2020 Volume 106 Issue 10 Pages 683-696
This paper gives an overview of developments in the field of non-oriented electrical steels that are widely used in motor cores in recent years, focusing mainly on texture control. ND//<100> texture is recognized as the ideal texture for application to motor cores. To obtain a suitable texture, precise control is required during each manufacturing process. This involves adjusting the chemical components during the steel making, fine temperature and reduction control during hot rolling, temperature control during hot-band annealing, temperature and reduction control during cold rolling and heating rate and temperature control during final annealing. High silicon Fe-Si alloy containing 6.5 mass% Si has been recognized as a promising core material for high frequency applications. When producing high silicon steel by the continuous chemical vapor deposition (CVD) siliconizing process, materials with a gradient Si concentration in the sheet thickness direction have been found to display superior high-frequency iron loss.
1900年英国のHadfieldらは,純鉄にSiを含有することにより,磁化特性が向上,電気抵抗が増大,抗磁力が減少するなど,軟磁性材料に適した材料となることを見出した。1926年には茅により,鉄の磁気異方性が発見され,多結晶体からなる鋼板の結晶方位を揃えること,すなわち集合組織を制御して,磁化容易軸〈100〉への集積度を高めることにより,磁気特性を向上させ得ることが明らかとなった。Siを含有した電磁鋼板は,当初熱間圧延で製造されていたが,より鉄損の低い板厚の薄い材料が求められるため,現在では,ほぼ冷間圧延により製造されている。
電磁鋼板は,変圧器などに使われる,圧延方向に磁化容易軸〈100〉に揃えた方向性電磁鋼板とモータ,発電機などの回転機に使われる,圧延面内で比較的均一な磁気特性を有する無方向性電磁鋼板に分けられる。さらに,無方向性電磁鋼板には,Si含有量を通常の上限の3 mass%(以下本論文では,成分含有量を示す%をすべてmass%として示す)程度に対して,6.5%にまで高めたSi鋼も,高周波用途で磁歪が小さい材料として工業化されている。軟磁性材料の国際会議(WMM2018)によると,2016年度の軟磁性材料の総生産量1200万トンでの中で無方向性電磁鋼板は960万トン(80%)を占めており,軟磁性材料における無方向性電磁鋼板の存在感は圧倒的である1)。現在,総電力消費量のうち約60%がモータで消費されている。無方向性電磁鋼板は,発電機などの大型回転機をはじめ,大型機械の交流誘導モータ,冷蔵庫やエアコンのコンプレッサー,ヘッドホンステレオなど小型家電の駆動用部品,パソコンのHDD(ハードディスクドライブ),そして省エネに対応したハイブリッドカーや電気自動車の駆動用モータなど,大小多様な用途で極めて大量に使用されている。そのため,僅かな改善でも省エネ,高効率化への寄与は非常に大きく,電磁鋼板に携わる技術者,研究者の意欲を高めている。その例として,文献検索サイトであるScopusを用いて,タイトルにElectrical Steel(電磁鋼板),Silicon Steel(珪素鋼),Si-Feを含む論文数を調査した結果をFig.1に示す。Fig.1によると,論文数は右肩上がりで上昇しており,最近5年間では1年間に300件程度の論文が発表されている。国別の論文件数をFig.2に示すが,最近5年間では中国による論文数が増加し,全体に占める比率は40%以上にも達している。
Annual number of papers on electrical steels retrieved by using Scopus database. (Online version in color.)
Number of papers on electrical steels based on major countries retrieved by using Scopus database. (Online version in color.)
次に,2019年エネルギー白書2)に示されている世界の年間電力消費量推移をFig.3に示すが,この50年余り右肩上がりで上昇している。現時点でアフリカ,インドを始めとして,未電化人口が10億6000万人とされ,少なくとも2035年までは電力消費量の増大が予測されている。発電方式については資源量問題,原子力の安全問題等不透明な点があるが,再生可能エネルギー利用を含めて,ほぼ発電機を使用した方式が主力となるものと考えられ,発電,送電に必要不可欠である電磁鋼板の需要はさらに拡大するものと考えられる。最近における無方向性電磁鋼板の需要動向において特筆すべきは,電気自動車,ハイブリッド自動車,燃料電池自動車など自動車電動化の急激な進行である。今後も省エネルギー,環境負荷軽減の観点から,世界的にも確実に需要が拡大するものと考えられる。これらの電動車はいずれもモータ駆動で開発が進んでおり,エネルギー効率を上昇させるため発電機用のモータを併用する設計もある。どの方式が採用されても,無方向性電磁鋼板が使用されることには変わりがない。
Global annual power consumption trends constructed from 「World Energy Balances 2018 Edition」2). (Online version in color.)
