Tetsu-to-Hagane
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ISSN-L : 0021-1575
Transformations and Microstructures
Development of Niobium Bearing High Carbon Steel Sheet for Knitting Needles
Eiji Tsuchiya Yuta MatsumuraYoshihiro HosoyaYuka MiyamotoTakashi KobayashiKazuhiro SetoKeiko TomuraKoji InoueYasuyoshi Nagai
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2019 Volume 105 Issue 1 Pages 76-85

Details
Synopsis:

Effect of Nb addition less than 0.05 mass% on the quench and tempering behavior of spheroidized eutectoid steel, which has been usually applied to knitting needles, was investigated. The results obtained are as follows. 1) Hardenability with brief heating was markedly improved by 0.01 mass% Nb addition. 2) Both quenching elongation and its standard deviation decreased with 0.01 mass% Nb addition compared to those of Nb free steel. 3) While the effect of Nb addition on the hardness change during low temperature tempering was hardly observed, not only the impact toughness but also the fatigue durability were improved with 0.01 mass% Nb addition. 4) APT (Atom Probe Tomography) analyses indicated that the precipitation of carbon in solution proceeded directly to the ε and/or θ carbides with carbon contents of higher than 25 at% by Nb addition without going through a clustering process up to 10~15at% during low temperature tempering. 5) In spite of the same content of P, the average bulk concentration of P in the martensite phase markedly increased with the addition of Nb up to 0.05 mass%. 6) Regarding the optimum content of 0.01 mass% Nb on the various mechanical properties under the low temperature tempering of martensite, it is considered that they are dominated by the sum of the positive effect for promoting carbide precipitation during low temperature tempering with Nb addition and the negative effect for deteriorating the toughness with increasing bulk concenteration of P in the martensitic phase with addition of Nb higher than 0.02 mass%.

1. 緒言

繊維機械部品の代表であるニット編み用メリヤス針(またはベラ針)は,先端部に糸を手繰り寄せるフックとフック部を開閉するラッチ(ベラ)が取り付けられている1)。メリヤス針の二次加工工程は,型抜き(せん断加工),フック部の伸線,フック先端の研削とU曲げ,ベラ挿入溝の切削,ベラのかしめなど多岐にわたり,最終形状に仕上げられた針は,高靭性,疲労耐久性,耐摩耗性などを付与するため,焼入れ・焼戻し処理によってHV:660~700の硬さに調整される1)

メリヤス針用素材としては一般にSK95(C:0.8~1.1 mass%)相当の過共析鋼が用いられ,冷間圧延と球状化焼鈍を複数回繰り返すことによってフェライト母相中に球状セメンタイトが均一かつ微細に分散した組織に制御される2,3)。とくに最近では,編み機の高速化と編み目の高精細化に伴って針に高い信頼性と耐久性・耐摩耗性が求められるようになり,ハイエンドの針に対しては製鋼段階での高清浄度化,偏析軽減対策に加えて,焼入れ後250°C以下の低温焼戻し(以後LTT:Low Temperature Temperingと称す)によってHV≧700の高硬度に調整された製品が主流になっている。

メリヤス針に対する厳しい要求に応えるため,著者らは従来不純物レベルと見なされてきた0.03 mass%未満のリン(P)の影響に着目して,LTT挙動に及ぼす微量Pの本質的作用について再検証した。その結果,0.005~0.023 mass%の範囲のP含有量であってもLTT時の靱性回復温度がP量に応じて上昇する事を明らかにした46)。しかし,現在の転炉製鋼法でP含有量を0.005 mass%レベルまで低減するには溶銑脱燐と取鍋二次精錬が不可欠7)であり,製鋼コストの上昇が極低P化のボトルネックとなっている。

そこで,P含有量によらずLTT時の炭化物析出を促進させる方法として,微量Nb添加の可能性について検討した。鋼の機械特性に及ぼすNbの影響に関しては,構造用鋼の組織微細化を狙いとした多くの研究成果が集大成されており8,9),その本質は,NbがMoと同様に鋼中では界面に偏析しやすく10),微量添加でα/γ界面の易動度を著しく低下させる元素である点11),周期表のV族に属するNbが侵入型元素であるCと強い引力相互作用を有する点12)などを組織制御に有効に生かしたものである。

