Tetsu-to-Hagane
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Thermodynamic Analysis of the Fe-Mo-B Ternary System
Kota Takahashi Kyohei IshikawaMasaaki FujiokaMasanori EnokiHiroshi Ohtani
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2020 Volume 106 Issue 6 Pages 310-320

Details
Abstract

Thermodynamic analysis of the Fe-Mo-B ternary system was performed using the CALPAHD approach coupled with the first-principles calculation, and effect of Mo addition in steels on the grain boundary segregation tendency of B was discussed by means of the grain boundary phase model. The calculated phase diagrams and thermodynamic properties well reproduced the experimental data as well as the results of the first-principles computation, and thus the parameter set with high accuracy for this ternary system was evaluated. Grain boundary segregation behavior of B and Mo was analyzed by means of the parallel tangent scheme. The Gibbs energy of the liquid phase obtained in the present work was adopted for that of the grain boundary phase. According to the model, the amount of segregated B in grain boundaries decreased with descending temperature. This phenomenon is due to the formation of boride phases such as Fe2B and τ2 phases in the iron matrix.

1. 緒言

鋼中への数ppm程度のBの添加は,鋼の焼き入れ性を著しく向上させることから多くの調質鋼に適用されている1,2)。これは添加されたBがオーステナイト(γ)粒界に偏析することで,γ粒界がエネルギー的に安定化し,フェライト(α)の核生成頻度が減少することに起因すると考えられている14)。一方,Ueno and Inoue2)はBを添加することで母相中にホウ化物が析出し,焼き入れ性の低下につながることを報告しているが,これは析出物が母相中や粒界中に固溶しているBを奪うことによって,粒界へ偏析するBが減少するためと考えられる。Fe-B-C三元系合金にはFe23(B, C)6相,Fe3(B, C)相およびFe2B相の三種類の析出物が存在する5,6)。このうち特にFe23(B, C)6相は,γ粒と平行な結晶方位関係を保てるため,数ppmのBを添加した鋼を1173 Kの等温熱処理した場合では5~10 sで析出することが報告されている7)

この焼き入れ性低下に対する有効な解決手段として,鋼へのBとMoの複合添加が提案されており,Moの添加によってホウ化物の析出が抑制されることが実験的に報告されている811)。また,熱力学的解析からも,Moの添加はFe23(B, C)6相を不安定化させることが示唆されている12)。しかし,Ishikawaら13)は,Moの過剰な添加は,三元系ホウ化物であるτ2相の析出を促進させ,τ2相にBが奪われることで粒界偏析に寄与するB量が減少し,結果として逆効果であることを報告している。そのため,鋼中へのMoとBの複合添加では,母相中の析出物がMoとBの偏析挙動に及ぼす影響を熱力学的な観点から明らかにする必要がある。

そこで本研究では,第一原理計算を用いて評価したFe-Mo-B三元系各相の熱力学量をCALPHAD(Calculation of Phase Diagrams)法に導入して熱力学的解析を行い,全組成領域における相平衡を明らかにする。さらに得られた熱力学パラメータを用いてBとMoの粒界偏析挙動について検討することを目的とした。

2. 解析方法

Fe-Mo-Bを構成する相について,本研究で用いた相名,空間群,熱力学モデルをTable 1にまとめた。本章では,はじめに生成自由エネルギーの計算手順について説明した後,熱力学的解析に必要な各相の自由エネルギーモデルについて説明する。

Table 1. List of phases observed in the Fe-Mo-B ternary system. Crystal structures for these phases and thermodynamic models applied in the present study were summarized.
PhasesSpace groupStructure models
L...Regular solution
(αFe), (δFe)Im3mRegular solution
(γFe)Fm3mRegular solution
(αMo)Im3mRegular solution
Fe2BI4/mcmFe0.667B0.333
FeBPnmaFe0.5B0.5
Mo2BI4/mcmMo0.667B0.333
Mo3B2P4/mbmMo0.6B0.4
MoBCmcmMo0.5B0.5
Mo2B4R3mMo0.3333B0.6667
MoB2-xP6/mmmMo0.3333(B,Va)0.6667
MoB4P63/mmcMo0.2B0.8
Laves(C14)P63/mmc(Fe,Va)2(Fe,Mo)4(Fe)6
μR3m(Fe,Mo)1(Fe,Mo)2(Fe)6(Mo)4
RR3(Fe)27(Mo)14(Fe,Mo)12
σP42/mmm(Fe)8(Mo)4(Fe,Mo)18
τ1Pnma(Fe,Mo)0.75(B)0.25
τ2P4/mbmDisordered τ2: (Fe,Mo)0.6(B)0.4
Ordered τ2: (Fe,Mo)0.2(Fe,Mo)0.4(B)0.4
τ3Cmcm(Fe)0.055(Mo)0.39(B)0.555
τ4ImmmDisordered τ4: (Fe,Mo)0.4286(B)0.5714
Ordered τ4: (Fe,Mo)0.2857(Fe,Mo)0.1429(B)0.5714

2・1 クラスター展開・変分法による生成自由エネルギーの計算

Fe-Mo-B三元系には4種類のホウ化物τ1-M3B(Pnma)相,τ2-M3B2(P4/mbm)相,τ3-B11Mo8Fe(Cmcm)相,τ4-M3B4(Immm)相(M=(Fe, Mo))が報告されている。このうち,組成幅を示すことが報告されているτ1相,τ2相およびτ4相について,同じく組成幅が報告されている二元系化合物MoB2-x(P6/mmm)相と共にクラスター展開・変分法(Cluster Expansion-Cluster Variation Method:以下CE-CVMとする)により生成自由エネルギーを計算した。

