Tetsu-to-Hagane
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ISSN-L : 0021-1575
Mechanical Properties
Roles of Solute C and Grain Boundary in Strain Aging Behaviour of Fine-grained Ultra-low Carbon Steel Sheets
Yoshihiko Ono Yoshimasa FunakawaKaneharu OkudaKazuhiro SetoNaoki EbisawaKoji InoueYasuyoshi Nagai
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2019 Volume 105 Issue 4 Pages 452-461

Details
Synopsis:

The roles of solute C and the grain boundary in the strain aging phenomenon of polycrystalline ferritic steel were investigated using Nb-bearing ULC steel sheets with a relatively low solute C content of 1-3 mass ppm and ferrite grain sizes of 9.5 μm and 183 μm at aging temperatures from 70 to 400ºC. The steels exhibited two definite hardening stages. The first hardening stage appeared in both fine- and coarse-grained specimens, in which the increase in YP (ΔYP) became saturated at around 30 MPa. From the apparent activation energy and hardening kinetics, the hardening mechanism was assumed to be dislocation pinning by solute C atoms. The second hardening stage, significantly appeared in fine-grained specimens accompanying a large increase in the Hall-Petch coefficient; ΔYP was quite large, reaching 90 MPa. Fine precipitates were not detected in aged specimens observed by TEM and 3DAP. Segregation of solute C to the grain boundaries and diffusion of Fe atoms in the grain boundaries were proposed as possible mechanisms of this second hardening. Grain-boundary hardening is assumed to be one of the hardening mechanisms in the strain aging of the polycrystalline ferritic steel.

1. 緒言

固溶CおよびNを含む鋼のひずみ時効現象の機構はこれまでいくつか提案されてきた。その内,固溶C,Nによる転位の固着14)や炭化物・窒化物の析出58)が一般に受け入れられている。例えば,固溶C量の少ない極低炭素鋼では1段階のみの時効硬化を示す場合が多く,固溶Cによる転位の固着がその主原因と考えられてきた4)。一方,固溶C量の多い低炭素鋼や極低炭素鋼では1段階の硬化の後に2段階目の硬化を示す場合が多く,2段階目の硬化はクラスタリングや炭化物析出によると考えられてきた47,9)

一方,ひずみ時効現象には,結晶粒径3,913),固溶元素の存在位置11),変形量や変形経路1416)の影響も強く現れる。例えば,細粒化により時効硬化量は増大し3,913),これはホールペッチ係数kyの上昇によるものである3,9,10,13)。細粒化による硬化の増大は170°C以上の比較的高温では顕著に現れるが,室温付近では現れにくい11)。このことは,結晶粒界がある特定のひずみ時効条件において時効硬化に寄与する組織因子であることを意味する。細粒化による時効硬化量の増加については予ひずみでの転位密度の上昇が影響する12)という考えが,時効中のkyの上昇については粒内の固溶元素が時効中に粒界偏析するという考え10,13)が提案されているが,必ずしも明確にはなっていない。

近年,粒界に存在する固溶Cが多結晶フェライト鋼のkyに多大な影響を及ぼし,降伏応力を決定づける本質的な要因の一つであることが示されている1719)。この考えは時効中の固溶Cの粒界偏析が時効硬化に影響するという従来機構を支持するものである。一方で,170°Cでのひずみ時効硬化量に対しては時効前の結晶粒界に存在する固溶Cが影響する11)ことも以前から指摘されており,時効中の固溶Cの粒界偏析だけでなく,固溶Cが粒界に存在すること自体も時効中の粒界の性質変化に強く関与することが示唆される。このように,時効中の結晶粒界の性質変化は,固溶Cの存在状態と密接に関連しながらひずみ時効現象の本質的な役割を担っていると考えられるが,それを精緻に検証した例は見当たらない。

そこで本研究では,ひずみ時効現象における固溶Cと結晶粒界の役割に改めて着目し,結晶粒径が大きく異なるNb添加極低炭素鋼の時効挙動を調査して,多結晶フェライト鋼のひずみ時効硬化現象の本質機構の解明を試みた。

