2018 Volume 104 Issue 8 Pages 444-452
PET film laminated steel sheets with excellent properties have now widely used in beverage cans. In recent years, can-weight reduction has been advanced from the viewpoint of resource saving, so that deep-drawing and ironing are performed to the laminated steel sheets, which requires non-oriented PET films with excellent formability instead of BO (Biaxially Oriented) PET films. However, non-oriented PET films have the possibility of any effects on impact and corrosion resistance due to the lack of crystal structure.
In this study, we investigated the effect of the crystallinity of PET film on various properties required for beverage and food cans. Steel sheets on which PET films with different crystallinities were laminated were formed into the can shape by stretch-drawing processing in order to evaluate formability, adhesion property, impact and corrosion resistance.
Here we found that BO-PET film laminated sheet with high crystallinity was inferior in impact and corrosion resistance compared with BO-PET/IA and NO-PET/IA film laminated ones. Film cracks parallel to the can-height direction were observed only on the surface of BO-PET film after the heat treatment, which caused deterioration of the properties. The heat treatment increased crystallinity degree of PET and aligned (100) crystal face of PET parallel to the can-height direction, which resulted in the occurrence of the film cracks.
The study concluded that crystal-structural changes of PET film in can-making process had a significant effect on corrosion and impact resistance, and that the control of crystallinity of PET was the key factor to obtain the excellent properties.
近年,製缶業界では,地球環境の保全,塗装作業時の労働環境改善などの観点から,有機溶剤を用いる塗装が敬遠され,水溶性塗料への転換,あるいは熱可塑性樹脂のラミネートが進められており,飲料缶分野を中心として,二軸延伸PETフィルムをラミネートした鋼板(PETフィルムラミネート鋼板)を素材とした缶が商品化されている1)。ラミネート鋼板の利点としては,従来の塗装材で必要とされた,塗装・焼付け工程が省略できることから,①工程省略によるコストダウン,②有機溶剤等の有害物質を製造工程から排除できること,さらに,③優れた品質性能(加工性・耐食性など)を有すること,などが挙げられる2)。
二軸延伸PETフィルムを鋼板にラミネートする場合,ラミネート後のPETフィルムの配向状態が,フィルム密着性や耐食性に大きな影響を及ぼすことがわかっており,ラミネート製造条件を調整することで,適正に制御する必要がある3)。具体的には,加熱された鋼板の表面に,二軸延伸PETフィルムを,ラミネートロールで熱圧着することで,鋼板界面近傍のフィルムを溶解させて非晶質構造として密着性を確保し,表層のフィルムは配向構造を有している。
しかし,近年では,省資源の観点から,更なる缶の軽量化が進められており,加工がより厳しい用途については,無延伸PETフィルムの適用が検討されている4)。従来の,二軸延伸PETフィルムに比べ,結晶性が低く加工性に優れる無延伸PETフィルムが有利であるとの報告がある5)が,ラミネート後の結晶配向構造が失われるため,耐食性や耐衝撃性が変化する可能性がある。
そこで,本研究では,製缶工程におけるPETフィルムの結晶化挙動が,容器用ラミネート鋼板に要求される各種性能に及ぼす影響について,調査することとした。結晶性の異なるPETフィルムを鋼板にラミネートし,これをストレッチドロー成形2)して缶体を作製し,各種性能を評価するとともに,缶体成形後のPETフィルムの結晶構造を,ラマン分光法を用いて解析することで,性能に及ぼす影響を調査した結果について報告する。