クラスター展開法では,ある規則構造Rが大きさの異なる様々なクラスターによって構成されていると考え,規則構造Rの全エネルギーERを,クラスターαの有効相互作用エネルギーea(ECI)を用いて再現する手法である。規則構造のエネルギーとECIの関係は式(1)のように表される。

  
ER=ααmaxeαϕα(1)

ここで,〈ϕα〉はクラスターの密度に対応する相関関数を表している。相関関数は,クラスター内のサイトiを占有する原子種を表現するスピン演算子σiの関数であり,規則構造中に含まれるクラスターαにおけるスピン積の平均値を求めることで表現できる。またαmaxは計算に用いた最大サイズのクラスターである。αmaxαmaxに内包されるクラスター群(サブクラスター)についての相関関数とECIの積の総和をとることで,各規則構造のエネルギーを表現する。本研究では対象とする基本構造において原子配置の異なる様々な規則構造を作成し,それぞれの規則構造に対して成立する式(1)の左辺のERを第一原理計算によって計算した。一方,未知数であるECIのeαについては,相関関数〈ϕα〉の逆行列を左辺のERにかけることで求めた。また,クラスター配置の場合の数を考慮することで,配置エントロピーを含む温度Tにおける自由エネルギーを以下のように表すことができる。

  
F(T)=ααmaxeαϕαTααmaxγαSα(2)

ここで,γαSαはKikuchi-Barker係数を用いたクラスターからのエントロピーの寄与である14)。式(2)について変分法を適用し,F(T)が最小となる相関関数を求めることで,自由エネルギーを計算する。

式(1)のクラスタ展開法において必要となる規則構造は,MoB2-x相ではBと空孔の置換を考慮したMo(B, Va)2の構造モデル,またτ1相,τ2相およびτ4相には,Fe原子とMo原子の置換を考慮することによりそれぞれ(Fe, Mo)3B,(Fe, Mo)3B2,(Fe, Mo)3B4の構造モデルを用いて作成した。規則構造のエネルギーについては,projector augmented wave(PAW)法による第一原理計算コードVASPを使用した15,16)。交換相関項には一般化勾配近似(GGA)を用い,平面波のエネルギーカットオフは400 eVとした。磁気モデルは強磁性としFeの磁気モーメントを+2.0 μB,MoとBのそれらを0 μBとする初期値を与えて計算を行った。これらの構造モデルからMoB2-x相では計61個,τ1相では計393個,τ2相では計64個,τ4相では計104個の配置の異なる規則構造を作成した。なお,この方法で考慮したクラスターは,MoB2-x相では第5隣接までの7体を最大クラスターとした計36個のサブクラスターを選択した。同様に,τ1相では第12隣接までの3体を最大クラスターとした計82個のサブクラスター,τ2相では第8隣接までの5体を最大クラスターとした計61個のサブクラスター,τ4相では第9隣接までの5体を最大クラスターとした計83個のサブクラスターをそれぞれ選択した。これらの計算における交差相関誤差は,MoB2-x相ではサイトあたり46.25 meV,τ1相ではサイトあたり28.38 meV,τ2相ではサイトあたり14.27 meV,τ4相ではサイトあたり14.60 meVであった。

2・2 自由エネルギーへの格子振動の寄与

MoB2-x相,τ1相,τ2相およびτ4相については,2・1節で求めた固溶に伴う有限温度での自由エネルギー変化に加えて,格子振動のエントロピー効果を考慮する必要がある。しかし,クラスター展開法に用いた全ての規則構造に対して格子振動の効果を評価するのは困難であるため,それぞれの相の終端組成における規則構造に対してだけ格子振動効果の計算を行い,固溶領域における格子振動の影響はそれらの組成平均によって近似した。計算した各相の終端構造は,τ1相ではFe3BおよびMo3B,τ2相では,Fe3B2,FeMo2B2,MoFe2B2,Mo3B2τ4相では,Fe3B4,Fe2MoB4,Mo2FeB4,Mo3B4である。また,MoB2-x相については,終端構造の一つであるMoB2の格子振動計算は行ったが,Bサイトが完全に空孔と置き換わった終端構造Moでは,構造の不安定性のために格子振動に虚数モードが現れて計算ができなかった。そこでこの構造については格子振動の計算は行わず,絶対零度における生成エンタルピーだけを熱力学的量として導入した。また,化学量論化合物であるFe-B二元系のFe2B相,FeB相,およびMo-B二元系のMo2B相,MoB相,Mo2B4相およびMoB4相についても格子振動の効果を取り入れて,生成自由エネルギーを計算した。

本研究では,この格子振動の計算に際して準調和近似法(quasi-harmonic approximation)を適用した。具体的には,温度Tにおけるヘルムホルツの自由エネルギーへのフォノンからの寄与Fph(T)は,以下の式で記述される。

  
Fph(T)=12qjωqj+kBTqjln[1exp(ωqj/kBT)](3)

ここでωqjは波数ベクトルqj番目のフォノンの振動数であり,ℏは換算プランク定数,kBはボルツマン定数である。温度T,圧力Pにおけるギブズの自由エネルギーG(P, T)は,体積Vにおけるヘルムホルツの自由エネルギーFph(T, V)を用いて以下のように表される。

  
G(P,T)=minV[U(V)+Fph(T,V)+PV](4)

ここでU(V)は体積にVおける内部エネルギーであり,鉤括弧内の値が最小となるVが平衡体積である。式(4)から,G(P, T)が最小値となる体積Vを求めることで自由エネルギーを計算した。準調和近似法による一連の計算にはPhonopyコード17)を用いた。

