Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
Print ISSN : 0021-1575
ISSN-L : 0021-1575
Review
Optimization of Mechanical Properties in Aluminum Alloys via Hydrogen Partitioning Control
Hiroyuki Toda Masatake YamaguchiKenji MatsudaKazuyuki ShimizuKyosuke HirayamaHang SuHiro FujiharaKenichi EbiharaMitsuhiro ItakuraTomohito TsuruKatsuhiko NishimuraNorio NunomuraSeungwon LeeTaiki TsuchiyaAkihisa TakeuchiKentaro Uesugi
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2019 Volume 105 Issue 2 Pages 240-253

Details
Synopsis:

This review reports the research activity on the hydrogen embrittlement in high-strength aluminum alloys, especially focusing on hydrogen trapping at various trap sites and its influence on hydrogen embrittlement. We have investigated the three representative hydrogen embrittlement mechanisms in high-zinc-concentration Al-Zn-Mg alloys. One of the three mechanisms is the damage evolution originated from hydrogen precipitated as pores. We have paid marked attention to the existence of age-hardening precipitates as the major hydrogen trap site.

Firstly, we have clarified the nanoscopic structures of a few MgZn2 precipitates and their interface by means of the high-resolution TEM technique. Such information has been utilized to perform a first principles simulation to know trap binding energy values for almost all the possible trap sites. At the same time, detailed fracture micromechanisms and microstructure-property relationships have been investigated by employing both the high resolution X-ray micro-tomography technique and the first principles simulation. The ultra-high-resolution X-ray microscope, which has been realized quite recently, has also been applied. Characteristic localized deformation and subsequent crack initiation and growth through deformed aluminum have been observed. It has also been revealed that hydrogen embrittlement has been suppressed when relatively coarse particles are dispersed. In-situ hydrogen repartitioning during deformation and fracture has been estimated by considering thermal equilibrium among the various trap sites together with the increase in trap site density during deformation. The relationship between the in-situ repartitioning of hydrogen and hydrogen embrittlement with the three different micromechanisms are discussed to explain realistic conditions for hydrogen embrittlement to occur.

1. 水素と力学特性の関係に関するこれまでの知見

アルミニウム合金は比較的若い金属であるにもかかわらず,その強度は,長らく大幅には向上していない。例えば,高力アルミニウム合金であるAl-Zn-Mg-Cu系では,Zn濃度を増せば強度が稼げることは,昔から知られていた1)。しかし,それでは応力腐食割れ(以下,SCC)が生じ,実用に耐えない2)。この合金のSCCも,やはり水素脆性(以下,HE)支配であり3),アルミニウム合金の高強度化は,最終的には材料と水素の問題に帰着する。

アルミニウムのHEやSCCの研究は,鉄鋼に比べると研究者人口,成果の量と質で圧倒的に劣る。近年,鉄鋼では3Dアトムプローブ4)や第一原理計算(FPS)5)等の最先端解析技術を駆使し,HEの理解が飛躍的に前進している。対照的に,アルミニウムのHEの研究は依然として従来手法に頼るもので,確証を欠く様々な解釈が対立するような状況に変わりはない。

実用アルミニウム合金は,固相と液相の大きな溶解度の差により,固溶限をはるかに超える水素を含有するのが普通である6)。そのため,いくら製造プロセスを工夫しても,水素の侵入を完全に防止することは困難である。著者等の3D/4Dイメージングを用いた研究により,過飽和な水素の多くは,ポア(水素が充填されているミクロスケールの空隙)として高密度に析出することが明らかになっている7)Fig.1は,純アルミニウムとアルミニウム合金で,ほぼ同じ水素濃度とした時のポアの3D像である7)。尚,本報における合金組成はすべてmass%で示している。ポアの量は,水素濃度のみには依らず,同じ水素量でも,ポア量が極端に異なる場合があることがわかる。ポア中には,表面エネルギーとの平衡により定まる量の分子状水素が充填されていると考えられる。そして,著者等は,圧延やショットピーニング等の塑性加工によりポアが消滅することも報告している8,9)。これらは,ポア中の分子状水素と各種トラップサイトの原子状水素を可逆的に移動させるという,水素分配制御の可能性を想起させるものである。

Fig. 1.

3D perspective views of pores in (a) 99.999% Al and (b) Al-5%Mg with the same hydrogen content (0.3 cc/100 g Al). Note that only pores are extracted and shown here7).

ところで,金属の延性破壊は,一般に粒子の損傷によるボイドの発生,成長,合体によるとされる。しかし,アルミニウム合金でポア量が多い場合,材料中に初めから存在するポアが負荷開始直後から成長し,延性破壊を支配する10)。著者等は,破面上の個々のディンプルパターンを時間を遡って追跡する3D/4D画像解析手法を開発し,これを定量的に証明することに成功している9)。また,粒子の破壊や界面剥離によるボイドの発生から始まる一般的な破壊機構は,ポア支配の破壊機構を補完するように生じていた。これまでに,Al-Cu,Al-Mg,Al-Zn-Mg-Cuなどの合金でポア支配の延性破壊が支配的であることを確認している。

