Tetsu-to-Hagane
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Difference in Local Deformation and Ductile Fracture Behaviors between Hard VC and Soft Cu Particle Dispersion Ferritic Steels
Toshihiro Tsuchiyama Mafuyu KogaIzumi ShimojiShu HirabayashiTakuro Masumura
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2019 Volume 105 Issue 2 Pages 182-189

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Synopsis:

Particle dispersion ferritic steels with hard VC carbide particles and that with soft Cu particles were tensile-tested for investigating the effect of particle nature (hard or soft) on plastic deformation and ductile fracture behaviors. The Cu dispersion steel exhibited a significantly larger necking deformation than the VC dispersion steel, which is due to less frequent void formation in the Cu dispersion steel. Digital image correlation (DIC) analysis for tensile-deformed specimens revealed that the plastic strain was concentrated around the VC particles in the VC steel, while that was distributed within ferrite matrix away from Cu particles in the Cu steel. As a result of high-magnification observation for the void formation in each steel, it was found that nano-sized voids were nucleated at the interface of the rigid VC particles, while they were never formed at the plastically-elongated Cu particles. Reduced stress/strain concentration at the particle interface is inferred to be occurred by the plastic deformation of soft Cu particles during the tensile deformation. This leads to the retardation of ductile fracture to the higher stress/strain regime and the superior local ductility in the Cu steel.

1. 緒言

粒子分散強化(析出強化)により鉄鋼材料を強化する場合,炭化物や窒化物など,鉄基地よりも剛性率や硬さが高い“硬質”な分散粒子が利用されるのが一般的である。一方,鉄基地中に析出して著しい析出強化をもたらすことが知られているCuは,鉄よりも剛性率が低い“軟質”な粒子である。軟質なCu粒子における転位との相互作用は硬質粒子の場合とは異なっており,強化機構についても異なる解釈がなされている。硬質粒子は転位と斥力型の相互作用を示すため,ある臨界粒子径以上であれば,転位は粒子の周りにループを形成して通過する。すなわちOrowan機構1)によって降伏応力が整理される。それに対して,軟質なCu粒子は転位に対して引力型の相互作用を示し,転位がCu粒子内部をせん断して通過するCutting機構2)で強化機構が説明されることが多い。

著者らはこれまでの研究により,硬質粒子であるVC炭化物と軟質粒子であるCu(fcc)をそれぞれ同様に分散させたフェライト鋼を用いて,引張変形挙動に及ぼす両粒子の影響について比較を行っている3)。その結果,降伏応力についてはわずかにVC鋼が高い値を示す程度であるが,その後の加工硬化については両者間で大きな差異があり,Cu鋼に比べてVC分散鋼の方が著しく高い加工硬化率を示すことを見出した。これはOrowan機構を示すVC分散鋼において転位の蓄積がより促進されたことが一因となっている。また,基地と粒子間での応力分配が本鋼の加工硬化に寄与しているとの報告もある4)

しかしながら,均一変形後の局部変形能における両鋼種間の相違については未だ十分に議論がなされていない。前報における引張試験の結果3)は,VC分散鋼よりもCu分散鋼においてより優れた局部伸びが発現することを示している。その理由として,Fe中に析出した軟質Cu粒子が母材の変形と共にそれ自身の塑性変形を生じ3,5,6),母材/粒子界面での応力集中を緩和することによってボイド生成を遅延させた機構が提案されているが,粒子サイズスケールでの組織観察はなされておらず,十分な実験的根拠は得られていない。材料の加工,とくに曲げ加工や穴広げ加工などを行う場合には加工硬化能のみならず局部伸びや絞りなど局部変形能が重要であることから,これらに及ぼす分散粒子の性質の影響を明確にすることは,学術的にも技術的にも興味深い課題である。

そこで本研究では,母相フェライトの結晶粒径ならびに分散粒子の体積率と粒子径がほぼ等しくなるように組織制御した硬質VC粒子分散鋼および軟質Cu粒子分散鋼を作製し,マクロな試験片のくびれとボイド生成の観点から両者を比較し,粒子分散鋼の局部変形および延性破壊の挙動に及ぼす分散粒子の性質の影響を検討した。さらに,引張変形に伴う粒子周りでのミクロスケールな不均一変形挙動についてDIC法(デジタルイメージ相関法)を用いた解析7)によって評価し,硬質粒子と軟質粒子がボイド生成に及ぼす影響の相違を明確化した。

