Tetsu-to-Hagane
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Heterogeneous Nano-structure and Its Evolution in Heavily Cold-rolled SUS316LN Stainless Steels
Chihiro Watanabe Shuhei KobayashiYoshiteru AoyagiYoshikazu TodakaMasakazu KobayashiNatsuko SugiuraNaoki YoshinagaHiromi Miura
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2019 Volume 105 Issue 2 Pages 254-261

Details
Synopsis:

Evolution of heterogeneous nano-structure in heavily cold-rolled SUS316LN stainless steels was investigated in detail. Transmission electron microscopic observations from the transverse direction (TD) of the 92% rolled specimen revealed the formation of a typical hetero-nano structure composed of ultra-fine lamellae embedded with deformation twin domains. The twin domains had prolate ellipsoidal shape elongated parallel to TD. Two types of twin domains with different crystallographical orientations to matrices could be identified, i.e., i) <211> // rolling direction (RD) and <110> // TD or ii) <110> // RD and <211> // TD, although all the {111} twining planes of both twin domains were oriented nearly parallel to the rolling planes. The ultra-fine lamellae were elongated along <100> direction and nearly parallel to RD. Deformation twins with a few nano-meter spacing were also frequently observed to develop in the lamellae. Evolution sequence of the hetero-nano structure during cold rolling was also investigated. At an early stage of rolling, deformation twins were gradually formed in the whole grains. Then, the regions fragmented grains by twins were further subdivided by a numerous number of shear bands inclined at about 20~45° from the RD, resulting in the formation of “eye-shaped” twin domains surrounded by shear bands and their crystallographical rotation. Cold rolling up to 50% caused a considerable increase in strength and decrease in ductility. While the strength was raised more with increasing reduction up to 92%, both the strength and ductility eventually slightly decreased by further rolling.

1. 緒言

近年,金属材料の結晶粒超微細化に関する研究が飛躍的に進んできた。これは,持続発展可能な社会実現の観点からリサイクル性を考慮し,添加元素に頼ることなく強度を向上させる要請を背景にしている。この結晶粒超微細化のブレイクスルーの要因のひとつは,「巨大ひずみ加工(Severe Plastic Deformation/SPD)法」の確立である。SPD法による結晶粒超微細化は1990年頃から我が国を含めた世界各国で精力的に研究が進められ,飛躍的に発展してきた17)。この手法は各種鉄鋼材料にも適用され,例えば,Tsujiは繰り返し接合圧延(Accumulative Roll Bonding/ARB)法により平均粒径約200 nmのIF鋼板材を作製し,引張強さ820 MPa,破断伸び7%の優れた機械的性質を達成した4)。ParkらはMn鋼の側方押出し加工(Equal Channel Angular Pressing/ECAP)法を行い,平均粒径約500 nmの超微細粒組織を得て,引張強さ945 MPa,破断伸び10%を達成した5)。Nakao and Miura6)やMiuraら8)は,SUS316Lオーステナイト系ステンレス鋼に多軸鍛造加工(Multi-Directional Forging/MDF)法を施し,平均粒径10 nm以下の超微細粒組織が得られ,引張強さ2.2 GPa,破断伸び10%の非常に優れた機械的特性が達成されたことを報告している。ところが,SPD法の多くはバッチ処理であり,このプロセスの制約上,工業的な大量生産には適していない。

