2018 Volume 104 Issue 8 Pages 453-460
Effect of Nb or Ti addition on texture formation and r-value of 16%Cr stainless steels was investigated to clarify the reason for keeping r-value of Nb or Ti free type 430 stainless steel low. Hot rolling conditions were examined to improve r-value and riding property of type 430 stainless steel. {111} texture was developed when Nb or Ti/(C+N) (at%) was over 1.0, and {111} texture was not developed in Nb or Ti free type 430 stainless steel because carbides and nitrides were dissolved before recrystallization during a final annealing. Higher reduction up to 60%/pass in rough hot rolling made r-value and riding propety improved by increasing {111} and decreasing {001} textures in a cold-rolled and annealed type 430 stainless steel, however reduction of 70%/pass lowered r-value. It is supposed a crystal rotation toward {001} occurred during a rough hot rolling, and the {001} texture remained after a hot band annealing, cold rolling and final annealing.
SUS430に代表されるフェライト系ステンレス鋼は,耐食性および耐応力腐食割れ性に優れ,かつNiを含有しないため安価で省資源の材料であり,厨房用品や自動車部品などの幅広い工業分野に適用が拡大している。フェライト系ステンレス鋼は深絞り成形で製品に加工とされることが多く,また,表面の意匠性を求められる製品も多い。そのため,フェライト系ステンレス鋼には深絞り性の指標であるr値の向上,また表面品質としてリジング1–4)あるいは肌荒れ5)の抑制が求められる。
フェライト系ステンレス鋼の深絞り性向上に関して,低C,N鋼をベースにAl,TiあるいはNbを添加することでr値を向上させる研究6–11)が数多くなされてきた。その中で例えば,Sawataniら6,7)は17%Crステンレス鋼を低C,N化しTiを添加することで,r値は著しく向上するが,低C,N化は結晶粒の粗大化を招きリジングとorange pealが複合した肌荒れが発生すること,一方,Ti無添加鋼はr値は低いものの,肌荒れは発生しないことなどを示した。しかし,肌荒れ発生のないNb,Ti無添加の16%Crステンレス鋼のr値向上については,その手法が明らかにされていない。
本研究では,16%Crステンレス鋼の集合組織形成過程に及ぼすNb,Ti添加の影響を調べ,Nb,Ti無添加16%Crステンレス鋼のr値支配因子を考察した。また,Nb,Ti無添加16%Crステンレス鋼の代表鋼種であるSUS430のr値を向上させる熱間圧延条件(圧延の圧下率と温度)を集合組織の観点から明らかにした。
Table 1に化学組成を示す小型鋼塊を高周波真空溶解炉にて溶製した。鋼C1はNb,Ti無添加16%Crステンレス鋼,鋼N1~N3はNb添加鋼,鋼T1~T3はTi添加鋼である。小型鋼塊から板厚80 mmの熱間圧延素材を切り出し,1100°Cで3600 s均熱後5パスの熱間圧延で板厚5.0 mmの熱延板とした。成分に応じて700から800°Cで28800 sの焼鈍に引き続き700°Cで36000 sの均熱保持をし,650°Cまで炉冷した後,炉から取り出し,その後空冷した。さらに,冷間圧延(冷間圧延率:86%)および冷延板焼鈍(成分に応じて850~900°Cで60 s保持)を施し,板厚0.7 mmの冷延焼鈍板とした。
Steels | C | Si | Mn | Cr | Al | Ti | Nb | N | X* |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
C1 | 0.0019 | 0.30 | 0.62 | 16.5 | 0.002 | 0.0182 | 0.00 | ||
N1 | 0.0027 | 0.30 | 0.62 | 16.7 | 0.005 | 0.053 | 0.0197 | 0.35 | |
