Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
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New Materials and Processes
Long-term Alkali Elution Behavior from Steelmaking Slag into Seawater by an Open Channel Vessel
Yamato MatsudaRyo TanakaTakahiro OkunoMd. Azhar UddinYoshiei Kato Katsunori TakahashiEiji Kiso
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2019 Volume 105 Issue 4 Pages 471-478

Details
Synopsis:

Steelmaking slag has been used in the coastal area for the purpose of the environmental improvement. Short-term alkali elution behavior induced by free CaO in the steelmaking slag was investigated by a batch and continuous vessel. In this study, long-term alkali elution experiments were done in an open channel vessel with a slag box to make clear the decreasing mechanism of the alkali elution from steelmaking slag into seawater. The experimental period was 44 d (1056 h). The pH values increased just in the beginning of the experiment, and then gradually decreased in about 100 min. They showed almost the same value as that of seawater in 1200 min. As the experimental time passed, the white deposits on the steelmaking slag layer, which were composed of Mg[OH]2 and CaCO3, spread to the lower slag zone in the slag box. The white deposit zone of larger slag size was more rapidly diffused downward than that of smaller one due to larger voidage in the slag layer. While carrying out the batch test with the used slag by the long-term experiment, the alkali elution rate of slag layer on the open channel flow was 0.03-0.11 times decreased compared with the unused slag, whereas that of the lower positioned slag layer was 0.10-0.38 times decreased. From these results, it was found that the alkali elution rate was reduced by the white deposit on the steelmaking slag.

1. 緒言

最近,製鋼スラグを用いた製品の海域利用への用途が注目を集めている。例えば,鉄分やケイ素等のミネラルの溶出による藻場基盤材16)としての利用や底泥中硫化物の抑制材7,8),軟弱な浚渫土との混合固化による強度発現材9)などである。

しかし,海域利用に際して製鋼スラグ中のCaOの一部はフリーCaOとして単独で存在し,水と反応してCaO+H2O→Ca(OH)2のように水酸化カルシウム(Ca(OH)2)となり,これがさらにCa(OH)2→Ca2++2OHのようにCa2+とOHとして海水中に溶解することで,海水成分による緩衝効果があるものの1012),アルカリ性を呈することがある。さらに,OHはpHが高くなると海水中のMg2+とMg2++2OH→Mg(OH)2のように反応して水酸化マグネシウム(Mg(OH)2)として析出するために海水が白濁する場合もある。したがって,実海域利用時にはスラグのアルカリ溶出挙動を慎重に把握する必要があり,その一環として最近,鉄鋼スラグ製品のpH試験法の試案が公開された13,14)

一方,製鋼スラグからのアルカリ溶出挙動に関する基礎的な検討が種々の装置を用いてなされてきた。Tamakiら15)は人工海水を用いて回分式インペラー撹拌実験を行い,アルカリ溶出速度がインペラー回転数,すなわち液流速の0.33乗に比例して増加することを示し,Takeuchiら16)は連続槽型撹拌容器を用いて実海水で実験を行い,回分実験結果も包含したアルカリ溶出速度と操作要因の関係を無次元式にまとめた。さらに,Takeuchiら17)は,海底に堆積したスラグからのアルカリ溶出挙動を模擬すべく,2種類の開水路実験装置を用いて実海水でアルカリ溶出挙動を調べ,スラグ層厚みが大きい場合やスラグ粒径が小さい場合にはそれらに影響されスラグ層下部のアルカリ溶出が抑制されることにより,アルカリ溶出速度が上記無次元式に比べて低下するという知見を得た。しかし,これらは実験開始から60-120 minまでの結果であり,Miyazakiら18),Kanayamaら19)が行った人工海水によるアルカリ溶出の開水路実験でも実験継続時間は60 minにとどまっている。すなわち,長時間にわたるアルカリ溶出速度に関する知見は必ずしも得られているとは言えない。スラグからのアルカリ溶出量は時間とともに低下すると考えられるので,長時間にわたるアルカリ溶出速度の低減とそのメカニズムについてはスラグの海域利用を図るうえで重要な知見となりうる。