2・3 各相のギブズ自由エネルギーの記述

本研究で用いた熱力学モデルをTable 1にまとめた。本節では適用した熱力学モデルの概要を記述する。

2・3・1 液相,一次固溶体相の自由エネルギー

液相と一次固溶体であるα相((αFe),(αMo)),γ相((γFe))における自由エネルギーは,本研究では正則溶体モデルによって記述した。なお(δFe)にはα相のパラメータを用いた。この記述による三元系ϕ相(ϕ=L,αγ)の1モルあたりのギブズ自由エネルギーは式(5)のように表すことができる。

  
Gmϕ= xFeGFeϕ+xMoGMoϕ+xBGBϕ +RT(xFelnxFe+xMolnxMo+xBlnxB) +xFexMoLFe,Moϕ+xFexBLFe,Bϕ+xMoxBLMo,Bϕ+xFexMoxBLFe,Mo,Bϕ(5)

ここでxiは元素iのモル分率,Rは気体定数,Tは絶対温度である。ºGϕiϕ相における元素iの自由エネルギーであり,一般に格子安定性パラメータと呼ばれ,絶対温度Tの関数として式(6)のように与えられる。

  
GiφHiref=A+BT+CTlnT+DT2+ET3+FT7+IT1+JT9(6)

ここで各係数ABなどは定数で,ºHirefT=298 Kにおける基準状態での元素iの1モルあたりのエンタルピーである。本解析では,この格子安定性パラメータについては,Dinsdale18)の値を用いた。また,式(5)中のLϕi,jϕ相における元素ij間の相互作用パラメータであり,Redlich and Kister19)の多項式にしたがって,式(7)に示した組成依存性を与えた。

  
Li,jϕ=L0i,jϕ+L1i,jϕ(xixj)+L2i,jϕ(xixj)2(7)

さらに,nLϕi,jには式(8)のような温度依存性を与えた。

  
Lni,jϕ=a+bT(8)

また,Lϕi,j,kijk間の三元系相互作用パラメータであり,Hillert20)が提唱した式(9)を用した。

  
Li,j,kϕ=xiL0i,j,kϕ+xjL1i,j,kϕ+xkL2i,j,kϕ(9)

Lϕi,j,kに対しては式(8)で示した二元系相互作用パラメータと同様の温度依存性を与えた。

2・3・2 化学量論化合物相

Fe2B相,FeB相,Mo2B相,Mo3B2相,MoB相,Mo2B4相およびMoB4相の二元系化合物相およびτ3相の三元系化合物相は,化学量論化合物として自由エネルギーを記述した。例えば,化学量論組成がFelMomBnである場合,その1モルあたりの生成自由エネルギーは式(10)のように記述できる。

  
GFe:Mo:BFelMomBnlGFerefmGMorefnGBref=A+BT+CTlnT+DT2+ET3(10)

ここでGϕFe:Mo:Bは第1副格子をFe原子が,第2副格子をMo原子が,第3副格子をB原子が占有している規則構造ϕ相のギブズ自由エネルギーである。また,“:”は副格子の区切りを表しており,ºGFerefとºGMorefおよびºGBrefはそれぞれ基準状態で安定な構造の元素Fe,Mo,Bの1モルあたりの自由エネルギーである。

2・3・3 非化学量論化合物相

2・3・3・1 副格子モデル

MoB2-x相とτ1相には,副格子上で異種原子が置換固溶する副格子モデルを用いた。このモデルによれば,例えばτ1相((Fe, Mo)0.75 B0.25)の自由エネルギーは式(11)で記述される。

  
Gmτ1= yFeGFe:Bτ1+yMoGMo:Bτ1 +0.75RT(yFelnyFe+yMolnyMo)+yFeyMoLFe,Mo:Bτ1(11)

ここで,yiは副格子におけるi原子の格子占有率であり,Gτ1Fe:BGτ1Mo:Bはそれぞれτ1の終端化合物であるFe3BとMo3Bの自由エネルギーを表す。パラメータLτ1Fe,Mo:Bは副格子中の異種原子間に生じる相互作用エネルギーを表す。

2・3・3・2 Split-CEFモデル

詳細は3・1・4項で述べるが,τ2相およびτ4相ではCE-CVMの自由エネルギー曲線に,それぞれFeMo2B2およびFe2MoB4の組成近傍で規則化の傾向がみられた。そこで,この規則化の効果をSplit-CEF(Split Compound Energy Formalism)モデルを用いて記述した。このモデルでは,規則化の影響を完全に不規則な原子配置のエネルギーに足し合わせる手法を用いて,自由エネルギーを式(12)で表わす。

  
GmSplit-CEF =Gmdisorder+ΔGmorder =Gmdisorder+Gmorder({yi(k)})Gmorder({yi(k)=xi})(12)

τ2相を例にとると,不規則状態(Fe, Mo)0.6 B0.4の自由エネルギーは,式(13)で記述される。

  
Gmτ2-disorder= yFeGFe:Bτ2+yMoGMo:Bτ2 +0.6RT(yFelnyFe+yMolnyMo)+yFeyMoLFe,Mo:Bτ2(13)

一方,副格子上で規則化した(Fe, Mo)0.2(Fe, Mo)0.4 B0.4の自由エネルギーに対する規則化の寄与は式(14)で記述される。

  
Gmτ2order= yFe(1)yFe(2)GFe:Fe:Bτ2+yFe(1)yMo(2)GFe:Mo:Bτ2+yMo(1)yFe(2)GMo:Fe:Bτ2+yMo(1)yMo(2)GMo:Mo:Bτ2 +0.2RT(yFe(1)lnyFe(1)+yMo(1)lnyMo(1))+0.4RT(yFe(2)lnyFe(2)+yMo(2)lnyMo(2)) +yFe(1)yMo(1)(yFe(2)LFe,Mo:Fe:Bτ2+yMo(2)LFe,Mo:Mo:Bτ2) +yFe(2)yMo(2)(yFe(1)LFe:Fe,Mo:Bτ2+yMo(1)LMo:Fe,Mo:Bτ2)(14)

