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Evaluation of Zr Activity Coefficient in Molten Iron-based Alloy Through Oxygen Potential in Metal / ZrO2-containing Slag / Solid ZrO2 Multi-phase Equilibrium
Masanori Suzuki
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2019 Volume 105 Issue 3 Pages 382-388

Details
Synopsis:

Rare earth metals are generally used as a deoxidizer of molten steel due to its high reactivity with oxygen content in the steel. To produce high-grade steel by efficient steel refining, information on thermodynamic interaction between these rare earth metals and major alloying elements in molten steel are important, although these information are very limited. In the present study, activity coefficient of Zr element in molten iron-based alloy was experimentally determined through oxygen potential in gas / molten Fe-Zr alloy / ZrO2-containing molten slag / solid ZrO2 multi-phase equilibrium, measured by an solid electrolyte oxygen sensor. Solid Nb / liquid Nb2O5 phase equilibrium was used to determine the referenced oxygen potential. The ZrO2-containing liquid slag was provided on the liquid Fe-Zr alloy to achieve good wettability with the solid electrolyte oxygen sensor, so that stable electromotive force (EMF) measurement of the oxygen sensor was enabled. The slag composition was selected so as to be equilibrated with the ZrO2 cubic solid phase at the treated temperature. A quite low value of Zr activity coefficient in the molten iron was evaluated, which indicated highly attractive interaction between Fe and Zr in the liquid phase. In addition, the oxygen potential in molten Fe-Zr-Cr alloy in equilibrium with solid ZrO2 and ZrO2-containing slag was evaluated to determine the effect of Cr addition on dissolved O activity in molten Fe-Zr alloy.

1. 緒言

合金元素(Cr,Ni等)を高濃度に含む高級鋼の製造プロセスの効率化のためには,溶鉄中における合金元素と種々添加元素の熱力学的関係を明らかにする必要がある。溶鉄中では,特に脱酸元素と合金元素間の相互作用係数の情報が不足しており,製鋼工程における脱酸と介在物制御のためには上記熱力学データの供給が必須である。

溶鉄に対する脱酸元素の一つとして,本研究ではZrに注目した。他の脱酸元素として,AlやCa, Mgに対する溶鉄中活量係数や各種合金元素との相互作用係数の値は過去に多数評価されているが17),Zrを対象とした溶鉄中活量係数に対する報告はごく数例に限られる810)。また,溶鉄中におけるZrと合金元素との相互作用係数に対する情報は皆無である。一方で,Zrは合金元素の一つとしても近年用いられており,高級鋼製造のためには重要な元素であることから,新たな溶鉄中熱力学データの供給が望まれる。

Zr等の脱酸元素を対象とした溶鉄中活量係数の評価には,脱酸元素を含む溶鉄と,その脱酸元素から成る固体酸化物を平衡共存させた際の平衡酸素分圧を測定し,脱酸平衡の関係から求める手法が有効と考えられる11)。Inoue and Suitoは,CaOを添加したZrO2固体酸化物から成る坩堝中にFe-Zr合金を溶融させ,固体電解質式酸素センサーを用いて溶鉄中の酸素ポテンシャルを測定することによって,溶鉄中Zrの活量係数の評価を行っている10)。しかしながら,特に強脱酸された溶鉄は酸素センサーの固体電解質(ZrO2系が主)との濡れ性が良くない12,13)ために,溶鉄中へ酸素センサーを直接浸漬すると,酸素センサーの起電力が不安定となり,酸素ポテンシャルの正確な測定が困難になる可能性が考えられる。

本研究では,ZrO2固体酸化物と平衡共存する組成で,かつ溶鉄中Zrによって還元されることのないCaO等を構成成分とする溶融スラグを準備し,上記組成のスラグと固体ZrO2,Zrを微量に含む溶鉄の共存系において,溶融スラグへ酸素センサーを挿入することによって,系内の酸素ポテンシャルを安定に測定する方法を考案した。また,上記の方法で溶融Fe-Zr合金/ZrO2系溶融スラグ/固体ZrO2の多相平衡系における酸素ポテンシャルを測定し,溶鉄中Zr活量係数の測定を行った。また,溶融Fe-Zr合金中に溶存した酸素の活量を評価し,鉄合金中のZr濃度との対応関係(溶解度曲線)について検討した。さらに合金元素添加の影響として,Crを1 wt%含む溶融Fe-Zr-Cr合金を用いて同様の多相平衡系を形成させた際の酸素ポテンシャルを測定し,溶融Fe-Zr合金中の酸素活量に及ぼすCr添加の影響を調査した。

