Tetsu-to-Hagane
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Mechanical Properties
Analysis of Nano-hardness Distribution Near the Ferrite-martensite Interface in a Dual Phase Steel with Factorization of Its Scattering Behavior
Reon AndoTakashi Matsuno Tomoko MatsudaNorio YamashitaHideo YokotaKenta GotoIkumu Watanabe
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2020 Volume 106 Issue 12 Pages 944-952

Details
Abstract

Herein, we investigated the local preliminary hardening of ferrite near the ferrite–martensite interfaces in a dual-phase (DP) steel. Geometrically necessary dislocations (GNDs), generated due to interfacial misfit between different phases, may cause preliminary hardening of ferrite around such interfaces. However, for nano-hardness distribution, the hardened zone was not evidently detected by scattering measurement. Thus, we factorized nano-hardness scattering to estimate the actual ferrite hardness near ferrite–martensite interfaces.

First, nano-hardness was measured around a martensite island using a conical nano-indenter in the DP steel containing 10% martensite by volume. Taking into account the scattering, the nano-hardness measurement converged to the hardness of ferrite, exceeding the distance corresponding to the nano-indenter radius. Thus, a preliminary hardening zone was not detected. Subsequently, the surface of the nano-indented microstructure was polished and observed using scanning electron microscopy (SEM) by analyzing electron back scattering diffraction (EBSD). This analysis confirmed the presence of the nano-indented microstructure under ferrite. Moreover, it established that the majority of the irregularly higher nano-hardness was caused by the buried martensite under ferrite. The value of the kernel average misorientation (KAM), which is proportional to the GND density for other irregularly higher nano-hardness points, was higher for the nano-indented microstructure as compared to that of the buried martensite. On the other hand, the ferrite was expanded under the nano-indented points for the majority of the irregularly lower nano-hardness, with some exceptions. Further, soft martensite was observed to induce irregularly lower nano-hardness locally around the interface.

1. 背景

Dual Phase(DP)鋼は硬質なマルテンサイトと軟質なフェライトの二つの組織から構成される。高い強度と延性を示し,成形性と耐衝突性に優れるために13)自動車用鋼板としてよく用いられる鋼種である。1310 MPa級までの超高強度鋼板が普及しつつある一方で,産業界における高強度・高延性のニーズは留まることがない。DP鋼においてもさらなる高強度・高延性を目指して様々な分析が進められている。特にDP鋼中のマルテンサイトの分率・形態・硬さとその機械的特性との関係が調査されてきた。例えば,Hasegawaら4)によればマルテンサイト分率が高くなるにつれてマルテンサイトの塑性歪みが増す。このような現象は引張強さを増すということが報告されている5)。疲労破壊挙動に関しても, Kuritaら6)によってマルテンサイト変形との強い相関が報告されている。他にも,マルテンサイトの結晶粒度,形状,および空間分布が強度や延性を支配するとの報告は数多い711)

さらに近年においては,フェライト・マルテンサイトの界面近傍の力学的特性に注目される。Kadkhodapourら12)は界面近傍において第三相とも呼べるような硬化領域が存在し,特に微細組織を有するDP鋼において強度を向上させると報告している。この報告においてその原因はフェライト・マルテンサイト異相間の幾何学的に必要な転位(Geometrically Necessary Dislocation: 以下ではGNDと記す)による可動転位のピン止めとされており,その効果は有限要素法解析による微視的な変形シミュレーションにより検証された。より詳細な検証がRamazaniら13)によりなされており,確かにフェライト・マルテンサイト界面近傍が特別に“硬い”と思われる挙動を示すようである。これは微細組織DP鋼における有効な強化機構として捉えられている。

他方,微細組織でないDP鋼においては,これまでの知見としてその強度におけるフェライト・マルテンサイト界面近傍の振る舞いはあまり影響が無いとされる13)。しかしながら,延性破壊という観点からするとDP鋼のボイド形成はマルテンサイトとフェライトの界面から発生することが多い1417)。このことから,微細組織に限らずDP鋼の延性破壊のメカニズムを解き明かす上で,界面近傍の局所的な機械的特性を明らかにしておかなければならない。

このような背景のもとに,筆者らは有限要素法を使ったナノインデンテーションシミュレーションにより,あるべきフェライト・マルテンサイト界面近傍のフェライトのナノ硬さ分布について調査をしている18)。この調査で,実測されたナノ硬さ分布の傾向を把握することができた。しかしながら,測定結果はバラつきが大きくその結果について確証を得ることができていない。