HEの研究は,そのメカニズムの解明だけではなく,HEの抑制を究極の目的とする。著者等は,高真空下でアルミニウム合金の鋳造,熱処理を行い,ポアをFig.2の様に,極限的に低減した材料を試作している11)。ポア体積率を通常の材料のおよそ200分の1に低減させ,常温から高温までの強度や破壊靱性がどのように変化するのかを調べている。その結果をTable 1に示す。ポア体積率をおよそ200分の1に低減させることにより,0.2%耐力,断面減少率,破断ひずみといった全ての力学的性質が向上していることがわかる。特に,高温での延性,破壊靱性,ノッチがある試験片での強度で大きな改善効果が得られた。一般に,強度/延性と強度/破壊靭性は排他的な関係にあり,ポアの低減によって強度,延性,および破壊靭性のすべてが向上していることは特筆すべきである。このように,平滑材でもノッチ材でも,また強度,延性とも,常温から高温に至る広い温度範囲で,ポアを低減することにより力学的性質が大きく向上することが明らかになった。

Fig. 2.

3D perspective views of pores in aluminum alloys11).

Table 1. The ratio of the highest and lowest values in each property of AA2024 alloys. Note that material with low hydrogen content always exhibited the highest values in all the material tests11).
TestsPropertiesRatio (%)
Tensile testSmoothRTσ0.218
RA19
773 KσUTS27
RA102
NotchedσUTS28
εf18
Fracture toughness testKQ14
Et33

HEは,多くの場合,粒界破壊,粒内の塑性変形が促進される水素誘起局所塑性(HELP),粒内の擬へき開破壊の形で現れることは,良く知られている12)。ポア支配の延性破壊は,HEの第3の形態と言っても良い。一連の研究の中で,Fig.3の様に,粒界破壊,擬へき開破壊,ポアの損傷と拡大という3つのHE機構が同時に観察され,それらの機構が時間的,空間的に相互作用する様子が明らかになっている。これは,各HE機構の発現基準を把握した上で水素の分配を制御すれば,水素の存在を許容しながら力学特性を最適化できる可能性を示唆している。

Fig. 3.

A series of 3D rendered images during loading representing the nucleation and propagation of cracks in Al-10.0%Zn-2.4%Mg-1.5%Cu alloys. (a) to (d) for Low hydrogen material, (e) to (h) for Mid hydrogen material and (i) to (l) for High hydrogen material during deformation, respectively.

2.水素分配制御によるアルミニウム合金の力学特性最適化の可能性

2・1 析出物と水素トラップ

Fig.4に示す様に,アルミニウム合金中の水素は,ほぼ均一分散と言って良い格子間位置への固溶や固溶原子や空孔におけるトラップだけでなく,様々な不均一分散を呈する。主なものとして,転位,アルミニウム合金に特有の各種析出物(GPゾーン,中間相,平衡相),分散粒子,結晶粒界,ポアへのトラップが挙げられる。このうち,析出物の水素トラップに関しては,Hiranoらによるトリチウムオートラジオグラフィーを用いた研究がよく知られている13)。この論文では,Al-Zn-Mg系合金のGPゾーンやη’相は,水素をトラップしないと結論されている。しかしながら,近年,鉄鋼材料に3Dアトムプローブを用いた水素の直接観察を適用し,以前は半整合・非整合粒子のみと考えられていた水素トラップが5~50 nmと微細な整合析出物でも確認されている4)。アルミニウム合金は,ほとんどが析出強化型であり,しかも大量の析出物を含む。したがって,もしある種の析出物が水素を強くトラップするならば,前節で述べたポアによる水素分配状態の制御と相まって,水素分配状態を有効に制御できると期待される。Fig.4には,そのような水素分配状態の制御を模式的に描いている。

Fig. 4.

Schematic illustration of hydrogen partitioning among various trap sites that induces transformation of the fracture pattern from ductile into brittle in aluminum alloys.

これまで,アルミニウム合金中の水素のトラップ挙動は,計測し,推定する対象であり,制御する対象ではなかった。水素分配状態制御を元に,HEへの影響がマイナーなトラップサイトへ優先的に水素を分配させることにより,合金中の水素を除去せずにHEを抑制可能と示唆される。HE抑制の結果として,強度,延性,破壊靱性といったアルミニウム合金に求められる諸特性を大きく向上させ得る。これは,高強度材料の開発を可能にするだけではなく,材料の信頼性担保にも有効と思われる。

2・2 水素分配制御実現に向けたアプローチ

著者等は,水素の存在をなるべく確定的に把握できる実験および計算解析手法のみを組み合わせ,アプローチの確度を担保することを考えた。これは,具体的には,①シンクロトロン放射光3D/4Dイメージングによる水素ポアの可視化,②第一原理計算による水素存在状態の予測,③高分解能透過型電子顕微鏡(以下,TEM)による析出物構造解析の3手法である。上記①により分散粒子や晶出物をイメージングすれば,間接的にではあるが,トラップサイトとなり得る析出物量も正確に計測できる。また,3Dイメージの連続取得による塑性歪みの計測も可能であり14),これは,主要な水素トラップサイトの一つである転位の3Dマッピングに結びつく。従来の表面・断面観察では,ミクロ組織の全数把握は不可能であり,極々少数のミクロ組織をサンプリングしてサイズ等の平均情報を計測し,これとマクロ特性を関連付けていた。一方,①の手法では,複雑な形態を有する膨大な数のミクロ・ナノ組織を観察視野内で全て観察,計測できる。それにより,関心のある特性に直接大きく影響する,時として極めて限定された種類,性状,領域のミクロ組織のみを特定し,マクロ特性との関係を解析・評価できる。そのため,サンプリング,平均化,抽象化,単純化といった従来の材料工学の研究の傾向を排除し,材料の全体積,全時間にわたる観察により,HEのような局所的な事象を確実に把握できることになる。