2. 実験方法

雰囲気制御が可能な電気炉内において,脱酸元素としてZrを微量に含む溶鉄と,固体ZrO2を平衡共存させ,固体電解質型酸素センサーによって平衡酸素分圧を測定可能な装置体系を整えた。本研究で用いた装置系の模式図をFig.1に示す。

Fig. 1.

Schematic diagram of experimental setup to achieve molten Fe-Zr alloy / ZrO2-containing molten slag / solid ZrO2 multi-phase equilibrium.

溶鉄試料(重量80 g)については,まず純鉄((株)ニラコ製,純度99.95%以上)の棒材とZr shot((株)ニラコ製,純度99.6%以上)をY2O3添加ジルコニア坩堝(ZrO2-8 mol% Y2O3)へ入れ,高周波誘導加熱炉にてArガス雰囲気(純度99.999 vol%,シリカゲルおよび過塩素酸マグネシウムによる脱水処理済み)中,1773 Kに加熱し溶融混合させることによってFe-8 mass% Zr合金を作製し,次にこれを高純度電解鉄(東邦亜鉛(株)製マイロン,純度99.99%)とAr雰囲気中で再度溶融混合することによって作製した。なお仕込み時のZr濃度は,[%Zr]=0.8~1.0 wt%の範囲であった。

また,ZrO2固体酸化物と平衡共存する液相スラグ組成設計のために,熱力学計算ソフトFactSage 6.4および酸化物系熱力学データベース14)を用いた熱力学平衡計算を行った。これは,溶鉄/固体酸化物平衡の酸素分圧測定を行う際,これら両相と平衡共存する組成の溶融スラグを共存させ,固体電解質型酸素センサーと溶融スラグの良好な濡れ性を利用して,安定した酸素センサー起電力を得るための工夫である。液相スラグの組成条件として,スラグ成分が還元されて溶鉄中に不純物として混入することのないように,Zr脱酸された雰囲気下でも還元されない成分系に絞った上で,実験温度である1873 KでZrO2固体(立方晶ジルコニア)と平衡共存する液相を形成するような組成を選択する必要がある。Fig.2に示す,ZrO2-CaO-CaF2系状態図の計算結果において,丸印で示すスラグ組成A(20.6 ZrO2-28.9 CaO-50.5 mol% CaF2)では,CaOが固溶した固体ZrO2(85 ZrO2-15 mol% CaO, cubic solid solution)と液相スラグが平衡共存することが示唆された。そこで,本研究では上記組成Aのスラグを作製し実験に用いることとした。スラグの作製手順としては,まずCaCO3粉末((株)和光,特級試薬)を空気中,1123 Kで12 h以上保持してCO2を脱離させ,固体CaOを作製した。次に溶融スラグの重量が10 gとなるように,ZrO2粉末とCaF2粉末((株)和光,一級試薬)および上記の固体CaOを粉末の状態で十分に混合し,φ20 mm×H 20 mmの圧粉体に成型した。この圧粉体を,先に作製したFe-Zr合金試料とともに,CaO添加ジルコニア(85 ZrO2-15 mol% CaO)またはY2O3添加ジルコニア(92 ZrO2-8 mol% Y2O3)製のルツボ(OD 50 mm×ID 40 mm×H 50 mm)へ入れて,電気炉内に挿入した。次いで,系内を真空に引き,Arガス(純度99.999 vol%,シリカゲルおよび過塩素酸マグネシウムによる脱水処理を施し,Mgチップを敷いた脱酸炉へ通過させた)で置換した後に,1873 Kまで昇温し溶解させた。ここで,ジルコニア製ルツボの材質として,溶融Fe-Zr合金,および溶融スラグとの平衡共存を考慮すれば,本来はCaO添加ジルコニアを使用することが相応しいが,CaO添加ジルコニアは熱衝撃によって割れやすい特徴のため,繰り返し実験に用いることが難しい。そこで,本研究ではCaO添加ジルコニアをルツボ材に用いた場合の実験に加えて,耐熱衝撃性に優れるY2O3添加ジルコニアを代替材料として用い,溶融Fe-Zr合金/溶融スラグ/固体ZrO2の多相平衡を形成させることができるか検証した。ただし,どちらの場合も,実験に供するスラグの組成は同一とした。