N2 | 0.0027 | 0.30 | 0.62 | 16.6 | 0.004 | 0.106 | 0.0204 | 0.68 | |
N3 | 0.0016 | 0.30 | 0.60 | 16.5 | 0.001 | 0.201 | 0.0204 | 1.36 | |
T1 | 0.0018 | 0.30 | 0.61 | 16.5 | 0.003 | 0.051 | 0.0207 | 0.65 | |
T2 | 0.0023 | 0.30 | 0.61 | 16.4 | 0.005 | 0.098 | 0.0228 | 1.12 | |
T3 | 0.0021 | 0.32 | 0.61 | 16.6 | 0.005 | 0.192 | 0.0228 | 2.22 |
X*=Nb or Ti (at%) / (C+N) (at%)
板幅10 mm,長さ50 mmの引張試験片を圧延方向(L方向),圧延方向から45°の方向(D方向)および90°方向(C方向)より採取した試験片に対して,15%の引張ひずみを付与した後,3方向の試験片のr値から平均値を次式より求め,平均r値とした。
ここで,rL,rDおよびrCは,それぞれL方向,D方向およびC方向から採取した試験片のr値を表す。
圧延方向からJIS13号B試験片を採取し,表面を#600研磨仕上げ後,25%の引張ひずみを付与した後,目視判定により1~5の指数付けを行い,リジング特性を評価した。なお,リジング指数の数字が小さいほどリジング特性に優れ,リジングの発生しないSUS304鋼はリジング指数1と判定される。
鋼板の集合組織は,X線回折装置を用いて板面の低指数面の面反射強度(I)を測定し,純鉄の無方向試料の面反射強度(I0)との相対強度比(I/I0)を求めることにより,または{100}極点図を作成することにより評価した。
つぎに,加速電圧200 kVの電界放射型電子顕微鏡を用いて,薄膜法により析出物の観察行った。また,電界抽出残渣により析出物の定量分析,X線回折粉末法により同定分析を行った。鋼中の固溶Cおよび固溶N量を推定する目的で,時効指数(AI:Aging Index)を測定した。AIは,圧延方向よりJIS13号B試験片を採取し,7.5%の予ひずみを付与した後,300°Cで1800 sの時効処理を施し,時効処理前後の降伏応力(YS)の差より求めた。定性的には,固溶C,Nが多いほど時効指数が大きくなる。
2・2 SUS430のr値およびリジング発生に及ぼす熱間圧延条件(圧延の圧下率と温度)の影響Table 2に化学組成を示す板厚195 mmの連続鋳造片を1250°Cで3600 s間均熱処理した後,4パスで板厚を50 mmとしたシートバーから,圧下率に応じて板厚5.8 mmから16.7 mmの熱間圧延用試験片を採取し,試験片を1150°Cで900 s均熱処理したのち,2パスの熱間圧延より板厚2.0 mmの熱延板とした。その際,1パス目の粗圧延に相当する温度域で圧下率(粗圧延圧下率)および圧延温度(粗圧延開始温度)を変化させ,2パス目の仕上げ圧延に相当する温度域では圧下率を60%,仕上げ圧延開始温度を850°Cの一定条件とした(Table 3に熱延条件を示す)。熱延板には850°Cで28800 sの焼鈍を施し,冷延1回法(冷間圧延率:80%,焼鈍:850°Cで60 s保持)にて板厚0.4 mmの冷延焼鈍板とした。その後,熱間圧延条件とr値,リジング特性の関係を集合組織形成過程の観点から考察した。
C | Si | Mn | Cr | Ni | Al | N |
---|---|---|---|---|---|---|
0.077 | 0.24 | 0.63 | 16.2 | 0.21 | 0.016 | 0.033 |
Rough rolling conditions | Initial thickness (mm) | Finish rolling conditions | ||
---|---|---|---|---|
Reduction (%) | Temperature (°C) | Reduction (%) | Temperature (°C) | |
40 | 1000 ~ 1100 | 8.3 | 60 | 850 |
50 | 10.0 | |||
60 | 12.5 | |||
70 | 16.7 |
NbおよびTiがr値およびリジング特性に及ぼす影響をFig.1に示す。原子比でX*=Nb or Ti/(C+N)が1.0未満の場合,NbまたはTi添加鋼のr値は,Nb,Ti無添加鋼(鋼C1)のr値とほぼ同じ値を示したが,X*が1.0以上になると,Nb,Ti添加鋼のいずれにおいても,r値は急激に増加した。一方,リジング特性について見ると,Ti添加鋼ではX*が1.0以上で改善されたのに対して,Nb添加鋼では,X*が増加するほどリジング特性が低下した。また,Nb,Ti添加鋼ともに肌荒れが発生していた。
Effect of alloying elements on r-value and ridging grade of cold-rolled and annealed ferritic stainless sheets.
