Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
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ISSN-L : 0021-1575
Mechanical Properties
Effect of Strain Rate on the Hydrogen Embrittlement Property of Ultra High-strength Low-alloy TRIP-aided Steel
Tomohiko Hojo Riko KikuchiHiroyuki WakiFumihito NishimuraYuko UkaiEiji Akiyama
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2019 Volume 105 Issue 4 Pages 443-451

Details
Synopsis:

The effect of strain rate on the hydrogen embrittlement property of an ultra high-strength TRIP-aided bainitic ferrite (TBF) steel with bainitic ferrite matrix was investigated to clarify the correlation between the transformation behavior of retained austenite and the hydrogen embrittlement fracture behavior of the TBF steel. Tensile tests were carried out at the strain rates between 5.56×10–6 and 2.78×10–2 /s without and with hydrogen charging. Hydrogen analysis after tensile tests was conducted by using thermal desorption spectroscopy (TDS). Fracture strain decreased with decreasing the strain rate due to the hydrogen absorption to the TBF steel although fracture strain without hydrogen charging slightly increased with decreasing the strain rate. However, it was observed that transformation behavior of retained austenite was hardly changed by the hydrogen absorption and the change in the strain rate. When tensile test was carried out to the TBF steel at the slow strain rate with hydrogen charging, fracture surface of quasi cleavage fracture containing flat facet, which was fractured transformed martensite, was obtained and the crack perpendicular to the tensile direction was observed near transformed martensite. It was considered that the decrease in the resistance to hydrogen embrittlement of the TBF steel tensile tested at the slow strain rate was attributed to the initiation of flat facet and the hydrogen concentration at the crack tip due to the hydrogen diffusion from transformed martensite during tensile testing at slow strain rate.

1. 緒言

近年,乗用車の衝突安全性の確保と軽量化による燃費向上のため,車体フレーム部材には780,および980 MPa級の高強度鋼板が積極的に用いられるようになった。さらに,一部の自動車用構造部材にはホットスタンピング1)技術を活用した1470 MPa級超高強度鋼板が適用されはじめ,超高強度鋼板への関心が高まっている。しかし,980 MPaを超える自動車用超高強度鋼板は一般の構造用鋼と同様に水素脆化の発生が懸念されており,超高強度鋼板の耐水素脆化特性に関する研究が積極的に行われている2,3)

自動車用超高強度鋼板のなかで,残留オーステナイト(γR)の変態誘起塑性(TRansformation Induced Plasticity:TRIP)4)により優れたプレス成形性,衝撃特性,および疲労特性を有する超高強度TRIP型ベイニティックフェライト鋼(TBF鋼)58)は,次世代の自動車用超高強度鋼板として期待される。さらに,TBF鋼はこれまでに,鋼中のγRの高い水素吸蔵能9)によりγRを含まないマルテンサイト鋼よりも優れた耐水素脆化特性を有すること,およびγRの変態挙動が耐水素脆化特性に影響を及ぼすこと10)が報告されている。

また,高強度鋼の耐水素脆化特性はひずみ速度に大きく影響され,ひずみ速度が小さくなると,じん性が大きく低下することが報告されている11,12)。低合金TRIP鋼のγRのひずみ誘起マルテンサイト変態挙動はひずみ速度に依存するため13),ひずみ速度によって低合金TRIP鋼の耐水素脆化特性は大きく変化することが懸念される。しかし,超高強度低合金TRIP鋼の耐水素脆化特性とγRの変態挙動,およびひずみ速度の関係を詳細に調査した研究はない。

本研究では,TBF鋼の水素脆化破壊挙動を明らかにするため,TBF鋼の耐水素脆化特性に及ぼすひずみ速度の影響,および水素脆化破壊形態を詳細に調査した。

2. 実験方法

供試鋼には,0.39C-1.47Si-1.50Mn-0.014P-0.040Al-0.0008N-0.0006O(mass%)の化学組成を有する板厚1.2 mmの冷延鋼板を用いた。この鋼板のマルテンサイト変態開始温度(MS)14)は350°Cであった。本研究では低合金TRIP鋼の水素脆化特性に及ぼす残留オーステナイトの影響,効果を明確に示すため,炭素添加量を0.4 mass%として残留オーステナイト体積率を上昇させることを試みた。この供試鋼にFig.1に示すように900°C×1200 sのオーステナイト域焼鈍後,400°C×500 sの等温変態処理を施し,母相をベイニティックフェライトとしたTRIP型ベイニティックフェライト鋼(TBF鋼)を作製した。

Fig. 1.