そこで,本報においてはフェライト・マルテンサイト界面近傍の局所的なナノ硬さ分布をマルテンサイトからの距離と関連付けて調査をするとともに,そのバラつき因子を分析する。筆者らの取り組み18)に先んじて,界面近傍の局所的なナノ硬さ分布についてはKadkhodapourら12)により同様の測定が実施されている。その結果においても界面近傍のナノ硬さバラつきはかなり大きなものとなっていた。このようなバラつきはフェライトの直下に存在するマルテンサイト13),あるいはGNDによる転位のピン止め効果によるもの12)と考察されるが,その検証は十分になされていない。後者のように界面近傍のフェライト中に局所的に硬化した部位が存在するのであれば,延性破壊発生の起点として極めて重要な役割を担うはずである。

本研究の目的とするところは,バラついたナノ硬さの中より真にフェライト・マルテンサイト界面近傍の機械的特性に起因するものを見出すことにある。表面より隠れたマルテンサイト,あるいはフェライトが大きなナノ硬さバラつき因子となることから,これを特定して排除するために本報ではナノインデンテーションの圧痕部をさらに研磨することで圧痕を打ったフェライト部直下のフェライト・マルテンサイト界面形状を可視化する。可視化された界面形状を参照とし,フェライト・マルテンサイト近傍フェライト上のバラついたナノ硬さについて,それが圧痕直下の界面の形状によるものか否かを判別していく。これにより,圧痕部となるフェライト直下の界面形状の変化を考慮しても整合性のとれない硬化(あるいは軟化)域がフェライト中に存在するか否かを明らかにする。さらに,Electron Back Scattering Diffraction(EBSD)により圧痕周囲と上述の研磨した部位を分析し,硬化(軟化)域の要因がGNDによるものか検証する。

2. 実験条件

2・1 供試鋼

本研究で用いた試料の化学成分をTable 1に示す。真空溶解によって作成したインゴットに対し,1173 Kで熱間圧延することにより厚さ6.0 mmの板材とした。この板材を923 Kまで空冷した後,室温まで水冷した。

Table 1. Chemical compositions of the DP steel (mass%).
C Si Mn S Al N
0.049 0.49 1.99 0.0013 0.029 0.0007

Fig.1はレペラー試薬19)を用いてエッチングした後の供試鋼の金属組織像(光学顕微鏡像)である。白い領域はマルテンサイトであり,他の暗い領域はフェライトである。供試鋼には約10%の体積分率のマルテンサイトが含まれ,フェライトとマルテンサイトの平均粒径はそれぞれ11.5 µmと7.1 µmである。ここで,体積分率は画像解析によって算出した面積率とし,平均結晶粒径は線分法により算出した。また,事前に後述のナノ硬さ測定と同一の装置で10,000 µN荷重条件でマイクロ硬さを測定したところ,マルテンサイトは8.7 GPa,フェライトは2.1 GPaであった。いずれも3点測った平均値となる。マルテンサイトとフェライトが比較的大きく広がった領域を狙ってナノ硬さを測定した。

Fig. 1.

Optical micrograph of the LePera-etched DP steel. White grains are martensite, while the others are ferrite. (Online version in color.)

機械的特性はTable 2に示す通りである。引張強度が若干低いものの,590 MPa級鋼材程度の機械的特性となっている。

Table 2. Mechanical properties of the DP steel.
Yield stress [MPa] Tensile strength [MPa] Uniform elongation [%] Total elongation [%]
288 574 17.9 32.8

2・2 ナノインデンテーション

Bruker社製のHysitron TI950 TriboIndenterによりナノ硬さを測定した。フェライト・マルテンサイト界面近傍を狙い,1000 µNと2000 µNでナノインデンテーションを実施した。ナノ硬さの測定には対頂角が90°である円錐圧子を用いた。これは,Bercovich圧子のように圧痕の向きによって界面との距離が変化することを避けるためである。圧痕とマルテンサイトとの距離を評価するにあたって,Fig.2に示すように圧痕中心とフェライト・マルテンサイト界面法線を結んだ長さを計測した。

Fig. 2.

Distance definition between nanoindentation and ferrite-martensite interface in the DP steel.