ラミネート原板として,低炭素Al-killed連続鋳造鋼種,板厚0.21 mm,硬度T3CA,金属クロム量120 mg/m2,クロム水和酸化物量15 mg/m2(Cr量換算)のクロムめっき鋼板(ECCS:Electrolytically Chromium Coated Steel)を用いた。PETフィルムとしては,Table 1に示す,二軸延伸ホモPETフィルム(共重合率;0 mol%)と,イソフタル酸を10 mol%共重合させた二軸延伸共重合PETフィルムと,同じくイソフタル酸を10 mol%共重合させた無延伸共重合PETフィルムを用いた。
| Comonomer substitution;
IAa)/(IA+TAb))(mol%) |
Film thickness (μm) | |
|---|---|---|
| Biaxially-oriented PET film
(BO-PET) |
0 | 25 |
| Biaxially-oriented co-PET
film (BO-PET/IA) |
10 | 25 |
| Non-oriented co-PET film
(NO-PET/IA) |
10 | 25 |
a)Isophthalic acid b)Terephthalic acid
これを,フィルム融点以上に加熱したクロムめっき鋼板の表面に,熱融着ラミネートすることで,供試材を作製した。ラミネート後のPETフィルムは,すべて非晶質構造(X線回折測定で,PET由来の回折ピークが検出されない状態)となるよう,ラミネート条件を調整した。
2・2 缶体成形方法2・1で作製したPETフィルムラミネート鋼板に対し,パラフィンワックスを塗布し,ストレッチドロー成形2)により,缶体を作製した。缶体の加工度としては,缶成形前の鋼板厚みに対する,缶体側壁部の鋼板厚みの減少率が,最大で40%となるように調整した。その後,缶体上部をネックイン加工およびフランジ加工して,缶蓋を巻き締められるような形状にした。
2・3 缶体側壁部のフィルム密着性評価2・2で作製した缶体の側壁部に対して,フィルム密着性評価を行った。缶側壁部から密着性評価用の試験片を切り出し,引張試験機を用いて,試験速度30 mm/minで,180°方向にフィルムを剥離させたときの荷重を測定して,密着力を求めた6)。
試験片の切り出しは,缶底からの高さ位置90 mmの缶壁部内面に対して実施した。この缶高さ位置における鋼板厚みの減少率は35%であった。
2・4 缶体側壁部の耐衝撃性評価2・2で作製した缶体の側壁部に対して,缶体に微量に残留したパラフィンワックスの除去を目的として,220°C,3分間の熱処理4,5)を実施した。その後,缶体に蒸留水を充填して,缶体上部に蓋を巻き締めた後,レトルト殺菌処理(加圧水蒸気中にて125°C,90分間の湿熱処理)を実施した。その後,37°Cで1週間経時させ,供試缶とした。
この供試缶の側壁部に対して,缶壁外面側からデュポン衝撃加工を行い,缶壁内面の加工部に対して,ERV(Enamel Rater Value)測定7)を実施した。ここで,デュポン衝撃加工は,サンプル上に先端が1/4インチの曲率を有する丸棒を置き,高さ40 mm上方から荷重1 kgの錘を落下させて行った。また,デュポン衝撃位置は,缶側壁部の2部位(缶高さ位置10 mmと90 mm)とした。缶高さ位置10 mmにおける鋼板厚みの減少率は20%であり,缶高さ位置90 mmにおける鋼板厚みの減少率は35%であった。ERV測定では,3wt%NaCl水溶液中に,缶体を浸漬させ,直流電圧6.2 Vを付加した時の,電流値を計測した。
2・5 缶体の耐食性評価2・2で作製した缶体に対して,缶体に微量に残留したパラフィンワックスの除去を目的として,220°C,3分間の熱処理を実施した。その後,蒸留水を充填して,缶体上部に蓋を巻き締めた後,レトルト殺菌処理を行い,37°Cで1ヶ月間経時させて供試缶とした。この供試缶から,内部に充填した蒸留水を回収して,(株)島津製作所製高周波誘導プラズマ発光分析装置(ICPS-7510)を用いて鉄溶出量を測定するとともに,缶内面の腐食状態を目視およびSEMにて観察した。
2・6 共焦点顕微レーザーラマンによるラミネート鋼板の結晶構造評価ラミネート鋼板のフィルム表面およびフィルム厚み方向の結晶化度変化について,サーモフィッシャー(株)製共焦点型顕微レーザーラマン分光分析装置(Almega XR)を用いて,調査した。PETフィルムのラマンスペクトルにおいて,約1730 cm−1に現れるカルボニル基(C=O)の伸縮振動に起因したバンドの半値幅が大きくなるほど,PETフィルムの結晶化度が低下することがわかっている8)。従って,カルボニル基の半値幅を測定することで,PETフィルムの結晶性の評価が可能である。測定条件をTable 2に示す。
| Parameter | Condition |
|---|---|
| Laser wavelength | 532 nm |
| Laser output power | 10 |
| Exposure time | 10 |
| Frequency of exposure | 2 |
| Aperture time | 25 μm |
| Object lens | 100-fold |
| Interval of measurement | 0.5 μm |
また,本研究においては,特定の方向におけるPETの結晶構造変化を解析するため,直線偏光させたレーザー光を用いた9)。これにより,レーザー光の偏光面と平行方向の,PETの結晶化度を選択的に測定することが可能となる。ここでは,缶高さ方向のPETの結晶化度や,フィルム表面と平行方向のPETの結晶化度を求め,缶成形前後やレトルト殺菌処理前後の,PET結晶構造の変化を解析した。
Fig.1に,各供試缶の缶体側壁部(缶高さ位置90 mm,板厚減少率35%)について,フィルム密着性を評価した結果を示す。各5つの供試缶につき,測定を行った結果の平均値と最大値および最小値を,エラーバーを用いて示している。いずれの供試材も,7~9Nのフィルム密着力が得られており,共重合組成やフィルム延伸の有無に関わらず,ほぼ同等の密着性を有することがわかった。この理由を考察するため,缶成形前後におけるPETフィルムの結晶構造変化を調査した。