そこで,本研究では製鋼スラグからの長時間アルカリ溶出挙動を速度論的に解析するとともに,スラグ表面挙動の観察から溶出減少機構を明らかにすることを目的として,開水路式実験装置を用いて44日間(1056 h)にわたる長時間実験を行った。実験では,pHの空間分布を逐次測定することによってスラグからのアルカリ溶出速度の推移を求めるとともに,実験終了後のスラグ表面の付着物や実験中のスラグ層内海水のMg2+,Ca2+濃度分布を調べ,アルカリ溶出速度の変化に及ぼすスラグ表面変化の影響を明らかにした。さらに,長時間アルカリ溶出実験終了後のスラグ層内各部のスラグを用いて再度アルカリ溶出に関する回分実験を行い,未使用スラグの場合と比較した。

2. 実験方法

2・1 開水路装置による長時間実験

実験に用いた開水路実験装置をFig.1に示す。長さ1.00 m,幅0.12 m,高さ0.30 mのアクリル製容器で,海水の流れを層流の一様流に保つために流入側と流出側に整流板を設置した。岡山大学理学部附属牛窓臨海実験所(岡山県瀬戸内市牛窓町)施設の実海水を用いた。天候や季節によって海水成分が変化する可能性があるが,成分調整等はせずに砂ろ過を行った状態で使用した。海水供給流量は,開水路容器より高い位置にオーバーフロー状態の予備容器を設置することによって常に一定に保ち,容器内の水位は0.20 mとした。また,容器底部中央下部に縦0.15 m,横0.10 mで深さ0.50 mのスラグボックスを配置した。実験は以下の手順で開始した。スラグをスラグボックスに充填後,海水を入口側の配管から注水し,スラグボックスに海水を満たした後,蓋をした。水位が0.2 mに達した時排水パイプのバルブを調節し,給水量と排水量を等しく保ち,蓋を開けた時点を実験開始とした。スラグボックスに蓋をして再度開くまでの時間は約10 minとした。Fig.1のように,スラグボックス中央を原点として長さ,幅,高さ方向をそれぞれx,y,zとした時,(x,y,z)がA(−0.20,0,0.02),B(0.075,0,0.02)およびC(0.30,0,z)で高さ方向にz=0.02,0.05,0.10,0.15,0.18 mの位置でpH計(東亜ディーケーケー(株),MM60-R)を用いて,pHを測定した。実験は1056 h(44 d)連続して行ったが,456 h後にスラグボックスで0.05 mごとに設置したサンプリング孔から間隙水10×10−6 m3を採取し,MgおよびCa濃度分布を測定した。また,実験終了後の使用後のスラグをスラグボックスの各層ごとに分けて採取し,各層のスラグ断面を電子線マイクロアナライザー(Electron Probe Micro Analyzer:EPMA)(日本電子(株),JXA-8100)およびX線回折法(X-ray Diffraction:XRD)((株)リガク,RINT-RAPID II-R)を用いて観察した。なお,Fig.1中(0,0,z)および(0.3,0,z)の位置での高さ方向zの流速を電磁流速計((株)ケネック,VM-1001)で測定し,ほぼ0.02 m/sの一様流となることを確認した。

Fig. 1.

Schematic diagram of an open channel vessel with slag box. (Online version in color.)

2・2 実験に用いたスラグ

実験に使用したスラグの概観をFig.2に,粒径範囲と平均粒径をTable 1に,化学組成をTable 2に示す。同じロットのスラグを粉砕して粒径別に小分けした(スラグ1,スラグ2)。スラグ中のフリーCaOは4 mass%台である。球状を仮定したスラグの平均粒径〈d〉(m)は,スラグ個数nslag(−),質量wslag(kg)を測定して得られた値を用い,ρをスラグ密度(kg/m3)として式(1)によって算出した15)

  
d=(6wslagρπnslag)13(1)
Fig. 2.

Slag samples used for the experiment.

