2019 Volume 105 Issue 2 Pages 314-323
For deeper understanding of a dynamic accommodation mechanism of internal stress in pearlite originated from the lattice misfit between ferrite and cementite phases, the lattice parameter ratios of cementite, bθ/aθ and cθ/aθ, were locally analyzed in detail by using the electron backscatter diffraction (EBSD) technique. The EBSD analysis has revealed that lattice parameter ratios of cementite lamellae obviously differ from those of spheroidized cementite particles, which demonstrates that pearlite has a certain amount of internal stress as long as it maintains lamellar structure. The internal stress in pearlite gradually decreased during isothermal holding at 923 K after pearlitic transformation due to interfacial atomic diffusion of iron atoms. However, comparing with theoretical values under Pitsch-Petch orientation relationship, it was understood that large amount of internal stress had been already accommodated upon pearlitic transformation by introduction of misfit dislocations and structural ledges on ferrite/cementite lamellar interfaces. That is, the internal stress of pearlite is dynamically reduced by two different processes; built-in accommodation upon pearlitic transformation and additional time-dependent relaxation after pearlitic transformation. On the other hand, EBSD analysis and neutron diffraction technique gave remarkably different lattice parameters of cementite. From this result, it is concluded that various crystallographic orientation relationships between ferrite and cementite coexist in pearlite. Furthermore, elastic strain energy analysis suggests that the invariant-line criterion on ferrite/cementite interface plays an important role for the selection of orientation relationships in pearlite.
パーライト(P)は,フェライト(α)とセメンタイト(θ)で構成される鋼の共析変態組織であり,両相が協調して成長することで微細なラメラ構造が形成される。パーライトでは,このラメラ構造に加えて階層的下部組織が発達し,ラメラの配向が一定である領域をコロニー1),フェライトとセメンタイトが,それぞれ固有の結晶方位を有する領域をブロック2),もしくはノジュール3)と呼ぶ。この階層的下部組織がパーライト鋼の力学特性に及ぼす影響は古くから調査されており,一般的に,強度はラメラ間隔4),延性はブロックサイズ2)の微細化に伴って向上することが知られている。そのため,パーライトの力学特性を制御するためには,階層的下部組織の発達を含めたパーライト変態機構を理解しなければならない。パーライト変態では,母相オーステナイト(γ)から炭素(C)の分配を伴ってフェライトとセメンタイトが同時に析出するため,その変態機構はC拡散律速と考えられている。とくに,パーライト変態界面が定常状態で移動することから,変態界面近傍における,γ/α/θ三相間での局所平衡を考慮したC拡散律速機構,いわゆるZener-Hillertモデル3)が広く認知されている。
その一方で,パーライト中のα/θ間には特定の結晶方位関係が成立することも知られている。著者らは,この結晶方位関係を満足しながら,α/θラメラ界面が整合界面を形成するとき,α/θ間のミスフィットに起因して内部応力が発生し,これによる弾性ひずみエネルギーがパーライト変態の駆動力に匹敵するほど大きくなることを明らかにした。そして,パーライト成長界面において,ミスフィット転位がラメラ界面に動的に導入されることで弾性ひずみエネルギーの低下をもたらし,その結果,パーライト変態が加速される可能性を指摘した5)。実際,Zhou and Shifletは,成長するパーライト界面において,P/γ界面の成長レッジが,α/θラメラ界面に構造レッジとして組み込まれる様子やα/θラメラ界面に多数のミスフィット転位が含まれることを直接観察している6)。パーライト中の弾性ひずみエネルギーの低下によって,パーライト変態の実質の駆動力が増大することを考慮すると,これらの結果は,パーライト変態がC拡散だけでなく,内部応力の緩和プロセスにも律速される可能性を示唆している。このようなパーライトの複雑な変態機構を理解するためには,パーライト中の内部応力状態を実測することが必要であろう。
