2019 Volume 105 Issue 2 Pages 299-304
Microstructures and crystallographic features of layered double hydroxide (LDH) particles and the LDH film formed on the aluminum alloy sheet (alloy 7075) using the steam coating process were examined by transmission electron microscopy (TEM). The LDH powder particles exhibited a hexagonal-disc-shape morphology. Their disc plane and side planes were parallel to a basal plane and prism planes of the LDH hexagonal crystal, respectively. A cross-sectional thin TEM sample was prepared from the interface between the LDH film and the Al alloy substrate using a focused ion beam combined with pick-up technique. TEM observations revealed that the LDH film formed on the Al alloy exhibited a dual-layer structure, which consists of a continuous Zn-rich amorphous layer (including numerous nano-particles with fcc structure) on the Al substrate side and a LDH layer composed of a number of disc-shaped LDH particles.
鉄鋼材料の約1/3の比重を持つアルミニウム(Al)合金は高い比強度を有し,良好な延性および成型性を示す。特に,7000系Al-Zn-Mg合金は超々ジュラルミンとして知られ,展伸用Al合金の中でも最も高い水準の強度を有する1)。一方,Al-Zn-Mg合金は低い耐食性および耐応力腐食割れ性が課題である。本合金の高強度化には5%以上のZn元素の添加が有効であるが,1%以上のZn添加は合金の腐食量を増加させる2)。したがって,高強度と高耐食性を両立させるAl合金の開発にはAl合金の耐食性を向上させる表面処理技術の開発が急務である。
その技術のひとつである水蒸気プロセス(蒸気コーティング法)3–6)は,密閉性の容器内部において金属と水蒸気の反応によって,金属由来の水酸化物および酸化物を合金表面に形成させる処理法である。本プロセスは,マグネシウム(Mg)合金の新たな高耐食化技術として開発され,合金表面に優れた耐食性を有するナノ結晶皮膜を形成させる3,4)。水酸化マグネシウム(Mg(OH)2)とMg-Al 系層状複水酸化物(LDH:Layered Double Hydroxide)で構成される皮膜の厚さは,処理条件を用いて制御可能である5)。特に,LDHはイオン交換(インターカレーション)機能を有するため,腐食反応の進行を低減させることが知られている4,5)。水蒸気プロセスをAl合金に施すと,Al系水酸化物(主にベーマイト:γ-AlO(OH))が主に形成する6)。一方,Zn(NO3)2溶液を利用した水蒸気プロセスをAl合金に施すと,γ-AlO(OH)とLDHで構成されるヘテロ構造皮膜が形成する7)。しかし,水蒸気プロセスを用いてアルミニウム合金上に形成した水酸化物皮膜の微細構造は不明である。これまで,ベーマイト等のAl系水酸化物の皮膜構造の観察結果8)は報告されているが,水蒸気プロセスにより形成されたLDH皮膜の観察例は皆無である。また,LDH皮膜は多数のLDH結晶から構成されていると予測されるが,LDH結晶粒子自体を構造解析した例は極めて少ない9,10)。
本研究では,ヘテロ構造皮膜において耐食性に寄与するLDHに着目し,Al-Zn-Mg合金上に形成するLDH皮膜を模擬したZn-Al(Zn2+,Al3+の陽イオンを含む)LDH粉末粒子の透過電子顕微鏡(TEM)を用いて解析した。また,Al-Zn-Mg合金表面に形成するLDH皮膜の微細構造を解析した。これらの結果を基に,LDH皮膜の微細構造と結晶学的特徴を示し,皮膜形成過程を議論する。
本研究で観察したLDH粉末は,硝酸アルミニウム九水和物0.1 mol,硝酸亜鉛六水和物0.05 molを純水(200 ml)に溶かして,ホットスターラーを用いて撹拌した後,85°Cに加熱・保持後,水酸化ナトリウム0.3 mol,炭酸ナトリウム0.1 molを加え,pHを10に調整した後,6 h保持したものを用いた。
本研究の水蒸気プロセスを施すAl合金として,7075合金(Al-5.7Zn-2.5Mg-1.7Cu-0.2Cr-0.19Fe-0.07Si(wt%))を用いた。本冷間圧延材に,450°C/2 hの溶体化処理を施したものを試料として用いた。前処理として,試料を#2000の耐水研磨紙で研磨した。その後,窒素ガスで乾燥させ,試料表面にVUVエキシマ光を600 s照射し,有機物除去と親水化処理を施した。本試料にpH=1および1 molの濃度に調整したZn(NO3)2溶液を100 μL滴下して表面に水膜を形成後,オートクレーブを用いて160°C/6 hの水蒸気プロセスを施した7)。その試料をエタノール中で超音波洗浄を行い,窒素ガスを用いて表面を乾燥させた。これらの試料の表面を,走査電子顕微鏡(SEM:JEOL JSM-6610)を用いて観察した。