Table 1. Slag size used for the experiment.
Diameter range, d (10–2 m)Average diameter <d> (10–2 m)
Slag 11.2-3.01.67
Slag 20.95-1.21.13
Table 2. Chemical composition of slag used for the experiment. (unit: mass%)
T.FeSiO2MnOP2O5Al2O3CaOf.CaOMgO
Slag 120.814.31.92.12.942.64.26.1
Slag 221.813.71.91.93.342.94.66.2

2・3 使用後スラグを用いた回分実験

長期実験終了後のスラグボックス内のスラグをFig.3のように10層に分け,そのうちのI,III,V,VIII,Xの位置のスラグを用いて回分実験を行った。実験条件をTable 3に示す。円筒容器は内径0.16 mのアクリル製で,スラグ充填後に海水を注水し攪拌翼(長さ0.075 m)で海水を回転させた。回転速度は0.83 s−1一定,液固比も10×10−3 m3/kg一定とした。スラグ量およびスラグ層厚みはそれぞれ0.5 kg,0.02 mである。攪拌装置の攪拌翼の設置高さはスラグ上面と海水表面の距離0.25 mの中間になるように固定し,pH計先端も同じ高さで容器と攪拌装置に接触しない位置に固定した。

Fig. 3.

Slag sampling position used for the batch experiment. (Online version in color.)

Table 3. Experimental conditions of the batch test.
Slag position in Fig.3I, III, V, VIII, X
Seawater volume (10–3 m3)5.0
Mass of slag (kg)0.50
Raito of liquid to solid (10–3 m3/kg)10
Slag layer depth (10–2 m)2.0
Inner diameter of vessel (m)0.16
Rotation speed of impeller (s–1)0.83
Measurement time (h)6

3. 実験結果と考察

3・1 開水路流れでの長時間実験

3・1・1 開水路内各部のpH推移

スラグ1を用いた場合の開水路装置各部位でのpHの経時変化をFig.4に示す。測定した各部位のうち,Aは2・1節で示したように(x,y,z)=(−0.2,0,0.02)とスラグ溶出の影響を受けない場所であり,海水のpHを示す。Bは(0.075,0,0.02)とスラグ部より下流側にあるので,スラグからのアルカリ溶出を受ける地点であり,CはBより下流側で(0.30,0,z),z=0.02,0.05,0.10,0.15,0.18の各点である。Fig.4からわかるように,海水を示すAでのpHは実験開始時に7.93,10000 min(167 h)経過では8.05と微増したが,これは海水pHが増加傾向を示す秋から冬20)にかけて本実験を行ったことによる。一方,BおよびCの各部位でのpHは実験開始後急激に上昇した後減少し,安定するまでおよそ100 min程度必要とした。また,1000 min(16.7 h)以降のBのpHは実験終了の1056 h(44 d)まで7.9-8.2の範囲を示し,Aとほぼ一致した。実験開始直後のpH上昇は,スラグからのアルカリ溶出速度が測定開始直後に大きいのに加えて,測定開始として蓋を開くまでの間にスラグボックス内でスラグから海水中へアルカリ溶出が生じ,蓋を開くとともに海水中に蓄積したアルカリ分が開水路部に流出したためと考えられる。また,Cの各部位では高さzが大きくなるほどpH値は低下した。これはスラグボックスのスラグ上面をアルカリ発生源として,下流部においても上方まで拡散が進まなかったためと考えられる。これらのpHの変動推移はFig.5に示すようにスラグ2の場合もほぼ同様となったが,測定開始後100 min程度までの海水pHに対するC点各位置でのpH上昇量が低くなった理由は,スラグ2の粒径はより小さいためスラグボックス内の空隙率が低く,開放後のアルカリ溶出量が小さくなったことに加えて,蓋閉時にスラグボックス内の海水中に蓄積したアルカリ分が蓋開放によって流出する量もスラグ1より小さいためと思われる。また,Fig.5においてAで示される海水pHがほぼ一定値を示したが,これは実験を冬に行ったからである。

Fig. 4.

Temporal change in pH of seawater at various positions (Slag 1).

Fig. 5.

Temporal change in pH of seawater at various positions (Slag 2).

