2019 Volume 105 Issue 12 Pages 1179-1188
Small fatigue crack growth tests utilizing DIC technique are carried out for low carbon steel with two different heat treatment to establish the small fatigue crack growth evaluation method. As a result, small fatigue crack growth rate (FCGR) looked larger than that of large crack by evaluating with usual stress intensity factor range. The small fatigue crack opening stress, successfully measured by using DIC technique, were decreasing with loading stress was increasing. In addition, by using effective cyclic J integral range calculated with measured crack opening stress, even small fatigue crack growth rates were almost agreed with that of large crack data. Due to this evaluation, microstructural resistance, appeared in the region of crack length is 0.2 mm or less, is successfully visualized. Finally, estimated small fatigue crack growth life by using Paris’s law of large crack, effective cyclic J integral range and conventional approximation formula of crack opening stress was almost agreed with corresponding experimental data.
溶接部の疲労設計は,一般的に,様々な溶接継手の疲労試験結果を安全側に包絡する疲労線図を用いて行われている。しかしながら,線図の制定に用いられた疲労データのばらつきは大きく,条件によっては過度に保守的な設計が必要となるため,より精緻な疲労寿命予測手法の確立は重要な課題となる。ここで,溶接部の疲労破壊はビード止端の応力集中部に発生した疲労き裂が進展することによって起こる。ビード止端を含む溶接熱影響部(Heat Affected Zone:HAZ)には,溶接時の熱履歴に応じた多様な微視組織が現れるため,溶接継手の疲労寿命を精緻に予測するためには,ビードの応力集中に加えてHAZの微視組織の影響など様々な因子の影響を定量的に理解する必要がある。
一方,一般的に疲労寿命の大部分は1 mm以下の微視的な疲労き裂の発生と進展に費やされると言われている。このようなき裂は微小疲労き裂と呼ばれ,微視組織に敏感であることや,破壊力学的に特異な挙動を示すことが知られている1,2)。すなわち,微視組織の影響など疲労寿命に関わる因子を精緻に理解するためには,微小疲労き裂の発生,進展挙動を把握することが不可欠である。
一般的な微小疲労き裂の特徴としては,同じ応力拡大係数に対する微小疲労き裂の進展速度が巨視的な疲労き裂に比べて加速することや2,3),進展下限界応力拡大係数が長いき裂のそれに比べて低下することが知られている4)。このような微小疲労き裂の特異性について,結晶粒径など微視組織寸法に対して小さいき裂がMicrostructurally small fatigue crack,塑性域寸法など力学場に対して小さいき裂がMechanically small fatigue crackと呼ばれ2),例えば前者に関しては微視組織に関連した進展速度の遅延やばらつき1,5,6),後者に関しては弾塑性破壊力学の適用性7,8)やき裂開閉口の影響9–14)が議論されてきた。しかしながら,計測の困難さから,微小疲労き裂において特にき裂開閉口挙動を実測した例は非常に少なく11,12),微小領域における破壊力学の適用性は厳密にはほとんど検証されていない。最近では,画像相関法(Digital Image Correlation technique;DIC)をき裂の開閉口挙動の評価への適用する研究が進んでおり15),比較的短いき裂を評価した例も報告されているが16–18),概ね1 mm前後の疲労き裂を対象としており,微視組織の観点からはより短い領域で議論する必要がある。
また,直接的にHAZ組織と力学特性の関係を調べる方法として,溶接部の熱履歴を模擬した熱処理を施す方法があるが19,20),疲労特性の評価に適用された例はごくわずかであり21),微小疲労き裂の挙動を調べた例は見当たらない。