このような観点から,我々の研究チームでは,中性子線や電子線7)を用いたパーライト中の内部応力状態の測定を試みるとともに,得られた結果をもとに内部応力の動的緩和を考慮した相変態モデルのシミュレーション8)を実施することで,パーライト変態の全容解明に取り組んでいる。このうち,本研究では,フェライトとセメンタイト両相の結晶方位を同定しながら,局所領域での情報を取得できる電子線後方散乱(Electron Back Scattering Diffraction:EBSD)法を用いた格子定数比の測定法9)をパーライト中のセメンタイト相に適用することで,パーライト変態後の恒温保持ならびに球状化処理に伴うセメンタイト中の局所的な内部応力状態変化を調査した。そして,パーライト変態中ならびにその後の恒温保持中に生じる内部応力緩和挙動の理解を試みた。さらに,中性子回折法より実測される平均的なセメンタイトの格子定数と比較することで,パーライトにおけるα/θ間の結晶方位関係の選択についても考察した。
本研究では,共析組成近傍の炭素鋼(0.83%C-1.46%Mn,mass%)を用いた。なお,後述する恒温保持において,パーライト変態の潜伏期を十分に確保しつつ,変態がMnの拡散に律速されないようにC-Mnバランスを調整した10)。1523 Kで36 ksの均質化処理を行った熱延材に対して,Fig.1に示す熱処理を施した。まず,20l×10w×10t mm3に切断した試料を1323 Kで1.8 ksの溶体化処理に供した後,ソルト炉を用いて923 Kで300 s,または600 s恒温保持することでパーライト変態途中ならびに完了した試料を得た(ラメラパーライト材)。なお,本供試材の923 Kにおけるパーライト変態の潜伏期は100 sであった*。また,セメンタイトの球状化を目的に,923 Kで600 s保持することで得たラメラパーライト材に対して,圧下率40%の冷間圧延を施した後,ソルト炉を用いて923 Kで36 ks焼鈍した球状化パーライト材も準備した。得られた試料の組織は,試料をコロイダルシリカで自動研磨し,研磨面を5%ナイタール溶液(硝酸:エタノール=5:95)で短時間腐食した後に,光学顕微鏡ならびに走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM,日本電子株式会社製,JSM-7001F)を用いて観察した。また,各試料の結晶方位解析は,EBSD法を用いて実施した。SEMに搭載されたCCDカメラによって得たEBSD図形をOIM Data Collection ver. 7.1.0(株式会社TSLソリューションズ製)により解析し,得られたデータをOIM Analysis ver. 7.3.0(株式会社TSLソリューションズ製)を用いることで逆極点図を用いた結晶方位マップ(inverse pole figure map:IPF map)を得た。測定時の作動距離は15.0 mmに固定し,加速電圧は15.0 kV,ステップサイズは0.01 µmとした。さらに,パーライト中の内部応力状態を調査するため,EBSD法を用いてセメンタイト相の局所的な格子定数比を測定した。OIM Data Collectionでは,指定した結晶構造と格子定数から予測される理論的なEBSD図形と実際に取得された図形を比較し,両者が最もよく一致するように指数付けを行う。この際,実測されるEBSD図形における各バンドの幅は回折面の面間隔に相当するが,このバンド幅を正確に測定する空間分解能をCCDカメラは有していない。そのため,EBSD法では各回折面から得られるバンドの角度関係を比較することで指数付けを行う。具体的には,各バンドの位置と角度をHough変換法によって二次元座標に整理し,理論値と実測値の角度差をFit値(°)として算出し,これが最小となる結晶方位を探索する。つまり,斜方晶(空間群Pnma)であるセメンタイトを測定対象とする場合,独立した3つの格子定数の絶対値を決定することは出来ないが,Fit値を見安として,その格子定数比を測定することができる。本研究では,このEBSD法の特徴を利用して,セメンタイトのa軸の格子定数aθを0.5090 nmに固定し,b軸とc軸の格子定数,bθとcθ,を任意に変化させることで,最もFit値が小さくなる格子定数の組み合わせを決定し,セメンタイトの格子定数比bθ/aθとcθ/aθをそれぞれ評価した。なお,OIM Data Collectionのセメンタイト格子定数の初期設定値は,aθ=0.5090 nm,bθ=0.6748 nm,cθ=0.4523 nmであり,Hough変換には最低3本の回折バンドを使用した。一方で,巨視的なセメンタイトの格子定数は,(国)日本原子力研究開発機構と(国)高エネルギー加速器研究機構で共同設立した大強度陽子加速器施設(J-PARC)内の物質・生命科学実験施設(MLF)に設置された工学材料回析装置TAKUMI(BL19)を用いたその場中性子回折によって測定した。 装置環境は,加速器出力150 kW,入射側幅スリット5 mm×5 mm,検出器側受光スリット5 mmとし,試料サイズは5 mm×5 mm×10 mmとした。真空雰囲気にて室温から10 K/sで昇温し,1323 Kで900 sの溶体化処理後20 K/sでガス冷却し,873 Kで10.8 ks恒温保持することでパーライト変態後のセメンタイト格子定数を連続的に測定した。セメンタイト相の格子定数は,J-PARCで開発されたZ-Rietveldソフトウェアを用いて詳細に解析した。リートベルト解析法には,斜方晶であるθ(空間群Pnma,空間群No62)を基準の結晶構造として用いた。

Heat treatment route to obtain lamellar and spheroidized pearlite.