一方,α相中でのNbとPの相互作用に関しては,0.3~1.0 mass%程度の高P鋼の結果ではあるが,α鉄を800°Cに加熱した際にMoに次いでリン化物形成傾向が大きく13)かつα鉄中ではPの固溶限を著しく縮小させる14)ことが知られており,従来極低P領域までその傾向を外挿して理解されてきた。また,γ相中ではNbは界面に偏析する際にPと斥力相互作用することも明らかにされている15)。つまり,高炭素鋼の焼入れ・焼戻し過程での微量Nbと微量Pの相互作用に加えて,LTT過程での過飽和固溶Cの析出挙動に対するPのマイナス影響5)を軽減できるか否かを検証できれば,繊維機械部品用高炭素鋼の特性向上に有効であるばかりか,高炭素マルテンサイトのLTT挙動の本質を理解する上でも有益な指針を与える。

そこで本論文では,メリヤス針への適用を念頭に置いて,球状化焼鈍した高炭素冷延鋼板に0.05 mass%以下の微量Nbを添加した鋼の焼入れ性と焼伸び挙動,集合組織変化,焼戻し過程での靭性回復挙動,熱処理後の靭性と疲労特性などと,3次元アトムプローブ:Atom Probe Tomography(以後APTと称する)を用いた原子レベルでの考察実験結果を照合することで,高炭素鋼の焼入れ特性とLTT挙動に及ぼす微量Nbの最適添加量を明らかにすると共に,高炭素鋼における微量Nb添加の本質的作用について考察する。

2. 供試材および実験方法

SK95相当の過共析鋼(以後鋼Aと称す)と該成分系をベースとして0.010 mass%(以後鋼Bと称す),0.021 mass%(以後鋼Cと称す),0.055 mass%(以後鋼Dと称す)の3水準のNbを添加した4鋼種を30 kg真空溶解炉で溶製した。それらの化学組成をTable 1に示す。鋼塊を分塊圧延後,ラボ熱間圧延機にて板厚:4.0 mmまで圧延した後,680°Cに1時間保持後炉冷して巻取り相当処理を行った。その後,冷間圧延と680~700°Cでの球状化焼鈍を繰り返して板厚:0.4 mmの冷延鋼板とした。

Table 1. Chemical composition of steels used (mass%).
Steel NoCSiMnPSCrMoNb
ANb free1.010.260.730.0090.00320.4190.0210.001
B0.01%Nb1.010.240.710.0110.00250.4090.0190.010
C0.02%Nb1.020.250.710.0120.00300.3920.0190.021
D0.05%Nb1.010.250.720.0110.00280.3910.0200.055

Fig.1に本実験で行った熱処理条件を模式的に示す。焼入れ性の評価は,780°Cと800°Cの二水準の温度に保持したN2雰囲気炉にサンプルを装入し,1 min加熱後,2 min~16 min均熱し,80°Cの油中に焼入れた。過共析鋼の焼入れ前の加熱は,過度の残留γの生成を抑えるため(γ+θ)二相域で行われる。本研究では,工業的な定常条件と整合させるため800°Cを基本加熱条件とし,不十分な加熱条件での焼入れ性に及ぼすNbの影響を見極めるため780°Cの加熱条件を追加した。

Fig.1.

Schematic diagram showing the heat treatment conditions composed of oil-quenching from 800°C and following low temperature tempering from 150°C up to 350°C.

焼入れた全てのサンプルについて断面硬さ(HV)を荷重5 kgで測定した。さらに鋼AとBは2.5 mmW×135 mmLの試験片40本について,焼入れ前後(均熱条件:800°C×12 min)の長さの変化から焼伸び量を測定し,元の長さに対する変化率を焼伸び率とした。さらに,焼入れ前後の集合組織については,圧延方向直行(TD)断面を電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)を用いた電子後方散乱回折(EBSD)解析結果より(001)正極点図を得た。

