Tetsu-to-Hagane
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Mechanical Properties
Evaluation of Hydrogen-induced Cracking Behavior in Duplex Stainless Steel by Numerical Simulation of Stress and Diffusible Hydrogen Distribution at the Microstructural Scale
Gen Ogita Koki MatsumotoMasahito MochizukiYoshiki MikamiKazuhiro Ito
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2020 Volume 106 Issue 4 Pages 214-223

Details
Abstract

Duplex stainless steels have ferrite and austenite microstructures, which have material properties that are different. The strength level and hydrogen diffusion constant of the phases are different; therefore, it is expected that the microscopic stress and hydrogen concentration distribution are inhomogeneous. Assuming that hydrogen-induced cracking occurs at locally stress-concentrated and hydrogen accumulated locations, it is important to take into consideration the influence of the microstructure in the evaluation of hydrogen-induced cracking. In order to observe crack locations at the microstructural scale, a slow strain rate test of hydrogen-charged specimen was performed and the cross section of the specimen was observed after the test. Hydrogen-induced cracks were mainly found in the ferrite phase. In order to clarify the contribution of the stress and hydrogen concentration distribution to the initiation of hydrogen-induced cracks, a numerical simulation was performed. A microstructural-based finite element model consisting of ferrite and austenite phases was designed based on the micrograph of the duplex stainless steel used. Stress–strain curves of the ferrite and austenite phase were set and macroscopic tension was applied to calculate the microscopic stress distribution. Incorporating the stress distribution into hydrogen diffusion simulation as one of driving forces, the microscopic distribution of hydrogen concentration was calculated. From the simulation results, stress concentration and hydrogen accumulation occurred at ferrite phase or ferrite/austenite boundary. This tendency corresponds closely to the experimentally observed results; therefore, the above approach can be applied to the evaluation of hydrogen-induced cracking at the microstructural scale.

1. 緒言

強度と耐食性の観点から利点のある二相ステンレス鋼は,近年,特に厳しい腐食環境における適用が拡大されてきた。その使用環境においては,電気防食を用いて適用されることが多く,電気防食による二相ステンレス鋼の水素割れのトラブルが多数報告されている18)。また,機械的性質,水素固溶度,水素拡散係数の異なる2つの相で構成される不均質な組織を持つ二相ステンレス鋼においては,その応力・ひずみ分布9)やそれに応じた水素拡散挙動が微視組織形態の影響を強く受ける10,11)と考えられる。これまでに二相ステンレス鋼中の拡散性水素の挙動はフェライト相とオーステナイト相の相比1214),結晶粒径15),水素進入方向に対する鋼材組織の違い1619)および微視組織の違いによる水素拡散経路の違い2023)といった微視組織形態による影響や,予ひずみ24,25)などの影響を受けることが報告されている。しかし,微視組織によってどのような応力分布や拡散性水素濃度分布が形成され,それらが水素割れの発生と関連しているかという観点での検討は,微視組織レベルで応力,ひずみや拡散性水素濃度の分布を直接観察することの困難さもあり,必ずしも十分ではない。そこで本研究では,主に数値解析手法を活用して,微視組織レベルでの水素割れ発生特性に及ぼす微視組織の影響を検討した。

具体的には,本研究では母材と溶接金属のそれぞれの試験片を準備し,予め電気化学的に水素チャージを施した試験片を用いて低ひずみ速度引張(slow strain rate tensile, SSRT)試験を行い,その試験片の破面観察・断面組織観察から二相ステンレス鋼中の水素割れ発生起点と,微視組織の関係を検討した。また,微視組織レベルでの応力分布ならびに拡散性水素濃度分布を求めるために,微視組織の分布形態を有限要素モデル化し,弾塑性解析および応力勾配を主な駆動力として考慮した水素拡散解析を実施した。そして,求めた応力分布と拡散性水素濃度分布から水素割れ発生起点と微視組織の関係を考察した。本論文では,母材における水素割れ発生挙動に及ぼす微視組織の影響について取り扱う。なお,溶接金属に関しても本報と同様の検討を行っており,その結果は別報26)で述べる。