ここで,yi(n)は第n副格子におけるi原子の格子占有率であり,Lは各副格子中での異種原子間の相互作用パラメータである。

2・3・4 自由エネルギーに対する磁気変態の寄与

強磁性元素を含む相については,式(15)のように,非磁性項と強磁性項Gϕmagの和として自由エネルギーを近似して表した。

  
Gϕ=Gmϕ+Gmagϕ(15)

ここで強磁性項Gϕmagは,Inden21)およびHillert and Jarl22)によって提唱された式(16)によって与えられる。

  
Gmagϕ=RTf(τ)ln(β+1)(16)

式(16)中でτT/TCで定義され,TCは合金の磁気変態温度,βは合金のボーア磁子数を表す。また関数f(τ)は式(17a),式(17b)のように表される。

  
f(τ)=11A{79τ1140p+474497(1p1)(τ36+τ9135+τ15600)}(τ<1)(17a)
  
f(τ)=1A(τ510+τ15315+τ251500)(τ1)(17b)

さらにAは次式(18)のように表される。

  
A=5181125+1169215975(1p1)(18)

パラメータpは結晶構造に依存しており,(αFe)および(δFe)相ではp=0.4であり,(γFe),Fe2B,FeBおよびFe3B相ではp=0.28である。本研究では,このモデルを(αFe)相,(γFe)相,Fe2B相,FeB相およびτ1相の終端構造であるFe3Bに適応させた。また,このモデルにおいて必要となる磁気変態温度TCおよび合金のボーア磁子数βについては,(αFe)相および(γFe)相はDinsdale18)が報告している値(Tc(αFe)=1043 K,β(αFe)=2.22,Tc(γFe)=-201 K,β(γFe)=-2.1),FeB相およびFe2B相はPan23)が報告している値,Fe3BはNicholson24)が報告している値を用いた。また,Fe-Mo二元系の(αFe)相における磁気変態温度TCのMoに対する組成依存性については,Andersson25)が報告している値を用いた。

3. 計算結果と考察

3・1 熱力学的解析

本節では,はじめにFe-Mo-B系を構成する各二元系と三元系の熱力学物性値や相境界などの先行研究の結果を整理し,その概要を説明しながら熱力学解析の結果について述べる。

3・1・1 Fe-B二元系

Fe-B二元系は,液相(L),Fe側一次固溶体bcc((αFe),(δFe))相およびfcc((γFe))相,β菱面体(晶)((βB))相,Fe2B相,FeB相から構成されている26)。Fe-B二元系について,Yoshitomiら27)が一次固溶体の自由エネルギーおよびホウ化物Fe2B相,FeB相の生成エンタルピーを第一原理計算によって評価している。

本研究では,Yoshitomiらによって最適化された熱力学パラメータを基に,ホウ化物Fe2B相,FeB相の熱力学量を再検討した。Fe2B相,FeB相の組成幅は,どちらも1モル%以下と狭く26),本研究では,これらの相を化学量論化合物として取り扱い,生成自由エネルギーは格子振動のエントロピーだけを考慮して計算を行った。さらに,Fe2B相に関してVoroshninら28)はL+FeB→Fe2Bの包晶温度を熱力学的解析により1662±20 Kと推定している。また,FeB相について,Portnoi and Romashoy29)は一致溶融温度を1923±50 Kと報告している。本研究の熱力学解析では,自由エネルギーの計算結果とともに,これらの先行研究の結果を取り入れて熱力学パラメータを決定した。Fig.1にFe2B相および FeB相の生成自由エネルギーの温度依存性を,Yoshitomiらの熱力学パラメータで計算した両相の生成自由エネルギーとともに示した。図中の三角と四角のシンボルは準調和近似を用いた第一原理からの計算値であり,実線および点線は本研究で熱力学解析により得られた自由エネルギーである。

Fig. 1.

Calculated free energies of formation for Fe2B and FeB in the temperature range of 300 and 2000 K. The reference states of the formation energies were adopted as each stable pure element at 298 K. The symbols represent the results from quasi-harmonic approximation and the lines denote the results of thermodynamic analysis.

Fe2B相の(αFe)相および(γFe)相に対する固溶限については,Fig.2に示したように多くの実験報告3034)がある。一見してわかるように,これらの実測値は測定者によって大きく異なっているが,この主たる原因は微量Bの定量化の困難さにあると考えられる。このような状況から,本研究ではこれらの固溶限に関する実験結果は熱力学的解析において採用せず,Fig.1に示した第一原理計算による熱力学量のみを考慮した。その結果得られたFe2B相の(αFe)相および(γFe)相に対する固溶限をFig.2の図中に実線で示した。本研究による固溶限は実験結果の下限値よりもさらに小さいが,この点については次のように結果の妥当性を考察した。すなわち固溶体に対するFe2B相の固溶限を決定する熱力学因子は,Fe2B相の生成自由エネルギーと固溶体におけるFeおよびBの原子間相互作用エネルギーであるが,固溶体に含まれるB量はきわめて微量であるため,後者の寄与は無視することができる。したがって,Fe2B相の生成自由エネルギーが固溶限を決定する支配的因子となるが,この物性値に関する実験報告が行われていないため,計算結果との直接的な比較を行うことができない。しかし,溶融銅を用いた熱量計によるFe2B相の生成エンタルピー35)は,原子1モルあたり-23 kJ前後であり,この結果はFig.1の計算結果を絶対零度に外挿した値にほぼ一致する。生成エンタルピーは温度によって大きく変化しないことを考慮すると,本研究における生成自由エネルギーの計算結果の信頼性はかなり高いものと考えられる。このように,Fe-B二元系のFe側一次固溶体の固溶限は,実験で明らかにされた結果よりも実際にはかなり小さい可能性があるが,今後Bの定量化手法の改善などによって,より信頼性の高い実験値が報告された場合には,計算結果との比較を含めてさらに議論を深める必要があると考えられる。

Fig. 2.