ごく最近,Miuraらは,安定オーステナイト鋼に冷間強圧延を施すことにより,変形双晶,せん断帯,ラメラ状超微細亜結晶粒といったナノスケールの変形誘起組織,いわゆる「ヘテロナノ組織」が発達し,極めて優れた機械的性質を実現できることを示した9)。例えば,92%の冷間強圧延を施したSUS316LN鋼では,圧延に続く時効処理を組み合わせることで,引張強さ2.7 GPa,破断伸び5%という優れた特性が得られ,上述したMDF法によって作製されたSUS316L鋼と比較して6,8),わずかに破断伸びは小さいものの,同等以上の強度が達成されている。すなわち,オーステナイト系ステンレス鋼へ,一般的な加工である圧延を施すことにより,ヘテロナノ組織が導入され,巨大ひずみ加工法により得られる結晶粒超微細組織に匹敵する機械的性質が達成できることが示された。このようなオーステナイト系ステンレス鋼への単純強圧延による組織微細化に関する研究例は,数少ないものの報告例がある。Donadilleらは,SUS316L鋼を最大90%まで強圧延し,内部にラメラ状組織と変形双晶集合体の“菱形領域”によって構成された微細組織が一部に発達し,菱形領域周囲にはせん断帯が存在する場合もあることを報告している10)。また,Morikawa and Higashidaは,SUS310S鋼に95%までの冷間圧延を施し,圧延中の微細組織変化を調査した11)。圧下率の増加に伴い変形双晶とせん断帯から構成される微細結晶粒組織が形成され,95%圧延時にその面積率は90%にも達すると報告している。同時に,変形双晶とせん断帯が関与しない比較的粗大な結晶粒組織も残存し,その領域ではBrass方位が発達することが示された。ところが,これらのいずれの報告でも,強圧延により形成された内部微細組織と機械的特性の関係については詳細な調査がなされていない。

本研究では,Miuraら9)の研究の延長として,単純強圧延を施したSUS316LN鋼中の微細組織を詳細に観察し,優れた機械的特性発現の組織的因子を検討した。併せて,圧下率の異なる試料も作製し,ヘテロナノ組織の形成過程についても調査を行った。

2. 実験方法

本研究で用いた供試材は,SUS316LN鋼熱間圧延板である。その化学組成をTable 1に示す。熱間圧延板を1523 Kで溶体化処理を行い,直ちに水冷した。溶体化処理後,最大95%までの冷間圧延を施した。冷間圧延後の試料に対し,光学顕微鏡(Keyence製VHX-5000),後方散乱電子回折(Electron Backscatter Diffraction/EBSD)装置を備えたショットキー走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscopy/SEM,日本電子製JSM-7100F)を用いた表面組織観察および,透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscopy/TEM,日本電子製JEM-2010FEF,FEI製TECNAI G30)を用いた内部織観察を行った。組織観察は,主に試料横断面(Transvers Direction/TD)から行った。一部の試料については圧延方向(Rolling Direction/RD)からの観察も行った。光学顕微鏡観察用試料は,機械研磨の後,2-nブトキシエタノールと過塩素酸の混合磨液(体積比95:5)を用いて,223 K,電圧20 Vにて電解研磨を行った。その後,シュウ酸水溶液を用い,室温,電流密度1 A/mm2の条件で約90秒間の電解エッチングを行った。SEM観察は,前述の電解研磨後に行った。TEM観察用試料は,薄膜試料作製装置(日本電子製EM-09100IS)を用いて作製した。JEM-2010FEFおよびTECNAI G30を用いて,それぞれ加速電圧200 kVおよび300 kVにて観察を行った。

Table 1. Chemical composition in mass% of a SUS316LN stainless steel used in the present study.
CSiMnPSAlNiCrMoNFe
0.0200.490.860.0210.00040.01011.0517.812.520.183Bal.

インストロン型精密万能試験機を用いて,室温(約300 K)にて,初期ひずみ速度ε˙=10−3 s−1で引張試験を行った。この時,引張軸が圧延材のRDと平行になるように,ワイヤー放電加工機を用いて,平行部5L×2W×0.5T mm3のドッグボーン型試験片を切り出した。

3. 結果と考察

3・1 92%圧延材におけるヘテロナノ組織

溶体化処理後試料をTDから光学顕微鏡にて観察を行った。結晶粒はほぼ等軸状であり,その平均結晶粒径は約70 μmであった。また,結晶粒内には多数の焼鈍双晶が観察された。92%圧延後の試料では,圧延により,結晶粒がRD方向に伸張していた。

