Tetsu-to-Hagane
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Surface Treatment and Corrosion
Quantitative Study of the Hydrogen Entry Behavior of Low Alloy Steels for Various Sour Environments
Takuya Hara
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2020 Volume 106 Issue 10 Pages 745-750

Details
Abstract

Hydrogen entry behavior was investigated with different H2S partial pressures over pH 5.0 and was quantified for various sour environments using American Petroleum Institute grade X65 line pipes and line pipe plates.

Hydrogen permeability dramatically decreased for H2S partial pressures of 0.1 MPa exceeding pH 5.5 and for 0.01 MPa exceeding pH 6.2. This is caused by the formation of a stable iron sulfide film. On the other hand, hydrogen permeability proportionally decreased with increasing pH for H2S partial pressure of 0.001 MPa up to pH 6.2. The critical pH at which iron sulfide becomes quite stable was predicted from the equation of the relationship among pH, H2S partial pressure, and iron ion activity based on potential vs. pH in Fe-S-H2O. Hydrogen concentration into steel invading from various sour environments was proposed and quantified.

1. 緒言

地下に埋蔵する石油や天然ガスを掘削,輸送する場合,硫化水素や炭酸ガスが水と混在して存在するサワーと呼ばれる環境がある。このサワー環境では,石油掘削用鋼管(OCTG:Oil Country Tubular Good)や石油輸送用鋼管(Linepipe)に硫化物応力割れ(SSC:Sulfide Stress Cracking)や水素誘起割れ(HIC:Hydrogen Induced Cracking)が生じる場合がある。これらの割れを防止するために,これまで耐サワー鋼管の開発が行われてきた15)。例えば,SSC試験では,NACE(National Association of Corrosion and Enginerring)TM0177規格のsolutionB6)で割れないことが要求される。一方,HIC試験では,NACE TM0284規格のsolutionAやsolutionB7)で割れを抑えることが要求される。しかしながら,サワー環境といっても,硫化水素やpHが種々変化している。そこで,EFC(Europe Federation of Corrosion)規格では,実環境に合わせたSSC試験やHIC試験を要求される場合がある。従って,多くの研究者が種々のサワー環境での水素の侵入挙動を調査してきた811)。上述したNACE TM0177の solutionB6),NACE TM0284のsolutionAやsolutionB7)では,硫化水素の圧力が0.1MPaでかつ,pHが5以下のサワー環境であり,硫化水素の圧力が0.1MPaでpHが5以下のサワー環境中の水素侵入挙動が多く調査されてきた。しかし,硫化水素の圧力が0.1 MPa未満の環境やpHが5を超える環境での水素侵入挙動についてほとんど調査されていない12,13)。最近では,pH5を超えたサワー環境での実プロジェクトでの要求試験が行われる場合がある。従って,硫化水素の圧力が0.1MPa未満の環境やpHが5を超える環境における水素侵入挙動を把握することは重要と考えられる。

本研究では,硫化水素の圧力が0.1 MPa未満の環境やpHが5を超える環境における低合金鋼の水素侵入挙動について調査するとともに,種々のサワー環境における水素侵入挙動の定量化を行うことを目的とした。

2. 実験方法

2・1 供試鋼

供試鋼の化学成分をTable 1に示す。米国石油協会(American Petroleum Institute,以降APIとよぶ)のグレードX65のラインパイプ用鋼板およびラインパイプ用鋼管を使用した。これら2つの鋼を用いてサワー環境での水素侵入挙動を調査した。300トンの転炉で鋼片を溶製した後,制御圧延,制御冷却にて20 mm厚の鋼板を製造した。その後UOE鋼管を製造した。鋼板と鋼管の1/4 t部から水素透過試験片を採取した。試験片サイズは20 mm長さ,50 mm幅,1 mm厚さである。機械加工,機械研磨を施したのちに電解研磨を行った。

Table 1. Chemical composition and production size of tested steels (mass%).
SteelDiameter × ThicknessCSiMnPSNbTiAlCa
APlate20.5 mm0.0420.261.140.0050.00060.0510.0140.0200.0021
BPipe813.0 × 20.0 mm0.0490.241.290.0080.00020.0390.0120.0200.0021

2・2 水素透過試験

鋼中の水素量を調査するために水素透過試験を行った。水素透過試験の概要図をFig.1に示す。硫化水素ガスを流した溶液をFig.1の左側のセルに挿入した。右側のセルには,1 mol/Lの水酸化ナトリウム溶液を挿入した。右側セルの溶液に面している試験片にはNiめっきを施した14,15)。水素透過係数は式(1)に示されるように,水素透過電流密度と板厚の積であらわされる。なお,水素透過係数は,水素の拡散係数のような材料因子に依存しない値である。

  
Per=J×L,(1)
Fig. 1.