著者らは,このような微小疲労き裂の観察と評価を容易にするために,デジタルマイクロスコープと疲労試験機を連動制御することで微小疲労き裂画像を自動取得するその場観察手法を構築するとともに,画像相関法を併用することで100 μm以下の微小疲労き裂の開閉口挙動の実測を可能にした22)。本研究では,HAZ部における微小疲労き裂進展寿命の予測手法を確立することを目的とし,熱処理によりHAZ組織を模擬した試験片の微小疲労き裂進展特性を調べた。また,開発した観察手法を用いて,微小領域からき裂開閉口挙動を実測することで,微小疲労き裂における弾塑性破壊力学の適用性を検討した。本報では,第一ステップとして,熱処理により細粒HAZを模擬した二種類の微視組織を対象とした試験,評価の結果を報告する。
供試材には低炭素鋼を用いて,熱処理は,12×13×120 mmの角棒に対して,最高温度1000°Cからの冷却速度を10 K/sおよび30 K/sに制御することで行った。Table 1に化学成分,Table 2に機械的性質を示す。また,Fig.1に熱処理後の微視組織を示す。組織は主にベイナイト組織であり,旧オーステナイト粒径は50 μm程度であった。Fig.2は試験片形状を示す。疲労試験片は,試験部の2 mmを平板に加工したダンベル型の試験片である。疲労試験片の観察面側の表面には,バフ研磨による鏡面仕上げの後にナイタールによるエッチングを行った。また,試験片中央部には疲労き裂のスターターとして,パルス幅がピコ秒台の短パルスレーザにより直径50 μmの微小穴を加工した。
C | Si | Mn | P | S | Cr | Al | N | O |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
0.156 | 0.017 | 1.54 | 0.007 | 0.0022 | 0.52 | 0.029 | 0.0024 | 0.0022 |
Cooling rate | σ0.2 (MPa) | σB (MPa) | Elongation (%) | Reduction of area (%) | Vickers Hardness |
---|---|---|---|---|---|
10 K/s | 569 | 812 | 47.5 | 66 | 273 |
30 K/s | 744 | 997 | 36.1 | 65 | 394 |
Simulated HAZ microstructure images.
Specimen configurations.
疲労試験は,油圧サーボ式疲労試験機を用いて,軸荷重制御により繰返し速度20 Hzで行った。微小疲労き裂の観察には,前報22)と同様の,疲労試験機,デジタルマイクロスコープ,電動3軸ステージ,およびこれらのデバイスを制御するプログラマブルロジックコントローラ(PLC)により構成されている自動観察システムを用いた。DIC解析は,商用解析ソフト(Vic2D,Correlated solutions)を用いて,デジタルマイクロスコープ(VHX5000,Keyence)によって撮影した8bitの1600×1200ピクセル(0.44 μm/ピクセル)の画像により行った。DIC解析の条件は,サブセットサイズを25~35ピクセル,ステップサイズ(サブセット中心間の距離)を7ピクセルとした。DIC解析は,顕微鏡と被写体の距離の影響を受けるため,撮影毎のオートフォーカスにより観察面と顕微鏡の距離を一定に保つようにした。
DIC解析の不確かさには,解析パラメータ,カメラの特性,ランダムパターンの条件,輝度やデジタルノイズといった様々な影響因子があるため,無ひずみ状態で撮影した複数枚の画像を用いてDIC解析を行うことにより,実行的な面分解能が十分得られていることを事前に確認した。
DIC解析によるき裂開閉口応力の測定方法の模式図をFig.3に示す。き裂開閉口を計測する際には,適宜疲労試験を停止し,Fig.3(a)に示すように最小荷重から次の最終荷重までの1サイクルの間に40枚の顕微鏡画像を撮影し,DIC解析に供した。DIC解析では,最小荷重で撮影した顕微鏡画像を参照画像とし,最小荷重点からの変形を解析した。き裂開口点の評価では,Fig.3(b)に示すように,DIC解析でき裂先端に50 μm角の仮想的なひずみゲージを置くことで,き裂開口に関わるひずみを検出した。これは,き裂先端から25 μm後方の開口変位を評価する意味とほぼ同等であるが,2点間の変位を評価する方法18)に比べ,仮想的なひずみゲージの大きさに応じてデータを平均化,平滑化し,微小な変化を検出しやすくすることを意図している。なお,DIC解析においては,き裂が開口すると,き裂面を挟むサブセットが離れる方向に移動する。サブセット中心の移動量を曲面状に近似して,その勾配からひずみが算出されるため,DIC解析では開口したき裂上に開口変位による擬似的なひずみが現れる。
Crack opening-closing analysis procedure with DIC. (a) Image capture timing, (b) Illustration of measurement area.
