Tetsu-to-Hagane
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ISSN-L : 0021-1575
Casting and Solidification
Causes of Pinhole Generation on Solidification of Low Carbon S-Pb Free-cutting Steel Cast Continuously
Kohichi Isobe
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2018 Volume 104 Issue 8 Pages 426-435

Details
Synopsis:

In this study, in order to prevent occurrence of surface cracks caused by pinholes occurring in production of low-carbon S-Pb free-cutting steel using continuous casting, on the causes of pinholes generation in this steel, the generating behavior of bubbles in front of solid/liquid interface and engulfment behavior of bubbles by solidifying shell has been theoretically examined from the viewpoint of transport phenomena, thermodynamics, and interfacial science, and the cause of pinhole generation on solidification has been clarified.

Since the oxygen concentration of molten steel is high for undeoxidization to ensure machinability, the CO partial pressure at solid/liquid interface is significantly high due to solute enrichment on solidification. And additionally it is presumed that bubbles tend to be generated at the interface because the total gas pressure increases due to evaporation of lead. Furthermore, it was estimated that this steels are extremely high in sulfur concentration, and the surface tension at solid/liquid interface greatly decreases due to the enrichment at the interface, which also promotes the generation of bubbles on solidification. The CO partial pressure of the total gas pressure accounted for about 90%, and it was estimated that decreasing the CO partial pressure is most important in suppressing bubble generation by proper control of carbon and oxygen content of molten steel and application of stirring of molten steel.

Furthermore, it has been clarified that detachment of the bubbles from the solid/liquid interface is suppressed by the interfacial tension gradient caused by the concentration gradient of sulfur and/or oxygen.

1. 緒言

低炭素S-Pb快削鋼(JIS:SUM23L等)は優れた被削性から,各種プリンター用のシャフトや油圧用部品の材料として利用されている。この鋼材は被削性を向上させるため,硫黄の含有量を高め,さらに被削性改善に顕著な効果を有する鉛が添加されているが,鉛は熱間加工性を低下させるため,連続鋳造や分塊圧延で表面割れが発生しやすい13)

さらに連続鋳造での凝固時に成分系に起因して,ピンホールが発生しやすく,ピンホールが多く発生すると分塊圧延時にピンホール起因の短い縦割れ状の表面割れが密集して発生し,鋼片手入れ負荷や製造コストも増大しやすい4,5)。本鋼種におけるピンホールの発生挙動に及ぼす各種要因の影響や発生原因を解明し,有効な発生防止対策を明らかにすることは,本快削鋼を経済的,効率的に,かつ安定して製造する上で重要な課題と言える。

鉛を含有しないリムド鋼については,凝固時の溶質濃化により凝固界面でCO分圧が増大してCO気泡が生成し,それが凝固シェルに捕捉され気泡系欠陥になることが明らかにされた6,7)。しかしながら,溶鋼温度域で蒸気圧が高い鉛を溶鋼への溶解度限まで,あるいはそれ以上添加される本快削鋼のピンホールの生成原因に関する研究4,5)は少なく,酸素濃度や硫黄濃度が高い上に溶解度が低い鉛が多いと0.3 mass%以上添加される本鋼種特有の条件が及ぼす影響など,本鋼種のピンホール生成機構や生成原因は十分明らかにされていない。

以上の背景から,本研究では,低炭素S-Pb快削鋼連鋳材のピンホール系表面欠陥の低減による鋼片精整負荷の軽減や安定製造による物流整流化および製造コスト低減を目的に,本快削鋼でのピンホール生成の原因について検討し,その結果に基づきピンホール発生防止方法に関する指針を得たのでそれらについて報告する。

ピンホールの生成機構や生成原因に関しては,対流拡散による物質移動を考慮した1次元の平滑凝固界面モデル8)を用いて,気泡生成の駆動力である凝固界面における各種ガス成分の平衡ガス圧とその和(以下トータルガス圧Pi,totalと記す)を推定して検討するとともに,生成気泡の凝固界面への捕捉について,濃度境界層における界面張力勾配に起因する気泡へ作用する力やこの力による気泡の移動速度9,10)を推定して検討した。

2. 低炭素S-Pb快削鋼の溶製上の特徴および代表成分

本鋼種の代表成分をTable 1に示す。本鋼種は炭素を約0.08 mass%含有し,被削性に有害な硬質酸化物の生成をともなうAl,Si等での脱酸を行わないため,鋼材中の総酸素量(以下T.Oと表記)は100~200 massppm程度と高く,200 massppmを超える場合もある。被削性改善元素の硫黄含有量も約0.33 mass%と高く,硫黄による赤熱脆性抑制のためマンガンが1.0 mass%程度添加される。硫黄や酸素は界面活性元素であり,それらの濃度が高いと気泡生成や気泡の凝固シェルへの捕捉等の界面現象に影響を及ぼすと推察され,本研究において詳細に検討した。また,鉛は被削性改善のため最大0.2~0.35 mass%と溶解度上限近くまで,あるいは超えて添加され,凝固時に液相鉛が生成する条件となっている。

Table 1. Representative chemical compositions of low carbon S-Pb free-cutting steel. (mass%)
C Si Mn P S Al T.O N Pb
0.08 0.01 1.00 0.075 0.330 0.001 0.015 0.0040 0.32

3. ピンホール生成挙動の理論解析

3・1 ピンホール生成挙動解析の理論モデルの概要

本快削鋼のピンホールの生成挙動を,Fig.1に概要を示す理論モデルを用いて解析した。本モデルでは簡単化のため,定常状態を仮定した一次元の平滑凝固界面モデル8)を用いて,凝固時のC,O,H,N,Sの固液間の溶質分配と対流拡散による物質移動を考慮して,凝固界面前方での溶質濃度分布を推定した。さらに本モデルにより凝固界面での溶質濃度を推定し,その値から計算される凝固界面におけるCO,H2,N2の平衡分圧とその和を計算した。さらに鉛は溶鋼への溶解度に対して添加量が多いために溶解度を超えて生成した鉛の液滴が凝固界面に存在する場合を想定し,上記分圧の和に鉛の蒸気圧を加えて凝固界面におけるトータルガス圧Pi,totalを求め,その値がある臨界値を超えると気泡が生成しやすいとした。

Fig. 1.

