2020 Volume 106 Issue 6 Pages 402-412
The influence of Mn addition on fatigue properties of ferritic steel containing solute carbon was examined using rotating bending fatigue tests on water-quenched Fe-0.016C-1.9Mn ferritic-pearlitic steel containing 0.0035 mass% solute carbon in comparison with water-quenched Fe-C ferritic steels containing 0.0063-0.017 mass% solute carbon. The fatigue tests were carried out at ambient temperature around 300 K and a frequency of 50 Hz with a stress ratio of –1. The Fe-C-Mn steel exhibited a comparable hardness and fatigue limit to the water-quenched Fe-0.017C ferritic steel which contains about three times the amount of solute carbon than the Fe-C-Mn steel. In addition, the Fe-C-Mn steel exhibited a comparable coaxing effect to the Fe-0.017C ferritic steel when started from a stress amplitude near the fatigue limit. Crack initiation sites were changed by stress amplitude unlike in the Fe-C ferritic steels. Specifically, intergranular cracks were observed at high stress amplitudes and transgranular cracks were observed at low stress amplitudes near fatigue limit. It was concluded that the Mn addition suppresses intergranular cracking at the low stress amplitudes.
金属疲労は鉄鋼構造部材の破損事故の主因である。このため,疲労破壊が起こる下限界応力振幅である疲労限は安全な構造強度設計の基準として取り扱われている。疲労限は疲労き裂の発生限界および停留限界に大別される。炭素鋼を含む多くの鉄鋼材料の疲労限では,平滑材であっても疲労き裂が発生後に停留する。すなわち,き裂停留限界が疲労限を決定している1–4)。種々ある疲労き裂停留に関係する因子の中でも,鉄鋼材料では,き裂先端塑性域における固溶炭素由来の動的ひずみ時効硬化が主因子として挙げられる。具体的には,炭素拡散による転位ピン止め効果がき裂先端の塑性域の硬さを上昇させ,疲労き裂停留に有効に寄与する5–7)。例えば,我々はFe-0.017C(mass%)二元合金を焼入れし,フェライト中に炭素を過飽和に固溶させた材料に着目した。この材料では,炭素によるひずみ時効硬化が大きいため,従来鋼と比較して疲労限8)および微小疲労き裂停留限界9,10)が高い。しかし一方で,炭素を過飽和に固溶させるための急冷処理を施す場合,粒界近傍に存在する炭素は粒界へ拡散・偏析する11)。その結果,粒界近傍では固溶炭素濃度の低い領域が形成されると想定され8,10),この領域では炭素による固溶強化ならびにひずみ時効硬化の程度が低く,粒界き裂発生が助長される。これらの頻繁に発生する粒界き裂が合体して長くなると,そのき裂はもはや停留しない。したがって,き裂停留限界の高いFe-Cフェライト鋼の疲労限については,粒界き裂発生の容易さも合わせて考慮する必要がある。
これら上述した炭素拡散に由来する種々の現象に関連し,本研究では鉄鋼材料の主要元素のひとつであり,炭素と引力相互作用を持つMnに着目する。Mnは炭素との引力相互作用に起因して,炭素のポテンシャルエネルギーカーブにおいて鞍点エネルギーが変化しないという仮定の下では炭素の拡散係数を低下させる12)。つまり,Mn添加は炭素拡散に由来する粒界近傍の低炭素領域形成を抑制し,粒界き裂発生を抑制する可能性を有する。一方でMn添加による炭素拡散の抑制効果は,ひずみ時効硬化を遅延させることが極低炭素鋼で報告されている13)。すなわち,炭素拡散の観点では,Mnは粒界近傍の低炭素領域形成を抑制する可能性とひずみ時効硬化の遅延という,疲労特性に対する正負の効果を有する。また,ひずみ時効に関連して,フェライト鋼において,Mnは炭素と引力相互作用に起因してMn-C対を形成することが報告されている14–17)。さらにオーステナイト鋼では,Mnが炭素単原子当たりのひずみ時効硬化量を上昇させることが議論されている。例えば,Fe-Mn-Cオーステナイト鋼では,Mn-C対の形成による炭素のひずみ時効硬化の促進および硬化量の上昇18–20)に起因した停留き裂の発現および疲労限の上昇が議論されている21,22)。つまり,オーステナイト鋼と同様に,フェライト鋼においてもMn添加によって炭素単原子当たりのひずみ時効硬化量が上昇する可能性がある。