駆動用モータには起動時の高トルク,最高速度に対応する高回転数,燃費に関わる高頻度走行領域での高効率などが要求される。更に,モータは狭い車内に搭載し,小容量のバッテリーで駆動するために,小型軽量化および高効率が強く求められている。
モータの高トルク化のためには,モータ巻線に流す駆動電流を大きくするとともに巻線と鎖交する磁束を大きくすることが重要であり,電磁鋼板には与えられた磁界強度に対する高磁束密度,すなわち高透磁率が要求される。モータの小型化のためには回転数の増加が有利であり,駆動電流の周波数が高くなるため,電磁鋼板には数100 Hz程度の高周波励磁下での低鉄損が要求される。
無方向性電磁鋼板の鉄損を低減する手段としては,Si,Al,Mnなどの比抵抗増加元素の添加量増が有効であり,高グレードの電磁鋼板にはこれらの元素が合計で3%程度添加されている。さらに,渦電流損が特に支配的となる数100 Hz以上の高周波鉄損の低減には,板厚低減が極めて有効であり,商用周波数鉄損が重視されていた従来用途での0.35~0.50 mmよりも薄い板厚が効率的には有利となる。一方,Si,Al,Mnは非磁性元素であることから,飽和磁化の低下により鋼板の磁束密度が低くなる。このため,比抵抗増加元素の添加量を増やして,薄厚化する手法のみでは磁束密度,鉄損特性の両者に優れた材料の製造は困難である。これに対して,素材への偏析元素の添加,熱延板焼鈍等,磁気特性に好ましい結晶方位の存在頻度を高める集合組織制御技術を組み合わせて,高周波鉄損に優れ,高磁束密度を有する,薄い板厚の無方向性電磁鋼板が市場に提供され3,4),その需要量が年々高まっている。
本レビュー論文では,6.5%Si鋼を含めた無方向性電磁鋼板について,主として集合組織制御技術を重点に,最近の論文で報告されている技術について紹介する。電磁鋼板に関する全般的な解説としては,小原5),岡見6)による西山記念技術講座の解説を参照されたい。
無方向性電磁鋼板は,面内で回転磁化するモータに使用するため,板厚面内での磁気特性が均一であることがスムーズな磁化回転のために望ましい。ただし,結晶方位が完全にランダムな状態が理想的という訳ではない。結晶方位と鋼板磁束密度の関係については,磁化容易軸が〈100〉,磁化困難軸が〈111〉,〈110〉はそれらの中間ということで,X線回折により測定した逆極点図の各面の方位強度測定結果による経験的な評価式が使用されていた7)。しかし,EBSDによる結晶方位測定技術や計算技術の格段の進歩により,集合組織の各結晶方位の存在頻度を正確に示す結晶方位分布関数(ODF)が,集合組織の解析に標準的に用いられるようになり,より正確な集合組織の影響の把握が必要となった。
ミラー表示での結晶方向を単位ベクトル表示で〈u, v, w〉とすると
結晶磁気異方性エネルギーEaは
(1) |
で示される8)。K2はK1よりも1桁小さいため,無視してΓ≡u2v2+v2w2+w2u2と定義すると
(2) |
と表される。
ステレオ三角形に示される各方向におけるΓ値の計算値をFig.4に示す9)。Fig.4によると,Γ値は,〈100〉が最小値Γ=0,〈111〉が最大値Γ=1/3,〈110〉はその中間でΓ=1/4であり,式(2)により,磁気異方性エネルギーの大小に対応する。Hayakawa and Kurosawa10)は,{110}〈001〉方位粒の単結晶とみなせる方向性電磁鋼板製品板より各方向に試料を切り出し,様々な励磁レベル(100 A/m,800 A/m,5000 A/m)での磁束密度を測定した。各方向における磁束密度とΓ値との比較を行ってみたところ,磁界の強さ5000 A/mでの磁束密度(B50)とΓ値との相関が極めて高いことが知見された。つぎに無方向性電磁鋼板の面内の磁束密度の予測が可能かどうかを調べるために,方向性電磁鋼板と同等のSi量の無方向性電磁鋼板製品板の圧延面内での磁束密度(B50)と個々の結晶方位から計算されるΓ値との関連を調べた。Fig.5にΓ値と磁束密度(B50)の関係を示すが,無方向性電磁鋼板の各方向の磁束密度もΓ値と高い相関がある。Kangら11)によっても,全く同様なアプローチを用いて,無方向性電磁鋼板における結晶方位分布の影響が調査され,やはり磁束密度(B50)がA(h)値(Γ値と同じ)と良い相関があることを示している。Kestens and Jacobs12)は,磁化容易軸〈100〉からの平均角度Aθをパラメータとすることで,無方向性電磁鋼板の磁束密度に及ぼす集合組織の影響を定量的に調査している。Γ値,A(h)値とAθ値の相関は高いので,実質的には同様な結果であり,集合組織,すなわち個々の結晶方位の分布から,磁束密度が推定可能であることを示している。
Dependence of crystal direction on geometrical parameter (Γ)9).