LTT過程での諸特性の変化については,全ての鋼で硬さが一定となる800°C×10 min均熱の一水準とし,80°Cの油で焼入れた後150~350°Cの雰囲気炉で60 min焼戻したサンプルで評価した。LTT後の組織変化はTD断面をSEM観察すると共に荷重:5 kgfで硬さ(HV)を測定した。靭性値の評価は,10 mm×60 mmの矩形サンプルの長手方向中央部側端に先端R:0.02 mm−深さ:2.5 mmのIノッチをワイヤー放電加工した試験片を用いて,衝撃エネルギー:1Jの小型シャルピー衝撃試験機で行った。疲労試験は,250°Cと300°Cで焼戻したサンプルから平行部幅:2 mm,平行部長さ:15 mm,つかみ部の半径12.5 mmの試験片を採取して,最大荷重:984 N,応力比:0.1の片振り引張条件で行った。

さらに本研究では,焼入れ過程とLTT過程におけるマクロ的な機械特性の変化について以下の考察実験を行った。

焼入れ過程については,短時間加熱時の焼入れ性の差異に及ぼすNbの影響を確認するため,加熱前のサンプル中の残留固溶炭素量を横振動法による内部摩擦測定によるSnoek Peak(Q−1)から推定すると共に,焼入れ後のサンプルについて透過電子顕微鏡(TEM)観察と鋼中析出物のエネルギー分散型X線(EDX)分析を行った。LTT過程については,鋼中C,PおよびNbの各原子の存在状態を,集束イオンビーム(FIB: Focus Ion Beam)加工装置で針状に加工したサンプルについてCAMECA社製LEAP4000XHRを用いてAPT 分析を行った。APT測定は,温度は50 Kとし,電圧パルスモード(パルスフラクション20%)で行った。

3. 実験結果

3・1 球状化焼鈍後のミクロ組織と硬さに及ぼす微量Nbの影響

球状化焼鈍後のミクロ組織のSEM像とHV値をFig.2に,球状化セメンタイトのサイズ分布の解析結果をFig.3に示す。球状化焼鈍後の組織は,フェライト母相に未溶解の球状セメンタイトが均一分散した組織となる。硬さも253 HV~258 HVの範囲内にあり,HVに及ぼす0.05 mass%以下のNb添加の影響は認められない。球状化セメンタイトのサイズと分布状態に関しても,平均粒径:0.62~0.69 μmであり,Nb添加による変化は認められない。

Fig.2.

SEM images of as-annealed samples showing the dispersion of spheroidized carbides in ferrite matrix. (a) Steel A: Nb free, (b) Steel B: 0.01%Nb, (c) Steel C: 0.02%Nb, (d) Steel D: 0.05%Nb.

Fig.3.

Size distribution of spheroidized carbides in as-annealed samples of steels A~D. (a) Steel A: Nb free, (b) Steel B: 0.01%Nb, (c) Steel C: 0.02%Nb, (d) Steel D: 0.05%Nb.

3・2 焼入れ性に及ぼす微量Nb添加の影響

780°Cと800°Cで均熱後焼入れたサンプルのHVに及ぼす,均熱時間とNb添加量の影響をFig.4(a)Fig.4(b)にそれぞれ示す。いずれの均熱温度でも,2 minの均熱で一旦硬さが低下するが,それ以上の均熱で急激に硬さが増大する。2 min以下の加熱での硬さの低下は,αγ未変態の状態でα相がある程度粒成長したためと考えられる。加熱温度:780°Cでは,4 minの均熱で鋼BのみHV>700に到達するのに対し,その他は鋼Aと鋼CがHV:400~500,鋼DがHV<400となる。800°C加熱では全ての鋼でHVの上昇が短時間側にシフトし,4 min均熱ではHV>700に到達する。とくに鋼Bでは3 minの均熱でHV>700に到達し,780°C加熱同様に0.01 mass%Nb添加による焼入れ性向上が確認された。

Fig.4.

