Tetsu-to-Hagane
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Forming Processing and Thermomechanical Treatment
Effect of MC Type Carbides on Wear Resistance of High Wear Resistant Cast Iron Rolls Developed for Work Rolls of Hot Strip Mills
Kazunori Kamimiyada Shinya IshikawaHirofumi MiyaharaYuji Konno
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2020 Volume 106 Issue 12 Pages 883-891

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1. 緒言

鉄鋼の熱間圧延プロセスにおいては,圧延材の高強度化に伴う高圧下での連続圧延,単位時間当たりの圧延量増加に伴う圧延ロール材の摩耗・劣化,圧延ロールの交換頻度増加等の問題が生じており,熱間圧延ロール材に対する耐摩耗性・耐肌荒れ性・耐熱き裂性等の品質改善要求は厳しくなっている14)。近年開発された高炭素の高速度鋼系白鋳鉄ロール(ハイスロール)は,高速度鋼と類似の合金を使用した鋳鉄系のロールで,炭化物生成元素(Cr,Mo,V等)により初晶オーステナイト間隙に高硬度かつ微細に分散したMC型炭化物および共晶M2C型炭化物を晶出させ,熱処理によって母相中に二次炭化物を微細に析出させた高耐摩耗型のロールである57)。ハイスロールはホットストリップミルの仕上げ前段スタンドにおいて広く適用が進み,国内では100%近い適用率となっている。一方,仕上げ後段スタンドでは一部を除いて適用が拡大せず,特に仕上げ後段スタンドの最終段ではほとんど使用されていない。この理由は,ハイスロールを使用した場合,圧延中に絞り事故等が発生するとロール表面に鋼材が焼付いて,ロール表面に深いき裂が入りやすいという問題があるとともに,き裂進展速度が速いためロールの損傷が激しく,結果的に大きな損失が発生するという問題が解決できていないためである8,9)。そのため,ホットストリップミルの仕上げ後段スタンドでは,現在でもニハード鋳鉄の一種であるニッケルグレンロール(indefinite chilled rollとも呼ばれる)が広く使用されている10,11)。近年,ホットストリップミルの仕上げ後段スタンドでは,MC型炭化物を晶出させて耐摩耗性の向上を図った改良型ニッケルグレンロールが開発され,広く使用されるようになった1214)。しかしながら,ハイスロールと比較すると,耐摩耗性が十分とは言い難い状況にある。

そこで,改良型ニッケルグレンロールの使用状況から耐摩耗性に及ぼすMC型炭化物の影響を明らかにするとともに,ホットストリップミルの仕上げ後段スタンドに使用可能な耐事故性(耐絞りき裂,表面き裂進展抑制)の確保と大幅な耐摩耗性の向上を狙った高耐摩耗型鋳鉄ロールの開発に取り組んだ結果を以下に報告する。

2. 高耐摩耗型鋳鉄ロールの開発指針

2・1 目標性能(圧延成績)

熱間圧延ロールの性能評価は,通常,圧延成績(Roll performance)と呼ばれるロールの直径1 mm当たり圧延された鋼材のトン数(ton/mm)が指標として用いられている。現在,ホットストリップミル仕上げ後段スタンドにおいて広く使用されているニッケルグレンロールの圧延成績の一例をFig.1に示す。Fig.1はAミルの仕上げF5スタンドにおける当社製ニッケルグレンロールの使用成績の推移を示したものである。すべて従来型ニッケルグレンロール(NiGr)を適用していた時期の圧延成績を100%として,その後の圧延成績の推移を圧延成績比で示している。Aミルでは,第一段階の改良型ニッケルグレンロール(NiGr-E1)を1999年度から適用開始,このNiGr-E1の適用で圧延成績は15%程度向上した。その後,2002年度に開発した第二段階の改良型ニッケルグレンロール(NiGr-E2)を2002年度後半から一部で適用開始,2004年度には全数がNiGr-E2ロールに切り替わった。その後,若干の変更はあるが,現在でもこのNiGr-E2ロールが主に適用されている。NiGr-E2ロールの圧延成績は,平均すると約180%レベルを安定的に継続している。つまり,従来型のNiGrロールと比較すると約1.8倍に圧延成績が向上した。しかしながら,改良型ニッケルグレンロールの圧延成績は限界に達している。

Fig. 1.