* パーライト変態において,成長界面は一定速度で移動する。そこで,変態途中の試料を観察し,その中で最も大きく成長したノジュールの半径を測定する。このような測定を保持時間の異なる複数の試料で実施し,最大ノジュール半径の時間変化率から成長速度を,その外挿値から変態潜伏期を決定した11)。
Fig.2は,923 Kで600 s保持することで得られた(a, b)ラメラパーライト材と(c, d)球状化パーライト材のEBSD解析の結果であり,フェライトとセメンタイトの(a, c)相マップならびに(b, d)IPFマップをそれぞれ示す。ここで,図中のRDとNDは球状化パーライト材に実施した冷間圧延の圧延方向と圧延面法線方向にそれぞれ対応する。なお,セメンタイトの結晶方位は,初期設定値である格子定数を用いて解析し,結晶方位の指数付の信頼性を示すCI(Confidence Index)値が十分に高い0.1以上のデータのみを表示している。セメンタイトはフェライトに比べて結晶の対称性が低いことに加えて,パーライト中では微細に析出するため,EBSD法による指数付が困難である12)。しかしながら,本研究では,いずれの試料も観察領域において,フェライトのみならずセメンタイトの結晶方位も広範囲に同定できている。ただし,腐食によってラメラ界面でフェライトが優先的に腐食されるため,見かけ上,セメンタイトの分率が大きくなっている。まず,ラメラパーライト材に注目すると,α/θ界面が若干湾曲するものの,セメンタイトはラメラ構造を持ち,そのラメラ配向が一定であることから1つのパーライトコロニー内の測定結果であることがわかる(a)。そして,両相はそれぞれ固有の結晶方位を示しながらも,連続的に変化している(b)。このようなフェライト,セメンタイト両相の連続的な結晶回転は,他の研究者も報告しており,パーライト中に内部応力が存在する傍証として指摘されている12)。一方,球状化パーライト材に注目すると,等軸かつ微細なフェライトの粒界に球状セメンタイト粒子が均一に分散しており,ラメラセメンタイトの分断・球状化とともにフェライト母相の再結晶が完了していることがわかる。このとき,フェライト,セメンタイトはともに均質な結晶方位を有しており,パーライト中の内部応力が解放されている様子がうかがえる。ここで,ラメラパーライト材におけるα/θ間の結晶位関係を確認するため,図(b)中でA部(白丸)とB部(黒丸)で示すセメンタイトとフェライト相内の各測定点における結晶方位をFig.3に示す。図中には,セメンタイトの(a)(010)θと(b)[100]θ,ならびにフェライトの(c)(215)αと(d)[311]αの極点図をそれぞれ示している。両相の結晶方位を比較すると,(a)(010)θは(c)(215)α,(b)[100]θは(d)[311]αのひとつとおおよそ一致していることが確認でき(図中,点線の円),α/θ間でPitsch-Petch方位関係((010)θ //(2 1 5)α,[100]θ 2.6°from[3 1 1]α)が成立していることがわかる。他の鋼種において,パーライト中のフェライトとセメンタイトは連続的に方位回転するものの,両相の回転軸と回転角はほぼ一致しており,結晶方位関係を維持したまま同調して結晶方位回転することが確認されている12)。このような現象は本供試材でもみられ,観察領域においてα/θラメラ界面ではPitsch-Petch方位関係を常に満足していることが確認された。これに対して,球状化パーライト材では,フェライト母相が再結晶したことによってα/θ間で特定の結晶方位関係を有していなかった。

(a, c) Phase and (b, d) IPF maps showing (a, b) lamellar pearlite isothermally transformed at 923 K for 600 s and (c.d) spheroidized pearlite annealed at 923 K for 36 ks after 40% cold rolling. (Online version in color.)

Pole figures showing orientations of (a, b) cementite and (c, d) ferrite in lamellar pearlite. Analysis points for cementite and ferrite correspond to (A) white and (B) black points in Fig.2(b), respectively.