Fig. 2.

Predicted phase diagram of ZrO2-CaO-CaF2 system at 1873 K.

以上の手順によって,溶融Fe-Zr合金/固体ZrO2/溶融スラグの平衡共存状態を形成させ,次に酸素センサー基準極物質を封入した固体電解質ならびに試料用の電極(Mo)を上部から液相スラグへ挿入して両極間の起電力を測定し,平衡酸素分圧の測定を行った。試料極を正極,基準極を負極に設定し,固体電解質におけるイオン輸率(tion)~0.5の場合,基準極内の平衡酸素分圧(PRO2),試料極内の平衡酸素分圧(PSO2))と起電力Eの間には次の関係式が存在する。ただし,試料極−基準極間の熱起電力は考慮しないものとする。

  
E=RTFln(PO2R)1/4+(PO2*)1/4(PO2S)1/4+(PO2*)1/4(1)

ここで,Rは気体定数(8.31 J・mol−1・K−1),Tは温度[K]を表す。また,Fはファラデー定数(9.65×104 C・mol−1)である。式(1)におけるP*O2は,イオン輸率(tion)が電子伝導輸率(te)とほぼ等しくなる際の酸素分圧に対応し,固体電解質の種類によって異なる値をとる。Iwaseら15)はMgO添加部分安定化ジルコニア(91 ZrO2-9 mol% MgO)に対して,P*O2を温度Tの関数として以下のように求めた。

  
logPO2*/atm=20.406.45×104/(T/K)(2)

本研究で扱う酸素分圧はPO2~10−14 atmのオーダーであり,固体電解質がMgO添加ジルコニアの場合にはイオン輸率~0.5の条件に対応する16)。本研究では上記の式(1)を用いて,試料極に対応する,溶融Fe-Zr合金中の酸素と平衡する気相中の平衡酸素分圧(PO2Fe-alloy)の測定を行った。

酸素分圧測定に用いた酸素センサーは,MgO添加ジルコニア(91 ZrO2-9 mol% MgO)を固体電解質,Mo棒を電極,Nb(s)/Nb2O5(s)混合粉末を基準極物質として用い,次の手順によって作製した。すなわち,一端封じ型の形状を持つ固体電解質の容器へ上記の混合粉末を押し固め,Mo電極棒を挿入した後に,容器の上部をセラミック系接着剤によって密閉した。1873 KにおいてNb2O5は液体で存在し,酸素センサー内においてジルコニア固体電解質ならびに電極材と良好な電気的接触を保つために,繰り返し使用に際しても安定な起電力を得ることができる。したがって,参照極における平衡酸素分圧の導出にはNb(s)/Nb2O5(l)平衡に対する以下の熱力学データ17)を用いた。

  
45Nb(s)+O2(g)=25Nb2O5(l):ΔGo/Jmol1=687010+128.88T/K(T>1783 K)(3)

酸素センサーによる酸素分圧の測定は複数回行い,起電力の再現性を確認した。また,実験終了後に溶融Fe-Zr合金を凝固させ,鉄合金中Zr濃度をICP組成分析によって確認した。以上で得た,平衡酸素分圧と鉄合金中Zr濃度の測定結果に基づいて,溶鉄中Zr元素の活量係数の評価を行った。

