Tetsu-to-Hagane
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Transformations and Microstructures
Effect of Carbon and Nitrogen on Md30 in Metastable Austenitic Stainless Steel
Takuro Masumura Kohei FujinoToshihiro TsuchiyamaSetsuo TakakiKen Kimura
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2019 Volume 105 Issue 12 Pages 1163-1172

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Synopsis:

Md30 is defined as the temperature at which 50 vol.% of α’-martensite is formed at a true tensile strain of 0.3 in metastable austenitic steels. It has been generally believed that the effect of carbon content on Md30 was estimated to be identical to that of nitrogen as shown by Nohara’s equation. However, we found in this study that Md30 in carbon-added steel is lower than that in nitrogen-added steel, which indicates that the effect of carbon content on the mechanical stability of austenite is more significant than that of nitrogen. In addition, the relationship between Md30 and carbon and nitrogen content is not linear. The effect of carbon and nitrogen content on Md30 is higher at lower carbon and nitrogen content region (<0.1%). As this effect was not considered in the previous study, the austenite-stabilizing effects of both the elements were underestimated. Therefore, in this study, new equations are proposed to accurately estimate Md30 of a Fe-Cr-Ni alloy system. As a result, modified Md30 equation is suggested as below:

Md30(K) = 800 – 333 C eq – 10.3Si – 12.5Mn – 10.5Cr – 24.0Ni – 5.6Mo

Carbon equivalent, Ceq is a function of carbon and nitrogen concentrations and temperature.

Ceq = C + aN

a = 0.931 – 0.000281exp (0.0219T)

Above equations show that the difference in austenite-stabilizing effects of carbon and nitrogen increases with rising temperature, owing to the difference in stacking fault energy between carbon-added and nitrogen-added steels.

1. 緒言

Fe-18%Cr-8%Ni合金(mass%)を代表とする準安定オーステナイト系ステンレス鋼では,冷間加工を施すと構成相であるオーステナイトがα’マルテンサイトへ相変態(加工誘起α’マルテンサイト変態)を生じる。加工誘起α’マルテンサイトは準安定オーステナイト鋼の高強度化に有効であると同時に,変形時,成形時にそれが生成すると変態誘起塑性(Transformation-induced plasticity:TRIP)効果を発現して延性や加工性の向上にも寄与する1,2)。一方で,BCC構造である加工誘起α’マルテンサイトは水素脆化や磁場の乱れを引き起こす要因になるなど負の効果をもたらすこともあるため,準安定オーステナイト鋼を用いる場合は,用途に応じて加工誘起α’マルテンサイト変態挙動を正確に制御することが必要となる。α’マルテンサイト変態の生じ易さを意味するオーステナイトの安定度は合金の化学組成に最も影響を受け,とくに侵入型元素である炭素(C)および窒素(N)はオーステナイトを著しく安定化させる性質を有している39)。また,両者ともにオーステナイト鋼の高強度化に不可欠であるという点でも重要な元素である。

加工に対するオーステナイトの安定度(機械的安定度)と化学組成の関係を定量的に示した指標の一つとして,次式のMd30がAngel3)により提案された。以降の式中の元素濃度は断りがない限りmass%とする。

  
M d 30 ( K ) = 686 462 ( C + N ) 9.2 Si 8.1 Mn 13.7 Cr 9.5 Ni 18.5 Mo (1)

Md30は引張変形により真ひずみ0.3を与えた際に50 vol.%の加工誘起α’マルテンサイトが生成する温度として定義されている。また,式(1)の検証実験を行ったNoharaら4)はNiの係数の補正およびCu,Nbの項の追加を行い,以下の式を提唱した。

  
M d 30 ( K ) = 824 462 ( C + N ) 9.2 Si 8.1 Mn 13.7 Cr 29.0 ( Ni + Cu ) 18.5 Mo 68.0 Nb (2)

これらの式は,CおよびNが他の置換型元素よりも非常に大きな機械的安定化効果を有していることを示しているが,いずれの式においてもCおよびNの効果は同等とみなされている。しかしながら,著者らは0.1%のCとNを別個に添加したFe-18%Cr-8%Ni合金において,室温での機械的安定度に及ぼす影響がNよりもCの方が大きいことを報告している10)。AngelがCとNの影響の相違を明確に分離できなかった要因として,実験で使用された試料のC量が0.06%から0.24%であったのに対してN量が0.01%から0.053%と限定的であったことに加え,CおよびNが混合添加された試料でしか評価されなかった点が考えられる。