Effect soaking time at 780°C on the Vickers Hardness (HV) of steels A~D. (a) soaking temperature: 780°C, (b) soaking temperature: 800°C

Fig.4(a)で鋼種間の硬さの差が最大であった780°C×4 min均熱材のSEM像をFig.5に示す。鋼A,C,Dに関してはフェライト粒界が明瞭に観察されるのに対し,鋼Bは明瞭にマルテンサイトラスが観察される。このことから,鋼A,C,Dではγ相への完全逆変態が遅滞したと考えられる。全ての鋼で安定してHV>800に到達する800°C×10 min均熱後焼入れた時のSEM像をFig.6に示すが,いずれの鋼の未溶解セメンタイトの分布状態に対してNb添加量による有意差は認められない。

Fig.5.

SEM images of as-quenched samples showing insufficient hardenability by quenching after insufficient soaking at 780°C for 4 min in steels A~D. (a) Steel A: Nb free, (b) Steel B: 0.01%Nb, (c) Steel C: 0.02%Nb, (d) Steel D: 0.05%Nb.

Fig.6.

SEM images of fully hardened samples quenched after soaking at 800°C for 10 min in steels A~D. (a) Steel A: Nb free, (b) Steel B: 0.01%Nb, (c) Steel C: 0.02%Nb, (d) Steel D: 0.05%Nb.

つぎに焼伸びに及ぼす微量Nb添加の影響を確認するため,鋼Aと鋼Bについて,焼伸び率を測定した結果をFig.7に示す。鋼Aに対して鋼Bでは焼伸び率の平均値(el)が0.023%低下し,標準偏差(σ)が0.8×10−5減少しており,Nbを0.01 mass%添加することで焼伸びが低減することが明らかになった。

Fig.7.

Effect of 0.01 mass% Nb addition on the percentage of quench elongation after soaking at 800°C for 12 min. (a) SteelA: Nb free, (b) SteelB: 0.01%Nb.

焼伸び量低減に及ぼす微量Nb添加の効果を結晶集合組織の変化から解釈するため,鋼AとBの焼入れ前後における集合組織をEBSD解析で求めた(001)正極点図で比較した結果をFig.8に示す。焼き入れ前の状態は,ベル焼鈍炉相当の長時間の球状化焼鈍を行っているため,何れも低炭素フェライト鋼特有の〈111〉//NDを主方位とするγ-fiber再結晶集合組織が形成される。鋼Aでは{111}〈112〉方位に集積のピークが認められるのに対し,鋼Bではほぼ面内ランダム方位の〈111〉//NDに近い集合組織を呈する。焼入れ後の集合組織は,フェライト母相はオーステナイト相に逆変態した後マルテンサイトに変態するためほぼランダムになると思われるが,焼入れ前の集合組織がよりランダムな鋼Bの方がマルテンサイトの集合組織もランダムに近い状態になっている。これは,定性的には0.010 mass%Nb添加によってランダム化したフェライト相に由来するマルテンサイトの方がC軸の配向もランダムに近くなり,特定方向の焼伸びが小さくなる傾向を示唆している。

Fig.8.

Effect of 0.01 mass% Nb addition on the crystalline texture in before and after quenching with the soaking condition of 800°C for 12 min.

3・3 焼戻し挙動に及ぼす微量Nbの影響

つぎに,150°C~350°CでのLTTに伴う硬さの変化をFig.9に示す。何れの鋼も150°C焼戻しまでは焼入れままの硬さが維持される。これに対し,150°C~350°Cの範囲では硬さは焼戻し温度にほぼ比例して低下する。焼戻し過程での硬さとその温度依存性に対するNb添加量の影響は殆ど認められない。取り分け,メリヤス針の焼戻し温度である200~250°Cでの硬さの差はHV:13~17の範囲にあり,Nbの影響はほとんど認められない。

Fig.9.

Change in hardness as a function of tempering temperature.

硬さの変化をマルテンサイト中の微細炭化物析出状態と関連付けて理解するため,鋼Aと鋼Bについて,200°C~350°Cで焼戻した時のマルテンサイト中の微細炭化物の析出状態をSEM観察した結果をFig.10に示す。何れの鋼においても200°Cでは明瞭な炭化物析出は観察されないが,250°C以上で焼戻すとマルテンサイトのラス界面に微細炭化物の析出が観察されるようになり,300°C以上では微細セメンタイトが明瞭に観察される。焼戻しに伴う軟化挙動は過飽和固溶Cからの微細セメンタイト析出で理解されるが,その析出形態に及ぼす微量Nbの影響を示唆する変化はSEMレベルでは確認されなかった。

Fig.10.