Apparatus of the hydrogen permeation test.

ここで,Jは水素透過電流密度,Lは試験片の板厚である。

次に溶液作製方法について説明する。5 mass%の塩化ナトリウムを含んだ1 mol/L酢酸溶液と,5 mass%の塩化ナトリウムを含んだ1 mol/Lの酢酸ナトリウム溶液をそれぞれ準備する。目的とするpHにするために,この2つの溶液を調合した。硫化水素ガスを溶液に導入する前に,十分な脱気を行い,溶存酸素量を最低限に抑えた。

水素透過係数が0.05×10-4 A/m以下まで低下した後,硫化水素をFig.1の左側セルの溶液に流した。硫化水素分圧は0.1 MPaから0.001 MPaまで変えた。pHは5.0から6.2まで変えた。試験温度は25±3°Cに調整した。試験時間は96時間である。

3. 実験結果

pHが5を超えるサワー環境での水素侵入挙動に及ぼす硫化水素分圧の影響

pHが5を超えるサワー環境での水素侵入挙動に及ぼす硫化水素分圧の影響を調査した。硫化水素分圧が0.1, 0.01, 0.001 MPaの水素透過係数の時間依存性をFig.2からFig.4にそれぞれ示す。鋼Bを供試鋼とし,pHはそれぞれ5.0と6.0である。硫化水素分圧が0.1 MPaで,pH5.0の場合,試験開始直後に,水素透過係数は3.2×10-4 A/mと,最大値を示し,その後96時間までほぼ同じ値を示した。一方,硫化水素分圧が0.1 MPaで,pH6.0の場合,試験開始直後に,水素透過係数は1.0×10-4 A/mを示した後に,0.1×10-4 A/m未満まで急激に低下し,96時間までほぼ同じ値を呈した(Fig.2)。硫化水素分圧が0.01 MPaで,pH5.0の場合,試験開始直後に,水素透過係数は1.5×10-4と最大値を示し,その後96時間までほぼ同じ値を示した。硫化水素分圧が0.01 MPaで,pH6.0の場合も同様に,試験開始直後に,水素透過係数は1.0×10-4と最大値を示し,その後96時間までほぼ同じ値を示した(Fig.3)。硫化水素分圧が0.001 MPaで,pH5.0の場合,試験開始直後に,水素透過係数は1.0×10-4と最大値を示し,その後96時間までほぼ同じ値を示した。硫化水素分圧が0.001 MPaで,pH6.0の場合も同様に,試験開始直後に,水素透過係数は0.8×10-4と最大値を示し,その後96時間までほぼ同じ値を示した(Fig.4)。ここで,硫化水素分圧が0.1 MPaで,pHが6.0の場合,上述したように,水素透過係数は,著しく減少したが,他の硫化水素分圧の環境では,水素透過係数が急激に減少しなかった。この硫化水素分圧が0.1 MPaで,pHが6.0の環境で,水素透過係数が急減に低下した理由は,電位-pH図16,17)から安定した硫化鉄被膜の形成に起因していると考えられる。この現象については後ほど考察する。そこで,硫化水素分圧が0.1, 0.01, 0.001 MPaの環境にて,水素透過係数が急激に低下する臨界のpHを測定した。硫化水素分圧が0.1 MPaで,pHが5.0,5.3と5.5の水素透過係数の時間依存性をFig.5に示す。pHが5.0および5.3では,水素透過係数は,急激な低下は観察されなかった。一方,pH5.5では,水素透過係数は急激に低下した。従って,硫化水素分圧が0.1 MPaの臨界pHは5.4と推定された。次に,硫化水素分圧が0.01 MPaで,pHが5.0,6.0と6.2の水素透過係数の時間依存性をFig.6に示す。pHが5.0および6.0では,水素透過係数は,急激な低下は観察されなかった。一方,pH6.2では,水素透過係数は急激に低下した。従って,硫化水素分圧が0.01 MPaの臨界pHは6.1と推定された。ここで,pHが6.2の場合,水素透過係数は急激に低下したが,依然として0.2×10-4 A/mの値を維持していた。硫化水素分圧が0.01 MPaでpHが5.5での水素透過係数が0.05×10-4 A/m以下まで下がったのに対して,硫化水素分圧が0.001 MPaでpHが6.2での水素透過係数が0.05×10-4 A/m以下まで下がらなかった理由については,今後の課題である。一方,Fig.4に示されるように,硫化水素分圧が0.001 MPaの場合,pH6.0までは,水素透過係数の急激な低下は観察されなかった。