微小疲労き裂では,線形破壊力学が適用出来ない場合が多い。荷重制御の疲労試験は,普通,工学的には弾性域とみなされる0.2%耐力以下で行われるが,0.2%以下のわずかな塑性ひずみであっても線形破壊力学の適用には影響する可能性がある。本研究では,応力拡大係数に加えて,弾塑性破壊力学パラメータである繰返しJ積分範囲を評価に用いた。以下に考え方と算出方法の概要を示す。
通常の長い疲労き裂の進展評価では,いわゆるパリス則と応力拡大係数が用いられる。また,疲労き裂は,自らが作る塑性域の影響などにより,いわゆるき裂の閉口が生じる23)。このような場合,疲労き裂進展速度の評価には,式(1)に示す有効応力拡大係数範囲ΔKeffが効果的に用いられる。
(1) |
ここで,Kmaxは最大応力拡大係数,Kopはき裂開口応力拡大係数,Aはき裂形状に関する補正係数,σmaxは最大応力,σopはき裂開口応力,aはき裂長さである。有効応力拡大係数を用いる場合,疲労き裂の進展速度da/dNは,式(2)のパリス則を用いて評価される。
(2) |
式(2)のCおよびmは材料定数,ΔKeff thは下限界有効応力拡大係数範囲を示す。ここで,疲労き裂先端の塑性域寸法がき裂寸法に対して十分小さいことを前提に線形破壊力学が利用される。したがって,巨視的な塑性変形を伴う場合には,応力拡大係数の代わりに弾塑性破壊力学パラメータであるJ積分がき裂先端の力学状態を表すパラメータとして用いられることが多く,疲労き裂進展速度の評価においてもその有効性が知られている8,9)。本研究では,Dowlingらにより提案された以下の簡易式24)を用いて繰返しJ積分範囲を評価した。
簡易式では,式(3)に示すRamberg-Osgood型の繰返し応力ひずみ特性における加工硬化指数を用いてJ積分範囲が算出される。
(3) |
それぞれ,εは全ひずみ,εeは弾性ひずみ,εpは塑性ひずみ,σは応力である。E,n’およびC’は材料毎のヤング率と繰返し加工硬化の係数である。き裂開閉口を考慮した有効繰返しJ積分範囲は,平面ひずみ条件の場合,加工硬化係数n’を用いて次式で表される9)。
(4) |
ここで,Aは式(1)におけるき裂の形状補正係数である。また,νはポアソン比,σeffおよびεp effは有効応力範囲と有効塑性ひずみ範囲であり,次の式(5)と(6)で表される。
(5) |
(6) |
それぞれ,σmaxとεmaxは最大応力および最大ひずみ,σclとεclはき裂閉口応力とき裂閉口ひずみである。Fig.4にヒステリシスループ上の各評価点を模式図で示す。Fig.4におけるヒステリシスループの外形は,式(3)を元に次式で算出できる。
(7) |
(8) |
それぞれσaは応力振幅,εaはひずみ振幅である。
Schematic illustration of hysteresis loop and crack opening/closing points.