Calculated B solubility in (αFe) and (γFe) compared with the experimental results.

(βB)相に対するFeの固溶度については,Homolová36)らによって報告されており,この実験結果を再現するようにパラメータを決定した。また,(βB)相の熱力学モデルについて,Saengdeejingら37)が提案している2副格子モデル(B)101(B)4を適用した。(βB)相においてFe原子がどちらの副格子を占有するかは実験的に報告されていないが,より広い固溶度を考慮できるモデルとして第1副格子においてFeとBが置換しあうモデルを用いた。以上の検討から得られた熱力学パラメータをTable 2に,計算状態図をFig.3に示した。

Table 2. Optimized thermodynamic parameters for the Fe-Mo-B system.
SystemPhaseThermodynamic parameter / J mol–1Reference
Fe-MoL0LLFe,Mo = –6973–0.37 T25)
1LLFe,Mo = –9424+4.502 T
(αFe)0L(αFe)Fe,Mo = 36818–9.141 T
1L(αFe)Fe,Mo = –362–5.724 T
0Tc(αFe)Fe,Mo = 335, 1Tc(αFe)Fe,Mo = 526
(γFe)0L(γFe)Fe,Mo = 28347–17.691 T
Laves (C14)oGFe:Fe:FeLaves_C14–8 GFe(γFe)–4 GFe(αFe) = 69869Present work
oGVa:Fe:FeLaves_C14–6 GFe(γFe)–4 GFe(αFe) = 60724
oGFe:Mo:FeLaves_C14–8 GFe(γFe)–4 GMo(αMo) = –80000+28 T
oGVa:Mo:FeLaves_C14–6 GFe(γFe)–4 GMo(αMo) = 30000
0LFe:Fe,Mo:FeLaves_C14= 45000+5 T
μºGμFe:Fe:Fe:Mo–7 GFe(γFe)–2 GFe(αFe)–4 GMo(αMo) = 0
ºGμMo:Fe:Fe:Mo–6 GFe(γFe)–2 GFe(αFe)–4 GMo(γMo)–4 GMo(αMo) = 0
ºGμFe:Mo:Fe:Mo–7 GFe(γFe)–6 GMo(αMo) = –88000+15 T
ºGμMo:Mo:Fe:Mo–6 GFe(γFe)GMo(γMo)–6 GMo(αMo) = 30000
RºGRFe:Mo:Fe–27 GFe(γFe)–12 GFe(αFe)–14 GMo(αMo)
= –77487–50.486 T
25)
ºGRFe:Mo:Fe–27 GFe(γFe)–26 GMo(αMo) = 313474–289.472 T
σºGσFe:Mo:Fe–8 GFe(γFe)–18 GFe(αFe)–4 GMo(αMo)
= –1813–27.272 T
ºGσFe:Mo:Mo–8 GFe(γFe)–22 GMo(αMo)
= 83326–69.618 T
0LσFe:Mo:Fe,Mo = 222909
Fe-BL0LLFe,B = –140000+24.54 T27)
1LLFe,B = 5020
2LLFe,B = 34444
(αFe)0LFe,B(αFe) = –79000+30 T
1LFe,B(αFe) = –37000
(γFe)0LFe,B(γFe) = –48000+24 T
1LFe,B(γFe) = –23000
(βB)0L(βB)Fe,B:B = –11370400+5541.4 TPresent work
ºG(βB)Fe:B–101 GFe(αFe)–4 GB(βB) = 1000000
Fe2BºGFe:BFe2B–0.667 HFe(αFe)–0.333 HB(βB)
= –40108+206.13 T–32.75 TlnT
TcFe:BFe2B = 1018, βFe:BFe2B = 1.9123)
FeBºGFeBFe:B–0.5 HFe(αFe)–0.5 HB(βB)
= –41242+115.95 T–20.388 TlnT
Present work
TcFeBFe:B = 600, βFeBFe:B = 1.0323)
Mo-BL0LLMo,B = –226007+46.353 TPresent work
1LLMo,B = –8921
2LLMo,B = 36518
(αMo)0LMo,B(αMo) = –133522+43.65 T
Mo2BºGMo:BMo2B–0.667 HMo(αMo)–0.333 HB(βB)
= –43310+147.38 T–25.1 TlnT
Mo3B2ºGMo:BMo3B2–0.6 HMo(αMo)–0.4HB(βB)
= –47387+165.16 T–27.174 TlnT
MoBºGMoBMo:B–0.5 HMo(αMo)–0.5 HB(βB)
= –56990+159 T–25.843 TlnT
Mo2B4ºGMo:BMo2B4–0.3333 HMo(αMo)–0.6667 HB(βB)
= –49606+157.33 T–24.88 TlnT
MoB2-xºGMo:BMoB2-x–0.3333 HMo(αMo)–0.6667 HB(βB)
= –37838+156.46 T–24.395 TlnT
ºGMo:VaMoB2-x–0.3333 GMo(αMo) = 25300
0LMo:B,VaMoB2x= –27005
1LMo:B,VaMoB2x= –197632–6.19 T
2LMo:B,VaMoB2x= 143308–18.06 T
MoB4ºGMo:BMoB4–0.2 HMo(αMo)–0.8 HB(βB)
= –37225+171.55 T–26.014 TlnT
Fe-Mo-BL0LLFe,Mo,B = –191401Present work
1LLFe,Mo,B = 39792
2LLFe,Mo,B = 37679
Fe2BºGMo:BFe2B–0.667 HMo(αMo)–0.333 HB(βB) = 0
0LFe2BFe,Mo:B = –75000
FeBºGFeBMo:B–0.5 GMo(αMo)–0.5 GB(βB) = 10000
0LFeBFe,Mo:B = –46500
MoBºGFe:BMoB–0.5 GFe(αFe)–0.5 GB(βB) = 10000
0LMoBFe,Mo:B = –21000
Mo2B4ºGFe:BMo2B4–0.3333 GFe(αFe)–0.6667 GB(βB) = 15000
0LFe,Mo:BMo2B4= –43000
τ1ºGτ1Fe:B–0.75 HFe(αFe)–0.25 HB(βB)
= –17383+35.86 T–9.785 TlnT–0.006528 T2
ºGτ1Mo:B–0.75 HMo(αMo)–0.25 HB(βB)
= –25935+128.64 T–22.877 TlnT–0.001471 T2
0Lτ1Fe,Mo:B = 11297
1Lτ1Fe,Mo:B = 14833–32.8 T
Tcτ1Fe:B = 920, βτ1Fe:B = 2.0724)
τ2(dis)*ºGFe:Bτ2(dis)–0.6 HFe(αFe)–0.4 HB(βB)
= –36831+157.11 T–25.857 TlnT
Present work
ºGMo:Bτ2(dis)–0.6 HMo(αMo)–0.4 HB(βB)
= –47387+165.16 T–27.174 TlnT
τ2(ord)*ºGτ2(ord)Fe:Fe:B–0.6 HFe(αFe)–0.4 HB(βB) = 0
ºGτ2(ord)Fe:Mo:B –0.2 HFe(αFe)–0.4 HMo(αMo)–0.4 HB(βB)
= –10300–27.36 T+3.814 TlnT
ºGτ2(ord)Mo:Fe:B–0.4 HFe(αFe)–0.2 HMo(αMo)–0.4 HB(βB)
= 20000–6 T
ºGτ2(ord)Mo:Mo:B –0.6 HMo(αMo)–0.4 HB(βB) = 0
0Lτ2(ord)Fe:Fe,Mo:B = 15926+15.52 T
0Lτ2(ord)Mo:Fe,Mo:B = –42888+22.22 T
0Lτ2(ord)Fe,Mo:Mo:B = –6263+4.69 T
τ3ºGτ3Fe:Mo:B–0.055 GFe(αFe)–0.39 GMo(αMo)
–0.555 GB(βB) = –46000
τ4(dis)*ºGτ4(dis)Fe:B –0.4286 HFe(αFe)–0.5714 HB(βB)
= –32693+107.97 T–17.928 TlnT–0.00446 T2
ºGτ4(dis)Mo:B–0.4286 HMo(αMo)–0.5714 HB(βB)
= –42218–13.46 T–0.0328 TlnT
–0.01656 T2+1.5×10–6 T3
τ4(ord)*ºGτ4(ord)Fe:Fe:B–0.4286 HFe(αFe)–0.5714 HB(βB) = 0
ºGτ4(ord)Fe:Mo:B –0.2857 HFe(αFe)
–0.1429 HMo(αMo)–0.5714 HB(βB)
= –7121+7.22 T–0.902 TlnT
ºGτ4(ord)Mo:Fe:B –0.1429 HFe(αFe)–0.2857 HMo(αMo)
–0.5714 HB(βB) = 11000
ºGτ4(ord)Mo:Mo:B –0.4286 HMo(αMo)–0.5714 HB(βB) = 0
0Lτ4(ord)Fe:Fe,Mo:B = 4890–7.34 T
0Lτ4(ord)Fe,Mo:Mo:B = 17844–4.05 T