Table 2に示す様に,著者等のうち,九州大学のグループは,モデル材料の試作,およびそのHE挙動の3D/4Dイメージングと解析を担当している。また,アルミニウム中の水素の昇温脱離分析,ケルビンフォース顕微鏡や中性子イメージングによる水素直接観察などのトラッピング挙動の解析も担当している。日本原子力研究開発機構のグループは,第一原理計算に特化し,各種析出物,転位,結晶粒界,ポアなどによる水素トラップの有無と結合強さを検討している。その他,ポア中の水素量を精密に推定するため,ポア表面への原子状水素の吸着を解析している。富山大学のグループは,析出物の微細構造を解析している。また,時効析出過程の水素による変化を解明し,水素の存在を考えた最適析出組織を提示すべく研究を行っている。これらを水素分配制御によるアルミニウム合金の力学特性最適化の知見として総合する研究は,平成26年度から研究成果展開事業(産学共創基礎基盤研究プログラム)「革新的構造用金属材料創製を目指したヘテロ構造制御に基づく新指導原理の構築」で「水素分配制御によるアルミニウム合金の力学特性最適化」という課題名で採択されている。本報は,その中間的な成果のまとめとしたい。

Table 2. Research system and advantages of each research group.
GroupResearch keywordsAdvanced technologyComment
Kyushu UnivHigh resolution X-ray CT
Hydrogen embrittlement
Mechanical properties
3D/4D Imaging techniquesAdvanced techniques on 3D/4D analysis
JAEAFirst principles simulation
Hydrogen embrittlement
First principles simulationAchievements in HE of steels
Toyama UnivTEM observation
Aging & precipitation
Aluminum alloys
Aluminum precipitation analysisKeynote presentation on ICAA

2・3 対象材料

第一節で述べた背景から,社会的な波及効果も考え,7000系のAl-Zn-Mg合金で,Zn量を10%まで増やした合金をモデル材料とした。また,上述の3つのHE機構の影響を分離して理解するため,水素およびポアの有無をFig.5の様に確実に切り分けたモデル材料を評価することが有効である。この理想的な試料の準備にも,材料全体の構造を把握できる3Dイメージング法が有効である15,16)

Fig. 5.

Schematic illustration of model materials applied in the project by which the effects of hydrogen and pores on the mechanical properties are separated.

モデル材料でHE挙動を観察するため,水中でのワイヤーカット放電加工で試験片加工と水素チャージを兼用した。例えば,A7075合金に放電加工を施すと水素濃度が0.14 mass ppmから7.0 mass ppmに上昇することが報告されている17)

3. 水素トラップ

3・1 析出物

本プロジェクト開始まで,7000系合金の準安定および安定析出相MgZn2に関しては,様々な報告があり,解析対象とする析出相の詳細は不明であった。準安定の中間相η’相は半整合界面を,安定η相は非整合界面をそれぞれ有すると想定していた18)。しかしながら,モデル材料のTEM観察と過去の文献との対比から,中間相η’は全面整合,η相は,端面が半整合で板面が整合であること,モデル材料の平衡相は従来文献で報告されている10種類にも及ぶ平衡相のうち,η2相と呼ばれる相19)であることが判明した。そこで,以下では,主に実用上重要な過時効状態で現れるη2相についての検討結果を述べる。

析出物の局所的な水素濃度の計測は,物理的に困難である。また,昇温脱離分析などでも,これまで析出物の水素トラップに関する報告はない。そのため,析出物に関する水素トラップエネルギーや水素トラップ密度などを実験的手法のみから推定することは,不可能に近い。そこで,第一原理計算が,現象の理解に不可欠である。

3・1・1 析出物内部

η2相内部の水素のトラップサイトとして,Fig.620)に示すように,9つの水素トラップ可能なサイトが存在する。この9つのトラップサイト候補に対して,第一原理計算でその水素トラップ能を検討した。本報で述べる第一原理計算は,全て平面波基底のバンド計算コードであるVASP21)を用いている。各トラップサイトの隣接原子の種類とトラップエネルギーの関係を調べた結果,トラップエネルギーの符号が負の安定なサイトはMg原子近傍の2つだけであり,その他7つのサイトは,全て不安定であった20)。また,最も安定なトラップサイトでも,トラップエネルギーは0.08 eV/Hに過ぎず20)η2相内部は水素のトラップサイトにはならないものと結論された。

Fig. 6.

Potential trap sites in MgZn2 crystal and trap energy equivalent to its position in the (a) [0 0 0 1], (b) [1 -1 0 0] and (c) [1 1 -2 0] directions20).