以上を踏まえて本研究では,焼入れを施した三元Fe-C-Mnフェライト鋼を対象に平滑材での疲労試験を行い,二元Fe-C焼入れフェライト鋼との比較を通して,フェライト鋼の高サイクル疲労特性に及ぼすMnの影響を調査する。合わせて,動的ひずみ時効硬化および疲労限に関連する現象として知られるコーキシング効果にも着目する。コーキシング効果とは,疲労限以下の応力振幅における疲労変形およびその後の段階的な応力振幅の増大により,疲労破壊の下限界応力が上昇する現象23,24)であり,加工硬化25)およびひずみ時効硬化26–28)が顕著に現れる材料に発現する。特に二元Fe-Cフェライト鋼のコーキシング効果の発現には,ひずみ時効硬化に起因するき裂停留現象に加えて,き裂発生頻度も重要因子であると報告されている27,28)。すなわち,Mn添加は疲労き裂発生・進展挙動および動的ひずみ時効硬化現象の変化を通して,コーキシング効果にも影響を与えうる。したがって,コーキシング効果の観点からもMnの影響を調査する。
本研究では,Fe-0.016C-1.9Mn合金(mass%)を用いた(以下,Fe-C-Mn三元合金と呼称する)。化学組成をTable 1に示す。Fe-C-Mn三元合金は高周波誘導真空溶解炉にて鋳造された50 kgインゴットを1100°Cにて熱間圧延を施し,1200°CのAr雰囲気中で二時間保持し均質化処理した。その後,再度1100°Cの熱間圧延を施し,空冷した。熱間圧延材は,直径9 mmの丸棒形状に切削した後,ソルトバスを用いて640°Cにて30分保持した後,氷水急冷した。この最終熱処理条件は,Fig.1に示す炭素の拡散のみを考慮したパラ平衡計算に基づき作成したFe-C-1.9Mn合金の平衡状態図より決定した。具体的には,マルテンサイト(熱処理中はオーステナイト)が生成しない温度範囲で,ひずみ時効硬化能の観点から固溶炭素量が最大となる温度条件とした。氷水急冷後は,試験片作成および疲労試験の時間を除き,炭化物の生成や固溶炭素の偏析を出来るだけ防ぐために-85°Cの冷凍庫にて保存した。Fig.2に熱処理工程を示す。熱処理後組織はFig.3に示すようにフェライト・セメンタイトの二相組織であり,パーライト組織(Fig.3(b))および粒界に点在するセメンタイト(Fig.3(c))が確認された。なお,セメンタイトの体積分率は0.20%(計算値),セメンタイトとフェライト二相で構成されるパーライト組織のRD面における面積分率は0.90%(実測値)とどちらも少量であった。粒界に存在するセメンタイトの疲労き裂進展に対する影響は,き裂進展を妨げる硬質相としての機能29)であり,パーライト組織も同様の機能30)を示す。このようなき裂進展の抑制効果は,き裂先端がセメンタイトおよびパーライト組織に直面する確率に依存する。しかし,セメンタイトの体積分率,パーライト組織の面積率が小さい場合,この確率は極めて小さい。よって本研究ではこれらの機能を議論の対象としない。なお実際に,セメンタイトやパーライト組織でき裂が停留した例は観察されなかった。また,供試材のフェライト平均結晶粒径は面積計量法により算出し38 µmであった。さらに,考察で比較検討を行うFe-0.017C二元合金のフェライト平均結晶粒径は65 µmであった3,4)。熱処理後のビッカース硬さは123 Hvであった。ビッカース硬さ試験は圧痕が結晶粒を複数またぐ荷重(4.907 N)で行い,12点計測し最大最小の2点を除き平均値を算出した。
C | Si | Mn | P | S | Al | Cr | O | N | Fe |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
0.016 | 0.03 | 1.87 | <0.002 | 0.001 | 0.013 | 0.01 | 0.004 | 0.0027 | Bal. |
Calculated phase diagram of Fe-C-1.9 mass% Mn system. (a) wide-field view and (b) enlarged view. The phase diagram was obtained using the para-equilibrium condition by PandatTM, PanFe-2013.
Heat treatment diagram for the specimen. Ar G.C.: Ar gas cooling and I.W.Q.: iced water quenching. The tensile and fatigue specimens were machined after the second hot rolling.
Secondary electron (SE) images of specimen captured on rolling-direction plane after I.W.Q. from 640ºC. (a) low magnification, (b) high magnification of the pearlite region, and (c) high magnification of the cementite particles formed along a ferrite boundary. (Online version in color.)
引張試験はひずみ速度10-3 s-1および10-5 s-1,室温(≈20°C)で行った。引張試験片形状をFig.4(a)に示す。平行部形状は3.5 mm幅,30 mm長さ,2 mm厚さである。引張方向は熱間圧延方向に平行とした。本試験片は放電加工にて切り出し,#1000の研磨紙で引張方向に平行な条痕のみが残るように機械研磨を施した。
Specimen geometries and dimensions for (a) the tensile test and (b) the rotating bending fatigue test (mm).