Fig.1(a)に,92%圧延材をTDから観察した際のTEM明視野像を示す。微細組織は均一ではなく,Miuraらの報告と同様に9),中央部に見られる“目玉”状の双晶領域を取り囲むようにラメラ状の超微細結晶粒が存在している。さらに,目玉状変形双晶領域とラメラ状結晶粒領域を隔てるように,せん断帯が形成している。Fig.1(b)に,目玉状双晶領域より撮影した制限視野回折像(Selected-Area Diffraction Pattern/SADP)を示す。SADPより,双晶境界{111}面はRDとほぼ平行であることが分かる。また,その平均間隔は約30 nmであった。溶体化処理後の試料で観察された焼鈍双晶と比較して,その双晶境界間隔が非常に微細であることから,この双晶は冷間圧延中に導入された変形双晶と判断される。また,この目玉状変形双晶領域の結晶学的な方位は,双晶境界面法線〈111〉 // 板面法線方向 (Normal direction/ND),せん断方向〈211〉//RD,〈110〉//TDと表すことができる。目玉状変形双晶領域は,Fig.1(a)に示したような,〈110〉//TDのものが数多く観察された。しかし,一部の目玉状変形双晶領域は,異なる結晶学的特徴を有していた。その例をFig.2(a)に示す。Fig.2(b)に示したSADPより,この変形双晶領域では,双晶境界面法線〈111〉//ND,せん断方向〈211〉//TD,〈110〉//RDと定義できる。すなわち,せん断方向がFig.1(a)で示した変形双晶領域と[111]を回転軸として90°異なっている。Fig.3(a)に,RDから観察された変形双晶領域のTEM明視野像を示す。TDからの観察とは異なり,TDに伸張した葉巻型の形状が観察された。Fig.3(b)に示したSADPの解析より,この葉巻型形状の変形双晶領域はFig.1で示した目玉状変形双晶領域と同じ結晶学的方位を有していた。また,Fig.2と同様の結晶学的方位を持つ葉巻型形状の変形双晶領域も確認された。先のTDからの観察結果と合わせると,変形双晶領域はTDに伸張した葉巻型形状を持っており,TDからの観察では,この葉巻型形状の断面が目玉状として観察されたと言える。

Fig. 1.

(a) TEM micrograph showing a twin domain in a SUS316LN stainless steel cold rolled to 92% reduction in thickness. Incident beam direction is parallel to Transverse Direction (TD). (b) Corresponding Selected-Area Diffraction Pattern (SADP) to (a).

Fig. 2.

(a) TEM micrograph showing a twin domain with a different crystallographic orientation from Fig.1 in a SUS316LN stainless steel cold rolled to 92% reduction in thickness. Incident beam direction is parallel to TD. (b) Corresponding SADP to (a).

Fig. 3.

(a) TEM micrograph showing a twin domain in a SUS316LN stainless steel cold rolled to 92% reduction in thickness. Incident beam direction is parallel to RD. (b) Corresponding SADP to (a).

Fig.4(a)に,ラメラ状の結晶粒領域のTEM明視野像を示す。ラメラ状結晶粒の伸張方向はRDであり,ラメラ境界間隔は約70 nmであった。Fig.4(b)に,直径2.5 μmの制限視野絞りを用いて撮影したSADPを示す。多くのラメラ状結晶粒を含むにもかかわらず,SADPはネットパターンを呈しており,ラメラ状結晶粒間の方位差が小さく小角粒界によって構成されていることが分かる。また,ラメラ状結晶粒はその伸張方向が〈100〉方向におおよそ平行となっている。Fig.4(a)の破線で示した領域の拡大図をFig.4(a)右上に示した。一部のラメラ状結晶粒内には,双晶境界間隔が数nm程度の超々微細な変形双晶が観察される。Fig.4(a)の破線で示した範囲から得られたSADPをFig.4(c)に示す。これらの変形双晶では双晶境界とRDまたはNDとの角度がおおよそ45°となっている。したがって,これらの変形双晶はラメラ状結晶粒領域が形成された後に形成したと示唆される。

Fig. 4.