*(dis) and (ord) represent the disorder part and order part in the split-CEF model.

Fig. 3.

Calculated Fe-B binary phase diagram.

3・1・2 Mo-B二元系

この二元系に関しては,Spear and Liao38)によって文献集録が行われている。それによると,Mo-B二元系は液相(L),一次固溶体であるbcc((αMo))相およびβ菱面体(晶)((βB))相の他に,Mo2B相,αMoB相,βMoB相,MoB2相,Mo2B5相,MoB4相の存在が報告されている。また,Rudy and Windisch39)は,X線回折,組織観察および高温熱分析によって相平衡を明らかにしている。

(αMo)相に対するBの固溶度については,Kharitonovら40),Rudyら,Portnoiら41),Zakharovら42)によって報告されているが,それぞれの実験値は必ずしも一致していない。そこでBrewer and Lamoreaux43)は,これらの結果から共晶温度は2448 Kで固溶度を0.8±0.4モル%と推定した。本研究ではこの固溶度に加えて,Chuangら44)の実験結果も再現するようにパラメータを決定した。一方,Bに対するMoの固溶度は不明であるため,本研究では純物質として取り扱った。

RudyらおよびStorms and Müller45)によると,各ホウ化物の固溶度はいずれも小さいことから,本研究では,Mo2B相,MoB相,Mo3B2相,Mo2B5相,MoB4相を化学量論化合物として,格子振動の効果から自由エネルギーを計算した。

MoB相については,αMoB(I41/amd)相からβMoB(Cmcm)相への同素変態が報告されているが43),変態温度が不明であるため,本研究では全温度領域においてβMoB相が安定であるものとして熱力学解析を行った。なお,本研究の状態図上ではこの相をMoB相と記述した。Mo3B2相の存在については議論が続けられてきた38,39,44,46,47)。しかし,本研究で計算したMo3B2相の生成自由エネルギーから,この相は熱力学的に安定相であることがわかった。そこで,計算された生成自由エネルギーと実験による相領域44)からこの相の熱力学パラメータを決定した。