Heat treatment diagram of TBF steel. O.Q. represents quenching in oil.

微細組織観察はSEM(Scanning Electron Microscope)- EBSD(Electron Backscatter Diffraction)装置を用いて行った。本研究では,EBSD解析によって得られた,結晶方位を色別に表現したIPF(Inverse Pole Figure)map,体心立方格子(bcc相)と面心立方格子(fcc相)の結晶相を識別して表示したPhase map,格子回折パターンの明瞭度を表したIQ(Image Quality)map,測定点と隣接する点の方位差の大きさを表したKAM(Kernel Average Misorientation)map,回折パターンの強度を示したband contrast map,および測定点の結晶面の法線方向と特定の結晶面の法線方向の傾きの分布を示したtexture mapを用いた。EBSD解析のサンプルはアクリル樹脂に埋込後,#320,#600,#1200,#1500,#2000で湿式研磨後,3,および1 μmの多結晶ダイヤモンドスラリー,0.5,0.05 μmのアルミナ懸濁液,0.04 μmのコロイダルシリカでそれぞれ30分間研磨を行った。残留オーステナイト体積率(fγ(vol%))はCuKα線によって測定された(200)α,(211)α,(200)γ,(220)γ,(311)γ回折面ピークの積分強度により測定した15)。また,残留オーステナイト炭素濃度(Cγ(mass%))はCuKα線によって測定した(200)γ,(220)γ,および(311)γ回折ピーク角度から求めた格子定数の平均値aγ(×10−10 m)を次式16)に代入して求めた。

  
aγ=3.5780+0.0330Cγ+0.00095Mnγ+0.0056Alγ+0.0220Nγ(1)

ここで,Mnγ,Alγ,およびNγはオーステナイト中の元素濃度(mass%)を表す。Seoら17)は三次元アトムプローブトモグラフィを用いてQuench and Partitioning treated steelの添加合金元素分布を調査し,炭素濃化処理によって炭素は残留オーステナイトに濃化し,他の合金元素濃度は残留オーステナイト/マルテンサイト境界でわずかに上昇したが,残留オーステナイト中とマルテンサイト中でほとんど変化しないことを報告した。よって,本研究ではMnγ,Alγ,およびNγには便宜上,それぞれの合金元素の添加量を用いた。

水素脆化試験は標点距離50 mm,幅12.5 mm,板厚1.2 mmのJIS13B号引張試験片を用い,精密万能試験機によってクロスヘッド速度を0.02から100 mm/min(ひずみ速度5.56×10−6から2.78×10−2/s)まで変化させ,試験温度25°C,大気中で試験片に水素添加なし,および水素添加して引張試験を行った。水素脆化特性は次式(2)によって求めた水素脆化感受性(HES)により評価した。

  
HES=(1ε1/ε0)×100%(2)

ここで,ε0は水素添加しないで引張試験を行ったときの全伸び,ε1は水素添加して引張試験をしたときの全伸びを示す。引張試験片の平行部にはひずみゲージを貼付し,標点距離50 mmの位置には伸び計を装着して引張試験を行った。

引張試験片への水素チャージは陰極チャージ法により行った。水素チャージ液には3%-NaCl+3 g/L-NH4SCN水溶液を用い,電流密度1 A/m2,室温で48時間の条件で水素添加を行った。水素チャージ時間は鋼中の水素分布が一様になるのに十分な時間を選択した。なお,水素チャージ完了から引張試験開始までの時間は約15分で一定とした。