Table 3に疲労き裂進展速度評価に用いた材料定数を示す。繰返し応力ひずみ特性に関するパラメータは,Incremental step法により求めた既報の値25)を用いた。比較評価のための長いき裂のパリス則の係数には,炭素鋼の溶接継手で得られた値を用いた26)。溶接部では残留応力の影響によりき裂は常に開口していることが確認されているため26),溶接継手で得られた疲労き裂進展特性はda/dN-Keffの関係にほぼ等価であるとみなすことが出来る。なお,鉄鋼材料同士で比較した場合,da/dN-Keffの関係は材質の影響をあまり受けない。また,長いき裂の疲労き裂進展データは小規模降伏条件下で取得される。したがって,式(2)の長いき裂のK-da/dN特性は,式(9)を用いてJの関数(10)に書き替え,J-da/dN特性として用いることができる。したがって,Jに関する長いき裂の疲労き裂進展速度を表記する際は式(10)を用いた。
(9) |
(10) |
き裂開閉口応力,ひずみ点を決定する際は,簡単のため,Vormwald and Seeger10)と同様にき裂閉口ひずみεclと開口ひずみεopは等しいとして各評価点を導出した。具体的には,き裂開口応力を実験で実測し,き裂開口ひずみ,き裂閉口応力およびき裂閉口ひずみの各点は,式(7)(8)から算出した。なお,実測されたき裂閉口ひずみは開口ひずみと大きな差は無かった。
Fig.5にS-N線図を示す。疲労寿命は引張り強さの違いを反映して,冷却速度30 K/sの組織の方が長くなっている。また,引張り平均応力下では疲労寿命が低下している。Fig.6に疲労き裂の成長曲線を示す。疲労寿命の大部分はき裂の進展寿命に占められていることが分かる。Fig.7にき裂開閉口を考慮せずに,応力拡大係数と繰返しJ積分範囲を用いて疲労き裂進展速度を整理した結果を示す。応力拡大係数の算出ではKeff=Kmaxとして,繰返しJ積分範囲の算出では負荷の全域でき裂が開口する条件として3節の式から算出した。なお,微小穴の影響を取り除くために,き裂が穴を覆うと判断出来る,き裂長さlが0.1 mm以上の範囲で進展速度を評価した。Fig.7(a)において,一般的な知見と同様に3),Kを用いて整理すれば微小疲労き裂の進展速度は長いき裂のそれに比べて加速しているように整理されることが分かる。また,負荷応力が大きいほど加速の程度が大きくなっており,き裂進展速度で10倍以上の範囲にプロットがばらついていることが分かる。一方,Fig.7(b)においても,進展速度の速い領域ではFig.7(a)よりばらつきの幅が小さくなったものの,低速度側では10倍程度の範囲にプロットがばらついている。
S-N diagram.
Small fatigue crack growth curve. a) 10 K/s, b) 30 K/s.
Small fatigue crack growth rate.
Fig.7の整理には,微細組織の影響とき裂開閉口の影響が考慮されていないため,それぞれの影響を検討するために,既報22)と同様に画像相関法を用いてき裂開閉口の評価を行った。Fig.8にDIC解析により可視化した微小疲労き裂開閉口挙動の例を示す。コンターは,紙面上下方向のひずみの分布を表している。負荷応力の上昇に伴い,き裂上に開口変位による擬似的なひずみが表れ,徐々に大きくなっていく様子が観察される。また,Fig.8(b)において,圧縮応力下でき裂の開口が開始していることが確認出来る。Fig.9にき裂開口応力評価結果の例を示す。図中の2つの曲線は,公称応力に対する,試験片背面に貼ったひずみゲージにより計測した平均的なひずみの変化と,き裂先端の仮想ひずみゲージにより計測した局所的なひずみの変化を示している。図中のa~gは,Fig.8のa~gに対応している。最小応力から応力を上昇させると,始めは,仮想ひずみゲージの値と背面に貼ったひずみゲージの値が同様の傾向で変化していることが分かる。さらに応力を上昇させると,矢印に示した点で仮想ひずみゲージの値は折れ曲り,背面のひずみゲージの値から大きく乖離していく様子が分かる。この乖離は,Fig.8からも分かるように,き裂が開口することによる擬似的なひずみの増大により起こる。本研究では,図のような仮想ひずみゲージの曲線の折れ点から開口応力を決定した。なお,長いき裂で開口点を求める際には,き裂が後方から先端に向かって徐々に開口することで,き裂の部分開口区間が非線形的に現れる。したがって,き裂先端までが完全に開口した点である全開口点を特定するために,いわゆる除荷弾性コンプライアンス法が用いられることが多い。本研究では,部分的なき裂の開口を示唆する非線形的な遷移挙動が見受けられなかったことと,き裂先端の極近傍で開口点を計測していることから,曲線の折れ点から求める開口応力と全開口点が同等であると判断した。
DIC strain counter of the small fatigue crack during loading-unloading cycle.