(a) TEM micrograph showing low-angle lamellar grains in a SUS316LN stainless steel cold rolled to 92% reduction in thickness. Incident beam direction is parallel to TD. The inset is enlarged image of the portion indicated by dashed-line. (b) Corresponding SADP to (a). (c) SADP obtained from the region indicated by dashed-line in (a).

Fig.5に,TDから取得した逆極点図マップを示す。図はEBSD結晶方位解析におけるConfidence Index値0.1以上で描画している。Fig.5(a)では,ビーム入射方向,すなわちTDの方位をマッピングしてある。TDに〈110〉方向が平行な,緑色の島状の領域が多数観察される。また,〈211〉方向に平行な青色を示す領域も一部見ることができる。上述した,TEM観察の結果より,目玉状変形双晶領域は〈110〉方向//TDと〈211〉方向//TDを持つ2種類が存在する。また,変形双晶領域のサイズはおよそ1 μmであることから(Figs.1(a),2(a)),Fig.5(a)において島状に観察されている領域は変形双晶領域と判断される。また,Fig.5(b)は,同一視野においてRDの方位をマッピングしたものである。Fig.5(a)と比較して,〈110〉方向を持つ領域が〈211〉方向を表す青色に反転しており,また,〈211〉方向を表す青色は〈110〉方向を表す緑色に反転している領域が多い。このことからも逆極点図マップで観察される島状の領域が変形双晶領域であると判断できる。実際に,より詳細なSEM-EBSD観察から,これら島状領域は変形双晶領域であることが確認されている12)。SEM-EBSDの空間分解能の限界のため,ラメラ状結晶粒領域やせん断帯は捉えることができず,ノイズとしてランダムな色調で逆極点図マップでは表されている。Fig.5(a)から,島状の領域(変形双晶領域)の面積率を見積もった。変形双晶領域の面積率は約57%となり,試料全面にわたって分布している。この面積率は,Miuraらが異なる加工熱処理で作製したSUS316LN鋼中の目玉状変形双晶領域の面積率10%前後と比較して極めて高い13)。彼らは,目玉状変形双晶領域の面積率が低いために引張強さが2 GPa以下となったと説明した。ごく最近,青柳らはヘテロナノ組織を模したモデルを用いた結晶塑性論を用いたシミュレーションから,目玉状変形双晶領域の面積率が高くなるほど,強度が増加することを明らかにしている14)。本研究で用いたSUS316LN鋼は,Miuraらが引張強さ2.7 GPaを達成9)した試料であり,実際に目玉状双晶領域の面積率が引張強さと強い相関を有することが確認できる。

Fig. 5.

Inverse-Pole Figure maps observed from TD in a SUS316LN stainless steel cold rolled to 92% reduction in thickness. Color decoding was changed (a) parallel to TD and (b) parallel to RD for easier identification of variants of the twin domains having crystallographical orientations of i) <211> // rolling direction (RD) and <110> // TD or ii) <110> // RD and <211> // TD. (Online version in color.)

3・2 ヘテロナノ組織の形成過程

3・1節で示したヘテロナノ組織の形成過程を調査するために,圧下率を50~95%まで変化させ,詳細な組織観察を行った。

まず,圧下率50%の冷間圧延を施した。光学顕微鏡による観察の結果,結晶粒は圧延方向に伸びた扁平楕円形状となり,一部の結晶粒に変形双晶の形成が観察された。試料内部には,Fig.6(a)で示すような変形双晶が形成した結晶粒と,Fig.6(b)に示すような高密度の転位と積層欠陥が存在している結晶粒が混在していた。以上のように,50%冷間圧延の段階では,結晶粒毎に,その初期方位に依存して発達した変形組織が異なっていることが分かる。

Fig. 6.