回転曲げ疲労試験は小野式小型回転曲げ疲労試験機を用いて周波数50 Hz,応力比-1,室温で行った。回転曲げ疲労試験片は旋盤を用いてFig.4(b)の形状にした後,機械研磨で表面を鏡面にし,3%ナイタールでエッチングを施した。
本研究では,試験片が107サイクルまで破断しない最大応力振幅を疲労限と定義した。コーキシング効果は107サイクル毎に応力振幅を5 MPaずつ上昇させて評価した。
き裂進展挙動はプラスチックレプリカ法を用いて観察した。レプリカ法にはアセチルセルロースフィルムを用い,これを酢酸メチルに浸漬して試験片表面に直接貼り付けることで表面凹凸を転写した。レプリカの観察には光学顕微鏡を用いた。
試験終了後,走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて破面観察を行った。観察条件は加速電圧15 kV,作動距離10-25 mmである。また,試験終了後の試料に対して機械研磨で試料表面を鏡面にした後,電子チャネリングコントラストイメージング(ECCI)および電子線後方散乱回折法(EBSD)を用いて微視組織観察を行った。ECCIは加速電圧30 kV,作動距離3-4 mmで行った。EBSDは加速電圧20 kV,作動距離15 mm,ビームステップサイズ0.2 µmで行った。
Fig.5にFe-C-Mn三元合金の公称応力-公称ひずみ線図および加工硬化率-真ひずみ線図を示す。また,文献10)を基に作成しなおしたひずみ速度2.5×10-5 s-1におけるFe-0.017C二元合金の引張試験結果も合わせて示す。なお,図を見やすくするために,Fe-0.017C二元合金に関しては公称ひずみ2-20%の範囲のみを示している。
(a) Nominal stress-strain curves and (b) true stress-strain curves and strain hardening rate curves tested at strain rates of 10–3 and 10–5 s–1. The serrations which are the manifestation of dynamic strain aging were observed at 10–5 s–1. For comparison, the nominal stress-strain curve10) of the Fe-0.017C steel at a strain rate of 2.5×10–5 s–1 is redrawn as dotted line for the strain range of 2-20%. (Online version in color.)
一般的にひずみ速度を大きくすると,転位運動の熱活性化過程による転位の短範囲障害物の通過確率が減少するため,流動応力は増大する。しかし,Fig.5のFe-C-Mn三元合金においては,変形後期の流動応力がひずみ速度増大により低下している。これは動的ひずみ時効硬化が起こるときの典型的な挙動である18,31)。つまり,ひずみ速度が低下すると炭素が転位に集積し易くなり,転位のピン止め効果が大きくなる。このため,ひずみあたりの転位密度の増大率が上昇し,加工硬化率が高くなるので流動応力が上昇する。また,10-5 s-1において応力-ひずみ線図上にセレーションが確認された。炭素鋼の室温変形では,このセレーションは動的ひずみ時効発現の証拠である31,32)。以上二点から,Fe-C-Mn三元合金では室温において動的ひずみ時効が発現することがわかった。
またFig.5(a)からFe-C-Mn三元合金とFe-0.017C二元合金の引張強度は同等であり,加工硬化率はFe-0.017C二元合金の方が高いことがわかる。
3・2 疲労試験3・2・1 応力振幅-疲労寿命(S-N)線図Fig.6にFe-C-Mn三元合金のS-N線図を示す。階段状の線は107サイクル以降のコーキシング効果試験の結果を示している。Fig.6には合わせて,炭素が全て固溶しているフェライト単相の焼入れFe-0.017C二元合金の疲労試験結果3,4)も白抜きのひし形で示している。Fe-C-Mn三元合金の疲労限は220 MPaであり,Fe-0.017C二元合金の疲労限(210 MPa)と同等であった。
Fig.7にFe-C-Mn三元合金とFe-C二元合金27,28)の疲労限を,ビッカース硬さで整理した結果を示す。ビッカース硬さは炭素やMn等による固溶強化やセメンタイトによる硬さ上昇を含む静的強度である。そのビッカース硬さで整理した場合であっても,Fe-C-Mn三元合金の疲労限はFe-C二元合金と同程度である。またFig.5(a)で示したように,Fe-C-Mn三元合金とFe-0.017C二元合金の引張強度は同等であり,両鋼種の疲労限は引張強度で整理しても同程度である。Fig.1に示した計算状態図によると,今回用いたFe-C-Mn三元合金の固溶限は0.0035 mass%であり,炭素が全て固溶しているFe-0.017C二元合金(固溶炭素量:0.017 mass%)よりも有意に低い固溶炭素量である。しかし,これら二合金のビッカース硬さ,引張強度ならびに疲労限が同程度であった点は本研究の重要な結果の一つである。なお,Fe-C-Mn三元合金の固溶炭素量については,内部摩擦法33)などを用いて,今後実験的に定量する必要があると考える。
