Tetsu-to-Hagane
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ISSN-L : 0021-1575
Transformations and Microstructures
Application of Kelvin Probe Force Microscopy to Microstructure Evaluation of Steel
Yuta Honma Gen SasakiKunihiko HashiHiroyuki MasudaMasao HayakawaKotobu Nagai
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2020 Volume 106 Issue 1 Pages 39-49

Details
Abstract

Knowing the essence of metallurgical structure is vital for quality assurance and development of steels. Etching has been widely applied as micro-order evaluation of the structure, however not always reliable especially for fine and complex microstructures. The purpose of this study, therefore, is to clarify the application of Kelvin Probe Force Microscopy (KFM) for the evaluation of the fine and complex microstructures.

Potential distribution images obtained by KFM were compared with the various images obtained by SEM, EBSD and EPMA for a duplex stainless steel (ASTM A 182 UNS S32750) and a Cu contained low alloy steel (ASTM A707 steel).

The KFM was able to clearly identify α, γ, σ and a fresh γ phase in the duplex stainless steel. Moreover, it is concluded that the σ phase itself does not lower corrosion resistance, but on the other hand, the fresh γ phase co-generated with the σ phase can be attributed to the poor corrosion resistance and low toughness of the duplex stainless steel. From the KFM results for the Cu contained low alloy steel, the surface potential distribution obviously depends on surface crystal orientation and chemical compositions, which generally correspond to a work function. The KFM is able to directly show the work function of the surface as the potential distribution. Using the KFM, microstructural features and differences were obviously detected after the two-phase heat treatment for the Cu contained low alloy steel, which corresponds to a better balance of strength and toughness.

The present study clarified that the KFM is an effective method to evaluate the metallurgical essence of microstructure especially for the steel having various phases.

1. 緒言

鉄鋼材料の特性は金属組織に大きく依存し,同じ化学組成でも金属組織が異なれば同じ特性は示さない。したがって,所定の特性を得るためには,それに対応した金属組織を得ることになるが,その際,金属組織を正しく評価できていることが検証されていなければならない。

金属組織の評価には,ミクロな領域(ナノオーダー)で,原子や転位または結晶構造を評価する手法と,エッチングにより現出した金属組織をマクロな領域(ミクロンオーダー)で評価する手法に大別される。ミクロな領域の評価には,一般的に透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)が用いられる。TEMによるナノオーダーの組織評価では1視野の観察範囲が狭いので,定量的な評価の信頼性を高めるためには視野数を増やす必要がある。また,試料調整に高度な技術と時間が求められる。エッチングによる金属組織評価は,その簡便さや経済性に利点があり,鉄鋼材料開発の初期~中期段階で多用されている。

エッチングを利用した金属組織観察は,エッチングにより形成される表面の凹凸を利用している。この場合,観察面下では試料作成段階で導入されたひずみが除去されていることが大前提である。ところが,エッチング液の種類により各相の腐食性が異なる14)。またエッチング中にエッチング液の変質や腐食反応の抑制作用(濃度分極,過電圧など)が生じる。そのため,エッチング液の種類やエッチング条件により,金属組織の見え方に差が生じやすい。特に複雑な金属組織を対象とする場合,観察像の再現性が得られなかったり,金属組織を正しく評価しているかどうかの検証が難しかったりする弱点がある。微細で複雑な金属組織の活用をより高度な材料開発に結び付けるためには,より信頼性が高く,かつ簡便な観察手段の開発が強く期待される。

そこで著者らは,これらの弱点を克服できる金属組織評価法として表面電位を非接触で測定できるケルビンフォース顕微鏡(Kelvin Probe Force Microscopy:KFM)の活用に着目した。KFMは,Martinらによって最初に用いられ5),多くの分野へ適用がなされてきた68)。近年では,腐食分野への適用も行われており9,10),その中で走査領域の拡大を図ったスーパーケルビンフォース顕微鏡(SKFM)も開発されている11)。KFMは,探針と対象とする試料表面の仕事関数の差に由来した表面電位を電位差像として取得する。金属組織は複数の相の集合体であり,各相の表面電位はそれぞれの化学組成を反映して異なるので,KFM像から金属組織の識別評価が可能と推察されるが,その適用事例は報告されていない。