Relation between Γ value and the magnetic induction (B50) in electrical steels10). (Online version in color.)
Fig.6には代表的な結晶方位について,KangらがA(h)値から求めた面内各方向での磁束密度計算値を示す。〈100〉方向を面内に含む,{100}系の方位の磁束密度が最も高く,{110}系の方位は最大の〈100〉と最小の〈111〉を含むので, 面内での異方性が最も大きいことが分かる。また{111}系方位は,面内での異方性がなく,面内無方向性となっているが,値自体は,{100}系方位での最小値すなわち〈110〉方向の値で一定となっており,高磁束密度化には向いていない方位であることが分かる。集合組織が全くランダムな場合の計算値は〈100〉の0.8倍程度であり,{100}面系方位の平均値よりも低い。よって無方向性電磁鋼板として理想的な結晶方位は,板面が{100}であるが,圧延方向はランダムである,{100}〈0vw〉であることが分かる。
Variations of normalized magnetic flux density Bnorm of several single crystal orientations11). (Online version in color.)
弾性論からは13),bcc金属の〈h, k, l〉のヤング率Eは,弾性スティフネス係数S11,S12,S44を用いて式(3)で示される。
(3) |
式(3)によれば,ヤング率に関しての結晶方位依存性は,磁気異方性の依存性と全く同じになることが分かる。ステレオ三角形内における各方向のヤング率計算値をFig.7に示す14)。磁化が容易,すなわち磁気的に柔らかい方向である〈100〉は,弾性的にも柔らかい方向であり,〈111〉は,磁化困難軸かつ弾性的にも最も硬い方向である。Leeによると15),圧延加工後と再結晶後の方位関係は,最も歪エネルギーが蓄積されている方向AMSD(Absolute Maximum Stress Direction)に最も弾性係数が低い方向MYMD(Minimum Young's Modulus Direction)である〈100〉が一致するメカニズムを提示している。さらに,γ→α変態により〈100〉柱状晶が発達するメカニズムともなっており16),弾性定数と集合組織形成機構とは密接に関連し,磁気異方性を通して磁気特性に関連することは興味深い。
Calculated crystallographic orientation dependence of Young module (Gpa) in pure iron single crystal14).
2・1で述べたように,鋼板の磁束密度を高めるための集合組織制御の指針は,ND//〈100〉組織への集積度を高め,ND//〈111〉組織を低減することとなる。電磁鋼板に出現する方位は,単一成分であることは少なく,ある程度の分布の広がりを持つfiber組織を形成する。結晶方位を図示する方法であるBunge表示のODF(Orientation Distribution Function)における無方向性電磁鋼板の代表的なfiber組織をFig.8に示す17)。圧延組織ではRD//〈110〉のα-fiberおよびND//〈111〉のγ-fiber,ND//〈100〉のλ-fiber,再結晶組織では高圧下率側ではND//〈111〉のγ-fiber,低圧下側ではRD//〈100〉のη-fiberが知られている。ODFのΦ2=45°断面では,α,λ,γ-fiberが,Φ2=0°断面では,η-fiberが確認できる。
Major texture components of non-oriented electrical steel displayed in Φ2=45º section and Φ2=0º section of ODFs17). (Online version in color.)