Fig.4は,前掲Fig.2(a)のラメラパーライト材に対して,セメンタイトの格子定数bθとcθを独立して変化させることで観察領域内に存在するセメンタイトの平均Fit値を測定し,これを三次元グラフで整理した結果を示す。セメンタイトのFit値は格子定数の変化によって連続して変動しており,これらの値を近似する曲面は下に凸となることがわかる。ここでFit値が最小となる格子定数は,bθ=0.6988 nm,cθ=0.4623 nmとなった。一方で,同様の測定を球状化パーライト材(前掲Fig.2(c, d))についても行ったところ,Fit値が最小となる格子定数は,bθ=0.6688 nm,cθ=0.4523 nmとなり,セメンタイトの格子定数がラメラパーライト材と球状化パーライト材で大きく異なることが明らかとなった。このようなセメンタイトの格子定数変化は,球状化過程における合金元素の分配に由来する可能性が懸念される。しかしながら,ラメラパーライト材と球状化パーライト材に対して抽出残渣試験を実施することで粉末状のセメンタイトを取得し,その格子定数をX線回折により,固溶Mn濃度を化学分析により測定したところ,両試料間での明瞭な違いは確認出来なかった。つまり,ラメラパーライト材と球状化パーライト材におけるセメンタイト格子定数の違いは,フェライト母相に析出した状況下でのみ生じるものであり,セメンタイトの形態やフェライト母相との結晶方位関係を含んだ組織変化に起因していることが明らかとなった。

Change in Fit value of lamellar cementite in EBSD analysis as functions of lattice parameters along b and c axes. (Online version in color.)
上述した923 Kで600 s保持することでパーライトが完全に変態したラメラパーライト材ならびに球状化パーライト材に加えて,パーライト変態途中である923 Kで300 s保持したラメラパーライト材を用いて測定したセメンタイト格子定数比の変化率Rb/aとRc/aをFig.5にまとめる。なお,パーライト変態途中の試料については,なるべく変態初期に析出したセメンタイトを選択するため,パーライトノジュールの中心部でEBSD解析を行った。また,図中には後述する弾性論に基づいて解析したPitsch-Petch方位関係を満足する場合の理論値Rb/a*とRc/a*も併示している。ここでRb/aとRc/aは,抽出残渣試験によって球状化パーライト材から得たセメンタイトの格子定数(aθ0=0.5074 nm,bθ0=0.6742 nm,cθ0=0.4520 nm)を基準としたb/aとc/aの変化率であり,次式のように定義した。
| (1) |

Distribution of Rb/a and Rc/a of lamellar and spheroidized cementite. The theoretical values under Pitsch-Petch orientation relationship is also plotted as solid mark.
まず,球状化パーライト材は(Rb/a,Rc/a)=(0, 0)の近傍に位置しており,フェライト母相を取り除いたセメンタイトとほぼ同じ格子定数を持つことがわかる。その一方で,2種類のラメラパーライト材のRb/a,Rc/aは,どちらも第一象限に位置し,保持時間が短時間である300 s恒温保持材の方がより大きな値を示している。そして,興味深いことに,これらの測定点の延長線上には,Pitsch-Petch方位関係より予想される理想的なRb/a*とRc/a*が存在することがわかる。これは,ラメラパーライト材と球状化パーライト材の間で確認されたセメンタイトの格子定数比の差異が,α/θ間のミスフィットに起因した内部応力によって生じていること,さらに,この内部応力がパーライト変態後の恒温保持や球状化処理に伴って減少することを示唆している。つまり,パーライト中の内部応力は,α/θ界面が整合から半整合,非整合界面へと変化することによって連続的に減少したと理解できる。
3・2 パーライト変態とその後の恒温保持による弾性ひずみ緩和Fig.6は,923 Kで300 sおよび600 s保持したラメラパーライト材のRb/aとRc/aならびにPitsch-Petch関係におけるRb/a*とRc/a*を保持時間に対して整理した結果を示す。なお,Rb/a*とRc/a*は本供試材を923 Kで保持した際に,パーライト変態が開始する100 sの時点にプロットした。Rb/aとRc/aでは挙動に若干の差異はあるものの,保持時間の増加に伴ってどちらも単調に減少することがわかる。これは,パーライト変態後の恒温保持によって連続的にα/θ間のミスフィットひずみに起因した内部応力が減少することを意味している。Onaka and Katoは,ミスフィットひずみによって発生した球状第二相中の弾性ひずみeijが高温保持によって減少する挙動について,保持時間tを用いて次式で表されることを提案した13)。
| (2) |

Changes in Rb/a and Rc/a in lamellar cementite as a function of isothermal holding time at 923 K. The theoretical values under Pitsch-Petch orientation relationship is also plotted as solid marks.