2. 実験および数値解析方法

2・1 水素チャージ後の低ひずみ速度引張試験

二相ステンレス鋼の水素割れ発生特性に及ぼす微視組織の影響を把握することを目的として,水素チャージした試験片を,低ひずみ速度引張試験により破断させ,試験後の破面および断面観察を行った。

2・1・1 供試材料および水素チャージ条件

供試材は板厚12 mmの22%Cr系(UNS No. S31803)二相ステンレス鋼圧延鋼板(以下,母材)とした。二相ステンレス鋼母材の化学組成をTable 1に示す。また本供試材の圧延方向に平行な断面の微視組織をFig.1に示す。この母材より,平行部直径3 mm,平行部長さ25 mmの平滑丸棒引張試験片を採取した。

Table 1. Chemical composition of duplex stainless steel used (mass%).
CSiMnPSNiCrMoCoN
0.0150.330.930.0240.0015.522.63.20.110.17
Fig. 1.

Microstructure of duplex stainless steel used.

採取した試験片に電気化学的に水素をチャージした。水素チャージ条件は,電解液をpH 2.5-硫酸+1%NH4SCN水溶液(25°C)とし,電流密度1.0 mA/cm2で,チャージ期間を1週間および3週間とした。なお,予備実験として,引張試験片の平行部と同じ直径3 mm,長さ25 mmの丸棒試料に対して同条件で水素チャージを行い,100°C/hrの速度で室温から600°Cの範囲で昇温脱離ガス分析法により拡散性水素量を測定した結果,チャージされた拡散性水素の濃度は,1週間で86 ppm,3週間で136 ppmとなった。この結果に基づき,SSRT試験に用いる丸棒引張試験片にも同程度の拡散性水素がチャージされるものと考える。また,これらの1週間および3週間の水素チャージ試験片に加え,比較のため,水素未チャージ試験片についてもSSRT試験を行った。

2・1・2 低ひずみ速度引張試験方法

水素チャージ試験片および未チャージ試験片について,クロスヘッド変位速度0.005 mm/minでSSRT試験を行った。拡散性水素の放出を防ぐための試験片表面へのめっきは施さず,水素チャージ終了後,直ちに試験を開始した。ただし,SSRT試験中に拡散性水素が試験片から放出されることが懸念されたため,チャージ期間3週間の試験片に対して,試験後の破面および断面観察に支障のない部分で試験片平行部を切断し,拡散性水素濃度を測定した。その結果,チャージ期間3週間で得られた拡散性水素濃度136 ppmに対し,SSRT試験後も試験片には116 ppmの濃度の拡散性水素が残留しており,試験片に十分な拡散性水素が存在する状態でSSRT試験が実施されたと考えられる。なお,SSRT試験の見かけのひずみ速度は,SSRT試験におけるクロスヘッド変位速度0.005 mm/minを参考に,平行部(長さ25 mm)が同じ変位を受けるものと仮定すれば,3.3×10-6 s-1となる。後述の数値解析ではこの見かけのひずみ速度を数値解析モデルに対する引張負荷のひずみ速度として用いた。

SSRT試験後に破面観察と断面観察を行った。破面観察は,破断した試験片を破断ままの状態で走査型電子顕微鏡により観察した。断面観察は,破断した試験片の長手方向と平行な面(供試材の圧延方向と板厚方向とで構成される面)において光学顕微鏡により観察した。破断した試験片を樹脂埋めし,最高2000番のエメリー紙まで湿式研磨,6 μm,3 μm,1 μmのダイヤモンドペーストによるバフ研磨,アルミナ懸濁液による仕上げ研磨後,33%水酸化カリウム水溶液により電解腐食して組織を現出して行った。