Fig.7は,最高時効での同一試料中に観察されたη’相とη相のHAADF-STEM像である19)。図からは,η’相がababa…の六方晶の積層を示しており,かつアルミニウム母相との界面にコントラストの高い層が2層存在していることがわかる。一方,η相の構造は,Komura and Tokunagaの提唱した構造22)とほぼ同じである。ただし,Fig.7(b)に示すように,析出物内部には積層欠陥が存在する。この様な結晶格子レベルの欠陥が水素をトラップするかどうかは,今後さらにTEMおよび第一原理計算の両面から検討が必要である。

Fig. 7.

HAADF images of (a) η’ phase and (b) η phase under [110] Al projection of edge-on plates lying on (111) Al planes in peak-aged Al-Zn-Mg alloys19).

3・1・2 析出物/母相界面の水素トラップ

次に,η2相とアルミニウムとの界面を検討する。このうち,非整合界面は,第一原理計算の枠組みでモデリングすることが困難である。しかしながら,幸いなことに,本プロジェクトで用いたモデル材料の平衡相であるη2相は整合界面を有しているため,第一原理計算を用いて解析できる。今後は,刃状転位の水素トラップの第一原理計算を行い,半整合界面に関しても検討する予定である。

Fig.8は,整合界面をTEM観察したものである。観察方位は,アルミニウム母相の〈110〉方位である。Fig.8(c)の明視野像には,粒状あるいは棒状の析出物が観察されている。これらは,アルミニウム母相の{111}面に析出した板状析出物であると明らかになった。アルミニウム母相と析出相の結晶格子の整合性は非常に高く,針状あるいは棒状に観察される析出相は,ほぼアルミニウム母相の{111}面に整合になっていることがわかる。

Fig. 8.

HRTEM observations of Al-Zn-Mg alloys subjected to aging treatments at (a) 120°C for 8 minutes, (b) 200 minutes and (c) 400 minutes after holding this alloy at room temperature for 4 days.

次に,第一原理計算による整合界面の解析を行う。析出物とアルミニウムの方位関係は,TEMによる観察結果を元に定めた。また,析出物表面には,Zn原子のみが界面を形成する場合と,Mg原子とZn原子の両方が界面を形成する場合を考慮し,Fig.9のモデルを作成した20)。ここでは,界面上の四面体サイトと六面体サイトを可能性のあるトラップサイトとしている。Fig.9において,数字は等価なサイトを示しており,全ての界面で,3または4つの可能性のあるサイトが存在する。この研究の予備計算から,Fig.9(c)のサイト4は,隣接原子が3個のZnと1個のAlの四面体で囲まれた不安定なサイトであることがわかっている20)。そこで,各界面のサイト1~3に存在する水素に対して,水素トラップの計算を行った。そこで得られた結果をFig.10に示す。Znが表面に配列する界面とZnとMgが共に表面に出る界面(図中,Mixed A界面)のサイト3は,正のトラップエネルギーを持ち,不安定なトラップサイトであることがわかる20)。他のサイトは,負のトラップエネルギー値をとる。図中のMixed A界面とMixed B界面のサイト1とサイト2は,トラップエネルギーが0.28~0.35 eV/Hと大きなトラップエネルギーをもつ20)。後述するように,アルミニウムの粒界におけるトラップエネルギーは0.2 eV/Hであり,η相とアルミニウムとの界面は,粒界よりも強く水素をトラップすることが明らかになった。

Fig. 9.

Possible hydrogen sites at the η2-MgZn2 interfaces with (a) Zn, (b) Mixed A, and (c) Mixed B atomic layers20).

Fig. 10.

Trap energies for all possible trap sites at the η2-MgZn2 interfaces with Zn, Mixed A, and Mixed B atomic layers20).

3・2 粒界の水素トラップ

以下では,アルミニウム中の粒界の水素のトラップエネルギーを第一原理計算から計算した結果を紹介する。最終的には,HEにより粒界破壊を引き起こす粒界水素濃度基準に関する推定を行う。

エネルギーの低い粒界から高い粒界まで,合計5種類の粒界と表面について,第一原理計算により水素トラップエネルギーを計算した結果をFig.11に示す23)。エネルギーの低いΣ3(111)粒界やΣ11(113)粒界においては,粒界における水素トラップが見られない。一方,エネルギーの高いΣ3(112),Σ5(012),Σ9(221)粒界においては,0.2 eV/atom程度の水素トラップエネルギーが見られる。一方,表面におけるトラップエネルギーは,最密原子面の表面である(111)表面以外では,0.6~0.7 eV/atom程度のトラップエネルギーを持つ。つまり,水素は,粒界よりも表面でエネルギー的に安定であることがわかる。

Fig. 11.

Hydrogen segregation energy (Eseg) from Al GB to its fracture surface (FS) along the c-axis of computational cell. Zero energy indicates the solid-solution energy of the H atom at the tetrahedral site in fcc Al23).