ここで,eij*は母相中に存在する球状第二相中に発生した初期弾性ひずみであり,τはeijがeij*の1/eになるいわゆる緩和時間である(e:自然対数の底)。さらに,彼らは弾性ひずみを緩和する効率的な機構として,母相/第二相界面での原子の界面拡散を想定した理論解析を行い,τが次式で与えられることを報告した13)。
| (3) |
μとμ*は母相と第二相の剛性率をそれぞれ示し,r,ν,DI,h,Ω,k,Tは,球状第二相の半径,母相のポアソン比,原子の界面拡散係数,界面厚さ,原子容積,ボルツマン定数,絶対温度である。セメンタイトがフェライトとほぼ同じ剛性率を有すること14)から,μ=μ*=60 GPa14)とし,ν=0.3,h=1.0 nm,Ω=8.2×10−30 m3,k=1.38×10−23 J・K−1,T=923 Kを代入する。ここで,α/θラメラ界面において鉄原子の格子対応が存在しており,鉄原子の界面拡散によって弾性ひずみが緩和されると仮定すると,セメンタイト板の板面半径がパーライトコロニー半径に相当するため,r=5.0 µmとし,DI=9.1×10−14 m2/s15)を代入することで,τ=2.3 ksと見積ることができる。パーライト鋼の降伏強度ならびにフェライト相の格子ひずみ(ミクロひずみ)が,パーライト変態後の数時間の高温保持によって十分に低下すること16)を考慮すると,この計算結果は妥当であると考えられる。ここで,Rb/aとRc/aが式(2)のようにeijと同様の時間に依存した減少関数で表せると仮定し,τ=2.3 ksとなる曲線を書き加えると(一点破線),ラメラパーライト材のRb/aとRc/aの減少挙動がこの曲線に従うことがわかる。ここで注目すべき点は,一点破線を短時間側に外挿したt=100 sにおけるRb/aとRc/aは,およそ0.046であり,Rb/a*=0.088とRc/a*=0.126とは大きく異なることである。この格子定数比の変化ならびに理論値との差は,α/θラメラ界面における鉄原子の界面拡散によってパーライト中の内部応力が徐々に緩和するものの,すでにその大半がパーライト変態中に緩和されていることを明示している。このパーライト変態中に生じる内部応力の緩和は,Zhou and Shifletが報告するようにパーライト成長界面におけるα/θ界面へのミスフィット転位や構造レッジの導入によってもたらされると考えられ,その緩和量は,導入されるミスフィット転位や構造レッジの密度に依存するであろう。そして,これらの界面緩和構造の導入が熱活性化過程であるかどうかを含めて,今回と同様の内部応力緩和挙動を種々の温度で調査し,その温度依存性を明らかにすることでパーライト変態における動的な内部応力緩和挙動の全容を解明することができると期待される。
3・2 パーライト中の局所的/巨視的な内部応力の相違3・2・1 パーライト中の内部応力に及ぼすフェライト/セメンタイト結晶方位関係の影響前節までにEBSD法を用いた局所的なセメンタイトの格子定数比を実測することにより,パーライト変態中ならびにその後の恒温保持によって,α/θ間のミスフィットに起因した内部応力が2種類の異なった緩和機構によって動的に緩和されることが明らかとなった。一方で,同一試料に対して873 Kで恒温保持中その場中性子回折実験を行い,パーライト変態直後における巨視的なセメンタイトの格子定数変化を測定した。得られたセメンタイトの格子定数を保持時間に対して整理した結果をFig.7に示す。Fig.7の結果から求められるRb/a,Rc/aとFig.5を比較すると,中性子回折法で測定した巨視的なセメンタイトの格子定数とEBSD法によって測定した局所的なセメンタイトの格子定数比には大きな差異が存在することに気付く。具体的には,中性子回折法で測定したパーライト変態完了直後の873 Kにおけるセメンタイトの格子定数は,aθ=0.5116 nm,bθ=0.6818 nm,cθ=0.4553 nmであり,抽出残渣によって測定したセメンタイトの格子定数,aθ0,bθ0,cθ0,を基準とすることで,(Rb/a,Rc/a)Neutron=(0.00297,−0.000969)となる。これに対して,前掲Fig.5のEBSDで評価し600 s保持で得られたラメラパーライト材の(Rb/a,Rc/a)EBSD=(0.03175,0.01296)であり,EBSD法で測定したセメンタイトの弾性ひずみは,中性子回折法で測定したものより明らかに大きい。EBSD法は,試料内部で回折し,試料表面に後方散乱した電子線を用いた回折法である。一般的に,試料内部に侵入する電子線の深さは100 nm以下と言われており17),自由表面での拘束力の低下に起因した応力緩和が懸念される。ただし,中性子回折法に比べてEBSD法で測定した方がセメンタイトの内部応力が大きく評価されるという実験事実は,これに反するものであり,中性子回折法とEBSD法によるセメンタイト格子定数比の差異が自由表面効果で説明できないといえる。また,フェライトとセメンタイトの線膨張係数に顕著な違いはなく14),測定温度の違いに起因した熱応力の効果も小さいと考えられる。実際,X線や中性子回折法で測定したフェライト相の半値幅は冷却前後でほとんど変化しないことが報告されている7)。その一方で,それぞれの測定手法における観察領域の違いにも注意しなければならない。EBSD法では微小領域における局所的なセメンタイトの格子定数比を測定しているのに対して,バルク全体の巨視的な回折現象を取り扱う中性子回折法では,試料内に存在する多数のセメンタイト板の平均的な格子定数を評価している。ここで,セメンタイトの格子定数変化がα/θ間のミスフィットに由来しており,これが両相間の結晶方位関係に強く依存することを考慮すると,実際のパーライト中には複数の結晶方位関係が共存することを示唆している。つまり,ラメラパーライト材における今回の測定領域(Fig.2)では,α/θ間でPitsch-Petch方位関係の成立が確認されたが,別の領域では,他の結晶方位関係が存在する可能性が考えられる。実際,別の視野でEBSD解析を行ったところ(Fig.8),前掲Fig.2と同一のラメラパーライト材であるにも関わらず,Isaichev方位関係((011)θ //(112)α,[011]θ //[110]α)の成立が確認された(図中,点線の円)。以降では,この内部応力に及ぼすα/θ結晶方位関係の影響を考察する。

Changes in lattice parameters of lamellar cementite evaluated by neutron diffractometry as a function of isothermal holding time at 873 K.