そこで本研究は,複数の相からなる二相ステンレス鋼とCu含有低合金鋼を対象として,KFMによる表面電位像と従来の観察手法で得られる組織観察像を比較し,KFMによる金属組織観察の有効性を検証した。二相ステンレス鋼は,α相とγ相から成る耐食性と強度に優れたステンレス鋼12)であるが,溶体化の冷却時,またはその後の熱処理によってσ相が容易に析出し,数%析出すると靱性や耐食性が急激に低下するとされている13,14)。Cu含有低合金鋼は海洋構造物用鋼として広く用いられており,α相とγ相の二相温度域からの焼入れ(lamellarizing:L)処理で金属組織が複雑になり,強度-靱性バランスを向上できる15)。換言すると,二相ステンレス鋼は二相状態から第3相が析出することによって,Cu含有低合金鋼は二相状態を経由することによって,機械的特性に変化が生じる。この場合,両鋼とも複雑な複相組織となることから,それぞれの相の表面電位に差が生じていると推測され,本研究の目的であるKFMによる金属組織の評価に適していると考えた。

2. 実験方法

2・1 供試材

供試材は真空誘導溶解(Vacuum Induction Melting:VIM)で溶製した50 kg小型試験鋼塊である。Table 1に供試材の化学組成を示す。二相ステンレス鋼はASTM A 182 UNS S32750(F53)鋼を,Cu含有低合金鋼はASTM A707 Gr. L5鋼を基本組成としている。いずれも鍛造後に各材料に適した熱処理を施した。Fig.1に二相ステンレス鋼の熱処理条件,Fig.2にCu含有低合金鋼の熱処理条件をそれぞれ示す。二相ステンレス鋼は1433 Kで溶体化処理後,1123 Kで意図的にα相を析出させた材料を準備した。Cu含有低合金鋼の熱処理は,1233 Kで焼準(Normalizing:N)後,1173 Kから肉厚300 mm製品の水冷時の中心部相当の冷却速度を模したシミュレーション冷却(Quenching:Q)を実施した。なお大型肉厚製品では,水冷でも冷却速度が小さいため,本鋼の場合マルテンサイトではなくベイナイト組織となる。Q後に873 Kで焼戻し(Tempering:T)を施したQ-T材,Q後に1053 KでL処理し,その後873 Kで焼戻したQ-L-T材を準備した。なお,各材料のビッカース硬さ(測定荷重:98 N)はQ-T材で230 HV,O-L-T材で229 HVである。

Table 1. Chemical composition (wt%) of the steels investigated.
(a) Duplex stainless steel
Chemical composition (wt%)
CSiMnNiCrCuMoNOther
Duplex stainless steel0.030.741.006.9424.600.193.910.267V, W
(b) Cu contained low alloy steel
Chemical composition (wt%)
CSiMnNiCrCuMoNOther
Cu contained low alloy steel0.030.351.402.150.721.270.460.092Al, Nb
Fig. 1.

Heat treatment condition of duplex stainless steel.

Fig. 2.

Heat treatment conditions producing Q-T (a) and Q-L-T (b) materials of Cu containing low ally steel.