Measurement result of film adhesion strength at can wall.
Fig.2に,ラミネート後の,PETフィルムの厚み方向の結晶化度分布を示す。2・1で記したように,本研究では,ラミネート時の熱により,フィルムを非晶質構造にしているため,厚み方向で結晶化度の変化なく,すべての供試材について,ほぼ同等の構造となっている。半価幅として,約25.5 cm−1が,非晶質構造であることを示す。

Crystallinity distribution in film thickness direction after lamination.
Fig.3に,缶成形後,缶底からの高さ90 mm位置における,PETフィルムの厚み方向の結晶化度分布を示す。すべての供試材について,厚み方向で結晶化度の変化なく,Fig.2と同様に,非晶質構造となっている。このことから,缶成形加工(ストレッチドロー成形加工)において,PETフィルムは缶高さ方向に大きく延伸されるものの,結晶化は進行せず,ラミネート鋼板の非晶質構造をそのまま維持することがわかる。

Crystallinity distribution in film thickness direction at can wall 90 mm above the bottom.
各供試材につき,缶体側壁部で,ほぼ同等のフィルム密着性が得られた理由は,共重合組成やフィルム延伸の有無によらず,すべてのPETフィルムが非晶質構造を維持し,鋼板との界面近傍のフィルム物性がほぼ同等であったためと考えられる。
3・2 缶体側壁部の耐衝撃性評価結果Fig.4に,缶高さ位置10 mm(鋼板厚みの減少率20%)の缶体側壁部に対して,2・4に示した方法で,デュポン衝撃試験後にERV測定を行った結果を示す。各5つの供試缶につき,測定を行った結果の平均値と,最大値および最小値をエラーバーを用いて示している。すべての供試材について,計測された電流値は,ほぼ同等であり,有意差は認められなかった。また,電流値も,すべて0.1 mA未満であった。これに対し,缶高さ位置90 mm(鋼板厚みの減少率35%)の缶体側壁部に対して,デュポン衝撃試験後にERV測定を行った結果をFig.5に示す。計測された電流値に大きな違いが認められ,二軸延伸ホモPET(BO-PET)をラミネートした供試材が,最も電流値が大きく,共重合PETフィルムに比べ,耐衝撃性が劣位にあることがわかった。また,二軸延伸共重合PET(BO-PET/IA)と無延伸共重合PET(NO-PET/IA)を比較すると,無延伸共重合PETの電流値がやや低く,耐衝撃性が優位であることがわかった。

Measurement result of ERV after impact test at can wall 10 mm above the bottom.