(a) Phase and (b) IPF maps of lamellar pearlite isothermally transformed at 923 K for 600 s. Sets of Pole figures of (c, d) cementite and (e, f) ferrite indicated by (A) white and (B) black points in (b), respectively, showing Isaichev orientation relationship between the lamellar ferrite and cementite. (Online version in color.)
Zhou and Shifletは,晶癖面における鉄原子の格子対応をもとに,以下の4つの結晶方位関係がパーライト中のα/θ間で成立する可能性を指摘している。
(a)Bagaryatsky方位関係18)
(010)θ //(112)α,[001]θ //[110]α,[100]θ //[111]α
(b)Isaichev方位関係19)
(011)θ //(112)α,[011]θ //[110]α,[100]θ //[111]α
(010)θ //(2 15)α,[001]θ 2.6° from [311]α,[100]θ 2.6° from [131]α
(d)Unknown
(011)θ //(2 15)α,[011]θ 2.6° from [311]α,[100]θ 2.6° from [131]α
実際,4番目の結晶方位関係(d)以外は,これまでに観察されている。これら4つの結晶方位関係が成立する場合の格子ミスフィットは,晶癖面上におけるフェライトとセメンタイトの鉄原子の二次元格子対応を幾何学的に取り扱うことで求めることが可能であり,これによって晶癖面上の2つの主ひずみε*11とε*22を算出することができる。さらに,弾性論に基づいたEshelbyの楕円体介在物理論を板状セメンタイトに適用することで,このε*11とε*22によって生じる単体のセメンタイト中の弾性ひずみを算出することができる22)。そして,セメンタイトの結晶座標系を基準とした応力状態を考えることで,完全な整合界面を形成すると仮定したときに発生する内部応力を受けたセメンタイトの理論的な格子定数,aθ*,bθ*,cθ*,をそれぞれの結晶方位関係において求めることができる。以上の手法によって算出した各結晶方位関係における,ε*11,ε*22,aθ*,bθ*,cθ*,ならびにRb/a*,Rc/a*をTable 1にまとめる。なお,これらの計算では,抽出残渣によって測定したセメンタイトの格子定数,aθ0,bθ0,cθ0,を基準とし,フェライトの格子定数はaα0=0.2867 nmを用い,両相は等方弾性体と仮定した。また,比較のためEBSD法と中性子回折法によって得られた実験値も表中に加えている。ここで,セメンタイトの各結晶軸は固有の線膨張係数を有しているがその違いはわずかであるため,各測定温度域においてこれらが格子定数比に及ぼす影響は小さいと考えられる14)。満足する結晶方位関係によって,aθ*,bθ*,cθ*は固有の値をとり,その結果,Rb/a*,Rc/a*の符号と絶対値が大きく異なることがわかる。そして,同一試料において,Pitsch-Petch方位関係だけでなく,Isaichev方位関係が共存した場合,平均値としてのセメンタイトの格子定数変化が小さくなると理解できる。以上のように,結晶方位関係に依存した格子定数の変化を考慮することで,EBSD法と中性子回折法によるセメンタイト格子定数評価の差異は定性的に説明することができるだろう。
| Orientation relationship | Temperature | ε*11/– | ε*22/– | aθ*/nm | bθ*/nm | cθ*/nm | Rb/a*/% | Rc/a*/% |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| Bagaryatsky | Room temp. (293 K) | 2.179 × 10–2 | 1.148 × 10–1 | 0.4963 | 0.7137 | 0.4001 | 8.226 | –9.503 |
| Isaichev | 9.686 × 10–4 | 2.179 × 10–2 | 0.4963 | 0.6758 | 0.4531 | 2.479 | 2.899 | |