3・3 各トラップサイトのトラップエネルギー

まず,各トラップサイトのトラップエネルギーを計測するため,熱処理や追加圧延によって空孔濃度,ポア体積率,析出物形態,転位密度,結晶粒径,および第二相粒子を変化させた試料の昇温脱離分析を行った24)。結果として,昇温脱離曲線上に6つ程度のトラップサイトが観察された。これらは,空孔,ポア,転位,結晶粒界,および第二相粒子に対応すると思われた。このうち,空孔,転位ないし粒界ないし分散粒子,およびポアの水素との結合エネルギーを計測することができ,トラップエネルギーは,空孔:82.1±47.7 kJ/mol,転位/粒界/粒子:102.4±63.3 kJ/mol,ポア:203.1±87.3 kJ/molとなった。これは,Izumi and Itoによって純アルミニウム合金について計測されたトラップエネルギー値(空孔:20.0 kJ/mol,転位:47.3 kJ/mol,ポア73.6 kJ/mol)よりも2~3倍大きい25)。この原因としては,この計測と過去の実験計測では昇温速度が大きく異なることから,昇温中のミクロ組織変化の影響が考えられる。

そこで,これまで鉄鋼材料の水素昇温脱離スペクトルの解析に用いられている反応拡散方程式ベースのモデルを用い,試料厚さ方向の1次元領域で水素量の変化から昇温脱離スペクトルを計算した26)。この場合,昇温中にトラップサイトが減少し,水素がより低い温度で早く放出される場合を検討した。具体的には,昇温過程で転位密度が減少する効果をモデルに組み込み,シミュレーションで得られた昇温脱離スペクトルからトラップエネルギーを算出した。その結果,昇温過程における転位の減少によって,昇温脱離スペクトルから得られるトラップエネルギーは,実際のトラップエネルギーより大きな値になる可能性が示された。そのため,以降の水素トラップの解析では,全て第一原理計算によって求めたトラップエネルギーを用いた解析を行った。

これまでの第一原理計算の解析により,主要な全てのトラップサイトのトラップエネルギーが求められている。それによると,アルミニウム表面の水素原子の吸着,およびアルミニウムと水素分子への分離がもっとも安定で,トラップ能の高い析出物は,その半分程度のトラップエネルギーを有する。また,空孔は,それよりやや小さなトラップエネルギーを持つ。粒界と刃状転位は,ほぼ同程度で析出物のさらに半分程度であり,らせん転位は小さなトラップ能しか有さない。これらの情報に加え,各水素トラップサイトの密度に関する正確な情報が得られれば,アルミニウム中の水素分配をこれまでよりも精密に見積もることができる。

4. 水素脆化

4・1 3つの水素脆化機構の競合

これまで,モデル材料の引張試験により,歪み速度3.3×10−3 s−1程度の通常の引張速度で引張試験を行った場合,HEは発現しなかった。一方,引張試験時に負荷歪で約3%毎に引張負荷を一時中断させ,毎回15~45分保持した場合,顕著なHEが生じ,破面上には粒界破壊,ないしは擬へき開破壊の痕跡が認められた27)。保持時間が長いほど,粒界破壊・擬へき開破壊の面積率が増加し,早期に破断に至る。粒界破壊と擬へき開破壊のいずれも,いわゆる脆性破壊ではなく,亀裂は粒界面ないし粒内ファセットを逐次進展した。

水素濃度が破壊機構に及ぼす影響をまとめたものがFig.12である27)。図では,モデル材料に含まれる全てのポアの性状を計測し,表面エネルギーと水素ガスの内圧が平衡すると仮定して推定したポア中の水素量,およびポア以外の格子間やトラップサイトにある水素量を求めた。そして,それらと延性破壊,擬へき開破壊,粒界破壊の関係をそれぞれの破壊機構が破面上に現れる面積の割合で示した。アルミニウム母相中の水素量が増えると,ディンプル型の延性破壊は減少し,擬へき開破壊が生じるようになる。一方,水素量がさらに増加すると,粒界破壊が増加する。また,ポア中の水素量が増えると,HE傾向が強まる様に見受けられる。これは,供試材でポアが粒界上に配列していることと関連すると思われる。また,モデル材の水素チャージプロセスである放電加工を低速で2度行うことで水素量を大幅に増やすと,引張試験中に変位を保持したままでも亀裂が自発的に進展する様子が観察された27)

Fig. 12.

Influences of internal hydrogen distribution (Hydrogen partitioned in pores and that in matrix) to the areal fraction, Af, of (a) ductile, (b) quasi-cleavage, and (c) intergranular fracture observed in Al-10.0Zn-1.2Mg alloys27).

4・2 変形に伴う高密度ナノボイドの生成

上述の引張試験時に計測した連続3D画像を元に,塑性歪みの3Dマップを取得した。擬へき開亀裂先端の歪み分布は,弾塑性破壊力学で規定されるものよりもはるか広範囲に広がっていた28)。この傾向は高水素濃度であるほど顕著であり,また,亀裂発生前から水素による変形局在化が生じていた。Fig.13に塑性歪みマッピングの一例を示す28)Fig.13で変形が局在化した領域において各種歪み成分を解析したところ,特徴的な正の静水圧歪みが確認された28)

Fig. 13.

a) Equivalent strain and b) hydrostatic strain distribution calculated between an applied strain, εa, of 1.1 and 5.5% viewed on the y-z (RD-ND) cross-section in Al-10.0%Zn-2.4%Mg-1.5%Cu alloys28).