Measurement result of ERV after impact test at can wall 90 mm above the bottom.
以上の結果を考察するため,デュポン衝撃加工を行う前の,缶体側壁部の内面フィルムについて,SEM観察を実施した。結果を,Fig.6およびFig.7に示す。Fig.6に示した缶高さ位置10 mmのフィルム表面には,各供試材とも,何ら欠陥部は認められなかったが,Fig.7に示す缶高さ位置90 mmのフィルム表面については,供試材間に,大きな違いが認められた。二軸延伸ホモPETは,フィルム表面に,缶高さ方向と平行に,直線状のフィルム割れが発生していることがわかった。一方,二軸延伸共重合PETおよび無延伸共重合PETについては,缶高さ方向と平行に,フィルム表面に起伏が認められるものの,直線状のフィルム割れは,発生していなかった。以上のSEM観察結果から,缶高さ位置90 mmの缶体側壁部において,二軸延伸ホモPETの耐衝撃性が,他の供試材に比べ劣位になった理由は,缶高さ方向に平行な直線状のフィルム割れが発生して,フィルムのバリア性が大幅に低下したためと考えられる。

SEM images of the surface of can wall 10 mm above the bottom.

SEM images of the surface of can wall 90 mm above the bottom.
Fig.8に,2・5に示した方法で,耐食性試験後の各供試缶から回収した蒸留水中の鉄溶出量測定を行った結果を示す。各5つの供試缶につき,測定を行った結果の平均値と,最大値および最小値を,エラーバーを用いて示している。供試材間で,大きな違いが認められ,二軸延伸ホモPETフィルムの鉄溶出量が,共重合PETフィルムに比べ多く,耐食性が劣位にあることがわかった。また,二軸延伸共重合フィルムと,無延伸共重合フィルムとを比較すると,無延伸共重合フィルムの鉄溶出量がやや低く,耐食性に優れることがわかった。

Measurement result of concentration of dissolved iron.
Fig.9に,耐食性試験後の,缶内面の腐食状態を観察した結果を示す。上記の鉄溶出量測定結果からも明らかなように,二軸延伸ホモPETをラミネートした供試材については,缶体上部で,赤錆の発生が認められた。赤錆発生部分(缶高さ位置80~90 mm)について,SEM観察を行った結果を,Fig.10に示す。Fig.7と同様,缶高さ方向と平行に,直線状のフィルム割れが多数発生しており,その部分で,腐食が発生していることがわかる。

Appearance of inner surface of can wall after corrosion test.

SEM images of corrosion part of inner surface of can wall.
以上の結果から,二軸延伸ホモPETの耐食性が他の供試材に比べ劣位になった理由としては,耐衝撃性の劣化原因と同様に,缶高さ方向に平行な直線状のフィルム割れが発生したため,フィルムのバリア性が大幅に低下したことが考えられる。
各供試材の耐食性,耐衝撃性を評価した結果,二軸延伸ホモPETフィルムをラミネートした供試材について,缶体上部の缶内面フィルムに割れが発生し,性能が劣位になることがわかった。また,共重合PETフィルムについても,延伸・無延伸の違いにより,性能差が認められた。この理由について,考察する。
4・1 フィルム割れが発生する工程Fig.11に,二軸延伸ホモPETと二軸延伸共重合PETにつき,缶成形からレトルト殺菌処理に至る各工程における,缶高さ位置90 mmの缶内面フィルムをSEM観察した結果を示す。両供試材とも,缶成形後に実施した熱処理後に,缶高さ方向に平行なフィルムの起伏が認められる。ここで,二軸延伸ホモPETフィルムについては,わずかではあるが,フィルム表面に線状のフィルム割れが認められる。レトルト殺菌処理後になると,二軸延伸ホモPETフィルムの表面には,缶高さ方向に平行に,線状のフィルム割れが多数発生する。一方,共重合PETフィルムについては,フィルム表面の形状に変化は認められない。このSEM観察結果から,二軸延伸ホモPETフィルムの耐食性および耐衝撃性の劣化原因である,缶高さ方向のフィルム割れは,熱処理により起点が発生し,レトルト殺菌処理により,顕在化することがわかった。