Schematic view of analysis model for pinhole generation.

3・2 凝固界面での気泡の生成条件

凝固時の気泡生成条件は,気泡生成の駆動力であるトータルガス圧Ptotalを凝固時の溶質濃化で最も高くなる凝固界面で求め,その値Pi,totalと気泡生成場所に湯面近傍を想定した(1)式右辺の閾値Pi,critic.(Pi,critic.:湯面近傍の凝固界面において気泡に作用する圧力で,大気圧1(atm)と気泡に作用する表面張力による圧力の和)の大小関係で判定し,凝固界面で(1)式を満足すると気泡が生成しやすいと判定した。気泡生成の駆動力である(1)式左辺のPi,totalは,鉛の液滴が凝固界面に存在がする場合を想定し,凝固界面における各ガス成分の平衡分圧の総和に,鉛の蒸気圧を加算して計算した。凝固界面に,沸点が1753 K11)と低く鉛以上に蒸発する酸化鉛の液滴の存在が想定される場合はその蒸気圧Pi,PbOも考慮する。

  
P i , total ( atm ) = P i , CO + P i , H 2 + P i , N 2 + P i , Pb ( + P i , PbO ) P i , critic . = 1 + 2 σ i r (1)

ここで,Pi,m:凝固界面におけるガス成分mの平衡分圧または鉛,酸化鉛の蒸気圧(atm),σi:凝固界面における表面張力(N/m),r:気泡半径(m),添え字 m=CO,H2,N2,Pb,PbO

鉛の酸化反応12)や酸素の溶鉄への吸収13)に関する熱力学データを用い検討した結果,溶融酸化鉛は凝固偏析による溶質濃化程度では生成せず,鋳造初期の非定常時や操業異状で大気酸化が起きないと生成しないと推定され,また,酸化鉛の蒸気圧の定量データも十分ないため,以下の定常時に関するピンホール生成の定量議論では酸化鉛の影響は考慮しなかった。

気泡発生のより厳密な検討では,気泡核生成に要する過飽和平衡圧力を上記Pi,critic.に上乗せして気泡核生成の臨界圧力を求める必要があるが14),この過飽和平衡圧力の値に関する知見が乏しいため,今回は上記Pi,critic.を凝固時の気泡生成のしやすさを測る指標とした。

3・3 濃度境界層の溶質濃度分布および凝固界面での溶質濃度の推定

(1)濃度境界層の溶質濃度分布および凝固界面での溶質濃度の推定の基礎式

凝固界面での各ガス成分の平衡分圧を計算するには,凝固界面前方の濃度境界層や凝固界面液相側での溶質濃度を推定する必要がある。Fe-C系では溶質元素は凝固時には固液分配により液相側に排出され,対流拡散による物質移動速度が遅いと凝固界面前方に溶質濃度が高い濃度境界層をともない凝固が進行する。本研究では濃度境界層の溶質濃度分布は以下に基礎式を示す一次元の平滑凝固界面モデル8)で推定した。本モデルの概要をFig.1に模式的に示す。(2)式では境界層内の物質移動については拡散と界面移動にともなう対流による物質移動を考慮した。濃度境界層厚みの外側では溶質濃度はバルク液相の濃度になるとした(3)式,凝固界面での物質収支である(4)式および凝固界面では局所平衡が成立するとした(5)式を境界条件に採用し,(2)式を解くことにより(6)式の解析解が得られる。

  
D j ( d C j 2 d x 2 ) + f ( d C j d x ) = 0 (2)
  
x = δ j C j ( δ j ) = C L , j (3)
  
x = 0 D j ( d C j ( x ) d x ) + f ( C i , j C s , j ) = 0 (4)
  
C s , j = k o , j C i , j (5)

ここで,Cj:成分jの溶質濃度(mass%),Dj:溶鉄中のFe-j系の相互拡散係数(m2/s),ko,j:成分jの平衡分配係数(−),f:界面進行速度(m/s),x:凝固界面からの距離(m),δj:成分jの濃度境界層厚み(m),各添え字は j=C,O,S,H,N,L:液相バルク,s:固相,i:凝固界面

凝固界面前方の溶質元素jの濃度Cjは(6),(7)式で,実効分配係数Ke,jは(7)式で,凝固界面での溶質濃度Ci,jは(8)式で計算される。

  
C j = C L , j [ K e , j + ( 1 K e , j ) exp { f ( x δ j ) D j } ] (6)
  
K e , j = k o , j / { k o , j + ( 1 k o , j ) exp ( f δ j D j ) } (7)
  
C i , j = C L , j / { k o , j + ( 1 k o , j ) exp ( f δ j D j ) } (8)

ここでKe,j:成分jの実効分配係数(−)

(2)濃度境界層厚みの推定

濃度境界層内の溶質濃度分布や凝固界面での溶質濃度を(6)式や(7)式で推定するには,各溶質元素の濃度境界層厚みδjを求める必要がある。各元素のδjのうち炭素の濃度境界層厚みδCは,S25C丸鋼を炭素飽和鉄中で回転しながら溶解した実験での溶解速度測定結果から求めた炭素の物質移動係数ucの値15)uc=DC/δCの関係を用いて推定した。DCはFe-C系の相互拡散係数である。そのδCと溶鉄温度Tや溶鉄の撹拌流速Vの関係について回帰分析を行い,得られた回帰式(9)式を用いて各解析条件でのδCを推定した。(9)式における溶鉄の温度と流動速度VδCの関係をFig.2に示す。δCは溶鉄温度の上昇につれ増加し,Vの増大につれ減少するが,Vが0.6 m/sに近づくにつれて流速増大にともなうδCの減少幅は縮小する。

  
δ c ( m ) = 0.0138 × 10 6 ( T 273 ) 1.6 ( 100 V ) 0.8 (9)

ここでT:溶鋼温度(K),V:溶鉄または溶鋼流速(攪拌流速)(m/s)

Fig. 2.

Relation between temperature, flow velocity (V) of molten iron and thickness of solute boundary layer of carbon (δC) of molten iron.