コーキシング効果を評価するため,疲労限より10 MPa低く,かつ停留き裂が観察された(Fig.9にて後述)応力振幅である210 MPaを初期応力振幅として,107サイクル毎に応力振幅を5 MPaずつ上昇させる疲労試験を行った。この初期応力振幅210 MPaは,Fe-C-Mn三元合金と同等のビッカース硬さと疲労限を示したFe-0.017C二元合金との比較のため,Fe-0.017C二元合金におけるコーキシング効果試験の初期応力振幅27,28)と揃える目的で決定した。結果として,初期応力振幅(210 MPa)を一割以上超える245 MPaまで応力振幅を増加させても破断に至らなかった。Fe-C二元合金27,28)では,コーキシング効果測定試験においてFe-0.0063C二元合金で疲労限(150 MPa)より15 MPa,Fe-0.017C二元合金で疲労限(210 MPa)より45 MPaの応力振幅の上昇後,試験片が破断した。これらFe-C二元合金の結果と比較すると,Fe-C-Mn三元合金は推定最大固溶炭素量が0.0035 mass%と低いにも関わらず,有意に大きなコーキシング効果を示したといえる。
また,Fe-0.017C二元合金と初期応力振幅を揃えたコーキシング効果試験とは別に,初期応力振幅を疲労限(220 MPa)とし,従来鋼34,35)と初期応力振幅条件を合わせた場合のコーキシング効果試験も実施した。この場合は,220 MPaで1.0×107サイクル試験後,225 MPaでの試験中にて破断し,合計繰り返し数は1.7×107サイクルであった。つまり顕著なコーキシング効果は認められなかった。なお,この試験では,1.0×107サイクル時に疲労き裂が粒内に発生していることは確認しているが,試験片が早期に破断したため,それ以降の詳細なき裂進展挙動観察は行えなかった。そのため,この結果に対する詳細な考察は不可能である。
3・2・2 疲労き裂発生・伝ぱ挙動Fe-C-Mn三元合金の疲労き裂発生・伝ぱ挙動に着目すると,疲労限近傍と高応力振幅で異なる挙動が観察された。Fig.8に示すように,疲労限よりも高い応力振幅(230 MPa)では,疲労き裂が粒界に沿って観察された。一方,Fig.9に一例を示すように,疲労限近傍(210 MPa)では,疲労き裂が粒内において複数観察された。これら粒内き裂は,発生後から107サイクルまで停留していた (Fig.9(b)-(d))。また,210 MPaで観察された停留き裂は,その後コーキシング効果測定のために250 MPaまで段階的に応力振幅を増加させた際も明瞭な進展を示さなかった (Fig.9(d)-(f))。これらの疲労限近傍応力振幅でのき裂発生サイトはFe-C二元合金と異なり,Fe-0.0063C二元合金では粒界に沿ってき裂が発生・進展しており,Fe-0.017C二元合金では粒界でき裂が発生し粒内へ進展している27,28)。
Replica images of the specimen tested at a high stress amplitude of 230 MPa showing two different cracks. (a) and (d) before the test, (b) and (e) at Nt = 1.0×106 cycles, and (c) and (f) at Nt = 2.0×106 cycles. (Online version in color.)
Replica images of the specimen tested for the coaxing effect. The initial stress amplitude was 210 MPa. (a) before the test, and (b) upon crack formation observed at 4.0×106 cycles. After 107 cycles, the stress amplitude was increased by 5 MPa every 107 cycles. The fatigue crack did not propagate from (b) 4.0×106 cycles at 210 MPa to (d) 1.0×107 cycles at 210 MPa. The crack propagated slightly from (d) to (e) 5.0×107 cycles at 230 MPa, but it did not propagate during the following stress amplitude increases, as shown from (e) to (f) 8.5×107 cycles at 250 MPa. (Online version in color.)