2. 実験方法

供試鋼として板厚0.75 mmの340 MPa級焼付硬化型冷延鋼板を使用した。化学成分は0.0019%C-0.37%Mn-0.015%Nb (mass%)である。本鋼板は,微量の固溶Cを含むフェライト単相鋼であり,平均フェライト結晶粒径は9.5 μmである。Nは,熱延工程および焼鈍工程でAlNもしくはNb(C,N)として固定されている。Fig.1に実験方法を示す。結晶粒径の影響を調査するため,歪誘起粒成長を促す目的で受入ままの鋼板に3.6%の伸長率にて調質圧延を施した後,850°Cで10 minの焼鈍を行った。適量の固溶Cを残存させるため冷却速度は-15 K/sとした。得られた鋼板に1.4%の調質圧延を施し,種々の実験に供した。また,受入ままの鋼板について焼鈍ままの状態の機械的特性を評価するために830°Cで30 sの短時間焼鈍を施した。

Fig. 1.

Schematic illustration showing experimental procedure.

受入ままの鋼板と850°Cで10 minの焼鈍を施した鋼板について圧延直角方向にJIS5号引張試験片(評点間距離:50 mm,平行部幅:25 mm)を採取し,ひずみ時効挙動を調査した。試料には予歪として0~10%の引張り歪を付与し,70°C~400°Cで時効処理した。得られた試験片にて引張試験,SEM-EBSD(electron backscatter diffraction)とTEMによる組織観察,3次元アトムプローブ(3DAP)による3次元元素分布解析を行った。時効中の降伏応力の増加,ΔYPは予歪付与時の応力に対する上降伏応力もしくは降伏点現象が発現しない場合は0.2%耐力の増加量にて評価した。焼付硬化量,BHは2%の予歪付与時の応力に対する170°C20 minの時効処理後の上降伏応力の増加量で評価した。時効硬化指数,AIは8%の予歪付与時の応力に対する100°C1 hの時効処理後の下降伏応力の増加量で評価した。引張試験は10 mm/minのクロスヘッドスピードにて行った。

TEM観察はPhilips社製CM200を用いて加速電圧200 kVにて薄膜法で行った。3DAPによる3次元元素分布解析はAmetek社製LEAP4000XHRを用いて行った。3DAPの測定は,温度50 Kで電圧パルスモードで実施した。また,固溶Cの粒界偏析挙動を調査するために,Philips SAM650を用いてオージェ分光分析(AES)による解析を行った。受入ままの鋼板に1.8%の伸長率の調質圧延を施して170°Cで30 s~20日の時効処理を行い,その後φ33 mmの円筒深絞り成形を絞り比2.32で行って,そのフランジ部から試料を切り出した。試料は1.3×10−8 Pa以下の真空度に保ち液体窒素で冷却したAES装置のチャンバー内で脆性的に破壊させ,即座に破面の元素分析を行った。測定は合計30点以上の破面について行った。予歪を付与した試料の転位密度は,リガク製RU300X線回折装置を用いて(110),(211),(220)反射20,21)のX線回折ピークの半価幅にて測定した。

3. 実験結果

3・1 結晶粒径の異なる鋼板のひずみ時効挙動

Fig.2は受入ままの鋼板と850°Cで追加焼鈍した鋼板の板厚方向の断面のEBSD-IPFマップを示す。平均結晶粒径はそれぞれ9.5 μmと183 μmであり,80~85%の粒界が15度以上の方位差を有する大角粒界であった。Table 1は各鋼板の機械的特性を示す。受入ままの鋼板(以後,細粒材と称す)と850°Cで追加焼鈍した鋼板(以後,粗大粒材と称す)のAIはそれぞれ12 MPaと29 MPaであり,粒内に存在する固溶Cは従来の内部摩擦による実験結果22)からそれぞれ1 mass ppm,3 mass ppmと推定される。ここで,細粒材は粗大粒材と比べてAIが低いにもかかわらずBHが高い。このことは,緒言で述べたように細粒化が170°C付近の高温時効硬化の増加に寄与することを意味し,従来知見と整合する。

Fig. 2.