SEM images of the surface of can wall 90 mm above the bottom at each process.
Fig.12に,缶成形からレトルト殺菌処理に至る各工程における,缶高さ位置90 mmの缶内面フィルムについて,フィルム表面の,方位別の結晶化度分布を調査した。90°が缶高さ方向であり,0°が缶周方向である。缶成形後の,フィルム表面の結晶化度分布は,方位によらず,ほぼ一定の非晶質構造であったが,熱処理後になると,フィルム表面の結晶化度分布は,大きく変化した。すべての供試材について,缶高さ方向(90°)の結晶化度が最大値(C=O半価幅が最少値)となり,缶周方向(0°)の結晶化度が最小値となって,缶高さ方向に対して,凸型の結晶化度分布へと変化した。熱処理によって,缶高さ方向への結晶化が進行することがわかった。各供試材を比較すると,二軸延伸ホモPETの結晶化度分布が全般的に高く,より結晶化が進行していた。また,無延伸共重合PETと延伸共重合PETを比較すると,無延伸共重合PETの結晶化度分布が,二軸延伸に比べ,缶高さ方向に対して,緩やかに変化していて,缶高さ方向の結晶化度も,やや低かった。レトルト殺菌処理後の,各供試材の結晶化度分布は,熱処理後から僅かに上昇したものの,顕著な変化は認めらなかった。レトルト殺菌処理の温度(125°C)は,缶成形後の熱処理温度(220°C)と比べ低温であるため,PETの更なる結晶化に寄与しなかったものと考えられる。

Crystallinity distribution from 0 degree to 180 degree to a can circumferential direction at the surface of can wall 90 mm above the bottom.
Fig.13に,缶成形からレトルト殺菌処理に至る各工程における,缶高さ位置90 mmの缶内面フィルムについて,缶高さ方向のフィルム断面に対して,フィルム厚み方向の結晶化度分布を調査した結果を示す。ここで,レーザー光の偏光面は,高さ方向と平行にしており,缶高さ方向の結晶化度のみを測定するよう調整した。この結果から,缶成形後の,フィルム厚み方向の結晶化度分布は,すべての供試材について同等であり,すべて非晶質構造であった。しかし,フィルム表面と同様,熱処理後に大きく変化し,すべての供試材ついて,フィルム厚み方向の全域で,結晶化度が上昇することがわかった。結晶化度の上昇幅は,二軸延伸ホモPETが最も大きく,フィルム厚み方向においても,缶高さ方向への結晶化度が,顕著に進行していることがわかった。また,無延伸共重合PETと延伸共重合PETを比べると,無延伸共重合PETの結晶化度の上昇幅がやや低く,缶高さ方向への結晶化が抑制されていることがわかった。

Crystallinity distribution in film thickness direction at can wall 90 mm above the bottom.
2・6に示したレーザーラマン分光法による結晶化測定は,二軸延伸PETフィルムが,フィルム表面に対して,PET結晶の(100)面が配向した構造となっていて,カルボキシル基(C=O結合)が,その(100)面に対して,ほぼ平行に配置している10)ことを利用している。つまり,PETフィルムの結晶化は,PETの分子鎖が一定方向(分子軸方向)に揃って配列することを示唆している。この時,PETの分子鎖と分子鎖の結合は,分子間力に依存しているため,PETの分子鎖を構成する共有結合に比べ,非常に弱い。これは,一方向に延伸させて製膜したフィルムが,延伸方向についてはPETの分子鎖が配列しているため高強度であるものの,延伸方向と垂直な方向については,極めて脆弱11,12)であることからも,明らかである。
Fig.14に,フィルム割れの発生段階と考えられる,熱処理前後の結晶構造変化の推定図を示す。熱処理前のPETフィルムは,非晶質構造であり,PETの分子鎖はランダムに配列しているものの,缶体に成形される段階で,缶高さ方向に大きく延伸変形されている。これにより,フィルム内部には,缶高さ方向への引張応力が残留する。Fig.15に,2・6の結晶構造評価の際に得られたラマンスペクトルから,缶加工後のフィルムに導入される応力を調査した結果を示す。C-C伸縮振動に起因したバンド位置は,応力と相関があることが報告されている13)。PETの標準試料で得られたバンド位置は1614 cm−1であり,これを基準に,高波数側が圧縮応力を,低波数側が引張応力を示す13,14)。Fig.15に示したバンド位置およびエラーバーは,フィルム表面から鋼板界面までを,1 μmピッチで測定した結果の平均値と標準偏差を用いて示している。この結果から,缶加工後の缶高さ位置90 mmのフィルムから得られたバンド位置は,標準試料のバンド位置1614 cm−1よりも,低波数側にシフトしており,引張応力が導入されていることがわかる。熱処理を受けることで,この缶高さ方向への引張応力が駆動力となって,PETの分子鎖を缶高さ方向に,一軸配向させるものと考えられる。