2. 実験方法

硬質VC粒子分散鋼および軟質Cu粒子分散鋼として,Table 1に示す2鋼種(以後,それぞれVC鋼,Cu鋼と呼ぶ)を供試材とした。これらの鋼材を高周波真空溶解炉にてそれぞれ50 kg溶製した後,1473 Kで熱間圧延して厚さ12 mmの板材に加工した。得られた熱延板から必要な形状に試料を切り出した後,鋼種ごとに異なる熱処理を行って組織制御を行った。VC鋼については,まずオーステナイト単相域である1473 Kで1.8 ksの溶体化処理した後,水冷してマルテンサイト単一組織とした。次いでVC粒子を析出させるため873 Kで3.6 ksの焼戻しを行い,その後オーステナイトとVCの二相域である1273 Kで0.6 ks保持することでマルテンサイト基地をオーステナイトに逆変態させた後,炉冷してオーステナイトをフェライトに拡散変態させた(本試料をVC鋼と呼ぶ)。一方Cu鋼については,熱延板から切り出した試料を1173 Kで0.6 ks溶体化処理,水冷することでフェライト単相組織とした後,塩浴炉を用いて923 Kで180 ksの時効処理を行うことでCu粒子を析出させた。なお,この時効条件では,Cu析出物の構造はbcc→9R→3R8)を経て,安定構造であるfccのεCuに成長していることがわかっている5)(本試料をCu鋼と呼ぶ)。

Table 1. Chemical compositions of steels used (mass%).
CSiMnPSVCuNFe
VC steel0.1940.080.09< 0.0040.0010.940.010.005bal.
Cu steel0.0070.010.07< 0.0040.001< 0.0012.030.003bal.

得られた両試料の組織観察には光学顕微鏡ならびに電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)(ULTRA55;ZEISSおよびSIGMA500;ZEISS)を用いて行った。光顕観察用の試料についてはバフ研磨後3%ナイタル溶液による腐食を行い,SEM観察用試料についてはダイヤモンド懸濁液による湿式研磨後,コロイダルシリカによる化学研磨を施して仕上げた。なお,SEMの加速電圧は観察対象によって変化させ,とくに試料表面における微小なVCやCu粒子を観察する際には低加速電圧(2 kV)を採用した。引張特性の評価は平行部6l×3w×1.3t mmの小型試験片に対して行い,5 tonインストロン型引張試験機を用いて室温にてクロスヘッド速度0.2 mm/min(初期ひずみ速度5.6×10−4 s−1)の条件下で実施した。引張試験によって形成されたボイドの分布を調査するため,破断後の試料の破面にNiメッキを行ったのち,板状試験片の板面方向(ND)に対して垂直に切断した縦断面についてSEM観察を行った。SEM写真上で板厚方向に引いた直線上に存在する0.5 μm以上の孔をボイドと判断し,直線部の板厚減少を初期板厚(1.3 mm)で除した値(板厚減少率)をそこでのひずみに対応する値として評価を行った。一方,引張変形に伴う試料の不均一変形挙動の評価を行うため,SEM(SIGMA 500)内に装備されたその場引張試験機を用いて各試料の引張変形に伴う組織写真を取得し,デジタル画像相関法(DIC)7)により試料表面におけるひずみの分布のマッピングを行った。DIC解析には専用ソフトウェア(Vic-2D;correlated solutions社製)を使用し,サブセットサイズ51×51ピクセル,ステップ1ピクセルの条件で解析を行った。

3. 結果および考察

3・1 VC鋼およびCu鋼の組織

熱処理によってVC炭化物ならびにCu粒子を分散させた試料(VC鋼およびCu鋼)の光顕組織をFig.1(a)(b)に,それぞれのEBSD像(RD方向に対応するIPFマップ)をFig.1(c)(d)に示す。いずれの試料もほぼ等軸なフェライト粒組織を有しており,平均粒径はVC鋼(a)で18 μm,Cu鋼(b)では29 μmであった。VC鋼の平均粒径がやや小さいが,フェライト鋼のホールペッチの関係9)から結晶粒微細化強化量の差を見積もると,9 MPa程度であり降伏応力に及ぼすその影響は小さいと見なせる。またEBSD像からフェライト粒はほぼランダムな結晶方位分布を有していることから,光顕で観察される粒界の多くは大角のランダム粒界であると考えてよい。フェライト基地中に分散している各析出粒子をSEMで観察した結果をFig.2に示す。いずれの粒子もほぼ球状であり,平均粒子径はVC粒子が40 nm,Cu粒子が38 nmと測定された。体積率はCu鋼の時効処理温度である873 Kでの平衡状態に達していると仮定すれば,両粒子とも約1.4 vol%と見積もられる。先行研究3,5)においては同様の熱処理を行った各鋼についてTEMを用いて組織観察を行っているが,それとほぼ合致した結果が得られている。以上のように,本研究で用いる2種類の試料は,第二相粒子の分散状態が同様である粒子分散強化フェライト鋼であり,その違いは分散している粒子が硬質であるか軟質であるかという性質の違いだけである。観察される変形や破壊挙動の相違は,粒子の性質に起因するものであると考えて良いであろう。