Cross-sectional EBSD-IPF maps of (a) as-received and (b) subsequently annealed steels. The orientations of the normal direction to the cold-rolled surface are shown. d is the average grain diameter.

Table 1. Mechanical properties of the steel sheets before aging.
YS
(MPa)
TS
(MPa)
BH
(MPa)
AI
(MPa)
As-received2343593412
Subsequently annealed1682813129

YS; 0.2% proof stress, TS; Tensile strength

BH; Increase in upper yield stress after aging at 170ºC for 20 min against 2% pre-strained stress

AI; Increase in lower yield stress after aging at 100ºC for 1 h against 8% pre-strained stress

Fig.3は2%の予歪を付与し170°Cで時効した細粒材の応力−歪曲線である。僅か15 sの時効処理によりYPは増加し,20 minを過ぎると明瞭な降伏点現象を伴って顕著に増加する。Fig.4は結晶粒径の異なる試料の時効処理によるYPの増加量ΔYPを示す。細粒材では二つの硬化ステージ(ステージI,II)と引き続く軟化ステージ(ステージIII)が明瞭に認められるが,粗大粒材では単一の硬化ステージ(ステージI)のみ明瞭に認められ,それ以外(ステージII, III)は不明瞭である。1次硬化は両鋼とも約30 MPaで飽和するが,2次硬化は約90 MPaに達する。この大きな2次硬化は100°C以上の温度域で発現し,少なくとも400°Cまでは認められる。下降伏応力もまた上降伏応力の増加に伴い増加する。Fig.4の時効条件においてTSの変化は±3 MPa以下でありほとんど変化は認められなかった。

Fig. 3.

Stress-strain curves of specimens with the ferrite grain diameter of 9.5 μm with 2% pre-strain, showing the effect of aging at 170ºC.

Fig. 4.

Aging behaviour of 2% pre-strained specimens with the average ferrite grain diameters of (a) 9.5 μm and (b) 183 μm. ΔYP is the increment of yield stress by aging treatment.

Fig.56に時効によるYSとホールペッチ係数kyの変化を示す。従来報告されているように9,23)kyは焼鈍後には極めて高い値を示すが,調質圧延や予歪の付与により大幅に低下する。kyは1次硬化領域ではほとんど変化しないが,2次硬化領域で著しく増加し,500 MPa・μm1/2程度で飽和する。この値は焼鈍ままの状態の値に近い。

Fig. 5.

Grain-size dependency of YS under each condition.

Fig. 6.

Change in ky during aging.

従来報告されている焼鈍後,予歪付与後,時効処理後のkyの値をTable 2に示す。Armstrongら23)は,0.1%C 鋼のkyは焼鈍後では742 MPa・μm1/2であり,2.5%の塑性歪の付与で323 MPa・μm1/2まで低下することを報告している。Wilson13)は焼入れした極低炭素鋼のkyは294 MPa・μm1/2と低いが時効処理により700 MPa・μm1/2程度まで増加すること,この値は焼鈍後徐冷した焼鈍ままの鋼の値に近いことを報告している。Hanaiら3)もまた5 mass ppmの固溶C,Nを含むバッチ焼鈍材のkyが170°Cで20 minの時効処理で増加し,その増加量は87 MPa・μm1/2に及ぶことを報告している。本研究での予歪付与後のkyと170°Cで20 minの時効処理によるkyの増加量はそれぞれ283および48 MPa・μm1/2であり,従来報告値より若干小さいものの,これらの値は固溶C量の減少により小さくなるというTakedaら17),Hanaiら3)の結果を考慮すると,従来結果と合致していると考えられる。

