーは0.52,0.26[J/m2]であり,24%のCrを添加することで界面エネルギーの低下が生じたといえる。このCr添加によるCu粒子/母相の界面エネルギーの低下がCu粒子の粗大化を遅延させた原因と考えられる。

Cr添加によりCu粒子/母相界面の界面エネルギーが低下した原因を明らかにするために,Cu粒子/母相界面のEDS組成分析を行った結果をFig.7に示す。組成分析の際に電子線を照射した領域であるプローブ径は半径5 nmとし,評価の際にはk因子による補正23)を行った。Fig.7は,Cu粒子/母相界面のCr濃度(▲印)と析出物から離れた母相のCr濃度(●印)を種々の試料厚さに存在するCu粒子と母相に対し調べた結果を示している。さらに,それぞれの分析結果に対する近似直線を引き,組成(c)と試料厚さ(th)との関係を式にて示している。母相のCr濃度は,試料厚さに対してほぼ一定の値を示したが,Cu粒子/母相界面のCr濃度は薄膜領域になるほど上昇している。ここで,Cu粒子/母相界面のCr濃度を測定した結果が膜厚によって変化した理由を考えてみる。分析領域の試料厚さは等厚干渉縞を用いた測定から50~150 nmであり,一方,棒状Cu析出物の平均短軸半径は組成分析を行った試料において26.2 nmであったことから,組成分析した棒状Cu粒子は母相中に埋まっている状態といえる。つまり,試料厚さの増大は,分析領域における母相の割合の増加といえる。したがって,試料の膜厚が厚くなっていくと,Cu粒子/母相界面のCr濃度の分析結果は,界面Cr濃度の影響が相対的に小さくなり,母相のCr濃度に近づいて行く。逆に,試料厚さが薄くなるほど界面の真の濃度を表すようになってくるといえる。そこで,母相とCu粒子/母相界面のCr濃度測定結果の直線近似式より,試料厚さゼロにおける母相とCu粒子/母相界面のCr濃度を求めると22.5 at%(22.7 mass%)と29.2 at%(28.4 mass%)となる。このCu粒子/母相界面のCr濃度29.2 at%Crという値は,薄膜試料中に埋没しているCr粒子の上下にある母相の影響がない場合の界面Cr濃度といえる。さらに,これらの数値を組成分析を行った領域の構成相を考慮して検討する。母相のCr濃度は,Cr原子が母相中に均一に分散しているためプローブ径を変化させても分析値に変化は現れないといえるが,界面のCr濃度を評価する際には界面幅よりプローブ径が大きい場合は界面領域の他にCu粒子および母相が測定領域に含まれるため,プローブ径の変化はCr濃度の測定結果に影響を及ぼす。本研究の場合プローブ径は10 nmとしているので,界面濃度を測定した際の分析領域を10 nm直径の円を有する円柱領域と考えて,界面領域を挟んでその半分がCu粒子でもう半分は母相の領域と考える。なお,Cu粒子の上下にある母相領域は,先ほど述べたように今注目している数値においてはその影響が除外されているので考慮しない。そして,その分析領域である円柱の高さは,測定した棒状Cu粒子の幅である26.2 nmとする。簡単のため,棒状Cu粒子の断面を1辺26.2 nmの正方形として以下の考察を進める。分析領域である円柱の半分の半円柱は母相領域であり,その体積はπ×52×26.2/2=1028 nm3である。分析領域のもう一方の半円柱にあるCu粒子は,上下の半円と柱面で母相に接しているので,Cu粒子/母相界面の面積はπ×52+10×26.2=341 nm2と評価でき,界面幅を1 nmと仮定すると界面領域の体積は341 nm3になる。さらに,Cu粒子中のCr濃度をゼロと見なし,母相のCr濃度は前述の結果から22.7 mass%とする。ここで,Cu粒子中のCr濃度をゼロと見なした理由は,Cr-Cu 2元系の状態図からわかるように,Cu中のCrの固溶限が非常に小さいからである。界面領域を含むCr濃度測定結果が28.4 mass%であったことから,界面領域のCr濃度をx mass%とすれば,341×x+1028×22.7=(341+1028)×28.4という式を立てることができ,界面領域のCr濃度は,x=45.6 mass%と見積もることができる。以上より,Cu粒子の粗大化過程において,母相の濃度の倍程度の濃度のCrの濃化が,Cu粒子/母相界面に生じていることが明らかとなった。

Fig. 7.