SEM images showing the effect of tempering temperature on the martensite phase in steels A and B.

つぎに,シャルピー衝撃値に及ぼすNb添加量と焼戻し温度の影響をFig.11に示す。200°C以下の焼戻しでは靭性値の回復は殆ど認められない。250°C以上の焼戻しで靭性の回復傾向が認められる。取り分け,鋼Bでは250°C~300°Cの温度域で他の鋼に比べて靱性回復が顕著となる。これに対して鋼Dは他の鋼に比べて靭性回復が遅れる。350°Cまで焼戻し温度を上げて600前後のHVまで軟化すると,靭性値のレベルはNb添加量の増加に伴って低くなる。鋼Dは全ての温度で他の鋼に比べて靭性値が最も低く,靭性面ではNb添加量が過剰であると言える。

Fig.11.

Effect of tempering temperature on the impact toughness values of steels A~D.

そこで,鋼Dを除いた3鋼種について,250°Cと300°Cで焼戻したサンプルの片振り引張疲労試験における破断寿命に及ぼすNb添加量の影響をFig.12に示す。何れの焼戻し温度でも鋼Bの破断寿命が最も長くなる。250°C焼戻しと300°C焼戻しの疲労寿命を比較すると,靭性値と同様に300°Cで疲労寿命が延びるが,250°Cから300°Cの寿命の延びは鋼Bが他の鋼に比べて大きい。これは,Fig.11に示した靭性値の向上と符合する結果である。

Fig.12.

Effects of both Nb addition and tempering temperature on the fatigue life of steels A~C.

以上の結果より,繊維機械部品に用いられるSK95相当の過共析鋼に0.01 mass%のNbを添加することで,部品加工後の焼入れ性と焼伸び性の改善のみならず,低温焼戻し過程で靭性と疲労耐久性が向上することが明らかになった。

4. 考察

以上の結果から,メリヤス針用高炭素鋼にNbを0.01 mass%添加することで,短時間加熱における焼入れ性の向上のみならずLTTにおける靭性回復と疲労寿命の向上が確認された。従来のNb添加鋼に関する研究では,0.01 mass%程度の極微量添加の効果に着眼した研究例は少なく,多くのケースで0.02 mass%~0.10 mass%の範囲のNb添加量依存性がNbフリー鋼まで単調に変化すると解釈されてきた16)

そこで,焼入れ加熱時のαγ変態速度に及ぼす微量Nb添加の影響と,LTT過程での過飽和固溶C析出に及ぼす微量Nb添加の影響について,TEM観察結果およびAPT分析結果を踏まえて考察する。

4・1 焼入れ性に及ぼす微量Nbの影響

Fig.4(a)Fig.4(b)より,0.01 mass%Nb添加によって焼入れ加熱時のαγ変態が促進されることが推定された。そこで,微量Nb添加によるフェライト母相中の残留固溶C量の違いと球状化セメンタイトの溶解速度の二点に着眼した考察実験を行った。

先ず,球状化焼鈍後の全ての鋼について,横振動型内部摩擦測定装置でスネークピーク(Q−1max)を測定した結果をFig.13に示す。その結果,Nbを添加するとスネークピークが僅かに高温側にシフトしてピークがブロードニングし,Q−1maxが若干増大する傾向が認められた。Q−1maxは,鋼A:2.4×10−4,鋼B:3.3×10−4,鋼C:3.3×10−4,鋼D:4.0×10−4であった。便宜的にAokiらの実験式:C+N(wt%)=0.0043・T・Q−1max17)を用いて侵入型固溶元素量を計算すると,鋼Aが約3.3 ppm,鋼Bが約4.8 ppm,鋼Cが約5.0 ppm,鋼Dが約5.9 ppmとなり,微量のNbを添加することで球状化焼鈍後のフェライト相中の残留固溶(C+N)が僅かに増加する。

Fig.13.