無方向性電磁鋼板の製銑以降の製造工程は5),製鋼,熱延,熱延板焼鈍,冷間圧延,最終焼鈍工程からなる。一部セミプロセスと呼ばれる製品では,数%程度のスキンパス圧延(temper rolling)を最終工程で付加し,需要家による歪取焼鈍での粒成長促進の駆動力としている。以下に,各製造工程別に集合組織制御技術を紹介する。
2・2・1 製鋼工程製鋼工程では,Siなど必要とする合金元素を添加する役割と,粒成長や磁壁の移動を妨げる介在物や析出物を形成する不純物の低減あるいは無害化する役割がある。
鉄損低減が主目的で添加する比抵抗増加元素Si,Al,Mnの添加量については,打ち抜きを始めとした加工性確保の観点も非常に重要である。特にSiは,比抵抗増加には最も有効であるが,添加量が3%を超えると脆化傾向が高まり冷間圧延が困難となる。Mizuguchiらにより18) Si+Al=4%合金のAl含有量を増加させることにより,高靱化することが報告されている。また,Mnについても,0.1%の微量添加では延性改善の可能性が指摘されている19)。また,集合組織に関しては,Cardosoらが20),3%Si鋼に1%Al,0.5%Mnを添加し,粒成長促進効果とND//〈001〉の好ましい集合組織変化をすることを報告している。AlおよびMn添加による集合組織変化の傾向は,従来知見と同様であるが5),仕上焼鈍中の選択成長によることを指摘している。ただし,選択成長が促進される理由については述べられていない。Al,Mn量に関しては,加工性確保と集合組織改善だけでなく,飽和磁束密度の減少,磁歪変化,そして原料コスト等を総合的に判断して添加量が決定されている。
集合組織制御のためには,種々の粒界偏析元素の添加が行われている21–32)。磁気特性に不利なγ-fiber組織に関しては,粒界核生成の寄与が大きいことが以前から知られている33)。粒界偏析元素により粒界核生成を抑制し,相対的に粒内核生成を促進する効果が考えられている。
不純物に関しては,析出物あるいは介在物を形成して粒成長性を低下させる,あるいは磁壁の移動を直接的に妨げてヒステリシス損を増大させる影響の大きい,C,N,O,S等の含有量を極力低減する必要がある。これらの元素は,脱ガス処理設備などにより20 ppm以下に低減することができる。特にSについては,MnS析出物の形成および粒界偏析により粒界移動を抑制するため,磁気特性に対する影響が大きい。Odaら34)は,Fig.9に示すように,特にSを10 ppm以下のレベルまでに低減することで粒成長性が特に良好になり鉄損が改善することを示している。
Relationship between sulfur content and ferrite grain size after final annealing34).
また脱酸工程で残存する酸化物については,硬質で変形しにくい球状酸化物よりも,軟質で熱間および冷間圧延で延伸する酸化物が,鉄損劣化に対する影響が大きくなる。Kurosakiら35)は,MnOを含む酸化物は延伸型で粒成長を抑制して鉄損を劣化させ,SiO2を主とする酸化物は球状型で鉄損への影響が小さいことを明らかにした。また,Renら36)は,0.8%Si,0.2%Mnを含む鋼において,脱ガス工程で成分調整後にCaを添加した鋼1とCaを添加しない鋼2を作り分けて介在物の粘度を測定し,鉄の粘度よりも低い介在物は延伸することを示した(Fig.10)。さらにそのような介在物は,Fig.11に示されるようにCaOの含有率が4%以下の低い介在物であり,Caを含む脱酸剤の使用,CaOが多く塩基度の高いスラグの使用を避けることが望ましいとしている。
Relationship between the viscosity and the elongation ratio of inclusions in a) Heat 1 and b) Heat 236). (Online version in color.)
Relationship between the viscosity and the mass fraction of CaO of inclusions in a) Heat 1 and b) Heat 236). (Online version in color.)
希土類(Ce,La等を含むミッシュメタル)を脱酸,脱硫のために添加する技術は知られているが,最近でもLaについては,Wanら37),Shiら38),Ceについては,Hou and Liao39),Liら40)により電磁鋼板製造への適用検討が行われている。La,CeはSとOとの化学的親和力が強く,高温で安定な酸化物や硫化物を形成する。Liら40)によると,粒成長性が改善する他,熱延板での再結晶と粒成長を促進して,γ-fiber組織を低減し,Cube方位({100}〈001〉)およびGoss方位({110}〈001〉)が増加する効果が認められている(Fig.12)。
Φ2=45º sections of the ODF for recrystallized grains in specimens with 0% and 0.0051% Ce content annealed at different temperature (a) 625ºC, (b) 650ºC, (c) 675ºC, (d)700ºC40).