したがって本研究では,Md30に及ぼすCおよびNの影響を再検討することを目的として,CおよびNをそれぞれ最大0.2%単独で添加したFe-18%Cr-8%Ni合金のMd30を実測した。その結果をもとに,より正確に準安定オーステナイト鋼のMd30を推定できる回帰式を提案した。

2. 実験方法

本研究ではBase鋼としてFe-18.3%Cr-8.2%Ni-1%Mn-0.5%Si合金を用いた。そのBase鋼に0.021%,0.051%,0.100%,0.199%のCおよび0.015%,0.030%,0.063%,0.100%,0.196%のNを個別に添加した合金を供試材とした。それらの詳細な化学組成をTable 1に示す。本研究では従来の報告に合わせて主に質量分率による評価を行うが,参考としてCおよびNの原子分率もTable 1に記しており,質量分率で両元素の添加量を合わせた場合,原子分率ではCのほうが約1.16倍多く添加されていることになる。各化学組成を有する17 kgのインゴットを真空溶解でそれぞれ作製し,1423 Kで4.5 mmまで熱間圧延を施した。それら板材に対して60%の冷間圧延を行った後,1273 Kから1473 Kの範囲の温度で1.8 ksの固溶化熱処理を行い,水冷した。各鋼種の平均結晶粒径は約40 μmに揃っている。

Table 1. Chemical compositions and Md30exp of specimens used in this study (mass%).
C Si Mn P S Cr Ni N Fe Md30exp(K)
Base steel 0.002 0.48 0.98 0.035 0.002 18.07 8.21 0.001 bal. 383
0.02C steel 0.021 (0.096at%) 0.47 1.02 0.034 0.002 18.21 8.20 0.002 bal. 333
0.05C steel 0.051 (0.233at%) 0.48 1.02 0.033 0.002 18.24 8.13 0.002 bal. 310
0.1C steel 0.100 (0.457at%) 0.49 0.98 0.034 0.002 18.26 8.19 0.006 bal. 278
0.2C steel 0.199 (0.905at%) 0.47 0.98 0.034 0.002 18.27 8.18 0.006 bal. 230
0.015N steel 0.001 0.49 1.00 0.030 0.002 18.21 8.23 0.015 (0.059at%) bal. 358
0.03N steel 0.001 0.49 1.01 0.031 0.002 18.28 8.22 0.030 (0.118at%) bal. 343
0.06N steel 0.001 0.47 1.00 0.029 0.002 18.30 8.15 0.063 (0.247at%) bal. 313
0.1N steel 0.003 0.48 0.99 0.035 0.002 18.05 8.23 0.100 (0.392at%) bal. 292
0.2N steel 0.003 0.48 0.99 0.035 0.002 18.18 8.22 0.196 (0.766at%) bal. 247

平行部長さ18 mm,幅3 mm,厚さ1.5 mmの形状を有する引張試験片についてインストロン型引張試験機(AG-100kNplus,島津製作所製)を用い,233 Kから393 Kの範囲の種々の温度で初期ひずみ速度5.6×10-5 s-1の条件での引張試験を行った。一部試料では,種々の真ひずみを与えた時点で引張試験を中断し,各種測定に供した。直流型磁束計法により約550 kA/mの磁場中で測定した試料平行部の飽和磁化(Is)とα’マルテンサイト単相の標準材の飽和磁化(Is*)の比を計算することで引張試験後のα’マルテンサイト体積率Vα(=Is/Is*)を求めた。標準材として77 Kで85%の圧延を施したBase鋼を用いており,中性子回折により99.5%がα’マルテンサイトであることを確認している。加工組織の観察には電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM:SIGMA 500,Zeiss社製)を用いた電子線後方散乱回折(Electron backscatter diffraction:EBSD)法を適用した。ステップ間隔を200 nmとして測定し,OIM(Orientation image microscope)ソフトウェア(TSL社製)によりデータを解析した。解析にはCI(Confidence index)値が0.1以上のデータのみを用いた。

積層欠陥エネルギー(Stacking fault energy:SFE)の熱力学的計算にはOlson and Cohenが提唱した式(3)を用いた11)

  
SFE ( mJ / m 2 ) = 2 ρ A ( Δ G F C C H C P + E s t r a i n ) + 2 σ (3)