MoB2相について,Frotscherら48)はX線回折法によってBサイトが空孔と置換することを明らかにした。そこで本研究ではこの相をMo0.3333(B,Va)0.6667のモデルを用いて生成自由エネルギーを計算した。Fig.4にMoB2-x相の生成自由エネルギーの計算値を示した。この図の横軸はBのサイト分率である。Fig.4において三角のシンボルはCE-CVMによる計算結果であり,実線はそれに基づいて解析した結果である。生成自由エネルギーはMoB2の組成からMo側にずれたところで最小値を示しており,Frotscherらの報告と一致することがわかった。Mo2B5相はR3mの結晶構造を示すが4951),その組成はMo2B5とMo2B4の二種類の報告がある。そこで本研究では,Mo2B5(R3m)とMo2B4(R3m)に対して,準調和近似法による自由エネルギー計算を行い,その熱力学的安定性を比較した。その結果,全温度域においてMo2B5相に比べてMo2B4相の方が原子1モルあたり-40 kJ以上安定であることが明らかとなった。そこで本研究では,Mo2B4(R3m)相の自由エネルギーの計算結果を用いて熱力学パラメータを決定した。

Fig. 4.

Calculated free energy of formation for MoB2-x phases at T=2273 K. The line shows the result of the thermodynamic analysis based on the results of CE-CVM given by the symbol.

以上の検討から得られた熱力学パラメータをTable 2に,それらを用いて計算したMo-B二元系状態図をFig.5に示した。

Fig. 5.

Calculated Mo-B binary phase diagram.

3・1・3 Fe-Mo二元系

Fe-Mo二元系は液相(L),Fe側一次固溶体bcc((αFe))相およびfcc((γFe))相,Laves(C14)相,μ相,R相,σ相から構成されている52)。この二元系の熱力学的解析はAndersson25)によっておこなわれており,Laves(C14)相は2副格子モデル,μ相は3副格子モデルが適用されている。一方,Tiを含む合金の解析53)では,Laves(C14)相には3副格子モデル,またCoやNbを含む合金の解析54)では,μ相には4副格子モデルが適用されていることが多い。そこで本研究では多元系合金に拡張した場合の熱力学的記述の整合性を保つために,Laves(C14)相にはTable 1に示した3副格子モデルを,μ相には4副格子モデルを適用した。この変更に伴って,Anderssonらによる解析結果を再解析した。この二元系の熱力学パラメータをTable 2に,計算状態図をFig.6に示した。

Fig. 6.

Calculated Fe-Mo binary phase diagram.

3・1・4 Fe-Mo-B三元系

Fe-Mo-B三元系の相平衡に関しては,等温断面図として1273 Kの等温断面図55)および,1323 Kの等温断面図56,57),また縦断面図として3.5質量%Bの縦断面状態図58)が報告されている。また,Yangらは熱力学的解析に基づいた液相面投影図を報告している。

本研究では,この三元系におけるホウ化物に関する実験値や生成自由エネルギーの計算結果に基づいて熱力学的解析を行った。すなわち,Fe2B相,FeB相へのMoの固溶度,およびMoB相,Mo2B5相に対するFeの固溶度に関してはLeithe-Jasperら57)による実験値が報告されている。τ1相の結晶構造に関してはP42/n(Ti3P型)57,59)およびPnma(Fe3C型)60,61)の二種類の報告がある。そこで,この2つの結晶構造においてFeとMoが置換するモデルを用いてクラスター展開法を行ったところ,Pnma構造の方が熱力学的に安定となることがわかった。CE-CVMによって計算した1363 Kにおけるτ1相の生成自由エネルギーをFig.7に示した。

Fig. 7.

Calculated free energies of formation for τ1 at T=1363 K, τ2 at T=1323 K and τ4 at T=1323 K. The lines show the results of the thermodynamic analysis, while the symbols denote the values obtained by CE-CVM.

τ2相とτ4相に対してもCE-CVMを適用し,熱力学的性質を評価した。その結果を1323 Kでの自由エネルギー曲線としてFig.7に示した。2・3・3・2でも触れたように,τ2相とτ4相はそれぞれFeMo2B2とFe2MoB4の組成近傍で規則化が生じている。特にτ2相の規則化は強く現れていることから,この相は化学量論化合物として生成する可能性が示唆されるが,これは先行研究の実験結果56,57)に一致する。一方τ4相の自由エネルギー曲線は,Fe2MoB4の組成点からMo3B4にかけて,単調に低下する傾向がある。このことより,この相はFe2MoB4の化学量論組成だけでなく,有限温度ではある程度の固溶領域を伴って生成する可能性があることがわかった。

τ3相の結晶構造については,MoBと同型のCrB型であるという報告55,57)があるものの,原子位置に関する情報が不明であるため,第一原理計算から熱力学物性値を評価するのが困難であった。そこで本研究では,この相をHaschkeら56)が報告しているFeMo8B11の化学量論化合物とみなして,相平衡の実験値からその生成自由エネルギーを評価した。

以上の結果から得られた熱力学パラメータを用いて計算した1273 Kおよび1323 Kにおける等温断面状態図を先行研究の実験結果55,57)とともにそれぞれFig.8(a),(b)に示した。また,3.5質量%Bにおける縦断面状態図をYangら58)による示差走査熱分析(DSC)の結果とともにFig.9に,液相面投影図をFig.10に,本研究で計算された不変系反応の種類と内容をTable 3にそれぞれ示した。Fig.10の液相面投影図から,Fe側の液相においてτ2相やFe2B相の初晶面が広がっていることから,母相におけるこれらの強い生成傾向が確認できる。

Fig. 8.

Calculated isothermal section diagrams of the Fe-Mo-B ternary system at (a) T=1273 K and (b) T=1323 K.

Fig. 9.

Calculated isopleth section diagram at 3.5 mass% B of the Fe-Mo-B ternary system compared with the experimental data.

Fig. 10.