粒成長性への影響が大きい析出物のサイズ分布は,熱延前のスラブ加熱温度によって変化する。特に粒成長への影響の大きいMnSについて,Hou41)は,S量と熱間圧延時のスラブ加熱温度の影響を調査し,S量を6 ppm,スラブ加熱温度を1100°Cに低下させることでMnS析出物を低減,粗大化させて,Fig.13に示すように良好な粒成長性とヒステリシス損が得られることを報告している。集合組織に及ぼす熱延温度の影響に関するFischer and Schneider42)のラボ実験は,γ→α変態するSi2.0%未満の成分系で調査され,α,γの二相域で熱延を開始,終了させるFig.14のTwo-Phase Rollingパターンで熱延を行うことにより,Fig.15に示すように,磁気特性に有利な{100},{110}の方位強度が高まり,熱延板焼鈍が省略可能であることを示している。非変態の3%Si鋼においては,Paolinelliら43),Dafeら44)が,ラボ熱延温度を920°Cから1120°Cに高めて,熱延板での再結晶を促進させることと冷間圧延での剪断帯を増加させることにより,γ-fiber組織が減少してη-fiber組織が増加する磁気特性に対して有利な変化が生じることを報告している。
Effect of sulfur content and slab reheating temperature on the grain size of final steel sheets41).
Hot rolling conditions of non-oriented electrical steels42).
Texture components for a low Si-alloy42).
熱延板焼鈍は,スケール除去をかねた連続焼鈍,あるいはコイル毎のバッチ焼鈍で行われ,熱延板の再結晶促進45),冷延前粒径の粗大化による集合組織改善,および析出物の無害化による粒成長促進効果46)などの役割がある。Park and Szpunar47)は,2%Si鋼において,熱延板焼鈍を1000°Cで5分および1150°Cで30分の2水準で行い,結晶粒径が115 μmと460 μmとなる試料を作製して集合組織形成挙動を調査した。再結晶開始直後(650°C)では,冷延前粒径の粗大化により,γ-fiber組織の減少,Goss,Cube方位の増加が確認されている。再結晶開始直後では,冷延前粒径の粗大化は粒界密度を低下させるので,粒界核生成が主であるγ-fiber再結晶粒の生成が抑制され33,48),再結晶開始直後では,剪断帯から形成されたGoss方位が主方位である。再結晶完了後には粒成長し,950°C焼鈍後には,平均粒径が780°C焼鈍時の20~40 μmから90 μm程度にまで粒成長した。950°C焼鈍後では,Fig.16に示すように,冷延前粒径の粗大化により,γ-fiber組織の大幅な減少とCube方位の増加が認められている。γ-fiber組織の大幅な減少とCube方位の増加により,冷延前粒径の粗大化による鋼板磁束密度の向上も指摘されている。
Volume fraction of four major orientations obtained from X-ray ODF in the specimens annealed at 950ºC47).
冷延前粒径が大きい場合には,再結晶開始直後(650°C)では,剪断帯から形成されたGoss方位が主方位であるが,950°C焼鈍後には,粒成長に伴いGoss方位は減少し,Cube方位が増加している。粒成長時にGoss方位が減少し,Cube方位が増加する理由については,再結晶開始直後後のGoss方位粒は,粒界易動度の低い低傾角粒界で囲まれているのに対し,Cube方位粒周囲は高傾角粒界が多いため,優先的に成長するためであることが指摘されている。再結晶開始直後での再結晶粒周囲の粒界性格分布が異なる理由については,述べられていない。
Leeら49)は,2.0%Siを含む鋼の熱延板焼鈍を850°Cで5分および1000°Cで1時間の2水準で行い,結晶粒径が150 μmと500 μmの試料を作製して同様に集合組織形成挙動を調査し,集合組織から磁束密度の向上代を推定している。熱延板焼鈍は,冷延前粒径の粗大化により,γ-fiber組織を減少,Goss,Cube方位を増加させて磁束密度を向上するのに有効な手段である。
2・2・4 冷間圧延工程冷間圧延の圧下率変更により集合組織が変化することは良く知られている。Munら50)は,2.8%Si,0.5%Alを含む試料を用いて,焼鈍後の再結晶集合組織の変化に及ぼす冷延圧下率の影響をEBSDその場観察法を用いて系統的に調査した。Fig.17に集合組織の調査結果を示すが,冷延圧下率が低い78%の条件ではGoss方位と弱いγ-fiber組織,冷延圧下率87%ではγ-fiber組織と{411}〈148〉方位,冷延圧下率96%ではγ-fiber組織と{411}〈148〉方位の強度が共に87%と比較して強まる結果を得ている。また,{411}〈148〉方位については,粒成長の進行に伴い優先的に成長することが認められている。{411}〈148〉方位粒が優先的に粒成長する理由については,再結晶後で結晶サイズの優位性があることを指摘している。冷延強圧下によりγ-fiber組織を発達させることは磁気特性にとって不利であること,焼鈍温度の高温化あるいは焼鈍時間の延長により粒成長を促進させて{411}〈148〉を増加させることは磁気特性にとって有利であることが分かる。
ODF maps (Φ2=45º section) of specimens with reduction ratio (a) 78%, (b) 87% and (c) 96% at various temperatures50). (Online version in color.)