Fig. 1.

Optical micrographs and IPF maps of heat-treated VC steel (a)(c) and Cu steel (b)(d).

Fig. 2.

SEM images of VC carbide particles (a) and Cu particles (b) dispersed in the VC and Cu steels, respectively.

3・2 VC鋼とCu鋼の引張変形および延性破壊挙動

前節で示したVC鋼およびCu鋼の公称応力−公称ひずみ曲線をFig.3に示す。図中の矢印は最大荷重到達点を示している。すなわちこの点までの伸びが均一伸び,この点から破断までの伸びが局部伸びと定義される。両鋼の特性の特徴としては,従来の丸棒試験片で得られた結果3)と同様に,(1)降伏応力についてはVC鋼の方がやや高い値を示すこと,しかし降伏後の変形挙動は大きく異なり,(2)VC鋼の方が顕著な加工硬化を示し,高い引張強さを有していること,(3)局部伸びや絞りについてはCu鋼の方が大きいこと,が確認される。(1)と(2)については既報にてすでに考察がなされており,粒子の性質に起因する転位との相互作用の違いによって説明されている。本研究では(3)の機構を明らかにするため,破面や局部変形部分の組織,ボイド生成の挙動に着目した。Fig.4は,引張試験終了後の試験片を縦に切断し,TD方向から観察した破面近傍の組織を示す。破断部の板厚からCu鋼では絞りが非常に大きく,組織が引張軸方向に著しく伸長していることが確認できる。延性破壊の分類としてもチゼルポイント型11)に相当するものであり,析出粒子の存在しない純鉄の延性破壊に類似していると言える。それに対してVC鋼は約30%程度の絞りで破断しており,延性的ではあるがCu鋼に比べると早期破壊を生じていると言える。破面を上部から観察したSEM像をFig.5に示す。いずれも典型的な延性破壊を示すディンプルパターンが観察されているが,ディンプルサイズを両鋼で比較すると,VC鋼(a)(b)に比べてCu鋼(c)(d)の方においてより大きなディンプルが存在する傾向にある。Cu鋼に生成したディンプルの中には,約100 μmに絞られた板厚方向を横断するような粗大なものも存在しており,破断直前の高応力状態においてもボイドの発生頻度が非常に低かったことを示唆している。

Fig. 3.

Nominal stress-strain curves of VC and Cu steels. The maximum nominal stresses (onset of local deformation) are indicated by the arrows.

Fig. 4.

Microstructure observed in the cross section of tensile-tested specimens for VC steel (a) and Cu steel (b).

Fig. 5.

SEM images of fracture surfaces of VC steel (a) and Cu steel (b).

くびれが生じた部位のマクロな形状と内部での材質変化を明らかにするため,Fig.4と同様に縦に切断した試料の断面において測定された板厚減少率(a)と硬さ(b)の分布を破面からの距離で整理した結果をFig.6に示す。板厚減少率(a)に関する両鋼の結果を比較してまず目につくのは,Fig.4でも示されたCu鋼における破断部での著しく大きな板厚減少であるが,一方で破面から内部にかけての板厚の変化から,両鋼の塑性変形挙動の差異が明確に現れている。VC鋼では試料内部に移行するにつれてなだらかに板厚減少が小さくなっていき,破面からかなり離れた約7 mm以上内部の試験片平行部においても均一変形による断面減少が生じている。これは均一変形後のくびれ変形が平行部の比較的広い範囲で生じたことを示している。しかしながらCu鋼では破面から試料内部にかけて急激な板厚減少率変化が生じており,破面から5 mm程度の深さになるとほとんど板厚減少が生じていない。すなわち十分な均一変形を生じないまま狭い領域でくびれが進行したことを意味している。これらの結果は両者の加工硬化性の相違とよく対応している。Fig.1の応力−ひずみ曲線からも明らかなように,硬質粒子を分散させたVC鋼ではCu鋼に比べて大きな加工硬化性を有している。そのため,くびれ部にひずみが集中すると加工硬化によりそこでの変形抵抗が高まり,変形領域が広範囲に伝播していったと考えられる。硬さ(b)については,各所の板厚減少率とほぼ対応して変化しているが,同一の板厚減少率で比較すると,加工硬化率が大きい分VC鋼の方が高い硬さとなっていることがわかる。しかしここで注目すべき点は,破断部でのCu鋼の硬さがVC鋼のそれを上回っていることである。この結果は,Cu鋼が大きな絞りを示す理由は単に低い強度のためだけではなく,本鋼の本質的に優れた延性に起因することを示唆している。