Table 2. Summary of ky in as-annealed, after plastic deformation and after aging conditions.
MaterialsConditionsky (MPa·μm1/2)Tested Temp.Ref.
Al-killed Nb-bearing ULC steel
; sol.C=1-3 mass ppm
(present work)
as-annealed, L.YP/U.YP503/567R.T.
after 2% pre-straining283
after aging, 170ºC, 1 min, L.YP/U.YP (end of the first hardening)279/283
after aging, 170ºC, 20 min, L.YP/U.YP331/331
after aging, 170ºC, 20 days, L.YP/U.YP (end of the second hardening)463/503
0.1%C semi-killed steelas-annealed, L.YP742R.T.23)
as-annealed, 2.5% flow stress323
ULC steel
; sol.C=30 mass ppm
as-annealed (slowly cooled)688-710R.T.13)
as-annealed (quenched)294
after aging, 90ºC, 105 min672-710
0.015-0.041% Al-killed steel
; sol.C+N=5 mass ppm
(Batch-annealed)
after 2% pre-straining1273)
after aging, 170ºC, 20 min, L.YP214
; sol.C+N=10 mass ppmafter 2% pre-straining1153)
after aging, 170ºC, 20 min, L.YP285
; sol.C+N=20 mass ppmafter 2% pre-straining933)
after aging, 170ºC, 20 min, L.YP319

Fig.7は170°Cで9日時効処理した試料のΔYPに及ぼす予歪量の影響を示す。この時効条件はおよそ時効硬化が最大となる条件である。1次硬化はほとんど予歪量の影響を受けない。これは,本試料の転位密度が最大で1.0×1014 m−2であり,転位を固着するサイト4)に対して固溶C量が十分であるためと考えられる。しかしながら,2次硬化は予歪量の増加に伴い減少する。この結果は,転位密度の増加は2次硬化量に対してはマイナス要因であることを示している。

Fig. 7.

Relationship between the amount of pre-strain and increment of YP after aging at 170ºC for 9 days.

4. 考察

以上述べたいように,細粒材は明瞭な1次および2次硬化を示し,2次硬化は固溶C量が極めて微量であるにもかかわらずkyの著しい増加を伴いながらΔYP≒90 MPaに達する。従来より析出強化5)や侵入型元素による粒界偏析13)が2次硬化の機構と考えられてきた。以下,1次硬化と2次硬化における固溶Cと粒界の本質的な役割についてミクロ組織の変化,硬化速度,粒界偏析挙動等から考察する。

4・1 時効硬化における粒内強度と粒界強度の寄与

はじめに,1次硬化,2次硬化に対する粒内,粒界の各領域の寄与を2%予ひずみ材について評価した。降伏強度σyは,粒内の強度σo,ホールペッチ係数ky,結晶粒径dにより式(1)で表される。

  
σy=σ0+kyd1/2(1)

粒内の強度σ0は,d−1/2を0に外挿した時のYSの値として求めることが出来る。粒界上あるいは粒界近傍の転位源がすべり運動を開始する臨界粒界強度τc,すなわち降伏が生じる時に粒界に生じているせん断応力は,パイルアップモデル24,25)を考えることでkyより理論的に導かれる。kyτcはダブルパイルアップモデルを想定すると式(2)の関係がある。

  
ky=M2Gbτcπk(2)

ここで,Mはテイラー因子,Gは剛性率,bはバーガスベクトル,kは定数であり,νをポアソン比としたとき,刃状転位に対しては(1-ν)らせん転位に対しては1で表される。式(2)にbcc Feにおける適切なMGbkの値を代入してτcを求める。

Fig.8に70°Cと170°Cの時効条件においてσ0τcを見積もった結果を示す。ここで,MGbkはぞれぞれ2,80 GPa,0.25 nm,0.85とした。σoは1次硬化領域で増加し30 MPa程度で飽和する。これは時効温度によらず同一である。一方で,τcは1次硬化領域ではほとんど変化せず,2次硬化領域で著しく増加し4 GPaに到達する。この値は焼鈍ままの鋼板の値に近い。

Fig. 8.

Changes in critical grain-boundary strength and strength of grain interior during aging. Gray areas show the first and second hardening stages under the aging condition of 170ºC.