熱処理後,および引張試験後の破面近傍のTBF鋼の水素分析は四重極型質量分析計を水素検出器として用いた昇温脱離分析法(TDS:Thermal Desorption Spectrometry)により測定した。試料をチャンバー内にセットし,チャンバー内を高真空にしたあと測定を開始し,約40から500°Cまでの範囲で100°C/hの速度で試料を昇温した。拡散性水素濃度(mass ppm,以下ppmと記す)は200°C以下で放出された水素の合計をとした。なお,サンプルは引張試験後,直ちに液体窒素中に保管し,引張試験後から水素分析までの間の大気中への水素放出を防止した。

3. 実験結果

3・1 微細組織と引張特性

Fig.2にSEM-EBSD解析による熱処理後のTBF鋼のIPF map,Phase map,およびIQ mapを示す。また,Fig.3にTBF鋼のTEM観察像を示す。Fig.2のEBSD解析は50 μm×50 μmの範囲をステップサイズ0.25 μmで行った。TBF鋼は比較的転位密度の高いベイニティックフェライトラス母相を有し,γRは主にベイニティックフェライトラス境界にフィルム状に存在した。また,TBF鋼の残留オーステナイト初期体積率(fγ0)は12.5 vol%,その初期炭素濃度(Cγ0)は1.18 mass%であった。

Fig. 2.

(a) Inverse pole figure (IPF) map, (b) phase map and (c) image quality (IQ) distribution map of TBF steel. αbf and γR represent bainitic ferrite and retained austenite, and GB and PB denote prior austenite grain and packet boundaries, respectively.

Fig. 3.

Transmission electron micrograph of TBF steel. αbf and γR represent bainitic ferrite and retained austenite, respectively.

Table 1に熱処理後のTBF鋼の各ひずみ速度で引張試験を行ったときの引張特性を示す。TBF鋼の引張強さ(TS)は1187から1219 MPaの範囲にあり,耐力(YS)は792から862 MPaの範囲にあった。YSはひずみ速度によって大きな変化はなかったが,TSはひずみ速度が大きくなるにしたがってわずかに低下した。また,全伸び(TEl)は19.0から23.7%,一様伸び(UEl)は12.1から19.6%の範囲にあり,ひずみ速度が大きいほどTElUElは小さくなる傾向を示した。とくに,ひずみ速度が2.78×10−4から2.78×10−3/sに変化したとき,TEl,およびUElが大きく低下した。

Table 1. Tensile properties of TBF steel.
ε˙TSYSTElUElYRRA
5.56×10–6121986122.519.60.7133.4
2.78×10–5121184623.717.20.7036.3
2.78×10–4120086222.218.00.7236.9
2.78×10–3119385719.512.10.7233.9
2.78×10–2118779219.014.20.6731.3

ε˙ (/s): strain rate, TS (MPa): tensile strength, YS (MPa): yield strength or 0.2% proof stress, TEl (%): total elongation, UEl (%): uniform elongation, YR: yield ratio, RA (%): reduction in area.

3・2 水素脆化特性

Fig.4にTBF鋼に水素添加したとき,および水素添加していないときのひずみ速度5.56×10−6から2.78×10−2/sの公称応力−公称ひずみ線図を示す。また,ひずみ速度(ε˙)と水素添加なし,および水素添加時のTBF鋼の引張強さ(TS),耐力(YS),全伸び(TEl),および一様伸び(UEl)の関係をFig.5に示す。TBF鋼は水素添加の有無,およびひずみ速度の変化によってもYSの大きな変化はみられなかったが,水素添加した場合,TSはひずみ速度の低下にともなってわずかに低下した。また,いずれのひずみ速度でもTBF鋼のTEl,およびUElは水素添加によって低下し,その低下量はひずみ速度が小さいほど大きくなった。とくにひずみ速度が2.78×10−5,および5.56×10−6/sでは,水素添加後のTElは大幅に低下した。

Fig. 4.

Stress-Strain curves of TBF steel tensile tested at strain rates of (a) 5.56×10–6, (b) 2.78×10–5, (c) 2.78×10–4, (d) 2.78×10–3 and (e) 2.78×10–2/s without and with hydrogen. (Online version in color.)