さらに各元素のδjは各元素の拡散係数Djの1/3乗に比例する8)ことから,本研究では各元素と炭素の濃度境界層の厚み比(δj/δC)が拡散係数の比(Dj/DC)の1/3乗に比例するとして,各溶鋼温度,溶鋼流速のδCを(9)式で推定し,そのδCから各条件でのO,H,N,Sの濃度境界層厚みδjを求めた。

本解析に用いた各成分の固液間の平衡分配係数ko,jと相互拡散係数Djを求める下記(10)式の各パラメータDo,jEo,jTable 2に示す。

  
D j ( m 2 / s ) = D o , j exp { E o , j / ( R T ) } × 10 4 (10)

ここでR:気体定数(8.31451(J/(mol・K))

Table 2. Equilibrium partition coefficients and parameters of estimation of mutual diffusion coefficients of solutes16,17).
j C O H N S
kO,j 0.19 0.02 0.31 0.30 0.05
DO,j (cm2/s) 8.27×10–3 2.72×10–3 3.2×10–3 9.77×10–3 4.9×10–4
EO,j (J/mol) 5.02×104 4.70×104 1.38×104 7.32×104 3.59×104

3・4 凝固界面における各ガス成分の平衡分圧の推定

(1)式左辺の凝固界面における各ガス成分の平衡分圧は,以下の(11)~(18)の熱力学データ18)と(8)式で求めた各成分の凝固界面における溶質濃度を用いて凝固界面でのCO,H2,N2ガスの平衡分圧を推定した。

  
C _ + O _ =CO (11)
  
log K CO = 1160 T + 2.003 (12)
  
log f C = 0.243 C c (13)
  
log f O = 0.421 C O (14)
  
H _ =1/2 H 2 (15)
  
log K H 2 = 1950 T 1.591 (16)
  
N _ =1/2 N 2 (17)
  
log K N 2 = 518 T 1.063 (18)

ここで,KCOKH2KN2:CO,H2,N2生成反応の平衡定数,fCfO:C,Oの活量係数

3・5 液相鉛の蒸気圧の推定

(1)液相鉛の平衡蒸気圧の推定

Fe-Pb系の状態図19)から明らかなようにCPbが0.05%以上で2液相分離を起こすため,鉛濃度が高い低炭素S-Pb快削鋼では凝固時にはほぼ純鉛に近い組成の融液が溶鋼中に生成すると考えられる。本理論モデルでは生成した液相の鉛が凝固界面に存在する場合を想定し,(1)式右辺のPi,totalに鉛の蒸気圧Pi,Pbを考慮した。Pi,Pbは各温度での純鉛の蒸気圧のデータ20)の回帰式(19)式を用いて推定した。(19)式より鉛の凝固開始温度(1516°C)での蒸気圧は0.22(atm)と推定された。

  
P Pb ( atm ) = T ( K ) 13.938 10 45.994 (19)

(2)微細鉛液相粒子の生成による鉛蒸気圧への影響

凝固温度付近で溶鋼への溶解度を超えた分の鉛は,ミクロンおよびサブミクロンオーダーの微細な液滴粒子として生成すると考えられる21)。物質は微細化することで活性化され,半径rの凝縮相の平衡蒸気圧PrはThomson-Freundlichの式22)((20)式)で与えられるため,r=∞の液相鉛に比べ,微細な鉛の液滴の平衡蒸気圧は増大すると考えられる。そこで,鉛が直径10 μmの液滴として存在した場合に,rPb=∞の場合に比べどの程度平衡蒸気圧が増大するか(20)式を用いて推定した。

  
RTln P Pb , r Pb P Pb , = 2 σ Pb M Pb ρ Pb R T r Pb (20)22)

ここで,rPb:鉛液滴粒子の半径(m),σPb:液相鉛の表面張力(N/m),PPb,rPbPPb,∞:径rPbおよびrPb=∞での鉛液滴粒子と平衡する蒸気圧(atm),MPb:鉛の原子量,ρPb:液相鉛の密度(kg/m3),T:温度(K),R:気体定数(8.31451(J/(mol・K))

(20)式を用いて直径10 μmの液滴が生成した場合に,r=∞の場合に比べどの程度平衡蒸気圧が増大するかについて検討した。鉛の各物性値23)を用いて直径10 μm(rPb=5 μm)の鉛液滴粒子の蒸気圧を求めrPb=∞の場合との比(PPb,rPb/PPb,∞)を求めると1.0001と推定された。よって,鉛が直径10 μm(rPb=5 μm)の液滴粒子で存在した場合とrPb=∞の場合の蒸気圧の差は無視できる程度であり,以下の解析では鉛の融液が微細粒子で存在することによる蒸気圧への影響は考慮せず解析を行った。

3・6 凝固界面における表面張力の推定方法

前述の(1)式右辺のPi,critic.は,表面張力σiの値を与えて計算する必要がある。溶鉄の表面張力σへのS濃度の影響は次の(21)式24)で,O濃度の影響は(22)式25)で影響を評価できるが,凝固界面のS濃度はO濃度に比べかなり高いためO原子よりS原子が気泡表面を覆う確率が高いと考え,ピンホール生成挙動の解析における凝固界面での表面張力σiは(25)式の方を用いて推定した。

  
σ s ( N / m ) = 1.970 0.17 ln ( 1 + 840 C s ) (21)24)
  
σ o ( N / m ) = 1.970 0.318 ln ( 1 + 200 C o ) (22)25)