通常の冷間圧延よりも圧延温度を高めた温間圧延を実施すると,低炭素鋼では動的歪時効効果により剪断帯形成が促進され,Goss方位の再結晶が促進されることはよく知られている51)。Fig.18に示すように,Lee and De Cooman52)によるC0.001%を含む3%Si鋼での温間圧延実験では,50°Cでは,ND//〈111〉方位,200°CでND//〈110〉方位,300°CでND//〈100〉方位の再結晶を促進する結果が得られている。僅か0.001%のC量であるが,高温引張試験により200°Cでは動的歪時効効果が確認されている。さらに,X線の幅広がりの解析から200°C圧延ではND//〈110〉方位の蓄積エネルギーの減少,300°C圧延ではND//〈100〉方位の蓄積エネルギーが増大することが示されている。Fig.19に模式的に示されるように,50°Cでは蓄積エネルギーが最も高いND//〈111〉粒の粒界からの再結晶,200°C圧延では動的歪時効による剪断帯の増加および,蓄積エネルギーが減少したND//〈110〉方位を有する剪断帯内部からの再結晶核生成が増加,300°C圧延では,ND//〈110〉方位粒に加えて,ND//〈100〉粒内の蓄積エネルギーの増加により,ND//〈100〉方位の再結晶が促進し,相対的にND//〈111〉粒の再結晶が抑制されたものと考えている。以上述べたように,温間圧延では,動的歪時効による剪断帯の形成促進と,変形挙動の変化による蓄積エネルギー変化の影響が重なっている。
ND inverse pole figure maps and ODFs for the RD-ND plane of specimens warm-rolled 65% at 50ºC, 200ºC and 300ºC and annealed at 700ºC for 100 seconds52). (Online version in color.)
Effect of the rolling temperatures to the texture evolution during the recrystallization52).
工業的な実施は困難であると思われるが,集合組織を大きく変化させる圧延方法として,He and Hilinski53)により斜め方向に圧延するskew圧延,直角方向に圧延するクロス圧延のラボ実験が報告されている。いずれも最終焼鈍後でのγ-fiber組織の生成を抑制,λ-fiber,η-fiber組織の増加を認めている。
2・2・5 最終仕上焼鈍工程最終仕上焼鈍温度の影響については,Cunha and Paolinelli54),Park and Szpunar55),Schneiderら56)の報告があるが,高温仕上焼鈍によりγ-fiber組織が減少し,ランダム化する傾向がほぼ共通して得られている。γ-fiber変形粒はテイラー因子が高いため,転位密度が高いのに対し,α-fiber変形粒,特に{100}〈011〉方位粒はテイラー因子が最小で転位密度が低い。そのため再結晶開始温度はγ-fiber粒が低く,α-fiber粒が高い。γ-fiber再結晶粒は,γ-fiber変形粒の粒界近傍を主として生成する。そのため最終仕上焼鈍温度が低い場合には,γ-fiber粒が優先的に再結晶する。最終仕上焼鈍温度が高い場合には,γ-fiber変形粒以外の複数の変形粒からの再結晶核生成が進行するため,再結晶集合組織はランダム化する傾向にある。ただし,再結晶完了後には,粒成長するので,最終仕上焼鈍温度が700°C程度の再結晶開始温度よりも充分に高い場合には,再結晶完了後の粒成長中での集合組織変化の寄与も存在する。粒成長中での集合組織変化は,再結晶完了後の状態,サイズの優位性や粒界性格分布の特徴により,粒成長中に優先成長する方位は異なってくるため,最終的な焼鈍後の集合組織は様々に変化する。
最終仕上焼鈍の昇温速度が集合組織に影響を与えることも知られている。Duanら57)は,中級グレードの電磁鋼板において,通電加熱により焼鈍最高到達温度を900~1100°C,昇温速度を30~850°C/sに変化させる実験を行った。Fig.20に示す磁束密度と昇温速度の関係から,昇温速度が速くなるとともに磁束密度が向上する傾向が認められる。このときの昇温速度増加に伴う集合組織の変化としては,{100},{110}強度の増加と{111}強度の減少が確認されている。焼鈍温度の影響については,900°C以上での高温化により,磁束密度が低下する結果となっている。温度上昇による集合組織変化は示されていないが,900°C以上は粒成長が進行する温度域であり,γ-fiber組織が主方位であり,サイズ効果で優先成長して磁束密度が低下した可能性が考えられる。
Magnetic polarization versus the heating rate and peak temperature57).