ここで,ρAΔGFCCHCPEstrainσ,は{111}γ面における原子密度(mol/m2),FCC→HCP変態前後の化学的自由エネルギー差(J/mol),FCC中にHCPが生じた場合に発生する弾性ひずみエネルギー(J/mol),FCC/HCP境界の界面エネルギー(J/m2)をそれぞれ意味する。ρAおよびσはそれぞれ2.5×10-5 mol/m2 12),27×10-3 J/m2 13)と見積もられており,Estrainは無視できるほど小さな値とされている。これらの値は鋼種ごとに変わらないため,SFEの変化は各鋼種のΔGFCCHCPに強く依存している。ΔGFCCHCP(=GHCP-GFCC)およびFCC→BCC変態の化学的駆動力ΔGFCCBCC(=GBCC-GFCC)にはThermo-Calc.により算出される値を用いた。データベースとして,Saenarjhanら14)はTCFEよりもSSOLのほうがXRDで求めたSFEの値と合致すると報告しているため,本研究ではSSOL2を採用した。

3. 結果および考察

3・1 18%Cr-8%Ni準安定オーステナイト鋼の引張特性に及ぼす炭素および窒素の影響

Fig.1には253 K(a),293 K(b),333 K(c)で引張試験に供したBase鋼,0.1C鋼,0.1N鋼の公称応力-ひずみ曲線を示す。いずれの温度においてもCおよびN添加により降伏応力が増大しており,その効果は従来の知見通りNのほうが大きい1517)。加工硬化挙動に注目すると,Base鋼ではいずれの温度においても変形途中で加工硬化率が急上昇するというTRIP鋼に特有の曲線が得られている1)。また,加工誘起α’マルテンサイト変態が生じやすい低温ほど変曲点が低ひずみ側に移行し,引張強さも上昇している。CやNを添加すると加工硬化の上昇が緩やかになっており,加工誘起α’マルテンサイト変態が抑制されていることがわかる。0.1C鋼および0.1N鋼では,オーステナイト安定度の向上により加工後期まで継続的にTRIP効果が持続されたことで均一伸びがBase鋼の2倍近くまで上昇し,強度-延性バランスが飛躍的に向上している。また,0.1C鋼と0.1N鋼の引張強さを比較すると,いずれの温度でも0.1C鋼のほうが高い。準安定オーステナイト鋼の引張強さは加工誘起マルテンサイトの体積率や強度,残留オーステナイトの加工硬化に依存すると考えられるが,後述のようにマルテンサイト体積率は0.1N鋼のほうが大きいので,0.1C鋼での高い引張強さの原因は残り二つの因子に絞られる。Yoshitakeら15)はFe-18%Cr-12%Ni安定オーステナイト鋼に0.1%のCとNをそれぞれ添加した試料の引張試験を行っており,0.1C鋼では変形双晶の形成が促進され,0.1N鋼よりもわずかに加工硬化率が高いことを示したが,その差は降伏応力の差を埋める程度であり,両者の引張強さはほぼ同等であった。つまり,生成したα’マルテンサイトの強度が高いことが,0.1C鋼での高い引張強さの主要因であると考えられる。α’マルテンサイトの硬さに及ぼすCとNの影響を比較した過去の研究においては,CはNの約2.5倍の硬化能を有すると報告されている18,19)。そのため,加工誘起α’マルテンサイト量が多くなる低温ほど両者の加工硬化および引張強さの差が顕著になったといえる。

Fig. 1.

Nominal stress-strain curves of Base, 0.1C and 0.1N steels tensile-tested at 253 K (a), 293 K (b) and 333 K (c).