3・7 ピンホールの生成挙動の解析条件

本解析ではピンホール生成原因となるガス成分や各種因子のピンホール生成挙動に及ぼす影響を定量的に明らかにするため,3・1~3・6で述べた解析方法を用い,Table 3に示すように,バルク液相のC濃度やS濃度,濃度境界層厚みδCおよび凝固速度fを変化させて,トータルガス圧Pi,totalや気泡生成のしやすさの指標とした臨界ガス圧Pi,critic.を求め,各ケースのそれらの値と連鋳での代表的製造条件を想定したケースNo.1の値との差やPi,total/Pi,critic.の比等を算出した。濃度境界層厚みδCが70 μmのケースNo.2は,ケースNo.1のベース条件に比べ溶鋼の攪拌流速(V)を0.45 m/sから0.54 m/sに高めた場合に相当し,ケースNo.3~No.5では,No.1のベース条件に対し,それぞれバルク液相の炭素濃度を0.02 mass%高め,硫黄濃度を0.01 mass%まで低下させ,あるいは凝固速度fを0.00003 m/s低下させた。さらに,ケースNo.6は炭素濃度と酸素濃度が異なる鉛快削鋼でピンホール起因の疵が問題ならない鋼種のケースで,ケースNo.7は,8章で実験結果を述べる150 kg鋼塊を用いて行ったラボ実験の最も基本的な条件とした。なお,ラボ実験での炭素の濃度境界層厚みδCは以下の方法で推定した。凝固完了後鋼塊表層部の炭素濃度を化学分析で調査し,その値と鋳造直前の溶鋼炭素濃度との比で負偏析度を求め,既報27)の凝固時の溶鋼攪拌流速と炭素の負偏析度の関係と照合して,鋼塊凝固時の上注ぎ流による流動速度を0.3 m/sと推定した。本流動速度での濃度境界層厚みδCを(9)式で推定し,そのδCをトータルガス圧の推定に用いた。本解析で共通で用いた溶鋼温度,生成気泡径およびバルク液相の水素濃度および窒素濃度などの解析条件をTable 4に示す。

Table 3. Conditions of analyses of pinhole generation (1) and results of estimation of Pi,total, △Pi,total, △Pi,total/PPb, Pi,critic., △Pi,critic., △Pi,critic./PPb and Pi,total/Pi,critic. at solid/liquid interface.
Case No. 1 2 3 4 5 6 7
Condition Base Law δ CL,C up Law CL,S f down High CL,C,
Law CL,SCL,O
Lab.Exp.
Steel grade A (Base) A A A A B A
CL,C (mass%) 0.08 0.08 0.10 0.08 0.08 0.17 0.08
CL,S (mass%) 0.33 0.33 0.33 0.01 0.33 0.20 0.33
CL,O (mass%) 0.008 0.008 0.008 0.008 0.008 0.002 0.008
f (m/s) 0.0003 0.0003 0.0003 0.0003 0.00027 0.0003 0.0003
δC (μm) 80 70 80 80 80 80 112
Pi,total (atm) 2.91 2.32 3.62 2.91 2.43 1.87 5.81
Pi,total. (atm) –0.59 0.71 0.00 –0.48 –1.04 2.90
Pi,total/PPb –2.67 3.25 0.00 –2.18 –4.71 13.20
Pi,critic. (atm) 2.23 2.30 2.23 3.40 2.28 2.40 2.09
Pi,critic. (atm) 0.07 0.00 1.17 0.05 0.17 –0.14
Pi,critic./PPb 0.31 0.00 5.32 0.24 0.76 0.64
Pi,total/Pi,critic. 1.31 1.01 1.63 0.86 1.06 0.78 2.78
Table 4. Conditions of analyses of pinhole generation (2).
Temperature of molten steel (K) 1789 (TLL) CL,H (massppm) 4
Diameter of gas bubble (μm) 10 CL,N (massppm) 40
Viscosity (Pa·s) 0.005 CL,Pb (mass%) 0.2 ~ 0.33 (≧0.05)

4. 凝固界面前方での気泡捕捉挙動の解析方法

凝固時に凝固界面近傍で気泡が発生しても凝固シェルに捕捉されずに離脱すればピンホールにならないため,ピンホール系の表面割れの発生挙動には,気泡の捕捉挙動が関係する。合金の凝固では,凝固界面前方の濃度境界層での溶質濃度分布に起因した界面張力勾配が存在し,その勾配に起因する力で介在物粒子や気泡が捕捉されることが明らかにされた9,10)

酸素濃度や硫黄濃度が低炭素S-Pb快削鋼のように高い場合における凝固界面への気泡捕捉挙動やその挙動に及ぼす溶鋼撹拌の影響に関する検討は本研究者らによる既報5)を除きなされていない。本研究では,Mukaiらによって提案された界面張力勾配に起因する気泡捕捉挙動を解析する理論モデル9,10)を酸素や硫黄含有量が本快削鋼のように高い系へ適用し,凝固界面前方での界面張力勾配が気泡に及ぼす力やその力による気泡移動速度およびそれらへの溶鋼攪拌の影響について検討した。表面活性剤である酸素や硫黄の溶質濃度の表面張力への影響は個々には明らかにされているが,本快削鋼のように酸素,硫黄が高濃度で共存する場合の表面張力に及ぼす両者の影響は定量的に明らかにされていないため,本検討ではFe-S系24),Fe-O系25)で個別に定式化された濃度と表面張力の関係を用いて解析した。

界面張力勾配Kn(n=O,S)や界面張力勾配に起因する気泡に作用する力FnおよびFnによる気泡の移動速度VnはMukaiらにより導出された以下の式9,10)で計算した。(23)式の(n/dCL,n)は(21)または(22)式を用い,(dCL,n/dx)は(6),(7)式を用いて計算した。(6),(7)式で使用するδSδOは3・3で述べたように溶鋼流速で変化するため,流速の影響はこれらを通しKnFnVnに反映される。

  
K n = ( d σ n d C L , n ) ( d C L , n d x ) (23)9,10)
  
F n = ( 8 3 ) π ( r ) 2 K n (24)9,10)
  
V n = ( 4 r K n 9 μ ) [ 1 + 9 8 r ( x r ) ] (25)9,10)

ここで,Kn:硫黄または酸素濃度分布に起因する界面張力勾配(n=S or O)(N/m2),Fn:Knに起因する気泡に作用する力(N),Vn:Fnによる気泡移動速度(m/s),x:凝固界面からの距離(m),r:気泡半径(m),μ:溶鋼の粘度(Pa・s)