2・2 観察方法

(1)表面処理

試料表面は,ペースト状の1 μmダイヤモンド粒子を用いて鏡面に研磨した後,研磨によるひずみを除去するため,加速電圧4.0 kVとしたフラットミリングを施した。これらの試料を用いて,KFMによる形状像および表面電位分布像を取得した。なお,本研究では金属表面の清浄度の低下を防止するため,フラットミリング直後に不活性ガス封入を行い,KFM観察直前まで大気に触れないよう処置した。その後,予め付与したマイクロビッカース圧痕を参照し,KFM観察と同じ位置でサーマル型電解放射型走査型電子顕微鏡(Field Emission Scanning Electron Microscope:FE-SEM)による二次電子像および反射電子像,FE-SEMに取り付けた電子線後方散乱分光(Electron Back Scatter Diffraction:EBSD)装置による結晶方位解析像,電子線マイクロアナライザー(Electron Probe Micro Analyzer:EPMA)による元素マップを取得し,各像を比較した。

Cu含有低合金鋼については,従来のエッチングによる金属組織観察も実施した。一般的に用いられる2%硝酸アルコール(2%ナイタール)にてエッチングを施し,光学顕微鏡により組織観察を行った。また本鋼種のようなグラニュラーベイニティックフェライト(αB)を有する鋼は,低炭素であっても島状マルテンサイト(Martensite-Austenite constituent: M-A)が析出することが報告されている16)。そこでQ-L-T材を用いてレペラーエッチング17)を施し,FE-SEMによるM-A観察を行った。

(2)組織観察

光学顕微鏡による組織観察は,Cu含有低合金鋼の2%ナイタールエッチング後のサンプルを用いて,観察倍率400倍の光学顕微鏡像を得た。FE-SEMは加速電圧15 kV,測定倍率500~3000倍とし,各検出器にて二次電子像および反射電子像を得た。

KFM観察は,走査速度0.11 Hz,走査範囲80×80 μm,40×40 μmおよび10×10 μm(256×256ピクセル)で実施した。探針は共振周波数約25 kHzのSiにAuコートまたはRhコートしたものを用いた。

EBSDは,KFM測定の走査範囲に合わせた条件で測定した。走査範囲80×80 μmと40×40 μmのステップサイズは0.15 μm,走査範囲10×10 mmのステップサイズは0.03 μmとした。結晶性に基づく情報のIQ(Image Quality)マップ,結晶方位に基づく情報のIPF(Invers Pole Figure)マップ,結晶方位差に基づく情報のKAM(Kernel Average Misorientation)マップの3種類のマップとの比較を行った。

EPMAは,C,Ni,Mn,Mo,Si,Cr,CuおよびFeを対象にマップまたはライン分析を実施した。二相ステンレス鋼では,生成した各相を含むようにライン分析も実施した。またCu含有低合金鋼では,M-Aが微細でEPMAではM-Aへの元素の濃化を明確にすることが困難なため,透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)に取り付けられたエネルギー分散型X線分光器(Energy Dispersive X-ray Spectrometry:EDS)を用い,M-A中のMn,Fe,CuおよびNiの濃化の有無を調査した。

(3)微小押込み硬さ試験

Cu含有低合金鋼は,特にQ-L-T材においてM-Aが生成する。このM-A個々の硬さの違いを明確にするため,微小押込み硬さ試験を実施した。試験はナノインデンテーション試験機を用い,荷重3 mNとした。圧子はバーコビッチ式(三角錐形)とし,測定間隔4 μmの格子状に計60点測定した。なお,圧痕のサイズは約1 μmである。試験後の試料を1 μmダイヤモンドペーストで1 s研磨した後,レペラーエッチングすることで,測定位置にM-Aが含まれていることを確認した。