Estimation mechanism of crystal structure change of PET film caused by heat treatment.

Measurement result of the stress introduced into the film after can forming.
Fig.12,Fig.13に示したように,PET分子鎖の缶高さへの配向は,3次元的に進行し,二軸延伸ホモPETが最も強く配向する。そのため,缶高さ方向に対しては,PET分子鎖内の共有結合により高強度であるものの,缶周方向に対しては,PET分子鎖間の分子間力のみで結合されているため,低強度であり,PET分子鎖間での断裂が生じやすいものと考えられる。レトルト殺菌処理過程で,二軸延伸ホモPETにおいて,缶高さ方向の線状のフィルム割れが顕在化した理由は,結晶化により体積収縮が進行したためと考えられる8)。また,缶体内部に充填した水によって,PETフィルムが加水分解されたことで,PET分子鎖間の断裂が進行したためと考えられる。
共重合PETは,ホモPETに比べ,結晶性が低く,熱結晶化が抑制されることがわかっている5,15)。また,無延伸共重合PETは,二軸延伸共重合PETに比べ,結晶化温度が高く,熱結晶化が進行しにくい構造を有している16)。そのため,缶成形後の熱処理過程においても,缶高さ方向の結晶化,つまりPET分子鎖の配向が進行し難く,レトルト殺菌処理過程でのフィルム割れ発生が抑制されたものと考える。
結晶性の異なるPETフィルムを鋼板にラミネートし,これをストレッチドロー成形して缶体を作製することで,容器用途に要求される各種性能を評価するとともに,缶体加工後のPETフィルムの結晶構造をラマン分光法により調査した結果は,以下のとおりである。
(1)缶成形後の缶体側壁部の密着性は,共重合組成やフィルム延伸の有無によらず,ほぼ同等であった。すべてのPETフィルムが,缶成形後も非晶質構造を維持したためと考えられる。
(2)缶体側壁部の耐衝撃性は,缶体上部で,供試材間に違いが認められ,二軸延伸ホモPETが最も劣位であった。耐衝撃加工を行う前のフィルム表面に,缶高さ方向と平行に,直線状のフィルム割れが発生したことが原因と考えらえる。共重合PETには,フィルム割れは発生せず,耐衝撃性も優位であった。
(3)缶体の耐食性についても,供試材間で性能の違いが認められ,二軸延伸ホモPETが最も劣位であった。耐衝撃性の劣化原因と同様に,缶高さ方向に平行な直線状のフィルム割れが発生したため,フィルムのバリア性が大幅に低下したことが原因と考えられる。
(4)二軸延伸ホモPETの,缶高さ方向のフィルム割れは,熱処理で起点が発生し,レトルト殺菌処理後に,顕在化した。熱処理によって,フィルム厚み方向の全域で,結晶化度が上昇し,缶高さ方向へPET結晶の(100)面が強く配向した構造に変化したことが原因と考えられる。
(5)製缶工程におけるPETフィルムの結晶化挙動が,製缶後の耐食性・耐衝撃性に大きな影響を及ぼす。結晶性の低い無延伸共重合PETが,缶高さ方向への結晶化度の上昇幅が少なく,最も優れた性能を示した。