3・2 18%Cr-8%Ni準安定オーステナイト鋼のMd30に及ぼす炭素および窒素の影響

Fig.2に種々の温度で0.3の真ひずみを付与したC鋼(a)およびN鋼(b)におけるα’マルテンサイト体積率と試験温度の関係を示す。いずれの試料においても試験温度の低下に伴いα’マルテンサイト体積率は増加している。また,CおよびN量の増加に伴い曲線が低温側へ移行しており,機械的安定度が向上していることが確認できる。各近似曲線から加工誘起α’マルテンサイト体積率が50 vol.%となる温度を読み取ることでMd30の実験値(Md30exp)を測定し,CまたはN量で整理した結果をFig.3に示す。それぞれの関係は式(2)で示されるような直線関係では表されず,低濃度側(0.1%以下)と高濃度側(0.1%以上)で減少傾向が変化した曲線となる。Angel3)やNoharaら4)が実験で用いた試料の(C+N)量のほとんどが0.1%以上であり,その範囲では本研究での減少傾向と式(2)における(C+N)の係数(-462 K/[C+N]:図中点線)はほぼ一致している。ただし,Angelらは低C,N側での大きな濃度依存性を考慮できておらず,式(2)ではCおよびNの影響を過小評価することになる。低濃度側で大きな減少傾向を示した原因は明らかでないが,微量のCやNが加工誘起マルテンサイトの核生成サイトとなり得る粒界や転位,積層欠陥に偏析し,加工誘起変態の素過程に影響を与えたのではないかと考えられる。また,CとNの差に注目するとMd30を低下させる効果はNよりもCのほうが大きい傾向にあることが分かるが,濃度が約0.03%以上の範囲においては両者の差が20 K程度と一定になっている。原子分率で整理するとCとNの差は減少し,特に高濃度側では両者の差がほとんど見られない。

Fig. 2.

Changes in volume fraction of α’-martensite induced by tensile true strain at 0.3 as a function of testing temperature in carbon-added (a) and nitrogen-added steels (b).

Fig. 3.

Changes in Md30exp as a function of carbon or nitrogen content in 18%Cr-8%Ni steel.

3・3 18%Cr-8%Ni準安定オーステナイト鋼の機械的安定度に及ぼす炭素および窒素の影響の温度依存性

Fig.4には253 K(a)(d),293 K(b)(e),333 K(c)(f)で引張試験に供した各鋼種における真ひずみとα’マルテンサイト体積率の関係を示す。いずれの温度においても真ひずみの付与に伴いα’マルテンサイト体積率が増大しているが,その傾向はCとNの濃度に強く依存し,両者の増加に伴い加工誘起α’マルテンサイト変態が著しく抑制されていることがわかる。CおよびNの効果の差異をより明確にするために,種々の真ひずみでのα’マルテンサイト体積率をFig.4の曲線から読み取り,横軸をC量またはN量として整理した結果をFig.5(a)~(c)に示す。253 K(a),293 K(b),333 K(c)における図中のグレーの領域は,同量のひずみを与えたときのC鋼とN鋼の差を意味している。どの温度でもCおよびNにより機械的安定度が向上しており,その効果は前報10)で報告した通りCのほうが大きいことが分かる。ただし,CおよびN間の差は温度によって変化している。例えば,CおよびNが0.05%以下の領域(図中ハッチング領域)に注目すると,253 Kでは両者の差がほとんど見られない。293 Kではその差がわずかに拡大し,真ひずみ0.2の曲線ではα’マルテンサイト体積率に10 vol.%程度の差が生じている。さらに,333 Kではその差がより明瞭に現れており,真ひずみ0.4を与えた場合には30 vol.%かそれ以上の差が生じていることがわかる。

Fig. 4.

Changes in volume fraction of α’-martensite formed by tensile testing at 253 K (a)(d), 293 K (b)(e) and 333 K (c)(f) as a function of true strain in carbon-added (a)~(c) and nitrogen-added steels (d)~(f).

Fig. 5.

Changes in volume fraction of deformation-induced α’-martensite formed by tensile testing with different true strains εt at 253 K (a)(d), 293 K (b)(e), and 333 K (c)(f) as a function of carbon or nitrogen content (a)~(c) and carbon equivalent Ceq (d)~(f).

CとNのオーステナイト安定化効果を統一的に表現するために,以下のC当量Ceqを定義し,各温度で評価した。

  
C eq = C + a N (4)