5. ラボ低炭素S-Pb快削鋼溶製実験の実験方法

次の6章で述べるようにピンホールの生成挙動解析モデルでの解析結果より,溶鋼酸素濃度が凝固界面のトータルガス圧Pi,totalを通してピンホール生成に関与するというリムド鋼での知見6,7)と同様な結果が得られた。また,リムド鋼では酸素濃度低減で気泡生成抑制を図る場合,その低減が有効な濃度範囲が存在することが報告されている7)。一方,低炭素S-Pb快削鋼では鉛の蒸気圧がPi,totalに影響を及ぼすことに加え,硫黄濃度が0.33 mass%程度でリムド鋼の硫黄濃度は0.015 mass%以下,大半は0.005 mass%前後6,7),に対し,本鋼の硫黄濃度は0.33 mass%程度で,このような硫黄濃度の差でPi,critic.が約1 atm以上異なるため,溶鋼酸素濃度とピンホールの発生挙動の関係も両者で相違すると推察される。そこで,本研究では硫黄濃度がリムド鋼に比べ少なくとも20倍以上高い上に,実機でピンホール起因の表面疵が発生しやすい約0.33 mass%の鉛を含有する本快削鋼でのピンホール発生挙動への酸素濃度の影響把握と理論モデル解析結果の検証および本快削鋼での気泡発生抑制に有効な酸素濃度範囲の把握を目的に本快削鋼の溶製実験を行った。本実験では,150 kgの真空溶解炉を用いて脱酸剤の添加量により溶鋼酸素濃度を変化させて,本快削鋼の150 kg鋼塊を溶製し,ピンホール生成量の調査を行った。

150 kgの電解鉄を溶解し,鉄鉱石を添加し溶鋼酸素濃度を200 ppm以上に高め,溶鋼酸素濃度を意図的に減少させる場合はその後Fe-Si合金等の脱酸剤を添加して,溶鋼酸素を変化させた。その後各種合金を添加して成分を調整,さらに温度も調整した後,鋳鉄製の鋳型に溶鋼を鋳造した。凝固した鋼塊横断面のエッチプリント(EP)26)を採取して,断面内のピンホールの個数を数えて単位面積当たりの個数を算出してその生成状況を評価した。

6. ピンホール生成挙動の解析結果

Table 3に示したケースNo.1のベース条件で凝固界面前方での各元素の溶質濃度分布と各ガス成分の凝固界面における分圧とトータルガス圧について3・3~3・6で詳述した方法で計算した結果をFig.3Fig.4に示す。Fig.3には計算で求めた凝固界面前方の各元素の溶質濃度を各元素のバルク液相濃度で規格化した結果を示す。本図より硫黄が凝固界面へ最も濃化し,次いで酸素,窒素,炭素の順に濃化が緩和され,水素が最も偏析しにくいことがわかる。バルク液相の溶質濃度に対する凝固界面液相側の濃度比Ci,j/CL,jは(8)式より1/{k0+(1−k0)exp(−j/Dj)}となるため,Fig.3の各元素の凝固界面前方への濃化傾向はこの式に対応している。

Fig. 3.

Relationship between distance from solid/liquid interface and concentration ratio of each solute element (Cj/CL,j) in solute boundary layer of molten steel.

Fig. 4.

Partial pressure of gas species and total pressure by all gases at solid/liquid interface. (Case No.1: Base conditions)

上記ベース条件で凝固界面における各ガス成分の平衡分圧とトータルガス圧を推定した結果をFig.4に円グラフで示す。本ケースの凝固界面での臨界圧力Pi,critic.(=1+2σi/r)は約2.23 atmと推定され,それに対し凝固界面のトータルガス圧Pi,totalPi,critic.を0.68 atm上回る2.91 atmと推定され,よって,凝固時に気泡が生成しやすいと推定された。各ガス成分の分圧はPCO:2.58 atm,PPb:0.22 atm,PN2:0.06 atm,PH2:0.05 atmと推定され,トータルガス圧に占める割合はCO分圧が89%と最も高く,次いで鉛の分圧(蒸気圧)が7.5%,N2とH2の分圧はそれぞれ1.9%,1.7%と推定された。本鋼種では鉛の添加量が多く凝固時に液相の鉛が生成し,凝固界面に存在するとその蒸気圧によりPi,totalを0.22 atm押し上げピンホールの生成を促進すると考えられる。鉛を含有しない低炭素硫黄快削鋼ではピンホール起因の表面割れは問題とならず,低炭素S-Pb快削鋼では問題となる上記割れが発生するケースがあることを考えると,鉛の蒸気圧0.22 atmがピンホール生成を促進し,品質上問題となる表面割れを発生させる原因となっていると考えられる。また,本鋼種では偏析しやすい上に表面張力を低下させる硫黄濃度が0.33 mass%とリムド鋼(≦0.015 mass%)7)に比べ少なくとも約20倍程度高く,Pi,critic.がリムド鋼より約1 atm低下することもピンホール生成を促進する要因と考えられる。さらに,本鋼種では被削性確保から溶鋼酸素濃度が高いため,ベース製造条件でも凝固界面でのCO分圧Pi,COは2.58 atmと高い。このPi,COがベースガス圧としてPi,totalを気泡発生の臨界圧力近傍まで高め,これに鉛の蒸気圧が上乗せされ臨界圧力を超えるためピンホールが発生しやすいと推定される。このPi,COを減少しPi,totalを低減できるほど,操業のバラツキがあってもPi,totalがピンホール発生域まで到達する危険性をより低減できる。よって,溶鋼酸素濃度のバラツキ抑制や低レベルへの制御などでのPi,COの低減は,リムド鋼同様6,7)本鋼種でも気泡系欠陥の生成防止を図る上で重要と考えられる。

ピンホールの生成抑制にはPi,totalの減少とPi,critic.の上昇が有利に作用する。また,Pi,totalPi,critic.への各種操業因子の影響を明らかにすることは,ピンホール対策を検討する上で有用と考えられる。そこで,本研究ではピンホール生成挙動解析モデルを用い,Table 3に示した各ケースについてPi,totalPi,critic.およびPi,total/Pi,critic.の値を推定し,炭素や酸素および硫黄の濃度や濃度境界層厚み(攪拌流速に依存),凝固速度の変化がそれらの値に及ぼす影響を評価した。各ケースについて推定したPi,totalPi,critic.およびPi,total/Pi,critic.の値とPi,totalPi,critic.はベース条件(No.1)との差(△Pi,totalと△Pi,critic.)とそれらの差と鉛の蒸気圧(PPb:0.22 atm)の比も求めTable 3の下段に示した。