TEM micrographs showing (a) deformation twin and (b) high density of dislocations and stacking faults in a SUS316LN stainless steel cold rolled to 50% reduction in thickness. Incident beam direction is parallel to TD.

さらに圧下率を80%まで増加させると,組織はさらに圧延方向に伸張し,ほぼ全ての結晶粒に変形双晶が形成していた。Fig.7に,TEMによる内部微細組織の観察結果を示す。観察を行った全ての領域で,変形双晶が観察され,さらにその変形双晶をせん断帯が横断していた。この時,SADPの解析より,せん断帯によって区切られた変形双晶間の方位差はほとんど無く,一方で,変形双晶領域とせん断帯との方位差は20~40°と大きくなっていることが分かった。以上の観察結果より,結晶粒全体に渡って変形双晶が形成した後に,せん断帯によって変形双晶が分断されたと理解できる。また,このせん断帯は,結晶粒単位で形成するのではなく,試料全体を横断するように巨視的に形成していた。このような巨視的なせん断帯の形成は,ナノオーダー厚さからなる異種金属が積層されたナノ積層体金属の変形においてしばしば観察されている15,16)。これは,積層体を構成する各金属相の層間隔が非常に微細なため,層内部でのすべり変形が困難となり,加えられた変形応力を緩和するために,一種の雪崩現象の様に変形が局在化したせん断帯が形成されると理解されている15,16)。本研究においては,圧延初期に微細なラメラ状変形双晶が部分的に形成する(Fig.6(a))。この変形双晶バンドの厚さは,後述するように(Fig.10),100 nm以下と非常に微細であり,また続く圧延によって著しく加工硬化すると考えられ,塑性変形を継続するためにせん断帯が双晶境界を横断するように形成するといえよう17)。さらに,変形双晶領域に注目すると,Fig.8に示すように,同一の変形双晶領域内で,双晶境界が連続的に回転している様子が観察された。すなわち,せん断帯の形成は,変形双晶を分断するだけではなく,同時に変形双晶領域の回転を生じさせていることも明らかである。

Fig. 7.

TEM micrograph showing deformation twin divided by shear bands in a SUS316LN stainless steel cold rolled to 80% reduction in thickness. Incident beam direction is parallel to TD.

Fig. 8.

TEM micrograph showing twin interfaces continuously rotated in a twin domain in a SUS316LN stainless steel cold rolled to 80% reduction in thickness. Incident beam direction is parallel to TD.

圧下率92%での微細組織は,3・1節で示した通りである。圧下率を95%まで増加させても,92%圧延材と比較して,ヘテロナノ組織に一見して大きな変化はみられなかった。ところが,目玉状双晶領域が低角ラメラ組織へと遷移している様子がしばしば観察された。Fig.9にその一例を示す。一見すると目玉状変形双晶領域に見えるが,SADPの解析より,変形双晶は認められなかった。Fig.9中の点線で示した領域を拡大したものをFig.9右上に示す。目玉状領域のごく一部にのみ変形双晶が残存し,その周りはラメラ状組織へと形態が遷移していることが分かる。

Fig. 9.

TEM micrograph showing transition from a twin domain into low-angle lamellar grains in a SUS316LN stainless steel cold rolled to 95% reduction in thickness. Incident beam direction is parallel to TD. The inset is enlarged image of the portion indicated by dashed-line.

以上の組織観察の結果より,得られた組織学的パラメータ(双晶境界間隔t,低角ラメラ境界間隔λ,双晶境界とRDの成す角θを圧延率に対してプロットした図をFig.10に示す。圧延率の増加とともに,双晶境界間隔は減少している。圧下率80%においては低角ラメラ結晶粒組織が形成され,その低角ラメラ境界間隔は圧延率の増加とともに減少する。また,変形双晶境界は圧延率の増加に従い,連続的に回転し,最終的にはND面と平行になることが分かる。

Fig. 10.

Changes in average inter-spacings of twin boundaries t, low-angle lamellar boundaries λ, and angle θ between twin boundary normal and RD as a function of reduction in thickness by cold rolling.