溶鉄中Zr,気相中の酸素(O2),および固体ZrO2との平衡関係は式(4)のように表され,式(5)から溶融Fe-Zr合金中Zr活量を求めることができる。

  
Zr(inLiq.alloy)+O2(g)=ZrO2(s):ΔGo=753019Jmol1at1873K(4)
  
ΔG=ΔGo+RTlnaZrO2aZrPO2Fealloy=0,aZr=aZrO2PO2Fealloyexp(ΔGoRT)(5)

ここで,∆Goは式(4)の反応に対する標準自由エネルギー変化であり,本研究では熱力学計算ソフトFactSage 6.414)による推算値を用いた。また,aZrはRaoult基準の溶鉄中Zr活量である。一方,固体ZrO2(立方晶ジルコニア)はCaOまたはY2O3とZrO2の固溶体であるため,aZrO2の値を1とみなすことはできない。本研究では,固体ZrO2としてCaO添加ジルコニア(85 ZrO2-15 mol% CaO)を実験に用いた場合には,熱力学計算ソフトFactSage 6.4を用いた熱力学計算から,固溶体中のZrO2活量を求めた(aZrO2=0.764)。一方,固体ZrO2としてY2O3添加ジルコニア(92 ZrO2-8 mol% Y2O3)を用いた場合には,FactSageに含まれる最新の熱力学データベースを利用しても固溶体中ZrO2活量を求めることはできないため,ZrO2-YO1.5固溶体を理想溶体と仮定して,ZrO2活量をaZrO2=0.852とした。

次に,溶鉄と共存する気相中の酸素分圧PO2Fe-alloyと,溶鉄中の溶存酸素(O)との間に成り立つ平衡関係として,式(6)および(7)が得られる。

  
12O2(g)=[O](inFe,1wt%):ΔGOo/Jmol1=1173202.89T/K(6)
  
ΔGO=ΔGOo+RTlna'O(PO2Fealloy)1/2=0,aO=(PO2Fealloy)1/2exp(ΔGOoRT)(7)

なお,∆GoOは式(6)の反応に対する標準自由エネルギー変化8)である。また,a'Oは溶鉄を母相とする,Henry基準(1 wt%を標準状態とする)の酸素活量である。したがって,気相中酸素分圧PO2Fe-alloyの値から,式(7)により溶鉄中に溶存した酸素の活量(a'O)を求めることができる。そこで,溶鉄中に存在するZr濃度([%Zr])と酸素の活量(a'O)の関係をそれぞれ横軸および縦軸にとって図示し,過去に報告されたZr-O系溶解度曲線との比較から,本研究による実験結果の妥当性を確認した。

また,合金元素の一つとしてCrを1 wt%含む溶融Fe-Cr-Zr合金を用いてFig.1と同様の実験系を形成し(仕込み時のZr濃度:[%Zr]~0.8),溶融鉄合金と平衡する気相中の酸素分圧を測定することによって,溶鉄中[%Zr]-a'Oの関係に及ぼすCr添加の影響についても評価を行った。

3. 実験結果および考察

3・1 1873 Kにおける溶鉄中Zr活量係数(γ0Zr)の評価

Fig.3には,溶融Fe-Zr合金,固体ZrO2,ZrO2-CaO-CaF2系溶融スラグが平衡共存する系へ酸素センサーおよび試料極を挿入し,両極間の起電力を測定した結果の一例を示す。酸素センサーを予備加熱し,液相スラグ中へ挿入した直後から安定した起電力が得られた。実験毎に,得られた起電力の値から式(1)により気相中の酸素分圧PO2Fe-alloyを求め,次に式(5)から溶鉄中のZr活量(Raoult基準)aZrを求めた。さらに,実験後の鉄試料中Zr濃度を分析してモル分率(XZr)を求め,先に得られたZr活量の値をZrモル分率で除することによって,溶鉄中Zrの活量係数γZrの値を求めた。一連の結果をTable 1にまとめて示す。

Fig. 3.

Measured electromotive force (EMF) of oxygen sensor inserted to ZrO2-containing molten slag equilibrated with molten Fe-Zr alloy and solid ZrO2 at 1873 K.