Fig. 5.

Variations in (a) tensile strength (TS) and 0.2% proof stress (YS) and (b) total elongation (TEl) and uniform elongation (UEl) as a function of strain rate (ε˙) in TBF steel without and with hydrogen. (Online version in color.)

Fig.6に各ひずみ速度での引張試験後のTBF鋼の破面観察結果を示す。TBF鋼は水素添加していない場合,2.78×10−4/s以上のひずみ速度ではディンプル破面を示したが,ひずみ速度が2.78×10−5,および5.56×10−6/sでは,ディンプル破面と擬へき開破面が混在していた。一方,TBF鋼に水素添加後に引張試験を行うと,ひずみ速度が2.78×10−2/sでは水素添加していない場合と比較して直径の大きなディンプル破壊を発生し,ひずみ速度2.78×10−3/s以下の遅いひずみ速度では擬へき開破面が観察された。とくに,水素添加したTBF鋼にひずみ速度2.78×10−4/s以下で引張試験を行うと,擬へき開破面の中心に平坦部(flat facet)が観察された。このflat facet直下の微細組織を解析するため,破面にPt蒸着を行い,flat facetを含む破面から深さ方向に約10 μm,幅約10 μm,厚さ約50~150 nmの薄膜試験片を採取してTEM観察,およびEBSD解析を行った。その結果をFig.7に示す。Fig.7(b),および(c)では,4.7 μm×3.2 μmの範囲をステップサイズ0.05 μmでEBSD解析を行った。texture mapは測定点の結晶面の法線方向と{112}結晶面の法線方向の傾きの分布を示している。また,Fig.7(b)の赤枠はFig.7(a)のTEM像の観察領域を示している。flat facet直下の微細組織は,転位密度の高いマルテンサイト組織を有した(Fig.7(a))。さらに,flat facetを含む破面直下の結晶面の法線方向は{112}結晶面の法線方向にほぼ一致することが確認された(Fig.7(b and c))。ゆえに,擬へき開破面上のflat facetはマルテンサイトの{112}面でき裂が発生,伝播したことによって生じたと考えられた。Nagaseら18)は2000 MPa級の引張強さを有する軸受鋼SUJ2の水素脆化挙動を調査し,水素添加したγRから変態したマルテンサイトは{112}すべり面で割れが発生することを報告した。本研究においても,この報告18)と同様にγRから変態したマルテンサイトが割れて破面にflat faceが観察されたと考えられた。

Fig. 6.

Fracture surfaces of TBF steel tensile tested at several strain rates without and with hydrogen.

Fig. 7.

(a) Transmission electron micrograph (b) inverse pole figure map and (c) texture map at flat facet of TBF steel tensile tested at strain rate of 5.56×10–6/s with hydrogen. The red frame in (b) corresponds to an observed area of TEM micrograph in (a).

Fig.8にTBF鋼の引張試験後の破面近傍の縦断面観察結果を示す。ひずみ速度2.78×10−2/sでは,水素添加の有無にかかわらずボイドは旧オーステナイト粒界やベイニティックフェライトラス境界で観察された。一方,5.56×10−6,2.78×10−5,および2.78×10−4/sのひずみ速度では,水素添加なしで引張試験を行うと,ひずみ速度2.78×10−2/sの場合と同様に旧オーステナイト粒界やラス境界に多くのボイドが観察されたが,水素添加後は引張方向に対して垂直な方向に進展したき裂が確認された。

Fig. 8.

Scanning electron micrographs of cross sectional area near fracture surface of TBF steel tensile tested at strain rates of 5.56×10–6, 2.78×10–5, 2.78×10–4, 2.78×10–3 and 2.78×10–2/s without and with hydrogen. Arrows represent hydrogen assisted cracks.