まずNbまたはTi添加によりr値が高くなる機構を明らかにするため,鋼C1(Nb,Ti無添加鋼),鋼N3(Nb添加鋼:X*=1.38)および鋼T2(Ti添加鋼:X*=1.14)について,集合組織,炭窒化物の析出挙動を比較した。鋼C1,N3およびT2の冷延焼鈍後の板厚1/2面の{100}極点図をFig.2に示す。鋼C1は{001}〈110〉を主方位とし,{111}方位はほとんど発達していなかった。一方,鋼N3および鋼T2は,ともに{111}近傍方位である{554}〈225〉方位へ強く集積していたが,鋼T2では,{554}方位への集積度が鋼N3のそれと比較して小さく,また{001}〈110〉方位への集積も認められた。鋼N3のr値が1.9であったのに対して,鋼T2のr値が1.7で低かったのは,鋼N3の{554}方位の回折強度比が最大7であったのに対して,鋼T2のそれが5と低かったことが原因と考えられる。上記3鋼種の再結晶集合組織の形成過程を明らかにするため冷延板を600~900°Cに加熱後,ただちに水冷し,板厚1/2面の(222),(200)および(110)面のX線回折強度比を調べた。その結果をFig.3に示す。鋼C1では,再結晶に伴う{111}方位の変化はほとんど認められなかったのに対して,鋼N3および鋼T2は,再結晶に伴い{111}方位が急速に発達した。一方,3鋼種とも再結晶に伴い{100}方位は減少した。また,どの鋼種も再結晶に伴う{011}方位の変化はなかった。
{100} pole figures of cold-rolled and annealed (a) Steel C (X*=0), (b) Steel N3 (X*=1.38) and (c) Steel T2 (X*=1.14) at 1/2 layer in thickness.
Change in X-ray diffraction intensity with annealing temperature after cold-rolling.
熱延焼鈍板中の析出物をX線回折により同定した結果,鋼C1ではCr2Nが,鋼N3ではNbNおよび(Cr2Nb)Nが析出していた。本実験の鋼成分はC添加量(20 ppm)に比べて,N添加量(200 ppm)が多いことから,析出物の大半は窒化物と考えられる。そこで,鋼C1および鋼N3の窒化物として析出している窒素量と温度の関係を抽出残渣により分析した。その結果をFig.4に示す。鋼N3では熱延板の焼鈍温度が900°C以下で,添加した窒素はすべて析出物となるのに対して,鋼C1では700°C以下にならないと添加した窒素はすべて析出物とならなかった。なお,鋼T2については,式(1)に示す溶解度積12)からTiNの析出量を計算した結果をFig.4に併記した。
(1) |
Change in N as precipitates with annealing temperature after hot-rolling.
つぎに,熱延焼鈍板を用いて,熱延焼鈍板中の炭窒化物の熱的安定性を調べた。Fig.5に3鋼種の熱延焼鈍板および熱延焼鈍板を各温度に再加熱(60 s保持)し水冷した後の時効指数(AI)を示す。熱延焼鈍板では,3鋼種ともほぼ同等のAI(約20 MPa)を示したので,熱延焼鈍後の固溶C,N量は同量と推定される。ただし,AIが約20 MPaであったことから,熱延焼鈍板中には固溶状態の炭素または窒素が存在すると言える。本実験では,熱延板に対して最終的に700°Cで36000 sの熱処理を行った後,650°Cまで炉冷を行っているため,Fig.4から鋼C1,鋼N3および鋼T2ともに熱延焼鈍後に固溶窒素は存在しないと言える。従って,固溶状態で存在するのは,炭素と推論される。
Change in aging index (AI) with re-heating temperature for hot-rolled and annealed ferritic stainless steels.