Pi,totalはNo.1(ベース条件)とNo.2およびNo.7との比較より,溶鋼攪拌流速Vが0.09 m/sアップしてδCが80 μmから70 μmへ減少すると(No.2),Pi,totalは2.91 atmから2.32 atmへ0.59 atm低下し,Vがベースの0.45 m/sから0.3 m/sまで低下してδCが112 μmまで増大すると(No.7),Pi,totalは5.81 atmとベース条件の約2倍に増大した。また,No.1とNo.3やNo.5との比較より,0.02(mass%)の炭素濃度の上昇(No.3)でPi,totalは2.91 atmから3.62 atmへと約0.7 atm増加し,凝固速度fが0.00003 m/s減少すると(No.5),Pi,totalは2.43 atmと約0.5 atm低下すると推定された。No.1とNo.6の比較からは0.09 mass%の炭素濃度の増加より,0.006 mass%の酸素濃度の減少の影響で,Pi,totalは1.04 atm減少し1.87 atmまで低下した。No.6の鉛快削鋼の製造でピンホール起因の表面疵が問題にならないのは,酸素濃度が0.002 masss%と低くPi,totalPi,critic.の2.40 atmより0.53 atm低下しているためと考えられる。

界面張力に影響を及ぼす硫黄の凝固偏析はPi,critic.の変化をもたらし,ピンホールの生成挙動に影響する。No.2のδCの減少やNo.5の凝固速度fの減少では0.05~0.07 atm程度Pi,critic.を上昇させ,また,CL,Sが0.20 mass%まで低下したNo.6ではPi,critic.は0.17 atm上昇し,CL,Sが0.01%とリムド鋼並に低下したNo.4ではPi,critic.が1.17 atmと大幅に上昇した。ラボ実験の条件に相当するNo.7ではδCの112 μmまでの増大によりPi,critic.が2.09 atmとNo.1より0.14 atm低下した。

以上の各ケースとNo.1のベース条件の差を⊿Pi,total/PPbや⊿Pi,critic./PPbでみると,CL,Sが0.01%まで低下したNo.4では⊿Pi,critic./PPbが5.32と⊿Pi,critic.PPbの5倍強と大きくなるが,No.2とNo.5では⊿Pi,critic./PPbが0.24~0.30程度とPPbに対し⊿Pi,critic.が0.24~0.30倍の増加にとどまるのに対し,⊿Pi,total/PPbは−2.67~−2.18と⊿Pi,totalPPbの約2.2~2.7倍減少し,気泡生成の駆動力の減少幅が臨界圧力の増加幅がより大きいことがわかる。また,No.3ではPi,critic.と⊿Pi,critic.は変化しないが,⊿Pi,total/PPbは3.25と,0.02(mass%)のCL,Cの上昇で⊿Pi,totalPPbの3.25倍も増大することが明らかになった。

また,Pi,total/Pi,critic.の指標は,No.2やNo.5では20%前後減少し,No.4やNo.6ではそれぞれ34%減と40%減と低下してピンホールの生成がNo.1に比べ抑制されると推定された。一方,No.3では25%増大し,ラボ実験の条件に相当するNo.7では113%増大するため,ピンホールの発生が検討した中で最も促進される条件であることが判明した。

3章のピンホール生成解析モデルを用いて,溶鋼炭素濃度CL,Cが0.04~0.20 mass%の範囲で,また,溶鋼酸素濃度CL,Oが0.002~0.016 mass%の範囲で,トータルガス圧Pi,totalに及ぼす溶鋼流動速度VCL,CおよびCL,Oの影響について検討し,整理した結果をFig.5Fig.6に示す。これらの図より以下のことがわかる。Vが一定の場合,CL,CおよびCL,Oの増加につれ凝固界面でのトータルガス圧Pi,totalは増大し,ピンホール生成の可能性が高まる。Vが大きいほどPi,totalは低下し,Vが小さいほどPi,totalは増大する。このVの増減によるPi,totalの変化はVが低いほど大きいが,Vが0.5 m/sを超えると飽和する。このため低炭素S-Pb快削鋼の連続鋳造に鋳型内電磁攪を適用する場合,Vの増加によるPi,totalの低減やそれによるピンホール生成抑制効果は,Vが0.5 m/s以下ではこの効果の増大が期待できるが,0.5 m/s以上の領域ではVの増大による効果の拡大は期待できない。一方,溶鋼攪拌は気泡を洗い流したり,回転攪拌では遠心力の反作用で気泡を回転中心側に集めピンホールを低減する効果を有するが,Vの増大によるそれらの効果拡大は期待できる。

Fig. 5.

Relation between carbon content (CL,C), flow velocity (V) of molten steel and total gas pressure at solid/liquid interface (Pi,total).

Fig. 6.

Relation between oxygen content (CL,O), flow velocity (V) of molten steel and total gas pressure at solid/liquid interface (Pi,total).

7. 凝固界面前方での気泡捕捉挙動の解析結果

本解析ではTable 2の平衡分配係数や(10)式で推定した拡散係数の値を用い,また,溶鋼の各成分のバルク溶質濃度,気泡径,溶鋼粘度等もTable 3Table 4に示した条件や値で解析した。本研究では過去の研究9,10)で検討されなかった溶鋼攪拌の気泡捕捉挙動に及ぼす影響について解析したが,その結果のうち攪拌流速Vが0.2 m/sと0.5 m/sの場合の結果をFig.7~Fig.9に示す。

モデル計算で推定した凝固界面前方の酸素および硫黄の濃度分布をFig.7に,また,上記濃度分布から(6),(7),(21),(22)および(23)式を用いて推定した濃度境界層における界面張力勾配Kj(j=S,O)の分布をFig.8に示す。さらに,同一領域で界面張力勾配Kjに起因する気泡に作用する力Fjによる気泡の移動速度Vjを推定した結果をFig.9に示す。(24),(25)式9,10)からわかるように,気泡径が一定の場合FjKjに比例するため,KjFjは同様な分布を示し,境界層内の各位置のVjKjFjに比例して増減する。

Fig. 7.

Relation between distance from solid/liquid interface and sulfur concentration (CS), oxygen concentration (CO) in solute boundary layer of molten iron. (Stirring velocity of molten steel: V = 0.2, 0.5 (m/s))

Fig. 8.