Crack closure measurement example (10 K/s, σa=400 MPa, Nf=1.1×105, N=6×104, l=0.3 mm).
Fig.10にDIC解析により実測した開口応力とき裂長さの関係を示す。どの条件でも,き裂長さの変化に伴う開口応力の変化はあまり明確ではない。また,負荷応力が大きいほど開口応力は低下する傾向にある。これらの実測値を元に,各試験条件毎にき裂長さと開口応力の関係を曲線近似して,破壊力学パラメータの算出に用いた。Fig.11に実測した開口応力を用いて評価した微小疲労き裂進展速度を示す。各破壊力学パラメータは,3節で述べた方法で算出した。Fig.11(a)において,き裂開閉口を考慮することで,Fig.8に比べれてプロットのばらつきは小さくなっているが,長いき裂の進展速度に比べて加速しているように見える傾向は残されている。一方,Fig.11(b)ではデータの大部分が長いき裂の特性に一致し,ほぼ一本の曲線上にプロットが集約されている。また,矢印で示す箇所で,長いき裂に比べて進展速度が減速している箇所が明確に表れた。Fig.12にFig.11(b)における微小き裂と長いき裂の進展速度の比を示す。負荷応力の大小によらず,進展速度の低下はき裂長さ0.1~0.2 mm付近で起こっていることが分かる。したがって,進展速度の低下は,き裂進展下限界特性のような破壊力学的なパラメータに関連するものではなく,粒界など微視組織がき裂進展抵抗として働くことに関連することが示唆される。
Crack opening stress ratio measured by DIC. a) 10 K/s, b) 30 K/s.
Small fatigue crack growth rate considering crack opening-closing behavior.
Change in the ratio of large and small crack growth rate with respect to crack length.
以上のように,0.2%耐力以下の巨視的な塑性変形の効果とき裂の開閉口を考慮することで,微小疲労き裂であっても大部分が長いき裂の進展特性に一致することが分かった。また,長いき裂の特性から乖離する理由は粒界等の微細組織の影響によるき裂進展速度の低下が原因であると考えられた。
4・2 微小疲労き裂進展寿命評価手法の検討前節の結果を踏まえると,本材料の疲労き裂進展寿命を予測するためには,微細組織の影響とき裂開閉口の影響を合理的に仮定する必要がある。まず,微細組織の影響でどの程度進展寿命が延伸するかを確認する。Fig.13には,それぞれの実験データに対応する,式(4)の有効繰返しJ積分範囲と式(10)のパリス則とから数値積分により算出した疲労き裂進展曲線を実線で示す。計算に用いるき裂開口点はFig.10に示した実測値を用いている。また,進展曲線はき裂長さ100 μmを開始点として算出しており,比較のために実験データと計算結果の開始位置を揃えている。一部の試験片では,き裂進展が停滞することで,計算値に比べて試験の疲労寿命が長くなっていることが分かる。試験と計算で得られた進展寿命の差は最大30%程度であった。
Calculated fatigue crack growth curve using Paris’s law and measured crack opening point.
したがって,き裂開口応力を適切に推定すれば,微視組織の影響を誤差して含む範囲で,き裂進展寿命を予測できると考えられる。ここでは,第一ステップとして応力比が-1のデータを対象に,開口応力の推定方法を検討する。Fig.14にき裂長さ0.4 mmにおける全ひずみ振幅とき裂開口応力比の関係を示す。き裂開口点は負荷の増大にともなって低下していく傾向にある。最大応力に依存するき裂開閉口挙動の推定式として,NewmanがDugdaleモデルを元に数値計算により導いた近似式がある27)。近似式は,塑性拘束のパラメータαを1とすると,応力比Rが-1≦R<0の範囲で,式(11)のように表わされ,弾塑性状態の疲労に適用した例が報告されている10,16)。
(11) |
Crack opening stress ratio versus total strain range.