以上より,1次硬化は粒内強度の増加によりもたらされ,2次硬化は粒界強度の増加によりもたらされると推察される。筆者らは,粒界近傍で測定したナノインデンテーションのPop-in荷重が2次硬化領域で増加することを確認しており26),この結果とτcが2次硬化領域で上昇することは整合する。

ここで,τckyが時効により増加するプロセスとしては以下が考えられる。一つは従来提案されてきた析出強化5)や粒界偏析13)といった付加的な硬化が生じるプロセスであり,もう一つは塑性変形した粒界が局所的に回復するプロセスである。上述したように,τckyは塑性変形により大きく低下し,時効中に増加する。従来,kyが塑性歪の付与で顕著に低下する原因として,可動転位の導入16,23),微視的残留応力の導入14),不均一塑性歪の導入27)が考えられてきた。しかしながら,τckyは転位が固着される1次硬化の終了点でも低い値を維持しており,このことは,τckyの低下が可動転位の導入以外の要因にあることを示唆している。加えて,τckyが2次硬化の領域で焼鈍後の値に近づくことを考えると,τckyは,結晶粒界が変形後のダメージを受けた状態から局所的な回復により焼鈍後の状態に復元する結果として増加するという見方もできるであろう。

4・2 時効硬化の時間依存性

Cottrell and Bilby1)が示した転位固着の速度式によると,転位に偏析する溶質原子の数はフェライト粒内の固溶C濃度と経過時間の2/3乗に比例する。Harper2)は偏析が飽和する効果を考慮し,より広範囲で偏析挙動を表す式(3)を得た。

  
W=NtN0=1exp[3L(π2)13(ADtkT)23](3)

ここで,Ntは時間tにおいて単位長さの転位に偏析する溶質原子の数,N0は単位体積の溶媒中の溶質原子の数,Lは単位体積中の転位の長さ,Aは転位と溶質原子の相互作用エネルギー,Dは溶質原子の拡散係数である。式(3)は式(4)のように書き換えることが出来る。

  
ln(1W)=(tτ)n=(kt)n(4)

ここで,τkは温度に依存した定数である。変数Wはしばしば時効によるYPの増加率,Δσσmaxが用いられる。ここでΔσは時間tにおけるYPの増加量でありΔσmaxは時効過程におけるYPの最大増加量28)を表す。Fig.9は,式(4)により1次硬化の速度を解析した結果である。時効の速度指数nは,1次硬化においては結晶粒径には依存せず0.65から0.70の範囲の値であった。これはコットレル固着の速度式で与えられる値とほぼ一致する。

Fig. 9.

Hardening kinetics of 2% pre-strained specimens with different grain sizes during first hardening stage analysed by Harper model2).

Fig.10は,2%の予歪を付与した細粒材,粗大粒材について種々のΔYPまでの硬化に必要な見かけの活性化エネルギーを算出した結果である。1次硬化の見かけの活性化エネルギーは結晶粒径に依存せず83~86 kJ/molであった。これはTable 3に示すα-Fe中のC原子の体拡散の活性化エネルギー29)に近い。これらの結果から1次硬化の主たる強化機構は固溶C原子による転位固着であると考えられる。

Fig. 10.

Apparent activation energies estimated for several ΔYP levels.

Table 3. Activation energies of various mechanisms reported in previous studies. (kJ/mol)
Volume diffusion of C29) in α-ironSelf diffusion in α-ironPrecipitation of ε carbide35)Precipitation of η carbide36)Precipitation of cementite36)
Pipe diffusion33)Volume diffusion34)G.B. diffusion
75-84134241241 × (0.5-0.7)71124*176*

*in martensitic steel

見かけの活性化エネルギーは100°Cを境に83~86 kJ/molから135 kJ/molに不連続に変化する。これは1次硬化と2次硬化の機構が異なることを示している。本結果と近い活性化エネルギーの値3032)や100°Cでの不連続な変化32)については従来の研究でも報告されており,その中では100°C以上の高温で生じる硬化は,その活性化エネルギーがCの体拡散のものより大きく,コットレル雰囲気の形成に続いて生じることから,クラスタリングもしくは析出によるものであろうと理解されてきた23,25)