そこで,下記の式(2)13)および式(3)13)の溶解度積から,650°Cの平衡状態における鋼N3および鋼T2の固溶C量を計算すると,それぞれ1 ppmおよび7 ppmとなる。
(2) |
(3) |
なお,鋼T2に関しては,添加されているN(窒素)は,全量予めTiNとして析出していると仮定し,添加したTi量からTiNとして析出したTi量を差し引いた値を[%Ti]として用いた。
鋼C1については定量分析の結果,析出Crが0.14 mass%であり,X線回折の結果から窒化物はCr2Nと同定された。そこで,Nは全量Cr2Nの形で析出し,残りの析出物Crが,Cr23C6の炭化物で存在すると仮定して固溶C量を計算すると約3 ppmとなる。以上の検討から熱延焼鈍後の固溶C量は1~7 ppmと計算される。なお,極低炭素鋼(IF鋼)ではAI=9.8 MPaは,固溶C2ppmに相当する14)とされ,固溶C量に比例してAIが大きくなる15)ことから,この関係を本実験結果(AI=20 MPa)に適用すると固溶Cは約4 ppmとなり計算結果に近い値となる。
Fig.5に示したように熱延焼鈍板を再加熱すると,鋼C1は700°C加熱でAIが46.5 MPaと熱延板焼鈍板のAIの2倍以上の値となった。一方,鋼N3は700°C加熱まではAIはほとんど変化しなかった。また,鋼T2も700°C加熱まではAIの変化は小さかった。すわなち,鋼C1中の炭窒化物(Cr2N,Cr23C6)は,熱的に不安定で700°Cの加熱で溶解し,AIを高くするのに対して,鋼N3および鋼T2中の炭窒化物(TiC,TiN,NbC,NbN)は熱的に安定なため,熱延焼鈍板を再加熱した場合の溶解量が少なく,したがって,AIの変化も小さいと結論される。なお,Fig.5の600°Cおよび700°Cにおける鋼N3と鋼T2のAIの差は,炭化物の溶解度の差に起因すると考えられる。
つぎにFig.6に熱延焼鈍板の透過電子顕微鏡像を示す。熱延焼鈍後,鋼C1では直径1 μm以上の,鋼N3では直径0.4 μmから1 μm程度の粗大な析出物が観察された。本実験の場合,熱延板焼鈍を長時間のバッチ焼鈍としているため析出物が粗大化したと考えられる。
Transmission electron micrographs of hot-rolled and annealed (a) Steel C1 and (b) Steel N3.
C=20 ppm,N=200 ppmをベースとする鋼(鋼C1)にNbまたはTiを添加していくと原子比でX*=Nb or Ti/(C+N)が1.0以上となると冷延焼鈍板中の{111}方位が発達し,r値が高くなった。これを冷延前の固溶C,Nの差で説明することは,困難である。なぜなら,Fig.5から熱延焼鈍後(冷延前)の固溶C,N量は鋼C1,鋼N3および鋼T2でほぼ同量と考えられるからである。そこで,16%Crステンレス鋼の{111}方位の発達に対して何が重要な役割を果たしているのかについて考察する。
Sawataniら7)は,C+Nを約100 ppmとしたTi添加17%Crステンレス鋼の再結晶集合組織形成過程を調べた。その結果,Ti無添加鋼では再結晶時に{011}方位が発達し,同時に{111}方位が減少するのに対して,Ti添加鋼では{011}方位の発達が抑制され,代わりに{111}方位が発達することを示した。この結果から,Ti(C,N)の微細析出物が{011}方位の発達を抑制し,{011}方位の次に再結晶しやすい{111}方位が再結晶し,粒成長に伴い他の方位を侵食し{111}方位が発達すると推定した。しかし,Ti(C,N)の大きさおよび分布状態の影響は示されていない。
一方,本実験では熱延板焼鈍として,長時間のバッチ焼鈍を施しているため,析出物はいずれも粗大であった(Fig.6)。また,再結晶に伴う{011}方位の変化は,Nb,Ti無添加鋼(鋼C1),Nb添加鋼(鋼N3),Ti添加鋼(鋼T2)ともに少なかった(Fig.3)。したがって,本実験材の鋼N3および鋼T2で,{111}方位が発達したのは,{011}方位の抑制効果とは考えにくい。
Satohら16)は,IF鋼の熱延前加熱温度および圧下率を変化させ,熱延板の析出物の析出状態の異なった鋼を用いて,再結晶集合組織の発達機構を検討した。その結果,析出物の分布密度を変化させても冷延−焼鈍中の再結晶過程における{011}方位の変化はなかったが,熱延板中の析出物を粗大にすると{111}方位が発達することを示した。そして{111}方位が発達する機構として,1)炭化物のpinning効果が弱いため{001}方位よりも回復・再結晶の早い{111}再結晶粒の成長が促進されること,2)炭化物が再結晶初期にも熱的に安定で固溶C量が少ないこと,の2つが最も有力であるとしている。