Table 1. Measured oxygen partial pressure, analyzed Zr content, Raoultian Zr activity, and Zr activity coefficient in molten Fe-Zr alloy at 1873 K.
Exp.Zirconia crucible typeOxygen partial pressure,
PO2Fe-alloy/atm
Zr content, XZr ([%Zr])Raoultian Zr activity, aZrRaoultian Zr activity coefficient, γZrlnγZr
Run 1ZR8Y8.1 × 10–152.0 × 10–5
(3.0 × 10–3)
1.0 × 10–75.1 × 10–3–5.3
Run 2ZR8Y3.2 × 10–142.1 × 10–5
(3.5 × 10–3)
2.6 × 10–81.2 × 10–3–6.7
Run 3ZR8Y4.6 × 10–148.1 × 10–6
(1.3 × 10–3)
1.8 × 10–82.2 × 10–3–6.1
Run 4ZR15C7.1 × 10–145.2 × 10–5
(8.5 × 10–3)
1.1 × 10–82.0 × 10–4–8.5

溶融Fe-Zr合金を対象とした平衡実験において,仕込み時における鉄試料中のZr濃度は0.8~1.0 wt%であったが,溶鉄中Zr成分の一部が気相中の酸素と反応して酸化物を形成するために,溶鉄中に存在するZr濃度は仕込み時よりも小さいと考えられる。凝固後の鉄試料中のZrモル分率は,いずれの実験についてもXZr~10−5のオーダーであり十分小さいことから,本実験から得られた溶鉄中Zr活量係数の値は,無限希薄状態(γ0Zr)に対応するとみなすことができる。固体ZrO2としてY2O3添加ジルコニア(ZR8Y)を使用した場合(Run 1~3)には,溶鉄中Zr活量係数としてγ0Zr=(1.2~5.1)×10−3(lnγ0Zr=−6.7~−5.3)の値が得られた。一方,CaO添加ジルコニア(ZR15C)を使用した場合(Run 4)には,溶鉄中Zr活量係数の値はγ0Zr=2.0×10−4(lnγ0Zr=−8.5)となり,Y2O3添加ジルコニアを使用した場合よりも1桁低い値が得られた。Run 1~3とRun 4の間で,溶鉄中Zr活量係数の評価値に差が生じたことの要因としては,Y2O3添加ジルコニアを溶鉄保持用のルツボ材として使用した際の固溶体中ZrO2活量の値が,実際には理想溶体を仮定した場合(aZrO2=0.852)とは異なっている可能性,およびY2O3添加ジルコニア製ルツボからY成分が僅かながら還元されて溶鉄中に溶解し,Zr活量係数の値に影響を及ぼした可能性が考えられる。なお,Run 1~3の実験後の鉄試料中Y濃度の分析値は,[%Y]=2.0~9.3×10−4の範囲であり,Zr濃度の分析値よりも1桁小さい値であった。したがって,CaO添加ジルコニアを用いた場合の活量係数の評価値(lnγ0Zr=−8.5)の方が,真の値に近いと考えられる。いずれにしても,溶鉄中Zrの活量係数の値は1よりも非常に小さな値であることから,溶媒であるFeに対して溶質成分であるZrが強く引き合う関係にあることが示唆された。

無限希薄状態における溶鉄中Zr活量係数(γ0Zr at 1873 K)に対する過去の報告値として,Sigworth and Elliott8)γ0Zr=0.037 at 1873 Kと報告しているが,溶鉄中Tiの活量係数と同値であるとの仮定に基づいており,正確な評価値とは言い難い。一方,Feなどを溶媒(M)として,無限希薄溶液における溶質成分(A)の混合熱(∆H0A in M)を求める半経験式が,Miedemaらによって過去に提案されている18)。Miedemaらの半経験式によると,無限希薄溶液における溶質成分の混合熱は以下の式(8)で表される。

  
ΔH¯AinM0=e2VA2/3(nwsA)1/3+(nwsM)1/3N0P{(Δφ)2+QPΔ(nws1/3)2RP}(8)