Effect of Nb addition on the Snoek dumping (Q–1) measured by internal friction test. (a) Steel A: Nb free, (b) Steel B: 0.01%Nb, (c) Steel C: 0.02%Nb, (d) Steel D: 0.05%Nb.

一方,スネークピークのブロードニングに関しては明確な解釈は出来ないが,ブロードニングが顕著となる鋼C,Dでは150°C以上での加工ピークの裾野が観察されない点と,Shimotomai18)によって新たに発見されたε炭化物中のCペアによるNew Broad Peakなどを考え合わせると,0.02 mass%以上のNbを添加した鋼では固溶Cの格子間移動の素過程が変化するのではないかと思われるが,それが加熱過程での球状化セメンタイトの再溶解とαγ変態挙動にどのように作用するかについては現時点では分からない。

さらに,Nbを添加した鋼B,C,Dについて,Fig,4(a)で焼入れ硬さに最も変化が認められた780°Cで4 min均熱後焼入れたサンプルのTEM観察像と析出物のEDX分析結果をFig.14に示す。鋼Bではマルテンサイト中に観察される析出物らしきコントラストから僅かにNbの存在が確認される程度であるのに対し,鋼C,Dでは未変態のフェライト相中にNb析出物が明瞭に観察され,Nb添加量が多いほど析出物のサイズが大きくEDX分析からNb含有量も多くなることが確認された。この結果は,Nb含有量が多いほど焼入れ前のフェライト母相中のCの一部はNbCとして存在しており,Nb/Cの化学量論比から推定すると,鋼Bで13 ppm,鋼Cで26 ppm,鋼Dで65 ppmのCが析出固定されていることになる。

Fig.14.

TEM images showing the effect of Nb addition on both substructure and NbC precipitates with EDX analyses in the samples quenched from 780°C after soaking for 4 min. (a) TEM image of precipitate observed in Steel B: 0.01%Nb, (b) EDX analysis of the precipitate in Steel B: 0.01%Nb, (c) TEM image of precipitate observed in Steel C: 0.02%Nb, (d) EDX analysis of the precipitate in Steel C: 0.02%Nb, (e) TEM image of precipitate observed in Steel D: 0.05%Nb, (f) EDX analysis of the precipitate in Steel D: 0.05%Nb

以上の結果から,Nb添加量が0.010%の鋼で最も短時間でαγ変態が起こる理由を特定することは出来ないが,少なくとも,加熱前ではNb添加によって鋼中CがNbCとして析出固定される点と後述するNb添加によって焼入れ時のPのバルク濃度が増加する点などを考え合わせると,0.02 mass%を超えてNbを添加した場合,加熱段階でα相中へのCの再固溶と拡散が抑えられることでαγ変態が遅れるのではないかと考えられる。一方,0.01%Nb添加によってNb無添加鋼より短時間の焼入れ性が向上する理由については,球状化焼鈍後のα相中の残留固溶C量がNb添加によって僅かに増加する傾向を示すことなどから,球状化セメンタイトの熱的安定性と再溶解挙動に微量のNbが影響を及ぼしているのではないかと推定される。

4・2 低温焼戻し挙動に及ぼす微量Nbの影響

鋼BがLTT過程においても他の鋼に比べて靱性回復が早く,疲労寿命が延びる点に関して,APTを用いてナノスケールでの組成変化を基に考察した。

鋼AとBについて,800°Cから焼入れまま(As-Q),250°C焼戻し後(QT250),300°C焼戻し後(QT300)のサンプルをAPT分析して得られたCのアトムマップをFig.15に示す。焼入れままの状態でC原子の分布には既に濃淡が認められ,Sherbyら19)が提唱したマルテンサイト変態途中であってもC原子の濃度分配が進行する事を示している。Nbを添加する事によって若干C原子の濃淡が明瞭になる傾向が見られるがこのCのアトムマップからでは断定できない。これに対し250°C以上で焼戻すことでC原子の濃化が明瞭となる。これは,おそらく過飽和固溶Cがε炭化物からθ炭化物として析出する過程を捉えたものであり,Nb添加によってC原子の濃淡がより明瞭となる。300°C焼戻しでは,鋼AではC原子の希薄な領域が広く観察されるのに対し,鋼BではC原子がほとんど検出されない領域が拡大し,Nb添加によるC原子の濃度変化がより明瞭になる。

Fig.15.