2・2 数値解析

2・2・1 数値解析手法の概要

二相ステンレス鋼母材の水素割れ発生特性には,強度および水素拡散特性の異なるフェライト相およびオーステナイト相から構成される微視組織の影響があると考えられる。すなわち,微視組織レベルでは,応力や拡散性水素濃度の分布が不均一になっており,これが後述の実験で主にフェライト相側での割れが多く観察された要因のひとつであると予想される。そこで本研究では,微視組織レベルの応力および拡散性水素濃度の分布の観点から水素割れ発生特性を考察するために数値解析を活用した。この数値解析の目的は,微視組織レベルで生じると予想される応力および拡散性水素濃度の不均一な分布の特徴を把握することである。そこで,微視組織の形態を有限要素モデル化し,弾塑性解析および水素拡散解析を行った。

2・2・2 微視組織の有限要素モデルの作成方法

微視組織の有限要素モデルの作成には,電子後方散乱回折(electron backscatter diffraction, EBSD)法によって得られたphase mapを用いた。EBSD法による測定はコロイダルシリカによる鏡面研磨後にステップサイズ0.5 μmで行った。使用したphase mapをFig.2(a)に,作成した有限要素モデルをFig.2(b)に示す。また,Fig.2(c)には要素分割および相の定義の様子がわかるようにモデルの一部を拡大して示す。有限要素モデルの作成には,アメリカ国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology, NIST)によって提供されている微視組織を対象とした有限要素解析ソフトウェアOOF2(バージョン2.1.12)27)を使用した。本ソフトウェアは,微視組織写真などの画像に基づいて有限要素モデルを作成し,各種の数値解析を行う機能を有する。弾塑性解析および水素拡散解析には汎用有限要素解析ソフトウェアAbaqus/Standard(バージョン2018)を用いた。

Fig. 2.

Phase map of duplex stainless steel (a) and generated finite element model (b and c). (Online version in color.)

Fig.2に示した微視組織写真の視野は200 μm×200 μmであり,この領域を1 μm×1 μmの二次元4節点四辺形要素により分割した。弾塑性解析には二次元4節点平面ひずみ要素を,水素拡散解析には二次元4節点質量拡散要素を用いた。各要素は,微視組織写真に基づいてフェライト相またはオーステナイト相のいずれかに分類し,その分類に応じた材料特性を設定する。ここではフェライト相およびオーステナイト相以外の相や,炭・窒化物,不純物などの存在は考慮しなかった。また,フェライト相とオーステナイト相の界面については,両相が単純に隣接して存在するものと考えた。

2・2・3 弾塑性解析および水素拡散解析

数値解析は,弾塑性解析および水素拡散解析を順次行った。まず,作成した微視組織の有限要素モデルに対して巨視的な引張負荷を与える弾塑性解析を行い,微視組織レベルの応力分布を数値解析した。続いて,得られた応力勾配を拡散の駆動力として水素拡散解析を行った。

弾塑性解析で用いたフェライト相およびオーステナイト相の応力-ひずみ曲線をFig.3に示す。これらは,静的引張試験で得られた二相ステンレス鋼の応力-ひずみ曲線に基づき,微視組織観察から得られたフェライト相とオーステナイト相の面積率(SF:SA=57:43)と硬さ比(HVF/HVA=1.1)を用いて,線形の混合則が成り立つと仮定して推定したものである。なお,静的引張試験で得られた二相ステンレス鋼の応力-ひずみ曲線には,一様伸びまでをSwift式により近似し,一様伸び以降まで外挿したものを用いた。

Fig. 3.

Stress-strain curve of ferrite and austenite phases used in the simulation. (Online version in color.)