3・1・2 アルカリ溶出速度の推移

Tamakiら15)は,スラグからのアルカリ溶出速度がスラグ−海水間の物質移動に律速されるものの,スラグ表面で海水と反応したCa2+の飽和濃度がバルク海水中のCa2+濃度に比べて著しく大きいことから,Ca2+濃度ひいてはOH濃度に依存せず式(2)で整理されることを示した。

  
d(V[OH])/dt=ka[OH]e(2)

ここで,Vはスラグボックス内の海水量(m3),[OH]と[OH]eはそれぞれOH濃度(kg/m3)とCa(OH)2の溶解度積から算出される飽和OH濃度(kg/m3),kは[OH]の物質移動係数(m/s),aはスラグ−海水間の界面積(m2)である。一方,スラグボックスから開水路に放出されたアルカリは一様流を拡散しながら下流に向かうため,アルカリ溶出速度は,Cの各点を含む断面でのpHの測定結果を用いて次式で近似的に把握できる17)

  
d(V[OH])/dt=i=15uSi([OH]i[OH]0)(3)

ここで,uは一様流の流速(=0.02 m/s),SiFig.6で示されるCの各点iを含む断面の面積(m2)であり,[OH]iFig.6の測定点におけるpH値から算出される[OH],[OH]0は海水の[OH]である。aをスラグの全表面積とすれば,式(2),(3)から物質移動速度定数,k (m/s)が求まる。

Fig. 6.

Representative area of sampling position (unit of figure: 10–2 m). (Online version in color.)

さらにTakeuchiら17)は,スラグ層が厚い場合やスラグ粒径が小さい場合などは海水の入れ替わりが不十分となり,スラグ全面から均等にアルカリ溶出が生じる場合に求めた関係式16)

  
k=2.9×108u0.35(4)

に比べて低い値を取ることを示した。式(4)の関係を本実験条件に当てはめれば,u=0.02 m/sなので,kは7.4×10−9 m/sと計算される。一方,スラグ層厚0.5 mと厚く,粒径1.67×10−2 mのスラグ1および粒径1.13×10−2 mとなるスラグ2の見かけの物質移動係数,keff,0(m/s)はそれぞれ2.0×10−9,1.1×10−9 m/sとなった17)。このように,keff,0kより低い値をとるのは式(2)においてaをスラグの全表面積とするからである。

見かけの物質移動係数,keffkeff,0で正規化した値の経時変化をFig.7に示す。120-200 minでkeff/keff,0が1近くを示すのは,Takeuchiら17)が測定した時間に近いデータのためである。見かけの物質移動係数はスラグ1,2ともにおおよそ一つの曲線で表され,時間とともに低下して,1200 min頃以降はほぼ0となった。一方,見かけの物質移動係数,keff,0が時間によって変化しないと考えると,その時の界面積,aeff,0で正規化した各時間の界面積,aeff/aeff,0は時間とともに低下すると解釈できる。

Fig. 7.

Temporal change in normalized keff.

3・2 スラグ層内の観察

3・2・1 スラグ表面性状の推移

スラグボックス内のスラグ表面の変化の様子をスラグ1と2で対比させてFig.8に示す。スラグ1および2の両方とも,白い析出物が形成され,時間の経過とともに下層にひろがった。また,同一時間においては粒径の大きいスラグ1の方が析出物の下方への広がりが早かった。実験終了時の1056 h経過後においてスラグ1は0.40-0.45 m下方まで,スラグ2は0.15-0.20 m下方まで達していた。

Fig. 8.

Temporal change in slag surface in slag box. (Online version in color.)