この静水圧歪みの起源を調査するため,まずは同じ試験片の形状をX線CTにより丸ごとイメージングし,イメージベース弾塑性有限要素解析により試験片形状の影響によりどの程度の静水圧歪みが発生するかを解析した28)。その結果,塑性歪みマッピングにより計測された静水圧歪みは,試験片形状に起因するものよりも数十倍高いことがわかった28)。そこで,計測された静水圧歪みから水素濃度の増加による結晶格子の膨張,試験片形状の効果,空孔の形成による体積膨張,可視化されたポアの成長を差し引いたところ,静水圧歪みの68~79%は未知の膨張によることが分かった28)。これは,変形中に何らかの自由体積の増加が材料内部で生じていることを示している。

そこで,高分解能の投影型トモグラフィーに加え,X線トモグラフィーとしては超高分解能が得られる結像型X線トモグラフィー,およびHAADF-STEMを用い,マルチスケールで変形前後の試料の観察を行った28)。その観察結果をFig.14にまとめた。各手法によって観察できたボイドの最小直径は,投影型X線トモグラフィーで1.8 μm,結像型X線トモグラフィーで158 nm,HAADF-STEMで7.1 nmであった。また,いずれのサイズ範囲でも高密度のナノボイドが観察された。特徴的なことに,Fig.14に示すナノボイドのヒストグラムから,微小なものほど高密度に存在していることがわかる。上述の未知の自由体積による引張の静水圧は,負荷歪み5%時に1.1×10−3であった。3つの技法で完全にはカバーしきれない空間分解能のギャップが少し存在するものの,マルチスケール計測によるナノボイドの体積変化は9.0×10−4であり,歪み計測による自由体積の検出結果と良好な一致が見られた。

Fig. 14.

Observation of nano voids in Al-10.0%Zn-2.4%Mg-1.5%Cu alloys through (a) HAADF-STEM, (b) Imaging-type CT, (c) Projection-type CT and (d) is the size and number density distribution of observed nano void. Note that all the observation and calculation are performed at an applied strain, εa, of 5%28).

ところで,ナノからミクロにおよぶマルチスケールで高密度にナノボイドの発生が見られたものの,観察した限りでは,ナノボイドが配列して破壊に繋がるような傾向は認められなかった。したがって,ナノボイドは破壊をもたらすものではなく,あくまでこれまで意識されていなかった水素トラップサイトとしての機能を有するものと今のところは考えている。

4・3 水素脆性破壊機構の詳細な解析

粒界亀裂および擬へき開亀裂の進展駆動力を評価するため,亀裂先端開口変位(CTOD)をトモグラフィー像から直接計測した。CTODは,応力拡大係数やJ積分と同様に,破壊力 学における亀裂進展駆動力を評価するパラメータである。Fig.15 に粒界亀裂および擬へき開亀裂のCTODプロファイルを示す。粒界亀裂および擬へき開亀裂のCTODは,観察視野における平均で,それぞれ,0.14 μmおよび0.23 μmであった。実用Al-Zn-Mg系(A7150)合金での破壊靭性はCTOD換算で68 μmであることを踏まえると,モデル材料の擬へき開亀裂は,それより遥かに小さな亀裂進展駆動力で進展することがわかる。また,擬へき開亀裂の発生と伝播に先立ち,顕著な塑性歪みの局在化が生じ,その局在化領域の中をHEにより発生した亀裂が進行することも特徴的である。

Fig. 15.

Variations of the local crack driving force, CTODI along (a) intergranular crack and (b) quasi-cleavage crack front line27).

次に,亀裂像から取得した亀裂開口変位(COD)プロファイルに基づき,亀裂先端の応力場の解析を行った。一般に,弾塑性材料の単調荷重の場合,静止亀裂にはHRR 特異性が,また完全塑性体中の進展亀裂先端ではRDS特異性が成立する29)。そこで,CODの亀裂面に沿う分布を求め,応力特異場の解と比較したのがFig.16である。粒界亀裂,および擬へき開亀裂とも,亀裂先端のごく近傍ではRDS特異性に従うことがわかる。つまり,モデル材料で見られたHEによる亀裂は,粒界破壊,擬へき開破壊いずれの場合も,小さなCTODを呈する破壊抵抗の低いものであるが,いわゆる脆性破壊とは異なり,限定的ではあるものの亀裂先端での塑性変形をある程度伴ったものであることがわかる。

Fig. 16.

Normalized crack opening profile as a function of the normalized distance for the (a) intergranular crack and (b) quasi-cleavage crack tip27).

5. 水素脆化制御の可能性の検討

5・1 粒界および析出物/母相界面の剥離

Fig.17は,Σ5(012)粒界で界面の水素濃度を増やした場合の第一原理計算の計算結果を示す。多くの水素原子が粒界に集まると粒界が膨張し,さらに水素を吸着しやすくなり,安定化するという特異な挙動が見られる23)。Σ9(221),Σ3(112)など,その他の粒界においても,同様の振る舞いが見られた。粒界の水素濃度が増加すると,粒界と表面に原子状で吸着した水素の効果によって,粒界凝集エネルギーがゼロ付近まで低下する。これは,粒界が力学的な条件を考慮しなくとも,自発的に粒界破壊が生じ得ることを示している。逆に言えば,この水素濃度を局所的に達成できるような材料全体の水素濃度,力学的条件,ミクロ組織的な条件を考察すれば,モデル材料のHEを定量的に説明できる可能性がある。第一原理計算では,整合析出物/母相界面でも同様の挙動が見られており,HEによる析出物/母相界面の剥離の可能性が示唆されている。

Fig. 17.