ここで,eは電荷素量(1.609×10−19 C),N0はアボガドロ数(6.026×1023 mol−1)を表す。また,VAは成分Aに対するモル体積[m3・mol−1],nAwsは元素Aにおける電荷密度[d. u.]である。∆φは成分M,Aに対する電子の化学ポテンシャルφMφAの差を表す。PRPはそれぞれ,成分系によって異なる値を持つ定数であり,溶媒Mと溶質Aがともに遷移金属の場合にはP=0.221,RP=0である。またQPはパラメータ値であり,QP=9.4と定められている。なお,∆(n1/3ws)=(nAws)1/3−(nMws)1/3である。Miedemaらは式(8)に則って,様々な元素に対するφnwsの値を経験的な手法から求めており,それらの値を用いれば,任意の組み合わせ(M-A)に対する混合熱の値を算出することができる。そこで,本研究で得た溶鉄中Zr活量係数の妥当性を検証するための比較対象として,Miedemaの半経験式から,無限希薄状態における溶鉄中Zrの混合熱∆H0Zr in Feを求め,次に無限希薄状態における,混合熱と活量係数の関係(式(9))を用いて,無限希薄状態における溶鉄中Zr活量係数の推算を行った。

  
ΔH¯XinM0=RTlnγXinM0(9)

Miedemaらの半経験式による推算の結果からは,無限希薄状態における溶鉄中Zrの活量係数は,γZrinFe0,Miedema=3.96×10−4(lnγZrinFe0,Miedema=−7.8)at 1873 Kと求められた。したがって,Miedemaらの半経験式を用いて得られる溶鉄中Zr活量係数も,1よりも非常に小さな値であり,溶媒であるFeと溶質成分であるZrが強く引き合うことを示唆している。また,本研究で実験的に求めた溶鉄中Zr活量係数(γ0Zr)をこれと比較した結果,固体ZrO2としてCaO添加ジルコニアを用いた場合の結果(Table 1中のRun 4)の方が,Y2O3添加ジルコニアを使用した場合よりも,Miedemaらの半経験式による推算値に近いことが確かめられた。

3・2 1873 Kにおける溶融Fe-Zr合金中Zr濃度と酸素活量の関係

Table 1に示す,溶融Fe-Zr合金/ZrO2系溶融スラグ/固体ZrO2の多相平衡系に対する実験結果について,気相中の酸素分圧から式(7)を用いて求めた,溶融Fe-Zr合金中の溶存酸素の活量(a'O)と,凝固後の鉄試料におけるZr濃度([%Zr])の関係を調べ,過去に報告された溶鉄中Zr-O溶解度曲線1,10)との比較を行った。溶鉄中Zr-O間の平衡について,1873 KにおけるJSPS推奨値1),およびInoue and Suitoによる報告値10)は,式(10)~(12)に示す通りである。

  
[Zr](inFe,1wt%)+2[O](inFe,1wt%)=ZrO2(s):logK=log(a'Zra'O2)=log[%Zr]+2log[%O]+logfZr+2logfO(10)
  
JSPS1):logK=8.63,logfZr=0[%Zr]12[%O],logfO=2.1[%Zr]0.17[%O](11)
  
Suito10):logK=9.83,logfO=70[%Zr]+901[%Zr]2+10300[%Zr][%O](12)

ここで,a'ZrはHenry基準(1 wt%を標準状態とする)の溶鉄中Zr活量であり,fZrfOはそれぞれ,Henry基準,1 wt%を標準状態とする溶鉄中Zr,Oの活量係数を表す。また,式(11)および式(12)は,ともに溶媒であるFeに対して溶質成分(Zr, O)の濃度が十分に小さい場合にのみ近似的に成り立つ関係式であることに注意されたい。

Fig.4には鉄試料中Zr濃度([%Zr])を横軸に,溶存酸素の活量(a'O:Henry基準,1 wt%を標準状態とする)を縦軸にとり,両者の間の平衡関係を示した。また,JSPS1)およびInoue and Suito10)の報告による溶鉄中[%Zr]−[%O]の関係を,式(10)~(12)を用いて[%Zr]−a'Oの関係に読み替え,Fig.4中にそれぞれ図示した。本研究の実験結果(Fig.4中の黒丸)はいずれも,JSPS推奨値1)(実線)およびInoue and Suitoの報告値10)(一点鎖線)と概ね良い一致を示しており,本研究の結果が妥当であるといえる。

Fig. 4.