Transition of roll performance ratio of high-nickel grain roll. *Roll performance: The rolling tonnage per 1 mm of roll diameter (ton/mm)

そこで,本開発ロール(present developed rollは,図表中ではPRESENTと記す。)の目標性能については,従来型のNiGrロールの3倍以上の圧延成績を目標とした。本開発ロールの圧延成績は,試験ロールを実際の圧延に使用して評価した。

2・2 耐摩耗特性

現在,ホットストリップミル仕上げ後段スタンドにおいて広く使用されている改良型ニッケルグレンロールは,ハイスロールに晶出している高硬度のMC型炭化物に着目して,ニッケルグレンロールをベースにMC型炭化物を晶出させたロールである1214)。鋳鉄の凝固プロセスにおいてMC型炭化物を形成する元素は,V,Nb,Ta等であることが報告されている15,16)。また,微量のTi添加によりTiCやTi(CN)がVCやNbCの晶出核となり,VCやNbCを粒状化することができることも報告されている17,18)。これらの知見を活用して開発された改良型ニッケルグレンロール(NiGr-E2)のミクロ組織例をFig.2に示す。粒状の黒鉛晶出とともに,基地中に粒状のMC型炭化物が微細分散した組織を呈している。

Fig. 2.

Microstructure of improved type high-nickel-grain roll (NiGr-E2).

NiGr-E2ロールの圧延成績は,Fig.1に示すように,従来型のNiGrロールと比較すると約1.8倍に圧延成績が向上した。一方,従来型(NiGr)および改良型(NiGr-E1,NiGr-E2)のロール表面硬さは,ショア硬さ(HS)で約80程度とほぼ同じ硬さである。したがって,ホットストリップミル仕上げ後段スタンドにおける耐摩耗特性は,同じ硬さのロールであれば,MC型炭化物の晶出量に大きく支配されていることを示唆する結果と考えられる。

そこで,本開発ロールにおいては耐摩耗特性を従来型NiGrロールの3倍以上に向上させる手段として,硬さは従来レベル(HS80程度)を維持して,MC型炭化物量をハイスロール並みに増加させることが可能な新たな材質の開発に取り組んだ。ただし,MC型炭化物形成元素は黒鉛化阻害元素であるため,黒鉛晶出を阻害しない範囲でのMC型炭化物導入を前提条件として合金設計をおこなった。

2・3 耐事故性(耐絞りき裂,き裂進展抑制)

熱間圧延ロールは圧延時に熱サイクルを受けるため,ロール外層部には熱き裂の発生を抑制するために適度な圧縮残留応力が付与されている19)。しかしながら,過大な外層部の圧縮残留応力は,ロール表面に発生したき裂伝ぱを促進すると考えられている8)。ただし,ロール外層部の圧縮残留応力は200 MPa程度であれば,き裂伝ぱを促進する要因にはならないという研究報告がある9)。ニッケルグレンロールは,ロール表面における圧縮残留応力が150~250 MPaと低いことが特徴である20)。また,耐事故性に優れたニッケルグレンロールは,ミクロ組織構成要素に黒鉛が存在するため,この黒鉛の潤滑作用により耐焼付き性が優れていると考えられている21)。一方,ネット状に晶出する共晶炭化物が増加すると耐熱き裂性が悪化することが経験的にわかっている。

そこで,本開発ロールは黒鉛晶出型の材質とするが,NiGr-E2ロールと比較して高合金化する方向であることから,黒鉛の晶出量が減少することが予測された。このため,ネット状共晶炭化物の晶出量を減少させることで耐熱き裂性の向上を狙うこととした。さらに,本開発ロールは,圧延中にロール表面に発生したき裂が内部へ進展することを抑制するために,ロール外層部に発生する圧縮残留応力をNiGrロールやNiGr-E2ロールと同等レベル(150~250 MPa)とすることで,NiGrロールやNiGr-E2ロールと同等の耐事故性を付与することを開発目標とした。