2・2 透過電子顕微鏡観察LDH粉末試料の観察には,TEM観察用マイクログリッドに粉末を散布したものを用いた。また,水蒸気プロセスを施したAl合金試料から,集束イオンビーム(FIB:JEM-9320(株)日本電子製)を用いてTEM観察用薄膜を作製した。この薄膜試料作製工程を,Fig.1に示す。Gaイオンダメージを防ぐC膜を被覆させたLDH皮膜表面(Fig.1(a))から,FIB加工を用いて表面皮膜を含む薄膜試料を作製した(Fig.1(b, c))。粗加工ではプローブ電流1000~5000 pA,仕上げ加工では50~500 pAの条件下にて加工した。Dose量を3~18 nC/(μm2)で変化させ,加工深さを調整した。以上の条件で作製した薄膜試料(Fig.1(c))を,光学顕微鏡下におけるガラスプローブを利用したピックアップ法11)を用いて,TEM用有機グリッド膜上に積載した(Fig.1(d))。TEMおよびSTEM(走査透過電子顕微鏡)観察には,JEOL JEM-2100plus(加速電圧200 kV)を用いた。また,元素分析にはエネルギー分散型X線分光分析(EDS)を用いた。
Process in the preparation of a site-specific TEM sample using a FIB pick-up technique: (a) a deposited carbon layer on the LDH film, (b, c) a cross-sectional thin sample (containing a LDH film) milled out by FIB, (d) TEM bright field image showing the prepared thin sample on the organic grid mesh for TEM observations.
Fig.2に,本研究で作製した(a, b)LDH粉末および(c, d)水蒸気プロセスを施したAl合金表面のSEM像を示す。LDH粉末は大きさ数100 μmの塊に凝集しており(Fig.2(a)),塊表面に微細な粉末粒子が観察される(Fig.2(b))。本粉末凝集形態は,合成されたLDH粉末粒子のSEM観察結果12,13)と一致する。160°Cの水蒸気プロセスを施したAl合金表面には比較的な均一なLDH皮膜の形成が認められる(Fig.2(c))が,その表面に複数のき裂が間隔10~20 μm毎に観察される。また,皮膜の表面構造は厚さ500 nm以下の扁平な板状の粒子によって構成され(Fig.2(d)),SEM分解能において一部の板状粒子は湾曲しているようにみえる。なお,本試料の皮膜は,X線回折測定にてLDH多結晶と同定されている7)。
SEM images showing (a, b) layer double hydroxide (LDH) powder containing Zn and Al elements and (c, d) LDH film formed on the 7075 alloy prepared by steam coating process at 160°C for 6 h.
Fig.3に,(a, b)TEM明視野像および(c)HAADF(高角散乱環状暗視野)−STEM像とそれらに対応する(d, e)電子線回折図形を示す。なお,(d, e)の電子線回折を取得した領域はFigs.3(a,b)中の破線で囲まれた箇所に対応する。LDH粉末粒子は厚さ約100 nm,幅約1 μmの六角形の板状形態である(Fig.3(a-c))。この粒子形状は,これまでのLDH粒子のTEM観察結果9,10)と対応する。その板状粒子の側面から取得した電子線回折図形(Fig.3(d))において,透過波近傍の回折斑点が特定の面上に沿って認められる。また,板状粒子の板面垂直方向から電子線入射した回折図形(Fig.3(e))において,透過波とそれに最も近い6つの回折斑点が成す角度は60度である。これは,LDH板状粒子は単結晶であり,板面垂直方向を回転軸とした6回対称14)の構造を示す。観察された回折斑点を既報のLDHの結晶構造15)を基に指数付けを行った。LDHはCdI2型構造のMg(OH)2(空間群:P-3m1,a=b=0.314 nm,c=0.477 nm,γ=120°)を基本構造とした層状の不定比化合物である。LDHの一般式は[MII1–xMIIIx(OH)2]x+[An–]x/n・yH2Oであり,正の電荷を持つ二次元基本構造層[MII1–xMIIIx(OH)2]x+と負の電荷を持つ中間層[An–]x/n・yH2Oの積層構造である。基本構造を構成する2価の陽イオン(MII)が3価の陽イオン(MIII)に置換され,中間層の厚さは陰イオン(An–)種類によって大きく異なる。したがって,LDHのc軸はMIIとMIIIの構成比によって大きく変化する15)。本研究の対象とするAl3+,Zn2+およびMg2+イオンを含むLDHのc軸はおよそ2.26 nmから2.36 nmの範囲で変化することが報告されている15)。本研究では,先行研究15–17)に従い,六方晶の単位胞とした3指数を用いた。粒子の板面平行方向への電子線入射にて取得された回折斑点(Fig.3(d))は(003)および(006)面(六方晶単位胞の底面)に対応し,LDH粉末におけるX線回折の低角側に認められる回折ピーク15–17)に相当する。また,板面垂直方向への電子線入射にて取得された電子線回折図形は,(010)面,(100)面,(1-10)面(六方晶単位胞の柱面)が六角形板状粒子の側面と平行することを示す。これらのLDH粒子の結晶学的特徴を示した粒子形状と単位胞の関係の模式図をFig.3(f)に示す。以上の結果から,LDH粒子の形状は結晶構造に強く依存し,六方晶の柱面と底面から構成されることがわかった。なお,電子線回折図形(Fig.3(d, e))から測定されたLDH粒子のaとcはそれぞれ0.307 nmと2.32 nmであり,先行研究の結果15)と良く一致する。
(a, b) TEM blight field images and (c) high-angle annular dark field (HAADF)-Scanning TEM (STEM) image showing LDH particles, (d, e) selected area electron diffraction (SAED) patterns obtained from corresponding areas in (a, b), together with (f) a schematic showing the relation between the crystal orientation and the morphology of LDH particles.