本研究では,Fig.5(a)~(c)の横軸をCeqとしたときにC鋼とN鋼の差が最も小さくなるaを決定した。つまり,aはCの機械的安定化効果を基準としたときのNの相対効果を表す。具体的には,各ひずみでのC鋼とN鋼のデータを合わせてシグモイド曲線(Vα=b/[1+exp{-k(Ceq-xc)}],bkxc:フィッティングパラメータ)でフィッティングしたとき,各ひずみでの曲線における相関係数の平均が最も高くなるaをそれぞれの温度で採用した。その結果,253 K,293 K,333 Kでa値はそれぞれ0.86,0.76,0.52となり,これらのa値のときのCeqを横軸にそれぞれとり,α’マルテンサイト体積率を整理し直すと,Fig.5(d)~(f)に示すようにC鋼とN鋼のデータは同一シグモイド曲線上に位置する。また,Fig.6に示すように温度上昇に伴いa値は減少しており,温度が高いほどCとNの機械的安定化効果の差が広がっていくことがわかる。具体的には,253 KにおいてCはNの約1.15倍の機械的安定化能しか有していないのに対して,333 Kでは約2倍にまで差が拡大することが明らかとなった。原子分率で整理した場合,253 Kでは両元素の影響はほとんど等しくなったが,333 Kでは依然として大きな差が存在している。以上の結果より,Fig.3には温度の影響が色濃く反映されていることが明らかであり,高濃度のCおよびNを添加してもMd30の差が拡大しなかったのは,C,Nを添加するほどMd30が低下し,両元素の機械的安定化効果の差が小さくなった影響も含まれると推論できる。

Fig. 6.

Relationship between coefficient a in Eq.(4) and temperature.

3・4 炭素および窒素による機械的安定化効果と加工組織の関係

CとNの機械的安定化効果の相違に明瞭な温度依存性が現れた原因について,熱力学的な観点から検討を行った。Fig.7(a)には代表としてBase鋼,0.1C鋼,0.1N鋼におけるFCC→BCC変態の化学的自由エネルギー差(ΔGFCCBCC)の温度依存性を示す。ここで,ΔGFCCBCCの絶対値の増加はFCC→BCC変態の化学的駆動力の増加を意味する。CおよびNを添加するとα’マルテンサイト変態の駆動力は減少し,いずれの温度においても0.1N鋼で化学的駆動力が小さい。また,ΔGFCCBCCの温度依存性に鋼種ごとの差はほとんどない。すなわち,すべての温度域でCの機械的安定化効果が高いこと,ならびにCとNでその温度依存性が異なる結果をΔGFCCBCCでは説明できない。一方,本研究と同じ鋼種の熱的安定度を調査した結果20),機械的安定化効果とは反対にCよりもNのほうが熱的安定化効果は大きく,熱力学的計算の結果と合致した結果が得られている。

Fig. 7.

Temperature dependence of chemical free energy change from FCC to BCC (ΔGFCCBCC) (a) and stacking fault energy (b) in Base, 0.1C and 0.1N steels.