3・3 機械的特性

異なる圧下率(50%,80%,92%,95%)で冷間圧延を施した試料を用いて,引張軸をRDとした引張試験を行った。得られた公称応力−公称ひずみ曲線をFig.11に示す。また,引張試験より得られた,0.2%耐力σ0.2,引張強さσUTS,破断伸びεfの圧下率依存性をFig.12に示す。50%冷間圧延により,強度が大幅に向上し,同時に破断伸びが大きく低下した。ところが,圧下率を92%まで増加させても,強度は増加するが破断伸びはほとんど変化しない。双晶境界間隔やラメラ境界間隔が100 nm以下になると,塑性変形の抵抗が転位と粒界の相互作用,いわゆるホール−ペッチ則では記述できなくなり,界面間隔の逆数に強度が比例することが報告されている18,19)Fig.12に示したように,本研究における圧下率50%以上の試料において,双晶境界間隔tとラメラ境界間隔λは100 nm以下と小さく,また圧下率の増加とともに減少している。従って,圧下率増加によるtλの減少により強度が上昇したことが理解できる。オーステナイト鋼の圧延集合組織は圧下率上昇に伴って明瞭に発達するようになり,一般的に{011}〈112〉の主方位が現れる20)。通常,圧延集合組織の発達によって塑性加工性は低下する。一方で,ヘテロナノ組織が発達する場合には,{111}〈211〉方位を持つ目玉状変形双晶領域の形成により,{011}〈112〉集合組織の先鋭化が抑制されることが報告されている13)。従って,強圧延後も延性が保たれた実験事実は,ヘテロナノ組織形成による圧延集合組織変化が影響していると判断される。また,圧下量92%までの範囲では,圧下率の増加とともに加工硬化量(σUTS-σ0.2Fig.11右上参照)が増加するという興味深い結果が得られた。ところが,均一伸びは圧下率の増加とともに減少していた。にもかかわらず,破断伸びが変化しなかったのは,局部収縮伸びが大きかったことが原因である。しかし,現段階ではこの原因については不明であり,さらなる検討が必要である。

Fig. 11.

Nominal stress - nominal strain curves of SUS316LN stainless steel after cold rolling to various reduction ratio. The tests were performed at RT at a strain-rate of 10–3 s–1. The inset showing the enlarged curves of the steels after cold rolled to 50% and 92% reduction, respectively.

Fig. 12.

Change in 0.2% proof stress σ0.2, tensile strength σUTS, amount of work hardening σUTS - σ0.2 and elongation to failure εf for SUS316LN stainless steel after cold rolling to various reduction ratio on cold rolling.

95%まで圧下率を増加すると,強度,延性ともに若干低下した。95%圧延材においては,tλは92%圧延材と比較してさらに減少している(Fig.10)。このtλの減少に伴って,強度が増加することが予想されるが,実際には低下した。3・2節で述べたように,95%圧延材では,目玉状変形双晶領域のラメラ状組織への遷移がみられた。各圧延段階の試料(40%,50%,60%,70%,80%,92%,95%)のND面における集合組織をX線回折により測定した。50%,80%,92%,95%圧延材の{011}正極点図をFig.13に示す。ランダム分布を基準として求めたND//{011}成分の相対強度は,圧延初期(~60%)では,おおよそ4程度であり大きな変化は見られなかった。ところが,ヘテロナノ組織が形成し始める80%圧延材(3・2節参照)では6.4程度に増加し,さらなる圧延によって増加し,92%圧延材では7.1程度,95%圧延材では10.4程度となった。80%圧延材から92%圧延材(相当ひずみ差:約0.92)への相対強度増加と比較して,92%圧延材から95%圧延材(相当ひずみ差:約0.47)の増加分が大きいことがわかった。また,ND//{111}成分の相対強度は,ND//{011}成分の増加と対応するように減少した。半定量的ではあるが,集合組織変化から目玉状変形双晶領域の体積分率の減少が捉えられる。Aoyagiらは,ヘテロナノ組織をモデル化して行った結晶塑性有限要素解析により,双晶境界間隔とラメラ境界間隔を固定し,目玉状変形双晶領域の体積分率を低下させると強度が低下することを示している14)。従って,95%圧延材で見られる強度の低下は,tλの減少による強度増加量よりも,目玉状変形双晶領域のラメラ状組織への遷移,すなわち目玉状変形双晶領域の体積分率減少による強度低下量が上回った結果といえよう。また,95%圧延材では,急速な圧延集合組織の先鋭化が進み延性も低下したと考えることが出来る13)。以上の結果より,最大の強度・延性バランスを達成しうる最適な組織比率(目玉状双晶領域:低角ラメラ結晶粒領域)が存在すると判じられる。