Fig.2(b)およびFig.2(c)に示した微視組織の有限要素モデルの各相に相当する要素に,Fig.3に示した応力-ひずみ曲線を定義し,引張負荷を与えた。有限要素モデルの上下左右の端部は直線を保持するような境界条件を設定し,負荷方向に強制変位を付与した。SSRT試験結果より,水素チャージ試験片では,大幅に伸びが低下しており,破断ひずみのレベルに至らずとも,比較的早期に微視組織レベルの水素割れが生じているものと予想されることから,数値解析において付与するひずみは一様伸び程度とすることとした。SSRT試験ではクロスヘッド変位を測定しているため,必ずしも厳密ではないが,最大荷重を示すときの伸び2.45 mmを試験片平行部の長さ25 mmで除したひずみ量9.8%が付与されるように,変位量を決定した。このときのひずみ速度は,クロスヘッド変位速度と平行部長さを用いて算定した,3.3×10-6 s-1とした。弾塑性解析においてはひずみ速度依存性を考慮しておらず,数値解析上の時間は任意に設定することができるが,本研究では引き続いて時間依存性のある水素拡散解析を行うため,ひずみ速度を考慮して変位を与えた。

以上の弾塑性解析によって得られる材料組織レベルの不均一な応力分布を考慮した水素拡散解析を行う。水素拡散解析は以下の定式化28)に基づいて行った。まず,拡散物質である拡散性水素の質量保存則は次式で表される。

  
VdcdtdV+SnJdS=0(1)

ここで,V:任意の体積領域,c:濃度,t:時間,S:任意の体積領域の表面,n:表面Sの法線ベクトル,J:濃度流束,である。拡散の駆動力が化学ポテンシャルμの勾配であると仮定すると,濃度流束Jは次式で表される。

  
J=DcRTμx(2)

ここで,J:濃度流束,D:拡散係数,c:濃度,R:気体定数(8.31 J/K·mol),T:温度(K),μ:化学ポテンシャル,x:位置ベクトル,である。化学ポテンシャルμは,次式で定義する。

  
μ=μ0+RTlnφ+pVH¯(3)

ここで,μ0:標準化学ポテンシャル,φ:正規化濃度(=c/ss:溶解度),p:静水圧力, V H ¯ :拡散性水素の部分モル体積である。なお, V H ¯ については同様の数値解析20,21,28)において用いられている2.00×103 mm3/molを用いた。この値はフェライト系の鉄を対象としたものであり,オーステナイト相へのこの値の適用可否は現時点では不明であるが,本論文での数値解析ではオーステナイト相にもこの値を用いた。式(2)および式(3)より,

  
J=sD(ϕx+φlnφlnTx+φVH¯RTpx)(4)

が得られる。式(4)の右辺の括弧内に含まれる各項は順に水素拡散が,正規化濃度φ(=c/s),温度T,静水圧力pに関する勾配を駆動力として進行することを示す。本研究では温度勾配は考慮しないので,拡散方程式は次式で表され,水素拡散の駆動力は,正規化濃度勾配と静水圧力勾配となる。

  
J=sD(φx+φVH¯RTpx)(5)

水素拡散解析に用いるフェライト相およびオーステナイト相の水素拡散係数および水素溶解度は二相ステンレス鋼に関する文献値21)を参照し,Table 2に示す値を用いた。水素拡散解析における初期条件は,数値解析対象とした領域では,局所的に平衡状態に達しているものと仮定し,全領域で等しい正規化濃度φとなるように設定する。正規化濃度φc/sで定義され,フェライト相およびオーステナイト相は水素溶解度sが異なるため,拡散性水素濃度はフェライト相およびオーステナイト相とで異なる値となる。ここでの数値解析では,微視組織の有限要素モデル全体の平均拡散性水素濃度が,1週間の水素チャージによる試験片全体の平均拡散性水素濃度である86 ppmとなるように,正規化濃度φの値を6.13×10-3と設定した。その結果,フェライト相およびオーステナイト相の初期の拡散性水素濃度は,それぞれ0.2 ppmおよび199.2 ppmとなる。また,局所的な拡散性水素濃度分布の変化を検討することを目的としているため,数値解析モデル全体の拡散性水素量は保存される,すなわち,拡散性水素の流入あるいは流出は考慮しておらず,数値解析モデル内での分布の変化を考える。