Valence electron density map on the GB plane and low-electron-density region indicated by isosurface of electron density with multiple hydrogen segregation (Ngb=0, 6, 12) along Ʃ5(012)GB. Ngb is the number of H atoms segregated along GB within the area of A (=0.365 nm2). Electron density is drawn from 0 (blue) to 0.045 (red) electron/Å3. The isosurface level of electron density is 0.015 electron/Å3. The large (small) sphere is the Al (H) atom23).

5・2 水素の局所分配の考察

3・3節で述べたように,第一原理計算により全水素トラップサイトの結合エネルギーが求められ,材料中の水素の分配状態を定量的に評価できるようになった。ただし,これは無負荷状態の材料を対象にしている。一方で,4・1節で示したように,モデル材料のHE挙動は,顕著に塑性歪みが局在化し,その後,亀裂が発生・伝播して破壊に至る。また,同じく4・1節では,モデル材料の引張負荷で変位を数十分間固定し,水素の拡散・集積を待たなければHEは生じないことも紹介した。そこで,材料に引張負荷を与え充分に塑性変形した後の水素の分配状態を定量評価する必要がある。モデル材では,亀裂発生に先立ち塑性歪みが局在化するが,この塑性変形により,空孔濃度,転位密度は大きく変化する。ここでは,3D塑性歪みマッピングの計測結果から空孔濃度,幾何学的に必要な転位(GND)密度,統計的に必要な転位(SSD)密度を算出した。まず,変形後の空孔濃度Cvは,以下の様に与えられる30)

  
Cv=χσΩ0Qfεtrue+ζcjΩ04b3εtrue+ηdt+C0(1)

ここで,χは定数(0.1),σは流動応力,εtrueは真歪み,Qfは空孔形成エネルギー,Ω0はアルミニウムの原子容,C0は初期空孔濃度である。式(1)の第二項は,サーマルジョグの寄与に関する項であり,室温での変形による空孔形成では無視できる。式(1)の第三項は,粒界と転位による空孔の消滅に関する項であるが,多くの空孔は水素によって安定化するため,η=0とした。また,GND密度は,以下の様に与えられる31)

  
ρGND=r¯ηpb(2)

ここで,ρGNDはGND密度,rはNye-factor(1.9),ηp:は塑性歪み勾配,bはバーガースベクトルである。最後に,SSD密度は,以下の様に与えられる32)

  
ρSSD=3εpbl(3)

ここで,ρSSDはSSD密度,εpは相当塑性歪み,lは平均自由行程である。

式(1)~(3)に基づいて局所的な空孔濃度,およびGND・SSD密度を3Dマッピングし,3D水素トラップサイト密度として取り扱い,3D空間の各ユニットセル(20 μm球)で水素の分配計算を行った。この様にして求めた変形後の転位,空孔,およびポア・ナノボイドの位置における局所水素分配状態をFig.18に示す33)。また,変形前後での各トラップサイトの水素分配状態の違いをまとめたものをFig.19に示す33)Fig.18より,擬へき開亀裂が発生した領域では,転位と空孔の水素濃度が高くなっていることがわかる。しかしながら,トラップエネルギーの低さとトラップサイト密度の低さに起因し,転位にトラップされた水素量は,全トラップサイトの中で最も低いことが分かる。さらに,各トラップサイトの占有率は,変形の前後で大きくは変化していないことがわかる。これまで想定されている擬へき開破壊のメカニズムの一つとして,転位の関与がある。しかし,転位にトラップされた水素量と,よりトラップエネルギーが大きくトラップサイト密度が高い析出物にトラップされた水素量の違いは,実に107倍にも達する。そのため,変形中に試料内部でマクロ・メゾレベルの水素濃化が生じ,また外部からの水素供給が生じたとしても,転位が結晶粒内の擬へき開破壊をもたらすと考えるのは合理的ではない。擬へき開破壊の機構に関しては,Fig.18において,より水素濃度(特に,二次元的な水素の集積度合い)が高いトラップサイトの関与を検討する必要がある。

Fig. 18.

Hydrogen concentrations at each trap sites under different applied strains, viewed on the y-z (RD-ND) cross-section; a) hydrogen concentration at dislocations, b) hydrogen concentration at vacancies, c) hydrogen concentration at pore/nano void; a), b) and c) are calculated at εa of 4.4% in Al-10.0%Zn-2.4%Mg-1.5%Cu alloys. Fracture path is shown as the black line33).

Fig. 19.

a) Comparisons of trapped hydrogen content between unloading and near crack tip at an applied strain εappl. of 4.4% in and b) Comparisons of trapped occupancy between unloading and near crack tip at an applied strain εappl. of 4.4% in Al-10.0%Zn-2.4%Mg-1.5%Cu alloys33).