本実験では,熱延板にバッチ焼鈍を施しているため,いずれの鋼の析出物も粗大であった。また,熱延板焼鈍後のAIに差がないことから,冷延前の固溶C,N量は3つの鋼で同程度と推定される。一方,熱延焼鈍板の再加熱実験から,Nb,Ti無添加の鋼C1は,700°C再加熱でAIが熱延板焼鈍後の2倍以上に上昇したのに対して,Nb添加鋼(鋼N3)およびTi添加鋼(鋼T2)は,700°C再加熱でAIはほとんど変化しなかった。
以上の点から,冷延前の析出物がともに粗大であり,かつ固溶C,N量も同程度あるにも関わらす,Nb,Ti無添加鋼とNbまたはTi添加鋼とで,Fig.2に示したように再結晶焼鈍中の{111}方位の発達に大きな差を生じた現象は,Nb,Ti無添加鋼では再結晶の開始前後で,Cr炭窒化物が溶解し,固溶C,N量が増大するのに対して,NbまたはTi添加鋼では,析出物が熱的に安定で再結晶の開始前後で固溶C,N量が少ないことに起因すると考えられる。したがって,Ti,Nb無添加鋼では,冷延前の固溶C,Nの低減によるr値向上は困難である。Ti,Nb無添加鋼のr値向上には,熱間圧延−熱延板焼鈍を通して,冷間圧延前の結晶粒の微細化等により{111}方位の生成を促進することが有効であると考えられる。ただし,フェライト系ステンレス鋼は,熱間圧延および熱延板焼鈍中にγ→α変態が生じないため,変態による結晶粒微細化は活用できない。そのため,熱間圧延における蓄積エネルギーを増大させ,より多くの再結晶粒を生成させることで結晶粒の微細化を促進させることが必要となる。そこで,3・2節では,熱間圧延を利用した熱延板および熱延焼鈍板の集合組織制御について研究した結果について述べる。
3・2 SUS430のr値およびリジング発生に及ぼす熱間圧延条件(圧延の圧下率と温度)の影響 3・2・1 粗圧延条件の影響仕上げ圧延条件を一定として,粗圧延圧下率および圧延開始温度を変化させた時の冷延焼鈍板のr値およびリジング指数をFig.7に示す。いずれの粗圧延開始温度でも粗圧延の圧下率が60%までは圧下率が高くなるほどr値は高くなったが,圧下率が60%を超えると,逆にr値は低下した。
Effect of rough hot-rolling conditions on r-value and ridging grade of cold-rolled and annealed SUS430 stainless steel sheets.
また,粗圧延開始温度に関しては1100°Cの場合にr値が最も高くなった。リジング指数について見ると,粗圧延開始温度が1100°Cおよび1050°Cの場合では圧下率50%以上で,粗圧延開始温度が1000°Cの場合では圧下率が60%以上で,リジング指数が1.75となりリジング特性の向上が認められた。r値とリジング特性をともに向上させるには,粗圧延を1050~1100°Cの温度域で,50~60%の圧下率で粗圧延を行うことが有効であることが明らかとなった。
つぎに,粗圧延開始温度を1050°Cとした時の集合組織を調べた。粗圧延後ただちに水冷した試料の板厚表層および板厚1/4面の(200)面のX線回折強度比をFig.8に示す。板厚の表層部では圧下率が50%までは(200)面の回折強度比に変化はなかったが,圧下率が60%になると(200)面の回折強度比は急激に増加した。板厚1/4面の(200)面の回折強度比は,圧下率が70%になって増加した。
Effect of rough rolling conditions on (200) X-ray diffraction intensity ratio after quenching from rough hot-rolling.
Fig.9に冷延焼鈍板の板厚1/4面における(222)面のX線回折強度比をパラメーターとし,熱延板焼鈍後の平均結晶粒径と粗圧延の圧下率の関係を示す。図中の( )内の数値は,(222)面のX線回折強度比を示す。熱延板焼鈍後の平均結晶粒径は,粗圧延の圧下率が高いほど小さくなった。また,熱延焼鈍後の結晶粒径が35 μm以下(粗圧延の圧下率が50%以上)になると,冷延焼鈍後の(222)面の回折強度比が増加した(I(222)が4.9から約6.0に増加)。
Effect of reduction of rough hot-rolling on average grain diameter of hot-rolled and annealed SUS430 stainless steel sheets: (222) X-lay diffraction intensity ratio of cold-rolled and annealed SUS430 stainless steel sheets at 1/4 layer in thickness is shown in parentheses.