| Pitsch-Petch | –6.174 × 10–2 | 8.664 × 10–2 | 0.4714 | 0.6814 | 0.4728 | 8.786 | 12.59 | |
| Unknown | –1.534 × 10–1 | 7.84 × 10–2 | 0.4784 | 0.73503 | 0.46226 | 17.239 | 9.9774 | |
| Method | Temperature | ε*11/– | ε*22/– | aθ*/nm | bθ*/nm | cθ*/nm | Rb/a*/% | Rc/a*/% |
| EBSD | Room temp. | N/A | N/A | (0.5090) | (0.6978) | (0.4593) | 3.175 | 1.296 |
| Neutron diffraction | 873 K | N/A | N/A | 0.5118 | 0.6818 | 0.4553 | 0.5307 | 0.1534 |
上述したように,パーライトでは,これまでにα/θ間に複数の結晶方位関係が報告されている。この際,共析鋼ではPitsch-Petch方位関係が頻繁に観察されるのに対して,亜共析鋼ではIsaichev関係,過共析鋼ではBagaryatsky関係が観察される傾向にあることから,初析フェライトならびにセメンタイトの析出が関与した核生成サイトの差異が結晶方位関係を決定すると推察されてきた23)。ただし,これらの報告は,透過型電子顕微鏡を用いた局所領域での観察結果を拠り所としており,限定的な結果と言わざるを得ない。実際,前掲Fig.2および8が示すように同一試料内でPitsch-PetchとIsaichev結晶方位関係が確認されたことを考慮すると,パーライト中ではこれらを含めた複数の結晶方位関係が共存すると考えるべきであろう。以降では,前述した(a)~(d)の4つの結晶方位関係について,その選択則を考察する。
Fig.9は,セメンタイトの標準ステレオ投影図上に,(a)Bagaryatsky,(b)Isaichev,(c)Pitsch-Petch,(d)Unknown結晶方位関係を満足する際のフェライトの(001)極点図を示している。4つの結晶方位関係のうち,(a)と(c)は(010)θ,(b)と(d)は(011)θを晶癖面とするため,両晶癖面が共有する〈100〉θを紙面法線方向とする投影図とした。これらの極点図を比較すると,(a),(b),(c),(d)は,それぞれ,2,4,8,16個のバリアントを有し,(a)は(b)と,(c)は(d)と非常に方位の近いバリアントを有することがわかる。これは,大きな結晶方位変化がなくとも,晶癖面が変わるだけで互いの結晶方位関係が遷移可能であり,パーライト中ではα/θ間の結晶方位関係が連続的に変化し得ることを示唆している。Adachiらは,シリアルセクショニング法によってパーライトの三次元構造を観察した結果,ひとつのコロニー内に存在する複数のセメンタイト板が連続してねじれていることを報告している24)。これは,パーライト内においてα/θ間の晶癖面が必ずしも限定されておらず,成長途中で変化することを明示している。

Cementite standard stereographic projections showing ferrite variants under four different orientation relationships. (a) Bagaryatsky O.R., (b) Isaichev O.R., (c) Pitsch-Petch O.R. and (d) Unknown O.R.
ここで,α/θ間において,どの結晶方位関係が成立するかについて,弾性ひずみエネルギーの寄与を考えてみよう。そこで,前述した4種類の結晶方位関係が満足する際に発生する理論的な弾性ひずみエネルギーの比較を試みた。Fig.10は,前掲Table 1で算出した主ひずみε*11とε*22を用いて,式(4)によって計算した各結晶方位関係を満足する際に発生する1モルあたりの弾性ひずみエネルギー〈E0*〉を示している5)。
| (4) |

Change in theoretical strain energy per mole in pearlite under four different orientation relationships as functions of ferrite and cementite lattice parameter ratios. (Online version in color.)