Wangら58)も,3%Si鋼を用いた通電加熱実験を行い,昇温速度を300°C/sまで高めることによりγ-fiber組織の生成は抑制され,λ-fiber,η-fiber組織は増加することを報告している。γ-fiber組織は,蓄積エネルギーの高いγ-fiber変形粒の粒界近傍を主として核生成し,再結晶初期には蓄積エネルギーの高いγ-fiber変形粒内で成長し,再結晶後期には,核形成しにくいため回復が進み,蓄積エネルギーの低いα-fiber変形粒を消費して主方位となる。λ-fiber,η-fiber組織は,蓄積エネルギーが集中している変形帯から核生成することが知られている。昇温速度が速い場合,昇温中での回復が抑制されるため,成長の駆動力である変形粒の蓄積エネルギーは保存されるため,相対的にγ-fiber変形粒内での成長の優位性が低下し,変形帯核生成のλ-fiber,η-fiber組織が強まるものと考えられる。そのため集合組織の観点からは,最終仕上焼鈍温度は高く,昇温速度は速いことが好ましい。
2・2・6 スキンパス圧延工程セミプロセス製品の製造で付加される軽圧下の圧延(スキンパス圧延)は,集合組織にも影響を与える12)。Gregoriら59)は,0.5%Si 5%Mnを含む鋼を0.4 mm厚に冷間圧延した後750°Cで30 sの焼鈍を施し,次いでスキンパス圧延と歪取焼鈍を実施し,集合組織を調査した。調査結果をFig.21に示すが,圧下率5,9%の冷間圧延後,790°Cで60 minの歪取焼鈍後にγ-fiber主体であった集合組織が,歪誘起粒成長によりTD//〈110〉軸に10°程度回転したGoss方位近傍に転換している。このGoss近傍方位は,Taylor因子が最小であるため,平均的な転位密度は最小であるが,活動すべり系の影響でTD軸回転しやすい方位であるため,歪取焼鈍中に形成するサブグレイン間に方位差が生じやすく,歪誘起粒成長を起こすものと説明されている。
Textures (Φ2=45 section of Euler space) measured before and after final annealing for 0, 5, 9, and 15% temper rolling. Intensity levels vary from 1 to maximum value by steps of 159). (Online version in color.)
Si含有量を高めるとともに,11%までは電気抵抗が増大し渦電流損が低下するが,6.5%で磁気異方性定数が最小となることで透磁率も最大,同時に磁歪定数もほぼ0になるという優れた軟磁性を示すことは1950年台より知られていた6)。ただし,Si量5.5%でほぼ延びが0となるため,優れた軟磁性を示す6.5%Si鋼を圧延により製造することは困難である。6.5%Si鋼の製造に関し,温間圧延,急冷凝固法等も検討されたが,現時点で工業化されているのは,化学気相蒸着法(CVD)による製造法のみである。2019年,Ouyangら60)により6.5%Si鋼のレビュー論文が発表されており,sub-kHzの小型軽量で高出力が要求される回転数の高いモータへの適用が期待されている。
以下,工業的に製造されているCVD法による高Si電磁鋼板について述べる。
Fig.22にCVD法による6.5%Si鋼の製造方法の概要を示す61)。3%Si鋼を冷間圧延し,連続焼鈍炉内でSiCl4ガスを鋼板表面に吹き付けて浸珪させ,最後にSi量を均一化する焼鈍を行う製造方法である。その後,Namikawaら62)は,板厚方向にSi濃度の傾斜を付与して表層部分を高透磁率相とすることにより,特に10 kHz以上の渦電流損が支配的となる高周波数領域において板厚方向のSi濃度が均一な6.5%Si鋼よりも優れた磁気特性が得られることを見出した。さらに,Hirataniら63)は,素材のSi量を減少させて浸珪時にγ相とすることで,Siを鋼板表層部に局在化させることに成功した。これは,γ相でのSiの拡散係数がα相に比べ二桁以上小さいことを利用したものである(Fig.23)。この新たなSi傾斜材の特徴は,高周波鉄損に優れることに加えて,3%Si鋼と同等の高い飽和磁束密度(Bs=2.0T)を有することである。Si添加により飽和磁束密度は低下し,6.5%Si鋼の飽和磁束密度(Bs)は1.80T程度である。浸珪処理により製造される6.5%Si鋼は,集合組織的にはほぼ無方向であり,実用的な磁束密度レベルであるB8値はさらに低い1.25~1.30Tである。Si傾斜材に関しては,表層Si濃度は6.5%であるが,内層のSi濃度は低く,板厚全体の平均値は3%程度である。飽和磁束密度値に対しては,集合組織の寄与はなく,ほぼSi濃度の平均値で定まるため,3%Si鋼並みの高い値(2.0T)を示す。この新たなSi傾斜材における飽和磁束密度が高いことは,高周波用途での励磁特性が必要とされるノイズ除去用リアクトルの小型化に有利である。
Manufacturing CVD process of 6.5% Si steel61). (Online version in color.)