本測定においては試料の凹凸に特に注意を払った。フェライト・マルテンサイト界面近傍のナノ硬さ測定において,これら二相間の高低差がその結果に影響を与える。そこで,耐水ペーパーの#4000まで研磨した後,ダイヤモンド粒子の1.0 µmで凹凸を完全になくしたうえで,コロイダルシリカによる研磨を行った。Fig.3はナノインデンテーション付属の走査プローブ顕微鏡によって測定したマルテンサイト周囲の高さマップである。フェライト・マルテンサイト界面近傍において,フェライトとマルテンサイトの高低差がほとんどないことが確認できる。

Fig. 3.

Surface height map overlaid on the SEM image around a martensite grain, where nanoindentation was conducted near the interface. (Online version in color.)

ナノ硬さ測定位置は,フェライト・マルテンサイト界面からの距離が0.0~2.0 µmの地点を対象とした。また,圧痕同士の干渉を避けるために,各ナノ硬さ測定位置はその中心同士の距離として圧痕サイズの5倍以上離れた位置とした。3つの領域α,領域β,領域γを設定したうえで,それぞれに対して6~9点ナノ硬さを測定した。領域αにおいては主として一つのマルテンサイト周囲のナノ硬さを測り,領域βでは複数のマルテンサイトを含むようにフェライト・マルテンサイト界面近傍のナノ硬さを測定した。いずれも圧痕荷重を1000 µNとした。領域γでは圧痕荷重の影響を計るために一つのマルテンサイトに対して界面近傍のナノ硬さを圧痕荷重2000 µNとして測定した。

2・3 圧痕周囲の金属組織分析

本報では,フェライト・マルテンサイト界面近傍のナノ硬さばらつきに対し,金属組織的な観点から考察する。そのためにナノインデンテーションによる圧痕周囲の金属組織,および表層研磨後に露出した内部金属組織像を分析する。

分析にあたり,日立ハイテク社製のSEM(SU5000)にAmetek社製のEBSDを組付けたものを用いた。圧痕周囲のSEM像を取得するとともにEBSDによってSEM撮影した同様の視野でマルテンサイトとフェライトの結晶方位を測定した。方位データであるInverse Pole Figure(IPF)に加えてマルテンサイトとフェライトを識別するためにImage Quality(IQ)マップも取得した。また,方位データからはKernel Average Misorientation(KAM)値を求め,これよりGNDの分布を調べた。KAM値は各測定点における隣接する周囲の測定点との差を平均したものとなる。GND密度はKAM値にほぼ比例する事が知られる20)。なお,EBSDのステップサイズは0.04 µmとした。

さらに,圧痕部直下の微視組織を分析するために,ナノインデンテーション後の表面を2.50 µm,および4.86 µmほど研磨し,その都度上記と同様のSEMとEBSD像を取得した。ここで,研磨には0.05 µmのアルミナを用い,さらに精細な像を得るために,Cross-section Polisher(CP)加工を行った。

ここで,研磨量の大きさを計測するにあたり,あらかじめ20 gのVickers圧痕を目印として設けておき,その大きさの変化を測定した。Fig.4に研磨量と圧痕の大きさの関係を模式的に示す。図中,d1は研磨前のビッカース圧痕の対角線長さ,d2は研磨のビッカース圧痕の対角線長さである。そこから切削深さhは次式となる。

  
h = d 1 d 2 2 2 sin 68 ° (1)
Fig. 4.

Schematic image for evaluation method of the polishing depth by measuring Vickers indentation size.

3. 実験結果

3・1 SEMによる圧痕の観察

Fig.5にナノインデンテーションによる圧痕とその周辺金属組織のSEM像を示す。Fig.5においては研磨により圧痕部の直下まで可視化したものを含む。一般にナノ硬さはフェライト・マルテンサイト界面からフェライト側に遠ざかるほど指数関数的に低下するが18),ここでは後述のナノ硬さバラつきを考察するために,この規則に適わないようなバラついた硬さを示した圧痕に対してI1からI8までの識別子を付けた。なお,I2やI7のようなバラつきに含まれないと思しきものも参照として例外的に識別子をつけている。フェライト・マルテンサイト界面と圧痕との距離は,最も近傍のマルテンサイトからの距離を評価した。

Fig. 5.

SEM images of microstructures around the nanoindentations before and after polish. The symbol M denotes the martensite islands.