APT atom mapping of carbon showing the effect of Nb addition on the LTT at 250°C and 300°C.

そこで,C原子の濃度変化をより定量的に把握するため,Fig.15のデータを基に[5 nm×5 nm×200 nm]の直方体の領域に存在するC原子の200 nmの長辺に対する1次元濃度分布をFig.16に示す。何れの鋼も焼入れままでC原子の濃度揺らぎが観察される。250°Cで焼戻すと,鋼AではCaballeroらの解析結果20)と同様に10~15at%程度のCのクラスタリングが多数観察されるのに対し,鋼Bでは15at%程度のクラスタリングは確認されず,10at%以下のピークに加えてθ炭化物と思われる25at%程度のピークが観察される。つぎに300°Cで焼戻すと,何れの鋼においてもθ炭化物と思われる20~30at%のピークが観察されるが,鋼Bの方が析出量が多い。さらにCの低濃度領域に着目すると,鋼Aでは依然5at%以下のCの濃度揺らぎが観察されるが,鋼BのCの低濃度領域はほぼ0に近い値となっている。

Fig.16.

One-dimentional carbon concentration profiles analyzed by APT showing the effect of Nb addition on the LTT processes at 250°C and 300°C.

以上の結果は,0.01 mass%のNbを添加することでLTT過程でεおよびθ炭化物の析出が促進されることを示唆している。とくに鋼AではLTT時にεおよびθ炭化物析出の前駆過程として15at%程度のCのクラスタリングが多数観察される点は,微量Pの影響に関する著者らの研究結果5)と一致している。今回,同じP含有量の鋼に微量のNbを添加することで15at%程度のCのクラスタリングが観察されなくなり,C濃度が25at%程度の炭化物が観測されたことから,Nb添加によって微量Pの存在によるC析出の遅滞が緩和されることが示唆された。このことは,微量のNbを添加した鋼Bでは,極低P鋼同様5)に過飽和固溶Cから直接εおよびθ炭化物が析出している可能性が考えられる。

そこで,微量Nb添加に伴う鋼中Pの挙動を確認するため,鋼A, B, Dの3鋼種についてP原子の1次元濃度分布をFig.17に示す。その結果,3鋼種のP含有量は0.010±0.001 mass%(~0.017at%)でほぼ一定であるにもかかわらず,鋼Dではマルテンサイト中のPの濃度揺らぎのみならず平均濃度が上昇することが明らかになった。3鋼種とも250°C焼戻しに伴うPの一次元濃度分布の変化は殆ど認められない。そこで,マルテンサイト中のP原子の濃度をバルク平均濃度で比較するため,分析領域を[25 nm×25 nm×100 nm]まで拡大して分析を行った結果をFig.18に示す。(1つの試料について再現性等を確認するため複数個のAPTデータを取得しているため,Fig.18において同じ試料に対して複数個の点が存在する)。焼入れままでは鋼AのP濃度は0.03at%であり,Pの化学分析値:0.010 mass%から算出される原子濃度:0.017at%より若干高めであった。Pが球状化セメンタイト中には固溶しない分マルテンサイト中に固溶していると考えると,原子レベルで平均濃度が若干上昇することは十分考えられる。一方微量Nbを添加した鋼では,鋼Bは鋼Aと顕著な濃度差は認められないが,鋼Dでは分析した3サンプルで0.05~0.12at%までPの平均濃度が上昇していた。現時点でこのメカニズムを説明できる公知文献は確認されなかったが,少なくとも焼入れ直後に既に濃度が上昇しているため,800°Cに加熱均熱した時点でγ相中のPの平均濃度がこのレベルまで上昇していたと考えられる。これは,Nbがγ粒界やγ相と未溶解セメンタイト界面などに優先的に偏析することで,γ相へのPの濃化が促進されたとも考えられるが,これだけの濃化を説明できる過去の研究は見当たらなかった。つぎに250°C焼戻し後については,鋼Bで僅かに平均濃度が上昇するがNb量の影響に関しては焼入れままの状態が維持される。

Fig.17.