Comparison of Si gradient steels produced by CVD siliconizing process63).
無方向性電磁鋼板の製品磁気特性は無応力下で測定されているが,実際のモータ用途においては,コアを固定する目的で焼きばめや圧入が行われるため,数10~100MPaの圧縮応力下で使用されることが多い。Odaら64) は,圧縮応力下での鉄損に及ぼすSi量の影響を調査し,Fig.24に示すように,Si量が高くなるとともに圧縮応力による鉄損増加代は小さくなり,6.5%Si鋼ではほぼ鉄損増加は見られないことを示している。6.5%Si鋼で鉄損増加が小さくなるのは,磁歪定数がほぼ0となるため,圧縮応力による磁気弾性エネルギーの増加が小さくなることが原因と推定している。Odaらは65),Si傾斜材についても鉄損に及ぼす圧縮応力の影響を調査し,圧縮応力の影響は小さいことを示し,鋼板表層の残留圧縮応力の影響についても考察している。また,Odaら65)は,3%Si鋼,6.5%Si鋼,Si傾斜材について,焼きばめ前後でのモータ鉄損を測定し,3%Si鋼では2割前後の鉄損増加があるのに対して,6.5%Si鋼およびSi傾斜材ではほとんど鉄損増加がないことを確認している。これらの結果から,エアコンのコンプレッサーモータのように,焼きばめや圧入により圧縮応力が付与されるモータの鉄心材料として,6.5%Si鋼,Si傾斜材は優れた材料であると考えられる。さらに,板厚方向中心層でのSi量を低くしたSi傾斜材は打ち抜き加工性についても優れていると考えられる。
Effect of compressive stress on iron loss64). (Online version in color.)
鋼板に固有抵抗を高める元素を添加し,磁壁の移動を妨げる析出物を形成する元素は極力低減し,使用する周波数に有利な結晶粒径に制御して,磁化に有利なND//〈100〉の集合組織を形成するという無方向性電磁鋼板製造の材質的な基本技術思想は長い間不変となっており,新しい指導原理は発見出来ていない状況にある。ただし,無方向性電磁鋼板に対する要求特性は,モータの高回転化,小型化の強い要請により,より低鉄損かつ高磁束密度となっている。それらを実現するためには,より高合金化,薄厚化,偏析元素添加量増など,従来プロセス的には製造困難な方向にシフトしている。そのため,今後,高合金で,板厚の薄い製品を高能率で製造するプロセス技術開発が強く求められてくるものと思われる。
また,集合組織制御に関しては,ND//〈100〉の方位集積度は,まだ理想状態とのギャップは埋まっていない。〈100〉再結晶組織を発達させる一方向凝固(Directional recrystallization66)),剪断帯からの{100}再結晶を促進する双ロール鋳造TRC(Twin Roll Casting67)),表面エネルギー活用68),γ→α変態利用69),強冷延加工を実現して集合組織を強化する繰り返し重ね接合圧延ARB(Accumulative Roll Bonding70))あるいは,側方押し出し加工ECAE(Equal Channel Angular Extrusion71))などの工業的な観点からの適用の可能性も考えられる。
さらに,近年のコンピューターおよび情報処理技術の進歩はめざましく,計算材料科学の鉄鋼材料分野への適用が進められている72)。最近の電磁鋼板集合組織研究への適用例としては,冷間圧延組織形成過程73,74),Vertex法75),Monte-Carlo法26),Phase-Field法76)による粒成長過程での組織形成シミュレーションなどが挙げられる。この分野の発展により,実用的な観点からの集合組織形成予測,製造条件へのフィードバックも期待される。