Fig.5(α-1),(β-1),(γ-1)から狙い通りにフェライト・マルテンサイト界面近傍にナノインデンテーションを打てたことが確認できる。EBSDによるIPF+IQマップにおいてフェライトとマルテンサイトはより識別しやすく,圧痕下のフェライトとマルテンサイトの形状については3・2節に後述することとする。

ナノインデンテーションの圧痕の平均直径は領域αと領域β(圧痕荷重1000 µN)で0.569 µm,領域γ(圧痕荷重2000 µN)で1.17 µmであった。

3・2 EBSD測定によるIPF,IQ,KAMマップ

Fig.6にEBSD測定によって得られたIQ+IPFマップ示す。ここで,Fig.6に示す組織はFig.5のSEM像に全て一致した領域となり,Fig.5におけるフェライト・マルテンサイトの判別がより分かり易くなっている。Fig.6(α-1)-(α-3)から領域αでは,圧痕I1近傍のマルテンサイトが直下においては収縮・消滅していることが改めて確認できる。逆に,圧痕I2直下はマルテンサイトが存在している。Fig.6(β-1)-(β-3)より領域βでは,圧痕I3,I4直下はマルテンサイト界面近傍のフェライトという状態を維持しているが,圧痕I5直下はマルテンサイトが存在している。Fig.6(γ-1)-(γ-3)より領域γでは,圧痕I6直下はマルテンサイト界面近傍のフェライトという状態を維持しているが,圧痕I7,I8はマルテンサイト直上となっている。

Fig. 6.

Image quality and inverse pole figure (IQ+IPF maps) of the microstructures around the nanoindentations before and after polish. (Online version in color.)

次に,Fig.7に同領域のKAMマップを示す。GNDはKAM値より算出されるため20),このKAMマップをもってGNDの定性的な傾向をみる。Fig.7より全ての像においてマルテンサイト部はKAM値が高く,フェライトはKAM値が低い。フェライト・マルテンサイト界面近傍において中間的なKAM値を示すような場所もあるが,必ずしもフェライト・マルテンサイト近傍のKAM値が高いわけではない。フェライト・フェライト粒界以外のフェライト中でKAM値が高い箇所も存在している。なお,フェライト・マルテンサイト界面近傍においてKAM値が高い領域は明らかにステップサイズ(0.04 µm)よりも大きい。したがって,ここで設定されたステップサイズは妥当であったとみなすことができる。

Fig. 7.

Kernel Average Misorientation (KAM) maps of the microstructures around the nanoindentations before and after polish. The black lines indicate grain boundaries.

3・3 ナノ硬さ

Fig.8に1000 µNの圧痕荷重とした領域αと領域βのナノ硬さ測定結果を,Fig.9に2000 µNの圧痕荷重とした領域γのナノ硬さ測定結果を示す。

Fig. 8.

Nano-hardness of ferrite near the ferrite-martensite interface in Area α and Area β measured with 1000 µN force.

Fig. 9.

Nano-hardness of ferrite near the ferrite-martensite interface in Area γ measured with 2000 µN force. (Online version in color.)

Fig.8から,領域αにおいてフェライト・マルテンサイト界面から遠ざかるにつれてナノ硬さは滑らかに下がっておりバラつきは少ない。他方,領域βではナノ硬さのバラつきが大きい。フェライト・マルテンサイト界面からの距離に対して圧痕I4やI5のようなイレギュラーに高い硬さを示す箇所が存在する。特に圧痕I5は界面と同等の硬さとなっている。領域αの圧痕I1と領域βの圧痕I3ではフェライト・マルテンサイト界面からの距離がほぼ同じであるが,圧痕I1における硬さはI3のものよりも1.5 GPa以上小さい。また,I4とI5のナノ硬さバラつきを除けば,フェライト・マルテンサイト界面から0.3 µm離れた地点において硬さの変化が収束している。この値は3・1節に述べた圧痕の大きさ(半径)に等しい。

Fig.9の領域γにおいてもフェライト・マルテンサイト界面からの距離に対して一様にナノ硬さが減少しておらず,バラつきが生じている。圧痕I6は圧痕I7よりもフェライト・マルテンサイト界面に近いが,I7の方がナノ硬さは高い。圧痕I8はフェライトのナノ硬さ(フェライト・マルテンサイト界面より1.0 µm以上離れた部位のナノ硬さ)よりも小さな値を示している。また,領域γではフェライト・マルテンサイト界面から概ね0.6 µmほど離れるとフェライトのナノ硬さに収束をしており,領域αの収束値よりも大きい。この収束距離も概ね3・1節に述べた圧痕の大きさ(半径)に等しいものとなっている。