著者らは,前報10)において室温でのFe-18%Cr-8%Ni合金の機械的安定度はSFEに依存することを示した。室温においては,C鋼はN鋼よりもSFEが低いため,εマルテンサイトや変形双晶の形成が促進されること,また,これら変形組織により形成される大角粒界は加工誘起α’マルテンサイトの成長の障害となるため,C鋼ではα’マルテンサイト変態の駆動力が大きいにもかかわらずSFEの効果で機械的安定度が上昇することを報告した。そこで以降では,SFEと加工組織に注目し,機械的安定度の議論を行った。SFEと化学組成の関係については多くの報告があるが,CおよびNの影響については統一的な見解が得られていない2123)。また,温度依存性に関する調査が少ないという問題もある。一方,著者らは前報にて式(3)を用いた計算を行い,その値と変形組織の観察結果に良好な相関性があることを確認している10)。したがって,本研究でも同様の計算を種々の温度で行った。Fig.7(b)にはBase鋼,0.1C鋼,0.1N鋼におけるSFEの温度依存性を示す。参考としてRemy and Pineau24)がFe-Mn合金で報告したオーステナイトで形成される変形組織の種類とSFEの関係も合わせて示している。一般に,SFEが上昇すると変形組織がεマルテンサイト→変形双晶→転位セルと遷移することが知られている。Fig.7(b)より,C,N添加によりSFEは上昇し,その効果はNのほうが大きいことがわかる。また,いずれの試料でも温度上昇に伴いSFEは高くなり,その温度依存性にC,N濃度依存性はない。Fig.8は253 K(a)(d),293 K(b)(e),333 K(c)(f)で種々のひずみ量を与えた0.1C鋼(a)~(c)と0.1N鋼(d)~(f)のPhase+IQ(Image quality)マップを示す。Phaseマップにおいて,オーステナイト,εマルテンサイト,α’マルテンサイトは,灰色,青,(赤+ピンク)にそれぞれ対応している。なお,IQマップの濃い灰色で示される線状の組織は,Phaseマップでは検出されないほど微細なεマルテンサイトや変形双晶である。α’マルテンサイトはその形態に応じて色分けしており,赤は変形双晶やεマルテンサイトに隣接して存在する微細な板状または粒状α’マルテンサイト,ピンクは比較的粗大なブロック状のα’マルテンサイトを意味している。まず,SFEの低い0.1C鋼(Fig.8(a)~(c))に注目すると,直線的に並んだ微細なα’マルテンサイトがすべての温度で発達している。組織をより詳細に観察するために,Fig.9(A)Fig.8(b)の四角で囲んだ領域(A)を拡大したPhaseマップ(A-1)と結晶方位マップ(A-2)を示す。結晶方位マップではα’マルテンサイトのデータのみを抽出している。Fig.8(a)(b)でのα’マルテンサイトは細長い板状または粒状の形態のようにも見えるが,実際には,数μm程度の極微細なα’マルテンサイトの合間にhcp構造のεマルテンサイトが存在している。このような組織は,初めにオーステナイトから板状で微細なεマルテンサイトや変形双晶が生成し,その後それらを核生成サイトとして加工誘起α’マルテンサイト変態が生じるという二段階変態が起きた証拠である10,14,20,25,26)。一方,SFEが高い0.1N鋼(Fig.8(d)~(f))では,微細なα’マルテンサイトだけでなく粗大でブロック状のα’マルテンサイトも生成している。ブロック状のα’マルテンサイト(Fig.8(d)中の領域(B))を拡大したPhaseマップおよび結晶方位マップをFig.9(B)に示す。微細なα’マルテンサイト(Fig.9(A))は複数のバリアントから構成されているのに対して,粗大なα’マルテンサイトブロックは単一バリアントであり,その周囲にεマルテンサイトや変形双晶といった板状組織は観察されない。したがって,SFEが高く,α’マルテンサイトの優先的な核生成サイトとなるεマルテンサイトや変形双晶が0.1C鋼ほど発達していない0.1N鋼では,結晶粒界や転位セルも核生成サイトの役割を果たしていると考えられる。そのような場合,粒内にα’マルテンサイトの成長を遮るものはないため粗大に成長し,オーステナイトの機械的安定度の低下を招く10)。ここで全α’マルテンサイト中のブロック状α’マルテンサイトの割合に注目すると,0.1N鋼では温度の増加に伴いその割合が上昇していることがわかる。最も温度の低い253 Kでは,0.1C鋼よりSFEが高い0.1N鋼であってもSFEの値自体は低くなっており,また低温であるため転位運動が抑えられることからもεマルテンサイトや変形双晶が比較的良く発達した組織となる。そのため,0.1C鋼と0.1N鋼の加工誘起α’マルテンサイト変態挙動の差が小さくなり,0.1N鋼におけるブロック状α’マルテンサイトの割合は少ない。この温度でのa値は1に近いが,これはCとNが本質的に類似した元素であることを示すものではなく,Nが有する高い化学的安定化効果(Fig.7(a))と,高いSFEに起因したブロック状α’マルテンサイト生成による加工誘起変態促進効果が253 Kで偶然釣り合った結果であるため,両者は異なる性質を有する元素とみなすべきである。一方で,293 Kや333 Kでは0.1N鋼のSFEが転位セルの良く発達する領域まで高くなっているため,0.1N鋼におけるブロック状α’マルテンサイトの割合が倍増し,CとNの機械的安定化効果の差が広まったと推測できる。

Fig. 8.

Phase+IQ (Image Quality) maps of 0.1C steel (a)~(c) and 0.1N steel (d)~(f) tensile tested at each strain at 253 K (a)(d), 293 K (b)(e), and 333 K (c)(f). Gray, blue, and (red + pink) represent austenite (FCC), ε-martensite (HCP), and α’-martensite (BCC), respectively.

Fig. 9.

Phase maps (A-1)(B-1) and crystallographic orientation maps (A-2)(B-2) corresponding to the square area in Fig.8(b) and (d).