さらに,水素添加したTBF鋼と水素添加していないTBF鋼のひずみ速度2.78×10−2,および5.56×10−6/sの破断部近傍の縦断面のEBSD解析によるIPF map,band contrast map,およびKAM mapをFig.9に示す。水素添加しないでひずみ速度2.78×10−2/sで引張試験をしたときのTBF鋼では,25 μm×25 μmの範囲をステップサイズ0.1 μmで,その他の引張試験条件のときは,15 μm×15 μmの範囲をステップサイズ0.07 μmでそれぞれEBSD解析を行った。TBF鋼に水素添加しない場合,2.78×10−2/s,5.56×10−6/sのいずれのひずみ速度でもボイドは引張方向に伸長し,水素添加後に引張試験をした場合にはき裂は引張方向に垂直に進展した。水素添加後に引張試験をした場合,Band contrast mapにおいてひずみ速度にかかわらずき裂先端にband contrast値の低い部分が観察された。γRがマルテンサイトに変態した場合,fcc→bccの変化によって格子定数が変化したこと,およびマルテンサイトが過飽和に炭素を固溶したことによって変態したマルテンサイトには多量の格子欠陥が導入される。そのため,EBSD解析によって変態したマルテンサイトを検出すると,band contrast値が低くなる。ゆえに,Fig.9のband contrast mapの低band contrast値の部分は変態したマルテンサイトであり,TBF鋼に水素添加して引張試験を行うと,いずれのひずみ速度でもき裂の生成サイトやき裂先端に変態したマルテンサイトが存在したと考えられた。さらに,いずれのひずみ速度でも水素添加したTBF鋼のKAM値は水素添加していない場合と比較して低い値となった。KAM mapは測定点とそれに隣接する点の結晶方位差の大きさを示している。また,KAM値は材料中の塑性ひずみ分布としてしばしば用いられている。もし,微細組織の一部に大きな塑性ひずみが生じた場合,その部分のKAM値は上昇する。よって,本研究の水素チャージしたTBF鋼は全伸びが小さく塑性ひずみ量が少なかったため,KAM値が上昇しなかったと思われる。

Fig. 9.

Inverse pole figure (IPF), band contrast and kernel average misorientation (KAM) maps of cross sectional area near fracture surface of TBF steel tensile tested at strain rates of 5.56×10–6 and 2.78×10–2/s without and with hydrogen. Arrows represent transformed martensite.

Fig.10にTBF鋼のひずみ速度(ε˙)と水素脆化感受性(HES)の関係を示す。TBF鋼のHESはひずみ速度が小さくなるにしたがって高くなり,水素脆化が顕著になった。2.78×10−3から2.78×10−4/sのひずみ速度では,水素添加していない場合には全伸びが上昇したが,水素添加後の全伸びの増加がほとんどみられなかったため,HESの上昇は緩やかになったと考えられる。

Fig. 10.

Variation in hydrogen embrittlement susceptibility (HES) as a function of strain rate (ε˙) in TBF steel.

3・3 γR変態挙動および水素放出挙動

Fig.11にTBF鋼の0~約20%の塑性ひずみを付与した後のγR体積率(fγ)と塑性ひずみ量(εp)の関係を示す。TBF鋼は0~15%の範囲では塑性ひずみ量が増加するにしたがってfγは低下し,15%以上の塑性ひずみではfγは約4 vol%でほぼ一定となった。また,本研究で用いたTBF鋼はひずみ速度,および水素添加の有無によるγRの変態挙動の大きな変化はみられなかった。

Fig. 11.

Variation in volume fraction of retained austenite (fγ) as a function of plastic strain (εp) without and with hydrogen in TBF steel.

Fig.12にTBF鋼の熱処理まま材,および引張試験後の破断部近傍の水素放出曲線を示す。熱処理ままのTBF鋼の場合,40から100°Cの範囲で水素放出ピークが現れた。一方,引張試験後のTBF鋼の水素放出ピークは,約50°Cから120°Cの範囲で確認された。Table 2Fig.12から算出した水素吸蔵量を示す。引張試験後の破断部近傍の拡散性水素量(HD)は,ひずみ速度が2.78×10−2,および5.56×10−6/sで引張試験をしたとき,ほとんど変化しなかった。一方,2.78×10−3,および2.78×10−4/sのひずみ速度のとき,拡散性水素量は減少した。2.78×10−3,および2.78×10−4/sのひずみ速度で水素放出ピークが低下したのは,引張変形によってTBF鋼中のγRが減少したこと,および引張試験中の転位の移動によって鋼中の水素が試料表面に輸送され,大気中に放出されたことに起因したと考えられる。しかし,ひずみ速度の違いによって引張試験後のTBF鋼の水素放出曲線の形状に違いがみられた原因は,本研究からは明らかとなっていない。これらのメカニズムは今後,検討が必要である。

Fig. 12.