Fig. 13.

{011} pole figures of SUS316LN stainless steels cold rolled to (a) 50%, (b) 80%, (c) 92% and (d) 95% in thickness. (Online version in color.)

92%圧延材の引張試験後の組織観察結果をFig.14に示す。破断後の試料では,目玉状変形双晶領域がせん断帯によって分断されている様子がしばしば観察された。低角ラメラ結晶粒領域については,大きな形状変化は認められなかった。ところが,破断後の試料では,Fig.4(a)で示したような,超々微細な変形双晶がほぼ全ての低角ラメラ状結晶粒内で観察された。すなわち,引張変形中に低角ラメラ状結晶粒内で変形双晶が形成したことは明らかである。このような低角ラメラ内における変形双晶の形成が,圧下率増加により強度が上昇しても延性が低下しないことの一因と推察される(Fig.12)。しかし,現時点では低角ラメラ中に形成した変形双晶の体積分率,変形双晶形成に伴う集合組織変化等の定量的なデータが得られていないため予想の範疇を出ておらず,変形中の組織変化についてより詳細な検討を進める必要がある。

Fig. 14.

TEM micrograph of a SUS316LN stainless steel cold rolled to 92% in thickness after tensile deformation to failure at RT.

4. まとめ

圧下率の異なる冷間圧延を施したSUS316LNオーステナイト系ステンレス鋼の微細組織と機械的特性の調査を行い,以下の結果を得た。

(1)冷間強圧延により,変形双晶,せん断帯,低角ラメラ状結晶粒を構成要素とするナノメートルスケールのヘテロ組織が形成した。

(2)目玉状の変形双晶領域は,圧延方向(RD)に垂直な方向(TD)へ伸張した葉巻型形状を有しており,せん断方向〈211〉方向がTDに平行なものと,RDに平行な2種類が存在していた。

(3)ラメラ状結晶粒の伸張方向はRDに平行であり,その方位は〈100〉方向に近い。また,ラメラ状結晶粒間の方位差は小さく,小角粒界によって構成される。また,一部のラメラ状結晶粒内には超々微細な変形双晶が形成していた。このラメラ状結晶粒内の微細変形双晶は,ラメラ状組織の形成後に形成したと理解された。

(4)圧延初期に変形双晶が形成され,続く圧延によって,変形双晶のせん断帯による分断と結晶回転が生じ,特異な結晶方位を有する目玉状の変形双晶領域が形成された。

(5)圧延初期(~50%)には,強度が増加し,延性は低下した。50%から92%まで圧下率を増加させる間には,強度が増加したが,延性はほとんど変化しなかった。ところが圧下率をさらに95%に増加すると,92%圧延材に比べて強度,延性ともに若干低下した。これは,目玉状変形双晶領域のラメラ状組織への形態遷移に伴うと示唆された。

謝辞

本研究は,科学技術振興機構(JST)による産学共創基礎基盤研究「革新的構造用金属材料創製を目指したヘテロ構造制御に基づく新指導原理の構築」の支援を受けて行われたものである。記して,謝意を表す。

文献
 
© 2019 The Iron and Steel Institute of Japan

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