3. 材質評価試験

3・1 実験試料および方法

3・1・1 供試材

実験に使用した供試材の化学組成をTable 1に示す。供試材は,50 kg高周波誘導溶解炉で溶解して,φ100 mm×250 Lの砂型へ鋳造した素材と実際の操業設備を使用した遠心鋳造素材を使用した。準備した素材は,430~470°Cの焼戻し熱処理を実施して供試材とした。今回の開発ロールは,共晶炭化物量を減少させることで耐熱き裂性の向上を狙う方針に従って,供試材の炭素当量CE(C+1/3Si%)は,NiGrロールやNiGr-E2ロールの実績が3.5~4.0%であったものを3.0~3.5%へ低減した。一方,遠心鋳造ロールを製造する際には,遠心力による偏析が問題となるため,MC型炭化物をロール材に均一微細分散させるためには,L→γ+MC共晶線を超えた過共晶組成とならないように留意する必要がある5)。つまり,初晶がγとなる亜共晶組成となるように合金設計をおこなう必要がある。したがって,耐摩耗特性の向上を図るために添加するMC型炭化物形成元素に関しては,遠心力による偏析が問題とならないと考えられる範囲に設定した。

Table 1. Chemical composition of specimens (at%).
CE Mn Ni + Cr + Mo V + Nb
2.7~3.7 0.5~1.0 5.0~10.0 4.0~6.0

3・1・2 硬さとミクロ組織

本開発ロールは,ニッケルグレンロールと同等の低残留応力を実現するために,焼戻しのみの低温熱処理条件を適用することで,圧延事故時の表面き裂進展を抑制して耐事故性の向上を狙ったものである。一方,耐熱き裂性の向上を狙って共晶炭化物量を削減するために,CE値を3.0~3.5%へ低減させている。このため,硬さを従来レベルに維持するためには,合金元素の添加量と硬さとの関係を把握する必要がある。また,改良型ニッケルグレンロールの開発から,MC型炭化物形成元素の添加量は耐摩耗特性に大きく影響していることを示唆する結果が得られた。一方,MC型炭化物形成元素は黒鉛化阻害元素である。したがって,本研究において黒鉛晶出が可能な範囲で最大限のMC型炭化物形成元素が添加できる領域を見出す必要がある。そこで,これらの供試材において,まず,ショア硬さとミクロ組織を調査して,化学組成と硬さおよびミクロ組織の関係について把握を試みた。

3・1・3 耐摩耗特性の評価

本開発材の耐摩耗特性の評価については,Fig.3示す熱間転動摩耗試験機22)を用いて,被圧延材に相当する相手材(S45C)を840~850°Cに加熱して,試験片温度510~520°C,すべり率4.4%,荷重392 N,試験片の周速3.1 m/s,転動回数2500回の条件にて熱間摩耗試験を実施した。供試材は,比較のために遠心鋳造製ロール用ハイス材2種(HSS-1,HSS-2),改良型ニッケルグレン材(NiGr-E2)および本開発材の4種類を使用した。Fig.3に示すように,円周方向の4箇所に供試材を埋め込んだ試験片を製作して,4種類の供試材に同一条件で転動摩擦を与え,各供試材の摩耗深さを同時に比較できるようにした。耐摩耗特性は,試験前後の試験片のプロフィールから測定した平均摩耗深さで評価した。

Fig. 3.

Schematic drawing of apparatus for the hot rolling wear test. (Online version in color.)