Calculated liquidus projection of the Fe-Mo-B ternary system.

Table 3. Invariant reaction temperature and composition on the liquidus projection of the Fe-Mo-B ternary system.
SymbolReactionTemperature [K]Composition [mol %]
MoB
P1L+MoB+MoB2-x → τ42606.9434.1762.38
P2L+τ4+MoB → τ32486.5429.7158.82
U1L+MoB2-x → τ4+Mo2B42316.6622.5163.76
U2L+MoB → τ321912.9815.5643.84
U3L+τ3 → τ241892.0714.7843.91
U4L+Mo2B4 → (βB)+τ41845.355.1468.75
U5L+τ4 → FeB+τ21815.6111.8942.48
E1L → (βB)+FeB+τ41767.671.0266.12
U6L+Mo2B → (αMo)+τ21674.3140.0713.19
P3L+R+σ → μ1643.6232.209.50
U7L+(αFe) → σ+τ21664.9339.5812.93
U8L+σ → μ+τ21630.9035.4012.01
U9L+μ → τ2+R1574.2326.9610.62
E2L → (δFe)+τ2+R1536.7722.509.76
U10L+(δFe) → (γFe)+τ21459.667.2015.47
U11L+FeB → Fe2B+τ21595.216.5828.81
E3L → (γFe)+Fe2B+τ21411.925.1117.04

3・2 MoとBの粒界偏析挙動の解析

Fe中でのMoとBの粒界偏析挙動を,粒界相モデル62)を用いて解析した。このモデルは,粒界を一つの相とみなして,母相と粒界相の間の平衡条件にしたがって偏析量を計算する手法である。具体的には,母相の合金組成における自由エネルギー曲線への接線を求め,これと平行になるような粒界相の自由エネルギーの接線の組成を求めることで粒界における溶質元素の偏析量を計算する。Fe-Mo-B三元系における母相と粒界相の平衡では,両相の各元素の化学ポテンシャル差が等しくなる条件式(19)が成立する。

  
μFegbμFeα=μMogbμMoα=μBgbμBα(19)

ここで,μigbおよびμiαはそれぞれ粒界相および母相の元素iの化学ポテンシャルを表す。このモデルでは粒界相のエネルギーの表現が問題になるが,本研究ではこれまで行ってきた熱力学的考察63)から,液相の自由エネルギーを粒界相に対して適用した。合金組成を15質量ppm Bおよび0.5質量%Moとして計算したMoとBの偏析量の温度変化をFig.11にプロットした。この計算では,与えた合金組成における平衡状態をはじめに計算し,析出物の生成による母相の濃度変化を評価した上で,式(19)に基づいてその母相組成における粒界偏析量を計算した。この結果から,温度の影響だけでなく,Fe2B相やτ2相,Laves(C14)相などの析出相によって,各元素の偏析挙動も大きく変化していることがわかる。特にこの図で注目すべき点は,Bの偏析量が温度の低下と共に減少し,低温ほど偏析元素の偏析量が増加する一般的な傾向とは逆の傾向を示すことである。これはFe2B相やτ2相などの母相中での析出挙動に関連があると考えられる。そこで母相およびホウ化物相へのBの固溶量の温度変化を計算し,結果をFig.12に示した。この図から,温度が低下するとホウ化物相中のB濃度の上昇につれて母相中のB濃度は減少していることがわかる。したがって,これらのホウ化物相の析出に伴って粒界や母相からBが奪われるために,Bの偏析量が温度の低下と共に減少したと考えられる。このことは,鋼の焼き入れ性低下の原因につながることを示唆しており,Ishikawaら13)のMoの過剰添加による焼き入れ性低下に関する報告を支持する結果となった。このようなBの一見特異な偏析挙動は,B添加鋼における非平衡偏析を想起させる。非平衡偏析では,Bを添加した鋼を高温から焼き入れした場合,高温ほど粒界へのBの偏析量が高くなる現象である64)。これはBと空孔が対をなして粒界へ向かって拡散する動力学的な過程で生じると説明されているが,析出物の形成を想定した計算からも同様の傾向が現れることは興味深い。たとえ明瞭な析出物が形成されていなくとも,溶質元素のクラスタリングによってこの傾向は起こりうるので,微細組織分析と偏析量の定量化の観点からの議論が今後必要であると考えられる。また,本研究では平衡偏析を対象にしたため,母相中での平衡が成立した状態での粒界偏析量を計算したが,Bの粒界偏析が先に起こる場合は,母相中のB濃度の低下により析出物の生成が抑制される可能性も考えられる。本論文ではこのような観点からの考察は行っていないが,例えば粒界の厚さと結晶粒径を仮定することによって,母相の濃度の変化を計算することは可能であると考えられる。今後の検討課題としたい。

Fig. 11.

Calculated variation of Mo and B contents in grain boundary with temperature.

Fig. 12.

Calculated B contents in Fe2B, τ2 and matrix phases.

4. 結言

本研究では,Fe-Mo-B三元系の熱力学的解析を行い,その結果に基づいて鋼中におけるMoとBの粒界偏析傾向について考察を行った。CALPHAD法により計算した状態図や熱力学量は実測値や本研究で第一原理的に計算した結果をよく再現しており,この三元系における精度の高いパラメータが評価された。これらの最適化した熱力学パラメータを用いてMoとBの粒界偏析挙動を考察した結果,Bの偏析量が温度の低下と共に減少することがわかった。これは,低温ほど偏析元素の偏析量が増加する一般的な傾向とは逆であり,Fe2B相やτ2相など母相中に析出したホウ化物相へのBの固溶量の増大が原因であることが推定された。

謝辞

本研究はJSPS科研費16H02378の助成を受けて遂行したものです。ここに謝意を表します。

文献
 
© 2020 The Iron and Steel Institute of Japan

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