Fig.10に初期応力振幅210 MPaでのコーキシング効果試験において破断の主因子となったき裂の発生および進展挙動を示す。疲労き裂は破断直前の245 MPaで粒内に発生した。このき裂は,7.0×107サイクルでは認められず(Fig.10(b)),7.5×107サイクルで長さ約100 µmのき裂として観察された。このき裂はその後,245 MPaにおいても進展していた(Fig.10(d))。250 MPaへ応力振幅を増加させると,表面起伏の現れていない粒内領域を優先的に進展し(Fig.10(e)),最終破断に至った。これまで炭素鋼では,き裂成長の観点から三種類のコーキシング効果の終了形式が報告されている。第一に焼なまし炭素鋼(フェライト-パーライト鋼)での例を示す35)。焼なまし炭素鋼では,疲労限で形成したき裂が応力振幅増大に伴い,停留・進展を繰り返すことで破断に至る。第二にFe-0.0063C二元合金の例を示す27,28)。Fe-0.0063C二元合金では,疲労限で高頻度に形成する粒界き裂が合体し,き裂長さの増大を引き起こすことで破断に至る。第三にFe-0.017C二元合金の例を示す27,28)。Fe-0.017C二元合金では,疲労限で形成したき裂はコーキシング効果試験中も完全に停留しており,応力振幅をコーキシング効果が終了する段階まで上昇させても進展しない。また,コーキシング効果試験初期の段階では新たなき裂発生も認められない。代わりに,破断直前に新たなき裂が発生し,このき裂が進展することで破断に至る。つまり,Fe-C二元合金では応力振幅増大前および応力振幅増大中におけるき裂発生頻度がコーキシング効果に差を生む。以上の従来知見と比較すると,今回のFe-C-Mn三元合金のコーキシング効果の終了形式は第三に挙げたFe-0.017C二元合金の終了形式と類似している。
Replica images showing the propagation of a new crack formed in the later stage of the coaxing effect test. The new crack was first recognized in (c) 7.5×107 cycles at 245 MPa, and further propagated with increasing stress amplitude, as shown in (d) and (e). The crack is attributed to the final failure. Note that three additional, similar cracks were observed in the later stage. (Online version in color.)
初期応力振幅210 MPaで開始したコーキシング効果測定後の破面をFig.11に示す。き裂進展方向は図中矢印で示すように上部から下部であり,マクロには一方向に進展していることがわかる。破面からは複数のき裂が発生・進展後に合体した様子は観察されず,一つのき裂が進展して破断に至ったと考えられる。中心部付近においてFig.11(b)に示すようにストライエーションが観察された。このことはき裂の進展が鈍化・再鋭化機構36)により起こっていることを示している。また,Fig.11(c)に示すように最終的にディンプルを呈しながら破断に至った。
SE images of the fracture surface after the coaxing effect test was commenced at a stress amplitude of 210 MPa. The specimen was fractured at 8.6×107 cycles at 250 MPa. (a) low magnification view of the fracture surface, (b) high magnification in the central area of the fracture surface showing striations and (c) high magnification in the lower area of the fracture surface showing dimples. The white arrow indicates the propagating direction of the dominant crack at failure. (Online version in color.)
Fig.12に,疲労限である220 MPaでコーキシング効果試験を開始し,225 MPaにて合計繰り返し数1.7×107サイクルで疲労破壊した試料における破面近傍試験片表面のKernel Average Misorientation(KAM)マップを示す。この試料の選定は以下に示す二つの理由に留意し決定した。①比較対象であるFe-0.017C二元合金の変形組織観察は疲労限での試料を対象としている8)ため,Fe-C-Mn三元合金においても疲労限近傍応力振幅での疲労試験後の試料が観察対象として望ましい。②同じく粒内き裂が観察された初期応力振幅210 MPaでコーキシング効果試験を行った試料は,その後応力振幅を40 MPa上昇させており,変形履歴が複雑であると共に試験時間が大きく異なるためFe-0.017C二元合金との適切な比較検討が行えない。
Kernel average misorientation (KAM) map coupled with grain boundary maps near the fracture surface after the coaxing test was commenced at a stress amplitude of 220 MPa. The specimen was fractured at 1.7×107 cycles at 225 MPa. The fracture surface is located just beneath of Fig.12(a). (a) is an overall view. (b) and (c) are high magnifications of the regions indicated in (a). (b) is 115 µm from the fracture surface and (c) is 330 µm from the fracture surface. (Online version in color.)
また観察にあたり,観察領域は破面から分かる範囲でき裂発生サイト側とし,試験片表面から約80 µmを研磨することによって平坦部を作成した。Fig.12において,疲労破面は下方向にあり,Fig.12(b)の中心は破面から約115 µm,Fig.12(c)の中心は破面から約330 µmの位置に相当する。なお,CI値が0.3以下のデータは除外し,画像中で黒く示されている。また,本解析ではフェライトのみを同定相の対象としている。KAM値はGN転位密度と対応があるため,転位運動によって与えられる局所塑性ひずみと定量的な対応がある37)。Fig.12より,KAM値は各結晶粒において,粒内および粒界近傍領域で均一であることがわかる。なお,局所的に粒界に高KAM値を示している部分が観察されるが,これらの部分はパーライト組織に対応しており,転位が硬質のセメンタイトの近傍で集積しやすいためであると考える。
Fig.13は,Fig.12(b)および(c)に観察位置を示した領域のECC(Electron Channeling Contrast)像である。Fig.13(a)・(b)およびFig.13(c)・(d)は同一結晶粒における結晶粒中心領域と粒界近傍領域の転位組織をそれぞれ観察したものである。比較してわかるように,結晶粒中心部分と粒界近傍部分で転位組織に有意な差は認められない。この結果は,結晶粒中心部分と粒界近傍部分で異なる転位組織を示したFe-0.017C二元合金8)とは異なる挙動であった。つまり,Fe-C-Mn三元合金においては,粒界近傍での変形の特殊性はなかった。
Electron channeling contrast images showing the dislocation structures. The observation regions are indicated in Fig.12. (a) and (c) are images for the grain center; (b) and (d) are images near grain boundaries. A significant difference in dislocation structure was not observed. (Online version in color.)