3・1・4 耐事故性(耐絞りき裂,表面き裂進展抑制)の評価

本開発材の耐事故性(耐絞りき裂,表面き裂進展抑制)を評価する方法として,まず,Fig.4に示す摩擦発熱急冷試験機を用いて,試験片サイズ:30×30×60 mm,荷重:3.92 kN,ディスク回転速度:1500 ppm,押付時間:5秒の試験条件で摩擦発熱急冷試験を実施することで耐熱き裂性を評価した。摩擦発熱急冷試験実施後の試験片は,ディスク接触面における熱き裂発生状況の外観調査を実施した後に,試験片を切断してき裂発生深さを測定した。次に,圧延時に絞り事故が発生してロール表面に鋼材が焼付くと,ロール表面に深いき裂が発生する原因の一つになると考えられている。そこで,ロール材の耐焼付き性を評価するために,落重式摩擦熱衝撃試験による評価を試みた。落重式摩擦熱衝撃試験はOhhashiらによる報告23)と同じ方式でInoueらが実施した同じ試験方法22)で,20 mm×20 mm×30 mmの各ロール試験片に,直径5 mm×長さ40 mmの軟鋼製のピンによって,圧下量1 mmの条件で強制的に摩擦による急激な熱衝撃を与えた。落重式摩擦熱衝撃試験機の模式図をFig.5に示す。試験片は比較のためにハイス材2種(HSS-1,HSS-2),改良型ニッケルグレン材(NiGr-E2),および本開発材の4種を使用した。試験後の各試験片において圧痕の下端から5 mmの位置で,圧痕に対して横方向のプロファイル・粗度をJIS’82規格にて測定した。これらの結果を用いて,各ロール材の耐焼付き性に関する比較評価を試みた。

Fig. 4.

Schematic drawing of apparatus for friction heat quenching test. (Online version in color.)

Fig. 5.

Schematic drawing of apparatus for drop weight type friction thermal shock test.

3・2 実験結果および考察

3・2・1 硬さとミクロ組織

本開発ロールの硬さを従来レベルに維持するためには,合金元素の添加量と硬さとの関係を把握する必要がある。硬さに大きく影響すると考えられる合金(Ni,Cr,Mo)の添加量とショア硬さ(HS)との関係を種々検討したところ,Fig.6に示すようにNi+2(Cr+Mo)at%とショア硬さ(HS)との間に相関関係が認められた。Table 1に示した範囲で作成した供試材の硬さは,MC型炭化物形成元素の添加量にはほとんど関係なく,Ni,Cr,Moの添加量についてNi+2(Cr+Mo)at%を6.8から8.4に増加させると,ショア硬さ(HS)は70から80に上昇した。この関係はφ100 mm×250 Lの鋳型で作成した供試材と遠心鋳造で作成した供試材はともに同じ関係があることも確認できた。また,本研究において黒鉛晶出が可能な範囲で最大限のMC型炭化物形成元素が添加できる領域を見出すことを目的として,供試材のミクロ組織を観察することで黒鉛晶出有無を調査した。Fig.7に黒鉛晶出有無と(V+Nb)at%,炭素当量(CE)%との関係を調査した結果を示す。この結果から,本開発ロールのMC型炭化物形成元素の添加量はNiGr-E2ロールの2倍程度まで増加させることが可能であると判断された。なお,実機ロールの製造時には,遠心力による偏析の影響が問題ないことを考慮してMC型炭化物形成元素の添加量を検討した。以上より,本開発ロールの外層成分系は,at%でCE:3.3%,Mn:0.8%,Ni+Cr+Mo:7.4%,V+Nb:4.4%に決定した。この結果,本開発ロールのMC型炭化物形成元素の添加量は,NiGr-E2ロールの約1.9倍の添加量となった。

Fig. 6.

Relationship between hardness and chemical compositions (Ni, Cr, Mo).

Fig. 7.

Influence of V, Nb content and carbon equivalent on the amount of graphite.