4. 考察

3章より圧痕の大きさ(半径)以上にフェライト・マルテンサイト界面から遠ざかれば,バラつき部を除いてナノ硬さは概ねフェライトのものに収束した。SEM像やEBSD像で圧痕部として確認できる領域を主たる変形域と考えれば,この変形域(圧痕)がマルテンサイトに及ばなくなったためにこのような収束を示したものと考えられる。これは有限要素法によるシミュレーション結果に一致する18)。フェライト・マルテンサイト界面近傍に硬化領域が存在すれば,この距離はもっと大きくなるはずなので,界面近傍全域に渡るような硬化領域は存在しないことがナノ硬さの結果より分かる。一方で,この結果はあくまでも平均的なナノ硬さの傾向として読み取られたものであり,バラつきを含む結果となっている。当然のごとく,フェライト・マルテンサイト界面近傍のフェライトにおいては,マルテンサイトの存在に起因してナノ硬さのバラつきが大きい。表面上からは見えないマルテンサイトが圧痕直下に存在する可能性が高く,従来報告されるような異相界面近傍のGNDも存在し得る。このバラついたナノ硬さについて,その要因を以下に考察していく。なお,隣接する圧痕の加工硬化部,あるいは圧痕部そのものまで変形域が及んだ場合にはナノ硬さ測定の結果は明らかに本来のものとずれてしまう。本報においては,Fig.6より圧痕周囲のIQが低い箇所(明らかな変形部)が複数の圧痕で重なる部分はみられない。そのため,ナノ硬さ測定結果に対する隣接圧痕の影響は小さいものとして議論を進める。

まず,領域αについて分析をする。領域βの圧痕I3の結果と比較するに,領域αの圧痕I1においてはフェライト・マルテンサイト界面からの距離がほぼ等しいにもかかわらずナノ硬さの値が小さい。これはFig.5と6の(α-2),(α-3)より圧痕I1の直下ではフェライトの領域が広がっており,柔らかいフェライトがナノ硬さ測定結果に影響を及ぼしたためであると思われる。Fig.5(α-2),あるいはFig.6(α-2)の2.5 µmという研磨量は圧痕深さに対しては大きいため,この部位で観察されたフェライトが圧痕直下の変形域のものを直接示しているとは限らない。上記の議論は,2.5 µm研磨した部位と同様に圧痕直下の変形域においてもフェライト部が広がっていることを仮定して進めている。圧痕I1とは逆に,圧痕I2はFig.6(α-2)より圧痕の直下にはマルテンサイトが存在する。しかしながら,圧痕I2におけるナノ硬さはフェライトとほぼ同程度の硬さとなっている。このような想定よりもナノ硬さが低いという挙動についてはその詳細な理由は現在のところ分からない。圧痕直下に限ってフェライト・マルテンサイト界面が圧痕より離れた位置となるような形状となっていたことが一つの理由として考えられる。あるいは,鋼種は異なるもののDP鋼中のマルテンサイトは特にその界面において炭素量がバラつく事が報告されており21),界面付近のマルテンサイトに局所的に軟質な部位が圧痕下に存在していたとも考えられる。

続いて,領域βについて分析をする。圧痕I3についてはFig.6(β-2)よりその下部においても界面の位置はあまり変化していない。領域βにおける界面直上の硬さ(圧痕I20)と比較するとその値が近いために硬めの評価となる。領域αにおける界面直上の硬さ(圧痕I10)と比較すれば界面からの距離0.0 µm(圧痕I10)と0.4 µm(圧痕I2)のナノ硬さを結んだ直線上に位置している。マルテンサイト界面からの距離に応じて指数的に硬さは減少するので18),領域αでのナノ硬さ測定結果をもってしても硬めの評価である。Fig.7(β-1)から圧痕I3の周囲はKAM値が高く,これに伴いGND密度も高い。これがナノインデンテーションにより生成されたものか,元から存在していたものかは判断することはできないが,圧痕下のマルテンサイトの存在有無以外の因子として,もともと存在していたものがナノ硬さとして表れた可能性があるものと思われる。Fig.6(β-2)より領域βの圧痕I20の下部には寧ろマルテンサイトが存在しているが領域αの圧痕I10の結果よりも1 GPa程度もナノ硬さが低い。前述のように,界面近傍のマルテンサイトの炭素量バラつきが原因と考えられる。圧痕I5においてはほぼ界面上の圧痕I20並みのナノ硬さであるが,これはFig.6(β-2)より2.5 µm研磨部ではほぼ圧痕位置がマルテンサイトとなっており,その直下にマルテンサイトが存在していたためであると思われる。圧痕I4については逆にフェライトが圧痕下に広がるような分布であるにもかかわらず,ナノ硬さはフェライトのものよりも若干高い。Fig.7(β-1)より界面周囲にKAM値が高い部位が存在しており,圧痕I3と同様の理由でナノ硬さが高くなった可能性が示唆される。