Relationship between Zr mass content ([%Zr]) and Henrian oxygen activity in molten Fe-Zr alloy (aO (1 mass% in Fe-alloy)) at 1873 K.

3・3 溶鉄中Zr濃度と酸素活量の関係に及ぼすCr添加の影響

溶鉄に対する合金元素としてCrを1 wt%含む溶融Fe-Cr-Zr合金を扱い,溶融Fe-Cr-Zr合金/ZrO2系溶融スラグ/固体ZrO2の多相平衡系に対して,気相中の酸素分圧を前節と同様の方法によって求め,溶存酸素の活量(a'O)を求めた。また,凝固後のFe-Cr-Zr合金試料のZr濃度分析を行った。Table 2には,溶融Fe-Cr-Zr合金中のZr濃度([%Zr]),気相中の酸素分圧,および溶存酸素の活量(a'O)の測定結果を実験毎に纏めて示す。なお,実験後のFe-Cr-Zr合金試料に対してCr濃度の分析も行い,いずれの実験においてもCr濃度が大凡1 wt%であることを確認した。仕込み時の鉄試料中のZr濃度は,Fe-Zr合金の場合とFe-Cr-Zr合金の場合でともに0.8~1 wt%と同程度であったが,実験後のFe-Cr-Zr合金中Zr濃度はFe-Zr合金中のZr濃度(Table 1に記載)よりも高い傾向であった。したがって,溶融Fe-Cr-Zr合金を実験対象とした場合には,Zrの酸化損失が抑えられたといえる。一方,溶融Fe-Cr-Zr合金と平衡する気相中の酸素分圧は,溶融Fe-Zr合金の場合とほぼ同等の値であった。

Table 2. Measured oxygen partial pressure, analyzed Zr content, and Henrian oxygen activity in molten Fe-Cr-Zr alloy at 1873 K. (Analyzed Cr content, [%Cr] = 1.05 ± 0.03 mass%)
Exp.Zirconia crucible typeOxygen partial pressure,
PO2Fe-alloy/atm
Zr mass content, [%Zr]Henrian oxygen activity, aO
Run 5ZR8Y1.9 × 10–151.1 × 10–11.2 × 10–4
Run 6ZR15C3.9 × 10–143.7 × 10–35.2 × 10–4
Run 7ZR15C2.0 × 10–149.7 × 10–23.8 × 10–4

次に,上記で得られた溶融Fe-Cr-Zr合金の場合に対する[%Zr]−a'Oの関係を,溶融Fe-Zr合金の場合と比較することによって,鉄合金中Zr濃度([%Zr])と溶存酸素の活量(a'O)の関係に及ぼす溶鉄中Cr添加の影響の評価を行った。Fig.5には溶融Fe-Cr-Zr合金,溶融Fe-Zr合金に対する[%Zr]−a'Oの関係の実験結果をそれぞれ示し(溶融Fe-Cr-Zr合金…白抜き四角,溶融Fe-Zr合金…黒丸),同時にFe-Zr系に対するJSPS推奨値1)(破線,式(10)~(11)),およびこれに溶鉄中Cr-O間相互作用助係数(eOCr=−0.052 at 1873 K,JSPS推奨値1))を考慮した溶解度曲線(実線)を示した。溶鉄中Cr-O間相互作用助係数を考慮した上で,溶融Fe-Cr-Zr合金中でもZr-O間の平衡関係が成り立つとすると,溶存酸素に対するHenry基準(1 wt%を標準状態とする)の活量係数(fO)は式(13)のように近似的に表せる。

  
logfO2.1[%Zr]0.17[%O]0.052[%Cr](13)
Fig. 5.

Effect of Cr addition in molten alloy on the relationship between Zr mass content and Henrian oxygen activity at 1873 K.