熱延板焼鈍後の板厚1/4面の{100}極点図をFig.10に示す。粗圧延の圧下率が60%までは,{001}を主方位とする比較的ランダムな集合組織を示したが,圧下率が70%になると{001}方位への集積が強くなっていた。次に,冷延焼鈍後の板厚1/4面における(222)面と(200)面のX線回折強度の比(I(222)/I(200))と粗圧延の圧下率との関係を調べた。その結果をFig.11に示す。I(222)/I(200)は粗圧延圧下率が50~60%にピークを持ち,圧下率が60%を超えると低下した。この傾向は,Fig.7のr値の変化とよい対応を示した。
{100} pole figures of hot-rolled and annealed SUS430 stainless steel sheets at 1/4 layer in thickness.
Effect of reduction of rough hot-rolling on the rate of X-ray diffraction intensities, I(222)/I(200) of cold-rolled and annealed SUS430 stainless steel sheets at 1/4 layer in thickness.
以上の結果,SUS430において,粗圧延の圧下率はr値に大きな影響を及ぼすことが明らかとなった(Fig.7)。圧下率が60%までは,圧下率が高いほどr値が高くなるのに対して,圧下率が70%となるとr値は逆に低下した。以下,圧下率60%までのr値向上機構と圧下率70%でのr値低下の原因について考察する。
これまでの多くの研究からr値の向上には,1)冷延前の結晶粒径を微細化する,2)極低C,N化あるいはTi,Nb等の添加により冷延前の固溶C,Nを低減させることが有効であるとされている17,18)。
本実験で用いたSUS430は,C+Nが約0.1%と高く,さらにTi,Nb等の炭窒物形成元素を添加していないことから,上記2)の効果は,前節で明らかにしたように,たとえ冷延前の固溶C,Nを低減させたとしても,その後の再結晶焼鈍中に炭窒化物の溶解が起きるため期待できない。そこで,上記1)の冷延前の結晶粒の微細化に関して,SUS430の場合,熱延におけるγ相の析出によるα相の分断と再結晶粒の発生による微細化とが,結晶粒の微細化に有効と考えられる。
再結晶粒の発生による熱延板の結晶粒の微細化に関して,Yoshimuraら19)は17Cr%フェライト系ステンレス鋼(0.05%C-16.7%Cr-0.038%Al-0.01%N)を素材に1パスの熱間圧延実験を行い,温度および圧下率と組織の関係を調べた。その結果,1000°C付近をノーズとし,圧下率約25%以上の領域に静的な部分再結晶領域が存在すること,さらにその静的再結晶率は,圧下率が高くなるほど高くなることを報告している(ただし,静的再結晶率の最大値は30%)。本研究の粗圧延の圧延開始温度および圧下率は,上記の静的部分再結晶領域に含まれる。したがって,粗圧延の圧下率の増加に伴い熱延焼鈍板の結晶粒径が小さくなった現象(Fig.9)は,粗圧延後の静的再結晶が促進されたためと考えられる。
一方,Abeら17)は,結晶粒径が25~30 μmの純鉄を用いた実験で,初期粒径(冷延前の結晶粒径)が小さい場合,冷延焼鈍後に{111}方位が発達することを示した。本実験結果も粗圧延の圧下率が高くなると,Fig.9に示した通り,冷延前の熱延焼鈍板の結晶粒径が微細化し,{111}集合組織が発達する点で,Abeらの結果と一致する。したがって,粗圧延において60%を上限として圧下率を高くするとr値が高くなる現象は,粗圧延後の部分再結晶の促進により熱延焼鈍後(冷延前)の結晶粒の微細化が進み,冷間圧延時に〈110〉//RDのα-fiberとともに〈111〉//NDのγ-fiberが発達し,冷延焼鈍後の{111}方位が増加し,結果的にI(222)/I(200)が高くなるためと考えられる。