3. 実験結果

3・1 二相ステンレス鋼のKFMによる金属組織評価

Fig.3に本研究に用いた二相ステンレス鋼の反射電子像を示す。白色を呈する部分がσ相であり,σ相が粒界および粒内に生成していることが確認された。Fig.4に同一視野(走査範囲80×80 μm)の電位分布像,反射電子像,IPFマップ,Phaseマップおよび元素マップ(Mo)を示す。電位分布像とPhaseマップから,概ね電位が卑な領域がα相,貴な領域がγ相として表され,KFMの電位分布像からα相とγ相を識別できることがわかった。一方でα相は微細なため,Fig.3の倍率での電位分布像では識別が困難であった。そこでα-γ境界で生成したσ相とフレッシュγ18)に着目した高倍率(走査範囲10×10 μm)測定を実施した。Fig.5に電位分布像とPhaseマップを示す。参考として,Phaseマップを基にフレッシュγ相をトレースした電位分布像も示す。σ相は,熱処理前から存在するγ相の電位とほぼ同等の電位を有しており,両者を電位差から識別することは難しいが,形状やサイズから識別できる。またσ相は,フレッシュγ相より貴な電位を有していることから,σ相はフレッシュγ相との識別も可能である。以上の結果から,KFMの電位分布像観察でαγおよびσ相,さらにはフレッシュγ相をそれぞれ識別できることが実証された。

Fig. 3.

Backscattered electron image of duplex stainless steel was investigated.

Fig. 4.

Potential distribution image (a), backscattered electron image (b), IPF map (c), phase map (d), and EPMA element maps of Mo (e) with grain boundary (>15°) of microstructure of duplex stainless steel (Image size: 80×80 μm). (Online version in color.)

Fig. 5.

Phase map (a), potential distribution image (b) and the image with boundary of each phase (c) of duplex stainless steel (Image size: 10×10 μm). (Online version in color.)

3・2 Cu含有低合金鋼のKFMによる金属組織評価結果

上述した二相ステンレス鋼のKFM測定結果より,表面電位分布像で結晶相の違いを識別できることが明らかとなった。そこで,調質後にα単相となるCu含有低合金鋼を用いて,更なる検討を行った。Fig.6に2%ナイタールエッチング後のQ-T材およびQ-L-T材の金属組織の光学顕微鏡像を示す。エッチング後の組織識別をArakiらの分類19,20)によって行うと,グラニュラーベイニティックフェライト(αB)単一組織となる。いずれもQ処理またはL処理の冷却速度(肉厚300 mm製品の中心部相当)ではマルテンサイト変態せず,調質後に残留γも認められなかった。しかしながら,これ以上の微細な組織の様相の違いを明解に指摘することはできない。

Fig. 6.

Optical microscope images of microstructure for Q-T (a) and Q-L-T (b) materials of Cu containing low alloy steel.

まず,Q-L-T材についてKFM観察結果を見る。Fig.7に表面形状像および表面電位分布像を示す。形状像では,凸の部分を明るく,凹の部分を暗くコントラスト付けている。また表面電位分布像では,卑な部分を明るく,貴な部分を暗くコントラスト付けている。形状像と電位分布像を比較すると,試料の表面電位の高低は,その形状(凹凸)とは一致しない。

Fig. 7.

Topography (a) and potential distribution (b) images of microstructure for Q-L-T material of Cu containing low alloy steel measured by KFM. (Online version in color.)

そこで,この電位分布に対応する金属組織学的因子を把握するために,二次電子像,反射電子像,IQ,IPF,KAMマップおよび元素マップ(Ni)を得て,比較した。Fig.8に走査範囲80×80 μmの各像を,Fig.9に走査範囲40×40 μmの各像を,Table 2に各像およびマップと表面電位分布像との関係をまとめた表を示す。なお反射電子像以外の像には,像の比較を容易にするため,EBSD測定から得られた大角境界(方位差≧15°)を示している。本結果より,表面電位分布像と相関を認め得る像は,IPFマップおよび元素マップとなる。IPFマップの(001)面は表面電位分布像の電位が貴な領域に,(101)面は卑な領域に概ね対応した。元素マップ(Ni)も電位分布と対応関係があり,Fig.9の高倍率観察ではNiの濃化部と電位が貴の領域が一致した。反射電子像は組成に依存して明暗を示すので,電位分布像と強い相関を示すと予想していたが,この対応関係は一般的ではなかった。一方,二次電子像,IQマップおよびKAMマップには電位分布像との対応関係は認められなかった。

Fig. 8.