実験終了後(1056 h経過後)のスラグ1のEPMA分析を,Fig.3に示すI,V,X層に対して行った。Fig.9に各スラグサンプルの測定箇所を,Fig.10にEPMA元素マッピングをそれぞれ示す。まずスラグ層Iについて,Fig.8の外観写真からわかるように白い析出物がさほど見られなかったが,EPMA解析ではCaについてスラグ内部に比べて表面近傍の強度が弱く,Mgでは逆に若干高くなった。Caが表面で少なくなったのは,Ca化合物の溶出が進行したためと推定されるものの,鉱物相が異なる可能性もあり,3・3節で再度検討する。スラグ層Vについては,スラグ表面にMg,Oが多く分布しているのに対してCaは逆に少なくなっていることと,Fig.11に示すスラグ層V表層部のXRD解析でCaCO3とともにMg(OH)2のピークが見られたことから,スラグ表面の白い析出物の主体は,海水中のMg2+とOHの溶出によって生じた水酸化マグネシウムであり,一部溶出したCa2+と海水中のCO32−の反応によって生じた海水中の炭酸カルシウムが存在するという形態であるといえる21)。これがスラグ表層を覆うことにより,スラグ内に残存するフリーCaOのさらなる溶解を抑制していると考えられる。またスラグ層Xについては,Fig.8の外観写真からわかるようにスラグ表層に析出物がさほど見られなかったが,EPMA解析結果から表層部のCa層は内部に比べて低強度を示し,Mgはスラグ表層と内部の両方とも低強度を示した。スラグ層V表層では内部に比べてMgが多く観察されたことを考えると,白い析出物形成にはMgが主に関わっていることがわかる。スラグ層Vの表層でMgが少ない理由は次節で考察する。

Fig. 9.

EPMA points for each slag surface in slag layer (Slag 1). (Online version in color.)

Fig. 10.

EPMA mapping for Ca, Mg and O (Slag 1). (Online version in color.)

Fig. 11.

XRD of slag layer V in slag box.

なお,スラグ2の各部についてのEPMA分析は行っていないが,開水路流れに接するスラグ層I,白い析出物がある領域およびその下の析出物層の広がりが認められない層それぞれについて,スラグ1のEPMA分析結果と同様な現象が生じていると推察される。

3・2・2 スラグボックス内海水のCaおよびMg濃度分布

実験開始から456時間後にスラグボックス内各部から採取した海水中のCa,Mg濃度の測定結果をFig.12に示す。Table 1中のスラグ2を用いた。Fig.8のスラグ表面性状からわかるように,456 h経過後のスラグ2ではスラグ深さhdが0から0.10-0.15 m程度までは白い析出物層が存在するが,それより下部では存在しない。海水中のCa2+,Mg2+はそれぞれ0.40,1.27 g/kg−海水であり22),析出物存在層内の海水ではおおよそ海水と等しい濃度となった。しかし,スラグボックス下部のhd=0.45 mではMg2+が枯渇しており,析出物存在層境界(hd=0.10-0.15 m)から減少が始まっていることがわかる。海水がスラグ下部に浸透するにつれてスラグ表面でMg(OH)2の層が析出するので,Mg2+が減少するものと思われる。このような関係は白い析出物層が存在するスラグ1でも同様の傾向を示すと考えられるが,スラグ1の方がスラグ2より平均粒径が大きく,スラグボックス内の空隙率も大きいため,海水の入れ替わりが相対的に早くなり,海水からのMg2+が到達しやすくなって,Mg(OH)2の析出層の拡大速度が高くなる。また,Fig.12において,Ca2+濃度はスラグ層下部になるほど大きな値を示した。これはスラグ中のフリーCaOが溶解していることを示しているが,Ca(OH)2の水への溶解度は298 Kで0.129 g/g−水23)となることからCa2+の飽和濃度は700 mg/Lであり,測定値がそれより大きいのはCaCO3等の微細析出物も測定しているためと思われる。

Fig. 12.

Ca and Mg concentrations profile to slag layer.

3・3 長時間実験後のスラグによる回分実験

使用後のスラグのスラグ層各部位と未使用スラグを用いて回分実験を行った。pHの経時変化をFig.13に示す。未使用スラグは長時間実験後のスラグと比較して,pHの上昇速度が大きかった。また,開水路流れに接しているスラグ層Iでは,スラグ1,2ともに他のスラグ層または未使用スラグと比べて最も低いpHを示した。白い析出物が付着したスラグ層III,V,VIIIと部分的に付着したXのpH上昇速度に大きな変化は生じなかった。図示していないが,スラグ2の場合もスラグ層IIIとスラグ層V,VIII,X間でpHの上昇挙動にスラグ1の傾向と場合との変化はほとんどみられなかった。

Fig. 13.