Fig. 6.

Changes in thickness reduction (a) and hardness (b) in the necked part of tensile-tested specimens as a function of the distance from the fractured surface.

両鋼の局部延性とボイド生成挙動との関連を明らかにするため,Fig.4で示された試料断面のSEM像からボイド数をカウントし,板厚減少率で整理した結果をFig.7に示す。なお,ここでは0.5 μm以上の孔をボイドとしてカウントしている。ただし,両鋼共に無ひずみ領域においても気孔や介在物跡と思われるボイドとは無関係な孔が存在し,それが板厚方向を貫通する1本のライン上に4個程度観察されたことから,それ以上にカウントされた孔の数を引張変形によって発生したボイドの数に対応すると見なすこととする。Fig.7の測定結果から,VC鋼では変形に伴いボイドの数が上昇し,破断直前の板厚減少0.3付近のひずみになると約20ものボイド(ボイド間隔:約50 μm)の発生が確認されている。それに対してCu鋼では全域にわたって4個以上にはボイドが増加せず,ほとんどボイドが発生しないまま破断に至ったと判断される。これは,Fig.5に示されたように破面上のディンプルが粗大で,かつその発生頻度が低かったことともよく対応している。

Fig. 7.

Relation between the number of voids (d > 0.5 µm) and thickness reduction in tensile-tested specimens.

3・3 硬質および軟質粒子に誘起される不均一変形

前節に記したミクロスケールのボイド観察の結果から,軟質なCu粒子を分散させた鋼では,硬質なVC炭化物を分散させた鋼に比べてボイドが発生し難いことが明らかとなった。つまり,硬質粒子の場合はたとえ30 nm程度の微小サイズであってもボイド発生の起点になり得るのに対し,軟質粒子はそれにならないと推察される。このことを実験的に証明するには,さらに高い倍率で組織観察を行い,引張変形に伴う粒子近傍でのナノスケールでのひずみ分布の発達や,粒子界面でのボイドの核生成挙動を明らかにする必要がある。そこで,試料表面の細部をより高分解能で観察可能な低加速電圧SEM内でのその場引張試験を行い,引張変形過程における不均一な塑性変形挙動についてナノスケールでのDIC解析による評価を試みた。Fig.8(a)および(b)は,SEM内その場引張試験により変形初期段階に当たる2.0%の引張ひずみを付与したVC鋼およびCu鋼における引張軸方向の塑性ひずみ分布(εzz)を示す。いずれの試料においても不均一な変形が生じており,周期的に現れるバンド状の変形帯が観察される。変形帯の間隔は約200 nm程度であり,粒子の分散間隔とほぼ対応する。なお,両測定領域の平均ひずみを算出すると,VC鋼(a)とCu鋼(b)でそれぞれ2.3%,1.2%となり,試験片のマクロな引張ひずみ2%と一致しない。これは本試料における不均一変形が階層性を有しており,上述のような小さな間隔の周期でのひずみ分布だけでなく,測定領域よりも大きな間隔の周期でのひずみ分布も同時に有していることを示唆している。Fig.8(a)および(b)における粒子と変形帯の位置関係に着目すると,VC鋼とCu鋼とでは全く異なった状況にあることがわかる。Fig.8(c)および(d)は,Fig.8(a)および(b)中に示した白色の直線上に沿ったひずみ分布のプロファイルを示しており,点線にて粒子の存在位置が示されている。VC鋼の場合,VC粒子周りのフェライト部にひずみが集中しており,粒子から離れたフェライト部のひずみが小さくなっている。このようなひずみ分布は,硬質な第二相が分散する鋼においては一般的に観察され,とくに硬質なマルテンサイトが分布するDP鋼7)においては,観察されたスケールは本結果と異なるものの,非常に類似したDIC解析結果が得られている。これは,優先的に降伏した軟質なフェライトと弾性変形のみを生じている硬質粒子間にひずみの不連続が生じ,その整合性を保つため界面近傍にGN転位が導入されるという説明11,12)で理解できる。それに対してCu鋼の場合,ひずみの導入傾向がVC鋼とは全く逆となり,Cu粒子周りではむしろ変形が生じず,粒子から離れたフェライト部でひずみの集中が起こっていることがわかる。この現象は,前述の界面でのひずみの不連続による考えでは説明ができず,Cu粒子が軟質であるが故の別の機構を考えるべきである。ここで注意すべき点は,軟質粒子であるCu粒子が2%の引張変形(測定領域での平均ひずみは1.2%)ではまだ降伏しておらず,弾性変形のみが生じている段階であることである。本来fcc-Cuのバルク材はFeに比べて低降伏強度であるが,粒子内に転位源が存在しない微小な空間内に転位を導入するためには高い応力を要すると考えられる。したがって,Cu粒子周りでの応力集中が緩和されたのであるならば,それはCu粒子の弾性率が低いために粒子の弾性ひずみが相対的に大きくなったことにより説明されるべきである。そこで弾性論に基づき,以下のようにまず塑性変形開始時の降伏について考える。Fig.9中の模式図のように材料中にマトリックスとは剛性率が異なる楕円状粒子が存在する場合,引張軸に対して垂直な界面に働く垂直応力(界面応力:σz)は以下のように与えられる13)