Variation of Cr concentrations of matrix and interface of Cu particle/matrix as a function of specimen thickness. (Online version in color.)

では次に,なぜこのようなCrの偏析がCu粒子/母相界面に生じるか考察を進める。本鋼種に含まれる主元素Fe,Cr,Cuの純物質間の界面エネルギーは,FeとCu,CrとCuそしてFeとCrの場合に対してそれぞれ,γFe/Cu=0.121~1.1[J/m2]14,2933)γCr/Cu=0.086~0.625[J/m2]34,35)γFe/Cr=0.048~0.214[J/m2]36)と報告されている。以後,簡単のため,上述の実験結果から母相のCr濃度は25%,界面でのCr濃度は50%と考える。つまり,母相中ではFeとCrの割合が3:1で界面では1:1の割合と考える。そして,Cu粒子は純Cuで構成されていると仮定する。過去に報告されているγFe/CuγFe/Crの値にはばらつきがあるが,γFe/Cuの値にばらつきがある理由について説明する。Fe中にCu粒子が析出する際,析出初期ではCu粒子はbcc構造を有し粒子中にFeを多く含有しており,母相との濃度差が小さく結晶構造も同一である為,γFe/Cuの値は小さな値となる。そして,Cu粒子が成長しbcc構造から9R,fccの構造を有するようになるとCu粒子はほぼ純Cuで構成された状態となって,母相と結晶構造の違いならびに組成の大きな違いによりγFe/Cuの値は大きな値となる。本研究で粗大化過程を検討したCu粒子は,fcc構造を有し,純Cuで構成されていると考えられるため,γFe/Cuの値としてはMonzenらがFe-Cu 2元系におけるCu粒子の粗大化過程の実験から求めた棒状Cu粒子に対するγFe/Cuの値1.1[J/m2]を用いることにする。γCr/Cuの値にばらつきがある理由は,fccのCrとfccのCuの界面エネルギーは0.086[J/m2]と低く,bccのCrとfccのCuの界面エネルギーは0.625[J/m2]と大きい値を取るためである。本研究においては,bcc格子中に存在するCr原子とfccのCu粒子との界面がその対象であり,界面エネルギーγCr/Cuの値として0.625[J/m2]を用いるのが適切といえる。γFe/Crの値のばらつきは,Fe-Crの整合界面の方位依存性から来るもので,[110]が最も低く[100]が大きくなると報告されているが,本研究で着目しているCu粒子の成長方向が[111]方向に近いという理由で,[111]方向の界面エネルギーγFe/Cr=0.155[J/m2]を用いることとする。