Hydrogen evolution curves of as-heat-treated and tensile tested TBF steel near fracture region.

Table 2. Hydrogen concentrations of TBF steel.
ε˙ (/s)Hydrogen concentration (ppm)
TotalRT-200ºC200-500ºC
As-heat-treated1.371.270.10
5.56×10–61.311.200.11
2.78×10–51.891.630.26
2.78×10–40.680.440.25
2.78×10–30.850.580.26
2.78×10–21.511.260.25

4. 考察

TBF鋼の水素脆化感受性(HES)はひずみ速度が小さくなるにしたがって上昇した。さらに,5.56×10−6,および2.78×10−5/sのひずみ速度で引張試験をしたTBF鋼は90%以上の高いHESを有した(Fig.10)。Hashimoto and Latanision19)は純鉄を用いてひずみ速度を変化させて引張試験を行い,ひずみ速度が小さくなるにしたがって純鉄の伸びは低下したことを報告し,これは転位の移動にともなって水素が輸送されたことに起因したと考察した。しかしながら,本TBF鋼は水素添加後に低ひずみ速度で引張試験を行うと,全伸びが著しく低下してほとんど塑性ひずみは生じないため,転位による水素の輸送はほとんどなかったと考えられる。一方,Fig.13に示すように,ひずみ速度が小さくなるにしたがって,TBF鋼の破断までの時間は長くなって一様伸び,全伸びは低下し,TBF鋼の水素脆化の発生は,破断までの試験時間に依存することが示唆された。Momotaniら20)によると,水素チャージした低炭素マルテンサイト鋼の全伸びはひずみ速度の低下によって著しく低下したこと,そのとき,低炭素マルテンサイト鋼は粒界破壊を生じたこと,これらのことは低ひずみ速度で引張試験したときに旧γ粒界への水素の拡散,集積が起こったことに起因したと報告した。一方,本TBF鋼では,flat facetをともなった擬へき開破壊を生じたため,旧γ粒界への水素の拡散が水素脆化による破壊の主因ではなかったと思われる。また,Fig.9に示したとおり,水素添加したTBF鋼はき裂先端近傍に変態したマルテンサイトが存在した。引張試験によって水素吸蔵したγRがマルテンサイトに変態すると,fcc相とbcc相の水素固溶量の差21)から水素は変態したマルテンサイトから放出されると考えられる。さらに,水素透過試験によって測定されたTBF鋼の水素拡散係数は9.77×10−12 m2/sと見積られた。引張試験開始から破断までの間の水素の拡散距離を考慮すると,低ひずみ速度で引張試験を行った場合には引張試験時間が長くなるため引張試験中の水素の長距離の拡散が可能となったと考えられた。したがって,TBF鋼の耐水素脆化特性にひずみ速度依存性がみられたのは,ひずみ速度が小さくなるにしたがって引張試験時間が長時間となり,変態したマルテンサイトから放出された水素のき裂先端への拡散が可能となったことに起因したと考えられた。

Fig. 13.

Variations in time to fracture (tf) and total elongation (TEl) as a function of strain rate (ε˙) in TBF steel.