しかし,粗圧延の圧下率を70%まで増加させると,熱延焼鈍板の組織は微細化するが,同時に粗圧延の強圧下による結晶回転によりα-fiberである{001}〈110〉方位への集積が強まる。一般にフェライト系ステンレス鋼では,熱間圧延中に動的再結晶は生じないとされている20)。そこで,粗圧延での現象を,1)圧延による塑性変形が起こる段階と,2)圧延により導入されたひずみによる静的回復・再結晶が進行する段階とに分けて考察する。16%Crフェライト系ステンレス鋼の粗圧延中の結晶方位変化に関して,Hirataら21)は,16%Crフェライト系ステンレス鋼のスラブから等軸晶および柱状晶を切り出し,1パスの熱間圧延後水冷し,結晶方位変化を調べた。その結果,熱延前に特に優先方位を持たない等軸晶は,圧延安定方位の〈001〉//NDおよび〈111〉//NDを,熱延前に〈001〉//NDに集積していた柱状晶は,熱延後も〈001〉//NDを主方位とすることを実験的に示した。一方,Tsujiら22–24)は,19%Crステンレス鋼の柱状結晶を用いて,初期方位と冷間圧延後および焼鈍後の方位関係を調べ,(001)[100]または(001)[110]方位粒は,70%冷間圧延後も初期方位を維持することを,また,(001)[110]方位粒は再結晶しにくいことを示した。
本実験では,粗圧延前の結晶方位は,{001}〈110〉方位を主方位に{001}~{112}および{001}~{013}方位に分散している。したがって,粗圧延において圧下率を70%まで高くすると,塑性変形の段階で{001}~{112}方位の結晶は{001}〈110〉方位に近づき,回復・再結晶の段階では,{001}〈110〉近傍方位は回復が中心に起こるため,熱延板に{001}〈110〉方位が強く残存するものと推定される。また,この{001}〈110〉は,蓄積エネルギーが低く再結晶しにくい方位であるため25),熱延焼鈍後も優先方位となる。さらに,これが冷間圧延においてα-fiberの発達に寄与するため,γ-fiberの発達が阻害され,冷延焼鈍により形成される再結晶集合組織において,{111}〈112〉(または{554}〈225〉)方位への集積度の低下と{001}〈110〉方位の残存につながると考えられる。
以上の検討から,本実験で粗圧延の圧下率が70%となると,r値が低下した原因は,粗圧延の大圧下により,塑性変形の段階で再結晶を起こしにくい{001}〈110〉方位への集積が強まるため,その後の熱延板焼鈍−冷間圧延−冷延板焼鈍を経て,{001}〈110〉方位の残存と{111}〈112〉方位の発達抑制が起こるためと考えられる。
Nb,Ti無添加鋼のr値支配因子を明らかにすることを目的に,C=20 ppm,とした16%Crステンレス鋼の集合組織形成過程を調べ,以下の結論を得た。
1)C=20 ppm,N=200 ppmをベースとする鋼にNbまたはTiを添加した場合,原子比でX*=Nb or Ti/(C+N)が1.0以上となると冷延焼鈍板中の{111}方位が発達し,r値が高くなった。
2)Nb,Ti無添加鋼とNbまたはTi添加鋼とで再結晶集合組織中の{111}方位の発達状態に大きな差が生じた。この現象は,Nb,Ti無添加鋼では再結晶の開始前後で,Cr炭窒化物が溶解し,固溶C,N量が増大するのに対して,NbまたはTi添加鋼では,析出物が熱的に安定で再結晶の開始前後で固溶C,N量が少ないことに起因すると考えられる。
また,実機SUS430スラブを素材とし,熱間圧延における粗圧延相当の温度と圧下率がr値およびリジング特性に及ぼす影響について調べ,以下の結論を得た。
1)粗圧延において60%を上限として圧下率を高くするとr値およびリジング特性が向上した。この現象は,粗圧延後の部分再結晶の促進により熱延焼鈍後(冷延前)の結晶粒の微細化が進み,冷延焼鈍後の{111}方位が増加し,結果的にI(222)/I(200)が高くなるためと考えられる。
2)一方,粗圧延の圧下率を70%まで増加させると,r値は圧下率が50および60%の場合と比較して逆に低くなった。この現象は,粗圧延の大圧下により熱延焼鈍板の組織は微細化するが,同時に強圧下による結晶回転により粗圧延中の{001}〈110〉方位への集積が強まり,それが熱延板焼鈍−冷間圧延−冷延板焼鈍後まで受け継がれるため,また,{111}〈112〉方位の発達が抑制されるためと考察される。