本研究のFe-C-Mn三元合金は初期応力振幅を210 MPaとした場合,固溶炭素量が低いにも関わらず明瞭なコーキシング効果を示した。コーキシング効果は加工硬化25)およびひずみ時効硬化26–28)が顕著に現れる材料において発現する。一般的には,ひずみ速度が小さい方が固溶炭素が転位に集積し易くなり加工硬化率は高くなる。Fe-C-Mn三元合金とFe-0.017C二元合金の加工硬化率を比較した場合,Fe-0.017C二元合金の方がひずみ速度が大きいにもかかわらず加工硬化率が高い。つまり,加工硬化の観点のみではFe-0.017C二元合金と比較した際のFe-C-Mn三元合金の優れたコーキシング効果は説明できない。また,コーキシング効果の終了形式は3・2・2節に示したように,破断直前に発生した新たなき裂の進展であり,Fe-0.017C二元合金の終了形式と類似するものであった。Fe-C二元合金27,28)では,3・2・2で示した終了形式から判断されるように,ひずみ時効硬化に起因したき裂停留現象だけでなく,き裂発生頻度もコーキシング効果の発現に関係する。そこで,き裂発生頻度に着目しFe-C-Mn三元合金の優れたコーキシング効果について考察する。
本研究のFe-C-Mn三元合金では,Fig.10に示したような破断直前に発生したき裂が破断の主因子であり,それ以前では疲労限で形成していたき裂以外に発生は確認されなかった。また,疲労限で形成していたき裂はその後の応力振幅増加に伴い進展・合体している様子は観察されなかった。つまり,き裂発生の抑制が,Fe-C-Mn三元合金のコーキシング効果発現と関係している。換言すれば,固溶炭素を含むフェライト鋼におけるMn添加の効果の一つとして,き裂発生の抑制を通した疲労特性向上が挙げられる。さらに,Fe-0.0063C二元合金では疲労限におけるき裂発生サイトが粒界であったのに対して,Fe-C-Mn三元合金では疲労限および疲労限近傍応力振幅におけるき裂発生サイトは粒内であった。つまり,き裂発生サイトの差異がき裂発生の抑制の一因であると考える。次節ではこの発生サイトの差異に及ぼすMnの影響について検討する。
4・2 粒界き裂発生の抑制に及ぼすMnの影響前節で述べたように,低応力振幅におけるき裂発生サイトはFe-C-Mn三元合金およびFe-C二元合金で異なっていた。Mn添加によるき裂発生サイトの変化を議論するにあたり,まずFe-C二元合金におけるき裂発生挙動について整理する。Fe-C二元合金の場合,き裂発生に影響を及ぼす因子は,粒界近傍に形成される低炭素領域である。炭素を固溶状態にするために急冷を施す焼入れ試験片の場合,焼入れ処理中に粒界近傍に存在する固溶炭素は自由エネルギーを低下させるように粒界へ拡散・偏析する11)。Fe-C二元合金を例にこの炭素拡散について具体的に説明する。各温度においてフェライト中の炭素濃度はフェライト粒界の炭素濃度と平衡している。この時の粒界炭素濃度(平衡偏析濃度)は,配置のエントロピー項の寄与のために高温では低く,低温では高くなる。すなわち,焼入れ前からの冷却中に低温でのより高濃度の平衡偏析濃度に到達しようとするため,フェライト粒内から粒界への炭素拡散が起こる。この際に炭素の拡散が十分に起これば,粒界近傍では固溶炭素濃度の低い領域が形成され,固溶炭素が多く存在する粒内と強度差を持つ。結果として,粒界近傍領域が最弱部として働いてき裂が優先的に発生する。事実,疲労限で実施した疲労試験後のFe-0.017C二元合金を対象として透過型電子顕微鏡 (TEM) を用いた観察より,粒界近傍領域(粒界より約2 µmの幅を有する)では粒内と異なる転位組織を有することが確認されている8)。
これに対して,Fe-C-Mn三元合金では,Fig.13に示したように同一結晶粒において粒内から粒界まで均一な転位組織が形成されており,粒界近傍での変形の特殊性はなかった。この事実は,Fe-C-Mn三元合金ではMnによって粒界近傍が最弱部として機能しなくなったことを示している。この原因として,①低炭素領域の大きさ,②粒界近傍領域と粒内領域の強度比の二つを想定し検討する。
まず炭素拡散によって形成される①低炭素領域の大きさに着目する。炭素の拡散係数D1は式(1)で表すことができる。
(1) |
ここで,D0:振動数因子,Qm:炭素拡散の活性化エネルギー,R:ガス定数,T:絶対温度である。一方,炭素と引力相互作用を持つMnを添加した場合,炭素の拡散係数D2は式(2)で表すことができる12)。なお,ここでは炭素のポテンシャルエネルギーカーブにおいて鞍点エネルギーが変化しないという仮定を置いている12)。