3・2・2 耐摩耗特性の評価

熱間転動摩耗試験前後の試験片のプロフィールから平均摩耗深さを測定した結果をTable 2に示す。この実験結果から,実際の圧延における耐摩耗特性を定量評価することは困難であるが,定性的には本開発材の耐摩耗特性はNiGr-E2材より優れており,NiGr-E2材とハイス材の中間レベルの耐摩耗特性を有することが予測できる結果が得られた。なお,同種の熱間転動摩耗試験機を用いた熱間圧延ロールの耐摩耗性評価に関する研究結果がいくつか報告されている22,2426)。しかしながら,実際の圧延に供した際のロール性能を定量的に評価するためには,更なる試験条件の最適化を検討することが今後の課題である26)

Table 2. Average wear depth from the profile of the specimen.
Roll type Average wear depth (μm)
PRESENT 1.65
NiGr-E2 1.72
HSS-1 1.35
HSS-2 1.23

3・2・3 耐事故性(耐絞りき裂,表面き裂進展抑制)の評価

摩擦発熱急冷試験の結果として,Fig.8に(a)押付面の観察結果,(b)サンプル切断面における熱き裂発生状況およびき裂深さの測定結果を示す。比較材としてNiGr-E2材についても同様の条件で評価した。この結果,本開発材はNiGr-E2材と同レベルのき裂深さであることが確認できた。また,落重式摩擦熱衝撃試験の評価結果をFig.9に示す。焼付き性の評価に関して確立された定量的な評価方法があるとは言い難い状況にある。そこで今回は,目視で軟鋼の焼付きが認められる程度と試験後のプロファイル形態および粗度Rmaxとの傾向が一致していると考えられたため,各材質の耐焼付き性に関する相対比較評価として,プロファイル・粗度Rmaxを使用することとした。本開発材のプロファイル・粗度Rmaxはハイス材2種より小さく,NiGr-E2材に近い結果となった。以上の試験によって,本開発材の耐焼付き性は,NiGr-E2材とほぼ同じレベルであると推定される結果が得られたと考える。しかしながら,耐焼付き性の定量的な評価方法の確立に関しては今後の課題である。

Fig. 8.

Results of friction heat quenching test, (a) surface of sample, (b) depth of crack occurring in cross section. (Online version in color.)

Fig. 9.

Evaluation result of drop weight type friction thermal shock test, (a) specimen after test, (b) the profile of the steel rod contact on the test piece, (c) measurement result of roughness. (Online version in color.)

4. 実機サイズのロールによる試験

4・1 実験試料および方法

本開発ロールは,従来のNiGrロールやNiGr-E2ロール並みの低残留応力とすることで,圧延中にロール表面に発生したき裂の進展を抑制して,スポーリング等のロールトラブルの発生を防止することを目標としている。そこで,Bホットストリップミルの仕上げ後段用ロールと同じサイズの本開発ロールを製造して,胴部表面のショア硬さおよびX線による残留応力値を測定した。また,当試験ロールの胴部中央付近の外層部から採取した試験片により,機械的特性(圧縮強度・破壊靭性値)を調査した。

さらに,本開発ロールの性能を使用評価するために,Bホットストリップミルの仕上げ後段F5スタンドにて,試験ロールを使用して圧延成績を評価した。また,ホットストリップミルの仕上げ後段用ロールとともに,ニッケルグレンロールが広く使用されている厚板ミルワークロールでの圧延成績も評価した。厚板ミルでの本開発ロールの性能評価試験は,C厚板ミルの仕上げスタンドワークロールにて実施した。