Relationship between distance from solid/liquid interface and gradient of interfacial tension caused by gradient of oxygen concentration (KO), sulfur concentration (KS) in solute boundary layer of molten iron. (Stirring velocity of molten steel: V = 0.2, 0.5 (m/s))

Fig. 9.

Relationship between distance from solid/liquid interface and moving velocity of bubbles in solute boundary layer of molten iron (VO), (VS) caused by gradient of interfacial tension (KO), (KS). (Stirring velocity of molten steel: V = 0.2, 0.5 (m/s))

Fig.7より,バルクの溶質濃度の高い硫黄の方が酸素に比べ濃度境界層が発達し,攪拌流速Vが0.2 m/sから0.5 m/sに増加すると酸素,硫黄の濃度境界層はともに縮小し,さらに,濃度境界層内の広範囲で酸素濃度は約1/4に,硫黄濃度は約1/2に低下することがわかる。また攪拌流速Vが0.2 m/sと0.5 m/sでは溶質濃度分布には差異があるが,硫黄の溶質濃度分布に基づくKSは両Vでほとんど差がなく,一方,酸素の濃度分布に基づくKOVが0.2 m/sより0.5 m/sの方が低下した(Fig.8)。FSFOは(28)式9,10)から明らかなように上記KSKOと同様な傾向を示す。加えて硫黄および酸素濃度分布に対応した界面張力勾配による気泡の移動速度VSVO(Fig.9)は,いずれの場合も濃度境界層内では負の値となり,気泡はFSFOにより凝固界面側へ引き寄せられ,本鋼種ではその速度は最大2 m/s~3 m/s程度になると推定された。VSではVの影響は認められないが,VOは0.2 m/sに比べ0.5 m/sの方が低下することも判明した。

以上より,低炭素S-Pb快削鋼では凝固界面で気泡が生成すると,その気泡には凝固界面前方の硫黄と酸素濃度の分布に基づく界面張力勾配に基づく力により気泡が凝固界面へ引き寄せられるため気泡系欠陥になりやすいことが確認された。また,溶鋼撹拌の促進は洗浄効果の増大,回転攪拌では遠心力の反作用を増大に加え,今回の解析から,濃度境界層を縮小し,気泡離脱を阻害する力が作用する範囲が縮小する点で凝固界面からの気泡離脱を促進するが,溶鋼撹拌の促進が界面張力勾配に起因する気泡離脱を阻害する力を低減する効果は硫黄や酸素濃度レベルで異なることも判明した。

今回,気泡捕捉挙動の解析は,界面張力勾配やそれに起因する気泡へ作用する力に関して,酸素と硫黄の濃度勾配の影響を個別に考慮して解析したが,実際には酸素および硫黄濃度分布が共存しており,そのよう場合の界面張力の各濃度依存性に考慮した解析が必要と考えられる。しかしながら,本鋼種のように酸素や硫黄濃度が高い場合の表面張力の酸素濃度や硫黄濃度への依存性は十分に明らかにされていないため,それらを考慮した気泡捕捉挙動の解析は今後の課題と言える。

8. ラボ低炭素S-Pb快削鋼溶製実験の実験結果

ラボ実験において,実機でピンホール系の表面疵が問題となるレベルである約0.31 mass%~0.34 mass%の鉛を添加し,溶鋼酸素濃度CL,Oが94 ppmと37 ppmで溶製された低炭素S-Pb快削鋼の鋼塊横断面のエッチプリント(EP)26)Fig.10(a)Fig.10(b)に示す。EPではその現出原理から,大きなピンホールは白抜けで,小さなものは黒いスポットとして観察される。CL,Oが94 ppmでは表層部に白抜けやブラックスポットとして認識されるピンホールが多数存在し,断面内部にも大型の気泡欠陥も観察された。一方,CL,Oを37 ppmでは,断面内部の上記大型の気泡欠陥は消失し,またCL,Oが94 ppmで表層に観察されたピンホールの個数とサイズは減少し,径が1 mm以上の黒いスポットは消失した。本結果より,理論モデルで推定されたように本鋼種のピンホールの生成挙動にCL,Oが関与し,その低減によりピンホールの発生を抑制できることが確認された。Tbale 3に示した解析結果から,No.7(ラボ実験のベース)のケースではNo.1(実機連鋳操業のベース条件)に比べ,Pi,totalが大幅に増大しピンホールが生成しやすいと推定されたが,Fig.10(a)のEPでは実機連鋳材に比べより大型のピンホールが多数観察され,上記推定結果に対応した結果が得られた。

Fig. 10.

EP (Etch Print)26) of cross-section of 150 kg ingot of low carbon S-Pb free-cutting steel. (Laboratory experiments)

さらに,ラボ溶製実験での溶鋼酸素濃度CL,Oとピンホール個数の関係を整理した結果とラボ実験の条件で理論モデルを用いて推定したCL,OPi,totalの関係を(Fig.11)に示す。本ケースで推定されたPi,critic.(2.09 atm)も図中に破線で示した。本図よりPi,total/Pi,critic.が1を上回る濃度範囲で,CL,OPi,totalの増加にともないピンホール個数が増加し,逆に,CL,Oが20~40 massppm程度まではCL,Oの低下でその個数を減少でき,ピンホールの発生を抑制できることが確認された。酸素濃度CL,Oの低減がピンホール発生抑制に有効なことはリムド鋼でも明らかにされているが6,7),リムド鋼ではCL,Oが60 ppm程度でCL,Oを低減する効果が飽和する7)のに対し,本快削鋼ではより低CL,OまでCL,Oの低減効果が得られることがわかった。この両者の差は,本快削鋼で凝固時の気泡生成の駆動力であるPi,totalに鉛の蒸気圧が上乗せされたり,高S含有量の影響で気泡発生の臨界圧に相当するPi,critic.が低下して,リムド鋼に比べ凝固時に気泡生成が促進されるためと考えられる。

Fig. 11.

Relation between oxygen content (CL,O) and number of pinholes on cross-section of 150 kg ingot of low carbon S-Pb free-cutting steel, Pi,total.