(2) |
ここで,CS:添加元素(Mn)濃度,Qb:Mn-C相互作用エネルギーである。焼入れ中のフェライト内炭素拡散を議論するにあたり,振動数因子を3.94×10-7 m2/s38),フェライト中の炭素拡散の活性化エネルギーを80.22 kJ/mol38),Mn-C相互作用エネルギーについては数多くの報告12,39–41)があるが,その中でも本研究で用いたFe-C-Mn三元合金のMn含有量と最も近い値で計算している0.1 eV(9.65 kJ/mol)41)を採用する。また,焼入れ中の試料温度については明確に特定できないため,便宜的に0°C(273 K)から640°C(913 K)(焼入れ開始温度)を仮定してそれぞれ計算すると,D1=1.76×10-22~1.01×10-11 m2/s,D2=4.86×10-23~9.23×10-12 m2/sとなり,Mnを添加した場合のD2の方が10-1のオーダーで小さい。この算出した拡散係数を用いてフィックの第二法則を解くことで粒界近傍の炭素分布の推定を行った。計算条件として,①拡散前(急冷前での温度保持中)の炭素分布は均一である,②拡散後の粒界ごく近傍での炭素濃度はゼロ,を仮定して算出した式(3)を基に作成した,任意の粒界からの距離および時間における各試料の固溶炭素濃度分布をFig.14に示す。
(3) |
Comparisons of solute carbon concentration distribution among Fe-C-Mn ternary steel and Fe-C binary steels for four calculation conditions. (a) T = 400ºC and t = 5 s, (b) T = 200ºC and t = 5 s, (c) T = 40ºC and t = 8.0×104 s and (d) T = 25ºC and t = 8.0×104 s. Note that T is the holding temperature and t is the time for diffusion at T.
ここで,x:粒界からの距離,t:ある温度での拡散時間,C0:全固溶炭素濃度,D:ある温度での炭素の拡散係数である。Fig.14(a)・(b)では,熱処理(冷却過程)を模擬すべく便宜的に拡散時間を5 sとしているが,Fig.14(c)・(d)では,210 MPaでの疲労試験においてFe-C-Mn三元合金で疲労き裂発生が確認されたサイクル数である4.0×106サイクルに対応する8.0×104 sを拡散時間としている。ここで,Fig.14において固溶炭素濃度が粒界での値より増加し初期固溶炭素濃度とほぼ同じ値になる距離(特定距離と呼称する)に着目されたい。各温度・各拡散時間において,Fe-C-Mn三元合金の方が炭素の拡散係数が小さくなるため特定距離は若干短くなるが有意な差ではなく,①低炭素領域の大きさはき裂発生サイトの差異の主因子ではないと考える。
そこで続いて,②粒界近傍領域と粒内領域の強度比を検討する。ここでは強度の指標としてビッカース硬さを用い,Fe-C二元合金のビッカース硬さは文献10)を参考にする。Fe-0.0063C二元合金およびFe-0.017C二元合金の粒内領域の硬さは文献10)でそれぞれのビッカース硬さとして示されている値を代用する。粒界近傍の低炭素領域の幅は約2 µmであって,その体積は全体に比べて無視できるほど小さい。このため低炭素領域のビッカース硬さが平均値に与える影響は小さく,平均硬さを粒内領域の硬さとして代用できるとする。また,このFe-C二元合金の二鋼種の粒界近傍領域の硬さには,それらの粒界近傍領域に固溶炭素がほとんど存在しないと考え,IF鋼の値を代用する。また,Fe-C-Mn三元合金の粒内領域の硬さには圧痕サイズが粒内に収まるような荷重(98.07 mN)で測定した値を用いる。さらに粒界近傍領域の硬さとしては,640°Cより炉冷処理を施し固溶炭素量を極めて少量にした試料を作成し,その試料を対象に測定した粒内の硬さを用いる。Table 2にFe-C二元合金およびFe-C-Mn三元合金の種々のビッカース硬さを示す。ここで粒界近傍領域の硬さと粒内領域の硬さの比に着目すると,Fe-C-Mn三元合金の値は0.86であり,Fe-C二元合金の値の0.73および0.49と比較して大きく,粒界近傍領域と粒内領域とで強度差が小さいことがわかる。Fe-C-Mn三元合金では,固溶炭素量が0.0035 mass %とFe-C合金のそれらに比べて低く,その粒界近傍領域と粒内領域とで強度差が小さいことは妥当である。つまり,Fe-C-Mn三元合金においては,Fe-C二元合金と同様に低炭素領域が形成するものの,その粒界近傍領域と粒内領域の強度差が小さいため,低炭素領域が最弱部として機能しなくなる。結果として,Fig.12に示したように変形が粒界近傍に局所化せず,Fe-C二元合金で観察された粒界き裂発生が抑制されると考える。