Table 2. Material properties used in hydrogen diffusion simulation.
Diffusion coefficient, D (m2/s)Solubility, s (ppm·mm/N1/2)
Ferrite6.0 × 10–110.033
Austenite1.4 × 10–1632.51

3. 結果と考察

3・1 水素チャージ後の低ひずみ速度引張試験

3・1・1 低ひずみ速度引張試験

SSRT試験によって得られた母材の公称応力-クロスヘッド変位曲線をFig.4に示す。チャージされた拡散性水素量の増加とともに,伸びが低下していることが確認できる。公称応力-クロスヘッド変位曲線より,チャージ期間1週間で十分に拡散性水素の影響が確認できると考え,以降の破面および断面観察は,未チャージ試験片と1週間チャージ試験片(以降では,チャージ試験片と表記する)を対象とし,これらの比較を行った。

Fig. 4.

Stress-crosshead displacement curve of uncharged and charged specimens of base metal. (Online version in color.)

3・1・2 低ひずみ速度引張試験後の破面観察

SSRT試験後に走査型電子顕微鏡で観察した試験片の破面について,Fig.5(a)から(c)に未チャージ試験片,Fig.5(d)から(f)にチャージ試験片の破断面の全体写真および特徴的な破面の拡大写真を示す。供試材料である二相ステンレス鋼は,Fig.1に示すような圧延組織を有しているため異方性があり,SSRT試験後の破断面は扁平化している。未チャージ試験片の方が扁平化の程度は大きく,チャージ試験片はより早期に破断するため,未チャージ試験片ほどには扁平化していない。

Fig. 5.

Fracture surface after SSRT test of uncharged (a, b and c) and one-week charged base metal specimens (d, e and f).

未チャージ試験片では,Fig.5(b),(c)に示すように破断面全体にわたってディンプルが確認でき,典型的な延性破壊を生じている。一方,チャージ試験片では,Fig.5(e)のようにディンプルが確認される領域もあるが,Fig.5(f)のような擬へき開破面も生じている。Fig.5(d)では,ディンプル主体の破面および擬へき開破面の領域を区分して示している。擬へき開破面は,主に破断面の外縁周辺で確認され,拡散性水素が表面からチャージされたことにより,表面近傍で影響がより顕著に現れたものと予想される。

3・1・3 低ひずみ速度引張試験後の断面観察

二相ステンレス鋼母材において拡散性水素の影響によって延性が低下し,破壊形態が変化することが確認できたので,引き続いて,破断した試験片の割れ発生位置と微視組織の関係に注目して断面観察した。

未チャージ試験片では,Fig.6に示すとおり,引張方向に微視組織が伸長しており,延性的に破壊していることがわかる。また,破断面から離れた領域では,割れは確認されていない。一方,チャージ試験片では,Fig.7に示すように試験片平行部の全長にわたって,表面付近を中心に割れが観察された。割れはほとんどが試験片の長手方向に垂直,すなわち,負荷方向に垂直に生じており,最大主応力が支配因子となっていることが推察される。

Fig. 6.

Cross-section of uncharged SSRT test specimen.

Fig. 7.

Cross-section of one-week charged SSRT test specimen.