Potential distribution image (a), secondary electron image (b), backscattered electron image (c), IPF map (d), IQ map (e), KAM map (f) and EPMA element map of Ni (g) with grain boundary (>15°) of microstructure for Q-L-T material of Cu containing low alloy steel (Image size: 80×80 μm). (Online version in color.)

Fig. 9.

Potential distribution image (a), secondary electron image (b), backscattered electron image (c), IPF map (d), IQ map (e), KAM map (f) and EPMA element maps of Ni (g) with grain boundary (>15°) of microstructure for Q-L-T material of Cu containing low alloy steel (Image size: 40×40 μm). (Online version in color.)

Table 2. Summary of comparison of each image and surface potential distribution image of Cu containing low alloy steel.
ItemCorrelation with surface potentialRemarks
Crystal orientation (IPF)Yes(001) orientation: High potential
(101) orientation: Low potential
Element segregationYesNi segregated part: High potential
Secondary electron imageNo
Crystallinity (IQ)No
Local strain (KAM)No

これらの結果より,Cu含有低合金鋼において表面電位分布が結晶方位やマトリクス中のミクロ偏析に起因する元素の濃淡に対応しており,マトリクスの結晶性や局所ひずみには対応しなかった。本結果を基にした金属組織評価へのKFM観察の有用性については,考察においてより詳細に論じることとする。

4. 考察

4・1 二相ステンレス鋼の表面電位分布を基にした各相の材料特性

二相ステンレス鋼においてσ相が生成すると材料特性(耐食性,靱性)が低下する13,14)が,このσ相が直接的に材料特性に影響するか否かを議論したケースは少ない。本研究のKFMによる各相の表面電位の測定結果より各相の耐食性および熱的な安定性について考察が可能になる。

Fig.10α-α境界に生成したσ相とフレッシュγ相に着目した表面電位分布像および同じ視野の元素マップ(Ni,MoおよびCr)を示す。電位分布像より,γ相とσ相の電位はほぼ同じで,α相とフレッシュγ相よりも貴であった。また本視野中のα相とフレッシュγ相の電位はほぼ同等であった。一方で,前述したFig.5α-γ相境界に生成したフレッシュγ相は,α相よりもわずかに電位が卑であったため,二相ステンレス鋼でα相を生成した場合フレッシュγ相が最も電位が低いと考えられる。α相の生成による耐食性の低下については,α相そのものか,それ以外の因子にσ相が影響しているかの議論がたびたびされている2023)。その中で,橋爪らの報告24)によると23%のσ相が析出しても,耐粒界腐食特性は低下しないことが示されている。本結果より,α相またはフレッシュγ相よりもσ相の方が電位が貴となることが明確となり,σ相そのものの耐腐食性は熱処理前から存在するγ相と同等レベルであることが示された。

Fig. 10.

Potential distribution image (a) and EPMA element maps of Mo (b), Ni (c) and Cr (d) of duplex stainless steel focused on σ and fresh γ phase generated at α-α boundary. (Online version in color.)

各相の熱的な安定性は化学組成で決まるが,Fig.10に示したように,各相の化学組成は大きく異なる。そこで,各相を通過するようにEPMAでライン分析を行い,各相の化学組成を測定した。MoおよびNiの分布をFig.11に,ライン分析により測定した各相の化学組成とCrおよびNi当量をTable 3に示す。α-α境界に生成したσ相とα-γ境界に生成したσ相を区別し,前者は粒内σ相,後者は粒界σ相と表記した。さらにEPMAは半定量分析手法であり,正確な値とならない。一方で本論文では熱的な安定性を議論しており,可能な限り正しい値を用いるべきである。そこでTable 3に示した化学組成は,Table 1に示したバルク材の分析結果を正とし,αγσおよびFresh γ相全てを含んだEPMAマップ分析結果の平均値とTable 1の分析値を比較して補正し,この補正係数を用いた値を示している。いずれのσ相もその他の相と比較してSiとMoを多く含んでいたが,特に粒界σ相中のMo濃度は極めて多く,その濃度はα相の約4倍高かった。さらに粒内σ相はα相と同じC濃度(約0.03 wt%)であったのに対し,粒界σ相は0.07 wt%とC濃度も高かった。粒界σ相と共に生成するフレッシュγ相は,Ni濃度が高く,Si,CrおよびMo濃度は低かった。フレッシュγ相も粒界σ相と同様に,C濃度の上昇が認められた。Fig.12に各相のCrおよびNi当量を基にシェフラー線図25)上にプロットした。粒内σ相はフェライト領域に位置した。また粒界σ相は,Cr当量が48.4であり,本図上にはプロットできないが,フェライト相と推定される。一方でフレッシュγ相は熱処理前から存在するγ相よりもフェライト量が低い側にプロットされ,熱処理前から存在するγ相とは熱的安定性が異なると考えられる。そこで,化学組成からMS点を推定する式(1)を用いて,熱処理前から存在するγ相とフレッシュγ相の熱的な安定性を調査した。