3・5 Md30修正式の提案

以上の結果をもとに,CとNの差を反映させるようにMd30の修正を試みた。まず,CとNの効果を単純加算してよいかを検討するために,Angel3)が用いたFe-18.2%Cr-8.6%Ni-0.42%Si-0.42%Mn-0.09%C-0.053%N合金で考察を行った。この鋼種はCとN以外の組成が本研究で用いた試料とほぼ等しい。Fig.3より,0.09%Cと0.053%Nの低下によるMd30の変化はそれぞれ-105 K,-60 Kと見積もられる。これらを加算した-165 KをBase鋼のMd30exp(383 K)から減少させると218 Kという計算値が得られるが,この合金のMd30expは272 Kと記されており,約50 Kもの乖離が生じている。Fig.3から分かるように,C,Nの添加量が多くなるほどMd30の減少傾向は緩やかになるため,このように単純加算をすると過剰評価になってしまうと理解される。それを避けるために,Md30expを3・3節で導出したCeqで整理し直した結果をFig.10に示す。なお,Ceqに含まれるa値の温度依存性をFig.6をもとに便宜上定式化し,各鋼種のMd30におけるCeqを計算した。式(5)および(6)では実験結果をうまくフィッティングできること,係数が少なく簡素なものにすることを重視して関数の選択を行っている。

  
a = 0.931 0.000281 exp ( 0.0219 M d 30 ) (5)
Fig. 10.

Changes in Md30exp as a function of carbon equivalent Ceq in 18%Cr-8%Ni steel.

Ceqで整理することでMd30に及ぼすCとNの影響を統一的に評価することができており,両元素によるMd30の低下量ΔMd30C,N(>0)をCeqの関数として以下のように定式化した。

  
Δ M d 30 C,N ( K ) = 333 C eq (6)

式(4)~(6)より上述のAngelの合金(0.09%C,0.053%N)の計算をするとΔMd30C,N=124 Kが得られ,実測値(ΔMd30=383-272=111 K)と近い値となった。以上の考え方に基づき,式(4)~(6)を用いてMd30の式の改良を試みた結果をFig.11に示す。Fig.11(a)および(b)では,横軸にAngel(○)3),Noharaら(△)4)および本研究(■)の実験値Md30expを取り,縦軸には式(1)および式(2)から計算した値をそれぞれ取っている。図中の直線に近いほど実験値と計算値が一致していることを意味しており,データのばらつきの度合いを決定係数R2により評価している。Angelの式(a)では,本人および本研究での結果は良く一致しているが,NoharaらがNi量を変化させて得た実験値が計算値から大きく乖離している。そこでNoharaらはNiの係数を変更しようと試みたのだが,今度は自身以外のデータが大きく外れてしまう結果となっている。また,両者ともにR2は0.5程度と非常に低い。このように両者の式が実験値と乖離するのはCおよびNの影響を過小評価し,それにより生じる誤差を他の元素に振り分けていたためであると推察される。そこで本研究では,以上の検討結果に基づき,Angel,Noharaらおよび本研究の全てのデータを用いてより精度の高い式を以下の手順で再構築した。まず,Md30expからCとNによるMd30の低下分,すなわち-ΔMd30C,Nを差し引いて,CおよびNの影響を除いたMd30without C,N(=Md30exp+ΔMd30C,N)を計算した。この値がSi,Mn,Cr,Ni,Moの関数で与えられるとして重回帰分析を行い,その結果に-ΔMd30C,Nを加算する手法を採用した。その結果が以下の式である。

  
M d 30 ( K ) = 800 333 ( C + a N ) 10.3 Si 12.5 Mn 10.5 Cr 24.0 Ni 5.6 Mo (7)

ただし,

  
C 0.24 % , N 0.196 % , 0.15 % Si 0.88 % , 0.33 % Mn 9.1 % , 15.3 % Cr 19.35 % , 4.2 % Ni 9.2 % , Mo 0.77 %
Fig. 11.

Relationship between Md30exp and Md30 calculated by Eq.(1)3)(a), Eq.(2)4)(b), Eq.(7)(c) and Eq.(8)(d).