Temporal change in pH of each slag layer with unused slag.

pHの経時変化を[OH]に置き換え,実験初期の傾きから式(2)によってkを求め15),未使用スラグのk(=k0)で正規化したグラフをスラグ層深さに対してFig.14に示す。なお,未使用スラグのk0は,スラグ1の場合7.06×10−9 m/s,スラグ2の場合6.39×10−9 m/sとなった。本回分実験においては,スラグ層深さがTable 3に示すように0.02 mと浅く,スラグ1,2ともに,スラグ全面からアルカリ溶出が生じる条件である17)。図から未使用スラグと比べ長時間実験に使用したスラグのk値は小さい値を示し,スラグ層Iのスラグ1は未使用スラグの0.03倍と最も小さく,それより深いスラグ層のスラグでも0.10-0.19倍となった。スラグ2の場合もスラグ層Iは未使用スラグの0.11倍と最も小さい値を示したが,それ以外の層では0.24-0.38倍とスラグ1の場合に比べて大きな値を示した。また,スラグ2では析出物層内のhd=0.15 mのkに比べてそれより下方の析出物が存在しない層のkは若干上昇傾向を示した。析出物層によるアルカリ溶出抑制効果が少ないためと思われる。一方,開水路流れに接するスラグ層I(hd=0.05 m)の部位はスラグ1,2ともに白い析出層がまだらに存在する程度だったが,最もアルカリ溶出量が小さかった。2種類のスラグで同一傾向を示すことから,Ca化合物の溶出が進行してアルカリ溶出が抑制されたことによると思われる。

Fig. 14.

Comparison of normalized mass transfer coefficient of used slags with that of unused slag.

なお,開水路流れへのアルカリ溶出はFig.7に示すように1200 min(20 h)以降観察されなかったが,1056 h実験後のスラグを用いて回分実験を行った場合,未使用スラグの0.03-0.38倍のアルカリ溶出が観察された。長時間実験後のスラグのハンドリング時に表層の析出物がはがれるなどしたためと考えられる。

以上のように,本研究では製鋼スラグから海水中へのアルカリ溶出挙動の推移を長時間にわたって調べ,堆積したスラグ層表面へのMg(OH)2やCaCO3の析出によってアルカリ溶出速度が減少していくこと,長時間溶出実験で海水流れと接した部分のスラグは回分実験において未使用スラグに比べ約1割以下の溶出速度に減少することが分かった。

4. 結言

開水路容器を用いて,製鋼スラグから海水中への長時間アルカリ溶出挙動を速度論的に検討するとともにスラグ表面の変化を観察し,以下の知見を得た。

(1)実験開始直後に開水路内のpHは上昇したが,安定した100 min以降は徐々に低下し,実験開始1200 min後以降は実海水とほぼ等しい値を示した。

(2)時間の経過とともに,スラグ層上部からMg[OH]2とCaCO3からなる白い析出物層が下層に拡がった。拡大速度はスラグ粒径が大きい場合の方が早かった。しかし,開水路流れと接するスラグ層最上部では析出物はまだら状に見られた。

(3)開水路下流のpH値が実績値と等しい456 hでのスラグ層内の海水中のMg2+,Ca2+は白い析出物が見られる領域では海水成分濃度とほぼ等しく,それより下層ではMg2+が低下し,Ca2+は上昇した。

(4)1056 h経過後のスラグをスラグ層ごとに取り出してアルカリ溶出速度に関する回分実験を行ったところ,開水路流れに接しているスラグ層のスラグは未使用スラグの0.03-0.11倍に低下し,それより下層でも0.10-0.38倍に低下した。

謝辞

本研究は,鐵鋼スラグ協会および岡山大学理学部附属牛窓臨海実験所の協力によって行われた。関係各位に謝意を表します。

文献
 
© 2019 The Iron and Steel Institute of Japan

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