前節では炭素拡散に着目し,Mnの影響について考察した。本節では,ひずみ時効硬化に着目する。Fe-C-Mn三元合金は固溶炭素濃度が低いにも関わらず,炭素が全て固溶しているFe-0.017C二元合金と同等の疲労限を示した。さらに,固溶強化やセメンタイトによる硬さ上昇を含むビッカース硬さで整理した場合であってもFe-C二元合金と同等の疲労限であった。すなわち,Fe-C-Mn三元合金では炭素単原子あたりのひずみ時効硬化がMnによって強化されている可能性がある。このことは,コーキシング効果測定中のき裂進展挙動からも判断できる。Fe-0.017C二元合金におけるコーキシング効果試験においては,107サイクル以前に形成した停留き裂は,その後応力振幅を増大させても停留したままであり,ひずみ時効硬化によるき裂進展抵抗の増大もコーキシング効果の発現の一因であると考える。一方Fe-C-Mn三元合金では,Fig.9で一例を示した107サイクル以前に形成した複数の粒内き裂はその後の応力振幅を増大させても明瞭な進展を示さなかった。この事実から,Fe-C-Mn三元合金においては,粒界き裂発生の抑制のみならず,粒内き裂進展抵抗が増大している可能性を指摘する。しかし,本研究で得られた平滑材での疲労限のみでは,ひずみ時効硬化に及ぼすMnの影響について詳細な検討を加えるには不十分である。すなわち,Mn添加によるひずみ時効硬化能の変化を調査するためには,き裂発生を考慮すべき因子から除外し,き裂進展抵抗を詳細に調査する必要がある。そのため,例えば,切り欠き先端を粒内に導入し,き裂進展経路を粒内に限定した試験片での疲労試験を通した粒内き裂進展抵抗の測定が必要であり,現在検討中である。
640°Cのフェライト+セメンタイト二相域から氷水焼入れして得られた固溶炭素を含むFe-0.016C–1.9Mn合金(mass%)において,周波数50 Hzの回転曲げ疲労試験を室温で行い,従来報告されているFe-C二元合金の結果と比較検討することにより,フェライト鋼の疲労特性に対するMnの影響を調査した。主な結果を以下に示す。
(1)推定固溶炭素量0.0035 mass %のFe-C-Mn三元合金のビッカース硬さは123 Hv,疲労限は220 MPaであった。疲労限を同じビッカース硬さで整理した場合であっても,Fe-C-Mn三元合金は炭素が全て固溶しているFe-0.017C二元合金と同等の値を示した。
(2)Fe-C-Mn三元合金の疲労き裂の発生・伝ぱ挙動は,高応力振幅と疲労限近傍の応力振幅とで異なった。具体的には,高応力振幅では粒界き裂が観察され,疲労限および疲労限近傍の応力振幅では粒内き裂が観察された。一方,Fe-C二元合金では疲労限でも粒界き裂が観察されており,Mn添加は粒界き裂発生を抑制することが示された。
(3)Fe-C-Mn三元合金は初期応力振幅を疲労限より10 MPa低くした場合,明瞭なコーキシング効果を示した。コーキシング効果試験における破断の主因子となったき裂は,破断の直前に発生した粒内き裂であった。すなわち,応力振幅増加前で形成したき裂の停留現象および応力振幅増加過程におけるき裂発生の抑制がこの場合の明瞭なコーキシング効果に寄与している。
(4)疲労限においてFe-C二元合金で観察された粒界き裂発生がFe-C-Mn三元合金では抑制されていた点に対して,炭素拡散および強度分布の観点から考察した。Fe-C-Mn三元合金においても,Fe-C二元合金と同様に粒界近傍において炭素拡散由来の低炭素領域が形成する。しかし,Fe-C-Mn三元合金では,この低炭素領域と粒内領域において強度差が小さいため低炭素領域が最弱部として機能せず,結果として粒界き裂発生が抑制された可能性を指摘した。
本研究は,JSPS科学研究費補助金(JP16H06365,JP17H04956)からの支援を頂き行った。