ここで,Vmはモル体積,fはセメンタイトの体積率を示し,炭素鋼において0.8%Cによって形成されるセメンタイト体積率0.12を用いた。ε*11とε*22はフェライトとセメンタイトの格子定数に依存して変化するため,それぞれの格子定数は,aθ0,bθ0,cθ0,aα0を基準として−3%~3%の範囲で変化させることで,弾性ひずみエネルギーに及ぼす両相の格子定数の影響を検討した。なお,便宜的にセメンタイトの3つの格子定数は同一割合で変化させることとした。また,晶癖面内での不変線の形成の有無25,26)を議論するため,不変線が形成されない場合(ε*11×ε*22>0)ならびに形成される場合(ε*11×ε*22<0)の計算結果を黒色と赤色でそれぞれ図示している。〈E0*〉は両相の格子定数に依存して連続的に変化し,いずれの方位関係においても,その最大値と最小値が数倍以上異なるほど格子定数依存性は大きい。そこで,この解析結果を用い,〈E0*〉が最小となる結晶方位関係の領域図をFig.11に示す。(a)は不変線形成の有無を問わず,ただ,〈E0*〉が最小となる結晶方位関係,(b)は不変線を形成するもののうち,〈E0*〉が最小となる結晶方位関係の領域図を示す。不変線を考慮しない場合(a),大部分の領域でIsaichev関係を満足するとき,〈E0*〉が最小となる。これに対して,不変線形成をα/θ間の結晶方位関係の必要条件として考慮すると(b),実験で確認されたPitsch-Petch方位関係を含め,全ての結晶方位関係が存在し得ることがわかる。とくに,フェライトまたはセメンタイトの格子定数が約0.6%増減することで,安定な結晶方位関係がPitsch-Petch関係からIsaichev関係へ遷移することは興味深い。フェライト,セメンタイトともに合金元素が固溶することで格子定数は変化する。ただし,本供試材を含めた実用鋼における合金添加量とα/θ間の合金元素分配係数を考慮すると,これほど大きな格子定数変化が生じるとは考えられない27,28)。その一方で,Table 1に示すように,内部応力によって両相の格子定数が変化することを考慮すると,内部応力による局所的な格子定数変化は,別の結晶方位関係への変遷を誘起するのかもしれない。ただし,不変線形成を必要条件とする理由は明らかではない。現象論的マルテンサイト結晶学理論に代表される不変面形成や今回の二次元平面における不変線形成は,母相と第二相の結晶構造と格子定数,ならびに格子対応や晶癖面によって幾何学的に決定されるものである。そのため,不変線の形成は異相界面における原子の化学的な結合性を反映した界面エネルギーに影響する可能性はあるものの,弾性ひずみエネルギーそのものには全く影響を及ぼさない。不変線の必要性ならびに形成の有無については更なる議論と観察を必要とするが,パーライトにおけるα/θ間の結晶方位関係の選択において,不変線を加味した弾性ひずみエネルギーの議論が重要であると考えられる。

Map of preferential orientation relationship in pearlite (a) with and (b) without lattice invariant formation as functions of ferrite and cementite lattice parameter ratios.
以上の結果は,α/θラメラ界面に構造レッジやミスフィット転位を導入することで,α/θ間のミスフィットに起因した内部応力が動的に緩和される一方,よりマクロな視点では,複数の結晶方位関係を取ることで,パーライト中の弾性ひずみエネルギーの最小化・等方化が図られている可能性を示唆している。これは,ラメラの湾曲やコロニーの形成など,パーライト変態における階層的下部組織形成機構を理解する上で重要な作用であるとともに,力学特性にも大きな影響を及ぼす現象であると推察される。今後,動的な内部応力緩和機構のより詳細な調査を進めるとともに,結晶方位関係の変遷についても詳しい研究が望まれる。
パーライト中の内部応力状態を明らかにすることを目的に,電子線後方散乱法を用いて,局所的にパーライト中のセメンタイト格子定数比を測定した。得られた結論を以下にまとめる。
(1)ラメラ状セメンタイトと球状セメンタイトでは格子定数比が大きく異なる。これはフェライト/セメンタイト間のミスフィットによって生じる弾性ひずみに由来する。
(2)フェライト/セメンタイト間のミスフィットに起因した内部応力の大半は,パーライト変態中に異相界面に導入される構造レッジやミスフィット転位によって緩和される(built-in accommodation)。そして,変態完了したパーライトを恒温保持した場合,残存する内部応力もラメラ界面における鉄原子の拡散によって緩和される(additional time-dependent diffusional relaxation)。
(3)本手法で測定された局所的なセメンタイト格子定数比の変化は,中性子回折法で測定される巨視的なものに比べて顕著に大きい。これは,パーライトにおいて,フェライト/セメンタイト間で複数の結晶方位関係が共存することに起因すると考えられる。
(4)フェライト/セメンタイト間における結晶方位関係の遷移を満足するためには,不変線形成を必要条件とした結晶方位関係の選択則が働いていると推察される。
本研究において,有益なご助言をいただいた東京工業大学 物質理工学院 教授である尾中晋先生と藤居俊之先生に深く感謝の意を表します。
また,本研究は,科学技術振興機構 研究成果展開事業 産学共創基礎基盤研究プログラム「ヘテロ構造制御」の支援で実施し,その成果の一部は,大型放射光施設SPring-8のビームラインBL28B2(課題番号:2015B1619)で実施したものである。