Fig.4に,LDH粒子のHAADF-STEM像とそれに対応するEDS元素分布図を示す。元素濃度の高い領域はLDH粒子の重なっている部分に相当し(Fig.4(b-d)),LDH結晶粒子内部にZnやAl元素の分布はほとんどないことがわかる。これは,原子番号に依存するコントラストを示すHAADF-STEM像においてLDH粒子内部は均一なコントラスト(Fig.3(c))を示す結果と良く一致する。なお,EDSによる定量分析の結果,LDH結晶内部のZnとAlの組成比(原子濃度)は約6:4であった。
(a) High-angle annular dark field (HAADF)-scanning TEM (STEM) image showing LDH particles and (b-d) corresponding EDS element maps.
Fig.5に7075合金表面上に形成したLDH皮膜のTEM明視野像およびSTEM-HAADF像を示す。ここで,Al合金表面法線方向をND方向と定義する。Al合金内部には数十nmの微細な粒子が観察され(Fig.5(a)),水蒸気プロセス(160°C/6 h)中に析出したZn2Mg相等と考えられる。Al合金上に形成したLDH皮膜は,Al合金側に存在する緻密な層と板状粒子から構成される層の2層構造を呈する(Fig.5(a))。HAADF像(Fig.5(b))において緻密層は明るいコントラストを示す。このことは,緻密層が原子番号の大きいZn元素を多く含有することを示す。その緻密層内部に多数の直径数十nmの粒子が観察された。また,表面側の板状粒子から構成される層において,緻密層近傍では微細な板状粒子(Fig.5(b)中の矢印で示す)が多数観察された。一方,表面近傍では比較的粗大な板状粒子が観察され,この領域が試料表面にて観察された皮膜形態(Fig.2(d))に対応する。Fig.6に,EDSによる元素分析結果を示す。Al合金側の緻密層は高濃度のZn元素だけでなく,AlおよびOの元素も比較的多く含有する(Fig.6(b-d))。一方,表面側の板状粒子から構成される層ではAl元素濃度は比較的低い(Fig.6(d))。この結果は,SEM/EDS分析により得られた元素分布のものとよく対応する7)。このAl合金表面に形成した2層皮膜から取得した電子回折図形とその面間隔に対応する指数をFig.7に示す。なお,(a, b)および(c, d)の電子線回折を取得した領域はFig.5中のAおよびBの破線で囲まれた箇所に対応する。緻密層から取得した電子線回折図形(Fig.7(a, b))では,非晶質に対応すると考えられるハローパターンとfccの回折面({111},{002},{022},{113})に相当する領域に比較的強い回折強度が認められた。またFig.7(d)から取得した回折強度分布(Fig.7(e))は,fcc構造に由来する比較的高い回折強度を示す。これらの回折がfcc構造由来であると仮定すると,その格子定数は約0.42 nmであった。なお,これらの回折は緻密層の組成から予測される酸化物であるZnO(空間群:P63mc,格子定数:a=0.325 nm,c=0.521 nm)およびα-Al2O3(空間群:R-3c,格子定数:a=0.476 nm,c=1.299 nm)の構造に対応しない。したがって,緻密層はfcc構造の微細粒子を含むZn元素が濃化した非晶質層であると考えられる。また,皮膜上部の板状粒子から構成される層から取得した電子線回折図形(Fig.7(c, d))において,LDHの結晶面に対応する回折斑点が多数認められた。なお,皮膜を構成する板状LDH粒子のaとcの測定値はそれぞれ0.306 nmと2.30 nmであった。以上の観察結果から,LDH皮膜上部は板状形態を持つ多数のLDH結晶粒子によって構成されることがわかった。なお,LDH皮膜上部から取得した電子線回折図形は一部のLDH結晶の非晶質化を示唆する(Fig.7(a))。これは,FIB加工時のGaイオンによる損傷に起因すると推察される。
(a) TEM blight field images and (b) high-angle annular dark field (HAADF)-Scanning TEM (STEM) image showing LDH film formed on the 7075 alloy.