断面観察は,破断した試験片に対して行っているため,進展あるいは大きく開口した状態の割れも多く存在する。このような状態にまで至った割れに基づいて微視組織の影響を考察することは困難であると考えられる。そこで本研究では,微視組織の影響が明確に現れると考えられる,比較的小さな割れ,具体的には,概ね数個のフェライト相あるいはオーステナイト相にわたる割れに注目する。このような比較的小さな割れはフェライト相およびオーステナイト相の双方で生じているが,フェライト相で生じたと思われる割れが圧倒的に多い。また,割れの生じたフェライト相に隣接するオーステナイト相では割れていない場合や,さらに隣接するオーステナイト相をまたいで,その先のフェライト相内で割れが観察される場合も確認される。特定の断面における観察であるため,1つの割れの先端の前方においてフェライト相のみが割れているのか,あるいは,独立したフェライト相の割れが隣接して存在しているのかといったことは判断が困難であるが,いずれにしてもフェライト相とオーステナイト相との間で割れ発生特性が異なることに起因するものと推察される。

3・2 数値解析

まず,微視組織レベルの応力分布を示す。水素拡散の駆動力に関係する静水圧力分布をFig.8に,水素割れ発生の支配因子のひとつであると考えられる最大主応力分布をFig.9に示す。それぞれ微視組織モデルがほぼ全体にわたって降伏したと考えられる付与ひずみ1.5%の段階(Fig.8(a)およびFig.9(a))と,最大荷重点を想定した付与ひずみ9.8%の段階(Fig.8(b)およびFig.9(b))とについて示した。Fig.8およびFig.9には,フェライト相とオーステナイト相の境界を白線で描いている。静水圧力は,圧縮を正として定義されるため,Fig.8において負に大きな値を示す領域では引張応力が作用していることになる。Fig.8およびFig.9より,静水圧力と最大主応力の分布傾向は概ね類似していることが確認できる。静水圧力および最大主応力が高い値を示しているのはフェライト相であり,これは数値解析に用いた応力-ひずみ曲線から明らかではあるが,フェライト相の中でも板厚方向の厚さが周囲に比べて小さい領域,つまり,隣接したオーステナイト相間距離が周辺に比べて狭くなっているフェライト相で高い値を示す傾向があり,微視組織形態の影響も受けている。

Fig. 8.

Hydrostatic pressure distribution in base metal microstructure at applied strain (a) 1.5% and (b) 9.8%. (Online version in color.)

Fig. 9.

Maxmum principal stress distribution in base metal microstructure at applied strain (a) 1.5% and (b) 9.8%. (Online version in color.)

以上の弾塑性解析によって得られた静水圧力を拡散の駆動力として考慮した水素拡散解析の結果として,拡散性水素濃度分布をFig.10に示す。初期の拡散性水素濃度分布(Fig.10(a))に加え,Fig.8およびFig.9にそれぞれ示した静水圧力分布および最大主応力分布と同様に,付与ひずみ1.5%および9.8%における分布をそれぞれFig.10(b)およびFig.10(c)に示す。水素拡散解析に関する初期条件に関して述べたとおり,フェライト相とオーステナイト相との溶解度の差に起因して,拡散性水素濃度は両相で大きな差がある。例えば,初期の拡散性水素濃度分布は,Fig.10(a)に示すようになっており,オーステナイト相の拡散性水素濃度が高く,薄灰色で表示される。このため,両相の分布を1つのコンター図で同時に判別可能な状態で示すことは難しく,ここではまず,拡散性水素に起因する割れが主に生じると考えられるフェライト相における分布が明確になるようにコンターの範囲を設定して示した。ここでは,拡散性水素濃度の初期値が凡例の中央(緑色)となるように表示範囲を設定しており,拡散性水素が集積して初期状態よりも増加した領域は暖色で,減少した領域は寒色で表示される。Fig.10(b)およびFig.10(c)より,拡散性水素濃度の高い領域はフェライト相に生じており,この領域はFig.8に示した静水圧力が負に大きな値を示す領域,すなわち,引張応力の高い領域と対応している。これは,水素拡散の駆動力を静水圧力勾配と考えているため,静水圧力勾配にしたがって拡散性水素が拡散し,最終的に引張応力の高い領域に集積する結果である。

Fig. 10.

Hydrogen concentration distribution in ferrite phase of base metal microstructure at (a) initial condition, (b) applied strain 1.5%, and (c) 9.8%. (Online version in color.)