  
Ms=521353C22Si24.3Mn7.7Cu17.3Ni17.7Cr25.8Mo(1)
Fig. 11.

Ni and Mo contents of α, γ, fresh γ, intergranular σ and intragranular σ phase in duplex stainless steel analyzed by EPMA.

Fig. 12.

Schaeffler diagram25) plotted α, γ, fresh γ and intragranular σ phase in duplex stainless steel.

Table 3. Chemical composition and Ni and Cr equivalent of each phase in duplex stainless steel estimated by EPMA.
PhaseChemical composition (wt%)NieqCreq
CSiMnCuNiCrMo
α0.030.760.960.304.5126.553.595.8331.29
γ0.030.690.980.277.8324.142.999.1628.16
Fresh γ0.070.661.150.378.7320.932.5011.4124.42
Intergranular σ0.071.401.040.184.4225.9015.127.0443.12
Intragranular σ0.031.041.090.144.6427.827.256.0236.62

熱処理前から存在するγ相のMS点が103 Kであったのに対して,フレッシュγ相のMS点は137 Kとなり,フレッシュγ相の方が34 KもMS点が上昇した。本結果によると,α-α境界に生成したフレッシュγ相は熱的に不安定な相であると考えられる。

以上の結果から,σ相は電位が貴であり,さらには熱的にも安定な相であると推察される。一方で,フレッシュγ相は,電位が卑となり,熱処理前から存在するγ相よりも熱的に不安定となる。したがって,従来報告されているσ相生成による耐食性の低下は,σ相によるものではなく,共に生成するフレッシュγ相が主因と推測される。今後,耐食性に及ぼすフレッシュγ相の影響度合については更なる検討が必要となるが,KFMによる組織評価により,σ相自体が直接的に耐食性を左右する因子とはならない明確な証拠が得られたと考えられる。

このような結果は,表面電位差像の取得によって容易に可能であり,複雑な金属組織を評価する方法として表面電位差像の有効性が実証された。

4・2 Cu含有低合金鋼の表面電位分布を基にした金属組織像の解釈

(1)金属組織像の解釈

Fig.8および9に示したように,Cu含有低合金鋼において表面電位分布が結晶方位やマトリクス中のミクロ偏析に起因する元素の濃淡,さらにはM-Aなどの第二相の成分濃化相に対応する興味深い結果が得られた。これらと表面電位の関係を考察することで,金属組織の本質的な理解を試みた。

本鋼の金属組織(αB)での結晶方位と電位分布の関係は(001)面の電位が高く,(101)面の電位が低い傾向を示した。金属材料では,同じ物質でも結晶方位面で仕事関数が異なり,結晶方位面の原子数の面密度に起因していることが報告されている26)。また黒澤は,選択的腐食技術(SPEED)法により,bcc金属の(101)面で表面拡散の活性化エネルギーに起因したマイクロファセットピットが現出すると報告している27)。つまり,結晶方位と電位の関係は,金属組織の各結晶方位の仕事関数(面密度)や表面拡散の活性化エネルギーが寄与すると推定される。黒澤のSPEED法によりピットとして得られる結晶方位面の情報が,KFMを用いることで,より直接的に,かつより正確な面情報として得られたと推察される。