一方,溶鉄中Zr-Cr間の相互作用助係数(eCrZr)についてはこれまでに報告例がないため,簡易的にeCrZr~0とみなして溶解度曲線の計算を行った。Fig.5に示すように,式(13)を用いて算出した溶解度曲線は,[%Zr]<0.1 wt%の範囲では溶融Fe-Zr合金の場合とほぼ同じ傾向を示すが,[%Zr]≥0.1 wt%の範囲では同一のZr濃度に対して溶融Fe-Zr合金の場合よりも溶存酸素の活量(a'O)が高くなる傾向を示す。一方,本研究の溶融Fe-Cr-Zr合金に対する実験結果は,いずれも式(13)から算出される溶解度曲線によく対応することから,溶融Fe-Cr-Zr合金中の溶存酸素の活量は単に溶鉄中Cr-O間の相互作用助係数を考慮すれば実験結果をよく表せることがわかった。すなわち溶融Fe-Zr合金へCrを添加すると,Cr-O間の相互作用助係数は負の値であるために,同一の酸素濃度に対して溶鉄中酸素の活量係数が小さくなる。また式(11)に示すように,溶鉄中Zr-O間の相互作用助係数は負の値であるため,溶鉄中酸素濃度([%O])の増加は溶鉄中Zrの活量係数を減少させると考えられる。したがって,溶鉄中Zr-O間平衡条件を満たすために溶融Fe-Zr合金の場合と比べて溶存酸素の濃度が増加し,溶存酸素の活量が高くなると考えられる。

4. 結言

本研究では溶融Fe-Zr合金/ZrO2系溶融スラグ/固体ZrO2の多相平衡系において,固体電解質型酸素センサーを用いて気相中の酸素ポテンシャルを測定し,溶鉄中Zrと気相中酸素の平衡関係から,溶鉄中Zrの活量係数の評価を行った。また,Feに対する合金元素としてCrを添加した場合の酸素ポテンシャルの変化から,溶鉄の脱酸平衡に及ぼすCr添加の影響を評価した。得られた結論は以下に示す通りである。

(1)Zr元素の存在によって強脱酸された溶融Fe-Zr合金と同時に,ジルコニア固体電解質と濡れ性の良いZrO2系溶融スラグを平衡系内に介在させることによって,酸素センサー起電力を安定して測定でき,溶融Fe-Zr合金中の酸素ポテンシャルの正確な評価が可能であることがわかった。

(2)1873 Kにおいて,溶融Fe-Zr合金をZrO2系溶融スラグ,固体ZrO2と平衡共存させた場合,溶鉄中Zr元素の酸化による損失が生じる。無限希薄状態における溶鉄中のZr活量係数(Raoult基準)は,γ0Zr=2.0×10−4~5.1×10−3(lnγ0Zr=−8.5~−5.3)at 1873 Kと評価された。また,Fe-Zr合金中のZr濃度([%Zr])と溶存酸素の活量(a'O,Henry基準,ただし1 wt%を標準状態とする)の関係は,JSPSによる推奨値とよく一致した。

(3)Crを1 wt%含む溶融Fe-Cr-Zr合金とZrO2系溶融スラグ,固体ZrO2から成る多相平衡系を1873 Kにて形成させ,平衡酸素ポテンシャルの評価を行った結果,溶融Fe-Cr-Zr合金中のZr濃度は溶融Fe-Zr合金の場合よりも高い(すなわち,溶鉄中Zr元素の酸化による損失が少ない)が,一方で系内の酸素ポテンシャルは,Crを含まない溶融Fe-Zr合金の場合と同等であった。また,溶融Fe-Cr-Zr合金に対するZr濃度([%Zr])と溶存酸素の活量(a'O)の関係は,溶鉄中Zr-O間の平衡関係に加えてCr-O間相互作用助係数を考慮すると実験結果をよく表せることがわかった。

謝辞

本報告は,『高度循環製鉄に向けた鋼中遷移金属・循環元素の熱力学』研究会(一般社団法人 日本鉄鋼協会)における成果であり,ここに謝意を表します。

文献
 
© 2019 The Iron and Steel Institute of Japan

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