水素を添加したγRを有する鋼では,き裂は母相/変態したマルテンサイト界面で発生したことが報告されている22,23)。本研究では,水素添加したTBF鋼に低ひずみ速度で引張試験を行うと,擬へき開破壊と変態したマルテンサイトが起点となって発生したflat facetが観察され(Fig.6),き裂先端近傍に変態したマルテンサイトがみられた(Fig.9)。TBF鋼の水素脆化メカニズムを以下に説明する。Fig.14にTBF鋼の微細組織の模式図を示す。通常,鋼中に侵入した水素は転位上24),結晶粒界25),母相/炭化物界面26)γR,または母相/γR界面27)などにトラップされることが知られている。本研究のTBF鋼の微細組織はTRIP型複合組織鋼(TDP鋼)28),およびTRIP型焼鈍マルテンサイト鋼29)と比較して転位密度の高いベイニティックフェライトラス母相を有しており,そのベイニティックフェライトラス境界にフィルム状γRが存在した(Fig.14(a))。したがって,TBF鋼に添加した水素はおもにベイニティックフェライトラス母相内の転位上,旧γ粒界,フィルム状γR,およびベイニティックフェライトラス母相/γR界面にトラップされたと考えられる(Fig.14(b))。水素添加したTBF鋼に引張試験によって変形が付与されると,変形初期からγRがマルテンサイト変態する。このとき,変態する前のγRに多量の水素が吸蔵されていたため,変態したマルテンサイトには過飽和な水素が存在し,変態したマルテンサイトで割れが発生してflat facetが生じたと思われる(Figs.7 and 14(c))。さらに,き裂先端には,応力集中によって応力場が存在するため,低ひずみ速度で引張試験を行うと,ベイニティックフェライト母相にトラップされていた水素や引張試験中に変態したマルテンサイトから放出された水素がflat facetで生じたき裂先端に拡散(応力誘起水素拡散)してき裂の進展を促進し,TBF鋼の水素脆化の発生を加速したと考えられる(Fig.14(d))。ゆえに,水素添加後に低ひずみ速度で引張試験を行ったTBF鋼は顕著に水素脆化感受性が上昇したと予想される。一方,水素添加したTBF鋼に高ひずみ速度で引張試験を行った場合,水素吸蔵したγRのマルテンサイト変態に付随してflat facetが発生したかもしれないが,水素が拡散するよりも前に引張試験が終了するため,き裂先端への水素拡散,および集積は発生せず,き裂の進展は抑制されたものと思われる。よって,高ひずみ速度で引張試験を行ったTBF鋼は低い水素脆化感受性を示したと考えられた。

Fig. 14.

Illustrations of hydrogen embrittlement fracture mechanism of TBF steel. They are microstructure of TBF steel (a) as-heat-treated, (b) after hydrogen charging, (c) at initiation of flat facet and (d) just before fracture. γR, αbf and αm represent retained austenite, bainitic ferrite and martensite, respectively.

5. 結言

TRIP型ベイニティックフェライト鋼(TBF鋼)板の水素脆化挙動を明らかにするため,TBF鋼板の耐水素脆化特性に及ぼすひずみ速度の影響を調査した。得られた結果を以下にまとめた。

(1)水素添加しない場合,TBF鋼はひずみ速度が大きくなるしたがって全伸びは小さくなった。また,水素添加したTBF鋼はひずみ速度が小さくなるにしたがって全伸びは小さくなった。

(2)TBF鋼はひずみ速度が上昇するにしたがって水素脆化感受性は低くなった。

(3)残留オーステナイトのマルテンサイト変態挙動は,水素添加の有無,およびひずみ速度のいずれにも依存しなかった。

(4)水素添加したTBF鋼に低ひずみ速度で引張試験を行うと,flat facetをともなった擬へき開破壊を生じた。これは,変態したマルテンサイト中に過飽和な水素が存在することによって変態したマルテンサイトに割れが発生したことに起因したと考えられた。さらに,き裂は引張方向に垂直に進展したことが観察された。これは,低ひずみ速度引張試験中にベイニティックフェライト母相,および変態したマルテンサイトからき裂先端に水素が拡散,トラップされてき裂先端の水素濃度が上昇したためと考えられる。以上のことから,低ひずみ速度で引張試験を行ったTBF鋼の水素脆化感受性が上昇したと結論付けられる。

謝辞

本研究の一部は,公益財団法人JFE21世紀財団の2015年度技術研究助成によって行われた。ここに深く感謝申し上げる。

文献
 
© 2019 The Iron and Steel Institute of Japan

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