ここで,σ0は流動応力,Rは応力比である。本研究では,簡便な推定式として式(11)の適用性を検討する。式(11)において,Dugdaleモデルが弾完全塑性体を前提とすることから,流動応力σ0はチューニングパラメータに近い。以下の評価では,流動応力として0.2%耐力を用いた。また,Fig.10で示したように,き裂成長に伴う開口応力の変化は必ずしも明確では無かったため,以下ではき裂開口応力は常に一定であることを仮定して評価した。Fig.15に式(11)と実験結果の比較を示す。試験結果は,0.2%耐力の比を用いて整理すれば,熱処理によらず一本の曲線上にプロットされており,0.2%耐力が開口応力におけるひとつの支配因子であることを示唆している。また,式(11)は試験結果と同様に,負荷の増大に伴い開口応力が低下する傾向を捉えていることが分かる。式(11)はDugdaleモデルに基づく式であることから,開口応力の低下傾向は,き裂の塑性変形の影響によって現れると解釈できる。弾塑性FEM解析等でより精緻に開閉口挙動を予測できる可能性はあるが,簡便な推定式としては式(11)を採用できると考えられる。
Crack opening stress with respect to cyclic yielding stress σ0.
以上の検討を踏まえると,本材料では,微小疲労き裂の進展速度であっても,式(2)または式(10)のパリス則,式(4)の有効繰返しJ積分範囲および式(11)のき裂開閉口推定式を用いて疲労き裂進展速度を推定できると考えられる。Fig.16にこれらの式で算出した微小疲労き裂進展速度の計算値と実験値の関係を示す。算出における材料定数にはTable 3で示した値を用いた。算出した疲労き裂の進展速度はおおよそ係数2の範囲で実験結果に一致した。Fig.17には,計算と実験で得られた疲労き裂進展寿命を示す。疲労き裂進展寿命の算出では,同様の式を用いて,き裂長さが0.1 mm~1 mmに成長するまでの繰返し数を数値積分によって算出し,実験で得られた同じ区間のき裂進展寿命と比較した。得られた疲労き裂進展寿命の推定値は,実験値によく一致していること分かる。
Relationship between calculated and experimental fatigue crack growth rate.
Relationship between calculated and experimental fatigue crack growth life from 0.1 to 1 mm length.
以上のように,微視組織を無視した簡易的な方法であっても,実用上有効な精度で微小疲労き裂の進展寿命を推定可能であることが分かった。言い換えれば,HAZ組織における微小疲労き裂進展においては,大規模降伏の影響と著者らの研究で実測が可能になった開閉口挙動を考慮することが最も重要であることが示唆された。
溶接HAZ部における微小疲労き裂の進展挙動の推定方法を確立することを目的に,本研究では,熱処理により細粒HAZ組織を模擬した2種類の組織における微小疲労き裂進展挙動を調べるとともに,画像相関法を併用することでき裂開閉口挙動を実測した。その結果,以下の結論が得られた。
(1)細粒HAZ組織の微小疲労き裂進展速度は,微視組織によらず応力拡大係数で整理すると,長いき裂に比べて加速側に整理される。
(2)DIC解析により実測に成功した微小疲労き裂の開口応力は負荷応力の増大に伴い低下する傾向にあった。一方,き裂の成長に伴う開口応力の変化はあまり明確ではなかった。
(3)0.2%耐力以下の微小な塑性変形を考慮して,実測したき裂開口応力から算出した有効繰り返しJ積分範囲を用いると,微小疲労き裂であっても,その進展速度の大部分が長いき裂の特性に一致することが分かった。さらに,この整理によって,き裂長さが0.2 mm以下の範囲で微視組織の影響と考えられる進展速度の停滞が明瞭になった。
(4)パリス則で表される長いき裂の進展速度,有効繰返しJ積分範囲およびき裂開口応力の簡易的な推定式を用いて微小疲労き裂進展寿命を推定した。その結果,き裂が長さ0.1 mmから1 mmに成長するまでのき裂進展寿命は,実験で得られた同じ区間の進展寿命によく一致することが分かった。
本研究の一部は,総合科学技術・イノベーション会議のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「革新的構造材料」(管理法人:JST)によって実施されました。