4・2 実験結果および考察

4・2・1 硬さ・残留応力および機械的性質

Fig.10に本開発ロール(胴径625 mm,圧延使用外層厚み50 mm/片)を切断調査した径方向の硬さ分布測定結果を示す。同一サイズのNiGr-E2ロールで調査した結果と比較すると,ほぼ同様の硬さ分布となっていることが確認できた。また,Fig.11に本開発材の胴部表面のミクロ組織写真を示す。NiGr-E2材(Fig.2)と比較して,若干減少しているが黒鉛の晶出は認められた。また,炭素当量CE(C+1/3Si%)をNiGr材やNiGr-E2材の実績(3.5~4.0%)に対して3.0~3.5%へ低減した効果により,ネット状に晶出する共晶炭化物が減少していることも確認できた。さらに,耐摩耗性の向上に寄与するMC型炭化物は基地中に微細分散した組織を呈している。Table 3に試験ロールの胴部中央における表面のショア硬さおよびX線による残留応力値測定結果および機械的特性の測定結果を示す。本開発ロールの表面硬さは狙い通りNiGr-E2ロール(HS79~83)と同レベルの硬さ(HS82)となっており,残留応力もNiGrロールやNiGr-E2ロールの実績(150~250 MPa)範囲に入っている。本開発材は黒鉛量が若干減少しているが,NiGr-E2材と比較して圧縮強度および破壊靱性値が向上している。これは,本開発材がNiGr-E2材と比較して,微細分散したMC型炭化物の増加とネット状に晶出する共晶炭化物が減少していることが寄与した結果と推定される。なお,本開発材の共晶炭化物の種類に関しては詳細な分析ができていないため断定できないが,黒鉛が晶出していることからM3C型炭化物を主体に,一部M7C3型もしくはM2C型炭化物で構成されているものと考えられる。

Fig. 10.

Distribution of hardness in radial direction of test roll.

Fig. 11.

Microstructure of this development roll.

Table 3. Mechanical property of this developed material.
Roll type Compressive Strength (N/mm2) K1C (MPa·m1/2) Hardness (HS) Compressive Residual Stress (MPa)
PRESENT 2800 26.2 82 202, 220
NiGr-E2 2400~2600 20~25 79~83 150~250
HSS 2700~3200 25~30 85~90 300~600

4・2・2 圧延成績の評価

Bホットストリップミルの仕上げ後段F5スタンドにおいて,本開発ロールの圧延成績を評価した結果をFig.12に示す。本開発ロールは,従来型のNiGrロール比で約3.1倍,改良型のNiGr-E2ロール比で約1.7倍の圧延成績が得られた。また,本開発ロールの圧延事故発生頻度は従来と変わりなく,NiGr-E2ロールと比較して深い表面き裂が発生した事例もないことから,耐事故性はNiGr-E2ロールと同等であるとの評価が得られた。この結果は,ロール外層部の圧縮残留応力は200 MPa程度であれば,き裂伝ぱを促進する要因にはならないという従来の研究報告9)と一致する。したがって,本開発ロールは,ネット状に晶出する共晶炭化物が減少している点を考慮する必要があるが,ホットストリップミル仕上げ後段スタンドにおいて,耐事故性(耐絞りき裂,表面き裂進展抑制)をNiGrロールやNiGr-E2ロール並みに確保するためには,外層部の圧縮型残留応力をNiGrロールやNiGr-E2ロールと同じレベル(150~250 MPa)に抑制することが有効であることを示唆する結果と考えられる。また,今回得られた圧延成績は各ロール材の耐摩耗特性の差異による結果と考えることができる。本開発材は共晶炭化物量を大幅に減少させているが,MC炭化物形成元素(V, Nb)の添加量が増加するとともに各ロール材の耐摩耗特性が向上する傾向が認められた。そこで,MC型炭化物形成元素の添加量(at%)と圧延成績比との関係を求めた結果をFig.13に示す。ロール材の耐摩耗特性と考えることができる圧延成績は,MC型炭化物形成元素の添加量を0%から4%へ増加させると,圧延成績比が100%から310%となった。つまり,MC型炭化物形成元素の添加量0%から4%へ増加させると,圧延成績比が100%から310%へ上昇した。今回比較評価した各ロールの硬さは全て同じレベル(HS80程度)であることから,熱間圧延ロールの耐摩耗特性は,MC型炭化物量に大きく支配されているものと考えられる。

Fig. 12.

Performance of this development roll in the hot strip mill. *Roll performance: The rolling tonnage per 1 mm of roll diameter (ton/mm)

Fig. 13.