(a) HAADF-STEM image showing the LDH film formed on the 7075 alloy sheet and (b-d) corresponding EDS element maps.
(a-d) SAED patterns obtained from the LDH layer, together with (e) the intensity profile for electron diffraction shown in (d). The patterns of (a,b) and (c, d) were obtained from the corresponding areas of A and B in Fig.5, respectively.
本研究では,7075合金上に形成したLDH皮膜とその構成要素を模擬したZn-Al LDH粉末粒子の微細構造と結晶学的特徴を明らかにした。LDH粉末粒子の微細構造解析の結果(Fig.2),LDH結晶は六角形の板状形態を呈し,その板面はLDH結晶の底面と平行,六角形の辺は柱面と平行であることを明らかにした。これは,LDH結晶の底面と柱面が低い表面エネルギーを有することを示す。また,LDH結晶粒子の比較的対称的な六角形状(Fig.3)は,LDH結晶が2つの柱面法線方向の中間の方位(〈hk0〉方位)に成長したことが示唆される。したがって,Al合金表面上に生成するLDH結晶も同様な優先方位に沿って成長し,皮膜が形成すると推察される。
本研究の構造解析は,Al合金上に形成したLDH皮膜はAl合金側に存在する緻密な層と板状LDH結晶粒子から構成される層の2層構造であることを示した(Fig.5)。このLDH皮膜構造の特徴を示した模式図をFig.8に示す。Al合金表面に接する緻密層はfcc構造の微細粒子を含むZn元素が濃化した非晶質層である。そのfcc粒子は純Alより大きな格子定数を持ち(Fig.7(d)),Oなどの侵入型元素が過飽和に固溶した微小粒子と推察される。(現状,観察された微小粒子の生成は,水蒸気プロセスによる高温保持もしくはFIB加工による試料温度上昇どちらに起因するか不明である)一方,表面側のLDH結晶皮膜内部の緻密層近傍では微細な粒子,表面近傍では比較的粗大な板状粒子が観察された(Fig.5(b))。これは,LDH結晶が緻密層上で核生成および成長したことを示す。これまでのAl合金表面に形成した水和酸化物皮膜の断面TEM観察19,20)から,皮膜表面の結晶の形状は特定の方位に沿った優先成長を示唆する。したがって,LDH結晶も同様にZn2+およびOH−が供給されるND方向に〈hk0〉方位に沿って優先成長し,板状の形態を形成すると考えられる。なお,表面近傍において合金表面垂直方向から大きく傾斜している板状LDH結晶が一部観察されるが(Fig.5),薄膜試料作製のC蒸着(Fig.1(a))もしくはGaイオン照射により損傷し,変形したものと推察される。
A schematic showing the dual-layered structure of the LDH film formed on the 7075 alloy sheet, which is proposed based on the present crystallographic analyses.
以上の観察結果から,水蒸気プロセス中にAl合金表面に高濃度のZnおよびAl元素を含む非晶質層(fcc微細粒子を含有する)が形成することがわかる。その後,ZnおよびAlイオンを含むLDH結晶が非晶質層上に生成し,〈hk0〉方位(底面と平行な方向)に優先成長し,多数の板状形態を持つLDH粒子から構成されるLDH皮膜が形成すると考えられる。
本研究では,水蒸気プロセスにより形成するヘテロ構造皮膜において耐食性に寄与するLDHに着目し,Al-Zn-Mg合金(7075合金)表面上に形成するLDH皮膜およびそれを模擬したZn-Al LDH粉末粒子の微細構造および結晶学的特徴を解析した結果,以下の結論を得た。
(1)ZnおよびAl元素を含むLDH粉末粒子は六角形の板状形態を呈する。その六角形状の板面はLDH結晶(六方晶を単位胞とする)の底面と平行であり,六角形の辺は柱面と平行である。
(2)Al合金上に形成したLDH皮膜は,Al合金側に存在する微細fcc粒子を含む非晶質層と板状LDH結晶粒子から構成される層の2層構造を呈する。
(3)水蒸気プロセス中にAl合金表面に高濃度のZnおよびAl元素を含む非晶質層が形成し,その後 LDH結晶が非晶質層上に生成・成長し,LDH皮膜が形成すると考えられる。
本研究は,科学技術振興機構 研究成果展開事業 産学共創基礎基盤研究プログラム「ヘテロ構造制御」(課題番号:20100120)による成果である。また,TEMおよびFIB装置使用には,名古屋大学超高圧電子顕微鏡施設の支援を頂いた。関係各位に深く感謝の意を表す。