領域γの圧痕I6はFig.6(γ-1),(γ-2)より研磨してもほぼ圧痕と界面との位置関係に変化が見られない。そのため,界面直上のナノ硬さとフェライトの硬さの概ね中間的なナノ硬さを示す結果になったものと思われる。圧痕I7はナノ硬さがイレギュラーに高いが,Fig.6(γ-2)より圧痕直下に存在するマルテンサイトがその原因であることが分かる。圧痕I8についてはマルテンサイトが直下に存在するにもかかわらずナノ硬さが低い。上述の界面近傍のマルテンサイト硬さバラつきが顕著に発現した可能性があるが,マルテンサイトのナノ硬さがフェライトよりも低いことになるためフェライトのナノ硬さが低い側へバラついた可能性も示唆される。領域γにおいては領域αとβに比べれば圧痕荷重が2倍であるが,フェライト・マルテンサイト界面直上を除いてナノ硬さ測定結果に大きな違いは見られなかった。

上記の結果をまとめると,今回対象としたDP鋼においては従来報告されるようなフェライト・マルテンサイト界面近傍全域に渡るような硬化部は存在しなかった。バラつき因子を探るに,ナノ硬さが高い部位は圧痕部の下に存在するマルテンサイトにより説明ができる。Fig.7のKAMの分布も界面近傍において特段の高い値を示さない。一部,圧痕直下のマルテンサイトでは説明できないバラつきが存在しており,高い側のナノ硬さバラつきに対してはKAM(GND)の影響が示唆された。寧ろマルテンサイトの炭素量バラつきと思しき界面近傍の軟化部(界面近傍としては低いナノ硬さ)が目立つ結果となった。界面近傍の硬化領域が着目されてきたが,本報ではマルテンサイトの3次元的な形態によるナノ硬さ部のバラつき因子を一つ一つ分析する事で,新たに界面近傍マルテンサイトの軟化部存在の可能性を示すことができたものと考える。このメカニズムの検証も含め,力学的特性に対する影響については今後調査を進めていきたい。

5. 結言

本報においてはDP鋼を対象に,フェライト・マルテンサイト界面近傍のフェライトのナノ硬さ分布とそのバラつき因子を調査した。これはマルテンサイトとの界面部近傍のフェライトが硬化しているとの知見に基づき,この硬化以外のマルテンサイトの3次元的な形態に伴う因子を排したナノ硬さ分布を得ることを目的としている。2段階の研磨とSEM・EBSD測定によりナノ硬さ測定のバラつき因子を排除することで,以下の知見を得た。

(1)フェライト・マルテンサイト界面より圧痕の半径程度離れると,バラついた値を除いてナノ硬さはフェライトの値に収束した。

(2)ナノ硬さが高い側へバラついた圧痕において,その下部にはマルテンサイトが存在していた。しかしながら,マルテンサイトが圧痕下に存在しない場合もあった。このような場合,圧痕周囲のフェライトは高いKAM値を示した。従来報告されるGNDによる硬化領域は界面近傍の一部に存在するものと考えられる。

(3)ナノ硬さが低い側へのバラつきにおいて,多くは圧痕下にフェライトが広がった(圧痕が界面から離れた)状態となっていた。しかしながら,逆にマルテンサイトが存在する場合もあったため,界面近傍のマルテンサイトの軟化部の存在が示唆された。

謝辞

本研究を進めるにあたり,日本鉄鋼協会の第27回鉄鋼研究助成,および天田財団奨励研究助成(No. AF-2018035-C2)による補助を受けた。ここに謝意を表する。

文献
 
© 2020 The Iron and Steel Institute of Japan

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