9. 結言

ピンホールの発生に関し,凝固時のC,O,H,N,Sの固液間分配と凝固界面からバルク溶鋼への物質移動を考慮した1次元の平滑凝固界面モデルを用いて,凝固界面前方の濃度境界層における気泡発生挙動を理論的に解析し,以下の知見を得た。

1)本鋼種では鉛の添加量が凝固温度での溶解度限0.05%19)を超えるため,凝固時に液相の鉛が生成して蒸発し,その蒸気圧は0.22 atm程度と推定された。本蒸気圧はピンホール生成の駆動力である凝固界面でのトータルガス圧(Pi,total)を押し上げピンホールの生成を促進していると考えられる。

2)連続鋳造での代表的操業条件を想定した条件(ベース条件,凝固速度f:0.0003 m/s,鋳型内溶鋼攪拌流速V:0.45 m/s)でPi,totalを推定した結果,2.91 atmと推定され,直径10ミクロンの気泡が安定して存在する臨界圧力(Pi,critic.(=1+2σi/r):2.23 atm)を0.68 atmを上回り,凝固時に気泡が生成しやすいと推定された。

3)本鋼種では偏析しやすい上に界面活性元素である硫黄の濃度が0.33%と高いため,硫黄濃度が0.015%以下のリムド鋼6,7)に比べPi,critic.は1 atm以上低下することもピンホール生成を促進していると考えられる。

4)本鋼種では被削性確保から未脱酸で製造されるため溶鋼酸素濃度が高く,上記ベース条件における凝固界面でのCO分圧Pi,COは2.58 atmと高くPi,totalの89%を占めるため,このPi,COの低減はPi,totalの減少に有効であり,また気泡系欠陥の生成を防止する上で重要と推察された。

5)凝固速度の低減や溶鋼攪拌の促進は,濃度境界層の厚みや凝固界面での溶質濃度およびPi,totalの減少やPi,critic.の増加に有効である。溶鋼攪拌の促進による溶質濃度,Pi,totalの減少効果やPi,critic.の増加効果は,攪拌速度の増大につれ次第に縮小し,攪拌速度が0.5 m/s以上では飽和する。

6)本鋼種の150 kg鋼塊を溶製するラボ実験を行い,ピンホール発生挙動への溶鋼酸素の影響を把握し,本鋼種では20~40 massppm程度までは酸素濃度の低減によりピンホール発生が抑制できることを確認した。

以上に加え,本鋼種における凝固界面前方での気泡捕捉挙動について,凝固界面前方の界面張力勾配が気泡移動を支配するとした理論モデルで解析し,以下の知見を得た。

7)凝固界面前方の濃度境界層では,硫黄や酸素の濃度勾配に起因する界面張力勾配で気泡を凝固界面方向へ引き寄せる力が作用して気泡の離脱が阻害されるが,本鋼種ではその力による気泡の移動速度は,溶鋼攪拌流速が0.2~0.5 m/sで最大2~3 m/sに達すると推定された。

8)本鋼種において,酸素や硫黄の濃度境界層の厚みや気泡離脱を阻害する力が及ぶ範囲は撹拌流速の増大で減少して気泡離脱が容易になるため,この点では攪拌流速の増大はピンホールの生成抑制に寄与すると推定された。

9)本鋼種においては溶質濃度分布に起因する界面張力勾配や気泡を引き寄せる力,その力による気泡移動速度は,酸素濃度分布に起因する場合は攪拌流速が0.2 m/sに比べ0.5 m/sで減少するが,硫黄濃度分布に起因する場合は,攪拌流速が0.2 m/sと0.5 m/sで差がないことが判明した。本結果より,攪拌流速の増大による界面張力勾配に起因する凝固界面から気泡離脱を阻害する力の低減効果は,界面張力勾配を支配する溶質元素の種類やその濃度レベルにより異なることも判明した。

以上の結果より,低炭素S-Pb快削鋼の連続鋳造での製造において,溶鋼酸素濃度や炭素濃度の低減やバラツキの抑制に加え,鋳型内撹拌での攪拌流速の確保による,気泡生成の駆動力である凝固界面でのガス圧の低減,気泡発生の臨界圧力の増加および濃度境界層の低減による気泡捕捉の抑制等が,ピンホールや気泡系欠陥の低減に有効なことを明らかにした。本指針に基づき実機試験を実施した結果,炭素や酸素濃度の低目制御,鋳型内電磁攪拌での攪拌流速の確保等の対策の有効性を確認することができた。

記号

Pi,total:凝固界面におけるトータルガス圧(atm),σi:凝固界面における表面張力(N/m),Pi,m:凝固界面におけるガス成分mの平衡分圧またはPbまたはPbOの蒸気圧(atm),r:気泡半径(m),ko,j:成分jの平衡分配係数(−),f:界面進行速度(m/s),Cj:成分jの溶質濃度(mass%),Dj:溶鉄中のFe-j系の相互拡散係数(m2/s),x:凝固界面からの距離(m),δj:成分jの濃度境界層厚み(m),Ke,j:成分jの実効分配係数(−),KCOKH2KN2:CO,H2,N2生成反応の平衡定数,fCfO:C,Oの活量係数,uc:溶鉄中の炭素の物質移動係数(m/s),R:気体定数(8.31451(J/(mol・K)),T:(溶鋼)温度(K),V:溶鉄または溶鋼の流速(攪拌流速)(m/s),rPb:鉛液滴粒子の半径(m),σPb:液相鉛の表面張力(N/m),PPb,rPbPPb,∞:半径rPbおよびrPb=∞での鉛液滴粒子と平衡する蒸気圧(atm),MPb:鉛の原子量,ρPb:鉛液相の密度(kg/m3),σn:溶鋼の表面張力(硫黄濃度(n=S),酸素濃度(n=O)の関数)(N/m),Kn:硫黄または酸素濃度分布に起因する界面張力勾配(n=S or O)(N/m2),Fn:Knに起因する気泡に作用する力(N),Vn:Fnによる気泡移動速度(m/s),μ:溶鋼の粘度(Pa・s),添え字 m=CO,H2,N2,Pb,PbO, j=C,O,S,H,N, n=S,O,L:液相バルク,s:固相,i:凝固界面

文献
 
© 2018 The Iron and Steel Institute of Japan

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
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