本研究で得られた135 kJ/molという値は,η炭化物等の低温析出炭化物の析出36)だけなく,α-Fe中のFe原子のパイプ拡散や粒界拡散33,34)の活性化エネルギーにも近い。α-Fe中のMn,P原子の体拡散の活性化エネルギー37,38)はFe原子の体拡散の活性化エネルギーと近い値であることから,Mn, P原子のパイプ拡散や粒界拡散の活性化エネルギーもFe原子のものと近い値であると推測される。これらはいずれも2次硬化の律速過程の候補である。

従来,固溶Cの粒界偏析は硬化の素過程として提案されてきたが,今回得られた2次硬化の見かけの活性化エネルギーは,粒界偏析で律速過程となるC原子の体拡散のもののおよそ1.5倍高い値であり,本鋼板の高温で現れる2次硬化においては硬化の律速過程には該当しない可能性が高い。時効中の粒界偏析は,2次硬化を増大させる付加的要因として考えることができ,次節で実験的に検証し考察する。

4・3 時効中の下部組織の変化

Fig.11は170°Cで7日の時効処理を施した細粒材のTEM組織である。時効硬化量がおよそ最大値に達する条件であるにもかかわらず粒界上やその近傍に微細析出物は認められない。Fig.12は3DAPにより得られた170°Cで20日時効した細粒材の主要元素の3次元分布である。粒界に固溶状態のC, Mn, P原子が偏析しているのが明瞭に認められる。しかしながら,微細析出物は粒界近傍に認められない。Fig.13は170°Cで180日時効処理した細粒材のTEM組織である。同様に,微細析出物は過時効条件に達した試料においても認められない。このことは,細粒材で顕著に発現した2次硬化は従来予想された析出強化によるものではないことを示している。また同時に2次硬化の後の軟化現象もまた析出物の粗大化に起因したものではないことを示している。

Fig. 11.

TEM micrograph of an as-received specimen aged at 170ºC for 7 days.

Fig. 12.

Element mapping and concentration profile around a grain boundary for several elements obtained by 3DAP in the as-received specimen aged at 170ºC for 20 days.

Fig. 13.

TEM micrograph of an as-received specimen aged at 170ºC for 180 days. The black arrows show grain-boundary dislocations and the white arrows show dislocations arranged vertically to the grain boundary.

一方で,転位構造については,時効中に変化が生じている様子が伺える。Fig.13において二つのタイプの転位が発達する。一つは結晶粒界に隣接しており,粒界に対して垂直に配列した直線的なものである。もう一つはクラスター状に分布した粒界転位である。このような転位構造は1次硬化の領域ではほとんど認められず,より時効の進展した400°C時効材ではより明瞭に認められた。このことは,100°C以上での長時間時効においては,転位芯近傍や粒界上といった局所領域ではFe原子が短距離拡散し,局所的な構造変化をもたらしつつあることを示している。

4・4 粒界近傍での各種元素の拡散の影響

粒界近傍の元素の拡散を想定すると,様々な機構が2次硬化に対して考えられる。従来予想された機構は,侵入型元素の粒界偏析13)である。この他に,P,Mn,Nb等の置換型元素の粒界偏析,転位が運動することによる微視的残留応力14)の変化,粒界近傍の転位構造の変化,粒界上におけるFe原子や他の原子の再配列等が考えられる。そこで,はじめに固溶Cの粒界偏析の寄与量の見積もりを行い,次に他の要因の可能性について議論する。

McLean39)は溶質元素の粒界への直線的な流れが生じる場合の粒界偏析の速度を式(5)のように表した。

  
2(Dt0.5)/{(Cgb/C1)δ}=3/4(5)