元素濃化の観点でみると,電位の貴な領域ではNiの濃化が認められた。この関係を明確にするためには,Ni以外の濃化元素を把握する必要がある。Fig.13にEPMAによるQ-L-T材のライン分析結果を示す。Ni濃化部では,Cu,CrおよびMnも共に濃化しており,これらの濃化元素が電位を上昇させたと考えられる。服部は各種金属単体の仕事関数を,Fe:4.36 eV,Ni:4.84 eV,Cu:4.47 eV,Cr:4.52 eVおよびMn:3.95 eVと報告している28)。金属間化合物を形成した場合には仕事関数と各元素量は単純な比例関係とはならない26)ため,本稿では各相を固溶体と仮定する。電位が貴な領域に濃化した元素の仕事関数はMnを除いてFeよりも大きい。この仕事関数の高いNi,CuおよびCrが濃化することで表面の仕事関数が上昇し,その結果として電位が上昇したと推定される。したがってKFMの電位分布像は,元素の濃化を面情報として表しているものと考えられる。

Fig. 13.

Ni, Cu, Cr, Mn, Fe and Mo contents for Q-L-T material of Cu containing low alloy steel analyzed by EPMA.

反射電子像と電位分布の対応関係は,前述した結晶方位や元素濃化とはやや異なり,部分的に一致している程度であった。この部分的な対応関係を説明するためには,反射電子像の白色の領域が金属組織の何に対応するかを把握する必要がある。そこで,レペラーエッチングによる組織観察を行った。Fig.14にエッチング後の二次電子像を示す。参考のため,異なる視野の反射電子像も同図(b)に示すが,二次電子像で白く浮き出ている相と反射電子像の白色部とサイズや形状で対応しているため,白色領域はL処理時に生成したM-Aと推定される。

Fig. 14.

Comparison between secondary electron image (a) after Le Pera etching and backscattered electron image (b) for Q-L-T material of Cu containing low alloy steel.

M-Aは,γα変態時にCやMnなどのオーステナイト安定化元素が局所的に濃化すると報告されている29,30)。本鋼種においてもM-A中の元素の濃化を確認するためにM-Aに着目したTEM-EDS分析を実施した。Fig.15にTEM-EDSによるNi,CuおよびMnの元素マッピング結果を示す。M-AにはMnとNiの濃化が確認され,Fig.6の電位分布像と反射電子像の白色の第二相の一致は,Niが濃化したM-Aが要因と考えられる。

Fig. 15.

Results of TEM-EDS analysis of Cu containing low alloy steel. (Online version in color.)

ここで,なぜ電位分布像とM-Aの一致が部分的となったかを考察してみる。Fig.11に示したレペラーエッチング後の二次電子像と反射電子像を比較すると,その見え方に明確な違いはない。しかしM-Aの生成過程を考慮すると,すべてのM-Aが均一なものになるとは考え難く,各M-Aで成分の濃化度合いに違いがあると考えられる。Fig.16に本鋼のQ-L材の微小押込み硬さの分布を示すが,M-Aが析出していた部分の硬さは4.8~6.4 GPaの範囲を有していた。この結果は,本鋼中に生成したM-Aの成分の濃化度合いの多様さを反映していると考えられる。この多様さゆえ,反射電子像の白色領域が電位分布の貴な領域と完全には一致しないためと推定される。

Fig. 16.

Nanoindentation hardness distribution for Q-L steel of Cu containing low alloy steel.