多少計算が煩雑になるが,式(5),(7)より上記組成範囲のMd30を計算することができる。その計算値とMd30expを比較した結果がFig.11(c)である。R2=0.927と(a)(b)に比べて相関性が高く,式(7)の精度が高いことが読み取れる。また,240 Kから400 Kまでの幅広い領域で適用できていることから,これまでの結果はFe-18%Cr-8%Ni合金に限らず,多くのオーステナイト系ステンレス鋼にあてはまると言える。ただし,Saenarjhanら14)はFe-15%Cr-15%Mn-4%Ni合金ではCよりもNの機械的安定化効果が大きいと報告しており,合金系が大きく異なる場合は注意を要する。また,Noharaら4)は粒径の影響についても検討しているが,Matsuokaら27)は1 μmから100 μmまでオーステナイト粒径を調整したFe-16%Cr-10%Ni合金の機械的安定度に粒径依存性がないことを確認しているため,式(7)にも粒径の項を含める必要はないと考えられる。

式(7)ではCおよびNの機械的安定化効果を他の元素と比較することができないので,式(7)でのSi,Mn,Cr,Ni,Moの係数を固定し,CとNの係数を重回帰分析により算出することで化学組成に対する線形近似式を求めると式(8)のようになった。それによる計算結果をFig.11(d)に示す。

  
M d 30 ( K ) = 756 555 C 528 N 10.3 Si 12.5 Mn 10.5 Cr 24.0 Ni 5.6 Mo (8)

R2=0.854と(c)に比べてばらつきが大きいが,すべての元素の係数を見直したことで(a)(b)よりも高い相関性が得られている。また,CおよびNの係数の絶対値は従来の報告値(462)よりも大きく,両者の差も現れている。Md30expが高い極低C,N鋼でとくにずれが大きいが,C,Nをある程度含む工業的なステンレス鋼には十分適用可能であろう。ただし,今回用いた試料のSiやMoの組成幅は非常に狭いため,それらの係数の信頼性は乏しく,またC,N以外の温度依存性,濃度依存性については検討できていない。さらに各元素の影響を単純に加算することの妥当性についても今後の課題である。一方,化学組成からMd30を予測するという本命題の解法としては,近年発達している機械学習28,29)の利用が極めて有効であると思われる。現状では実験データが不十分であり,熱力学や組織形態に基づく理論的アプローチがやはり重要であるが,将来的にはデータの蓄積と同時に多方面からの組織,特性の予測技術の発展が必要であろう。

4. 結言

233 Kから393 Kの範囲において,準安定オーステナイト系ステンレス鋼の機械的安定度に及ぼす炭素および窒素の影響を検討した結果,以下の知見が得られた。

(1)いずれの温度においてもオーステナイトの機械的安定化効果は窒素よりも炭素のほうが大きい。ただし,両元素の影響の差には温度依存性があり,温度が高いほど炭素と窒素の機械的安定化効果に大きな相違が生じる。定量的には,炭素当量Ceqで以下の通り整理できる。

  
C eq = C + a N
  
a = 0.931 0.000281 exp ( 0.0219 T )

(2)積層欠陥エネルギーの低い低温では,炭素添加鋼も窒素添加鋼もεマルテンサイトや変形双晶を加工誘起α’マルテンサイトの核生成サイトとし,変態挙動に大きな相違がみられない。一方,温度上昇に伴い積層欠陥エネルギーの高い窒素添加鋼でのみα’マルテンサイトの成長の障害となるεマルテンサイトや変形双晶の生成が抑制され,加工誘起変態が促進されることで,高温ほど炭素と窒素の機械的安定化効果の相違が拡大すると考えられる。

(3)Md30に及ぼす炭素および窒素の影響は,従来の知見とは異なり,炭素のほうが大きい。また,炭素,窒素ともに従来の報告よりも大きくMd30を低下させることが明らかとなった。これは,0.1%以下の低炭素,窒素濃度域での大きな安定化効果をこれまで考慮していなかったためと考えられる。

(4)Md30の従来の経験式は,炭素,窒素の効果を過小評価していたため誤差が大きい。それを修正して以下の新たなMd30の式を提案した。

  
M d 30 ( K ) = 800 333 ( C + a N ) 10.3 Si 12.5 Mn 10.5 Cr 24.0 Ni 5.6 Mo
  
a = 0.931 0.000281 exp ( 0.0219 M d 30 )

なお,重回帰分析により上式から化学組成に対する線形近似式を求めると,以下のMd30の式が得られた。

  
M d 30 ( K ) = 756 555 C 528 N 10.3 Si 12.5 Mn 10.5 Cr 24.0 Ni 5.6 Mo

謝辞

本研究は,JSPS科研費JP18K14016の支援を受けて行われたものである。

文献
 
© 2019 The Iron and Steel Institute of Japan

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