ここで,Dは溶質原子の拡散係数,t0.5は半分の偏析サイトが溶質原子で占有されるのに要する時間,Cgb∞は粒界における溶質原子の平衡濃度,C1は母相における溶質原子濃度,δは粒界の厚さである。

170°Cにおけるt0.5を見積もった結果をFig.14に示す。Cgb∞δはそれぞれ30 at.%,3原子直径とし,粒内の固溶Cの量を1,3,10,50 mass ppmと変化させた。もし,粒内の固溶C量が1 mass ppmであれば,偏析が飽和に近づいて偏析速度が緩慢になりはじめるのに対応するt0.5は104 minのオーダーであり,これは実験結果とよく一致している。鉄中のCの固溶限は170°Cでは1 mass ppm未満なので,もし1 mass ppm以上の粒内の固溶Cが粒界に偏析したとすると,マスバランスから求められる粒界での固溶Cの濃度の増加量は1 at.%以上となる。ここで,フェライトの結晶粒径は9.5 μm,粒界の幅は3原子層とした。

Fig. 14.

Estimated half-completion time of grain-boundary segregation of C at 170ºC.

固溶Cの粒界偏析量とそれによる時効硬化に対する影響度を実験的に検証した。Fig.15は受入まま材を深絞り加工してAES装置チャンバ内で冷却して破壊させた試料のSEM組織を示す。粒界破面とへき開破面の両者が確認された。およそ3 at.%のCがへき開破面においても検出されたので,これはコンタミネーションと考え粒界破面での分析値からこの値を差し引いた。

Fig. 15.

SEM micrograph of the fracture surface of an as-received specimen fractured in the vacuum chamber for AES analysis.

Fig.16に170°Cで種々の時間時効処理した試料の粒界破面におけるCとPの濃度を示す。時効中にわずかなCの粒界偏析の進展が認められるが,極めて微量である。時効中のCの増加量はおよそ0.2~0.3 at.%であり,従来の実験結果17)を元にkyの増加量に換算すると40~50 MPa・μm1/2程度と概算される。これは本検討におけるkyの最大増加量の1/5に過ぎない。つまり,固溶Cが時効処理中に粒界偏析する効果は,本鋼の時効硬化に対して付加的な要因として一定量寄与している可能性があるものの,高温で現れる2次硬化を律速する主要因とは考えにくい。なお,このように時効中のCの偏析が上記の試算結果より少なかったのは,この鋼板が焼鈍後にガス冷却されており,その冷却中に固溶Cが粒界に偏析した41)ためと考えられる。

Fig. 16.

Changes in the amounts of C and P at the intergranular fractured surface of specimens aged at 170ºC.

Tanigawaら32)は,100°C以上でみられる大きな活性化エネルギーがAlキルド鋼でも認められることから,Mn,P添加の影響やNbCの存在の影響ではないと推察している。つまり,Mn,P,Nb等の置換型元素の粒界偏析もまた付加的な要因として時効硬化に寄与する可能性は考えられるが,2次硬化を律速する主要因とは考えにくい。

もし,時効中の溶質原子の粒界偏析の影響が小さい場合,変形した結晶粒界が局所的に回復するという4・1節で述べた現象が硬化を律速する本質的な素過程である可能性が考えられる。Fig.1013に示したように,2次硬化における見かけの活性化エネルギーはFe原子の粒界拡散のものと近く,粒界近傍の構造は時効温度の上昇で徐々に変化している。もし鉄原子の局所的な拡散が粒界近傍で生じるならば,粒界の構造は時効中により安定化すると考えられる。粒界に偏析した固溶Cがkyを増加させる作用は,変形した状態より焼鈍後の安定した状態の方が大きいので,固溶Cが時効前に偏析している粒界では,粒界の回復が生じることでkyの増加をもたらすことが予想される。このように,粒界に固溶Cが存在していることと,粒界近傍でFe原子が拡散して局所的に回復するという現象の複合作用が100°C以上で現れるひずみ時効の本質原理かもしれない。これは新たな提案であり,引き続く報告でより詳細に議論する。

4・5 微量の固溶Cを含む微細粒鋼のひずみ時効挙動

ひずみ時効の微視的機構の詳細は解明されていないが,多結晶フェライト鋼のひずみ時効現象はFig.17のようなモデルで表されると考えられる。1次硬化は固溶Cによる転位の固着によるものであり,転位の1次すべりの抑制を通じて発現すると考えられる。2次硬化は粒界強化によるものであり,転位の2次すべりの抑制を通じて発現すると考えられる。

Fig.17.