One-dimentional P concentration profiles analyzed by APT showing the effect of Nb addition on the LTT processes at 250°C.

Fig.18.

Change in the bulk concentration of P as a function of Nb content analyzed by APT (a) As-Q, (b) QT250.

以上の結果は,鋼Dでは焼入れままの状態で既にPがマルテンサイト中に濃化しており,靭性値も他の鋼より劣位であることと符合する。マルテンサイトの靭性が回復する350°C焼戻し後の靭性がNb量に依存して変化する結果は,マルテンサイト中のPの平均濃度の差に起因した現象と考えられる。

以上の結果を基に,焼入れ・焼戻し処理を行った過共析鋼の靭性値をはじめとする機械的諸特性に及ぼす微量Nbの影響についてFig.19に模式的に示す。Fig.15,16に示したように,0.01 mass%程度のPを含んだ鋼ではNbを添加する事によってLTT時にP原子近傍へのCのクラスタリング過程を経ることなく直接ε炭化物またはθ炭化物が析出するため,Nb添加はマルテンサイトの焼戻しを促進する点で靭性回復にはプラス効果をもたらすと考えられる。一方,本研究で明らかになったNb添加に伴うPの平均濃度の上昇傾向は0.02 mass%を超えて含有する鋼で顕著となるため,固溶Pの機械的特性への悪影響を考慮すると,一定量以上のNbの添加はマルテンサイトの靭性を損なうものと考えられる。以上の二つの要因を合算すると図中の点線の傾向が導出される。この傾向は,本研究で明らかにした過共析鋼の靭性,疲労特性などの機械的諸特性が0.01 mass%Nb添加によって向上する結果を裏付けるものである。

Fig.19.

Schematic diagram showing the optimum content of Nb as 0.01 mass% in view of both positive effect for promoting carbide precipitation and negative effect for deterioration of toughness caused by increase in bulk concenteration of P.

5. 結論

メリヤス針など繊維機械部品に使用されるSK95相当の過共析鋼の焼入れ・焼戻し処理による組織形成と機械的特性に及ぼす0.01~0.05 mass%の範囲の微量Nb添加の影響について検討した結果,以下の結論が得られた。

(1)短時間加熱における焼入れ性は0.01 mass%Nb添加によって改善する。しかし,十分に焼きが入った状態では,硬さに及ぼす微量Nb添加の影響は認められない。

(2)焼入れに伴う焼伸びに関しては,Nb無添加鋼に比べて0.01 mass%Nbを添加した鋼において焼き伸び量および焼伸びばらつきが減少する。これは,Nb添加による焼入れ前の〈111〉//ND集合組織の面内無方向化によって焼入れ後のマルテンサイトの集合組織がよりランダム化するためと推測される。

(3)低温焼戻し過程での軟化挙動に対するNbの影響は殆ど認められないが,その間の靭性回復挙動に関しては,0.01 mass%Nb添加によって250°C~300°Cの靱性上昇が顕著となる。

(4)低温焼戻し後の疲労耐久性に関しては,0.01 mass%Nb鋼の疲労寿命は,Nb無添加鋼および0.02 mass%Nb添加鋼より30%~50%延びる。

(5)APTを用いたナノスケールでの組成解析により,微量Nbを添加した鋼では低温焼戻し過程で過飽和固溶Cが10~15at%程度のクラスタリング過程を経ることなく直接εまたはθ炭化物として析出する可能性が考えられる。この事は,Nb添加による低温焼戻しの促進を示唆している。

(6)同一P含有量の鋼であっても,Nb添加によってマルテンサイト中のPのバルク平均濃度が上昇する傾向が確認された。その傾向は0.05 mass%Nb添加鋼で顕著となる。

(7)0.01 mass%Nbを添加した鋼において低温焼戻し後の諸特性が改善したのは,Nb添加による低温焼戻し過程での炭化物の析出促進によるプラス効果と,Nb添加に伴うマルテンサイト中のPのバルク平均濃度の増加によるマイナス効果が足し合わされた結果と考えられる。

文献
 
© 2019 The Iron and Steel Institute of Japan

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