Fig. 2.

Hydrogen permeation behavior with time at pH 5.0 and 6.0 for H2S partial pressure of 0.1 MPa in steel B.

Fig. 3.

Hydrogen permeation behavior with time at pH 5.0 and 6.0 for H2S partial pressure of 0.01 MPa in steel B.

Fig. 4.

Hydrogen permeation behavior with time at pH 5.0 and 6.0 for H2S partial pressure of 0.001 MPa in steel B.

Fig. 5.

Hydrogen permeation behavior with time at pH 5.0, 5.3 and 5.5 for H2S partial pressure of 0.1 MPa in steel B.

Fig. 6.

Hydrogen permeation behavior with time at pH 5.0, 6.0 and 6.2 for H2S partial pressure of 0.01 MPa in steel B.

4. 考察

4・1 臨界pHに及ぼす硫化水素分圧の影響

上述したように,安定した硫化鉄被膜が形成された場合に,水素透過係数が急激に低下した。電位-pH図の観点から16,17),この水素透過係数が急激に低下する臨界pHを硫化水素分圧の関数として計算した。Fig.7の電位-pH図の矢印に示される硫化鉄が安定して形成される臨界pH線は硫化鉄の溶解度によって決まる。

  
FeSFe2+H2S+2H+=0(2)
Fig. 7.

Potential vs. pH diagram for Fe-S-H2O17).

1気圧で,25°Cの硫化鉄の平衡溶解度定数(K)はlog K=-3.7で表される。ここで,式(3)に示されるように,鉄イオンの活量によって臨界pHが変化する。

  
logaFe2+=3.72pHlogPH2S(3)

ここで,aFe2+は鉄イオンの活量(mol/L),PH2Sは硫化水素分圧(atm)である。

硫化水素分圧をMPaに換算すると式(4)で表される。

  
logaFe2+=2.72pHlogPH2S(4)

ここで,aFe2+は鉄イオンの活量(mol/L),PH2Sは硫化水素分圧(MPa)である。

硫化水素分圧が1気圧(0.1 MPa)であれば,式(4)は式(5)になる。

  
logaFe2+=3.72pH(5)

Fig.7の0, -2, -4, -6と記載される電位に平行な線は,鉄イオンの活量がそれぞれ1.0,10-2,10-4,10-6 mol/Lの場合を示している。硫化水素分圧が0.1MPaの場合,Fig.5から臨界pHを5.4と決定された。この値を式(4)に導入すると,鉄イオンの活量は1.0×10-7 mol/Lと計算された。ここで,水素透過係数と腐食電流密度には式(6)が成立する18)

  
Per=k1i,(6)

ここで,Perは水素透過係数,k1は比例定数,iは腐食電流密度である。

鉄イオンの活量は腐食電流に比例するので,水素透過係数は鉄イオン活量の平方根に比例する(式(7))。

  
Per=k2aFe2+,(7)