一方,オーステナイト相に注目して,Fig.10に示したフェライト相の水素濃度分布と同様に,付与ひずみ1.5%および9.8%における拡散性水素濃度分布をFig.11に示す。ここで,濃灰色で示される領域は,拡散性水素濃度が低いフェライト相である。オーステナイト相では,拡散・集積による拡散性水素濃度の上昇が生じる一方で,減少している領域も存在する。フェライト相ではFig.10に示したように大半の領域で拡散性水素濃度が上昇しているのに対し,オーステナイト相では減少している領域もあるということは,拡散性水素は,相内での再分布だけではなく,相間の移動もしていることがわかる。このような拡散が生じた結果として,Fig.11(b)に示すように,フェライト/オーステナイト相境界で拡散性水素の集積が生じていることが確認できる。本研究で実施したSSRT試験では,フェライト相およびオーステナイト相の長手方向と負荷方向が一致し,フェライト/オーステナイト相境界に直交するような負荷は比較的小さいと考えられるため,明らかにフェライト/オーステナイト相境界で生じたと判断できる割れは観察できていないが,相境界も割れ発生位置となる可能性を示唆するものといえる。

Fig. 11.

Hydrogen concentration distribution in austenite phase of base metal microstructure at applied strain (a) 1.5% and (b) 9.8%. (Online version in color.)

以上の微視組織レベルの応力分布および拡散性水素濃度分布の数値解析結果をふまえると,供試材料とした二相ステンレス鋼母材における水素割れ発生特性は,以下のように考えられる。まず,水素チャージ後の初期状態において微視組織レベルでは平衡状態で分布する拡散性水素が,引張負荷によって生じる微視組織レベルの応力分布を駆動力として,拡散および集積し,局所的に高い水素濃度の領域が生じる。拡散性水素が集積する領域は,水素拡散係数が大きく,かつ,静水圧力が高くなる領域の生じるフェライト相である。応力分布は微視組織形態の影響を大きく受けるため,結果的に静水圧力が高く拡散性水素が集積している領域で最大主応力も高い値を示す。このようにして拡散性水素が集積したフェライト相に高い最大主応力が作用することで,水素割れが生じたものと考えられる。また,フェライト相で比較的多くの割れが観察された結果は,この数値解析結果とも定性的に対応している。数値解析を用いたことにより,異なる微視組織に対しても応力分布や拡散性水素濃度分布の観点から考察することが可能になったことは意義があると考える。今後,より精緻な観察と組み合わせることで,微視組織レベルでの水素割れ発生の限界条件を推定することなどにも活用できると考えられる。

4. 結言

本論文では,強度特性および水素拡散特性の異なるフェライト相およびオーステナイト相で構成される二相ステンレス鋼の水素割れ発生特性について,微視組織レベルの応力分布および水素濃度分布の観点から検討した。主要な結果を以下に示す。

(1)二相ステンレス鋼母材のチャージ試験片および未チャージ試験片を用いてSSRT試験を行い,拡散性水素の影響を検討した。SSRT試験後の断面観察の結果,拡散性水素の影響によると思われる割れは,主にフェライト相において確認された。

(2)微視組織レベルの割れ発生位置について,応力分布および水素濃度分布の観点から検討するため,微視組織の分布形態を有限要素モデル化し,弾塑性解析および水素拡散解析を行った。その結果,拡散性水素の集積はフェライト相およびフェライト/オーステナイト相境界に生じ,フェライト相には高い最大主応力が生じることを示した。

(3)以上の(1)および(2)の結果より,水素チャージした二相ステンレス鋼母材においては,フェライト相に拡散性水素が集積するとともに高い最大主応力が生じることによって,フェライト相において比較的多くの割れが観察されたものと考えられる。

謝辞

本研究の一部は,JSPS科研費16K05977,19K04075の助成を受けたものである。

文献
 
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