Relationship between chemical compositions (V, Nb) and roll performance ratio (%). *Roll performance: The rolling tonnage per 1 mm of roll diameter (ton/mm)

したがって,さらなるMC型炭化物形成元素の添加量を増加させることが耐摩耗特性の向上に極めて有効であると判断される。しかしながら,本開発ロールは耐焼付き性を確保するために黒鉛晶出を前提条件としたため,更なるMC型炭化物形成元素の増量は極めて困難である。一方,耐焼付き性に関しては炭化物の方が有効であるという報告もある27)ことから,更なるレベルアップを考える上では,黒鉛晶出を前提としない新たなロール材の研究が今後の課題である。

ホットストリップミル仕上げ後段スタンドと同様に,ニッケルグレンロールが広く使用されている厚板ミルワークロールにおいても本開発ロールの使用評価をおこなった。C厚板ミルの仕上げスタンドにおいて使用評価した結果をFig.14に示す。ホットストリップミルでの使用評価結果と同様に,本開発ロールはNiGr-E2ロール比で1.4倍と圧延成績の大幅な向上が確認できた。圧延成績は,圧延時の摩耗量と各圧延使用後に実施されるロール表面の研削量に依存しているものと考えられる。今回,ホットストリップミルと厚板ミルの使用評価結果において圧延成績の向上効果に差異が生じた理由としては,まず,ホットストリップミル(F5)と厚板ミルでは圧延方式(タンデムorリバース)や圧延温度が異なる点が考えられる。また,ホットストリップミルの方が研削間の転動数(圧延距離)が大きいため,本開発ロールの耐摩耗性の向上効果が,圧延成績により大きく反映される条件となっている可能性がある。なお,詳細な原因の究明にはさらなる調査が必要である。

Fig. 14.

Performance of this development roll in the plate mill. *Roll performance: The rolling tonnage per 1 mm of roll diameter (ton/mm)

5. 結言

ホットストリップミル仕上げ後段スタンドにおいて使用可能な耐事故性(耐絞りき裂,表面き裂進展抑制)を有する新たなロール材,およびこのロール材を適用した高耐摩耗型鋳鉄ロールの開発に取り組むことで以下の成果が得られた。

(1)MC型炭化物形成元素であるV, Nbの添加量を大幅に増量した黒鉛晶出型の高合金鋳鉄を適用した本開発ロールの圧延成績は,従来型ニッケルグレンロール(NiGr)比で約3倍まで向上した。

(2)本開発ロールの耐事故性(耐絞りき裂,表面き裂進展抑制)は,改良型ニッケルグレンロール(NiGr-E2)と同等であるという評価結果が得られた。この理由は,共晶炭化物量の低減とロール表面の残留応力を150~250 MPaの範囲に抑制した結果によるものと推測された。

(3)本開発ロールのショア硬さは,MC型炭化物形成元素の添加量にほとんど関係なく,Ni, Cr, Moの添加量に大きく影響され,Ni+2(Cr+Mo)at%とショア硬さHSとの間に相関関係があることが分かった。

(4)熱間圧延用ワークロールの耐摩耗特性は,硬さが同じレベルであるという前提条件のもとで,MC型炭化物形成元素の添加量(V+Nb) at%を増加させると耐摩耗特性が向上するという相関関係があることが認められた。

(5)本開発ロールにおけるMC型炭化物形成元素のさらなる増量は,黒鉛晶出の観点から困難と判断される。したがって,耐摩耗性のさらなる向上を図る上では,MC炭化物増量以外で耐摩耗性向上を図る研究や黒鉛晶出を前提とせずに耐事故性を有する新たなロール材の研究等が必要である。

謝辞

本研究を遂行するにあたり,熱間転動摩耗試験と落重式摩擦熱衝撃試験に関しては,日本製鉄(株)技術開発本部所有の試験機を使用させていただいた。また,試験の遂行にあたっては日本製鉄(株)技術開発本部にご協力いただいた。ここに謝意を表する。

文献
 
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