これらの結果より,表面電位分布像は結晶方位と濃化相を含めた元素の濃淡を総合した,つまりは仕事関数に起因する情報であると推察された。エッチング法においても,仕事関数の差に基因する情報を,腐食性の差により生じる表面凹凸やピットという形で,現出していると言えるが,直接的情報でなく,同一試料であっても前処理やエッチング方法によって見え方がまったく異なる場合があり,誤った組織評価を導く懸念がある。それに対して,表面電位分布像は,金属組織の本質を直接捉えた情報であり,KFMは金属組織評価手法として極めて有益な手法として利用可能である。

(2)表面電位分布と材料特性の関係

表面電位分布像により,エッチングによる観察では分からなかった金属組織の情報が明らかとなったため,改めて材料特性の異なるQ-T材とQ-L-T材を用いて材料特性と金属組織の結びつきについて考察した。Table 415)にQ-T材とQ-L-T材の機械的特性を示すが,L処理により強度-靱性バランスが向上することがわかっている。著者らはこれまで,Fig.6に示した従来のエッチング手法(2%ナイタールエッチング)を用いて,材料特性に及ぼす金属組織の影響を調査してきたが,各組織の違いを明確にすることはできていなかった。Fig.17にQ-TとQ-L-T材の電位分布像を示すが,両者で電位分布像は異なり,Q-L-T材の方が明らかに複雑な電位分布像となった。これらの電位分布像から分かることは,Q-L-T材では,①同じ結晶方位を持つ組織単位が複雑な形状となる,②化学成分の濃淡がはっきりと現れる,点である。したがって,L処理により金属組織がより複雑化することが,強度-靱性バランスの向上をもたらすと推測される。表面電位分布像で明確に観察できる金属組織の複雑化は,エッチング法では追随できないので,複雑な金属組織と特性の関係を考察するために表面電位差像は極めて有用な金属組織評価法であることが実証された。

Table 4. Mechanical properties of the Q-T and Q-L-T materials of Cu containing low alloy steel15).
YS
(MPa)
TS
(MPa)
El.
(%)
RA
(%)
YR
(–)
FATT
(K)
Q-T64072928760.88233
Q-L-T56972627750.78193
Fig. 17.

Potential distribution image for Q-L-T (a) and Q-T (b) materials of Cu containing low alloy steel. (Online version in color.)

5. 結言

二相ステンレス鋼およびCu添加低合金鋼を対象に,金属組織評価へのKFMの有用性を調査し,金属組織の本質について考察した。さらに得られた結果から二相ステンレス鋼では耐食性に及ぼすσ相の影響について,Cu含有低合金鋼では強度-靱性バランスと組織の関係も考察した。結論を以下に示す。

(1)KFMはσ相を意図的に生成させた二相ステンレス鋼のα相,γ相およびσ相,さらにフレッシュγ相を明確に識別することができる。

(2)各相の表面電位を比較すると,熱処理前から存在したγ相とσ相がほぼ同等で高く,次いでα相,最も低い相はσ相と共に生成するフレッシュγ相であった。本結果より,σ相生成による耐食性の低下は,σ相自体ではなく,フレッシュγ相が原因となると推察される。

(3)EPMAより得られた各相の化学組成から,熱的な安定性を算出すると,フレッシュγ相が最も不安定な相と推定される。

(4)Cu含有低合金鋼を対象としたKFMから得られる表面電位分布と相関を有する金属組織の情報は,結晶方位(IPFマップ),元素の濃淡(元素マップ)および組成濃化相(反射電子像)であった。

(5)結晶方位や合金元素は,金属表面の仕事関数に関連する因子であり,KFMはこの仕事関数を電位分布として面情報で直接的に示す手法である。この仕事関数が,金属組織の本質であり,金属組織評価をする上でKFMは重要である。

(6)KFMによるCu含有低合金鋼のQ-T材およびQ-L-T材の組織評価より,Q-L-T材の方がQ-T材と比較して,表面電位分布が非常に複雑となる。これはL処理による結晶方位や組成の濃淡の変化に起因すると推定され,この電位分布の違いが材料特性(強度-靱性バランス)の違いを示すと考えられる。

文献
 
© 2020 The Iron and Steel Institute of Japan

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