さて,Fe-25at%Cr母相中にCu粒子が生成している時のCu粒子/母相界面の界面エネルギーをFig.8の図から考える。黒丸,白丸そしてドットを付けた丸がそれぞれFe,CrならびにCu原子を表しており,番号①,②,③の矢印で示した原子面の濃度は,それぞれFe-25at%Cr,Fe-50at%CrおよびCuである。Fig.8(a)は,CrがCu粒子/母相界面に偏析していない場合であり,Fig.8(b)は50%Crの濃化域がCu粒子/母相界面に形成した場合を図示している。CrがCu粒子/母相界面に偏析していない場合,Cu粒子/母相界面の界面エネルギーは,原子面①/③の界面における原子ペアから考えて,単位面積当たり,(3/4)γFe/Cu+(1/4)γCr/Cu=(3/4)×1.1+(1/4)×0.625=0.981[J/m2]の界面エネルギーを有するといえる。一方CrがCu粒子/母相界面に偏析した場合,例えばFig.8(b)に示すように2原子レイヤーの領域で50%Crの濃化域ができたとすると,原子面②/③と原子面①/②という2つの界面が形成されることになる。その場合の界面エネルギーは,[(1/2)γFe/Cu+(1/2)γCr/Cu]+(1/8)γFe/Cr=[(1/2)×1.1+(1/2)×0.625]+(1/8)×0.155=0.894[J/m2]となる。ここで,原子面①/②の界面エネルギーが(1/8)γFe/Crとなる点について述べておく。純物質のエネルギーをゼロと置くと,原子面①と①(界面ではない)のエネルギーは(3/8)γFe/Crであり,原子面①/②の界面エネルギーは純物質基準で(1/2)γFe/Crであるので,母相の原子面同士のエネルギー(3/8)γFe/Crをその基準に取り直せば,原子面①/②の界面のエネルギーは,(1/2)γFe/Cr−(3/8)γFe/Cr=(1/8)γFe/Crとなる。

Fig. 8.

Schematic illustration of interface between matrix and Cu-particle in atomic scale without (a) and with (b) condensation of chromium. Black, white and dotted circles represent Fe, Cr and Cu atoms. Composition of atomic layers of ①, ② and ③ are Fe-25at%Cr, Fe-50at%Cr and Cu, respectively. (Online version in color.)

以上から,CrがCu粒子/母相界面に偏析すると界面エネルギーは0.981から0.894[J/m2]へ減少することとなり,Cr濃化層が形成されることはエネルギー的に有利であることが分かる。なお,上記の議論では非常にシャープな界面を考えており,求めた界面エネルギーの値0.894[J/m2]は,本研究で実験的に求められた値(24Cr鋼では0.26[J/m2])より過大に評価している。以上より,Cu粒子がfcc構造の純Cuになると,Cu粒子/母相界面でCr濃化層が形成し,Cu粒子の界面エネルギーの低下を招いてCu粒子の粗大化は緩やかに進行する可能性がある。そのような傾向は,Cr添加量が多い鋼種ほど生じやすいため,実験的に24Cr鋼の方が11Cr鋼より粗大化過程が緩やかになったと考えられる。なお,Cr濃化層の形成に伴いσ相生成の可能性も考えられるが,Cu粒子/母相界面付近をTEMの電子回折法を用いて解析した結果,σ相の形成は認められなかった。

5. 結論

本研究では,Fe-1.48%Cu-(11.4,23.7)%Cr鋼の800°C時効におけるCu粒子粗大化挙動を解析し,Cu粒子の粗大化挙動に及ぼすCr添加効果について調査して,以下の結論を得た。

(1)Cu粒子析出による硬化の後,11Cr鋼ならびに24Cr鋼ともに析出粒子の粗大化に伴う軟化が確認されたが,Cr添加量が多い24Cr鋼ではその軟化挙動が緩やかであった。それと対応して,Cu粒子の粗大化挙動は24Cr鋼の方が緩やかに進行した。

(2)LSW理論を基礎としたCu粒子粗大化過程の速度論的解析の結果,11Cr鋼,24Cr鋼におけるCu粒子/母相界面エネルギーはそれぞれ0.52,0.26(J/m2)と求められた。Cr添加量が多い24Cr鋼ではCu粒子/母相界面の界面エネルギーが低下しており,この界面エネルギーの低下が24Cr鋼におけるCu粒子の粗大化を緩やかにした要因といえる。

(3)Cu粒子/母相界面におけるCr濃度は,母相のCr濃度の倍程度となっており,Cu粒子/母相界面にCrの濃化が生じていた。Cu粒子/母相界面におけるCrの濃化は,Cu粒子/母相界面の界面エネルギー低下を招き,Cu粒子の粗大化を緩やかにしたと考えられる。

文献
 
© 2018 The Iron and Steel Institute of Japan

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