  
σz=3M{3(M+q2)+(1+5M)q}N(1)
Fig. 8.

Results of DIC analysis showing the distribution of strain (εzz) in tensile-tested specimens deformed by 2% (a) and the strain profile along the white line in the color maps (b). The broken lines indicate the positions of dispersed particles on the white lines.

Fig. 9.

Change in theoretically calculated vertical stress working at the interface between dispersed particle and matrix as a function of elastic modulus of the dispersed particle in a particle dispersion steel. The elastic modulus of matrix is set to be 200 GPa.

ここで(1)式中のN,M,Qは,それぞれ

  
N=σ/{9M(q2+1)+2(2M+8M2)q(2)
  
M=Er/Em(3)
  
Q=a/b(4)

で与えられ,ErとEmはそれぞれ粒子とマトリックスの弾性率,aとbは楕円状粒子の短軸と長軸の長さである。ここでは仮に粒子は真円状(a=b),Emはフェライト鉄の弾性率として200 GPaの値を利用する。横軸に分散粒子の弾性率,縦軸に(界面応力σz)/(材料へ負荷される平均の引張応力σ)を取って整理するとFig.9のように表される。VCの弾性率は約422 GPa14)であり鉄よりもかなり大きく,界面応力は平均の引張応力より約1.2倍高い値となる。すなわち応力集中が生じる。その結果,材料に負荷する引張応力を高めていくと,まず引張軸に垂直な界面近傍のフェライトが優先的に降伏応力に達して塑性ひずみを発生することとなる。一方,弾性率が約128 GPaと鉄より低い値を有するfcc-Cu15)の場合,界面に働く垂直応力は負荷応力よりも約0.84倍に小さくなる。つまりVC粒子の場合に比べてCu粒子では垂直界面での優先降伏は生じ難くなると考えられる。ただし実際には,測定が試料表面で行われている点や,Cu粒子では高くなると予想される粒子側面での応力の状態,表面直下での粒子分布の影響などを考慮すると,今回の考察のみでは理解できない複雑な現象が生じていると推察される。

さらに,降伏後の変形も含めた両鋼の相違を記述するには結晶塑性有限要素法などによる数値解析16)が必要になると思われるが,定性的には,引張方向に塑性変形していくフェライト中に存在する硬質VC粒子の界面では応力集中がますます高まっていくこと,また界面近傍へのGN転位の蓄積も進行していくことは想像に難くない。またCu粒子がフェライト母相と協調して塑性変形を生じるため,Cu粒子界面では応力集中やひずみ集中が生じにくい状況であることも理解できる。残念ながら高ひずみ域でのDIC解析は困難であるが,将来的には電子顕微鏡などを用いたナノスケールでのひずみ解析技術がさらに発達していくことを期待したい。