ここで,k2は比例定数である。

Fig.5から硫化水素分圧が0.1 MPaの場合,pH5.3の水素透過係数は2.5×10-4 A/mであった。同様に,Fig.6から硫化水素分圧が0.01 MPaの場合,pH6.0の水素透過係数は1.0×10-4 A/mであった。上述したように,硫化水素分圧が0.1 MPaの場合,鉄イオンの活量は1.0×10-7 mol/Lと計算された。従って,式(7)にこれらの値を代入することで,硫化水素分圧が0.01 MPaの場合,pH6.0の鉄イオンの活量は,1.6×10-8 mol/と計算された。この鉄イオンの活量を式(4)に入れると,硫化水素分圧が0.01 MPaの場合の臨界pHは6.2と計算された。この計算で求めた臨界pHはFig.6での実験で求めた臨界pH6.1と一致した。以上の考察で,種々の硫化水素分圧での計算で求めた臨界pHと実験での求めた臨界pHをFig.8に示す。この図から臨界pHは硫化水素分圧の関数として式(8)で表された。

  
pHfilm=0.8log(PH2S)+4.6,(8)
Fig. 8.

Relationship between critical pH and H2S partial pressure.

ここで,PH2Sは硫化水素分圧(MPa)である。

4・2 種々のサワー環境に及ぼす水素侵入挙動の定量化

以前,供試鋼の鋼Aと鋼Bを使用して,サワー環境における水素侵入挙動に及ぼす硫化水素分圧およびpHの影響について調査した10,19)。前回に調査した,硫化水素分圧が0.00001から0.1 MPaまで,pHが3.0から5.0までの水素侵入挙動に,本研究で得られたpHが5.0を超えた場合の水素侵入挙動を加えて,整理した。96時間までの定常状態における水素透過係数に及ぼす硫化水素分圧およびpHの影響をそれぞれFig.9Fig.10にそれぞれ示す。硫化水素分圧が低下すると,水素透過係数は減少した。また,pHが増加すると,水素透過係数は低下した。ただし,Fig.10に示されるように,硫化水素分圧が0.1 MPaの場合,pHが5.0を超えると,水素透過係数が著しく減少した。同様に,硫化水素分圧が0.01 MPaの場合,pHが6.0を超えると,水素透過係数が著しく減少した。これは,安定な硫化鉄の形成により,水素透過係数が著しく減少したためである。硫化水素分圧が0.001 MPaの場合には,本試験環境下では,水素透過係数の急激な低下は観察されなかった。なお,前回の試験10,19)および本試験では,種々のサワー環境中における鋼Aと鋼Bの水素侵入挙動に大きな差が認められなかった。以上の結果から,式(9)から(11)に示すような,種々のサワー環境下における水素透過係数を定量化を試みた。本結果を用いて,種々のサワー環境における水素侵入挙動を予測することができた。

  
Per=7.1+0.96(1.4log(PH2S)0.51pH);1×103MPaPH2S0.1MPa;3pHpHfilm(9)
  
Per=3.3+0.75(0.3log(PH2S)0.51pH);1×105MPaPH2S<1×103MPa;3pHpHfilm(10)
  
pHfilm=0.8log(PH2S)+4.6(11)
Fig. 9.

Effects of H2S partial pressure and pH on hydrogen permeability for Steels A and B.

Fig. 10.

Effects of H2S partial pressure and pH on hydrogen permeability for Steels A and B.

5. 結言

API(米国石油協会)グレードX65のラインパイプ用鋼板および鋼管を用いて,pHが5を超えるサワー環境下における水素侵入挙動を調査した。さらに種々のサワー環境における水素量を定量化した。主な結果を以下に示す。

(1)硫化水素分圧が0.1 MPaでかつpHが5.5を超えると,水素透過係数は著しく減少した。さらに,硫化水素分圧が0.01 MPaでかつpHが6.2を超えると,水素透過係数が著しく減少した。これは安定した硫化鉄被膜が形成されたためである。一方,硫化水素分圧が0.001 MPaの場合,pHが増加すると,本試験環境内では,水素透過係数は単調に減少した。

(2)電位-pH図に基づき,安定な硫化鉄被膜の形成に起因して,水素透過係数が著しく低下する臨界pHを硫化水素分圧の関数で定量化した。さらに,種々のサワー環境における水素侵入挙動を定量化し,水素侵入挙動を予測することができた。

文献
 
© 2020 The Iron and Steel Institute of Japan

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