Presumable mechanisms and their illustrations for the first and second hardenings in the steel with fine grain and containing small amount of solute C.

1次硬化は,式(1)のσoの上昇を通じてひずみ時効に寄与する。固溶Cの転位固着による硬化量は硬化が最大となる時効条件で約30 MPaである。転位への偏析速度は固溶C量に比例し1),転位の固着サイトは極めて微量の固溶Cでも完全に占められるので,固溶C量は硬化速度には影響するが,最大硬化量には影響しにくい。

2次硬化は,粒内の固溶Cが少なく析出強化の影響が小さい場合,式(1)のkyの上昇を通じてひずみ時効硬化をもたらす。2次硬化は135 kJ/molという大きな活性化エネルギーを必要とするので高温で顕著に現れる。この硬化は式(1)を考慮すると,細粒材でより顕著に発現する。これらの点は,従来報告された焼付硬化型鋼板の諸々の特徴3,13)と非常によく一致する。Nbのようなマイクロアロイ元素はフェライトの細粒化を通じて硬化に寄与するであろう。多くの研究者ら16,32,42)がCottrell and Bilby1)のモデルを元に導出したHundyの式43)(ひずみ時効硬化に関する等価式)の適用の限界を指摘している。Hundyの式43)からの実験値の乖離は100°Cを超えた領域で140 kJ/mol32)という大きな活性化エネルギーを伴って生じる16,32,42)ことから,この乖離は2次硬化におけるkyの増加が一因となっていることが予想される。

粒内の固溶C量の増加は,時効前もしくは時効中に粒界に偏析する固溶C量の増加を招く。粒内の固溶C量が増加しフェライトの固溶限を超えると析出物が生成する。前者はkyの増加を通じて,後者はσoの増加を通じてひずみ時効硬化を増加させるであろう。

5. 結言

微量の固溶Cを含み,フェライト結晶粒径が9.5 μmおよび183 μmのNb添加極低炭素鋼を用いてひずみ時効の発現機構を調査し,以下の結論を得た。

(1)細粒材では明瞭な二つの異なる硬化ステージが認められたが,粗大粒材では単一の硬化ステージしか明瞭には認められなかった。1次硬化におけるYPの増加量は約30 MPaであり,その見かけの活性化エネルギーは83~86 kJ/molと見積もられた。2次硬化におけるYPの増加量は90 MPaに達し,その見かけの活性化エネルギーは135 kJ/molと見積もられた。

(2)1次硬化は,結晶粒径に依存せず時間のおよそ2/3乗に比例して進展し,その見かけの活性化エネルギーはbcc Fe中のCの体拡散の値と近い。それゆえ,この硬化ステージの主たる強化機構は固溶C原子による転位固着と考えられる。

(3)2次硬化は,ホールペッチ係数kyの著しい増加を伴って進展する。この硬化の進展期間では微細析出は認められず,2次硬化は粒界強化によると推定された。固溶Cが偏析した結晶粒界近傍でFe原子が局所的に拡散することが高温で発現する2次硬化の本質的要因であり,時効中の固溶Cの粒界偏析はその硬化を付加的に促進させる要因と推察された。

謝辞

鉄鋼協会主催のフォーラム「鉄鋼におけるi-s溶質原子間相互作用とナノクラスタ形成」ならびに研究会「鉄鋼中の軽元素と材料組織および特性」においてご議論頂き,多大なるご助言を賜りましたことにお礼申し上げます。

文献
 
© 2019 The Iron and Steel Institute of Japan

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