3・4 ボイドの核生成・成長に及ぼす硬質および軟質粒子の影響

Fig.10は,Fig.4で示した引張試験片の縦断面において,破面近傍に存在する各粒子の分布を低加速電圧SEMにより観察した結果を示す。VC鋼で観察されるVC粒子(a)は,引張試験後も試験前と同様に依然として球状を呈しており,塑性変形は生じていない。ここで注目すべき点は,矢印のVC粒子に示されるように,粒子界面を起点とした微小なボイド(ナノボイド)が発生していることである。これは,前掲Fig.8で示された粒子/母相界面でのひずみ蓄積がさらに進行し,界面を起点として局所的な破壊が生じた結果と考えられる。ナノボイドは引張軸に対して垂直な界面から引張軸方向に伸長する傾向にあり,そのサイズは,光顕や汎用のSEMで一般的に観察されるボイド(マイクロボイド)に比べると著しく小さい。粒子起点として核生成したこれらのナノボイドは,やがてFig.11に示されるように連結し,粗大なボイド,またはクラックへと成長していく。そして最終的にはそれが延性破壊を早める要因になると考えられる。一方Cu粒子は,Fig.10(b)に示されるように,母材の変形に伴って粒子自体も塑性変形が可能であり,変形時の粒子/母相界面での応力集中やひずみ集中が抑制されると考えられる。そのため。粒子界面を起点とするナノボイドはほとんど観察されなかった。

Fig. 10.

SEM images showing nano-voids formed at VC particles (a) and plastically-elongated Cu particles (b) observed near the fracture surface of tensile-tested specimens.

Fig. 11.

SEM images showing the connection of nano-voids in tensile-tested VC steel.

以上の観察結果から,Cu粒子分散鋼の優れた局部伸び・絞りは,軟質なCu粒子自身の優先的な弾性および塑性変形に起因した粒子近傍での応力やひずみ集中の抑制とそれによるボイド発生の抑止によると結論できよう。ただし,加工硬化性を高めるには軟質粒子の効果は不十分であるため,材料の均一変形を増大させるにはやはり硬質第二相の利用が欠かせない。従って,鋼にバランスの良い力学特性を付与するには,硬質粒子と軟質粒子をうまく併用することが有効であると考えられる。

4. 結論

同一の体積率(1.4 vol%)および同一の粒子径(直径約30 nm)を有する硬質VC炭化物粒子と軟質Cu粒子をそれぞれ分散させたVC粒子分散鋼(VC鋼)とCu粒子分散鋼(Cu鋼)について,引張変形に伴う塑性変形挙動ならびに延性破壊挙動を調査した結果,以下の結論を得た。

(1)引張試験により両鋼の引張特性を比較すると,VC鋼の方がやや高い降伏強度を有し,加工硬化も大きく高い引張強さを示す。しかし,局部伸びや絞りについてはCu鋼の方が著しく大きい。

(2)高い加工硬化率を示すVC鋼では,試験片平行部のより広範囲に絞り変形が及ぶが,加工硬化率が低いCu鋼では局所的にくびれが生じる傾向にある。ただし,破断部近傍の最大絞り部の硬さを比較すると,変形量が大きいCu鋼の方がより加工硬化し,高い硬さを有している。

(3)引張変形に伴いVC鋼では破断部近傍でボイド数が急増するが,Cu鋼ではボイドはほとんど発生しない。両鋼の局部伸びや絞りの相違はボイドの発生頻度と対応している。

(4)各粒子近傍での不均一変形を比較すると,VC鋼ではVC粒子近傍に塑性ひずみが集中するのに対して,Cu鋼ではCu粒子とは離れたフェライト部に塑性ひずみが集中する傾向が見られる。これはCu粒子が低剛性であることに起因して粒子界面での応力集中が生じ難いことに一因があると考えられる。

(5)VC鋼では,高ひずみ域で硬質なVC粒子を起点としてナノボイドが発生し,それが連結して粗大なボイドやクラックに成長していく。そしてそれが延性破壊を誘発し,早期破断の原因になると考えられる。一方Cu鋼では,軟質なCu粒子自体が母相フェライトと協調して塑性変形を起こすことにより,粒子近傍での応力・ひずみ集中を抑制し,ナノボイドの発生を抑止する効果を有する。その結果,Cu鋼では延性破壊がより高ひずみ,高応力領域まで遅延し,優れた局部変形能が発現すると考えられる。

謝辞

本研究は,JST研究成果展開事業 産学共創基礎基盤研究プログラム「ヘテロ構造制御」,ならびにJSPS科研費JP17H01333の助成を受けたものです。

文献
 
© 2019 The Iron and Steel Institute of Japan

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