5・3 分配制御の可能性

モデル材料に鉄を少量添加した場合の引張試験後の破面をFig.20に示す27)。粒子の平均組成は,Al79Fe14Zn7であった。この場合,鉄添加材と無添加材の水素濃度は,それぞれ2.08および2.15 mass ppmとほぼ等しい。鉄無添加の場合は,擬へき開や粒界破壊の痕跡が破面上に広く見られるのに対し,鉄を添加した材料では,典型的な延性破壊を呈した。これは,粒子添加によるHEの抑制の可能性を示している。非整合界面をもつ粒子そのもの,ないしは粒子周囲に水素がトラップされ,材料全体の水素濃度は同じでも,HEをもたらすトラップサイトの水素濃度が相対的に低下し,上述の3つの破壊機構の間で遷移が生じたものと考えられる。実際,両者の昇温脱離分析による水素放出曲線を比べると,鉄添加材では,440°C付近に粒子添加によると思われる水素脱離ピークが確認された。今後は,様々な添加元素により生じる金属間化合物粒子によるHE抑制効果を調べ,より実用的な検知からHE防止策を探索する方針である。

Fig. 20.

Fracture surface of Al-10.0%Mg-1.2%Zn alloys; (a) Without iron-enriched particles and (b) With iron-enriched particles. Note that the regions surrounded by a dotted line and a broken line indicate intergranular crack (IGC) and quasi-cleavage fracture (QCF), respectively27).

5・4 各種イメージング技法の適用による水素脆化機構解明の試み

これまでの成果により,アルミニウム合金のHEによる粒界・擬へき開破壊は,顕著な塑性変形を伴うことが明らかになった。また,特に擬へき開破壊に対しては,実験と整合するような破壊モデルは提案されていない。そこで,回折コントラストトモグラフィー法を用い,粒界,および擬へき開亀裂の結晶学的評価を行っている。これにより,相対方位差,粒界面と引張軸との角度,粒界エネルギーと粒界破壊の関係が明らかになっている34)

ところで,5・2節では,試料が変形している時の水素の分配状態について解析し,HEとの関連付けを検討した。しかしながら,予測される局所的な水素濃度とHEをもたらす水素濃度レベルには,大きな開きがある。そこで,水素の濃化を直接可視化する意義は大きい。しかしながら,現在のところ,水素を直接,観察・計測できる技法は,極めて限られている。ごく最近になって,TEMや3Dアトムプローブにより水素を直接観察した例が報告されている4,34)。しかし,これらはいずれも薄膜や微細な針状試料を用いた特殊な技法の実践であり,依然として水素の直接可視化は,実用的には不可能と断じても過言ではない。また,アルミニウム表面の酸化膜は,様々な塑性加工・熱処理中に過飽和な水素が材料から放出されるのを妨げる。そのため,従来の二次元観察・分析(例えば,水素マイクロプリント法やトリチウムオートラジオグラフィー)では,Fig.21に示す様に,例え水素の存在が特定されても,その位置が水素のトラップサイトなのか,単なる拡散経路(つまり,酸化膜が途切れている場所)なのかの区別がつかない。

Fig. 21.

Schematic illustration of the problem in analyzing hydrogen on the surface.

このプロジェクトでは,ケルビンフォース顕微鏡(KFM)および中性子イメージングによる水素の可視化を行っている。KFMを引張試験と組み合わせることにより,引張試験中の試料の表面電位より,粒界三重点の周りなどで水素が集積している様子が観察された35)。この場合,3D歪みマップで相当塑性歪みが高い領域で水素の集積・散逸が見られる傾向が認められた35)。今後も,この様な先端イメージング技術を用いて水素トラップと水素脆化のギャップを埋める努力をすることが重要と思われる。

6. まとめ

これまで,革新的構造用金属材料創製を目指したヘテロ構造制御に基づく新指導原理の構築」で「水素分配制御によるアルミニウム合金の力学特性最適化」という課題名で実施されているプロジェクトの成果を概観した。観察,解析,シミュレーションの連携により,これまで明確ではなかったアルミニウム中の水素トラップと水素脆化の挙動がおぼろげながら目に見えるようになったと感じる。特に,プロジェクト研究開始前には漠然と考えていた析出物の水素トラップの可能性は,今ではかなり確度を持って検討されている。アルミニウム中の水素の分配を数字で議論できるようになったこと,中でも特に,破壊が生じようとしているまさにその瞬間の水素の局所的なヘテロ分布が推定できるようになり,水素脆化の定量的な理解まで,希望的観測かも知れないが,あと1歩か2歩の所まで来ていることは,大きな前進と思われる。今後は,観察,解析,シミュレーションでそれぞれ得られている水素トラップと水素脆化の機構,条件等について検討し,これらがオーダー的には整合するような合理的な説明を可能にしていきたい。そのためには,破壊をもたらす水素トラップサイトの特定と破壊機構の解明は,避けては通れない。

謝辞

本研究は,科学技術振興機構 研究成果展開事業 産学共創基礎 基盤研究プログラム「ヘテロ構造制御」による成果である。シンクロトロン放射光実験は,SPring-8の重点 PU課題(2016A0076,2016B0076,2017A0076,2017B0076)として行われた。また,本研究は,公益社団法人軽金属奨学会の助成金により実施された。実験に用いた一部の試料は,アルミニウム協会・中長期委員会より提供されたものである。これらを記して深く感謝する。

文献
 
© 2019 The Iron and Steel Institute of Japan

This article is licensed under a Creative Commons [Attribution-NonCommercial-NoDerivatives 4.0 International] license.
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
feedback
Top